『リング』




             イドゥンの杯  第二幕


「問題はあの黒竜か」
 トリスタンはバイロイトを破壊した竜のことを考えていた。
「話に聞く防御能力、あれは」
 何を使っているのか、それは彼だけがわかった。
「イドゥンの再生能力も使っているな。ならば」
 その技術が何処から出たのかもわかっていた。
「クンドリー、その為に私に近付いたのか」
 玉座に座りながら遠くを見据えていた。
「多くの者を害する為に。ならば私は卿を許しておくことは出来ない」
 心の中で言った。
「必ず探し出し、竜もろとも倒す。必ずな」
 それは科学者としての決意であった。彼は政治家として、そして科学者として帝国に反旗を翻していた。そして程なくして帝国に堂々と宣戦布告したのであった。
 それからすぐのことであった。カレオールにおいて周辺の星系と外交交渉にあたっている彼の下に一人の男が尋ねて来た。
「誰だ、一体」
 トリスタンは報告にやって来た部下に問うた。
「武器商人だということですが」
「我々の帝国に対する宣戦布告を聞いてやって来たのか」
「おそらくは。どうされますか」
「そうだな」
 彼は少し考えてからその部下に答えた。
「会おう。今は少しでも兵器が必要な時だ」
「わかりました。それでは」
「その商人の名前は何というのだ?」
 彼は問うた。
「パルジファルと名乗っています」
「パルジファル」
「はい。パルジファル=モンサルヴァートと」
「わかった。では連れて来てくれ」
「わかりました」
 こうしてパルジファルはトリスタンの下にやって来た。重苦しい鎧に似た服の黄色い髪の男が彼の前に姿を現わしたのであった。
「お初に御目にかかります」
 彼はトリスタンの前に来ると恭しく一礼した。
「トリスタン=フォン=カレオール藩王陛下」
 王者に対する礼であった。その礼から彼が礼儀をわきまえた人物であることがわかる。
「うむ、こちらこそ」
 トリスタンはそれに対して客人に対する礼を返した。二人は今は対等、いやパルジファルの方が上だとしたのである。
「卿がパルジファル=モンサルヴァートだな」
「はい」
 パルジファルは答えた。
「御存知でしたか」
「話は聞いている」
 トリスタンは彼の顔を見て言った。だがその目は見えはしない。顔色も伺えない。
「帝国と。対立しているそうだな」
「はい」
 パルジファルはこくりと頷いた。
「そして帝国と対立している者達を援助していると」
「その通りです」
「では私の下に来たのも」
「御力になる為に参りました」
「そうか、やはりな」
 わかっていた。そのうえで出迎えたのである。
「では早速だが」
「はい」
「兵器を買いたいよいか」
「無論です。では戦艦及び巡洋艦を」
「他にも欲しい。空母や揚陸艦等もな」
「畏まりました」
「頼めるか。金はあるのだが」
「無論です。今すぐにでも」
 その声からは嘘は伺えなかった。どうやら本当に持っているらしい。
「お任せ下さい」
「わかった。では頼む」
「そしてそれとは別に贈り物があるのですが」
「贈り物?」
「はい」
 トリスタンの目が動いた。パルジファルはそれを見越していたかの様に声を出した。
「悪いが財産の類は」
 彼にはそういった欲はあまりなかった。元々生活的には恵まれた環境にあるし個人としても清潔な部類の人物だったからである。
「いえ、財産の類ではありません」
 だがパルジファルはそれを否定した。
「では一体何か」
「戦艦です」
 彼は答えた。
「一隻の戦艦を。陛下に御贈りしたいと考えております」
「戦艦をか」
「左様です。如何でしょうか」
「それはどの様な戦艦なのだ?」
 贈るというからにはどれだけのものか。興味を抱いた。その言葉から相当な自信が読み取れる。だからこそパルジファルに尋ねてみたのである。
「最新鋭艦です」 
 パルジファルは言った。
「最新鋭艦か」
「そうです。それも銀河に七隻しかない」
「ふむ」
「そのうちを一隻を贈らせて頂きますが」
「一つ聞きたいことがある」
 トリスタンは静かな物腰で彼に尋ねた。
「はい」
「それは私が帝国に敵対する道を選んだからこその贈り物だとは思うが」
「その通りですが」
「問題はその艦だ。一体どの様な戦艦なのだ?」
「ザックス級です」
「ザックス級」
「ローエングリン=フォン=ブラバント司令の乗っておられる艦ですが」
「彼がか」
「はい。こう言えばおわかりだと思いますが」
「確か生体コンピューターを使いかなりの性能を誇っているそうだな」
「その通りです」
「それを贈ってくれるというのか」
「如何でしょうか」
「その申し出、喜んで受けよう」
 トリスタンは思慮深げな顔で述べた。
「だが。どうしえ卿がその艦を持っているのだ」
「それは私にもわからないのです」
「どういうことなのだ、それは」
「私には。記憶がないのです」
「記憶が!?」
 それは不思議な言葉であった。記憶がないとは。トリスタンはそれをいぶかしんだ。
「疑っておられますね」
「否定はしない」
 彼はそう返した。
「記憶がなくて。どうやって動いているのだ」
「何をすべきかはわかっているのです」
 パルジファルは答えた。
「帝国を倒せと。それだけは」
「そうなのか」
「そして帝国と戦う者達を助けることも。それが私のやらなければならないことだと。それはわかっているのです」
「そして動いているのか」
「はい」
 彼は頷いた。
「だからこそ私は今こうして貴方の前にいます」
「ふむ」
「その戦艦、どうかお使い下さい」
「帝国と戦う為に」
「そう、そして御自身の運命を歩まれるのです」
「運命!?」
 その言葉を聞きまた眉が動いた。
「私の。運命だと」
「そうです」
 パルジファルは言う。
「先程申し上げましたが私には記憶がありません」
 これは認めていた。認めたうえで言う。
「ですが。次第に記憶が蘇ってきているのです」
「そうなのか」
「それも宇宙が出来上がった頃から」
 パルジファルの心に広大な銀河が宿った。
「そしてそれから徐々に。太古からの記憶が蘇ってきているのです」
「その中に私の運命もあるというのか」
「貴方だけではありません」
 パルジファルは言った。
「私も。そして他の者達も」
「私も卿もその運命の中にいるのか」
「そうです、そしてその運命に従い帝国と戦う」
「それが私の運命なのだな」
「そうです、全ては」
 彼は言った。
「貴方と私、そして他の者達の運命なのです」
「私と卿の他にもいるのだな」
「七人の男達が見えます」
「七人か」
「貴方はそのうちの一人と出会うことになります。黄金色の髪と目を持つ女に誘われ」
「黄金色の・・・・・・まさか」
「心当たりがおありですか」
「無いと言えば嘘になる。だがどういうことだ」
「そこまではわかりません。ですが貴方の運命はそう伝えております」
「全ては運命がか」
「トリスタン=フォン=カレオール」
 彼は今度はトリスタンの名を口にした。
「行かれるのです。そして運命を御自身の手で」
「わかった」
 トリスタンは彼の言葉に頷いた。
「私は行く。それが運命ならな」
「はい」
 パルジファルも頷いた。こうして二人の邂逅は終わった。そして同時にトリスタンの運命が動きはじめたのであった。その音は誰にも聞こえなかったが確実に。動きはじめていた。




トリスタンの前にもパルジファルが登場。
美姫 「こうして、運命は止まる事無く進んで行くのね」
果たして、その先に待つものとは。
美姫 「一体どうなるのかしら」
次回も待ってます。
美姫 「待ってますね」



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