『リング』




          イドゥンの杯  第一章


 銀河を覆う戦乱はただ単に戦乱で覆っているだけではなかった。そこにいる全ての者を巻き込み、そしてその命や希望さえ奪おうとしていた。
 中には己の目的を失うことになる者もいた。トリスタン=フォン=カレオール。かって帝国きっての天才科学者と謳われ、帝国科学技術院顧問であった。この人物もそうであった。
 茶色い髪とそれと同じ色の濃い髭を顔中に生やしている。髭のせいで目立たないがその顔は黒い目を持ち、知的な端整さを持っていた。白い服を身に纏っており、それが彼の知性をさらに際立たせていた。
 彼はカレオール藩王の家に生まれた。幼い頃からその頭脳を知られ、長じて科学者となったのである。家柄もよく、そしてその際立った才能により若くして科学技術顧問となったのである。だが他の多くの者達と同じように彼もまた戦乱の影響を受けたのである。
 彼は多くの分野でその才能を遺憾なく発揮していたがとりわけ遺伝子工学の権威であった。そしてその研究に携わっていたのだがここで問題が生じたのだ。
 科学技術院の科学者達の一部はその研究に生きた人間を使おうと考えていたのだ。その中心にはミーメがいた。それに彼は反対したがミーメの策謀によりバイロイトを追われることとなった。
「ミーメを放っておいてはいずれ恐ろしいことになる」
 彼はそう言い残したがそれは残念なことに残りはしなかった。ミーメは狂気の研究に没頭するようになり多くの命が密かにではあるが犠牲になった。彼はそんな状況をどうにかしようとしたがどうにもならなかった。そのかわりであろうか彼は独自の研究に没頭するようになった。
 それは命の再生についてである。ミーメの命を犠牲にする研究に対する反発であろうかそれに没頭していった。そして研究は進みやがて生命と肉体を再生させるその薬のことをイドゥンと呼ぶようになった。彼はその薬への研究に多くの時間と費用、そして資料を割くことになった。
 だがその研究が進むにつれ資料の整理や資材の調達に間に合わなくなってきていた。費用はあった。これは彼が生家に戻ったことにより気兼ねなく行うことが出来た。彼はそこでは王でもあったからである。王、即ち統治者としての彼は賢明であり、そして公平な政治家であった。
 科学者としての彼はここで助手を雇うことにした。そしてやって来たのは金色の髪と瞳を持つ美しい女であった。トリスタンは彼女を見てまず問うた。
「君の名は」
「クンドリーと申します」
 女は表情を変えずにこう名乗った。
「クンドリーというのか」
「はい。科学への心得はあります」
「ふむ」
 その金色の目を見る。嘘をついている目ではなかった。
「では助手に雇いたい。いいか」
「はい」
 彼女はやはり表情を変えず、こくりと頷いた。
「お願いします」
「わかった。では早速頼むぞ」
「わかりました」
 こうして彼女はトリスタンの助手となった。政治家でもあり王でもある彼はそちらでも多忙であり、科学の知識のある助手の存在はそれだけで有り難い。だが彼女はただの助手ではなかった。
 実に優秀な助手であった。全てを知っているかの様に動き、そして忠実であった。彼女の存在でその研究はさらに進み、遂には完成まであと一歩まで近付いていた。しかしその研究が進むにつれて彼女の行動に不審なものが見られるようになったのであった。
「妙だな」
 トリスタンもそれに気付いていた。
「クンドリーのことだが」
 側近の一人に密かに問うた。
「どう思うか」
「私は科学のことはわかりませんが」
 その側近はまずこう断ったうえで述べた。
「優秀な方だと思いますが」
「その動きについてはどう思うか」
「動きですか?」
「そうだ。おかしいとは思わないか」
「それは」
「最近。妙なのだ」
「といいますと」
「何かを隠しているのだ」
「陛下にですか」
「そうだ。何かを探っている」
「何かを」
「イドゥンに関することをな。どうやら密かに探っているようなのだ」
「研究の為ではないでしょうか」
 側近はまずはこう答えた。
「クンドリー殿は優れた方ですし」
「だといいがな」
 しかしトリスタンの声は懐疑的なものであった。
「私は嫌な予感がするのだ」
 その知的な顔が曇った。
「私の研究が。恐ろしいことになるのではないかとな」
「まさか」
「いや、有り得る」
 トリスタンは冷静な声で述べた。
「今研究していることはな」
「はい」
「生命の生と死についてだ。死んだ者を復活させるという」
「命を」
「そうだ。死んだ肉体を蘇らせ、そこに命を戻す。これまで誰もが望んでも得られなかった復活の妙薬だ。若しこれが悪用されれば」
「その影響は言わずもがな、ですな」
「そうだ。それだけはあってはならない」
 声が深刻なものとなっていた。
「だからこそ研究も機密にしている。それを知っているのは私と僅かな腹心の家臣達、そして」
「クンドリー殿だけですな」
「そうだ。そなた達のことは知っている」
「有り難うございます」
 代々カレオール王家に仕えてきた者達である。知らない筈がなかった。そしてトリスタン自身人を見抜く目は持っていた。また、だからこそクンドリーを怪しんでいるのである。
「だがクンドリーは違う」
 それに関しても言及してきた。
「彼女は。まだよくは知らない」
「はい」
「何者かもだ。経歴等はわかるか」
「いえ、まだ」
「そうか。ではすぐに調べてくれ」
 彼女に関する調査を命じた。
「まさかとは思うがな。怪しげな経歴であった場合は」
「すみやかなる対処を」
「この件だけは。厳密にしなければならない」
 トリスタンの声が重いものとなった。
「悪用されでもしたら。大変なことになるからな」
「わかりました。それでは」
「うむ」
「クンドリー殿の調査を開始します」
「頼んだぞ」
 こうして彼女に関する調査が極秘のうちにはじまった。だがそれは表立っては現われなかった。トリスタンはそのまま研究と政務を続け、クンドリーは研究の助手として留まった。その関係は何ら変わるところがなく彼もクンドリーも順調に研究を進めていた。少なくとも表面上は。
 研究を進めながらトリスタンはイドゥンの危険性についても知るようになっていた。それは生物の細胞を急激に修復させるということと復活させることである。彼はそれを利用すれば恐るべき生物兵器が完成することも把握していた。
「だからこそだ」
 彼は心の中で思っていた。
「これを外に出すことだけは避けなければならない」
 そう常々思っていた。
「私以外の何者も。これを知ったならば」
 恐ろしいことになることがわかっていた。
「クンドリーであっても知らせるわけにはいかない」
 事実彼女には当たりさわりのないことしかさせてはいなかった。重要なことは全て自らが行い、そして研究を進めていたのだ。資料には書いていても。
「警戒が必要か」
 これも忘れてはいなかった。
「惨事を起こさせない為にも」
 慎重にことを進めていた。同時にクンドリーへの調査を進ませながら。そしてその調査の結果が出て来たのであった。
「まず結果を聞きたいのだが」
 トリスタンは調査の責任者である家臣に対して問うた。
「どうだったか」
「とりあえずは異常なしです」
「とりあえずは、か」
「はい。出身や経歴、生い立ち等。怪しい点は一点もありませんでした」
「以前彼女自身が私に出した経歴等と同じか」
「はい、全く」
 その家臣は答えた。
「何もありませんでした、細部でさえも」
「ふむ」
 トリスタンはそれを聞いて考え込んだ。
「何もなし、か」
「そうですが」
「しかもとりあえず、か」
「おかしいと思われているのですね」
「あまりに完璧だとな。かえってな」
 これはトリスタンの勘から来る言葉であった。
「疑ってしまう。職業病かな」
「いえ、それ位でなければ」
 苦笑したが家臣はそれでよいと答えた。
「危機には。対処出来ませんから」
「では卿はどう思うか?」
「クンドリー殿に関してですか?」
「そうだ。どう思うか」
「怪しいですね」
 答える家臣の目が鋭く光った。
「そうか」
「これも私の勘なのですが」
 流石に調査を命じられただけはあった。彼もまた鋭い勘を持っていた。
「どうも。密偵の匂いがします」
「密偵か」
「彼女には注意が必要であると思います」
「ふむ」
 言われてみれば思い当たるふしがある。あの金色の目。それは何かを探っている目であったからだ。
「では引き続き任務を与える」
「はい」
「彼女のさらなる調査をだ。よいな」
「はっ」
 その命を受けて彼はそこから姿を消した。後にはトリスタンだけが残った。
「見る場所は同じか」
 部下の報告を頭の中で反芻していた。
「やはり用心に越したことはない。ここは研究は一人で進めていくか」
 そう考えるようになっていた。しかし決断を下す前に彼女は動いていた。
 次の日のことであった。研究室に行くとそこにはいる筈の者がいなかった。そして資料の中でもとりわけ重要なものが数冊なくなっていたのだ。
「やられたか」
 トリスタンはすぐにそれを察した。そして部下達を収集した。
「クンドリーを探せ」
 彼は一言述べただけであった。
「金色の髪に目を持つ女だ。まだ遠くに逃げてはいない筈だ」
「金色の髪と目ですか」
「そうだ」
 彼は部下の一人の言葉に答えた。
「わかり易い特徴だと思うが」
「確かにそうですな」
「わかったな。ではすぐに探し出すのだ。よいな」
「はっ」
 こうして部下達を自身の領地に走らせた。彼は当初簡単に捕まるだろうと思っていた。彼の領地は治安もよく、目もよく行き届いていたのである。だが彼女の行方は遥として知れなかった。
「まだ見つからないのか」
 一週間経った。だがまだ見つからない。彼はそれを受けて眉を顰めさせたのである。
「残念ながら」
 部下達が申し訳なさそうに答える。
「何処に消えたのか。影一つありません」
「匿っている者がいるのか」
「そこまではわかりませんが」
「犯罪組織等にいる可能性は」
「これを機にめぼしい組織を一斉捜査しましたが」
「いないか」
「はい。見つかったのは彼等の悪事だけです」
「それはそれで処罰せよ」
「はっ」
 政治家としての配慮も忘れてはいなかった。
「しかし。本当にいないのか」
「若しかすると既にこのカレオール藩王領から脱出しているのでは?」
「馬鹿な、そんな筈がない」
 部下の一人の言葉を別の部下が否定した。
「真っ先に航路に兵を送ったのだぞ。そして国境付近にも」
「警護は厳重だった筈だ」
 軍人の一人も言った。
「それで逃げ出せるなぞ。並の者では」
「並の者だったならばな」
 トリスタンはそれを聞いて静かに呟いた。
「陛下」
「それで逃れられは出来なくなっていた」
「はい」
「だが並でなかったならば。どうか」
「それは」
「私にも卿等にも気付かれない様に去った。そうは考えられないか」
「まさか」
「いや、有り得る」
 トリスタンはまた言った。
「彼女が来た時と同じ様にな。影を残さず」
「去ったと」
「今そう考える。どうやら逃げられてしまったようだ」
「ですがまだ」
「ここに潜伏している可能性も」
「それもあるのもわかっている。ここは警戒及び捜査を続けよ」
「はっ」
「そしているならば何としても探し出すように。いいな」
「わかりました」
 こうして再び捜査が為されることになった。だがトリスタンにはわかっていた。クンドリーはもうここにはいないということに。そして次に何が起こるのか考えていた。
「私の技術を使って何をするつもりなのか」
 それをまず考えていた。
「おそらくよいことには使わないだろう」
 まずそれははっきりとわかった。よきことに使うならば資料を持ち逃げして逃走したりはしないからだ。ここからしてよからぬものを感じていた。
「では何に使うか」
 次にそれを考えた。
「生物兵器か」
 第一に考えたのはそれであった。
「それが妥当か」
 それ以外にも考えてみたが思いつかなかった。どちらにしろクンドリーの持ち去った資料がよからぬことに使われることだけはわかった。そしてそれを防ぐにはどうすればよいのかも考えはじめた。
 皇帝のいるバイロイトに赴き事情を話そうとも考えていた。その矢先であった。
「王よ、一大事でございます!」
「どうかしたのか」
 執務室で政務をとっていると家臣の一人が慌てて部屋に入って来た。
「バイロイトが滅亡しました!」
「何っ」
 それを聞いて思わず声をあげた。
「滅亡だと」
「はい」
 家臣はまだ慌てていた。落ち着きを取り戻してはいなかった。
「文字通り。惑星ごと」
「馬鹿な」
 これはトリスタンにとっても信じられないことであった。
「惑星ごとだと。崩壊したというのか」
「はい、バイロイトは完全に破壊されました」
 慌ててはいたが嘘を言っているのではないことはよくわかった。彼の目にも様子には嘘も芝居も全くなかった。それでこのことが事実であるとわかった。
「完全に跡形もなく」
「どういうことなのだ」
「ニーベルングが反乱を起こしたのです」
「ニーベルング元帥がか」
「はい、突如として。そしてバイロイトを襲ったのです」
「艦隊による攻撃ではないな」
 それはすぐに察しがいった。
「艦艇による攻撃では。惑星の地表を破壊することは出来ても惑星そのものを破壊することは出来ない」
 科学者としての知識がそう語らせていた。
「今我々が持っている艦艇ではな」
「その通りです」
 家臣もそれを認めた。
「では一体どの様にして」
「新しい兵器によってです」
「要塞か?移動式の」
「いえ、違います」
「では何だ」
「竜です」
 家臣は震える声で語った。
「竜」
「そうです。黒く巨大な竜が。バイロイトを破壊してしまったのです」
「一体どの様な竜だ」
「黒く、巨大な竜です」
「それは今聞いた」
「それだけでなく。口が開くとバイロイトのコアが大きく揺れ動き」
「うむ」
「そしてコアから全てを破壊したそうです。僅かな生存者からの報告によれば」
「帝都を守る艦隊は何をしていたのだ」
「攻撃を加えても。無駄だったそうです」
 家臣はそう言ってその首を空しそうに横に振った。
「残念ながら」
「何ということだ」
 トリスタンも呆然としていた。
「そして陛下は。御無事なのか」
「陛下も」
 また首を横に振った。
「脱出こそできましたが。そこにいたニーベルングの艦隊により」
「そうか。陛下まで」
「そしてニーベルングは新たな国家の設立を宣言しております」
「彼を頂点にする新たな帝国のか」
「はい。彼はこのノルン銀河の所有を宣言しております。そしてそれに逆らう者には死を与えるとも」
「簒奪王朝を立てるというのか」
「まだ皇帝にはなっておりませんがおそらくは」
「馬鹿を言え」
 トリスタンはそれを拒否する言葉を出した。
「簒奪者に国を治められるか」
「ですがニーベルグにはその竜があります」
「うむ」
「そして己が艦隊も。その力は隔絶しておりますが」
「とりあえず今は情報を集めよ」
 トリスタンはすぐに決断を下そうとはしなかった。
「まずは中立を宣言する。よいな」
「ハッ」
「とりわけその竜に関する情報を知りたい」
「やはりそこに何かが」
「あるかも知れない。頼むぞ」
「わかりました」
 家臣は頷いた。そしてすぐに大規模な情報収集が開始されたのであった。
 その結果銀河の情勢等もわかった。情勢は混沌としていると言ってよいものであった。
「多くの勢力がその動向を決めかねているようだな」
「はい」
 家臣の一人であるホッターが答えた。
「まずチューリンゲン王家は公爵であるオフターディンゲン公が中立的立場をとっておられます」
「うむ」
「ニュルンベルグのシュトルツィング執政官も」
「あの二人は中々の切れ者らしいな」
「はい。とりあえずは情報を集めているようです。ニュルンベルグへの道は遮断されました」
「防衛の為だな」
「おそらくは」
「そうしてとりあえずの混乱から守るか。彼らしいな」
 ヴァルターのことは知っていた。若いながらも優れた政治家であると聞いている。
「他にも中立を宣言している勢力は多々あります」
「今一番多いのではないか」
「その通りです。皆状況を見極めようとしているようです」
「すぐに帝国になびくわけではない、か」
「ニーベルングは彼等に対して有利な条件と影に武力をちらつかせて味方につくように言っていますが」
「上手くはいっていないのだな」
「はい。そして敵対する勢力には」
「武力を、か」
「さしあたって彼に反旗を翻している勢力は三つあります」
 ホッターは報告した。
「まずはブラバント司令官の艦隊です」
「叔父の仇を取る為か」
 ローエングリンの叔父はバイロイト崩壊の時に皇帝と共に戦死しているのである。甥である彼がその仇を取ろうと考えるのは当然であるように思われた。
「そしてワルキューレです」
「海賊達だな」
「はい。彼等は自分達の勢力圏に入って来た帝国軍に対して積極的に攻撃を仕掛けているようです。また帝国軍の惑星のも攻撃を計画しているとか」
「それはまた過激だな」
「首領であるジークフリート=ヴァンフリートの考えのようです」
「ヴァンフリート」
「御存知ですか?」
「名前だけはな。近頃急激に勢力を伸ばしていたが」
「若いながらも優秀で、しかも海賊とは思えない位の気品の持ち主だとか」
「立派な男なのだな」
「そういう話ですね。実際に会ったことはないので確かなことまでは言えませんが」
「そうか。そして最後は」
「はい」
 ホッターは最後の勢力について話をはじめた。
「これは謎の闇商人です」
「闇商人」
「パルジファル=モンサルヴァートという男が率いる謎の一団です。何でもこれはと思った反帝国勢力に武器を売っているそうです」
「そうなのか」
「彼等についてはまだ詳しいことはわかっておりません。盟主であるモンサルヴァートにしろわかっているのは名前だけで男か女かさえ」
「全く不明なのだな」
「はい。申し訳ありませんが彼については帝国以上に謎に包まれています」
「わかった。ならいい」
 とりあえずはそれでよしとした。
「他に情報はあるか」
「あの黒竜のことです」
「あの竜か」
 トリスタンの目がピクリと動いた。
「何がわかったのか」
「どうやら生物兵器の類であるようです」
「生物兵器か」
「はい」
 ホッターは答えた。
「正確に言うならば人口有機体なのですが」
「それがバイロイトを破壊したというのか」
「どうやらその装甲、いえ鱗はかなりの回復能力を持っていたようです」
「回復能力!?」
 トリスタンはそれに強い反応を示した。
「はい。それが何か」
「あっ、いや」
 トリスタンはその言葉を打ち消した。そのうえで言った。
「何でもない。話を続けてくれ」
「はい」
 彼はそれを受けて話を再開させた。
「それと堅固さにより無敵の防御力を持っているようなのです」
「そうなのか」
「全身は青白い放電光に包まれ。そして咆哮すると超波動を発する模様です」
「それでバイロイトを破壊したのか」
 トリスタンにはそれが察せられた。
「成程な」
「あの黒竜はその後行方をくらましています」
「うむ」
「ですが帝国の中にあるのは間違いありません。そしてそれが今中立を宣言している勢力及び敵対勢力にとってこれ以上はない程の圧力となっております」
「そうだろうな」
 これもトリスタンにはすぐにわかった。今度は政治家としてわかったのである。
「バイロイトを完全に破壊した。恐るべき兵器として」
「はい」
「そしてそれを作り上げた技術もだ。このままいけばニーベルングの帝国はいずれはこのノルン銀河を統一することになるだろう」
「ではニーベルングにつきますか?」
「いや」
 だが彼はそれには首を縦には振らなかった。
「ニーベルングに銀河を渡してはならない」
「何故でしょうか」
 ホッターは主の言葉を待った。トリスタンはその言葉から自分自身の決断を迫られていると同時にその力量も見定められていることもわかった。
 そして彼はそれを受けた。そのうえで口を開いた。
「あの男はバイロイトを破壊した」
「はい」
「あの星には多くの者がいた。だが彼はそれを完全に破壊した。そして多くの者の命を奪った」
 彼が言うのはそこであった。
「それは。統治者として許されない。無闇な血を欲する者を」
「では」
「そうだ。今ここにカレオール藩王として達する」
 彼は言った。強い毅然とした声になっていた。
「私は帝国に従うことはない。何としても止める」
「では出陣ですね」
「そうだ。指揮は私が執る」
「藩王自らですか」
「カレオール王家の家訓だ」
 彼は言った。
「戦場においては必要とあらば自らも赴く。今はその時だ」
「はい」
 ホッターは頷いた。その家訓のことは彼もよく知っていた。だからこそ頷いた。
「まずは周辺の星系と条約を結ぶ」
 外交からはじめていた。
「友好相互援助条約をな。よいな」
「わかりました」
「そのうえで兵を動かしていく。帝国の勢力圏及び友好的な勢力を倒していく」
「兵力は」
「五個艦隊だ」
 今カレオールにある全戦力であった。
「それで以って攻撃に出る。よいな」
「御意」
 こうしてトリスタンの行動は決まった。ホッターはそれを受けて部屋を後にする。トリスタンはその後姿を見ながら政治とは別のことを考えていた。





新たな物語が始まる。
美姫 「時間軸としては、少し前に戻るのね」
新たな主人公だしな。
果たして、彼の行く先には何が。
美姫 「待っているのかしらね」
それでは、また次回で。



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