龍お抱えの闇医者に膝以外の部分は特に異常無しと診断され、恭也は今自室のベッドに寝そべっている。

 そう、あれだけの大霊力を放出した恭也に異常は無かった。

 それを恭也はさしたる問題としなかった。

 それ以上に問題なのは……

 

「俺はどうなるんだろうな?」

 

 誰に問うのでもなく呟く。その呟きは当たり前のように誰の耳に入るでもなく消える。

 

 二度目に砕いた膝は現時点では治療法は無い。その為、長期の休息だけで復帰は出来ない。

 膝を無視したとしても、膝を壊したことによってこれからの潜入戦や諜報活動、報復活動が難しくなる。

 唯でさえ戦闘をする可能性が高いのに欠陥を抱えた者を使えない。以前と同じでなければ他の者も戸惑う。

 そう、恭也は“龍”という組織にとっては使えない駒となる。

 使おうと思えば使えるだろうがそれでも以前のような使い方は出来ない。

 必然的に考えられるのは恭也という存在の切り捨て。

 

 

 そうすれば家族の命は危ない。

 だが、恭也は何故か“龍”が――いや大老が自分を切り捨てるとは思えなかった。

 それ以上に例え組織だとしても負ける気はなかった。

護りたい人がいるのだから――――負けない。御神の理など関係なく大切な人を傷つけたりさせない。

それが恭也の生き方なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣士に一時の休息を

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、恭也は膝を砕きよったか……」

 

 始末書を見ながら大老は呟く。

 事の経緯が事細かく載せられた報告書と恭也の診断書。

 そこには現時点では治療法皆無と書かれている。

 膝が壊れたことで恭也の剣士生命が潰されたというのに大老の表情は笑っていた。

 

「膝が壊れようともお前には関係あるまい。

護る為に力を発揮する。未来目指すたびに力をつけるお前に膝が壊れている事など些細な事だ。

だが…………さすがにハードワーク過ぎたか?」

 

 ペース配分、自らの体調の管理。それは恭也の目に見えないところできっちりと大老が補助していた。

 だが、その大老自身が恭也の成長速度に眼が行き過ぎて疎かにしていた。

 それに幾ら、将来有望とはいえまだ成人もしていない男にとってこの数ヶ月は明らかに精神的に辛すぎた。

 精神的に休む事は出来なかったともいえる。

 その二つが重なりすぎて恭也の膝を砕くという結果になってしまった。

 

「恭也には休暇が必要か…………恭也の今の家は海鳴だったな。

 あそこは異常なまでに力が集まりやすい世界有数の霊地。

 魔獣・坐空が封じられし地にして、神咲、夜の一族、HGSの集まる場所。

 あの場所で休みながら神咲、夜の一族、HGSの力を使えば現時点では治療不可能な恭也の膝も治せる可能性があるな。

 それにあの場所では因果の鎖が絡まりあっておる。そこに恭也を投じてみれば恭也の成長のいい手助けになる。

 ふむ、あそこの監視という任務を与えれば他の物も黙っていよう。

 それに近くに他の者を待機させておけば左遷としか組織の者には思えまい」

 

 次々と恭也のこの後を決めていく大老。

 その表情は狡猾だが、同時に優しいという矛盾した表情。

 恭也の事を一心に考える優しくも狂った表情。

 

「HGSは今、LCシリーズを研究中だったか。

 軍事用の他にも一体ぐらい医療に転用できるように調整させておくか」

 

 組織の長としても考えながらそれでも恭也を一心に愛する祖父のように考える。

 間違っていながらも己にとても忠実な想い。

 

「丁度一灯流の当主と霊剣十六夜が、夜の一族では綺堂、月村。HGSではTE−1がいる。

それにLCシリーズも送りだせばいいか」

 

 着々と準備を整えていく。

 

「時期が来れば、霊剣御架月を海鳴に向かわせるか。その後に魔獣・坐空の封印を解けば恭也にとってもいい修行となるだろう」

 

 もちろん、そこには組織の長として考えもある。

 霊剣御架月を使えば神咲の混乱は必死、魔獣・坐空が解き放たれれば日本の裏世界の住人は混乱を起す。

 そこに乗じて“龍”が日本に介入するとも。

 

 

 だが、そこでふと大老は組織の長としての顔ではなく唯恭也の成長を楽しむ老人だけの表情をした。

 

「狒狒を倒すのにまさか霊力に目が覚めるとはな。

 文献ではあんな事が出来るとは記されておらなんだ。

 あぁ、さすがだ。恭也。

 今はその翼を休めるがいい。そしてその翼が癒えた時には今よりもさらに高く飛び立てるようにわしが整えよう。

 誰にも届かないほどの空へ、誰もが届かないと思っていた空の果てへ! 唯の人では届けない高みへと!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「氷狼、転勤だってな」

「あぁ、まぁ戦闘要員として使えない俺が何時までもこの場所にいるのもおかしいだろ?」

「そうでしょうか? 氷狼はこの部署では書類整理でとても役立っていると思うのですが……」

 

 離れる事を良しとしない泊龍だけが恭也を引き止めるように言葉を紡ぐ。

 だが、その言葉は意味を成さない。

 組織においては上が決定した事を下の者がいくら意見を言ったとしても覆る事はほぼない。

 

「泊龍、そういうな。もう決まったんだ。それに氷狼には休暇が必要だ」

「…………それは分かっています」

 

 頭では理解していても心が離れるのを拒絶する。

 折角芽生えた想いも距離が離れていれば薄れてしまう。

 傍にいなければ伝えられる事も出来ない。

 ましてや長期監視の任務に就く恭也には早々に連絡も取れない。

 

「泊龍、またきっと何処かで会える」

「氷狼……そうですね。また何時か、氷狼の膝が治ったときにでもまた会えますね」

 

 心にある寂しさを必死になって隠し泊龍は微笑を浮かべる。

 別れに涙はいらない。

 死に別れるわけではない。生きているのなら何時か何処かでまた会う事も出来る。

 

「赤龍、今までフォローしてくれてありがとう」

「何、いいって事よ。連絡は取れないが達者でやれよ?」

 

 赤龍は必要以上のことは言わない。言えない。

 赤龍は気付いている。この別れがほぼ永遠の別れになることを。

 次に会う時は仲間としてではなく敵同士であることを理解している。

 恭也の成長を誰よりも見届けたい赤龍は大老の考えがある程度理解できるからこそ、

 

 次に出会う時に躊躇なく殺しあいを出来るように。

 次に出会う時、恭也の成長をその身で知ることが出来るように赤龍は多くの言葉を紡がない。

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺は行くよ」

「あぁ、行って来い」

 

 数ヶ月という短い期間だが仲間として共に過ごしてきた者達と別れを告げる。

 また会う事を誰もが願い。敵として出会わないことを唯一人を除き願い、

 そして……今まで傷付きながらも戦ってきた幼き男が安らげることを何よりも願って。

 

「再見!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桃子は走っていた。

 必死になって駅を目指して一心不乱に走っていた。

 走っている間に握りつぶしてしまった手紙を、読み返して嬉しすぎて涙で濡れてしまった手紙を持って。

 

 

 

 

 いつも通り少し遅い昼食を取ろうと高町家へと帰った桃子の目にポストに入った封筒が眼に映った。

 送り主の場所には高町恭也という文字。

 

 その文字を見て慌てて封筒を破り中身を確認する。

 そこには海鳴に到着する日時が書かれていた。

 そしてその日を確認すると……今日? というか今日って何で!? 中国なんですから時差とか殆んど無いじゃん。

 国際便は時間が掛かって恭也が先についてしまったという結果なのです。ツッコミ不可。

 

 

 しかももうすぐ恭也が帰ってくると指定されている時間が迫っている。

 桃子は昼食の事とか、松尾さんに怒られることとか一切忘れて駅に向かって走った。

 

 

 

 

 スクーターの存在も忘れて桃子は走っていた。

 運動不足の体で息が苦しくなってくるがそれ以上にこれから帰ってくる恭也に会える事を思うと苦しみに耐えられた。

 

 

 

 

 

 そして、松葉杖を使いながら駅から出てくる恭也を見つけた。

 

「きょーーーーーーやーーーーーー!!!」

 

 桃子の目には松葉杖は映っていない。ただ、その眼に映る恭也が偽者で無いことだけが嬉しくて、

 嬉しさのあまり恭也に抱きついた。

 

「おっと、どうしたんだ、かあさん」

「だって。恭也がきちんと帰ってきてくれたから」

「俺はきちんと帰ってくると約束したぞ?」

 

 修行に出るといったその時に比べてとても大きくなった恭也に桃子はしがみつく。

 以前よりもさらに頼りがいがあるその大きな男の胸に。

 

「連絡もあんまり寄越さないし。心配したんだからね!!」

「すまん」

 

 連絡出来なかったことに理由はあるのだが、それを出さずにただ恭也は心配させたことを謝る。

 その胸に顔を埋める女性の髪を優しく撫でる。

 

「恭也がもう帰ってこないとか思ったんだから……」

 

「……すまん…………」

 

 

 年上の女性を泣かせている男と周りに見られていることを理解している恭也は必死になって謝る。

 その必死さが周囲の視線をさらに集めていることを恭也は気付いていない。

 

「悪かった。だから、泣き止んでくれ」

「やだ」

「かあさん」

「…………約束してくれたら泣き止む」

「分かった」

「もう、何処にも行かないわよね?」

「………………善処する」

「また泣くわよ?」

「了解」

「宜しい」

 

 

 恭也の言葉を聞いたとたんに桃子は機嫌を直してくるりと一回転して恭也から離れ、

 

「お帰り!!」

 

 満面の笑みを浮かべて恭也に手を差し伸べた。

 

「あぁ、ただいま」

 

 日常の象徴たる桃子の手を握り、恭也はやっと日常に帰ってこれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭也が戦わずに済む日は未だ遠い。

 されど今は疲れた剣士の体が、心が休めることを願おう。

 彼にとって護りたい人がいるこの場所で、彼にとって思い出深いこの場所で、

 

 彼を理解してくれる人々の中で休めることを。

 

 

 

 


後書き

 やっとこさ終わりまでこぎつけました。

 途中で執筆が滞りましたがそれでもやっと終われた。うぅ、嬉しいよぉ。

 この話は元々、恭也が海鳴にいなかった空白の一年を使ったものなので、

やっぱり海鳴に帰ってくるのが終わり方としてはベストだと思いました。

 悲しい事もあった。辛いこともあった。知らなかった過去を知った。

 そんな苦しい事ばかりだった恭也には家族の場所に帰って休む事が出来る。やっと訪れた安らぎ。

 彼が安らげるのは、彼がいる場所はやっぱり海鳴の高町家以外にないですから、

 

 恭也という人物はやはり家族と共にいてこそ高町恭也だと思います。

 家族を色々な意味で護る恭也。心を、身体を護る為に家族の傍にいるのが私の中の恭也像です。

 

 

 色々原作とは矛盾が出来てしまっています、それが反省点。それでも私自身、楽しんで書けたので。

 

 えぇ〜と最後の方の桃子が桃子じゃねぇというツッコミは不可の方向で。

 桃子さんがこんな事をして迎えてくれたら嬉しいなぁっていう妄想を書き綴ってしまいました。

 簡単に言うと桃子さん新妻verってヤツですか?

 後悔はしていません。私の中での桃子像は本当は寂しがりやな心の弱い女性ですから。

 

 期待させるような終わり方をしてますがこれで終わりですよ?

 さすがにここから……恭也がさざなみ寮と仲良くなっていく過程を書いて、とらハ21に恭也が参加している話なんて書きませんよ?

 今のところは。

 長編の方が終わって余裕が出来たらやってみてもいいかなぁ〜と思っていちゃったりします。

 確約はできませんので多大な期待は無しの方向でお願いします。

 

 浩さん、美姫さん、そして感想を下さった沢山の方々、本当にありがとうございました。

 これにて『悲しくも気高き守護者』は終了とさせていただきます。

 では、また何時か、





最後に帰るのはやはり家族の下。
美姫 「良いわね〜」
うんうん。最後の桃子さんも、とっても良いです!
美姫 「ペルソナさん、お疲れ様でした」
完結おめでとうございます!
とっても楽しめました。
美姫 「投稿、ありがとうございました」
ではでは。



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