「あっいかわらず人が多いなぁ〜」

 

 昨日に引き続き大河は王都の中央通りに来ていた。

 きょろきょろと周りを物色しながら歩き、人にぶつかっては謝ると言う行動を繰り返していた。

 もうナンパはしてないので目的はそれではない。

 

 今日の目的は唯一つ、昨日出逢ったシャルロッテ。

 幼い頃から未亜に過剰なまでの愛情を注いできた大河は小さい者、弱い者に優しい。

 

 あの姿が大河の目蓋に刻まれていて、今日もきちんと食べているかどうかが気になっていた。

 日が落ちかける前頃から探しているにもかかわらず日が暮れかけた現在も見つけられない。時間的には丁度、夕飯の準備に取り掛かるような時間。

 

「腹、減ったな」

 

 食欲を誘う香りが周りから漂ってくる。

 成長期が終わっていない大河にとって、この状況は苦行に近い。

 

 

 

「おや、当真。珍しいですね」

 

 周りの店を物色している所に現れたのは蛍火。掌に少し大きめの書類を納める用の封筒を手にしていた。

 確実に、その手にあるのは昨日の占い師の老婆から受け取ったものだろう。

 

「ん? 蛍火こそ、珍しいじゃんか。こんな所にいるなんて」

「ちょっと仕事で必要なモノがありまして」

 

 どの仕事か当たりまで言わないのが蛍火の卑怯なところだ。

 

 無論、大河はそこにあまり突っ込まない。別に蛍火がどの仕事に必要であろうとも己にはあまり関係がない。

 

「っで、きょろきょろとしてどうしました?」

「いや、ちょっとな」

 

 大河の歯切れの悪さに蛍火は何かを悟ったような表情をした。

 にやりと大河に似ているがそれ以上に、限りなく意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ナンパですか。ほどほどにしておかないとリコさんに刺されますよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外伝 喪失の調、諦念の嘆き 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「してねぇよっ! てゆーか、リコが刺すなんて怖いこというなよっ!!!」

 

 ここが人ごみの中だという事すら忘れて大河は叫びつつ否定した。

 心の中でちらっとばかり、リコにさされてしまう情景が浮かんでしまった為にさらにきつく否定する。前日に己も考えただけあってリアルに想像できる。

 

 主従の関係を結んだというのに裏切られるような想像はしたない。

 裏切られるというよりも痴情の縺れだが……

 

「探し者ですか?」

「あぁ〜、まぁそんなトコ。んだけど、ちっとばかり腹が減ってな」

 

 お腹をさすりながら苦笑する大河。

 蛍火が口にした言葉に小さな韻の違いに大河は気付いていなかった。気付いていたしてもあまり驚きはしないだろうが。

 だって、蛍火だし。

 

 そこに丁度横手にあった串焼きの屋台がちょうど串を焼き上げていた。

 焼きあがったことによるくすぶった肉とタレの焼けた香りが大河と蛍火の周りを包む。

 

 大河は、懐からサイフを取り出して中に詰っているコインを確かめ、ニヤリと笑った。

 

「オヤ――――

 

 大河が声を掛けようとしたところで複数の手が串焼きに殺到する。

 手が届くよりも早く、あっという間に屋台に置かれている串焼きが姿を消していく。

 その中に良く見知った黒い腕があったりしたが大河はあまり気にしていなかった。

 

 気がつけば目の前にあるのは一本だけ残った串焼き。

 

「最後の一本、貰ったっ!!!」

 

 串焼きまで後数センチ。薫り高く食欲をくすぐる串焼きが手に入ると心の中で喜悦を浮かべていた矢先、

 ひょいっと大河よりも小さな手が串焼きを先に手にする。

 

「親父、御代はここにおいておくぞ」

 

 鈴を転がすような可憐な…………がその声音に似合わない尊大な口調が場違いにも屋台に響いていた。

 

 少女は焼きあがった串焼きを頬張りながらコインを屋台に置いた。

 

「………オイこらっ!」

 

 最後の串焼きを奪われたとあって怒り心頭の大河。

たとえ、相手が老婆、青年、子供、地位の高い人間であろうとも食べ物を奪われた恨みは晴らす。ある意味で公平な大河だった。

 妙齢の美人なら別かもしれないが。

 

「当真、子供から奪おうとしない。ほら分けてあげますから」

 

 今まで何処にいたのかにゅっと現れる蛍火。その手には数本の串焼きが握られていた。

 大河を放置して自分の分はきっちりと確保していた。何処までも抜け目のない。

 

 蛍火に差し出された串焼きを半ば奪い取るようにして、口の中に入れる。

 口の中に入れるともに広がる肉汁のジューシィーさに大河は怒りを納めていた。

 

「ん? 大河に蛍火か」

 

 串焼きを半分ほど食べたところで、今気付いたとばかりに少女は二人に声をかけた。

 幾分か、その声に不機嫌や不満などの感情が読み取れるが、肉を貪っている大河は気付かなかった。

 蛍火は少女の声に隠された意味を気付いてクスリと笑うがそれ以上は何もしない。

 

「えぇ、お忍びですか? クレア王女」

 

 クレアの砕けた平服と周りに誰もいない事からそう推測立てた蛍火はとがめるような口調をする。

 クレアという人物の重要性を本人やミュリエルと同じぐらいに知っている蛍火としては当然。

 

 彼女が誘拐されたり暗殺されたりした日には歴史という物が全て狂う。 

 それ以上に、この王国という物が数ヶ月は確実に混乱に陥る。

 

 クレアは本来、おいそれと一人で出歩けるような身分の人間ではない。

 

「硬いこと申すな」

 

 蛍火の言葉の裏に隠された意味をつぶさに嗅ぎ取ったクレアは先程よりも露骨に機嫌が悪くなっていた。

 常日頃から言われている言葉を城下に着てまで耳に入れるのは気分も悪くなる。

 

「そうだぜ、蛍火。クレアだってお年頃なんだから遊びたいに決まってるだろ?」

 

 後一塊だけ残る串焼きの串を手に持ち、口の中をもごもごとさせながら大河もクレアを弁護する。

 先日出逢ったロッテのように幼年期に子供らしく出来ないクレアにも大河は同情にも似た思いを寄せていた。

 

 子供は子供らしくあるべき。どんな立場であったとしても性別の違いがあったとしても。

 人として、子供として当たり前のものを享受すべきだというどこまでやさしい考え。

 

 

 そんな大河を嬉しそうだが、少しばかり怒りの怒りが入り混じった表情をクレアはしていた。

 わけ隔てなく接してくれるのは嬉しいが子供としてだけ見られるのは……という微妙な乙女心で揺れていた。

 

「ん? どしたよ、クレア」

 

 クレアが微妙な表情をしている事に大河は気付いたがその意味を深く理解できていなかった。

 庇護すべき者としてみている大河には年下の微妙な乙女心は理解できない。

 

「だからダメなんですよ。貴方は」

「いや、蛍火も大河と同類だろうに……」

 

 大河に呆れてみせる蛍火の姿にすかさずクレアはツッコミを入れた。

 大河と蛍火の二人を知る者ならば当たり前に近い心の叫びだ。

 

 尤も、大河は気付かないだけだが蛍火は無視しているという大きな違いがある。

 周りから見ればどちらも変わりはない。寧ろ、気付いていて放置している蛍火の方が極悪だ。

 

「とっ、当真と同じ扱い…………」

 

 クレアに言われた言葉が心に突き刺さったのか道路の真ん中で地面に手を付く蛍火。

 

 激しく落ち込んでいる蛍火を二人は慰めようとは欠片も思っていなかった。

 この程度で心が傷付くなど、蛍火をよく知る人物達なら確実にありえないと口をそろえて言うだろう。

 二人も例に漏れず、蛍火をよく知っている為に放置を貫いた。

 ここで手を出せば、何かよからぬことになりかねない。

 

 

 蛍火を視界に入れまいと必死なクレアは大河の方を見ていた。

 そこで大河の顔を見て、クスリと女性らしい表情と母性に満ち溢れた表情の合さった顔をして、ポケットをごそごそと漁ってハンカチを大河に向けて差し出した。

 

「ほらっ、汚れているぞ」

「ん、サンキュ」

 

 渡されたハンカチで少しタレが付いた手をごしごしと拭う。

 その傍らでウェットティッシュを出しながら身支度を整えている蛍火に『何処で手に入れたっ!!』ととてつもなくツッコミを入れたかったがスルーした。

 もはや蛍火という存在自体にツッコミ不可だと大河はよく学んでいる。

 

「ふふっ、子供のようだな、お前は」

「なっ、なんだとっ!」

 

 見た目、己よりも年下の少女に子供といわれてかなりショックを大河は受けた。

 見た目が年下なだけで実は年上かもしれないという事は一切考えない大河。

公式でも言われてないんでどうなんだか本気でわからないんですけどね?

 

「ほらっ、口周りがべたべたしているぞ」

「おっ、おい」

 

 大河が手に持っていたハンカチを奪われて口周りを拭い取られる。

 つま先立ちで大河の顔に近づいて拭う姿はとても年相応に見える。だが、その年相応に見える少女に子ども扱いされていることに大河は先程よりもさらにショックを受けていた。

 

 大河の世話をするクレアの微妙に嬉しそうな表情に大河は子供扱いされていて気付かなかった。

 良く見れば、その表情がカエデが世話をしてくれている時の表情にとても良く似ている事に気づいたかもしれないのに。

 

 無論、その後ろにいる人外は二人の姿を見て微笑ましく見守っていた。

 

 

 

「救世主候補なのだから身だしなみはしっかりしないとな。格好悪いぞ?」

「あぁっ、アンガト」

 

 微妙にピンク色に染まりつつある空気に浸ろうとしたクレアと大河、そしてオマケは屋台に向かって駆け足で寄ってくる数人の兵士達を見つけた。

 

「ありゃ、城の警護兵か? いや、制服が違うな。何なんだ、ありゃ?」

「親衛隊の制服ですよ。逃げてきたクレア王女を捕まえようと躍起になっているようです」

「むっ、やはりそうか。ではな、大河っ!…………ついでに蛍火も」

 

 まだ遊び足りないのか風のようにクレアは人ごみの中に消えていった。

 

 その後ろを先ほど駆けてきた兵士達がさらに足を速めて追いかけていく。

 その中で大河は一人だけ目に止めた。

 

 先日、串焼きを落としたときにぶつかった男がその中にいた。

 昨日もその男が誰かを探していたことからクレアを探していたんだろうなぁ〜などと考えていた。

 

 ついでにクレアの下の人間はかなり苦労しているだろうな……とも。

 

「…………デュクロス

「あっ? なんか言ったか蛍火?」

 

 あまりにも小さすぎた為に大河は蛍火の言葉を聞き逃していた。もう少し大きな声であれば蛍火の表情にも気付けていただろう。

 敵対する者と相対した時のみに見せる……怜悧な表情を。

 

「いえ、何も。それよりも探し者、手伝いますよ?」

「あっ、あぁ〜。でもいいのか? レンが待ってると思うぞ?」

 

 動機が少しばかり不純である為に大河も蛍火の協力を少しばかり拒絶する。

 蛍火が動けば、かなり楽になるだろうと理解しているが……何かが怖い。

 

 それに蛍火の帰りを心待ちにしているレンが不憫だと大河は感じた。

 蛍火を主体として生きているといっても過言ではないレンを放置するのはあまりよろしくない。

 後々、蛍火がフォローするのに苦心するのが目に見える。

言い訳するのに大河に付き合ってましたといわれた日には涙眼でじ〜〜っと見つめ続けられる。それは限りなく良心が痛む。

 

「大丈夫ですよ。元々今日は帰れないかもしれないと伝えてますから」

「……そっか、んじゃ頼めるか?」

「了解です」

 

 こうしてシャルロッテ捜索は蛍火も加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日も暮れ始めても目的の少女は見つからない。帳が下り、人も先程よりも少なくなってきた。

人が少なくなってきたことでロッテを見つけやすくなってきたが……それ以外の懸念が浮かぶ。

 

「あぁ〜、今日ベリオとかリコに帰りが遅くなるって伝えてねぇや。怒るだろうなぁ〜」

「大丈夫ですよ。小さい子を助けていたとなれば二人もあまり怒りませんよ」

「蛍火……お前、スゴイ汗かいてるぞ?」

 

 寮に帰って怒られることを想像している大河の横では汗をダラダラと見えない位置でかいている蛍火。

 

 寮に戻ってレンがどれほどむくれているかを想像してヤバくなってきらしい。

 拗ね始めると手が付けられずかなり手を焼く。ご機嫌を取るのに遅れた時間の倍以上は取られてしまうのだ。

 それ以上に、涙目や責めるような眼に蛍火が耐え切れないというのが一番大きいが。

 

「大丈夫です。えぇ、大丈夫です」

「ならいいけどよ」

 

 とんでもない自己欺瞞だった。自らにすら騙せない嘘は嘘足りえないというが……蛍火はこのことに関しては自分に嘘をつけなかった。

 というかレンに対して滅多なことでは嘘がつけない。

 

 難儀で不器用な男だ。大河以上に、

 

「なぁ、気付いてるか?」

「えぇ、無論」

 

 二人が示し合わせたのは、二人の後ろの方から聞こえるぺたぺたと続く足音。

 少し前から二人の様子を伺うように一定の距離を保ちながら付いてくる。

 

 蛍火は大河が気付かないように驚きを表していた。

 人が減ったとはいえ決していないわけではないこの通りの中で二人をつけている存在に気付くとは。

 

 そんな小さな成長の証に蛍火は喜びを顕にしていた。

 

「どうする?」

「私か貴方のどちらに用があるかで相手の仕方を変えなければいけないので一度分かれましょう」

「何でよ?」

「大人の事情ですよ」

「あぁ〜、まぁいいけどな」

 

 蛍火を追いかける人間などは総じてタチが悪い。

 逆恨みを受けるような事を数え上げればキリがないほどにしている。ついでに証拠が攫まれれば縄をかけられるぐらいの事も相当に、

 その為に、もし蛍火に用があるのなら始末する場面を大河に見られると非常にマズイ。

 その為の提案……ではない。

 

 蛍火は二人を見つめる視線――正確にいうのなら大河を見つめる視線の主がどんな外見をしているかおおよそ掴んでいた。

 足音の大きさと間隔、気配の大きさなどなどから付いてきている相手の姿がおおよそつかめている。

 

 蛍火が感じ取った情報からはじき出された結果、それに該当するのは二人のみ。

 その二人はどう考えても蛍火を追いかけるような人物ではない。

 大河に用事があるだろうという……残酷な優しさで、提案しただけだった。

 

 

 

 

 

 

 蛍火と分かれて大河は路地を幾つも曲がって人通りが少ない方少ない方へ足を進める。

 もし戦闘になれば人が多い場所では被害が出るという考えの下、場所を変えていった。

 

 幾度、角を曲がろうとも人通りの少ない路地に入ろうとも視線はなくならない。

 寧ろ、人が少なくなっていくたびにその視線は強さを増していく。

 

 破滅――その危険性を良く知っている大河は角を曲がりその場で息を潜めて……己が剣を呼び出す。

 銀光を反射し、眩いばかりに刀身を輝かせる反逆の意思持つ剣。トレイターを呼び出す。

 

 足音と気配が追従して角を曲がろうとしているのを察知してトレイターを振るう。

 月明かりを反射した剣は一瞬のよどみもなく銀弧を描きながら追跡者の咽下に添えた。

 

「!?」

「動くな……何者だ? 何で俺をつけてくる?」

 

 疑問を投げつけるとそこには大河よりも眼を白黒とした小さな姿。

 ボロ布を纏った姿が鈴を転がすような可憐な声が悲鳴を上げていた事に大河は気付いた。

 

煤が付いていながらも整っている顔をし、ピンクの髪が目立つ少女――シャルロッテだった。

 

「って、ロッテじゃん」

「ふぇ〜〜〜、びっくりした〜〜」

 

 ロッテである事を確認した大河はすぐさまトレイターを下ろしてロッテに声を掛ける。

 咽下に突きつけられていたトレイターがなくなった事に安心して気の抜けた声を出しながらもロッテは腰を抜かしていた。

 

「すまん。その……俺を狙ってる破滅のヤツラかと思って。すまん」

「謝罪で済むのなら警察はいりませんよ? 当真」

 

 そこで第三者の声が沸き立つ。その声は大河には良く聞き慣れた、ロッテにとっては知らない声。

 

 いつの間にそこにいたのか、大河とロッテの少しはなれた場所に蛍火はいた。

 蛍火がいた場所は月明かりによって生まれた路地裏の影。闇に程なく近い影。

 その影から初めからそこにいたかのように蛍火は姿を沸き立つように現した。

そこにいたのにそこにいるのが見えなかったかのような自然さ。

 

「蛍火? お前、分かれたんじゃ?」

「面白そうなので、当真の方に監視をつけておきました」

「面白――ってお前なぁ」

 

 蛍火の言葉に心底呆れてモノもいえない。元からこういう人間だと割り切るほか大河にはなかった。

 

 

 突然の闖入者でロッテは固まっていた。

 大河に用事があったようなので、ここで別の人間が出てくるのはロッテにとって好ましくない。

 いや、それ以上に影から生まれたかのように現れた蛍火相手に警戒しないほうがおかしい。

 

 どう考えても蛍火は怪しすぎるし、危険人物に見える。

 

 蛍火から距離を取るように大河の後ろに隠れてしまった。オロオロとしながらも闖入者である蛍火を警戒して睨みつけていた。

 

「ふむ、申し訳ありませんね」

 

 ロッテの動きや視線から少女の感情を理解した蛍火は居心地が悪そうに謝った。

 まさか出会って二日目で少女の心境がここまで育つとは誰も思うまい。

 

 尤も、思春期の少女というモノは見た目以上に精神的に大人なので外見は意外と当てにならない。

 

「お詫びの印に……どうぞ」

 

 ロッテに向かって差し出した蛍火の手にはいつの間にか飴があった。

 寸前まで掌は開かれていて何もなかったはずなのに……いつの間にか綺麗に包装されている飴玉があった。

 

 

 差し出された飴玉が食料という事もあってロッテは興味津々とあって蛍火の掌を凝視している。

 だが、大河と違って出会いがあまりにも突飛すぎる蛍火には不信感や警戒心が溶けない。

 

 大河と違って誰にでも心許すような優しい笑顔を蛍火がして無い事も理由に含まれるだろう。

 

 

 

 それでも飴玉から視線が外せないロッテは大河の裾をぎゅっと握り締めながら大河を見つめ上げる。

 蛍火から受け取っていいのか、蛍火から受け取って安心できるのか、危険はないのか。

 そんな様々な意味を込めて見上げる。

 

「大丈夫だ。普通に貰っとけよ」

 

 どこまでも他人を安心させるような笑顔でロッテの頭をワシワシと撫でる。

 唐突過ぎたことと、笑顔に惹かれた事で手が近づくことによる恐怖を感じる暇もロッテにはなかった。

 

 あるのは心を温かくするほどに温もりに満ち溢れた掌。

 

 大河の答えと掌から伝わる思いでロッテは少し安心して、それでも戦々恐々としながら蛍火に手を伸ばす。

 ふざける気はないのか笑顔のまま、それは先程よりも少しばかり優しい笑顔だったのが幸いしたのか、それでもロッテは戦々恐々としながら蛍火の掌から飴玉をかすめとった。

 

 ロッテはかすめとって口に含む事無く手の中に握りながら大河の背中に隠れた。まだ蛍火が怖いらしい。

 

 

 その姿に蛍火は悲しそうに微笑んだ。その事に大河とロッテは気付かなかった。

 

 

 

 

「さて、出てきて早々に申し訳ありませんが、少し所用を思い出しました。十分ほど離れますので」

 

 蛍火はすすすっと上半身を上下させることなく、さらに大河とロッテの方を見ながら出てきた路地の暗がりにまで下がった。

 出てきた影の部分まで下がるとそのまま影に溶けるように蛍火の姿が消えていく。

 

 

 その姿を呆然と見つめるロッテ。大河はすでに『蛍火だしな』と心の中で繰り返していた。決して理解している訳ではない。

 

 

 

 

 

 完全に姿が見えなくなって、大河でも蛍火の気配を感じられなくなっても大河とロッテは蛍火がいるのではないかという疑念に狩られた。

 出てきたときすら何も感じさせずなかったから今も、気配を消して隠れているのかもしれない……と。

 

 特にロッテにとって蛍火がいるかもしれないと言うのは深刻だった。

 蛍火は何処となく怖いがいる事はもっと嫌だという考えをもっているロッテはガクガクブルブルと寒さに振るえるハムスターのようになりながら蛍火が消えた影へと足を向ける。

 

 影に眼を向けても蛍火の姿は見えず、影に手を差し入れても壁の感触しか帰ってこなかったことにロッテは心底安堵した。

 

 

「ねぇ、大河。お前とさっきの人は魔法使い?」

 

 大河が先ほど見せたトレイターの事も聞いているのだろう。蛍火に関しては素で聞いている可能性が一番高いが。

 

「いや、俺は魔法使いじゃねぇな。尤も、蛍火の方がどうだか俺も分かんねぇけど」

 

 大河はロッテの勘違いに苦笑し答える。少なくとも大河は魔法使いではない。

 蛍火の方は色々と出来るから魔法使いで無いとは断言できないが……というかあの不思議具合は寧ろ魔法使いですと言われた方が納得できる。

 

「俺がさっき出したのは召喚器ってやつだな」

「知ってる。救世主が持つっていう…………大河は救世主なの?」

「まだ候補扱いだけどな」

 

 苦笑しながら首を振る。救世主は世界を救ってこそ救世主。

 そうなりえるだけの資質を持つ大河も、蛍火もそして他の者達も候補でしかない。

 尤も……救世主の本当の意味を知るのならそれは救世主とは言えないが。

 

「……だから、優しくしてくれたの?」

「ん?」

「昨日、私に見返りを求めずに食べ物をくれた。救世主だから?」

「違う。ただロッテと一緒に飯を食いたかっただけだ。救世主とかそういうんじゃねぇよ」

 

 大河の言葉にロッテはきょとんとしていた。

 彼女の身なりを考えれば大河のように接してくる人間が皆無だったとうかがい知れる。

 少女にとっての初めての人間。初めて接するタイプの人間。

 

 薄汚れた世界には決していない心優しく強い人間。

 そんな少女にとってはありえない存在からのありえない言葉に理解が遅れた。

 

「さて、何時までもここにいるのもなんだし、ちょっと歩かないか? いいところ知ってるんだ」

 

 話題を切り替えるように大河はロッテにニカっと見ている方が笑いを誘われるほどの綺麗な笑顔を向けた。

 

 手をさし伸ばしてロッテを促す。大河にとってロッテはこんな場所にいるべき少女ではない。

 否、等しく己よりも弱く守ってあげたい者達には光の下に歩んで欲しいと願っている。

 だからこそ、その掌には他意はない。純粋な好意のみ。

 

「叩いたりしない?」

 

 手を差し伸べられたロッテは掌に怯えながら、されど大河に期待を込めて聞き返す。

 ロッテにある記憶の中には向けられた手が優しかったことはなかったのだろう。

 

 だが、手を向けた相手が大河だからこそ期待をしてしまう。聞き返してしまう。

 

「しねぇよ。俺はそういう事は」

 

 無抵抗の相手を、自らが手を出されたわけでもないのに人を傷つける事を大河はしない。

 それがどれほど痛いかを、本当に知っているからこそ大河は正当防衛が成り立つ時しか力を振るわない。

 

 その行動は蛍火とは正反対。無抵抗の者を殺し、傷付けた蛍火とは本当に正反対。

 見る者にとっては眼を灼かれてしまうほどの優しさ、輝き。

 

 

 ロッテは差し伸べられた手に…………ゆっくりと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 触れ合う直前、シュパンッという漫画やゲームの中でしか聞かないような効果音と共に蛍火が現れた。

 

「「………………」」

 

 突然、蛍火が現れたことによって固まる二人。二人からすればこんなタイミングで帰ってこなくても……といったところだろう。

 特に、ロッテにとっては。

 

「ふむ、お邪魔でしたか?」

 

 戻ってきた蛍火は二人の姿勢を見てそうのたまった。

 蛍火から見れば今の二人は騎士と姫がちょっと逆になっている。もしくは何か秘密めいた儀式にも似た想いの吐露をしている場面にも見える。

 見えるだけでそうではないと誰よりも蛍火の方が知っているがそれでも茶化すことだけは止めない。

 

 心の中ではリコに報告する事だけは決めていてた。この男、間違いなく極悪人だ。

 

「どっ、何処行ってたんだ?」

「先ほど、預けておいた書類を取りに」

「持ってればよかったんじゃないのか?」

「やですね〜。汚したくなかったからですよ」

 

 無論、蛍火が言う汚れとは血や脂のことを差している。それ以外に手荷物を汚すモノなどない。

 

 尚、異次元ポケットに入れればいいかもしれないと思うが、書類を折らずに入れるのは不可能なので収納できなかった。

 

 

「そっか」

「えぇ」

 

 微妙な沈黙。

 ある意味でものすごく恥ずかしいシーンを見られた大河としては言葉を振れば自爆する可能性が高く沈黙して、

 ロッテは見るからに怪しい人物である蛍火に話しかけるのは怖く、また蛍火の前で親しく大河と話を出来るほどに図太くはない。

 

 蛍火が沈黙している理由はロッテを観察していたからだ。

 少女がどれほど大河に気を許しているか知る為に……知ってリコとベリオに報告する為につぶさに観察していた。

 

 

 そしてまた、蛍火は複雑そうに笑った。大河とロッテには見えないように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一同なぜか高台の公園に来ていた。

 ロッテと大河には静かに話をする為にここに来るという理由があったのだが、蛍火にはない。

 何故ここまで蛍火が付いてきているのか心底大河とロッテは不思議に思っていた。

 ぎゅっと、強く離れる事のないように手を大河と握りながら。

 

「ふむ、いい景色です。語らうにはいい夜。という訳で私がいると何か話がややこしくなりそうなので…………逃げますっ!!」

 

 先ほど現れた時と同じようにシュパンというありえない音を立てて消えた蛍火。

 言葉どおり、いたたまれない空気から逃げやがった。何故ついてきたのかは二人に告げないままに。

 

 この世界の大半の理不尽を背負う蛍火がいなくなった事で大河とロッテの空気が軽くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 蛍火がいなくなっても若干気まずい雰囲気。それを払拭するようにロッテが表情を引き締めて大河に向き合った。

 

「初めてだった」

 

 急に語られる言葉。ロッテはすでに蛍火がいたという事事態をスルーしていた。いなかった事にした方が色々と心が楽になる。

 その言葉に大河は大げさなまでにうろたえ始めた。『初めてだった』などと女の子から言われた布団の中での出来事を考えてしまうほどに大河は若い。

 記憶にはないが、もしかしてヤっちゃった!? とか考えていた。

 

 

「手を差し出してもらって優しくしてもらったのは大河が初めてだった。だから、また会えて本当に嬉しかった。」

 

 いつの間にか座ったベンチから身長差から見上げてしまうロッテが嬉しそうに言葉を漏らした。

 優しさを手に入れられ安堵する少女。飢えが満たされ、心の安らぎを手に入れられた少女は喜以外の感情が見られないほどの笑顔で大河を見上げていた。

 

 その言葉だけで用意に想像できる。今まで差し伸べられた手にどれだけ裏切られてきたか、想像は出来る。

 

 一度や二度ではすまない。差し伸べられる手に怯えるほどになるには。

 差し伸べられ、助けられたと思った後に暴力を振るわれ、裏切られる。

 

 それが少女の日常だった。

 

「気付いた時には一人で雨の街にいた。誰もいなくて……」

「親とか、兄弟は?」

「分からない。目が覚めたときには一人で、自分の名前以外、何も覚えてなかった」

「……記憶喪失かよ」

 

 大河が同情するべきか悩むように声を漏らした。

 記憶を失うという、ある意味で最悪な自体を大河は経験をしたことがない。しかも、周りに過去の己を知る者が誰もいない。

 本当の意味での孤独を味わったことのない大河に慰めの言葉は思い浮かばなかった。

 

 それからロッテの過去が語られる。

 手を差し伸べられて手を取れば性的な暴力に犯され、街中を歩いていれば石を投げつけられ、食べ物に貧した事など、様々な。

 大河の出身世界でもどこかの国では必ずあるような在る意味でありふれた少女の日常。

 だが、大河は日本という子供が食料に貧するような環境では育たなかった。

 その為に、同情する。守ってあげたいと思う。

 

 こんなにも小さな少女の苦労を少しでも和らげて上げたいという願いが大河にはあった。

 優しい人間である大河には、そう思いつくのは必然だった。

 

「なぁ、俺のところにくるか?」

「えっ?」

「蛍火が三人ほど養ってるから、俺も一人ぐらい大丈夫だ。学生だけしかしてないから贅沢はさせてやれないけど、ここよりもずっとマシだぜ?」

 

 蛍火は自分で稼いでいたりもするがそれでも、扶養家族が一人ぐらい増えるのは問題ないだろうと大河は決める。

 ロッテを連れ帰る事でベリオに問い詰められたり、リコに冷たい眼で見られたりする可能性があるが……ロッテをこの不条理な裏路地の世界から連れ去りたかった。

 偽善としか言いようが無い行為……とはいえない。大河はロッテだから助けたいと思った。

 運命的とは言えないような出会い。されど、出会ってからの全てが何処か運命的だった。

 

 ただ弱いから、重なるから一心に助けたい。大河の胸の内にある思いに邪な感情は一つも含まれない。

 

 

 

 その言葉にロッテは目を丸めて大河を見上げていた。今まで、こんなに甘い言葉を囁かれた事が幾度かある。だが、その言葉は所詮甘い言葉でしかなく、優しい言葉ではなかった。ついていけばボロ布でしかない服をはぎ取られ、貪られるしかない。

 そんな事は幾度もあった。

 

 辛いなどという言葉で言い尽くせない日常を過ごしてきた為にロッテは大河の言葉を容易に信じられない。簡単に信じてはいけないと知っている。

 だが、今ロッテの目の前にいる大河の眼は今まで甘い言葉だけを吐いてきた人間とは違う。

 

 その瞳に、ここ数日で知った大河の人となりロッテは賭けてみたいと願った。

 

「いい……………………の?」

 

 まだ遠慮がちな言葉。信じてみたくても恐ろしい。勇気を持って前に進もうとしても過去が足を引っ張る。

 

 そんなロッテに大河は優しく、だが悪戯好きな少年のような笑顔で迎えた。

 

「バッカだな。ガキはんな事気にしなくていいんだよ」

 

 ガシガシと頭を乱暴になでてニカっと優しい笑みを浮かべた。

 その姿にロッテは安心して足を踏む出そうとして――――

 

「シャルロッテ、ここにいたのですかっ!」

 

 思わぬ乱入者によって足を止めさせられた。

 

「誰?」

 

 目の前の貴族然とした青年を前にシャルロッテは怯え、大河の影に隠れる。その姿を青年は僅かな驚愕の表情を浮かべるが納得したような顔をする。

 

「おい、一人で納得してるなよ」

「これは、申し訳ない。シャルロッテは私の身内でして。探していたのに中々見つからずじまい。恐らく、記憶に欠損があるのでしょう。シャルロッテ、思い出しなさい。自らの役割を」

「えっ?」

 

 ロッテは青年に渡された青い色をした鉱物を手に取らされる。その青はとても澄み切っていて、恐ろしさを感じるほどだった。

 

 鉱物を手にしたロッテの瞳から徐々に光が消えていくように大河は見えた。とても大切な光が失われているようにしか見えなかった。

 

「ロッテになにしやがったっ!!」

「何も、ただ、彼女に思い出していただいただけです」

 

 吼える大河に青年は涼しげに答える。己は何もしていないことを示すように掌を広げながら。それが余計に大河の癪にさわった。

 

「ロッテっ! ロッテッ!!!」

「……大事ない、大河よ。私は全て思い出しただけだ」

 

 声を掛けられたのが嬉しいはずだったのにロッテはその気配を微塵も感じさせず口調も固くなって大河を見た。その瞳には先ほどとは違う光があった。今を生きる光を携えた瞳から、使命を帯び殉じる者の瞳に変った。

 

「デュクロス、私は思い出したぞ。全て」

「そうですか。それはよかった」

 

 ロッテの言葉にデュクロスは笑みを浮かべていた。懸念していた事が解消されてほっとしている笑みにしか見えない。だが、大河はその笑みの奥に言い知れない不安を感じた。

 それはダウニーを前にしたときと同じような。

 

「事情、話してくれるか?」

「掻い摘んでで、宜しければ」

「それでいい」

「シャルロッテ様はとある貴族の跡取りなのですが、お家騒動に巻き込まれて行方知れずだったのです。貴族として育ったのに外に放り出されて、廃れた生活をしている間に記憶を失ってしまったのでしょう」

 

 デュクロスの言葉を大河は信じるほかなかった。貴族の子息がどんな顔をしているかも知らない大河にはデュクロスの言葉を否定する材料はない。

 

「ロッテはそれでいいのか?」

「あぁ、それが私の役目だ」

 

 子供らしくない、クレアと同じような瞳と口調をしながらロッテは大河の手を振り切る。そこに大切なモノがあると忘れさせられた状態で、振り切ってしまう。

 

 

 

 

 大河に背を向けながら歩いていこうとするロッテにまたしても第三者の声がかかった。

 

「それでいいのですか?」

 

 またしてもどこからともなく現れた蛍火。いつもいつもいいタイミングで現れる。無論、覗き見していたからこその芸当。

 

 諭すような優しさを孕んだ声。その声にロッテの足が止まった。心の奥底に突き刺さるような声が定めたはずの心を穿つ。

 

「私にはしなければならない事があるから」

「そこの人は明らかに腹に一物抱えてそうな人ですけど?」

 

 デュクロスに向けていけしゃあしゃあとのたまう。だが、その程度でロッテは止まらない。

 腹に一物があるといわれて若干機嫌を悪くしたデュクロスが蛍火に向きあう。

 

「腹に一物を抱えていそうなのは君の方ではないのかね?」

 

 デュクロスの嘲るような言葉を放ち睨みつける。その視線に蛍火はただ、肩をすくめるだけだった。

 腹に一物抱えているのは事実だ。寧ろこの世界で最も大きい物を抱えている。

 

「大河の方もそれでいいんですか?」

 

 ロッテに言葉を放つのを諦め、大河の方に向かう。瞳と言葉が『本当にこれで納得するのか?』と大河に向けられていた。

 その言葉と視線に大河は眼をそらした。いいとは思わない。

 ダウニーのような感覚を受ける人物にロッテを預けるのは気が引ける。だが、親権者であるのなら口をはさむことはできない。

 何よりもロッテが大河の介入を拒んでいる。年不相応なまでに瞳に力のある少女の意思を捻じ曲げる事は出来なかった。

 

「分りました―――――――――まぁ、どちらでも変りはしなかったがな

 

 蛍火の最後の言の葉はどこにも届く事はなく、大河と蛍火はロッテとデュクロスをただ見送るだけだった。

 

 

 

 大河の眼に随分と月が眩しく見えた。とても、綺麗な夜空だった。

 

 

 

 


後書き

 

 ロッテに隠された秘密。そして、蛍火の動向と真意。色々と気になる点があるとかと思いますが、お待ちください。

 まぁ、基本的にSchwarzes Anormales全体として原作ストーリーの流れは忠実に進むようになっているので、正直、あんまり話すことがありません。

 

 ただ、ロッテというかエスカもなんですが、XrossScrambleに出てくる新キャラは結構、沈黙キャラなのでレンと被ってしまう部分があるのです。一緒に出すときは、かなり苦労してしまいそうです(涙

 私は残念な事にdestinyをやっていないので、クレアの印象はこっちと本編の僅かな部分がメインです。別サイトで同じDuel saviorを書かれている人のと違って、クレアがあんまり活躍しないのでここで一気に活躍してもらおうかと。

 

 皆さんはクレアかロッテだったらどっちを選びます?w




原作の流れなら事態が動き出す前兆だな。
美姫 「そこに蛍火がどう関わってくるのかしらね」
基本的には流れに任せる感じっぽいけれどな。
美姫 「さてさて、どうなるのかしらね」
だな。次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜。因みに、あとがきの質問にはどう答える?」
やはり、ここは両方と答えるのが――ぶべらっ!
美姫 「言うとは思ったけれど、どっちという質問の答えとしてはどうかしらね」
う、うぅぅ、答えは常に二択じゃないという事だよ……。
美姫 「この場合にそれを言われてもね〜。さて、次回も待ってますね〜」



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