唐突に空がかげる。訪れるのは圧倒的な圧力、存在感。

 今まで敵にした者が子供としか本当に思えないほどのプレッシャー。

 空を見上げた。そこには…………太陽を隠すほどに大きなドラゴン。先ほどの原色様々なドラゴンとは異なり、そのドラゴンは鈍色をしていた。

 体長も、ゆうに数倍はある。体重などそれこそ数十倍はあらんばかりの巨体。

 

 

「■■□□■□■■■□□□■■□□■□■■■□□□■■□□■□■■■□□□っ!!!!!」

 

 それは声ならぬ叫び。それは声ならぬ雄叫び。

 感情など篭っていない色のない叫び。その巨大なドラゴンの瞳は先ほどの幼いドラゴンと同じように瞳は澄んだ赤色をしていた。

 

「やはり…………願いは叶わない、か」

 

 呆れたような寂しい言葉。蛍火とは思えないほどに力ない言葉。

 

 

 その時、大河達は確かに聞いた。何かとてつもなく硬いモノが千切れる音を。聞こえた、確かに聞こえた。

 本来ならとても硬いはずのソレが切れる音を彼らは聞いた事はなくともそうだと思った。堪忍袋の緒が切れる音だと。

 

「大河、邪魔をするなよ。これは俺の戦いだ」

 

 ただ、力強くも儚い言葉を残して蛍火は空を駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第七十六話 二度目のリバースday

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その戦いは神代の戦いの再現。

 竜と人の戦い。決して交わる事無き二つの存在が今対立し、命を奪い合うためにその力を振るいあう。

 

 最強のドラゴンに最も近いダルト。その相手は人にして人の領域を踏み外してしまった新城蛍火。

 

 ドラゴンはその爪を、その牙を、その吐息を利用して敵対する者を叩き潰さんとする。対して蛍火は千差万別の戦いをする。隠し持っていた切り札の一つを使ってまででも。

 

 プチプチと音がする。

 

「死ねぇえぇええええええええええっ!! ダルトォオオオォオォオオオオオっ!!!!!!」

 

 それは初めて聞く、戦場での蛍火の雄叫び。

 

 踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る踊る。

 

 刀を振るいて、斧を振るいて、弓を引いて、トライデントを振りまして、大槌を打ち下ろして、十字槍を振るいて、カトラスを振るいて、戟を振るいて、バスタードソードを振るいて、鉄扇を振るいて、現存するあらゆる武器に姿を変えて振るう。 

 元は白き刀が形を変えて敵に襲い掛かる。

 

 舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う。

 

 炎を纏いて、風を纏いて、水を纏いて、土を纏いて、雷を纏いて、焔を纏いて、真空を纏いて、氷を纏いて、岩を纏いて、紫電を纏いて、相手を焼き焦がす、斬りつくす、溺れさせる、押しつぶす、感電させる。

 

 切り札を盛大に切りながらも蛍火は果敢に攻め込む。唯々前進だけをして、引くことを忘れて敵を切り刻まんと突き進む。焼き焦がさんと唯々前に進む。

 あまりにも蛍火らしくない戦い方。あまりにも蛍火にあるまじき行動。

 

 プチプチプチと音がする。

 

 

 

 ブレスすら気にせず近づき、その手に持つ剣を大槌に変えて殴り飛ばす。重量をそのまま活かして回転、その場で槌を槍に変えて回転する。回転中に魔法で火の針を作り出しダルト目掛けつつ放ち、怯んだかどうかを確認するよりも早く、回転と腕の捻転を使った刺突を放つ。

 

 だが、硬質音が鳴り響いて槍の穂先を跳ね返す。腐っていてもそれはドラゴン。その鱗は刃を通すことはない。

 

「お前を殺す。テメェを殺す。殺して殺して、叩き潰す。

認めろと!? 俺に殺して尚、生き続けなければならないという事を認めろと!? ふざけるな、フザケルナ、ふざけるなっ! そんな世界に何の意味がある!? そうまでして俺を至らせたいのか!? そうまでして俺を代わりに仕立て上げたいのか!?

 あぁ、あぁそうだろうなっ! お前はそこまでして生きぬく理由があるからな、お前は全てを駒にして犠牲にしても存続しなければならないからなっ!

 だが、だがなっ! 俺を巻き込むなっ! あの娘を巻き込むなっ! そうまでして生き抜きたいのか!?」

 

 唯々、吐き出し続ける。言葉であるのに悲痛な叫び。誰にも届く事無く、誰にも理解されない言葉の羅列。

 

「一度は諦めた。一度はそれでもいいと思った。だがなぁっ! こうまでして俺を遣いつぶしたいのか!? 何もかも、全て諦めて、大事な人さえも諦めたのに…………それでも尚、諦めろって言うのかっ!!?」

 

 諦めるのが嫌だという子供のように、

 諦め切れなくて声を張り上げる大人のように、

 諦める事に恐怖してあがこうとする老人のように、

 諦める事を知らない赤子のように、

 

 

 彼は問いかけ続ける。

 ここにはいない何かに向かって、ここにはいない誰かに向かって、ここにいる己に向かって、

 闘っているのはダルトであるというのに、その言葉はダルトに向けられていなかった。

 

「………………ふざけるなっ!! これ以上さらに諦めろだと!?

 何も何かも諦めて、歯車になろうとして、最後に、本当に最初で最後に願った願いさえも諦めろというのかっ!!

 お前はどれだけ俺を弄べば気が済む気だ!? 一体どれだけ俺から奪えば気が済む気だ!?」

 

 

 問いかける。問いかけ続ける。全てに、誰かに、何かに、己に、

 

 

 

 泣き叫ぶ。

 涙を流す権利を自ら放棄した彼は涙を流さずに声だけで泣き続ける。

 心を貫くほどの悲しみと憎しみと恨みと怒りの声。

 負の感情だけを詰め合わせた声。

 

 頼んだ事をすでにダルトは覚えていないだろう。そうでなければここにダルトはいない。■■はダルトが皇帝に蛍火の願いを伝える前に必ず破滅に狂わせている。ダルトは覚えていない、伝えていない。蛍火が最初で最後の心の底から願った願いを。

 

 全てが終わった後に己の生を奪って欲しいという願いを。

 

 

 それが叶いそうも無い事など遠の昔に知っていた。知らされていた。知ってしまっていた。

 だが、それでも僅かな可能性にぐらい縋りつきたかった。せめて、ゼロに等しくともゼロではない可能性に縋りつきたかった。

 

 だが、全ては奪われた。だからこそ、彼は反抗する。この物語に。この残酷な物語に。

 

 

 

「……認めない…………認めねぇ………………認めてなんかやるか! あぁ、もう認めてなんかやらねぇ!! お前の全てを打ち崩す!  お前の企みを殺して、壊して、狂わせて、終わらせて、死なせて、犯して、奪ってやる!!」

 

 そこでふと蛍火は気付いた。

 そしてくつくつと可笑しそうに咽を鳴らす。

 気付かなかった己をあざ笑うように、気付けなかった己を嗤うかのように、

 

「くくくくくくくくくくっ、ははははははっはははっはははははははははははははははははは!!!!

 なんだ、あの声は俺の声だったのかよ。あははっ、なんで今まできづかなかったんだっ!」

 

 

蛍火はその身に宿す全ての負の感情を空に向かって放ち、目に見えない存在に憎悪の、怨念の、憤慨のこもった視線で睨みつけた。

射殺さんほどに、呪いをかけるほどに、奪いつくすほどに、消し去るかのように、殺しつくかのように、嬲り殺すかのように、すべての感情をこめて。

 

 蛍火が二度も使った死伎の最中に聞こえた声。それは一体誰のモノだったのか。蛍火以外に聞こえる事無き声。その声を蛍火は己の声と決めた。ならばその声は蛍火の心の声に他ならない。

 蛍火自身が認めたのだ。ならばそれは蛍火の声となってしまう。

 

 

「あぁ、そうだ。元々間違っていたんだ。俺の本分を間違えていたんだなっ!!

ならば俺は全力で持って、死力を尽くして、全身全霊をかけてお前の運命(さだ)めた宿命に抗ってみせる!!! 『』さえも使って俺はお前に抗ってみせる!! 『』という僅かな力を使ってでも抗ってみせる! お前の望んだ道を引き裂いてやる!!! お前の掌から逃げきってみせる!!!

お前の企みを殺して、壊して、狂わせて、終わらせて、死なせて、犯して、奪ってやる!! 例え全てを敵にまわすことになろうとも!例え全てに否定されることになろうとも!俺はお前の全てを否定する!!

今でこそこの力に感謝しよう!! 俺の進んできた道に感謝しよう!! 護る事も出来ず、唯壊し続けるしか出来ない愚かな道を選んできた事を感謝しよう!!」

 

 あの日捨てることを誓った力さえ使うことを彼は声を上げて宣言した。あの時と願う方向が違うために、あの時と求む未来の方向が違うために、あの時と望む結末が違うために。

 

 

 

 

 

 

 

 

禁伎・黄月・雷轟閃!!

 

 蛍火が抜刀術を放つと同時にすさまじい音と共に黒い雷が辺りに鳴り響き、その剣先にいるダルト目掛けて黒き雷は刃を剥く。雷の発動よりも尚早く、ダルトは息を吸い込んでいて、その口から巨大なブレスが吐き出される。

 

 プチプチプチプチ音がする。

 

 黒き雷の音はまさしく神鳴(かみなり)。その威力まさしく怒鎚(いかづち)。敵対する者を焼き焦がす禁断の術式。

 ブレスは空を焦がし、地を焦がす焔。全てを飲み込み、全てを焼き尽くす業火の炎。

 

 中間でぶつかり巨大な音を立てて、バチバチと音を立てながら二つは中間でぶつかり、発射時よりも尚眩しく、巨大な音を鳴り響かせて消失する。

 

 反応が消失すると同時に一人と一匹は互いに向かって突き進む。遠距離戦では決着は付かない。否、付くには付くだろうが隙をつかななければ簡単に沈められない。

 

「オォオオアアァアアアアアアアアアアっ!!!!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■っ!!!!」

 

 声を張り上げて、爪とその手に握る刃をぶつけ合う。欠ける事などない二つの武器がギチギチと音を立てながら火花を散らす。

 

 だが、種族の差とはいかんともしがたい。爪を振り切り、蛍火は吹き飛ばされる。その間に蛍火は観護を片手に、もう片方の手に魔力武器を取り出し、弓を模る。

 

我が敵を貫け! 雷矢!!

 

 今ある魔力をつぎ込んで魔力で矢を清々する。魔力は雷に変換され、変換の際の余波で大気にオゾンが満ちる。魔力の残存量? 気にする必要はない。そもそも蛍火の魔力はほぼ無限。蛍火の精神力が続く限り魔法は使い続ける事は可能。

 

矢に満ちる雷の余波すらも収束させ、一本の雷を纏った矢が形成される。余波さえも収束させた矢は蛍火を浸食する。しかし、その事に蛍火は顔をひずめない。

雷を纏った矢が地面に放たれる。矢の通ったはあとの大気は帯電し、空気を焦がしていく。その速度は音速を超え、唯々眼前の敵に向かって突き進む。

 爆音と共に幾千もの矢が着弾する。だが、それすらも唯の前段階。

 

人を恐怖させし雷よ!神の息吹の如き雷よ!!我が敵を殲滅させよ!!禁呪・雷葬!!

 

蛍火の祝詞と共に地面から空に向けて幾十、幾百、幾千もの雷が轟く。怒り狂い、荒ぶる龍の如く、雷は唸り捻じれ、暴食していく。だが、その雷を受けながらもダルトは雄叫びを上げる。

 ぶすぶすと煙を上げながら、口から血を吐きながらも前に進む。その姿はありえないの一言に尽きる。痛みを無視するかのように、破損した箇所がすでに治っているかのような動き。

 

この一撃では終らせない。

 

全ての母たる水よ!生命のゆりかごたる水よ!我が敵を貫け!水矢!!

 

 水を纏った矢が解き放たれる。空中にある敵を貫かんと突き進む。未だに雷の暴虐が続く中に入るも水の矢は消え去りはしない。雷の奔流の中心地に、何もないはずの空間に矢は突き刺さる。そこにはいつの間にか用意したのか。魔力武具による透明な壁があった。

 壁に突き刺さった水の矢は魔法陣を描く。

 

金生水。金を喰らいて水よ、その身を刃に変えて敵を屠れっ! 禁呪・水葬烈刃!!

 

 苛烈なまでに中心点から雷を纏った水刃が放出される。雷を纏った水の刃という世にも奇妙な攻撃によってダルトの爪はそがれ、皮膚は削れ、瞳に傷がいく。

 

「□■□■■■□□□■■□□■□■■■□□□っ!!!!」

 

 身体を動かせないほどのダメージを受けつつもドラゴンは雄叫びを上げる。雄叫びを上げてまだ戦える事を示す。

 

「あぁ……そうだよな」

 

 蛍火が呟いた視線の先にはぐずぐずと醜い姿を晒しながら修復されていくダルトの身体。回復スピードは迅速。潰したはずの器官すら修復されていく。それはドラゴンにはないはずの機能。

 そう、ドラゴンにそこまでの回復能力はない。これでは禁書庫の守護者のようではないか。

 

 プチプチプチプチプチ音がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰ですか、アレは」

 

 ここにいる全ての者が思う言葉をリコが代弁した。そう、まさにその言葉どおり、上空で戦う存在を彼女達は新城蛍火と認識できなかった。

 蛍火の戦い方はこんなにも苛烈ではなかった。蛍火は魔法と剣を別々に使っていた。決して同時に使うような戦い方をした事はない。

 そもそも、蛍火が持つ武器を彼女達は理解できなかった。

 基本的に召喚器は一つの形しか取らない。例外は大河が持つトレイターのみ。彼女達は観護がトレイターとは別の方式だが同じように形を変えることを知らない。

 

 

 何よりも、戦闘中にこんなにも心が締め付けられるような悲痛な声を上げながら戦う存在が蛍火であるはずもない。

 

「未亜、あいつの翼だけ狙えるか?」

 

 呆然と今までと今のあまりにも変わりすぎる蛍火に思考が付いていかない中、大河だけが動き出す。

 何故、動けるのか? 何故、その中で助けるという思考を持つ事が出来るのか?

 それは単に、大河がこの世界で唯一の救世主になるべき存在だから。そのように定義されてしまった存在だから。何よりも新城蛍火の友だと彼は自負しているから。

 故に動く。目の前の事態や、蛍火の変貌、敵の存在その全てを置き去りにして大河は蛍火を助ける為に動ける。

 

「えっ、うん、出来るけど…………」

「マスター、まさか、助けるつもりですか?」

 

 呆然と呟いた言葉を阻止するのはリコ。

 当たり前だ。彼女は誰よりも大河のことを案じている。そして、ルビナスに忠告され蛍火という存在の危険を改めて認識している。どう考えても蛍火は危険すぎる。

 

「リコ、聞こえるか?」

 

 大河に問いかけられリコに聞こえるのはドラゴンと人の激突音、魔法のぶつかる破裂音。

 

「聞こえないか?」

 

 さらに耳に神経を集中させた。そこで聞こえた、プチプチプチプチプチと何かが千切れる音が。

 この場でそんな音がなるはずもない。だが、思い起こせば戦闘のはじめの方から聞こえていた気がする。

 それは筋肉が引きちぎれる音。ならば、戦闘よりも前に蛍火は握り締めた拳の力に耐え切れず身体のどこかの筋肉が千切れていたことになる。そもそも、堪忍袋の緒が切れる音など実際に聞こえるはずもない。

 

 音が聞こえるのは当たり前、蛍火は……人間の限界を越えて、筋肉を自ら常に引きちぎるほどの力を出して戦っているのだから。

 本来なら、蛍火は血の海に沈んでいるはず。なぜならその音が聞こえ始めて二十分近くたっているのに蛍火は未だに戦い続けている。幾ら、痛みを無視できるとはいえ肉体構造に欠陥が生じているのに戦い続けられるはずもない。

 

 ならば、答えは一つ。常に癒しながら、回復の熱を身体にため、筋肉を引きちぎりながら常に戦い続けているという事。アドレナリンの過剰投与によって痛みすら忘れさせられているという事。

 

「リコ、俺は前に言ったよな? アイツが怖くても、それでもアイツが普段何しているのか覚えている。あいつが優しくしてたことを、助けてくれたことを、俺たちのことを考えてくれたことを俺は覚えている。

 アイツが救世主候補になったときの決意を俺は信じてる。俺はアイツを仲間だって信じてる。

だから、助けるのは当然だろ? アイツがあんなにまでなって必死になって戦ってるのに助けないのは仲間じゃねぇよ」

 

 大河はニカっと少年のような笑顔をリコに向ける。その笑顔は変わらなかった。蛍火が人前で初めて死伎を使ったときの後と一かけらも変わってはいない。

 あの時と同じ、大河は蛍火を信じている。

 

「仲間にだって隠し事するのはあるかもだろうな……俺だってないとは言えない」

「…………師匠」

「それにさ、アイツの仲間の俺たちがアイツを信じないで誰がアイツを信じるんだ? 俺たちが一番に信じなきゃなんねぇっ!」

「彼が裏切るかもしれませんよ?」

 

 大河の言葉はリコの胸に響く。大河がそうであるから惚れたのだ。だからその言葉が響かないはずがない。だが…………だが、それでも大河の命を、心を優先してしまいたいという願いがリコにはある。それはいけないことなのだろうか?

 

「その時はぶん殴って理由を聞く。そうだろ?」

 

 気楽という言葉では片付けられないほどに確信に満ちて清々しい笑顔。大河は殴って話し合えばまた仲を取り戻せると信じている。他の誰よりも蛍火だから信じている。

 知らない人間ならさすがに大河も信頼しない。だが、何時も傍にいた蛍火だから、否、蛍火だけではない。いつもの夕食を共にするメンバーならば大河は信頼する。なぜなら、それまで築いてきた時間は決して偽りではないから。

 

「………………マスターらしいです」

 

 苦笑して、リコは空を睨みつけた。リコは蛍火を信用しない、信頼しない。大河の信頼を裏切るような真似を蛍火がすれば容赦なく潰そうとするだろう。だが、それでも今は大河を信じる。他ならぬ己が選び信じた主の言葉と想いと決意を信じる。

 

「というか勝手に話を纏めないでくれる?」

「リコの言葉が意味深すぎて言葉が挟めませんでしたよ?」

「リコちゃん、この章はナナシが活躍するはずなのに、出番を取りすぎですのーーっ!!」

 

 回りもやる気は満ちている。ならば、まずは二人を地面に引き摺り下ろすことからだ。

 

「よっしゃ、んじゃ。仲間を助けますかっ!」

「「「「「「「おうっ!!」」」」」」

 

 一人の救世主と救世主に従う戦乙女達は己の得物を持ちて、神話の中に混ざりこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未亜の矢がダルトの片方の翼のみを狙い撃ち、打ち抜く。数十本という矢がほぼ一ヶ所のみを目指して突き刺さる。

 片方の翼に矢によって穴をあけられたダルトは姿勢を崩す。そこに蛍火が観護を大槌に変えて頭をぶん殴り地面に落とさんとする。だが、それだけでは足りない。即席の魔法陣を描いて追撃の落石、そのまま石に紛れるようにスピアに変えて上空からダルトの頭の部分を何度も何度も付き、重力すら味方につけて地面へと追い落とす。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■っ!!!!

 

 ドラゴンの領域であるはずの空から地に落とされたダルトは怒り狂う。己の自由を奪われ、己の利点を奪われた怒りによって猛り狂う。すでに己の自由は随分と前に失われているにもかかわらず。

 

「!?」

 

 翼が急激な速度で癒え、空にもう一度飛び立とうとするダルトは痛みによってもだえる。体を持ち上げ己が領域である空に顔を向けようとしたその場所にはホーリーウォールによって頭を打ち付けてしまった。

 

「空には行かせません」

 

 毅然とベリオが汗を握りながら宣言する。その様はまるで聖女のよう。己のやるべき事を決然たる意志を持って行う様は、ユーフォニアから漏れる光は彼女を聖女の領域まで押し上げる。

 

 普段は展開する事もない巨大なホーリーウォールを維持し続ける事もあってベリオは普段とは違う種類の汗をかいていた。

 

 

 頭を空に上げる事をが叶わないと理解したダルトはその顎をベリオに向ける。理性を奪われようとも、否、理性を奪われてしまったが為に余計に本能的にどんな敵が己の邪魔をしているのかを理解している。

 顎を大きく開き、ベリオを食らいつくさんとその首を体を前に進める。

 

「悪いけど、ベリオをあんたにやるわけにはいかないのよ」

「で、ござるな」

 

 大口を開けたダルトの口内に一粒の焔が押し込まれる。その光は可視する事がやっと可能な程に小さな火、されどそれは魔法の炎。使い手の任意でその火は炎に、焔に形を変える。

 

「食らいなさい、ファルブレイズンっ!!」

■■■■■■■■っ!!!!」

 

 口内を、喉を灼熱の炎で焼かれて身悶える。外がどれほど固かろうとも体の内部は柔らかいのが生物の定石。それは例え、既存の生物群とは別の進化方式を組み立ててきたドラゴンであろうとも変わらない。

 

 悶え、苦しみ、体を暴れさせるダルト。体の内から焼かれる痛みは激痛を通り越す、そのため、今まで見えていた足もとが見えなくなっていた。

 

「悪いでござるが、死んでもらうっ!」

 

 掛け声とともに、火炎をまとった拳がダルトの喉元めがけて突き刺さる。ジャンプをするにはあまりにも高すぎる距離をただ、脚力だけで届かせ、威力を減衰させる事もなくそのその喉元に拳を抉りこませる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■っ!!!!

 

 内から焼かれ、喉元という柔らかい部位を焦がされ、身を悶えるもそれでもその尋常ならざる回復力にて傷を癒し、目の前でまだ硬直しているカエデを、リリィを引き裂かんとその爪を振るおうとする。

 

「やらせないですの〜〜っ!」

 

 その恐爪を止めたのはナナシ。その体に纏う包帯をいかなる手段かは分らないがダルトの腕に巻きつけ、引きとめる。硬直は一瞬、例え、ナナシが常識はずれの筋力を持っていたとしても種族の差は強い。止められる時間は一瞬。否、一刹那程度。されど、それで充分。

 

「ナナ子、よくやったぞっ! おぉおおらぁああっ!!!」

 

 その身を弾丸に変えて槍をまっすぐに脇で支えながら突き進む。ナナシが包帯でダルトの腕を止めると同時に走りだしていた大河を止める者はどこにもいない。槍の穂先に力を、推進剤には大河の脚力を、弾丸は正しく大河。

 爆発的な推進剤を手に入れた大河はその腹部めがけてその槍を突き刺す。

 

「■■■■■■■■■■■■■っ!!!!

 

「カエデっ!!」

「承知でござるっ!!」

 

 ナナシと大河が稼いだ時間を使った地面に降り立っていたカエデはその拳に再度紅蓮の炎を纏っていた。だが、今度は上に向って放つ攻撃ではない。一直線に大河と同じように己を弾丸に変えてその炎を槍にうち当てる。

 

「「紅蓮槍っ!!」」

 

 紅蓮の炎はトレイターを伝いて内部に熱をもたらす。灼熱と呼ぶには生ぬるいが肉を焦がすには十分な熱がダルトの内部に伝う。

 

「■■■■■■っ!!!!??」

 

 痛みは最高潮。重要な臓器がある部分を焼き焦がされては体がもつはずもない。

 

「まだ終わりじゃないですの〜」

 

 ナナシが墓石をどこからともなく呼び出し、槍となったトレイターの柄尻を打ちすえる。地面から飛び出した力を付与されてトレイターはさらにダルトの内部に突き進む。内臓を貫かれ、押しつぶされる。

 

「ナナシさん、いい事を言いますね」

 

 そこにはテレポートを使ってダルトの後ろに回っていたリコ。その体は雷を纏っていた。バチバチとバチバチと体から溢れんばかりのエネルギーが今か今かと解き放たれるのを待っている。

 

「オスクルム・インフェイムっ!!」

 

 後頭部からの一撃。今まで下腹部のみに集中させていたのはこのため。意識を上に向けさせず常に下に向かせて、折を見てダルトよりも上空から落下を攻撃を繰り出すため。

 

「いけぇっ!!」

 

 上空にまた意識が行ったすきに未亜が貫通力のとても高い矢、モーメントフラッシュを使用して翼に穴をあける。地面にほぼ縫い付けている状態に近いがそれでも油断は許されない。空を飛ぶための力を削ぎ落す。空は飛ばせない。未亜の瞳はそう語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛍火は一人、上空に佇んでいた。集団戦を仕掛けた彼らが出張って来たのなら蛍火は邪魔にしかならない。スタンドプレーしかできない彼は邪魔でしかない。

 その事を理解している彼は疲弊している体を休ませる為に休息を取っていた。休息を取らされたといえるが、

 

 蛍火は目の前の光景に、己の力のなさに打ちひしがれていた。独りで今のダルトを殺せずしてどうやって■■に勝てというのだ?

 無限の再生力を持たされてしまったダルトを通常の手段で倒せずして、この物語のシナリオを壊せはしない。定められた道筋を外れる事などできはしない。

 

 

 彼は敗北した。間違いなく、勘違いする事すら出来ないほどに彼は敗北した。

 

 

 

 びちゃびちゃと体を酷使しすぎたために胃の中に溜まっていた血を吐き出す。限界を超えて尚、シナリオを破断させる事は出来ない。

 

 口から零れ落ちた血は、口内に溜まっていた量よりも若干少なかった。

 

(どうしろと? 選択しろと?)

 

 とめどない思考が頭の中を巡る。新城蛍火はこの時、決定的に敗北した。この物語のどうしようもないシステムに決定的に敗北した。不死如きを倒せないというのなら、死伎を使わなければならないというのなら、それはこの物語のシナリオに敗北したことを意味する。

 

 目の前の大河達の戦っている姿が酷く遠かった。知らないからこそ彼らは戦える。知らないからこそ彼らはあんなにも必死に戦える。今のダルトを斃す事など不可能だという事を知らない彼らは、知らないからこそ無謀にも戦える。

 

 敗北は確定。後はシナリオ通りに■■がどちらかを選択するのを待つしかない。

 

 それでもなお、諦めきれないと心が叫ぶ。

 

 諦め切れないと心が泣き叫ぶ、悲痛に叫び続ける。

 

 

何故だろうか? 何故諦めきれないのだろうか? 何故、そうまでして敗北したくないのだろうか?

 ここに来る前であるのならば蛍火は何であろうとも簡単に諦め切れた。誰かと出会う前まではこの物語のシナリオがどうなろうともよかったはず。

 

 その時、少女の泣き顔が蛍火の脳裏に浮かんだ。

 

(あぁ、そうか。俺はあの子を諦めておきながらそれでもあの子の泣いている姿が見たくなかったんだ)

 

 酷く間違えた答えでしかない。どうしようもなくて泣かせたくないから殺してしまうという選択を蛍火は取っていた。新城蛍火は知っている。この物語がどれほど残酷であるかを。

だから、そう、死ぬのが怖かったわけではなかった。ただ一人の少女が悲しんでしまってほしくないから諦めてしまっていたのだ。

 

 死んでしまえば悲しむ事もない。そんな明らかに間違えた選択肢を選んでいた。

 

「ははははっ! 俺はなんてバカなんだ」

 

 己の事すら蛍火は理解しきれていなかった。

 

 

 

 

 

 

 そこに観護の声がかかる。先ほどの声は観護には届いていなかった。その声は無遠慮に、されどどこか優しく。

 

(強くなったわね)

(あぁ)

 

 追撃をかけようとも一度体を休ませてしまったために激痛がその体を支配して休むほかなくなった蛍火は七人の戦い方を見ていた。個々の力は元より、集団としての力は強くなった。蛍火がダルトと戦っていた時よりも効率的に七人は攻撃出来ている。

 蛍火のように特攻覚悟や、自滅覚悟の攻撃ではない。綿密に、信頼しあえているからこその攻撃。

 

 それは当り前なのかもしれない。人はどんなに頑張っても独りでは限界がある。その限界を打ち破るために人は集団で戦う。人はそもそも集団で戦ってこそ最も力を発揮する。足りない部分をほかの人間で補い、作りたい隙を協力して作り出して、その隙を待っていた人間が攻撃する。

 一人では決してできない戦法。

 

(ねぇ、蛍火君。あんなにもあの子達は強くなったのに、信用できない?)

(………………別の意味では信用している。だが、巻き込めるのか? 素直に話せというのか? 気づいているだろう、この物語の残酷さを。どうしようもないこの現実を)

(……えぇ)

 

 気づいてしまえば誰かに頼る事など出来なくなる。そう、どうやって頼れというのだ? そもそもどうやってそれに打ち勝てというのだ? 人間の力をどれだけ集めようと敵う筈もないそれを他人に話した所でどうしようというのだ?

 

 この物語がどうしようも残酷である事に気付けてしまった観護は静かに同意する。

 

(俺はあいつらを利用する。それだけでいい)

(…………貴方は独りにしかなれないのね)

(だろうな。それが俺に求められた役割だ。万能を受け継がされてしまった俺の…………だが、諦めない。俺は諦めない)

(蛍火君……)

(あれに頼らなければアレに打ち勝つ事は出来ない)

(また、使わせられる羽目になるのね)

(あぁ)

(理解している? それを使うという事は、屈するという事よ? あの子たちに頼って何とか倒す方法を模索しないの?)

(頼って倒せるのならすでにダルトは死んでいる)

 

 それ以外に道はない。使わなければダルトは倒せない。無限の再生能力を与えられてしまったダルトを斃すには不死殺しの技を使うしかない。蛍火の技で死んでいるべきなのに、大河達の攻撃によって幾度も死んでいるはずなのに斃す事の出来ないダルトを殺すには。

 

(諦めるの?)

(…………なぁ、観護。子供を優先するのは人として間違っているか?)

(…………………………間違っていないわ)

 

 苦渋に満ちた同意。親として蛍火の答えは間違っているとはいえない。間違ってはいない、だが、正しくなんて決してない。

 本来なら蛍火が選ぶ道は選んではいけない道。されど、ここでは観護は同意しかできない。このどうしようもないほどに残酷な物語のシナリオを知ってしまったから。

 

(そうか、なら俺は――――)

 

 その悲痛な決意に観護は涙を流したかった。その残酷な決意に涙を流してしまいたかった。だが、それは出来ない。物理的な事だけではない。彼女達は彼に背負わせたのだから。全てを。だからこそ、観護たちは、彼が泣かないというのに己だけ、泣いていいはずもない。

 

 

(…………貴方がそれを選ぶのなら私はそれについていくわ。…………っ)

(言いたい事は理解している。俺も親だ、お前達の言いたいことぐらい想像がつくさ。契約は果す。それが、俺が俺だった由縁だ。それぐらいの誓いは果すさ。無論、その上で、俺は片方を諦める)

(………………………………そう。ならば、私は貴方の本当の願いを叶える為に、ただ一つの願いを叶える為に私は貴方に全力で持ってサポートする事を誓う。私達は今これより、貴方の本当の剣となる)

 

 答えは必要ない。迷いは消えた。シナリオに抗えないというのならそのシナリオの中で己にとって都合のいい方に進めればいいだけ。誰が泣こうとも、誰が失う事になろうとも、誰が傷つくことになろうとも。

 

(誓うは一つ、俺は一つを為すために全てを斬り捨てよう。一つを護るためにそれ以外の全てを斬り捨てよう)

 

 新城蛍火は決意する。一の為に全てを切り捨てる事を。一以外の全てを切り捨てる事を。

 

「その為ならば俺は、『新城蛍火』と成り果てよう」

 

 彼は本当の意味でやっと覚醒した。彼はやっと本当の意味で新城蛍火に成り果てた。

 

 

 

 

そうであるが為に、彼は救世主にはなれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どけぇっ!!!!」

 

未だ前方で戦っている仲間だった者達に蛍火は声を荒げる。シナリオを進めなければならない。進めてしまって終わらせなければならない。

 

 蛍火の声に七人は慌てて体をどける。ただし、上空に逃さない為のホーリーウォールは消えない。

 

 

 弓に風の矢をつがえる。その風は暴風となりてその体を刻みこむ。使い手の事など構いなしに小さな世界を作るためにマナを貪り、その片鱗をまき散らし続ける。

 

それは唯一つの幻想世界、どの世界にも決して存在し得ない世界。大気は荒れ狂い、大地は腐食植物の息吹を感じさせる。生物の存在を許さぬ腐食の暴虐世界。植物以外の生きとし生ける全てを否定するその世界は、彼の者を待ち続ける。生きとし生ける全てが死に絶えたその地獄のような世界は唯一人を永遠(とわ)に待ち続ける

 

 周辺に存在する草木は異常なまでに成長し、暴虐の風が吹き荒れる。その風はM6クラスの風がそよ風に思えるほどに激しい。

 時折、吹き抜ける鎌鼬に蛍火の皮膚が出ている部分はずたずたに引き裂かれていく。だが、蛍火は表情を変えない。意思よりも尚固い意志持ちし蛍火には、答えを見つける事の出来た蛍火には、一以外の全てを切り捨てると定めた蛍火にはその痛みは痛みとならない。

 

 

絶望と、悔恨と恨みを持ちて未だその魂を輪廻させぬ者よ。未だその胸の内にて憎悪の暴風を抱くものよ。汝は世界の待ち人、生きとし生ける全てを腐食せし暴虐の世界の待ち人。待ち人よ、汝は神々の黄昏によって消えし者。その片目を代償に知識を得し貪欲なる者よ。全てを消し去りし暴虐の風を超えた風を纏いて今一度この世界に顕現せよ!! 風と死を操り疾走する者(ヴォータン)

 

 風が収束するとそこには八本足の馬に跨りし、隻眼の老人がいた。老人は巨人や龍のように嗤う事無く、悲しげに蛍火を見た。

 だが、それすらも封じ込めるかのような蛍火の鋭い表情に押され、観護に向かって歩みを始める。

 

 その瞬間、■■と繋がってしまった蛍火に、ある映像が見えた。

 木の葉や枝を泣きながら選定し、切り落とし、壊してしまう少女。銀の髪と蒼の瞳をした、月に愛された少女の姿を。

 

 蛍火はその映像を見て、理解した。この物語は余りにも残酷であると、この物語に本当の悪は存在しないと。誰もが悪であると……理解した。

 

 

 

 

 

 蛍火は老人を優しく迎え入れる。今までと蛍火は違う。死伎の本当の意味を理解して尚、使う覚悟を決めた。故にこの技の名は死伎ではなく、シギ。死伎という当て字はシギの数あるもの中から選んだだけのものにすぎない。故に真の意味を理解しつつも使うのならこの伎はシギと呼ぶのが相応しい。

 

「ダルト。俺が頼んでしまったが為に貴様にそうさせてしまった。許されるはずもない。だから、お前を完膚無きまでに殺してやる。誇り高きお前が弱い者を傷つけない為に殺す。

 だが、一つだけ感謝しよう。俺の願いを聞き届けてくれて、ありがとう」

 

 剣先を振るう。溢れ出すのは暴風。それは風が吹いているのではない、吸い込まれているのだ。真の真空によって生まれだされる風の刃。その風がダルトを囲む。

 真空状態の中に生物が入れば…………その身ははじけ飛ぶ。大輪の血の花を咲かせてはじけ飛ぶ以外にない。

 だが、その程度で許されない。シギは神域の御業。その技は分子レベルになるまではじけ飛ぶ。はじけ飛び続けて、地面に落ちる頃には何も無くなっていた。

 

 不死殺しの技、シギ。その威力は分子レベルまで干渉する。されど、されど、この伎の本当の意味はそこではない。

 

 

 

 一時間以上も手こずった相手は風に乗って消えていた。

 

「ダルト……死後もお前と戦えそうになくてすまんな………………俺は、地獄に堕ちる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(コロセ!!コワセ!!狂エ!!オワレ!!死ネ!!)

 

 蛍火の内より声が聞こえる。それは蛍火の声ではないのに、それを蛍火は己の声だと決めつける。

 

(コロセ!!コワセ!!狂エ!!オワレ!!死ネ!!オカセ!!

コロセ!!コワセ!!狂エ!!オワレ!!死ネ!!オカセ!!)

 

あの時と同じ、終わりのない、怨嗟の声。亡者の声。それは心を犯す。いくら体を鍛えようとも心の痛みに耐える方法はない。

 否、そもそも魂を犯すこの激痛に耐えきれるはずもない。蛍火という存在を犯すこの声の痛みになれるはずもない。

 鍛えられるはずもないそれが浸食されている。それをどうやって抑えればいい?

 

 

(コロセ!!コワセ!!狂エ!!オワレ!!死ネ!!オカセ!!奪エ!!

コロセ!!コワセ!!狂エ!!オワレ!!死ネ!!オカセ!!奪エ!!

コロセ!!コワセ!!狂エ!!オワレ!!死ネ!!オカセ!!奪エ!!)

 

 それでも、蛍火は以前よりもさらに■■に繋がりを持ち、■に近づいてしまったためにこの痛みは頭を割る事はない。

 

 

(コロセ!!コワセ!!狂エ!!オワレ!!死ネ!!オカセ!!奪エ!!ニクメ!!

コロセ!!コワセ!!狂エ!!オワレ!!死ネ!!オカセ!!奪エ!!ニクメ!!

コロセ!!コワセ!!狂エ!!オワレ!!死ネ!!オカセ!!奪エ!!ニクメ!!

コロセ!!コワセ!!狂エ!!オワレ!!死ネ!!オカセ!!奪エ!!ニクメ!!)

 

 認めてしまったが為に、繋がりが強くなってしまったが為に、蛍火はこの痛みを許容した。

 他ならぬ蛍火にとって護りたい唯一の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか収束されてしまった事態。

 彼らに残るのは悔恨。またシギを彼らは蛍火に使わせてしまったと嘆いていた。また死に近づいてしまうと嘆いた。

 だが、彼らは真実を知らない。どうしようもない事なのだ。これは、シナリオにのっとって行われているのだから。どうしようもないという事に彼らは気付けない。

 

「くくくっ、聞こえているか? 俺の声が、届いているか? あぁ、聞こえているよなぁ! 聞こえないはずがないよなぁっ!!

 忠告ありがとう。進言ありがとう。あぁ、お前のお陰で俺はやっと気付けた。俺はやっと気付く事が出来た。だがな、代償は高いぞ? 俺にこの道を選ばせたのなら俺は俺が望むべき道を選択する。貴様がもう片方の道を選ぼうとしようとも俺が選んだ道しか歩ませない。それ以外に許さない。

覚悟しろ!俺を本気にさせたことを!!俺の虚無の精神に火を付けた事を!! 俺を選んだ事を!!! 俺にその役目を押し付けた事をっ!

踊り狂ってやろう。繰られ続けよう。俺の目的のために最後までっ!」

 

 己の全てを吐き出すほどに、己の全てを晒すほどに、己の全てを搾り出すほどに蛍火の思いは紡がれる。

 誰に向かうでもなく紡がれる。誰に届くでもなく紡がれる。その想いは、決意は誰にも届かない。されど、蛍火はその想いをぶつける。

 子供のように、大人のように、聖人のように、咎人のように、狂人のように全ての要素を内包しながら、叫び続ける。吐き出し続ける。笑い続ける。

 

 歓喜の嗤いを、覚悟の嗤いを、狂喜の嗤いを、

 

あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは破は

 ははハはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは端はは

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ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!

 

彼の体から流れだした血が半分以上少ない血溜まりの中で壊れそうなほどの、狂いそうなほどの、気が触れんばかりの哂い続ける彼を止める事が出来た者はこの場には誰もいなかった。

 

 

この日、彼は一つに戻った。

あの日より分裂していた弱い彼と、あの日より成長し続けた彼が一つに戻った。彼はこの日、やっと本当の意味で新城蛍火に成り果てた。成り果てる決意をしてしまった。

 

己全てを使って、己全てを認めて彼は戦う事を決意する。

こうして、二度目のRebirth Dayにて彼は生きる意味を知り、生きる理由を見つけ、戦う為の確固たる理由を見つけた。

 

 こうして、二度目のReverse Dayにて彼は価値観と戦う意味を反転させる。だが、裏返っていたコインが叉裏返ったとしてもそれは表になるとは限らない。だが、一つだけ変わらないのは…………コインがコインであること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 狂ったようにしか見えない蛍火を見て、リコはもう一度新城蛍火の危険性を理解する。

 されど、この世界の真の救世主である当真大河は、己の不甲斐無さを恥じ入るばかりで、新城蛍火を未だ信じていた。

 

 

 

 物語は進む。物語は進んでしまう。三つ以外は繰られている事すら気付かずに。

 

Others view out

 

 

 

 


後書き

 

 さて、今回は蛍火の最初のキレた状態です。もう一度あるかどうかは保障しませんが、これで最後とはちょっと保証できないので。

 ですが、彼は狂った訳ではありません。正確には狂えないという事です。彼はあくまでも己にある枷をはめています。それは精神に異常をきたさない事。契約を生きる意味としている彼にとっては正確に契約の内容を認識できるように狂っているのです。元々が一般とは異なるベクトルで狂っているのでこれ以上は狂えませんw

 

 

 今話は実際、限りなくヤバいです。ネタばれ寸前のネタがごろごろとしています。今までと比べたらありえないぐらいに。

分かる人には分かってしまうでしょう。といっても彼が語っているのは抽象的なのであくまでも今までの鍵を集められた人のみという感じですね。

 

 

 題名のリバースday。これはRebirth DayReverse Dayの二つの意味があるからです。死に瀕したわけではありませんが価値観が変わって、昔の己を取り込んだ彼はやはりrebirthreverseの二つを果たしてしまいました。しかし、カタカナってこういう場合トリックに仕えて本当に楽だなぁ〜。

 

 さて、本文中に彼が口にした『新城蛍火になり果てよう』という意味はそのままの文字通りの意味です。

 そもそも『新城蛍火』という言葉は固有名詞に限りなく近い代名詞なのです。それに本当のところは彼が考えた名前でもないですし。

 具体的に言うなら王様や学園長とかといったようにそれだけで誰か分かるようにする代名詞です。彼と同じ立ち位置にいる者ならば彼でなくとも名乗れる名前です。この話では彼以外に名乗る事は出来ないのですが。

詳細は言えませんがこの名前の意味はとても重要です。

 

 

 

 さて、前回宣言した私が夢想する強さは今回示しました。地文できちんと書いていないので補足説明を。

 そもそも『強い』と示す状態を口にするには当たり前のようにありとあらゆる力が必要です。筋力、財力、胆力、政治力などなど数え上げればキリがありません。では、その中で最も重要な力とは何ぞやと考えたところ、私は『決断力』を選びました。

 筋力も財力も的確に判断し、判断した答えを迷う事無く実行できる力がなければタダの宝の持ち腐れです。力を正しく使えるかどうかではなく、適切な時に使えるかどうかを決める力です。

 判断しても、その答えに欠片でも迷いをもってしまっては力は半減します。身体と心の動きは鈍ってしまいます。だから、一度選んだ答えを決して迷う事無く遂行できる力こそが、最も強い力ではないのかと思います。

 ですが、人は迷ってしまう生き物です。目の前にある選択肢をどちらが最良か、最善か、己にとって都合がいいのか。悩み、迷ってしまう。だったら、初めから選んでおけばいい。選択肢を突きつけられたとしても初めからどんな選択肢にでも対応できるようにたった一つのみを選び続ければいいと考えました。

 そして、選択肢を限定していくと残ったのはただ二つ、『捨てる』のと『護る』だけです。無論、これは極論であり、私の持論です。人によっては違う答えになると思います。

 『護る』は分かりやすく言うと正義の味方って奴ですね。常に目の前にある選択肢を護り続ける。見捨てずに助け続けるという道。逆に『捨てる』は目の前にある全てを見捨てる事です。例え、何があっても目の前の人物を助けずに、見捨て続ける。といっても『捨てる』方は何も助けなければタダの世捨て人でしかなく(個人的にはコレも強さの一種だとは思っている)、なのでたった一つ以外の全てを見捨てる事をもう一つの強さにしました。

 

 蛍火の強さは無論、後者。たった一つ以外の全てを見捨てる道。初めから選択しているのだから迷う事無く行動でき、最速の行動力を生み出せる道。

 当たり前ですがこれは極論中の極論。理想どころか夢想の上でしか成り立たない強さです。

 

 

 

 

 『一を得るために全てを捨てる』、この本当の意味を理解している人は少ないと思います。少なくとも字面だけでは中々に理解しきれないでしょう。

 理解できていない方は格好いいと思わないように、文字通りの意味を理解できた方は憧れないように、私の真意を汲み取れた方は私が何も言わずともこの道に進もうとも、あこがれようともせずに敬遠するでしょう。

 

 

 

 

 

 

 さてゼロの遺跡での戦闘は終わりますが、まぁ次は後日談チックなのを。では、次話でお会いいたしましょう。




今回、蛍火にとって何かが大きく変わったという事なのかな。
美姫 「この名前にどんな意味があるのかしら」
他にもちらほらと気になるものが。
美姫 「これらは今後どう関わってくるのかしらね」
その辺りも非常に楽しみです。
美姫 「それじゃあ、また次回も待ってますね」
ではでは。



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