「さて、では最後の質問。蛍火さんの服の下を見たいです」

 

 ちょっ、それはセクハラだろ。ん?ここは異世界だからそんな概念は無いのか?

 

「いや、意味が分かりませんよ?」

「救世主クラス最強と名高い蛍火さんがどれだけ引き締まった体をしているか見てみたいんです!」

 

 アリスの鼻息がとても荒かった。

 

 もしかして……貞操のピンチ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六十五話 祭りの終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、蛍火さん。脱いでください」

 

 アリスは若干興奮気味に俺に詰め寄ってくる。貞操の危機だろうか?

 すでにイムとしてるから関係のないのか?

 

「脱ぎませんよ」

「脱いでもらいますよ」

 

 アリスがじわりじわりと近づいてくる。

 逃げたいんだけど……ちらりとレンのほうを見る。未だにベリオはインクをレンの頭上にかざしたままだ。

逃げたらレンの髪が黒く染まっちまう。

 

「学園長。脱がなくてもいいですよね?」

 

 良識のある学園長に助けを求めることにした。さすがにこの人は助けてくれるだろう。

 

「蛍火君」

 

え? なんで俺のほうの名前が呼ばれるの?

 

「蛍火君はこの学園祭を盛り上げる義務があります」

「つまり?」

「脱げ」

 

 学園長公認のセクハラ!?

こんな公衆の面前で脱ぐような性癖は持っていないぞ! 脱がす趣味も持っていないが。

 

「ほら、鍛錬とかで体にかなりというか、結構というか、エグイぐらいに傷が付いているんで。見ないでくれると嬉しいかなぁ」

「大丈夫ですよ。傷は男の勲章でしょう?」

 

 えっ、何でこの子が異世界ネタを知ってるの? というか俺の傷は勲章でもなんでもないから。

 

「本当に醜いんですよ。それに好奇心は猫を殺すっているじゃないですか」

「えぇ、好奇心には勝てないからの格言ですよね」

 

 いや、確かにそうとも取れるけどさ。後悔するって方の意味合いなんだけどな。レンのほうを覗き見る。

 相変わらずベリオはイイ笑顔でインク壷をレンの頭の上でスタンバってる。後悔先に立たず。

 …………一つの絶望を見せるとしようか。

 

「分かりました。後悔ストリップしますよ」

「発音が違いません?」

 

 これであってるんだ。見ているものが後悔するストリップなんだから。

 

「その前に」

 

 テレポートでレンを奪取。そして即効で気絶させる。

 すまん、レン。

これからの事はレンに聞かせたくない。おそらく、学園長があの痣のことを聞くだろうから。

 

「ちょっと」

「さすがに親が観衆の前でストリップする姿は見せたくないですから」

 

 まぁ、建前だけどね。これで納得するでしょ。

 コートを脱いだのだが、ふむ。贈り物でもあるからな。地面には付けたくないな。

 

「当真、預かってください。」

「おうよ」

 

 大河に向かって放り投げる。

ドスンとコートにしてはありえない音がする。ふむ、受け止め切れなかったか。

 

「おい蛍火!! これなんでこんなに重いんだよ!!

「あぁ、魔術で重くしましたから。重量は八十キロはありましたね」

 

 もちろん。それは普段だけである。戦闘中にハンデをつけて戦うようなバカな真似はしない。

 ナイフのホルスターをはずす。あっ、そういえば大河に伝えるのを忘れてたな。

 

「当真。内ポケットは触らないで下さいね。……吸い込まれますから」

「うわっ、おい。ちょっと待て。遅いぞ!!」

 

 大河はやっぱりお約束をしていた。まったく人のものに勝手に触るからだ。

大河を引っこ抜いて助けてやる。本当にギャグキャラだな。

 カッターを脱ぐ前に首にかけてある鋼糸の束を取り外して。まぁ、これは地面においてもいいだろ。

ガチャンと音がした。中に隠し持っていたナイフ十本と飛針十本が触れ合い金属音が鳴る。

これで、俺は黒のロングTシャツのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「武器は没収したのになんでまだそんなに持ってるんですか?」

「コートの武器は外しましたよ? その下まで外せとは言われていませんから」

 

 実際。まだ、ズボンのほうにも結構な数の武器が隠してあるからな。ズボンは脱ぐつもりは無いぞ。

 

「さて、もう一度聞きますけど、後悔は先に出来ませんよ?」

「人の裸ぐらいで後悔しませんよ」

 

 するんだけどな。マリーがいれば止めてくれただろうな。さっきの告白の後即効で家に戻ったからな。

 恥ずかしかったのか? やっぱり。

 

「はぁ、これが力を求めた結果です」

 

 盛大なため息を吐いて俺はTシャツを脱いだ。見ているものが息を呑み音が聞こえる。

驚いているのはきっと俺の体についている筋肉では無いだろう。かなり引き締まってるけどそこではない。

彼らが絶句したのはこの体に異常なまでに付いた傷。

刀傷、銃創、擦過傷、火傷、凍傷、人が想像しうる限りの全ての傷がこの身体に付けられている。

いや、想像の外にあるような傷すら付けられている。

その中でも右腕は酷い。腕の上に傷があるのではなく、もはや傷が腕を形成しているといいようがないほどに損傷した腕。

そしてそれ以上に酷いのは傷の上にまるで蝕むように、まるで生きているようにぼやけて描かれている蛇の姿。

この体を締め付けるように力強く、されど未だに完成に遠いような蛇。

 

「醜いでしょう? 見難いでしょう? 身に余る力を短時間で手に入れるという事はこういうことです」

 

 これほどの力を手に入れるまでいったい幾度死に掛けたことか。

幾度この身体が動かなくなったか。数えるのも愚かしい。それほどまでに死線を彷徨った。

 

「さて、もういいですよね?」

 

 俺はさっさと服を着ようと下においたTシャツを手に取る。しかし、そうは問屋がおろさない。

 

「待ちなさい」

 

 やっぱり学園長からの待ったの声が上がる。この傷は絶望ではない。

この痣が絶望なのだ。なのに触れようとするのか?

 

「その痣は何ですか?」

「刺青ですよ。しりません?」

 

 その言葉に学園長は顔をしかめている。いや、怒っている。

 

「そんなはずが無いでしょう? その痣からは魔力が感じられるのですから。こっちに来なさい」

「セクハラで訴えますよ?」

「そうしたければそうしなさい」

 

 例え何があったとしてもこの痣は調べるつもりですか。やれやれ、知らなければ幸せな物を。夢を見られるものを。

 学園長は俺の痣に触れ、慎重に調べていく。そんな事しなくても俺が知ってるんだけどね。

 

「これは……呪い。それも私も知らないくらいの高度な……」

 

 学園長が呆然と呟く。まぁ、魔法の極限に限りなく近い学園長が知らないというのも当然か。

 そう、これは知らなくて当たり前の代物。

 

「蛍火君。これは誰にかけられたんですか!

「んー、強いて言うのなら自分がかけたってことになりますね」

 

 誰かにかけられたものではない。誰でもないのだ。誰かと聞かれたのなら自分と応えるしかない。

 

「ふざけないで下さい!!

「ふざけてませんよ。……これはね、罰なんです。人にあらざる力を欲した。人を超える力を欲した。

そしてそれを行使した代償。禁断の領域に踏み込んだ罰」

「まさか……あの伎が?」

「えぇ、そうですよ」

 

 これは証。禁断の領域に踏み込みそれを行使してしまった証。そしてそれ以上に俺の……

そう遠くないうちにこの蛇の痣は俺を絞め殺すように現れるだろう。

 

「その中身は知っているのですか?」

「えぇ。人として終わるだけです」

「蛍火さんが死ぬ?」

 

 俺の言葉にアリスが、そしてこの会場に居る全ての人が呆然としていた。

 俺が死んでしまうという事は彼らにとって想像の外らしい。

 

「すぐにでも解呪の方法を調べないと!! ダリア先生。王宮に早急に連絡を!!

「分かりました!!」

 

 さすがにダリアもふざけてはいられないようだ。ダウニーは顔を真っ青にしている。まぁ、計画の要だからね。

 

「何を慌てているんですか?」

 

 本当になんで慌てる必要があるのかわからない。

 

「慌てるに決まっています!!蛍火君は死んでしまうかもしれないんですよ?」

「はい、死にますね。形あるものも無きものもすべて平等に死にますから。何時かは必ず」

 

 この世界に唯一ある絶対。

 形あるモノも形無いモノにも訪れる世界で唯一の平等。そして絶対。

 

「ですが、呪いが掛かっているんですよ!!?

「別に今日、明日に死ぬわけじゃないんですから」

 

 そう、今日、明日に死ねるわけじゃない。

 この呪いの進行は死伎と大きく関わっている。

 

「何故。そんなに落ち着いているのですか?」

 

 学園長が心底不思議そうに聞いてくる。それは懇願でもあった。俺に諦めて欲しくないと。

 

「これは解呪出来ないですから。人として外れてしまった私を元に戻すにはさらに人から外れた力を行使しなければならない。

結局、この呪いは誰かに引き継がれるだけです」

 

 まぁ、それは解呪の方法が見つかった場合だが。恐らくリコでさえも知らないだろう。これを解く方法は無い。

 

「何故落ち着いていられるのですか!? 何故、助けを求めなかったのですか!!!?

「喚いたところで、慌てたところで、泣き叫んで助けを呼んだところでこの呪いが解けるわけじゃないですから」

 

 そんな無駄なことはしない。それにこの呪いは確実に完成する。

まだ、痣は完全にはなっていないが俺は死伎を使う状況に必ず追い込まれる。

 それは俺が誰よりも知っている。

 

「死ぬことが怖くないのですか?」

「もう、死に触れすぎて慣れてしまいました」

 

 幾多もの人に死を、幾千もの獣に死を与えてきた。今更怯えたりはしない。

 許しを請う事など出来るはずもない。

 

「それに、何時か必ず、誰にでも平等に来る死に対して怯えたとしても喚いたとしても、それは無意味です」

 

 何時か必ず失うのだ。それに怯えても意味を求めても本当に無意味だ。

 怯えてしまっていては全てが無価値になってしまう。

 

「大丈夫ですよ。この戦いが終わるまではこの呪いが完成する事はありませんから。そういう呪いなんです」

「それでもこの戦いが終われば貴方は死んでしまうのでしょう?」

 

 まぁ、もし死んだとしても喜ぶ奴のほうが多いだろう。特に国の上層部と富豪、貴族に。邪魔でしかないからな。

 

「さぁ?先のことは分かりません。絶対などどの世界にもありませんから。そうですね。

いっその事神様を殺しましょうか? そうしたら呪いが解けるかもしれませんよ」

 

 まぁ、俺か大河が殺すのだが。それでも呪いは解けないだろう。

 

 

 

 俺の冗談交じりの声で学園長が漸く冷静になる。まぁ、冗談ではないのだがそれで気が休まるのならいいだろう。

 

「なるほど。そう簡単には死ぬ気は無いのですね」

「当たり前ですよ。レンの結婚式を見るまでは死ねません」

 

 親バカな台詞に会場も氷解していく。別にそこまで大事されなくてもいいんだけどな。

 

「まったく、貴方を見ていると本気で心配している私が愚かしくなってしまいます」

「心配するだけ無駄ですからね」

 

 誰にも悟らせない。

 この痣の本当の意味を…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の闇の中、人の光が、その篝火が闇を切り裂く。揺らめきながら不安定ながらも夜の闇を退ける。

 ミスコンの後はハプニングらしいハプニングもなく、学園祭は終了しようとしている。

 開会式と同じように壇上に立つ。ふむ、そろそろかもしれないな。

 

「その閉会宣言待った!!」

 

 大きな声と共に大河が壇上に降りてくる。 

 

「あー、あー、マイクテスマイクテス。 Today is fine weather.

 

マイクを手に取り、さも自分の持ち物であるかのように弄ぶ。どうでも良いが、その発音はかなり流暢だった。

 周りは当然のこと教師側も呆然としている。さすがだな。

 

「えー、あー、げふんげふん、お前等、まさか祭りがこれで終わりだとか思ってないよな」

  

 誰もが息を呑んでいた。

 目の前の人物が俺のような終わりを告げる人物ではなく、始まりを告げる人物だと気付く。

 そう、大河は終わりを運ぶ者ではない。始まりを告げる者。

 終わりを認めない、最後まであがき続ける者。

 

「終わりたい奴は帰っていーぞ。好きにしてくれ」

 

おいおいここには貴族とかお偉いさんがふんだんにいるんだぞ?

そんなに好き勝手にいえるなんて……さすがだな。大河。

 

「終わりにはちと早い! 最後の最後に一等でかく盛り上がらないとなぁ!」

 

ニヤリと笑う。不適に笑う。

ああ、コイツは悪巧みをする時にこういう笑いやつだよなぁ。

本当に楽しそうに大河は笑う。

 

「てめーら準備は出来たか!?」

 

先ほどとは打って変わった、叫ぶような口調。鋭い眼光。そして、最高に楽しそうな笑み。

 

「当ったり前よ!」

「師匠、準備は整っているでござるよ!」

「お兄ちゃんこそ早く始めないと」

「マスター。準備は万端です」

「まったく、大河君は。でもこんなのもいいですよね」

 

 救世主クラスが勢ぞろいとなってこれから始まる事に準備をしていた。

 召喚器まで使って物を運ぶのはどうかと思う私がいるのですが……

 

「おっしゃ、準備は万端! 後は……」

 

 大河の言うように準備は万端。

 だが、そこに俺はいない。俺はいらない。

 何故なら俺は本当の意味で救世主候補ではないから。

 

 大河の視線が俺の方を向くが……俺は首を振る。

 俺をそこに行くべき存在ではない。それに俺は裏方があるから。

 

「大河、精一杯楽しんでください。私はこのステージを幻想の如き大きなものに変えますから」

 

 俺は俺らしい役割をする。

 

「ちっ、しゃあねぇな」

 

 大河もそれが分かってくれたのか前を見る。

 俺は舞台裏からお前らを支える。それでいい。

 

 

 俺の代わりにセルが入ってくる。恐らくそうなる事も考えていたのだろう。というかぶっつけ本番で俺を誘うのはどうかと思うぞ?

 

セルはどうやらイリーナとは決着が付いたようだ。その清々しく、何よりも楽しそうな表情がそう物語っている。

大河はボタンが飛ぶのもかまわず荒々しく上着を脱ぎ捨てた。まったく。それを誰が繕うと思ってるんだ?

 

「一番当真大河、歌うは『No Way Out』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱狂と熱意に彩られた会場で大河が歌う。その想いを吐き出すように、誰かに届けるように。

その声はこの場にいる誰の耳にも届く。

 この場に俺がいるのはしらけるだろうからすでに俺は壇上から降りていた。

 

「まったく、やってくれますね」

 

 言葉だけは困っているように見えるがその表情は童女のように何よりも楽しそうに、可笑しそうに笑っていた。

 

「えぇ、大河ならこの時間を使うと思っていましたから。大河にばれないようにサポートをするのは大変だったんですよ?」

「責任者が加担してもよかったのですか?」

「この学園祭は楽しむためのものですからね。その助力を惜しむ必要はありません。それに私のせいで幾人かは沈んでいましたから」

 

 特に、メリッサやエリザ、アムリタなどは気落ちしていた。

戦闘に参加する事が出来ない分、呪いをまったく知らないからこそ余計に恐怖が募ってしまっている。

 学園長が申し訳なさそうな顔をしているが、気にしない。半分が嘘で構成されたことを俺が気にしても仕方がない。

 

「あぁ、そういえば学園長。これ受け取ってもらえます?」

 

 俺は懐から封筒に入れられた手紙を取り出す。

 

「これには私が知る限りの情報を詰めたものが書かれています。

私がいなくなった場合はこれを参考にしてください。それと一人の時に開けてくださいね。約束ですよ?」

「貴方がいなくならなければ必要ないでしょう?」

「さぁ、何時だって未来は不確定です。だから、事前策は施しておかないと」

 

 学園長はその封筒を受け取るしかなかった。それ以外に選択肢は俺が与えていない。

さて、これで布石は残した。後は待つだけだな。

 

「蛍火君。貴方は辛くないですか?」

「何も。戦うことを辛いと苦しいと思ったことは一度もありません」

 

 それどころか楽しんでいる節がある。戦うことに酔い、命を削りあうことに魅せられ、命を奪うことに愉悦している。

 そして、何よりも戦っている間は何も考えずにすむ。

 

「私は少しばかり考え事があるので」

「えぇ、今日が終わればまた忙しくなりますから」

 

 学園長が去った事を確認して、俺は森の奥に進む。

すでに大河がゲリラライブをやると知ってから徹夜で準備したものを起動させる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター。お疲れ様」

「お疲れ様だ」

「イム、それにロベリアも」

 

 森を進むとイムとロベリアがいた。

 まぁ、朝にいたんだから今居てもおかしくはないか。

 

「どうしてここに?」

「あれだけ魔力を漂わせる魔方陣を見たらここが中心点ぐらいわかるわ」

「そしてお前がそれを使って何かをするぐらいはな」

 

 あぁ〜、しまった。まさか一日で看破されるとは。

 リコと学園長にも見逃されていたのか……まだまだだな。

 

「マスター、ちょっとかがんで?」

「はい?」

 

 いきなり何をしたいのでしょうか? この娘さんは、

 

「いいからさっさとしゃがむ!」

 

 え〜とどうしてロベリアにまで言われないといけないのでしょう?

 二人の目が凄く真剣でしゃがまないといけない気になってくる。

 

 でもしゃがむと凄くダメな気がする。

 こう、メリッサに告白される寸前のような嫌な予感が……

 

「しゃがまないと……」

 

 ロベリアがダークプリズンまで呼んで脅迫してくる。

 イムもアル・アジフを用意して準備万端。

 

 アウチ、しゃがまないとここら辺一体が焼け野原になりそうです。

 

 取り敢えず、しゃがんでみて。

 

「それじゃ……」

「うっ、あぁ」

 

 二人が一瞬躊躇を見せながらもこちらに顔を近づけてくる。

 その手にダークプリズンとアル・アジフを握ったまま。

 避けるのもダメですか。

 

 ちゅっと柔らかい音がした。

というか頬にキスされました。

 

 二人の顔は真っ赤だった。

 恥ずかしいならしないでほしいです。

 

「私達だってマスターの事は好きだから・・・…だから、宣戦布告」

「あっちにいるやつらには見えないけどそれでも私達から宣戦布告だ」

「「好きだ(よ)、蛍火(マスター)」

 

 頬を染めて、それでも真っ直ぐ前を見ながら俺に言葉を紡ぐ。

 あぁ、なんというかこの二人は本当に女の子なんだなぁ。

 

「答えは期待していない」

「あの時、聞いたから。でも私達は手加減なんかしない。あのレンっていう子供にも負けない」

 

 イム、お前がレンと張り合うとか言っちゃうと子供のけんかみたいに見えるぞ。

 

「マスター、私達は一足先に戻って呪いについて調べるわ」

「お前を死なせたりなんかしないからな」

 

 まっすぐな言葉。

 この二人は本当は白ではなく、赤にいるのが相応しいのではないかとさえ思えてしまう。

 この二人は強いな。

 

「それじゃ、すぐに着てよね?」

「ムドウも、シェザルもお前の料理を食べられなくてイライラしてる。待ってるぞ」

 

 二人は唯、それだけを伝える為に、この場所に着たんだろう。

 あぁ、俺にはもったいないくらいだ。

 

 

二人が居なくなった事を確認して認識阻害と防音の結界を張る。

思わぬアクシデントが起きたが、心に揺れは無い。

 

頬にキスされてちょっとばかり頬が熱いが……

 

 

 これから行う事は他人に見られたくない。誰であったとしても見て欲しくなどない。

あの二人にも、例え、レンであったとしても。いや、レンだからこそ見せられない。

 

 

 

 

 

Interlude レン’s view

 

 蛍火は閉会式はきちんとしないといけないからって私をエリザお姉ちゃんと、リタお姉ちゃんと一緒にいて欲しいって言った。

 蛍火が約束を破ったとは思わない。

 

 だって、蛍火は忙しい。それにこういうので最後はきちんとしないと私も分かってる。

 だから、それは仕方ない。

 

 けど、大河がステージに上がってから、蛍火は何処かに行った。

 大河と未亜お姉ちゃんたちがステージで歌ってるのに、蛍火がいない。

 

 何でだろう? 蛍火は救世主クラスだから一緒にするはずなのに。

 

 

 気付くと私の髪が揺れてた。

 優しい風に吹かれて私の髪が揺れていた。

 

 

 暖かい。私の心を包むような暖かさ。

 

 

 光る何かが地面から出てきていた。

 ふわふわと空に向かって飛んでいく。今にも消えてしまいそうな光。

 手で触っても消えない。そして熱くない。

 けど、凄く暖かくて綺麗。

 

 似てる。村で見た蛍の光ととてもよく似ている。

 

 

「あれ? 何だろ、この光?」

「凄く幻想的です」

「蛍火君かな?」

 

 メリッサお姉ちゃんの言葉通りだと思う。

 この光はきっと蛍火がしてると思う。

 

 だって、この光はとても暖かいから、だってこの光は蛍火の匂いがあるから。

 

 

 今度は地面が何だか揺れていた。

 地震とは違う。だって地震の揺れはこんなに暖かくない。こんなに優しくない。

 まるで、お母さんにおんぶしてもらってるみたいに凄く安心できる。

 

 だからこれもきっと蛍火がしてる。

 

 

 ゴーンっていう大きな音が鳴った。

 それにあわせて、私の首にある鈴が静かに鳴っていた。

 

 これもきっと蛍火がしてる。

 だってこの音はとても優しくて、心が安らぐから。

 

 

 空から雪が降っていた。

 地面から上がっている光と同じように優しく空から降ってくる。

 蛍の光と雪がゆっくりと空で綺麗に飛んでいた。

 

 

 風が吹いて、蛍の光が飛んで、地面が優しく揺れて、鈴が静かに鳴って、雪が降っていた。

 

 凄く綺麗な世界。

 

 そして、今度は虫と鳥が鳴いていた。

 見えない場所にいる蛍火の声を変わりに言っているみたいに優しかった。

 

 

 

 そして、ここが変わる。

 空は白と黒だけ、だけど虹が見える。

 凄く、綺麗。

 

 だけど……だけど、すぐに壊れてしまいそうだった。

 

 

「綺麗〜」

「本当に、綺麗です。幻想世界ってこういうモノを言うんでしょうね」

「蛍火君もみんなと一緒に、ステージの上で演出すればよかったのに。うん、すごいね。

 これが救世主クラスの出し物か〜」

 

 みんな凄くきれいって言ってた。

 私も綺麗だと思う。

 

 

 けど、何だかここは胸が苦しくなる。

 ここを見ているとこんなのを見てると悲しくなってくる。

 

 蛍火が見えないから? 蛍火が傍に居ないから?

 

 分からない、分からない。

 

 けど、蛍火を見つけないといけない。

 

 

 

 

 

 私は走っていた。

 見つけるつもりで私は歩いていたのにいつのまにか走っていた。

 

 何で走っているのか分からない。

 けど、急がないといけない。

 

 だってさっきからずっと胸が痛い。嫌な気持ちになる。悲しくなってくる。

 

 そんなのが大きくなっていく。

 

 ステージでは大河が明るい曲を歌っているのに悲しくなってくる。

 苦しくなってくる。痛くなってくる。嫌な気持ちになってくる。

 

 でも心の何処かで嬉しいって気持ちがある。

 何だか分からないけど嬉しい。

 

 けど、それよりも苦しい。悲しい。痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曲が終わってしまった。

その時になってやっと蛍火を見つけられた。

 

 蛍火を見つけられて嬉しいのに、ほっとしるのに、

 

 どうして……どうして、悲しいの? どうして涙が出そうになってくるの?

 

「レン、急いでどうしました?」

 

 蛍火が私に気付いて笑って迎えてくれた。

 

 蛍火は笑ってる。

 いつもは蛍火が笑ってると私も嬉しいのに、胸がドキドキしてくるのに、今は苦しい。悲しい。

 

 蛍火が笑ってる。

 でも、違う。何だか違う。

 何時もと同じように優しい笑顔なのに、何だか違う。

 

 そうだ、あの笑顔は初めて会ったときの蛍火の笑顔だ。

 少し前まで笑ってた蛍火の笑顔じゃない。さっきまでの蛍火の笑顔じゃない。

 

 

 それが分かって、分からないけど涙が溢れてきた。

 分からないのに悲しくなってきて涙が出てた。

 

「レン、どうしました?」

 

 蛍火が心配そうな顔をしている。

 そんな顔をして欲しくない。けどどうしてか分からないけど私の涙は止まらない。

 止まって欲しいのに止まらない。

 

「まったく」

 

 蛍火は優しく私をぎゅってしてくれた。

 けど、違う。少し違う。

 

 優しいけど、少し違う。さっきまでの蛍火と違う。

 

 

 私は大きな声を出して泣いた。分からないのに私は泣いた。

 分からないけどとても悲しくて泣いた。

 

Interlude out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曲も終わって一息ついているとレンが俺を見て泣いていた。

 

 ステージの表でエリザとアムリタと一緒に居たはずのレンがここにいた。

 泣いていた。

 

 

 あぁ、きっとレンは分かってしまったのだろう。

 あの光は俺が贈るレンへのプレゼントだという事を。

 そしてあの光は『』への葬送のものだということを。

 

 弱い『』を俺から引き剥がすための、弱い『』を殺すための、弱い『』を切り刻むための儀式だったということを。

 

 俺が死んだあの事件以来ずっと心の奥底に隠してきた、見ない振りをしていた『』との決別の儀式だという事を。

 

 

 分かってしまったからレンは泣いているのだろう。

 

 もう、俺はこの一週間の俺ではない。

 もう、俺はこの一週間醜態を晒した俺ではない。

 

 幼き頃に止まってしまった、成長を止めてしまった俺はもう俺の中にはいない。

 

 

 レンは俺という一つの存在が死んだ事が悲しいのだろう。

 きっとこの娘は分かってしまったのだろう。

 

 

 レンはきっと俺が弱い『』であったとしても許してくれるだろう。

 だが、俺はもう許されてはいけない。もう赦されてはいけない。

 

 だから切り離した。だから殺した。だから切り刻んだ。

 

 

 でもレンはそんな俺でさえ居なくなってしまった事が悲しいのだろう。

 この娘は本当に誰よりも優しすぎる。

 

 

 だけど、レン。もう悲しまなくていい。

 俺は、機械となる。歯車となる。機能となる。部品となる。

 

 君との最後の時まで笑えるようにそうしたんだ。

 だから、悲しまなくていい。

 

 

 そして、『』との決別と同時に込めたあの誓いを忘れない。あの想いを忘れない。

 君を忘れないという誓いだけは忘れない。

 

 

 

 

 これにて二日間という短い間の幻想は終わる。

 イレギュラーは終わり、元の道筋に戻る。

 

 そんなモノがあったことは唯、人々の心の中にだけ……残っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日もレンと一緒に寝ている。昨夜のこととか昼のことがあったが約束は約束だからな。

 

「蛍火。最後のあれ、綺麗だった」

 

 レンは夢でも見ているかのようにきらきらと目を輝かせていた。努力して創り上げた甲斐があるというものだ。

 

「そうですか。それはよかった。もう、夜も遅い。寝ましょう」

「うん」 

 

 レンは頷いたが目を閉じようとしない。レンは顔を赤くして何か言い難そうにしている。

 

「蛍火。お休みのキス……して欲しい」

 

 レンのお願いに俺は固まった。というか眼を潤ませて、頬を紅潮して言わないで欲しい。

誰だ、こんな高等技をレンに教えてのは!

 

いや、なぁ。レンの母親にされていたかもしれないけど俺はしたことがない。

 昼に言ってた積極的に成るってこういうことだったのか?

 レンは目を瞑っている。……まぁ、最後ぐらいはいいか。

 俺は意を決してレンの顔に唇を近づけていく。そして、額に軽く触れるようにキスをした。

 

「む、蛍火。唇」

 

 レンは不満が有ったようでかなり不機嫌だ。

 

「十年早いです。それにお休みのキスは額にというのが定番です。

さぁ、お休みのキスもしましたし寝ましょう。それと昨日みたいなことはもう駄目ですよ?」

「分かった。昨日と同じことはしない」

 

 レンのその言葉に安心して俺も眠りに付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。また、何故か目が覚めた。というよりも息が出来ない。

しかも口の中でくちゅくちゅと舌が絡み合って卑猥な音を奏でている。

 ディープキス!!!? 昨日と同じ事をしないからといってさらに踏み込んだ!!?

 しかも、唇を離したときに出来た銀の架け橋が凄かったです。

 というかなんでそんなに満足そうな表情してるの、レン!?

 

 俺はレンについてまだまだ知らなかったようだ。というかレンは俺が思っているよりもかなり積極的だった。

 

 このぶつけどころのないモヤモヤしたものをナナシにぶつけておいた。

 さすがにナナシが教えたとは思わないがなんかむかつく。という訳でナナシで解消。すっきりしたよ。

 

 

 ちなみにクラスの最優秀賞は服飾科、彫金科の合同の店が選ばれた。

まぁ、妥当だと思う。そして、個人の最優秀賞は俺だった。なんでさ。

 俺が誰と行くかで七人がかなり争っていたが行く気もなかったのでセルとイリーナに譲った。

 次の日、町で見かけたイリーナは内股気味で歩きにくそうにしていたことを追記しておく。

 

 赤飯が無いのが残念だったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


当初、大河が歌う予定だった歌詞っぽいモノ

 

前を向いて進め 戸惑うな 振り返るな

 振り返ったとしても何も戻らない 

 切り捨てて来たもんは戻りはしない

 だけど忘れるな 何も忘れずに前だけを向いて突き進め

 

 唯、護れればいいと思って

 大切な人だけを護れればいいと思ってた

 

 人と人の繋がりは安くない

 この場所で漸くそれを知った

 大好きな女が泣いてるのは嫌だ

 大切な女が悲しんでいるのは嫌だ

 

 だから全てひっくるめて護れ

 今ある全てを護れ 今周りにある全てを護れ

 その為の剣 その為の決意 誰もが笑って暮らせるのに必要な

 

 前を向いて進め 怯えるな 恐がるな

 俯いていたとしても手に入らない

 前を見なきゃ道は見えてきはしない

 だけどやけになるな 自分自身も前に進まなきゃいけないから

 

 

 周りにいる女が好きだ

 無節操だけど、周りに居る女が好きだ

 

 そんな女を護りたいって思う

 泣かせたくないって心から思う

 好きだから泣いて欲しくない

 好きだから悲しんで欲しくない

 

 だから全部ひっくるめて包み込め

 今ある全てを包み込め 今周りにある全てを包み込め

 その為の腕 その為の身体 好きな人が笑っていられる為だけに

 

 前を向いて進め 止まるな 逃げ出すな

 前に進めなきゃ何も手に入らない

 逃げ出したとしても失うだけだ

 だけど慌てるな 急ぎすぎて手に入れたもんはきっと空っぽだから

 

 前だけを向いて進みだせ! 未来を手に入れる為に!!

 

 

 

 


後書き

 今回は蛍火の痣とそして蛍火のお別れがメインです。

 無論、大河達が歌っている事をメインにしても良かったのですが、ここでしか蛍火は自分と別れを告げられないでしょう。

 そうでもしないと蛍火は役目を全うできません。どこまでも弱い。

 

 痣についてですが、ここはスルーの方向で、これは物語りの核と繋がっているので、

 一つだけいえることは蛍火は嘘をついていません。

 

 久しぶりに出せたイムとロベリア。

 なんというか蛍火が関わると乙女度が上がっている気がします。

 あぁ、ちなみに唇にしなかったのは恋人になってから貰うという心からです。

 乙女ですよね?

 

 

 そして、蛍火のお別れ。

 実はこの部分はきちんと書いています。はっきり言ってこれまでに無いほどの出来で仕上がっています。

 しかし、私はあえて出しませんでした。

 何故か? だって、蛍火はこれを誰にも知られたくなかったんですよ?

 誰にも、本当に心の底に自分一人だけで決着をつけたかったのです。

 だとしたらそれを誰かに知らせるのは人としてどうかと思いました。

 無論、蛍火は想像上の人物です。当たり前ですよね。彼みたいな人物が世界に居たら怖いですし、

ですが、彼の想いは私にとって本物です。彼という人物が様々な感情を込めて搾り出した本物の想い。

それを話を盛り上げる為に出してしまっていいのでしょうか?

作者としてそうして方がいいと思います。けれど、作者である前の一人の人としてこれを公開したくないと思いました。

彼が出した答えと、彼の心の底からの叫びを誰かに聞かせたくないと思いました。

このことで様々な人の期待を裏切ってしまったと思います。申し訳ありません。

しかし、こればかりは出したくなかったです。

 彼という空想ではありますが、心持った蛍火という存在の心の叫びだけは出せません。

 

 しかし、レン。話を追う毎に積極的になってきてるな。

 ほんとに子供か?

 

 

 

 

観護(蛍火君は、ついに自分と分かれちゃったのね)

 まぁな。そうでもしないときっと蛍火は持たないから。

 でもどんなに頑張っても自分を切り離したりは出来ない。殺したりなんかできない。

 封じ込めただけにしかすぎない。

観護(そうなの?)

 幾ら、稀代の異端の蛍火であってもそればっかりは無理さ。

観護(何時か取り戻すの?)

 さぁね? それは物語りの進み方しだい。

観護(そう、そういやまたアンタ新しい魔術作ったわね)

 あぁ、蛍火が大河達が歌っている後ろで作った世界? 名称は『儚き幻想世界』だったね。

 あれはシギの応用であってまぁ、ある種新しい魔術だけど。元々シギは五行と掛け合わせて使える技なの。

 だからそれを魔術にも応用が効くというわけ。

 きちんと詠唱まであるよ? 出さないけど。

観護(中途半端に生殺しして、それで大河が歌う予定だった歌詞はどうして使わなかったの? あれアンタのオリジナルでしょ?)

 そうなんだがな。他の作家さんに聞いてみたら歌詞じゃなくて詩だって言われてな。

 それで原作の曲に変えた。頑張って作ったんだけどな……

観護(まぁ、アンタは作家であって作詞家じゃないからね)

 そうなんだよな。厚い壁を感じた。他のキャラの分も折角作ったのに……

観護(もしかして、私達の分もあるの!?)

 まだ作って無いけどその内作るかな? 今回みたいに公開するかどうかは別だけど。

観護(今作ってるのは?)

 蛍火、レン、未亜、リリィ、リコ&イムニティ、カエデ、ベリオかな? 後でロベリアとルビナスのは作るつもり。

観護(主要キャラばかりね。メリッサや、マリーとかは?)

 時間が空いたら。

観護(そうね。それにしても終わっちゃったのね)

 始まりがあれば終わりがある。それは当たり前だ。

観護(そうね。それはこの世界にも……湿っぽいのは止めて次回予告)

 次回からやっと原作の流れに戻れます!

 長かった。学園祭編で準備からあわせて十二話を終えてやっと原作の流れに!

 では、次話でお会いいたしましょう。

 あぁ〜、それと今月一杯はリアルの都合でそんなに投稿できません。

 申し訳ないです。





学園祭も無事に終わり、次回からは原作の流れになるみたいだけれど。
美姫 「うーん、最後の蛍火のあれはね」
封じ込めただけという事は、今後の展開次第では、って所かな。
美姫 「益々、展開が楽しみね」
だな。次回はどんな話になるのかな。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る