暗闇の中、俺は疾走している。その途中、人影を確認した。

 俺はその人影に躊躇なく、一閃。相手は気付くこともなく崩れ落ちる。

だが、それを確認する必要もない。俺は確実に首を刈り取っているからだ。

 そこからも、数人、いや、数十人を殺す。

そこに感慨などはない。ただの仕事。見ず知らずのそれも契約の内容とまったく関係のない者を殺そうと俺には関係ない。

 俺は殺し続ける。知らない者を、すでに殺した者達を。

 そして、気付く。あぁ、これは夢だと。すでに殺した者をまた殺すなど夢でなければ出来ない。

 

 

 

 

第五十四話 彼の……

 

 

 

 

それに俺に殺しの依頼はきていない。

学園と潰そうとしていた輩はアルブでの一件以来むしろ自分のみを守れと言わんばかりに資金を出している。

 白の主としての活動もない。俺はコーギュラントの一件以来は向こうではもっぱら主夫をしているだけだ。

 

 それにしても一体どれだけ殺せばいいのだろう?などと考えながらも俺は殺していた。体が勝手に動いていた。

 

 そしてまた一人。二十を数えたあたりからもう数えていない。だが、感覚で分かる。これで二百以上は殺している。

 これは誰の夢だ? 俺の夢だとすれば俺はこの行為に快楽を見出しているか、罪悪感を抱いていることになる。

だが、俺の精神に変化は一向に現れない。

 

 なら、観護たちか? 魂レベルで癒着していると言う召喚器ならそれも有り得る。

契約で付属しているだけかもしれないが。

 

だとしても、俺の手に観護がいないことが納得できない。なら、これは確実に俺の夢だと言うことになる。

 分からない。分からない。けれど俺は唯、殺し続ける。唯々殺し続ける。

何も感じることなく。終わりなどあるか分からないのに。

 

 俺はこの終わりのない虐殺劇で一つ気付いたことがある。

それは俺が唯まっすぐに走り、その前に現れる人影を殺しているということ。

 この先に何が待ち受けているかはまったく分からない。だが、殺しながら進むしかないようだ。

 

 

 また、一人殺す。今度は子供のように小さかった。いや、手に掛かる感触からいって確実に子供だろう。

 だが、それすらも関係ない。俺は十にも満たない子供を、生まれて間もない赤子を殺しもした。

なら、今更子供一人殺したところで感慨はない。

 また、前に進もうと俺は走り出そうとした。だが、殺しきれていなかったのか、微かな声が聞こえた。

 俺は止めを刺そうともう一度その人影に近づく。

 

「蛍…………火」

 

 この夢の中で俺は始めて人の声を聞いた。助けを求めるような声。

全てを諦めて最後の最後に愛しい者に届かないと知りつつも届けようとする声。

 

 だが、どういう事だろう。この声は誰よりも何よりも聞き覚えのある声。

いつも、いつも聞いている声。誰よりも物理的に俺の近くにいる人物の声。

 

 

 

 今まで暗闇だった世界が急激に明るくなる。そして、俺の前に死が訪れる寸前の子供が現れる。

 

 自慢の白銀の髪は所々赤く染まり、しみ一つない純白だった服には赤い斑模様が出来ている。

 俺がつけた傷口から命の滴が零れ落ちていく。紅く朱い命の滴がレンの体から抜け落ちていく。

 

 俺がレンを確認できたように、レンにもこの明るさで俺を確認できただろう。

なのに、レンは俺に恨みのこもった視線を向けようとしない。罵声すら浴びせようとしない。

 唯々、ゆっくりと目を閉じていく。その表情は辛いでもなく、悲しいでもなく、唯、申し訳なさしか浮かんでいなかった。

 

その状況で俺は初めて動揺をした。いや、もっと前から動揺していたのかもしれない。

 ダウニーに言ったときから、そのずっと前から殺すかもしれないと思っていたのに、なのに何故、俺は動揺している。

有り得るかもしれないのに。何故。

 俺は死んでいくレンから眼が離せなかった。だが、この床、そして、この明るさ。覚えがある。

ここはガルガンチュア内部の神の座。赤と白の理を身に宿した救世主に神が光臨する場所。そして、最終決戦の場所。

 

 レンが息絶えると同時に、世界が揺らぐ。

あぁ、この悪夢から覚めるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は布団を跳ね除けて起きた。かなり夢見が悪かった。

すぐに部屋を出て、俺はレンが寝ている部屋(俺の部屋でもあるが)に向かう。

まだ、夜は明けていない。俺はなるべく物音を立てずに部屋まで行く。

 

 扉の前に立つ。夢が悪かったせいだろうか。扉を開けるのに逡巡してしまう。

だが、それも少し、俺はすぐに扉を開けベッドまで近づく。

 そこにはいつもと同じように身代わり人形に抱きついてあどけなく寝ているレンの姿があった。

 俺はその姿に酷く安心した。

…………よかった、普通に寝ているだけだ。魘されてもいない。

 

 

 

 

 

 

待て、俺は今何を安心した?

俺がレンを殺す夢を見て、レンが死んで、レンが普通に寝ていて、生きていることを確認して何故安心した?

 近い未来に、突き放す存在だろう? 近い未来に殺すかもしれない子供だろう?

 なのに、何故俺はレンが生きていることに安心した? 何故、安らかに眠っていることに安心した?

 

ははははっ、馬鹿な。それじゃまるでレンのことが大事だと思っているみたいじゃないか。

 レンのことを手放せない存在だと思っているみたいじゃないか。レンを何よりも大切な存在だと思っているみたいじゃないか。

 やめろよ。冗談だろ? 俺は独りだ。これからも、これまでも、未来永劫独りでいるはずだろ?

 

 

なのに…………何で。何で! 何で!! 何で!!! 何で!!!!

レンが生きててこんなに嬉しいんだよ! なんでレンが生きてて安心してるんだよ!!

 違うだろ。こんなの俺じゃないだろ。大切なのは、大事なのは、契約だけだろ!!

それ以外は、例え俺であったとしても大事じゃないだろ!!

 そうなのに…………そのはずなのに………………それだけのはずなのに……………………

俺は…………この感情を否定できない。俺はこの感情を否定しきれない。

 

 あぁ、何て無様な。何て醜い。何て浅はかな。何て、弱い。

 負けに通ずる全てを捨てて、失うことを恐れて大切なモノを何も持たないように生きてきたのに、

なのに、こんな子供相手に揺らいでいる。

 

 違う。もう変わってしまったんだ。死んだ俺をこの娘が生き返らせた。失くした物をこの娘が見つけさせてしまった。

 弱さを捨てたつもりでいて捨てきれていなかった。

いや、捨てきれていなかったんじゃない、逃げ出していたんだ。自らの弱さから。

 幾ら強大な技を磨こうとも……幾ら…………強力な武器を振るおうとも……幾ら……強固な鎧を身に纏うとも…………

逃げ出した心の弱さまでは……補えない。

 何て愚かな………………何て無様な………………何て…………何て…………何て、醜い。

 

 あぁ、認めるしかない。こんな伽藍洞な俺の心に、この子がすでにいることを。

 

 

 

 

 

 

だが、分かる。あれは唯の夢なんかじゃないことを。

 

レンの出生と俺の痣、俺が白の主に選ばれたこと、大河と俺の二人がいること。

全ての欠片が組み合わさった今、結末があれだと確信できる。

 きっと、俺はレンを殺す状況に追い込まれるだろう。きっと俺はレンを殺すだろう。

 大切なモノをやっと……やっと手に入れたのに! 大事なモノを、俺自身の手で壊さなければならない。

 何て不条理な。何て、優しくない。何て……残酷な。

 

 これ以上、俺から奪って何が楽しい? これ以上、俺から何を奪う気だ?

……なぁ………………答えてくれよ。

 

 これが、■■の望む結末だと言うのか? これが■■の用意した結末だと言うのか?

こんな……こんなものが! …………こんなものが結末だと言うのか!!?

 

 なら、何故俺にレンと出会わせた!! 何故、レンを俺が引き取るように仕向けた!!

 あぁ、分かっている!

そうでもなければ俺は■になろうとは思わないだろう、そうでもなければ俺は■になり■■には従わないだろう。

 でも、それは俺だけだろう!?

 

確かに俺は極悪人だ。人殺しだ。けれど……けれど…………こんな結末はないだろう。

こんな、こんな!! こんな虚しい結末を…………

 

 

俺は抗えない。抗う術を知らない。

こんなに力を持ったのに、身に余るほどの強大な力を手に入れたのに!

なのに、俺はレンを救うことが出来ない!!

 こんな結末を回避する術を知らない! 宿命に抗う術を知らない!!

 俺はそうなる様に生まれたから!! 俺はそうなる様に生きてきたから!! 俺はそうなる様に力を得てきたから!!

 俺はそうなる為に■■に■■■■いるのだから!!

 

 これは報いか!? 俺の行ってきた全てに対する!!

これは罰か!? 俺が犯してきた罪に対する!!

 

 

 

ならば、せめて…………

せめて、レンが死ぬときに笑っていられるように、レンが死ぬときに思い出せるものが幸せであるようにしてやりたい。

 先程のような、謝るような表情じゃなくて、せめて笑っていられるように。

せめて…………せめて!! 優しい夢を見れるように……

 

 最善を尽くそう。これが俺達に科せられた宿命だとしても、

これが俺達に背負わされた業だとしてもそんな中でせめて、笑っていられるように。 

 

 

きっと俺は泣いているように見えるだろう。きっと俺はとんでもなく情けない姿を晒しているだろう。

けれど、今だけは…………今だけは………………

弱くて、情けない俺を表に出させて欲しい。惨めな俺を…………見ないで欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はレンが目覚めるまでずっと手を握り締めていた。

愚かだと笑ってくれていい。起こすことが怖いのだ。

 

 もし、自分で起こした時にレンが目覚めなければ、レンが息を止めてしまったらと考えてしまうと、起こすことが出来ない。

 本当に惨めだ。こんなに弱くなっていたなんて。自分でも救いようが無いと思う。

だが、今はこの状態で縋り付くしか出来ない。

 

 今日の朝のトレーニングは休んだ。一時でも眼を離してしまえばレンが目の前から消えてしまいそうで怖かった。

この手から伝わる温もりを失ってしまいそうで怖かった。

 

 

 

 レンの手が俺の手を握り返した。

そろそろ起きるのか。なら、手を離さなければ。弱い俺はここで終わりだ。もう二度と表には出ない。

 

 俺が手を離そうとすると、それを気付いたかのようにレンは俺の手を離さないように強く握ってきた。

 そういえば、レンと出会った日の夜は俺の裾をずっと離さなかったな。

そのことを思い出し、自然と柔らかい笑みを浮かべていた。

 

苦笑いや、嘲笑しか浮かべたことのなかった俺がこんなにも優しい笑みを浮かべられるなんて。

きっとここに着た当初の俺が今の俺を見たら侮蔑の眼で見るだろう。

 だが……だが例えそれでも…………それでもこの温もりを失くしたくはなかった。

 

「うぅん」

 

 レンがゆっくりと目を覚ます。

夢で見た力なく目を閉じていくのと逆の行動に俺は安心をした。

 

あれはまだ近くて遠い未来のことだと。

 俺を見ていつものように寝ぼけた目でにっこりと笑い、

 

「おはようございます」

 

 いつもと同じように、丁寧に挨拶をしてくる。

俺はその何気ない、いつもと同じ行為がこれほど大切だと初めて気付いた。

 

「はい、おはようございます」

 

 俺は出来るだけ、いつものように返事を返す。

出来るだけ平静に、悟られることさえないように。

 

「蛍火」

 

 ふいにレンに声をかけられる。

この時間ならまだ、目が完全に覚めておらず俺の名を呼ぶことなどなかったのに。

 

「どこか痛いの?」

 

 その言葉に俺は固まってしまった。俺はいつもと同じようにしているのに、それでもこの子の前では通用しない。

 

「苦しいの?」

 

 俺を気遣うように、俺の手を優しく握ってくれる。

 

あぁ、こんなにも優しく、誰からも愛されているこの子がどうしてあんな結末を迎えねばならないのだろう。

 レンが何をしたと言うのだろう。レンが、一体どんな悪いことをしたと言うのだろう。

 

 願わくばこの子の死が訪れるまでが幸せであるように。

願わくば……俺の痛みを、俺の葛藤を誰にも知られませんように。

 

「いえ、少し寝不足でして。大丈夫です。ほら、それよりも早くシャワーを浴びてきてください。

カルメルさんとフォルスティさんが作ってくれた朝食を冷ましてはもったいないですからね」

「ん」

 

 レンはいつもよりも少ししっかりとした足取りでシャワールームへと向かった。

俺はその間にいつもと同じようにレンの髪を整える準備をしよう。

 

 鏡台に移った俺の姿はいつもと同じだ。けれど、何故だろうか?

いつもよりも情けなく見えた。

 

俺は二度三度と頬を叩き、気を引き締める。今までと同じように、いや、それ以上に隠さなければ。

 シャワーを浴びたレンをイスに座らせ、髪を乾かす。髪を傷めないように気をつけながら乾かす。

 

「今日は私が髪形を決めてもいいですか?」

 

 普段なら絶対に言わない言葉。レンの意思を尊重させようといつもレンに決めさせていたが不思議とその言葉が出た。

まだ、弱っているのか、俺は。

 

「ん。楽しみ」

 

レンは本当に楽しそうに俺に委ねると言った。その言葉を今はとても嬉しく思える。

 俺はレンの髪を何度も櫛で梳く。

その時、俺は何気なく、ふと思ったことを口にした。

 

「レン。お祭りって見たことがありますか?」

「? 村で毎年やってた」

 

 レンは俺の質問の意味側から勝ったみたいだが質問にはきっちりと答えてくれた。

 レンが見たお祭りは収穫祭や、奉納際などの村単位でやる神事だ。

だが、俺が言いたかったのはそういう堅苦しいのではなくて縁日のようなはしゃぐことの出来るお祭りのことだ。

 

「そうですか。面白かったですか?」

「全然」

 

 だろうな。祝詞や、神楽は見ていてもあまり面白いものではない。

レンの母親が神楽を舞っていたのなら面白かっただろうが、もう子供を生んでるしな。無理か。

 

「じゃあ、今度面白いお祭りをしましょうか?」

「どんなの?」

「その時までの秘密です」

 

 秘密と言う言葉にレンはむっとするがすぐにわくわくとした表情に変わる。

面白いお祭り。レンの中では一体どんな祭りなのだろうか?

 

 さらさらのストレートにして、ワンポイントして髪の一房をリボンで纏めた。

それはレンと初めて出かけたときと同じ髪型。

 これでおしまい。さぁ、朝食を食べて、一日を始めよう。

 

 

 

 


後書き

 蛍火は、いえ違いますね。彼は聡すぎました。そして何よりも愚かだった。

 彼は現状で予測できる、この世界の結末として最も可能性の高いモノを夢見てしまった。

 現実であったとしても彼はその答えに何時か辿り着いてしまいます。

 彼とてその可能性には気付いていた。しかし感情がそれを否定していたのです。

 だから彼の理性が警告を示したのです。彼の心は本当はとても弱いから。

 作中で最弱と言っても過言ではないくらいにその心は弱い。誰よりも何よりも弱い。

 以前、大河の心を砂上の楼閣と例えましたが、それに比べて尚彼の心は弱い。

 彼の心は砂で作られた城。外敵には強いが内側から衝撃を与えられれば容易く壊れてしまう。

 そう、本当に容易く。それが何故表に出ないのか。それは今まで語ったように彼が内側に誰も入らせなかったから。

 しかし、レンという例外が全てを変えてしまった。

 

 

 この回がエンディングとどう関係してくるかはまだ秘密です。

 しかし、この話でエンディングが見えてしまった人がいるだろうなぁ。

 今回の■とか特に物語りの核心中の核心が書かれているし。

 後、レンが何故殺されるのかは隠しながら今までに推理出来る様なモノは書かれていますので、

 分かった方はメールにでも連絡してもらえると嬉しかったりしちゃったりします。

 

 彼は何故、あそこまで護れないと思うのか。

 それは彼のあり方に問題があります。

 彼は何かを殺す為の力しか持たず、彼は契約を履行するための一歯車でしかない。

 力は力、それを護る為に変える事も出来るはずだと思われる方が大勢いると思います。

 しかし、その力が護る為に向かなければ? その力が敵に歯が立たない物だとすれば?

 幽霊を相手に唯の木刀を振り回して何の意味があるでしょうか。

 これはそういう問題なのです。彼の力はたしかに戦闘に向いている。しかしその力は届かない。

 

 そして、一度死に人を捨てた彼は契約を根源としている。

 契約は彼を構成している要素の一部ではなく、彼を構成している基盤。それがなくては彼となりえない。

 だからこそ彼は契約を破れない。破ることは彼自信の否定ですから。

 

 

 

 

 助けられぬと嘆く彼。自らの役割を知り尽くしてしまった彼は諦めた。

しかし、彼は忘れている。まだ可能性があるという事を……

 無くした欠片を取り戻し軋み始めた歯車。

だが、これでやっと本来奏でられるはずの曲が流れ始めた。

この曲は一体何だろうか? 行進曲? 狂愛曲? 小夜曲? それとも葬送曲だろうか?

未だ歯車が全て揃わぬ現在ではその曲がどんな曲かは分からない。

 

 次回、彼の秘かな想いを乗せた祭りが開き始める。

 誰が為に行う祭り。誰にも気付かれない彼の想いを乗せて、誰にも気付かせない彼の想いを乗せて。

 その想いが誰にも伝わらないことを願って……誰にも気付かれない事を願って…………





レンの存在が予想以上に大きいみたいだな。
美姫 「ちょっとびっくり」
これがどんな結末を迎えるのか。
美姫 「うーん、今までの話から予想ね〜」
むむ。分かった!
美姫 「ほうほう」
蛍火がロリに目覚め、新たなハーレムを作り出す。
彼はまだ青い果実を世界中から集め、保護の名の元に……ぶべらっ!
美姫 「私の優しさに感謝しなさい」
ど、何処が優しいんだ……。
美姫 「蛍火に聞かれる前に口を封じてあげたじゃない」
……おお! いやー、こいつはうっかりだった。
感謝、感謝。
美姫 「そんな訳で、また次回を楽しみにしてますね」
それでは、また〜。



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