闘技場は外からの喧騒は届かず唯静かにある。以前リリィと戦った時の静けさとは違う。
あの時は全てが眠りについた穏やかな静けさだったが、今は獣が脱出の機会を待つために静かにやり過ごしている緊張感にあふれた静けさだ。
檻の方に目をやる。囚われている身だというのに獣たちの眼は死んでいない。
機会あれば全てに喰らいつこうと息を潜めている。
あいつらは人と同じように自らを殺すことは出来ない。本能に任せ生存を第一と考え、そして今の状況を受け入れている。
殺されるためだけに飼われる。そのためだけに生かされる。
家畜と同じだ。
人ならばそれに耐えられるのだろうか? 殺されるためだけに生き続ける。
少なくとも俺はごめんだ。殺されることがではない。何かに飼われ自由を奪われることがだ。
知性も無く理性も無く、唯生き続ける。それはどれほど辛いのだろうか?
第二十話 克服する為に
少し待っていると大河とカエデがやってきた。時間指定していなかった俺が悪かったな。
「何だ。先に来てたのか蛍火」
何の気負いも無く俺に話しかけてくる。それは信頼の証か。それとも別のものなのか?
俺にはやはり理解できない。
「いえ、かまいません。時間指定していなかった私が悪いですから」
「ということは、随分前からここにいたのでござるか?」
その言葉に苦笑してしまう。たしかに俺は随分前からいた。今日も食堂での仕事を途中で抜け出したぐらいだからな。
「えぇ、料理長に言ったら張り切ってやって来いって言われましたよ」
本当によく出来ている人だ。理由は一切聞かず俺の眼をまっすぐに覗いてくる。
そしてそれだけで休むことを認めるか認めないか決めてしまう。
だが、俺のようなドブのように濁った眼を見てよくOKが貰えるな。
「拙者のためにそこまでかたじけないでござる」
うやうやしく頭を下げて謝礼してくる。こういう礼儀正しいところは大河にも見習ってほしいところだ。
もっとも大河にやって貰っても寒イボがたつだけだろうが。
「それにしても、蛍火。コートなんて着てどうしたんだ? 王都にいったときぐらいしか着てないだろ? それ」
大河が言ったように俺はコートを着ている。最初に買い物に行ったときに作ったものを、
つまり仕事着を。
ちなみにこれは最初のものにさらに改良してある。繊維のいたるところに鋼糸が編みこんであって、対刃、対弾は万全だ。
その上、魔力付加で魔法攻撃に対する耐性もかなり高い。
「必要だと思いまして」
なぜ必要なのかは大河は聞いてこなかった。こういう所は改善しないといけないな。
「それにしても、蛍火殿がその格好をしているとなんというかその、里の者を思い出すでござるな」
「何だ?カエデの世界の忍者ってこんな格好してるのか?
カエデはまんまだからてっきり頭巾をかぶってるものだと思ってたんだけどな」
それについては俺も同意だ。てっきり江戸時代みたいな忍者スタイルだと思っていたんだが。
そうでもないのか。もしかしてカエデだけ趣味に走っているのか?
「そうではないでござる。なんとなく蛍火殿の纏っている雰囲気似ているでござるよ。
その中でも頭領に一番似ているでござる。静かで落ち着いているけど重厚な存在感があるでござる」
自分ではあまり気付いていなかったがな。もう少し一般人と同じように振舞えるようにしないとな。
「そういえば、カエデ。蛍火の呼び方って決まったか?」
昨夜の話を掘り返してくれるなよ。必要ないだろう?
というより、どうして普通に蛍火って呼ぼうとしないんだ?
「まだでござるよ。いろいろと候補が有りすぎて悩んでいるでござる」
「もう、頭領でいいんじゃね? もしくは親方」
「むぅ、親方でござるか。昨日思いついた。マスターも捨てがたいのでござるな」
「そうだよなぁ」
二人して悩んでいる。そんな事どうでもいいだろう。俺個人としては呼び名は何でもかまわない。
名など個人を識別するためだけのものだ。個というものを半分以上捨てている俺には関係ない。
「貴方達は血液恐怖症を治す気はあるのですか?」
「ちゃんとあるでござるよ」
「もちろんだ!」
その上で俺の呼び名も真剣に考えるのか。頭が痛くなってきたぞ。
「呼び名に関しては置いといて、ヒイラギさん。ちょっとこっちにきてください。」
カエデがとことこと俺のほうに近づいてくる。疑うことを知らないかのようについでに眼をきらきらとさせながら。
なんというかまぁ、不思議な存在だよ本当に、
「ちょっと背中を向けて動かないでくださいね」
「こうでござるか?」
カエデが無防備に背中を向ける。本当に子犬だ。
背中を向ける際に髪が揺れ、普段髪によって隠されているうなじが見えた。
白くて細くて結構きれいだった。元の世界の友人の言っていたことがこの時になってようやく分かった。
それはさておき、俺はカエデの背中に触れ、ツボを探す。俺は師匠に一子相伝の殺人拳のようなものも習わされた。
別に指先一つで相手が血飛沫を上げながら殺せるわけではないが…、
単独で行動することの多い流派だったのでそういう治癒方法も同時に発達していったらしい。
そこらへんに生えている草がどれが薬草となるかなんか今では一発で分かる。
というより分からなければ、お仕置きだった。ガタガタ、ブルブル。
思い出すのは止めておこう。俺には辛すぎる記憶だ。
ツボを探り当て、カエデに一時的に気絶できないように針を打つ。これは主に拷問などに多用されたツボだ。
俺もラプラスとしてこの世界で使ったことが何度かある。なので間違えることは無い。
「はい、終わりました。では当真と少し話すので離れていてください。当真! 少しこっちに来て下さい」
「ん? 何だ? というかいったい何するんだ?」
これから言う事はカエデに聞かれるとまぁ、拙いので小声で大河の耳元で話す。
「これから私と一戦交えてもらえます」
「なっ!!」
大河の声にカエデがこちらのほうを向く。
俺はカエデに何でもないというように首を振り、カエデが聞き耳を立てていないのを確認して、大河に音量を下げろと伝える。
「正気かよ!?」
さっきのことがあったから大河も声は潜めている。声が小さいのに語尾は強い。一体どうやってんだ?
まぁ、大河の言う事はもっともだ。救世主候補とそうでないものが戦えば普通はワンサイドゲームなってしまう。
そう、普通はだ。
だが、救世主クラスとは総じて実戦の経験が少なく、論理的に戦いを進めることが出来ない。リコは別口だが。
極端に言ってしまえば救世主候補とはモンスターと変わらない。唯、腕力が強い。速度が速い。魔法の威力が強い。それだけだ。
ゆえに先読みし、思考通りに体を動かせるほどの達人ともなれば救世主候補ですら妥当できるだろう。現に師匠がそうだった。
今回のことはその事を大河に思い知らせるためでもある。格下だとて侮ってはいけないと、改めて認識させるため。
そしてイリーナとの訓練でどれ程成果が出ているか見るためだ。
「別に、本気で試合をするわけではないんです。私と二十合ぐらい打ち合って貰ってその後、肩口を切りつけます。
合図は私がローキックを放つのでその次にそれをわざと食らってください。あぁ、浅く表面が切れる程度ですから」
「何でそんなことするんだよ? というかそんな事したらカエデの奴、気絶するぞ。」
「気絶できないようにはしました。傷を作るのは当真の出血を手当てさせるためです」
まだ、納得できないようだ。たしかに、それだけなら、戦う必要はない。
しかし、これは大河に対する特訓でもある。是が非でも受けてもらわなければならない。
それに俺が大河と戦いたい。俺が本当にどれほど強くなったのか。マリーとの訓練とは違う死合に近いものをしたい。
師匠いわく、俺は戦闘中毒ではなく戦闘狂らしい。
……たしかに疼く。強者を前にして戦いたいと。
「まぁ、戦うのはなんとなくです。私もそれなりに腕をつけましたから腕試しといったところですよ」
「まぁ、たしかにこの前の買い物で蛍火がそれなりに強いってのは分かってたけどそこまで自信を持つぐらいになってるなんてな。
いいぜ胸を貸してやるよ」
ニヤリと相変わらず意地の悪い笑い方をする。
自らの力と信じて疑わないその自信とその驕り、見事に叩き折ってやるよ。
Others view
「ヒイラギさん。とりあえず今は何もしないでください。後でおって指示を出しますから」
その言葉にカエデは頷き、動かない。大河と蛍火を揺ぎ無く信頼している。
「何時でもかかって来いよ。蛍火」
大河はトレイターを取り出し構える。
そして、蛍火は背中に右手は首筋のほうに、左手は腰のほうに手を回し小太刀を抜き取る。右手は順手、左手は逆手持ちで、
闘技場が緊迫感に包まれる。先ほどまで殺気を撒き散らしていた獣たちは二人を包む気配に怯え静まり返っている。
カエデもこれから何が起こるかようやく気付いた。
両者ともに動かない。大河は蛍火を待つため、蛍火はタイミングを計るために動いてはいない。
しかし、すでに戦いは始まっている。
両者の真剣な様子にカエデの喉が鳴る。かすかな本当に微かな音。
蛍火はその音が聞こえたと同時に大河に向かって駆け始める。躊躇無く一直線に。
その身は矢だといわんばかりの速度で大河との距離を詰める。
普段なら蛍火はこの時点で牽制としてナイフか飛針を投げている。しかし、今はそれをせずに駆ける。
それは大河が一昨日の時点で投げ物に対する処理の仕方をカエデから学んでいるからである。
召喚器の補助も受けていない状態の蛍火ではカエデのそれには遠く及ばない。浪費するだけだ。
大河との距離が四分の一ほどに縮まった時、蛍火は体勢をさらに屈めギアを上げる。ついでに殺気も別方向に向ける。
速度の緩急と殺気が別方向に向いたことによって大河は一時的に蛍火を見失う。
人の目とはいい加減なものだ。急激な速度の上昇についてはいけず、視野の下方向には注意が行きにくい。
大河が見失ったのは蛍火が人体の欠陥をよく知る裏の存在だからである。
大河の真下からの左にての逆風、その攻撃に大河は直感で何か感じ取ったのかトレイターではじく。
大河の表情は驚愕の一色で染まっている。予想していた蛍火の実力と蛍火の現状の実力との差が開きすぎていたためだ。
当然、カエデの表情も驚愕に染まっている。予想を遥かに超える実力を持っているが故に。
唯のコックとしか聞かされていない者が裏の技を使ったことに。
だが、大河は止まっていることは出来なかった。刹那の時間差で繰り出される右の左薙をバックステップで避ける。
大河もこの時になって漸く目の前の相手が胸を貸すつもりで戦えるような存在ではないことに気付き、気を引き締める。
大河は着地と同時に前に踏み込む。一度距離を開けるなどということはしない。
前進こそ、愚直なまでの前進こそが大河の真骨頂。後手に回るなどありえない。
蛍火は大河が前進してくるのを待ち構える。彼が得意とするのは相手の攻撃をかわしてから隙を突く事。
完全なる後の先。
この二人が本気で戦った場合は大河が勢いで押し切るか、蛍火が大河を読みきるかが勝敗の分かれ目となる。
大河が己の間合いに入り、唐竹の斬撃を繰り出す。蛍火はそれを左で受け流し、間髪いれず右で刺突を放つ。
大河は右足を軸にして素早い回転によって避け、そのまま一回転し、右薙を放つ。
それを蛍火は受け止めるのでなく2,3歩下がるだけで交わす。トレイターは空振りに終わる。
その隙に蛍火は距離を詰めようとする。しかし、目の前に大河の足が現れ、進むことを中断する。
大河はトレイターを空振ったその勢いを殺すことなく左の中段蹴りを放っていた。
大河は足が着くと同時に腰を捻り、その力を利用しトレイターを左薙に放つ。
その攻撃を蛍火は避けることをせず、大河の力が入っていない時、初動作に左をあわせトレイターをいなす。
そしてその左でそのまま袈裟を放つ。それを大河はバックステップで、いや、そう呼ぶには随分と距離をとった。
ここまでの剣戟はほぼ、同速。いや、若干蛍火の方が速い。それは武器による性質の差。刀とは部位を切るものである。
最短の距離を最速で繰り出し相手を斬る。西洋剣は相手を叩ききるもの。明確にどこかに当てるわけではない。
武器による速度で差が出ているが大河は身体能力で相手の斬撃を避け、蛍火は予測と剣の遅さによって避けている。
二人の実力がほぼ伯仲しているのは武器の質の差だけでない。
一つは大河の意識の問題。
戦闘中は勝つことだけしか考えはしないが始まる前にいくらか後に攻撃を喰らわなければならないという意識が大河の力を抑える。
そしてもう一つは鍛錬に費やしてきた時間と、密度の差。そして実戦経験の差が離れすぎているため。
蛍火は大河が懸命に訓練している間、地獄を見てきた。息をしているのが不思議なほどの状況で経験をつんできた。
蛍火の実力は人では耐え切れないほどの対価を支払ってやっと手に入れられたものだ。
「予想外だぜ!!蛍火!」
距離をとった大河はトレイターをランスに変え、声と共に突進してくる。蛍火は大河が溜めに入っている時点で軸上から回避する。
そして、次は蛍火が溜めに入る。
「それはお互い様だ!」
大河が地面に砂煙を上げながら急ブレーキをかける。その隙を蛍火が逃すはずが無く限界まで引き絞った体を放つように刺突を放つ。
先程放った刺突とは段違いの速度で大河に迫る。
大河はまだ硬直が完全に溶けておらず、尚且つトレイターを剣に戻す時間は無い。
故に大河がとる行動は一つ。ランスでの突きによる刺突の迎撃。
二つがぶつかり合う。強度が確実に劣る蛍火の小太刀は砕け散る。それを見て大河はさらにランスの形状のまま突撃する。
それを蛍火は残った左でいなす。大河が通り過ぎると同時に背中に手を伸ばして小太刀を取り出し、そのまま大河のほうへ駆ける。
大河はトレイターを斧に変化させ、蛍火が駆け寄るよりも速く、地面に振り下ろす。斧の衝撃が砂煙を巻き上げる。
このまま、次の攻撃に移ろうとした大河に予想外の攻撃が迫る。
(我流・奥義乃壱、鬼切)
蛍火の右切上。その速度は今までで一番速い。
それは抜刀術。蛍火は砂煙が上がると同時に両方の小太刀を納刀し、先に左で抜刀していた。
それを斧で受け止める。斧で跳ね上げるよりも速く蛍火の右の逆袈裟が先に放った小太刀に重なる。その衝撃が大河の腕を突き抜ける。
大河は斧を手放し、一気に下がる。そしてすぐさまトレイターを呼び構える。
そこで漸く砂煙が晴れる。大河は蛍火を視認すると駆ける。トレイターを三節棍に変え、右薙を繰り出す。
三節棍の間の鎖が軌道を読みにくくするが蛍火は身を屈めかわす。
大河は突進の勢いを殺さず右足で垂直に膝蹴りを放つ。
蛍火は手を大河の膝に当てその勢いに任せて吹き飛ばされる。
「二人とも笑ってるでござる」
カエデの呟き通り二人は笑っていた。
男同士だから、全力を出して尚相手と打ち合えるから、お互いを認め合えるから、今までそんな存在に出会えていなかったから、だからこそ楽しい。だからこそ笑うことが出来る。
だが、本来蛍火にそんな余裕は無い。一撃でも喰らえば即死。召喚器の加護がない身では本当に死と隣りあわせだ。
一瞬でも気が抜けない、いや、瞬きすら出来ない戦い。
だが、彼にとってはそれが楽しいのだ。その身に迫る死という絶対のものをかわすことが。
そして、一撃ごとに速くなる剣撃、一太刀ごとに速くなる斬撃。
加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する
加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する。
思考が。どのようにして隙を作るかと言う思考が速過ぎて反射を越える。
感覚が。視界は色を失い、音は溢れ過ぎて静寂に等しく、肌は互いの攻撃がかき乱す空気の流れすら余す所無く感じ取る。
だが、それすらも二人は置き去りにしていく。そうして、二人が感じられるのは、己の心臓の鼓動と相手の存在だけになる。
二人はこの戦いで急激な速度で成長する。今までの訓練と比べるのが愚かしいくらいの速度で強くなる。それが何よりも楽しいのだ。
さらに続く。剣撃を避け、剣撃をいなす、斬撃を避け、斬撃を受け止める。
それは傍から見れば人を超えた闘い。闘神の申し子と修羅の戦い。永遠に続くかのような戦い。
だが、永遠はない。楽しい祭りは必ず終わりが来るものだ。
蛍火の視界の端にカエデが写った。その瞬間、蛍火は現実に戻った。この夢のような時間から覚めてしまった。
この瞬間より、蛍火は大河の攻撃をいなすことに専念する。
大河の唐竹の斬撃が迫る。それを右でいなし、左下段蹴りを放つ。
この戦いで初めて放つ蛍火の体術。そしてそれは終わりを告げる鐘。
最適にタイミングで最高の速度で放たれた浸透頸を込めた左下段蹴りは大河の右太腿に炸裂する。その痛みに大河も夢から覚める。
そして、蹴りと同時に引いていた右腕が、身体が極限まで捻られ、放たれる。
「我流・奥義乃参 牙穿」
それは蛍火が他の世界で習った流派の奥義を変化させたもの。本来の奥義は刺突を放った後に派生を生み出し、追撃をかけるもの。
しかし牙穿は違う。完全なる一撃必殺。追撃など考えない。必殺の状況で必殺するために作り出された技。
腰の捻りと腕と手首の捻りを加え威力を高める。牙穿を受けた場所には穴が開く。文字通り牙を穿たれたような後が残る。
その刺突はインパクトの瞬間、回転し大河の左肩を文字通り抉る。
即座に引き抜き大河の血を蛍火は浴びる。
「ぐあぁああああああ!!!」
大河の悲鳴により同じく夢を見ていたカエデも眼が覚める。
「しっ師匠!?」
カエデが大河に駆け寄ろうが、
「興醒めだ」
蛍火の声がカエデの動きを遮る。
そしてその言葉にカエデは冷静さを取り戻し、大河の流れている血を見て体が硬直し、顔色は青ざめていく。
「期待を裏切ってくれるな。初の男性救世主候補が召喚器を持たぬ存在に拮抗してどうする?
あぁ、たしかに俺は面白かった。だが、俺如きで躓くなど許すことは出来ん。俺如きで躓くようならいずれ破滅に殺されるだろう」
それは先程まで笑っていた人物とは思えないほどの全てを否定するかのように冷たい声。
その言葉に大河は冷や水を浴びせられたような気がした。
世界からの加護を受けているはずの救世主候補が加護を受けていない者に拮抗するなどあってはならない。
大河は自問する。
自分は驕っていたのか? 怠けていたのか? こんな事で真の救世主などになれるのか? 自分はもしかして蛍火の信頼を裏切ってしまったのか?
自らの情けなさに涙が出てくる。悔しくて悔しくて、本当に情けない。
「その程度で立ち止まってしまうなら、その程度で挫けてしまうなら今ここで引導を渡してやろう」
蛍火が大河の元にゆっくりと歩みを進める。それはまるで断罪者の如く。
だが、大河の元にたどり着く前に蛍火は歩みを止め、思案顔をする。
「引導を渡すだけでは俺の気がすまんな。俺の期待を裏切ってくれた礼として、お前の弟子を目の前で犯して、その後殺してやろう」
ニヤリと哂う。それは大河が意地悪く笑うのとは違う、嘲るような哂い。
蛍火はカエデの方に方向転換し、一歩一歩ゆっくりと進む。恐怖を誘うようにわざとゆっくりと。
大河は動くことも声を上げることも出来ない。刺突の前に喰らった蹴りによって足は麻痺し、痛みによって声を荒げることも出来ない。
カエデの中で蛍火という存在がムドウとオーバーラップする。大切な存在を瀕死の状態に追いやり、血を纏いて迫ってくる。
蛍火が迫るごとにカエデはじりじりと後退する。それは間合いを計っているのではなく追い詰められている獲物の最後の足掻き。
終に壁際まで追いやられ逃げ場を失う。
「やれやれ、師が師なら弟子も弟子というわけだ」
落胆のため息を吐く。蛍火はカエデの体を眺めまたしてもニヤリと哂う。
「反抗してもらわねば楽しみが無いな。俺に一撃打ってみろ。避けることはせん」
その言葉は本来自殺行為だ。召喚器の攻撃が直撃したなら即死だ。だが、今優位に立っているのは蛍火である。
その言葉は本当に遊びでしかない。
「どうした? 打ってこんのか?」
無防備にカエデに近づく。だが、その行為はさらにカエデを恐怖に追い込む。
「うぅううう」
カエデの精神は極限状態でもう泣くことしか出来ない。
「また、大切なものを失うのか? また同じ事を繰り返すのか?」
その言葉がカエデの記憶を掘り起こす。自分が今まで修練してきた意味。
同僚に蔑まれても、血を吐くほどに修練を繰り返してきたのは何故だ?
この世界には何故来たのだ?
復讐するために来たはずだ。そしてそれ以上に失わないために来たはずだ。
「機会は与えている。来ないのか?」
思い出すことは出来た。しかし、恐怖がカエデの体を縛り付ける。後一歩。たった一歩を進めない。
「今ならば大河は助かるぞ? 今ならば大河を失わずに済むぞ?」
大河。それはカエデにとって掛け替えの無い人。カエデにとって憧れの人。カエデにとって自分に手を差し伸べてくれた人。そして好きになった人。
それが決め手となった。カエデの一歩を動かす決め手に。
「うぁああああああ!!!!!」
カエデが拳を打ち出す。それは技も何もない稚拙なもの。だが、何よりも大切な一歩。
カエデの拳が蛍火の腹に突き刺さる。
蛍火は自分で言ったように避けずカエデの攻撃を喰らい吹き飛ばされる。若干自分で後ろに飛んではいたが避けることはしなかった。
蛍火は吹き飛ばされるもすぐに立ち上がった。その顔をまさに憤怒に染まっていた。
「くそがぁ」
言葉を吐き捨てその表情のまま、カエデに詰め寄る。
カエデは今度は眼を逸らさない。体はまだ震えている。恐怖はまだある。しかし、眼だけは前を見ている。
「もう、失わない!! もう、奪わせない!!」
「震えている身でよく吠える。一体何がそこまでその身を駆り立てる?」
その言葉にカエデは毅然と声だけは毅然と告げる。
「師匠は拙者にとって大切な人だから、そして拙者は師匠の弟子だからでござる!!」
カエデが渾身の思いを込めて告げた言葉を聞き終えると同時に蛍火が姿を消した。
カエデは消えた事に驚く前に首筋に衝撃が走った。
「合格だ。よくがんばった」
意識が落ちる寸前。優しげな声がカエデの耳元で聞こえた。
Others view out
後書き
蛍火と大河の戦い。
そして血を纏う事によってカエデのトラウマの根源を再現する。
けれど、カエデはすでに幼かったあのときとは違います。今は大切な人が、大河が居る。
だから、蛍火はこの策をろうじた訳です。
蛍火が作中でかなり力を発揮していますが一応、大河と拮抗している理由は話しました。
納得してもらえないかもしれませんが。
今回は蛍火と大河の激突。
??「蛍火、かっこよかった」
まぁね。かなり強くしすぎちゃってるから。
それに大河との戦いで出てきた蛍火が使った技は元々とらハ3の恭也のために作った技だから。
コンセプトは御神流の奥義を越える技だったからね
今回蛍火が使った鬼切なんだけど本当はもっとエグイ技なんだ。設定が公開できる段階まできたら投稿させてもらう予定
??「かなり長い。どれぐらいの予定?」
主要キャラが全部出たら投稿させてもらう予定だから分からない。でも要望があったらその時までの設定を送らせて貰おうかな?
??「無謀…ねぇ、そんなにその人強いの?」
めちゃくちゃ強い。霊力はもちろん、妖力が使えてたりしてたんだ。
静馬、一臣、士郎が束になっても敵わなくて、しかも魔獣・坐空にすら一騎打ちで打倒するというありえない強さ。
??「その人、蛍火と同じぐらい強い」
というよりも蛍火がその恭也を基にしてるからね。似てて当たり前なんだ。かなり歪んでるけど
まぁ、それは置いといて、??。他に何かない?
??「カエデお姉ちゃんが頑張ってた」
そうだね。今回はカエデのために用意されたことだから。ここで強くなってもらわないと困るからね
??「後、大河情けない」
あー、別に大河は情けないわけじゃないんだ。
これから大河にはさらに強くなってもらわなくちゃいけないからここら挫折してもらおうと思ってね。
やっぱり原作の主人公だけあってこの作品でも重要な要素だし。
じゃ、長くなってきたしそろそろ閉めよう
??「次回は落ち込んだ大河を蛍火がどうやって慰めるか楽しみにしてくれると嬉しい」
それでは次話でお会いいたしましょう。
蛍火にやられる大河。
美姫 「当初はお芝居のつもりだったけれど、途中から本気だったものね」
果たして、大河は立ち直れるのか。
美姫 「そして、カエデは本当に血を克服できたのかしら」
これもまた、すぐ次回で!