『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




CV]Y 胎動

 その人がどれだけ人に愛されていたか?
 それを知るには葬儀にどれだけの人が真実の涙を浮かべ駆けつけてくれたかを見ると良いと言われている。何故なら、亡くなった後に真実の涙を流せる人が多いほど愛されているという目に見えぬ証拠となるからだ。
 その意味で言うのであれば、彼女・雪代巴は生まれはどうあれ愛されていたのだろう。
 今葬儀に参加しているのは、風が丘の同級生ばかり。しかも全員出席だ。そして全員が真実の涙を流し、中には剣心と同じく放心する者までいた。
 それが証拠。壁際に立って葬儀の様子を見ていた恭也は、唇を強く噛み締めた。
 そんな愛されている女の子を救う事が出来なかった。
「何度体験しても慣れないな……」
 救えた人を救えなかった事。
 守るべき人が傷ついた事。
「慣れないよね……。知人が亡くなるって……」
「美由希?」
 唐突に独り言に被せられた返答に振り向くと、そこには黒いスーツに身を包んだ美由希が大きく引き伸ばされた巴の写真を見つめていた。
「ふふ。巴さん、本当に笑った写真ないんだね。こういう席の写真がちょっと驚いた表情の写真なんて、初めて見た」
 口元を隠し、小さめに微笑む。
「来ないって言ってたから、もう来ないんだと素直に思ってた」
「うん……。そのつもりだったんだけど……ね」
 歯切れが悪い。
 隠し事をしている時とは違う、己を隠しているような物言いに、恭也は巴の写真を見つめている義妹へと視線を落とした。
「なんだろね。家について、一人になった時、ほっとしたんだ。巴さんが亡くなったのに……亡くなった事にほっとしちゃったんだ」
 いや、写真を見ているのではなく、遠く……そう、そこに巴がいるかのように、美由希は一点を見つめているのだ。
「美由希……」
「もうわかんない。何でこんな気持ちになっちゃったのか。だから来たくなかったんだけど、そんな一部の気持ちだけで来ないのは違うなって思って」
「そうか」
「うん」
 その気持ちは自分で気づかないといけない。
 恭也は無駄な言葉は発せず、ただ一言そう答えた。
 それから二人は無言のまま、式は静かに続いていく。焼香の度に、講堂にすすり泣く声が響く。その中を無機質な読経が続いていく。
 ふと恭也は一番後ろの列にいる鷹城唯子の姿が目に付いた。
 唯子は胸に手を当てながら、瞳を閉じていた。
 何を考えているのだろう。
 そんなちょっとした疑問が頭を過ぎる。
 しかしすぐに恭也は頭を振った。
 つい先日唯子は実母を亡くし、そして今度は教え子を亡くしたのだ。興味を持っていい領分ではない。
 再び視線を前方に戻すと、読経と住職の話が終わったらしく、喪主が挨拶を始めるところだった。
「皆様、本日は雪代巴の葬儀にご参列頂き、誠にありがとうございます。今回、喪主代行を務めさせて頂きますは、緋村雫と申します」
 巴の写真を持っているのは緋村源柳斎だ。
 二人は現在さざなみ寮で下宿しているほのかと一志から連絡を受け、行方不明の縁の代わりに巴の葬儀喪主代理を引き受けてくれた。
 理由を聞くと、
『剣心の恋人であれば、それはもう私達の娘ですから』
 雫は微笑みながらそう語ってくれた。
 さすがに申し訳ないため、資金はリスティの組織が手配した。
「本来の喪主である巴の兄、縁は巴がなくなったショックで少々心身不安定のため、私達が代行する事となりました。何卒、ご了承くださいますようお願い申し上げます」
 マイクを片手に参列者全員を見渡してから、雫は言葉を続ける。
「皆様と席を共にするようになって僅か数ヶ月。そんな短い期間にも関わらず、こんなにも多くの方々が涙し、故人を愁いて下さる事は、巴本人も草葉の影で喜んでいると思います」
 一層泣き声が強くなる。
 唯子の隣にいる夕凪も、ようやく泣けたのか肩を震わせていた。
 雫の話が続く中、恭也は講堂を出た。

 外は抜けるような青空が広がり、ここ最近では珍しい快晴となっていた。
 こんな日に快晴というのも皮肉なのか、それとも良い日なのか。
 そんな事を考えながら、近くの自動販売機でコーヒーを購入した。
 あの悪夢となった一日からすでに三日過ぎていた。
 リスティと警察の部隊が到着し、そのまま施設閉鎖。全身の怪我が激しい剣心はそのままフィリスのいる総合病院送りになった。
 まだ息のあったルシードはあのまま生存する事に成功した。そして現在は樺一合こと陣内啓吾と隠密御庭番が尋問をしている。下手に口を噤めば、間違いなく死より地獄の拷問となるが、さすがに哀れむ感情を恭也は持ち合わせなかった。
 購入したコーヒーを飲みながら、誰も座っていないベンチに腰を下ろす。
 静かな一日だ。
 いや、静かだからこそ逝った人を送る日なのかもしれない。
 そんな不遜な事を考えながら、コーヒーを飲み干すと小さく溜息をつく。
 結局、今回の事件は謎ばかりが残った。
 ルシードが関与していた事実から裏にいるのは龍であろうという予測は立ったのだが、何故剣心を狙ったのかが理解できないのだ。リスティの所属組織のように警察に関係がある。とか、隠密御庭番のように民間情報に優れているという訳でもないただの個人なのだ。何度か手助けをしていた経歴はあるが、あくまでそれだけだ。
「何を考えている。志々雄真実……」
 そうして空を見上げた時、講堂から葬儀に参列していた生徒達が姿を見せた。どうやら挨拶も終わったのだろう。一緒に出てきた美由希に近づき、終わったのを確認した。
「どうだった?」
「うん。あの時と同じで、笑顔だった」
 御棺の中から顔を覗いたのか、そんな感想が返ってきた。
 恭也は剣心に抱かれた巴の笑顔を思い出し、そうか。と一言答えた。
「高町君」
「鷹城先生」
 そんな二人に、巴の担任である唯子が近づいてきた。
「生徒はいいんですか?」
「ええ。今、紅先生が見てくれてるから」
 言われて唯子の視線を辿ると、唯子の代理担任である紅美姫が生徒に何か語っている姿が見えた。
「今は点呼かな。さすがにあれだけ泣いているみんなをそのまま帰す訳にはいかないから」
「そうですね……」
 葬儀内の後輩の姿を思い出し、恭也は頷いた。
「それで……リスティに聞いたんだけど、また……龍だって」
「ええ」
 唯子は海鳴テロ事件の際に母親を鵜堂刃衛に殺害されていた。そのためリスティから事件の概要の説明がなされていた。
 そして今回も同様に説明が行われていた。と、いうのも、巴はクローン技術で生まれてきたため縁以外に肉親と呼べるものが居らず、またその縁も姿を消してしまった。更に世間的には強盗殺人事件に巻き込まれた姿勢をとって、テロに対する混乱を避ける情報操作を行った。
 唯子にもこの説明で済ませる予定だったが、巴を誤って殺害してしまったのが剣心である。そしてその場には夕凪も一緒にいた。さすがに三人が三人とも同じクラスとなると、せめて事情に通じている人間に説明をしておく必要があると判断し、リスティが葬儀前に説明をつけていた。
 唯子は恭也の頷きに俯くと肩で大きく息をついてから顔を片手で覆った。
「何で……何であんないい子達がこんな思いしなくちゃいけないのかな……」
 美姫の指示に従いながら、帰宅していく生徒を眺め、自分も悲しいであろう感情を押し殺しながら、唯子は嘆息した。
「と、そう言えば、緋村君はどうしたの? 今日の式に来ていなかったようだけれど」
 唯子に問われて、高町兄妹は顔を見合わせた。
 その様子に不穏な空気を察知したのか、唯子の表情に不安なものが混じる。
 兄妹はしばしの間視線で会話をしていたが、徐に美由希がぽつりと口を開いた。
「実は……剣心君、病院から居なくなっちゃったんです」

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「以上がルシードに付けていた物見から連絡された内容です」
 手にした報告書を読み上げ、佐渡島兆冶は目の前にいる主に視線を向けた。
「ああ、わかった。これで俺の希望通りだな」
 主――志々雄真実は、その内容に大様に頷き、口元に楽しげな笑みを浮かべた。
「楽しそうですね」
「あ? ああ、当たり前だろ? 二百年前の続きをするための仕込が成功してるんだ。楽しくない訳ないだろうが」
「……例の、比叡山で行われたという緋村抜刀斎との決闘ですか」
 楽しげな志々雄とは逆に、兆冶は眉間に深い皺を刻んだ。
 話は志々雄から聞いていた。
 二百年前、明治十年頃に起きた志々雄真実の乱。
 歴史も記載されていないこの内乱は、たった一人の剣客によって阻止された。それが緋村抜刀斎――緋村剣心である。彼一人によって準備してきた全ての策略は崩壊し、揃えていた手駒を失い、あまつさえ志々雄は死に追いやった大罪人である。いくら時代が違い、互いの力量に差が出たと言っても、なるべくこれから行われる活動に支障を来たす行動は控えたい。
 だが志々雄は楽しんでいた。
 夏に緋村剣心と出会ってから、その傾向は加速度的に進んでいる。
「しかしやはり私は納得がいきません。あんな組織にも属していない小僧一人のために、小物とは言えルシードを捨て駒にしたなど……」
「けっ。お前は先祖もそうだったがいつも固いな」
 十本刀・百識の方治。
 それが彼の先祖だ。
 正確には直系の先祖ではないのだが、明治維新後から志々雄に仕えた参謀だったと聞いている。
「固いのは別に気にしません。私の知識は全て志々雄様の勝利のためにのみ捧げられるのです。ですから、どうしても納得がいかないのです」
 正直緋村剣心はただの高校生だ。
 ……いや鵜堂刃衛を破っているのだ。『ただの』という形容は正しくないかもしれない。だが、それに元五色不動を当てるのは勿体無いのだ。
 志々雄はそんな兆冶の主張にピタリと笑みを打ち消すと、代わりに狂気を浮かべて言い放った。
「良いんだよ。俺と抜刀斎の因縁はお前らじゃ量れない。ただこれだけは言っておく」
「は?」
「緋村抜刀斎を殺す事は、日本を……いや、世界を執るのと同位。忘れるな? 時代が俺を排除したとはいえ、緋村抜刀斎は『時代』に選ばれたんだぜ?」
 ゾクリと兆冶の背中に悪寒が走り抜けた。
 一体、あの志々雄様にここまで言わせる緋村抜刀斎とは何者なのだ?
 そんな考えを思い浮かべた時、兆冶の背後でノック音が聞こえた。
「志々雄さ〜ん、居ますか〜?」
「おう、雅孝、どうかしたか?」
「いやだなぁ。志々雄さんと兆冶さんが言ったんじゃないですか。準備が整ったら呼びに来いって」
 その言葉に、志々雄と兆冶は顔を見合わせた。
「そうか。揃ったか。六つの鍵が」
「ええ。先程リーダラーさんと裕也さんが戻りまして、それで揃いました」
「わかった。今行く。先に行って勝手に動くなと言っておいてくれ」
「了解しました。待たせないでくださいね」
 雅孝を先に行かせ、部屋に残った志々雄に兆冶は大きく溜息をついた。
「おいおい。何だそれは?」
「いえ、色々と考えた結果、緋村剣心の殺害も計画に練りこまなければならないと思っただけです」
「ほう? それは何でだ?」
 急に意見を変えた兆冶に、志々雄が興味深そうに問いかけた。
「気づいてないのですか? 雅孝の報告と緋村剣心との決闘。それを同じ表情で扱われては、納得せざるえません」
「そんな顔してたか?」
「ええ。それはもう楽しげでしたよ」
「くくくく。だから言ったじゃねぇか。二つは同位なんだよ」
「そうでしたね」
 いやらしい笑みを浮かべ立ち上がった志々雄の後ろにつき、兆冶は苦笑を洩らした。
「ま、ついてきな。お前はいの一番で勝利の味を味合わせてやるさ」
 それは彼の先祖であり、明治維新後から腹心中の腹心となった佐渡島方治に約束した言葉。蛇蝎の如く部下に嫌われようとも全ては志々雄の勝利のためと言い切った彼に約束した言葉。
 今後ろに続いているのは彼ではないが、それでも方治と同じ言葉を平然と口にする兆冶は間違いなく彼の子孫であり、同じ約束を口にするに値する。
「志々雄様、到着しました」
 そんな事を考えながら二人は無機質な廊下を進み、二人は約三十畳の広さを持つ会議室に到着した。
 兆冶が扉を開くと中には十一人の人間が円卓のテーブルに腰を下ろしていた。
 志々雄の左手側から、
 かつて不破に属し、今は息子すら裏切った御神の技の使い手。『双連』の不破夏織。
 先祖から受け継いだ縮地の使い手。『天剣』の瀬田雅孝。
 夜の一族でありながら、現代最高クラスの魔術の使い手。『魔眼』の氷村遊。
 オーパーツから作り上げた二挺拳銃を持ち、組織のために全てを打ち抜くスナイパー。『銃神』ライラック=アノー。
 蒼流槍術の伝承者であり、己の武を鍛え上げる事のみ。かつて美由希と剣心を退けた武人。『剛王』蒼劉閻。
 宝石に封印した精霊を使い、魔物を狩っていくハンター。『宝使』石鶴幸嗣。
 家族を殺された敵を討つため、龍にて武術・無敵流を振るう女拳士。『拳聖』天野志野。
 かつてスペシャルエージェントとして大英図書館に所属していた天才紙使い。『神紙』T=F=リーダラー。
 力を欲するあまり、行き過ぎた科学的肉体改造を敢行し、超人へとなってしまった男。『鉄人』裕也=ヘンドリック。
 氷村遊とは違う夜の一族であり、生粋の吸血鬼。世界の裏で蠢く吸血鬼の中でも最大の力を持つ死徒二十七祖の次世代候補になっている力を持つ『闇吸』セルゲイ=デュッセルドルフ。
 そして志々雄の右隣に空いていた席に、錬金術師で龍の参謀として全作戦を指揮する『創造』佐渡島兆冶が座った。

 ――これが新生龍の最大戦力『十二神将』。

 十本刀に代わり作り上げた戦力の要。
 志々雄は席に着かず全員をぐるりと一度見渡してから、徐に口を開いた。
「みんな長旅ご苦労。そして長い間待たせたな」
 その言葉に反応を示すのは数人。残りは興味なさ気に各々の思考に沈んでいる。
「ちょいと今回の作戦の要集めに苦労かけちまったみたいだが、さっき裕也とリーダラーが最後の要を集めてきてくれたおかげで、無事開始となった」
 紹介された訳でもないのに、裕也が得意げに鼻を鳴らし、リーダラーが薄気味悪い笑い声を上げた。
 それが気に入らなかったのか、氷村遊が一度視線をリーダラーに向けるが、何事もなかったかのように瞼を閉じた。
「俺を慕う者、俺を恨む者、仲間の中に仇がいる者、己の力量に絶対の自信を持つ者、更に高みを見たい者……。思いは人それぞれだが、ついに計画を実行に移す時が来た」
「作戦の概要は今各人の前に置いてある計画書に記載されている。中を確認し、各動きを覚えたら計画書は焼却するように」
 志々雄の後をついで、兆冶が自ら作成した計画書を手に取って全員に確認するよう促した。
 半分以上が不承不承ではあるが計画書の中を確認してから、思い思いの各自の方法で、その場で計画を焼却した。
 その様子を満足げに見て、志々雄は兆冶を横目で見た。
 兆冶は視線を感じて深々と頷く。
「よし。確認したらみんなそれぞれの役割を間違えないように動け。作戦の決行は十二月二十四日。尤も世界各地で力が変動しやすい聖夜を、Xデーとする」
 十二月二十四日。
 決行まで後一ヶ月。
 なぁ抜刀斎。
 それまでに俺の前に来い。
 今度は時代の横槍など入る余地がない程に……。
「俺がぶっ殺してやる」
 作戦概要の説明をしている兆冶の後ろで、志々雄はこれから始まるであろう闘いに思いを馳せていた。



一つの事件は悲しい結末ながらも終わったけれど。
美姫 「まだ事件は起こるようね」
病院から抜け出した剣心に、確実に準備を進めている志々雄たち。
美姫 「次の話が待ち遠しいわね」
ああ。次回も楽しみにしています。
美姫 「待ってますね〜」



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