『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




CU] 練習ですか?

 時は明治。
 幕末の動乱の名残も少しずつ消え去り、人々の間に日常が根付き始めた時代。一人の浪人の姿が東京にあった。
 彼は幕末に長州派維新志士として主に汚れ役として暗殺家業を行っていた。
 しかし時代は流れ、彼もまた人斬りを捨て全国を旅していた。
 東京で家族とも呼べる親友達との出会いを通じて、己の目的を探す彼の前に、かつて維新志士に切り捨てられた赤報隊の生き残りが姿を現した――。

「……と、いうのが劇の内容だ。わかったか?」
 そう言って剣心と夕凪を見たのは舞台監督の最上宗一ではなく、今回アクション監督に就任した安藤龍一だ。
 アクション俳優希望である彼は実際に演劇部のアクション担当として活動しており、すでに実際のドラマや映画にも出演している本物の実力はである。
「ク、クククク。本物の刀使った殺陣……。萌え……違う燃える」
 一瞬不適切な表現を織り交ぜて背中を丸めて笑う姿は、百八十センチの長身を折り曲げて、黙っていれば確実に女性にもてるマスクを歪めて笑う姿は、正直恐ろしい。
 二人だけではなく宗一を除いたクラス全員が引き気味だ。
「龍一、喜びは実際に見てからにして、アクションの観点から指示を頼む」
 なんと言うかさすがに十年来の友人ではないようだ。
 宗一はあっさりと龍一を正すと再び他のクラスメイトへ指示を飛ばし始めた。
「む? しまった。思わず涎モノの殺陣を想像してしまった。
(一体どんなものなんですかー!)
 聞こえた全員の心の叫びを物の見事にスルーして、龍一はふと夕凪が疲れきっているのに、ここでようやく気付いた。
「何だ? 相楽?」
「いや……寮でアレなのに、学校でも二重の極みを使う事になるのかと思うと……」
 本当であればもう思い出したくもないのだが、自分が風呂に使っていると、いつの間に作ったのか抜け穴から覗きをしていたり、部屋に鍵をかけていれば屋根裏を伝って夜這いをかけてきたり、遠くからデバガメしたりと、背筋が凍るような事ばかり思い浮かぶ。
 黄昏れつつ涙する彼女に、さすがの龍一も重いものを感じたのかそれ以上追求はしなかった。
「ま、んな事なんてどうでもいい」
「ど、どうでもいいんだ?」
「今は演劇部随一のアクション俳優であるこの俺が! しっかりと観客を魅了する動きを叩き込むぞ!」
「いや、アンタプロだろう?」
 ツッコミなどどこ吹く風。
 立ち直った夕凪と剣心のサラウンド攻撃さえ塵芥の如く無視して、教室の壁に立てかけてあった布に包まれた二本の棒を二人の前に置いた。
「これは?」
「見てのお楽しみだ」
 そう言われて自分の前に置かれた棒を見る。
 長さは約一メートル程度。
 だが夕凪の前に置かれた物は三メートルくらいある。
 二人は互いの前の棒を手にすると、見た目とは違う竹刀並重さに驚きながら布を剥ぎ取った。
「あ?」
「何だこれ?」
 剣心の手に現われたのは見覚えのある一本の刀。そして夕凪の棒は武骨としか言いようのない巨大な剣であった。
「ふ。それはな……」
「忍ちゃん特性! 偽逆刃刀と斬馬刀なのだぁ!」
「はぁ。忍ちゃん……って月村さん!」
 さてさて関係者以外立ち入り禁止の学校に、Vサインを元気よく突き出しながらそこにいたのは、メイド服姿のノエルを従えた月村忍その人であった。

☆    ★☆    ★☆    ★☆    ★☆    ★☆    ★☆    ★

「いやぁ、忍姉さんにお願いできて本当に良かった!」
 上機嫌な様子なのは龍一である。
 結局、あの後舞台監督の宗一に呼ばれて忍は軽い足取りで言ってしまったが、その場に残った龍一から世の中の狭いつながりを感じてしまった。
 つまり――。
「幼馴染なのさ!」
 と、言う事である。
 学園祭でアクション監督を引き受けたはいいものの、殺陣に使う武器についてどう作成したらいいのものかと悩んでいるところに、自宅裏の丘の上に居を構えている忍に発見され、相談したところ作成してくれるというのだ。
「だからあたしが請け負っちゃったのだ」
「あ、忍姉さん、宗一の方はもういいっすか?」
「うん。殺陣観賞用に設置するモニターのお話だからね。そういうのはノエルに任せてきた」
 龍一の後ろで、相変わらず自信満々な態度の忍が立っていた。
 言われたとおり見るとノエルはまだ宗一と何やら相談をしている。
「で、これは忍さんの手作り品?」
「そ。ちょっと刀関係の調べ物があってね。その実験的なものかな。逆刃刀は刃を完全に落として両方峰な状態にしてある。斬馬刀は文字通り馬も斬る……なんだけど、そんなの物理的に無理でしょ。だから見た目岩みたいにして押し潰す方向で作ったのよ」
 でも両方とも強度だけ強いだけのオモチャだよ。と繋げるので、剣心は逆刃で自分の腕をこすった。しかし血どころか跡一つ残らない。
 それを見て夕凪も軽い斬馬刀で自分の頭を軽く叩いた。
だが痛みなど一つも感じない。
 なるほど。自信を持って言うだけはあるなぁ。と、目の前で龍一とじゃれている友人の彼女を眺めた。
「本当は破壊力を取り入れたかったんだけどね」
「……マ、マッドサイエンティスト」
「いやぁね〜。美姫さん承認の上よ」
「元々殺陣自体が先生の提案だし」
 おそらく神社裏の練習を見ていてそう進言したのだろうが、当の本人達にとってはいい迷惑である。
「とりあえず昨日渡した台本を全部頭に叩き込んで、その上で練習に入る。期限は三日!」
「短!」
「長いわ! プロの世界では一日で覚えるんだ!」
 実際は無理である。
 げんなりとしてしまった二人は、一人燃え盛る龍一を置いて休憩のために教室を後にした。
 その後姿を、忍はじっと見詰めていた。

☆    ★☆    ★☆    ★☆    ★☆    ★☆    ★☆    ★

 剣心達は台本を横目で読みながら、学食で飲み物を買うべく移動していた。
 その途中で二人は双子に連れられた晶と蓮飛に遭遇した。
「お? お二人さんこんちは」
「お疲れぎみやね。何かあったん?」
「……そんなにわかります?」
「バリバリでてるで」
 思わず頬を撫でている夕凪と、壁にもたれ掛かった剣心に二人は苦笑を漏らした。
「なんや色々と大変そうやな」
「ま、そういう面ではオレらも変わんないけど」
 そう言って後ろにいる双子を見る。信二も信吾もきょとんとした表情で、剣心達を見ていた。
「とりあえず互いにがんばろうぜ」
「そ、そうっすね……」
「善処します……」
 どうやらダメっぽい。
 ふらつく下級生を見送り、晶は心の中で合掌した。
 四人は剣心達の背中が見せなくなるまで見送ると、そのまま三階にある音楽室へと移動した。
 この時期は吹奏楽部が占領している部室は、本日は各パートごとの練習となっていて音楽室以外で音の調整に入っている。なので今日に限り音楽室は無人であった。
 四人はピアノの周りに腰を下ろすと信二が鞄から取り出した数枚の譜面セット五部を覗き込んだ。
「これが今回演奏する分の曲目だ」
 音符を辿るとロックからポップス、中には風変わりなものまである。
 幼い頃からフィアッセと面識があり、それなりに音楽に詳しい二人はさっと譜面を流して、小さく嘆息した。
「すっげぇな。こんなのよく作ったな」
「ホンマや。ちゃんとリズムできてるし、ええ曲とちゃうんかな」
「二人とも、楽譜読めるのか?」
「あ〜、うん。うちに音楽している人がいてさ。その人からね」
 さすがにこの場でフィアッセの名前は出せない二人であった。
 だがそれだけで十分納得したのか、うんうんと双子は大きく頷いた。
「んじゃ、これがデモMDだけどこれ聞いてリズムと歌詞は覚えてくれ」
 二枚のMDが晶と蓮飛の手に渡されると、信吾は徐にギターを取り出し、信二はグランドピアノに移動した。
「んじゃ、折角だし生で演奏するからさ」
「しっかり聞いててよ」
 双子が生み出す音楽が流れてくる。
 それを聞きながら、晶と蓮飛は瞳を閉じた。

 こうして学園祭に向けての練習は始まりを迎えた――。
 



いよいよ始まった劇。
美姫 「あの内容って…」
あははは。一体、どんなものになるかな。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね」
ではでは。



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