『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




C][ 学祭ですか?

 九月も五日を過ぎると段々と日差しも緩くなったように感じ始める。
 窓際は暑いながらも寝るにはちょうどいい体感温度を弾き出し、堂々と寝入っている者から必死の抵抗を試みている者まで様々な人がいる。
 剣心は窓際後方からそんなクラスメイトを眺めつつ、自分と反対側のドア付近に座っている女生徒をちらりと横目にした。
 雪代巴。
 高尾山で自分を、文字通り身を呈して救ってくれた恩人。
 その後彼女が怪我をした現場を目撃した縁によって病院に搬送されたため、お礼の一つもまだ口にできていない。何となくタイミングを失ってしまったためともう一つ――。
(あの時の雪代さんの兄貴の目が……)
 呆然と立ち尽くした剣心に持たれるように倒れた巴を、縁は般若の形相で駆けつけて、いの一番に剣心から離すように抱き上げた。
 そして上がった視線を見て、体中が凍りついた。
 そこに浮かんでいるのは間違いのない憎悪。
 初めて会ったばかりの人間にここまで激しい憎悪を向けられるなど身に覚えはない。
 覚えはないのに、何処か頭の片隅ではおぞましいものが渦巻いているのを実感した。
 まるで志々雄と対面した時のような、重くて暗くて直視すらできない……。
「剣心?」
 そこで剣心ははっとなった。
 あたりを見回すと昼休みに突入したのか、友人同士で雑談を交し合い、購買に向けて教室を後にしている。
「どうした? ぼんやりして?」
 再び彼に声がかけられた。
 見上げると隣には名前で呼び合うようになった夕凪と、怪我が完治した巴が不思議そうな表情で剣心を伺っていた。
「いや何でもない」
 そう言って立ち上がった彼の肩に、まだ黒いものが乗っているのに気付いてはいたが、夕凪達はそれ以上何も言わず教室を出た剣心に続いた。
 校内はざわめきが溢れていたが、その中心は一ヵ月後に迫った風ヶ丘学園・風美祭の話題だった。
 準備に時間をかけたい今期の生徒会は、すでに各クラスの希望展示物の仕分けを行い、悲喜交々な批判を浴びながらもあっさりと一蹴してみせた。
 なので希望が通ったクラスは万々歳なのだが、希望が通らなかったクラスは慌てて第二希望の企画案の作成に勤しんでいる。
 剣心達のクラスは何とか希望していた演劇を上演する機会に恵まれ、目下監督となったクラスメイトが配役を今日の放課後までに選出する予定だ。
 それまでは剣心達はのんびりと過ごす予定である。
 三人は本日は学食で食事とするために、学園自慢の学食へと移動した。
 進むに連れて人が増えていく廊下を掻き分けるように進み、何とか食堂内に入室したところで突然巨大な……と比喩できるくらいに大きな声が聞こえた。
「な、何だ?」
「聞き覚えのある声だけど……」
 思わず学食にいた全員が声の主を探して視線を走らせている中で、剣心と夕凪の後ろにいた巴がすっと静かに指をさした。
 そこにいたのは――。
「レンさんと晶さん?」
 だけではないのだが、声の発生源は二人のようだ。
 何処か呆然としている二人の前で、双子なのだろう瓜二つの男子生徒が両手を顔の前で合わせて何かを頼み込んでいる。だがそれも晶と蓮飛に二言三言話し掛けてから学食を後にした。
 残されたのは何処かぼんやりとした二人だけで、剣心達はとりあえず近づいて見る事にした。
「こんにちは」
「え? あ。緋村君に夕凪ちゃん。それと……」
「彼女は雪代巴さん。東京で一緒に事件を追ってた」
「ああ、夏休みのか。よろしく。オレは城嶋晶」
「ウチは鳳蓮飛や」
 ぎこちないなりに笑顔での挨拶に巴も小さく頷いて挨拶を返した。
 蓮飛は席を空けてくれたので、スペースに三人は腰を下ろした。
「俺、買ってくるけど何がいい?」
「月見うどん」
「……BLTサンドで……」
 了解と言うが早いか券売機に向かう剣心を見送り、大声をあげた上級生二人をちらりと見た。
「で、どうしたんですか?」
「ん。あ〜……」
 言い難いのか何なのか、珍しく後頭部を掻きながら言葉を濁す晶に蓮飛も疲れ気味の溜息を一つついた。
「もしかしてデートのお誘い?」
「んな訳ないって。……いや、まだそっちのが断りやすいか?」
「そうかもしれんね」
 これもまた歯切れが悪い。
 夕凪と巴は顔を見合わせてから再び先輩二人を見ると、本当に困り果てた表情を浮かべた。
 そして少しだけ戸惑ってから口を開いた。
「実は……学園祭のライブ会場発表のツインボーカルを頼まれちまって」
「それもこのオサルと一緒やで? 奇声の一つも上げたくなるわ」
「それはこっちの台詞だ。テンポ崩れて歌えなくなる」
「ほほう?」
「ははん?」
 互いに同時に口をついた悪態に、これまた同時に視線が細くなる。犬も食わなくなるドツキ漫才勃発か? と思われた時、見事なタイミングで剣心がトレイを持って戻ってきた。
「二人とも歌うんだ?」
 話が聞こえていたのだろう、開口一番に飛び出した質問に喧嘩になりかけた空気が霧散する。
「剣心ナイス」
「……いい仕事してます」
「は?」
「いやこっちの話」
 訳のわからない剣心は頭に疑問符を浮かべながら、希望商品を夕凪と巴の前に置くと、何となく頬を染めた二人が背中を向けてそっぽ向いた。
「で、歌うんの?」
 凄腕の剣客がハンバーグカレーをハムスターのように頬を膨らませながら食する光景に、少し笑いそうな口元を抓って、再び晶は思案顔になった。
「いや、だってオレなんだよ? 上手い訳ないじゃん」
「ウチだってそうや。フィアッセさんや桃子さんと一緒にされても困るわ」
「……なら、あのお二人の男性は、どこで晶さんや蓮飛さんの歌をお聞きになったんでしょう」
 おお! 巴が長い疑問を口にした!
 と、横で驚きを隠していない剣心と夕凪に小首を傾げることもなく晶達を見つめている巴に、蓮飛が頷いた。
「いやぁ。すっごくくだらないんやけど、音楽の選択授業で聞いたんやて」
「オレの場合は道場の帰り道で鼻歌歌ってるのを聞いてたとか言ってたな」
 どちらにしても聞かれていたのは間違いないようだ。
「それで受けるんですか?」
「嫌だね。亀と一緒なんて」
「こっちこそお断りや。おサルと一緒だと、オンチがうつってまう」
「何だと! この鈍亀!」
「うっさい! 小猿! 吼えるな!」
 どうやら夕凪の一言は喧嘩を再発させてしまった。
 胸倉を捕まえて額をぶつけ合う姿に、学食の誰もが見慣れているのか注意一つ戻ってこないのを一年生トリオは溜息と一緒に肩を落とした。
「とりあえず飯食うか」
「だね。うどん伸びるし」
「…………」
 三者三様のまま、食事へと掛かろうとした時、剣心の肩を誰かが叩いた。
 振り返ると、そこにはクラスメイトで今回の舞台監督に就任した最上宗一が口元にいやらしい笑みを称えて立っていた。
「な、なんだ? どうした?」
 思わず背筋に走った悪寒に宗一から一歩腰を引いた剣心だったが、それはもう猛獣の動きで肩を力強く掴み捕獲された。
「剣……」
「だ、だからなんだよ?」
「それと相楽」
「え? あたしも?」
 完全に蚊帳の外のつもりだったところに名前を呼ばれて麺を数本咥えたままで宗一を見た。
「劇、二人で殺陣してくれ」
「…………」
「…………」
「……ほぅ」
 一瞬、頭から意識と理性が手を取り合って遥か彼方遠足しかけるが、巴の満足げな吐息で遠くにいた二つを強引に引き戻した。
「何ぃぃぃぃぃぃ!」
 先程の晶と蓮飛を凌ぐとも劣らない絶叫が再び学食に響いた。




日常だね〜。
美姫 「うんうん。しかも、学園祭」
学生たちはそれぞれに活躍の場が。
美姫 「それを望んでいるかどうかは別だけどね〜」
暫くはこんなドタバタな日常が続くのかな〜。
美姫 「次回が待ち遠しいわね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね」



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