『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




C[ コンサートを守れ! 〜一志と玄武


 二人の闘いはすぐさま始まった。
 細かい私語はなく、名乗りを行っただけで無言のまま闘いが進んでいく。
 いや、正確には実際には始まっていない。進んでいるのは闘いにおいて必要となる先読みの技術。その中で二人はすでに何十、何百とぶつかり合っていた。
 だが勝敗は一志の全敗。
 名乗りの後に受けた数回の打ち合いの中で、発生した情報を集めた結果である。

 玄武が長距離武器を生かして遠い間合いから突きを連発する。
 そこへ一志が刃止めを使う。
 手の甲や指で行う白羽取りは、そのまま流すだけで攻撃へと転ずる。
 即ち、神谷活心流奥義之攻め・刃渡り。
 しかし玄武もまたただでやられはしない。刃渡りに移るやいなや、石突を持って懐を防御すると、巨大な棍を節々で分解して一志の武器を雁字搦めにしていく。鎖と重さという点が加わるだけで、動きが通常の半分まで速度を落とし――。

「く……」
 三百以降数えていない想像の中で、数え切れない負けの姿を描いてしまい、一志は苦痛と屈辱を含んだ歯軋りをした。
 初檄の後、すぐさま刃渡りに移行した一志だったが、玄武蛇棍によって勢いを封殺された彼は腹部に打撃を喰らった。
 おかげで少しばかり熱を持ってしまっているが、それ以上の枷はなかったためすぐに相対するに成功した。
 が、実際はしただけであってどこから攻撃を仕掛けようとも、先読みの段階で完膚なきまでの負けが描かれるようになってしまい、結果全く動けないでいた。
 そしてそれは玄武も同じであった。
 武術家として鍛え上げられた先読みの力が、己の完全勝利の法則を導き出す。だが、それは全て待ちの戦法であった。先の攻防で理解したのは、一志の技は受けから攻めへと転ずる二つの技の融合を、剣術の基本に合わせたものである。その流れから導き出された結論だが、それ以外の技を持って攻めに転じた場合、すでに自分の武器が棍と八節棍の分解型混合武器である事実を知られている分、出方を読まれるという意味で分が悪い。つまり玄武も動けないでいた。
 ピンと張り詰めた空気が二人の合間に広がる。
 一度、攻めてみるか。
 一志もまた分解と合体を交互に行える玄武蛇棍に、難しさを感じていた。だが相手が動かないのであれば、こちらから動くしかない。
 摺り足でゆっくりと玄武を中心に円の動きを行っていく。
 それを隙なく眺めながら、こちらもなるべく正面を一志に向けるように動く。
 そんなやり取りが数周続き、ついに一志が円から直線へと変化した。
(狙うは足――!)
 棍のような長距離射程武器は、腕力をよく見られがちだが実際はそれを支える足腰が固定されていなければ扱う事ができない。
 棍の高さより、低く地面を這うように駆け出した一志は、弱点となる一点――足の軸になる関節、膝を目掛けて木刀の刃部分を手に持った。
 神谷活心流は活人剣を目指す流派である。その真髄は如何に相手を傷つけず、如何に相手を殺さずに戦闘不能にするのか。という部分に集約される。奥義となる刃止めや刃渡りもまたそういう活人の視点から見られた場合、上位に当たる技だ。もちろん他にも活人の技は多数存在し、一志が打ち出した技もその一つである。
 相手の膝に木刀や竹刀に関わらず強度のある得物をぶつける事で骨を折り、動きを封じる技である。
 懐に飛び込むのを防ごうと、玄武蛇棍で連突が牙を剥く。棍の先端が幾つにも重なって見える速度と破壊力を持つ技を頬に掠り傷を作りながら前進していく。
 一歩。
 棍が瞼の上を切る。
 二歩。
 木刀を持つ腕に一撃が決まる。だが体を捻るだけで衝撃を最小限に留める。
 三歩。
 連突から横薙ぎの攻撃へ変換される。何とか木刀の峰で受ける。
 そして最後の四歩。

 神谷活心流! 膝拉ぎ!

 横一文字に構えた木刀を、膝の高さに落として内側から外側へ捻るように繰り出す。
「あまい!」
 だがそこに半分だけ分解された棍が落ちるように間に入った。
 再び棍の衝撃に眉を僅かにひそめながらも、一志は続けざまに次の打撃に移る。
 棍に合わせて剣閃を上昇させると、攻撃の支点となる肘に切っ先を向ける。

 神谷活心流! 肘砕き!

 命中の瞬間に捻りを加える事で破壊力を増し、更に肘の骨を砕く技である。
 しかし今度は残された節棍部分が動き、木刀を絡め取る。
 上から抑えられる形になった一志に、玄武の邪悪な笑みが眼前いっぱいに広がった。瞬間、視界が三重にぶれる。腹部から響いた衝撃と威力にひょろりと細い体が宙に浮いた。 彼の胴程もある太い足が、半ばまでめり込み、更に飛ばされながら生まれるように爪先まで見えていくのを視界に捕らえながら激しく無骨なアスファルトの地面に体が叩きつけられた。
「ごほごほ……」
 胃から逆流する液体を咳払いで何とか止め、腹部を押さえながら何とか顔だけを玄武に向けた。
「くっくっく。理解した! この程度か! 弱者め!」
 奪い取った木刀を一志の前に放り投げ、煙草で黄色くなった歯を剥き出して玄武は高笑いを上げた。
 何故、コイツは俺に木刀を返しやがった?
 目の前に落ちた木刀を拾い上げ、ふと浮かんだ疑問を敵は噛み殺した嘲笑混じりに回答を提示した。
「だが……。くく。可哀想にな。相手がこの玄武でなければ楽だったものを……」
「何?」
「四神の中でもこの玄武……。一番残虐なのよ」
 つまり、必死にもがく獲物を狩る事に喜びを――。
「け。サディストが」
「弱犬程よく吼える」
 節棍を棍に戻し、玄武は今度は笑みを消さずに、己の勝利の方程式を描ききった。
「弱犬ね……。確かに俺は弱いさ。だけどな」
 そしてこちらも正眼に木刀を構える
「弱くとも負け犬じゃなければ一矢報いるって事を理解しな!」
 互いの武器の先端が同時に消える。
 軸足に溜めた力を解放し、一足飛びに間合いが狭まる。
 二人の中間でぶつかり、鍔迫り合いになる。
 しかしその瞬間、一志の手に伝わった感触にはっと目が大きく開かれた。
「おお、強いな。これは負けてしまうかもしれない」
「テメェ……手を抜いて……」
「くくくく!」
 急に力が込められ始める棍に押し負け始める一志に、臭い息が間近にかかる。それを侮蔑の眼差しで睨み返すと、玄武とは逆に力を抜いた。
 唐突に消えた手ごたえに若干体が前のめりになる。そこへ抜いた力と重力に任せて回転した木刀が側頭部へと襲い掛かる。だがそれも単純に持ち位置を変えただけの玄武蛇棍に阻まれる。
 一撃を三度防がれ、体制を整えるべく一旦離れるが玄武蛇棍はそのまま追いすがる。先端と石突を交互に使い、左右からの連打があえて一志の腕を浅く傷つけていく。それでも必死に防ぐが、攻めに転ずる隙がなくてなすがままの状態だ。
 それでも彼の目は死んでいなかった。
 人間、あまりに思いのほか進まない場合に、心の影響が目に浮かんでくる。
 特にこのようなイコール死に繋がりやすい状況では、安易な選択を選びがちだ。それに打ち勝てる精神力。武術にとってもしかしたら一番重要なものかもしれない。
 少なくとも一志は持ち合わせていた。
 昨日の燕の兄に対する思い。
 少し話したが、確かに怖い人間だった。しかし、だからこそ信頼できる人間でもあった。 そしてさっきまで隣でコンサートを聞いていた彼女の横顔。
 あの嬉しそうで楽しそうな顔をこのままでは奪われてしまうのだ。
(こんなツルッパゲに!)
 棍で叩き、時折節棍で打たれる。
 そんな状態が只管数分続いた。それだけの時間を見る事に徹すれば、相手の癖も見えてくる。
 一志は燕を心に浮かべながら、小さな違和感に気付いた。
 間違いであれば、即座に負けを意味する。それでも賭けてもいい位の癖だ。
 迷いは一瞬だった。
 棍を節棍にするのは約二十回、自分を叩いてから。
 そこで玄武は棍を解除して節棍にする。それで鞭上の傷を約十つけてから再度棍へと復元する。直後、棍は横の動きから前後の動きへと変わる。
 これは癖だ。
 自分から残虐だと言い切る性格で、細かく相手を打ち崩すだけではなく大打撃で苦しむ姿も見たいのだ。
 狙うは前後の動きになった時。
 使う技は刃止め。
 集中は一点。
 傷の数を一つ一つ数えながら、辛抱強くその時が来るのを待つ。
「ぐははははは! これでおしまいだ!」
 棍が引いた。
 決意を固めてから僅か一分。
 棍から節棍へと形態が解除される。節棍が腕だけではなく背中や足までも切り裂く。傷の数が若干多い十三を数えたところで、節棍は再び玄武の手の中に戻っていく。
(――ここ……)
「終わりだ! 弱者よ!」
 腰溜めにされた一撃が薄い一志の胸へと一直線に伸びる。
 だが彼はコレを待っていた。
 トドメとなる一撃を打つために重心を前に置くこの瞬間を。
「神谷活心流――」

 刃止め!

「な!」
 鋭く重い棍の一撃は一志に届かなかった。
「ハァハァ! やっと掴まえた。どサドだって自白してたからな。必ず最後は一番苦痛を残すやり方を狙って腹か胸にくると思ったよ」
 木刀で一番硬い柄尻。それを一志は一寸の狂いもなく玄武蛇棍の円の中心に当てて止めたのだ。
「こ、こんな、バカな!」
「神谷活心流はおまえのいうように活人剣だ。でもな、そういう限定があるからこそ一般的な剣術より応用が利くんだ。一度しか言わないから良く聞きな」
 柄尻と先端が力の応酬でびしびしと罅割れるような音を響かせる。
「玄武蛇棍が……」
 それでも音を上げたのは玄武蛇棍だった。左右からかかる力の作用に、ジョイント部分が割れ始める。
「刃止めの真髄は相手の攻撃を止める事。つまり型がない」
「ば、バカな! この玄武が! 四神が!」
 手の中でもろく崩れ行く棍を見て、玄武が絶叫した。
「おまえの負けだ。ツルッパゲ」

 神谷活心流! 奥義! 刃渡り!

 パキィィィン!
 完全に砕け散った玄武蛇棍の破片を撒き散らしながら、一志の体が棍に沿って流れる。絶対の自信を持っていた玄武が意識を戻した時、目の前には伸びてくる一本の木刀があった。
 巨体が完全に白目を剥いて倒れた。
 最後に鳩尾を数回突き倒して、無言で一志もその場に尻餅をつくように腰を落とした。 





玄武を撃破!
美姫 「まず、最初の対決は何とか勝ったわね」
だが、他の場所はまだ始まったばかり。
美姫 「これから、どんな戦いが繰り広げられるのか」
続きが非常に気になりまする。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね〜」
ではでは。



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