『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XCX 復活のゴーストスイーパー

「久遠!」
 おキヌと重なり合いながらも、体を起こした那美の目の飛び込んだのは角から放出された禍々しい赤い光に囚われ、身を捩る久遠の姿だった。
 光の球体に閉じ込められた久遠は、球体の中で弾けている雷のような光が命中するたびに悲鳴を上げた。光は悲鳴に同調するかのごとく太くなり、代わりに久遠から妖気が確実に減少し始める。
 そして那美の下から顔を上げたおキヌの目に映ったのは、急激な速度で巨大化していくチューブラーベルの姿だった。
 元々前衛型ではない巫女服二人は、容赦のない零の一撃に抜けない痛みに、眉をよせてぎこちなく体を起こしていく。
 だが、久遠の体から吸収されていく妖気の量が極端に減少した。
「久遠!」
 那美の絶叫に等しい悲鳴が最愛の親友の名前を口にした。
 その瞬間、久遠は光から開放され、小さな体を石畳の上に落とした。
 再び名前を呼びながら、駆け寄ると彼女の体は異常ともいえる体温に低下し、全身のチャクラがズタズタに引き裂かれた状態だった。
「あ……あ……」
 那美の脳裏に、あの三年前の出来事が甦った。
 元々が狐の大妖だった久遠。
 那美と北斗の両親を殺害し、ようやく封印された久遠。
 長い月日が流れるたびに、無邪気で心の氷塊を溶かしてくれた久遠。
 そしてあの日、薫が久遠を退魔するべきやってきた時に改めて守ってみせると心に誓った、そんな久遠。
 瞼を閉じ、ぐったりと細々と息をするだけの久遠をただ胸に抱き、無意識に流れ出した涙が手に当たるたびに、呼吸が途切れる。
 弱弱しい妖気は、一応の停滞は見せているものの普段の快活な様子をまるで感じさせない強さだ。
 腰が砕けた状態で放心している那美の背後から、ようやくおキヌが両足に力を入れなおして立ち上がった。
 気持ちは同じだった。
 この場にいて、零を止めると決めたのに、一番力がなくそして肝心な時に再び役に立たなかった。
 那美さん、久遠さん、ごめんなさい……。
 心の中で何度も何度も謝罪する。
 それでも足りない言葉と気持ちは、幾粒もの涙となって顔の筋を伝った。
 次こそはと身の危険を顧みない事を心に誓い直したおキヌは、未だコピーの零に手こずっている仲間達を見回して、自分しか動けない事実にネクロマンサーの笛に口付けした。
 だがその時、決意の眼差しを向けた先の雰囲気に、彼女は再び口を離した。
「ぐ……が……」
 すでに人間の限界量であろう出血を更に加速させ、何故か角を抑えて苦しんでいる零の姿がそこにあったからだった。
「何故? いえ、そう許容量を超えたの?」
 考えられる原因はそれだけだった。
 世界に存在する尾獣と呼ばれる妖怪の中でも尤も強い力を持つ存在の中で、一番尾の数が多く長命である白面九尾と呼ばれるタマモの妖力。そしてザカラの力を吸収し、現存する妖怪の中で最大とも言える力を持ってしまった久遠。
 二人の力を吸収するのは、実質巨大な爆弾を一人で抱えてしまうに等しい。
 結果、力を奪い取ったチューブラーベルが零という素体から拒否反応を示された。
「そう考えるのが一番しっくりくる――。それなら!」
 三度笛に口をつけ大きく息を吸い込むと、おキヌは力の限り笛を吹いた。
 唯一、曲として使えるおキヌが知っているたった一つの子守唄。

 ――この子の可愛さ限りない――

「ぐぅ!」
 ネクロマンサーの笛から奏でられる音色に、零のもがきが大きく表面に現れる。

 ――星の数よりまだ可愛――

 次のメロデイの進むと、血ではない純粋で純潔な無色の液体が、瞼から零れた。
 小さい頃から忙しい両親の代わりに育ててくれた、本当に姉であり時折母でもあった存在からの一息一息が、チューブラーベルと体を繋いでいる霊糸に優しく、そして厳しく呼びかけてくる。

(お願い! 元に戻って!)

 その昔、久遠が妖怪変化となった時代。
 おキヌはとある地方に住むただの孤児だった。
 戦乱もなく特に疫病が流行る事もなく本当に平穏な毎日を過ごしていた。
 しかし、そこへ死津喪比女という地霊が住み着き、様々な災厄を見舞った。そんな危機を救うために人身御供となったのが彼女だった。
 それから三百年間。
 零の両親に出会うまで一人だったおキヌは、復活した死津喪比女の退治する過程で、様々な必然からついに人間として復活を果たす。
 生の喜びを噛み締め、養父母や義姉、優しい人々に囲まれてゴーストスイーパーの資格を取得するが、この時に行った人間ドックで、彼女は子供の産めない体となっていた事実を突きつけられた。
 現在に生きる人々であれば、子供を作らない人も多くいる。
 だがおキヌが生きた前の時代は、それは人としての失敗を意味する時代だ。
 落ち込む彼女に再び光を当てたのは、当時生まれたばかりの零だった。
 小さな手でおキヌの指を握り、ミルクの匂いをさせながら穏かな笑顔を見せられて決心した。

(私が……ちゃんと笑顔でいられるようにしてあげたいって! それが今なんだから……)

――ねんねころりやおころりや、ねんねころりやおこりや――

「零――!」
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 曲に反発するように角から放電し、石畳の上に膝をついた零が、那美の目の前で絶叫した。
 高く獣が断末魔を上げるかのごとく反転した声色は、放電の激しさに反比例して細く擦れ、最後には人間が耳にできる音域を超えてしまった。
 放電は最初黄色く光っていたのだが次第に色がくすみ、そして――。

 肌が強引に引き裂かれる音と共に、角がぐにゃりと垂れ下がりながら浮かび上がった。十字に裂け広がった傷から、根っこを抜くようにずるりと角が抜かれていた。

 キェェェェェェェェェェェ!

 角――チューブラーベルが吼えた。
「これが……本体……」
 本来、チューブラーベルは蝙蝠の翼を生やした悪魔の姿をしている。
 だが今おキヌの前に現した姿は、もはやどの妖怪、悪魔にも似ていない異形の姿だった。鋭利で棘の映えた紫色の足が六本で巨体を支え、悪臭漂う無色の体液を体の至るところにある膿んだ出来物から噴出し、全長五メートルはある頭頂に向けて零の額にあった角が筍のように細く突き出していた。
 一言で言ってしまえば巨大な円柱に足を付けたような格好なのだが、一つしかない眼球が見た目の気持ち悪さを倍増させている。
「それでも……私は負けられない!」
 ネクロマンサーの笛を強く握り締め、足を踏みしめる。
 きっと気合を入れ直したおキヌに、チューブラーベルが気付いた。
「!」
 おして笛に唇を押し当てた瞬間、紫色の足が横殴りに彼女の脇腹を直撃した。
 元々戦闘系ではなく、簡単な体術を横島や知り合いのゴーストスイーパーに教わった彼女は体の内側から聞こえたごきりという音を、はっきりと聞きながら氷室キヌは神社横の木に叩きつけられ、そのまま意識を失った。
「くっ!」
「相楽さん?」
「行っても無駄よ。アンタの技は無手。それに……」
 すっと指が差された先を見て、夕凪は美姫が言いたい事を理解した。
「あの体液はどうやら消化系みたいね。つっこんだらドロドロよ。あ、それはそれで面白そうだけど」
「……幼馴染が溶けるのが面白い?」
「いやいや冗談。怒っちゃイ・ヤ」
「真顔で言わないでください!」
 飛び出した先をチューブラーベルから美姫に変更して、泣きながら訴える夕凪を鬱陶しそうに抑えながら、口元に意味ありげな笑みを浮かべた。
「それに、例えゴーストスイーパーだろうと、あのメンツ相手に……」

 飛天御剣流・龍翔閃!
 御神流・奥義之陸・薙旋!
 御神流・奥義之参・射抜!
 神咲一灯流・真威・楓陣刃!
 霊波刀・牙狼剣!
 念力発火・炎蛇蕪!

 六つの技が、群青色に変わった空に奔った。
 文殊によって作り出された複写の零は、ようやく己のペースを掴み、放たれた六つの技の前に呆気なく霧散した。
「緋村……みんな……」
「緋村さん……」
「あのメンツ相手に勝てる訳ないじゃない」
 それぞれの場所で、多少のかすり傷を負いながらも、六人はきっと零から離れたチューブラーベルを引き締めた眼差しで見つめた。
 そしてもう一人。
「文殊よ。かの者を助けるための力となれ」
 淡い心地よい緑色の輝きが、久遠の上に落ちた。
 光はゆっくりと久遠の体内へと消え、それまで冷たくなっていた久遠の体が僅かながら温かみを帯びだした。
「久遠……?」
「くぅん……」
「もう大丈夫だ。文殊の力で妖気を回復させた。チャクラが壊れてても、これで死ぬ事はない」
 先程までとはまるで違う耳を通り抜けていく力がなくとも凛とした声に、目の焦点をなくしてしまっていた那美は、表情を取り戻した。そしてすぐさま声の主を探すために顔を上げた。
「俺の失敗でここまで迷惑かけたんだ。きっぱりと自分でケリはつけてやる」
 そこには誰にも操られていない両親譲りの意思の強さを持った少年――横島零が自らの両足で立ち上がっていた。




遂に自分を取り戻した零。
美姫 「彼はどんな戦いを見せてくれるのか」
次回が非常に楽しみ〜。
美姫 「それじゃあ、次回でね〜」
ではでは。



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