『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚 67』




LXZ・作戦開始

 なのはとほのかがテレビで海鳴の事件に驚愕する僅か一時間前。比叡山ではついに新生龍壊滅部隊が動き出していた。南に位置する、衛星写真でも映らない程に細工された山肌に偽造された出入り口前で、火影と空也は蔡雅集全員を引き連れて静かに時刻が来るのを待ち、リスティと弓華は香港警防部隊を後ろに、荷物搬入口になっている裏口に居た。そこは崩れ去った鳥居が乱雑に並び、過去にあった悲惨な物語を現代に伝えている。
 しんと静まり返る一同の中で、突然リスティの胸ポケットが小さく震えた。すぐに入れていた携帯を取り出すと、着信画面に表示されている名前を見て小さく頷いた。
「ああ、ボクだ。うん。ついた? そうか。様子は……今のところはね……。大丈夫だよ。わかってるって。本当に高校の時から変わらないな。うん? そうだね。終ったら耕介の料理を肴に二人で飲むのもいいね。それじゃ」
 あっさりとした会話を終えると、操作音を消した携帯を切る。ふと隣に視線を向けると彼女の様子を伺っている弓華の横顔が目に入った。
「心配ないよ。別にどこかに告げ口したとかじゃない」
「わかってマス。そうじゃなくて、やけに親しげだなって思っただけデス」
 多聞本人は気付いていないのだろうが、電話をしている間のリスティは本当に嬉しそうに表情を緩めていた。まるで長い間会えずに会話すら交わせなかった恋人とようやく言葉をまじえる事に成功したようだ。
「何?」
 何時しか視線に混ざった照れている子供を見詰める母親のような感情に、眉根を寄せるリスティに、慌てて両手を振って何でもない事を主張する。
「さてそろそろ十二時か。エリスから連絡は?」
 弓華の態度を多少不振に感じながらも、去年の誕生日に耕介と愛から貰ったシルバーの腕輪にも見える時計に視線を落とすと、針は十一時五十五分を差している。
「まだナニも。でもそろそろですヨ」
 全てが始まりの時を迎えようとしているこの一瞬が、まさか今後の全てを左右するなど考えも及ばず、ただ月は静かにそこで佇んでいた。

 同じ頃、比叡山の中の一番奥にあるカイゼル=ハイマンの自室では、お気に入りのロッキングチェアに深深と腰をかけながら、いつもの狂気しかない笑みはない。あるのはただ静かな落ちついた品のいい紳士の微笑だけだ。きぃとロッキングチェアが小さくなった。
 彼の目的は海鳴に住む御神への復讐と、綺麗事ばかり口にしては荒稼ぎしていくクリステラへの報復。
 全ては己の身から出た錆でしかないのだが、そんな今までの行いを省みる人間であれば、このような集団を組織しようとはしないだろう。今も考えているのは、カイゼルの手足となる五色不動を統率するクリスへ出した、手足の一本二本切り落としてでも良いから生きたまま連れて来いという命令が達成された後を思い浮かべている。
 報告で聞いているのは、兄の高町恭也、妹の高町美由希と高町なのは。後は香港警防の御神美沙斗。
一人でもいいから目の前で拷問を加えながら愛玩道具にしていきたい。ベストなのは女だ。一番なのは美沙斗なのだが、あの女は強過ぎる。本気を出した五色不動と肉薄……いや、上回っているかもしれない。だったら娘の美由希は? 調査だと美由希は恭也の妹ではなく、本来は従姉妹らしい。ああ。それだったら美由希をあの女の目の前で壊れていく様を見せつけるという方法もある。恭也にはなのはだ。血の繋がりが近い妹を目の前で陵辱していくところを、焼いた鉄の棒で瞼を殺ぎ落として見せつけてやろうか。もちろん、両手足を斬り……ああ、そうだ。ポカリスェットに含まれている成分をゼリー状にして、チューブで送り込んで生き長らえさせるのもいいな。わざと腱だけを殺ぐのも捨て難い。
何と言う恍惚感だろうか。
と、忘れていた。
確かクリステラとは家族ぐるみの付き合いをしていたな。だったら四人を亀にして今のクリステラであるフィアッセに送りつけてやるのもいい。いいぞ。本当に見事なBGMで囀ってくれる。何せあの世紀の歌姫の娘で、光の歌姫なのだから。
随分と深く思案に耽っていたらしい。
時計を見ると、十一時五十七分を差していた。

すでに頭上に月が昇っていた。
三日月は細くなった御身から黄金色を聖邪関係なく大地に降り注いでいる。それは深夜の海鳴でも同じで、全ての人に柔らかな光を与えている。しかし、善良なる人々だけではなく、バス路線から外れて以来、一足が遠くなったここ月守台の展望台にいる四人の男女にも降り注いでいた。
「時刻はまもなく夜の十二時。ふふ。カーニバルの始まりね」
 闇の中でも一向に色褪せない真っ赤なドレスを着たノルシー=ヴァロアは、胸の間から取り出した銀色の懐中時計を覗きこんで、ぺろりと肉厚の唇を舐めた。先程と違い、肌の色が判別できないくらいにパウダーを塗して、瞼の上には真っ青なアイラインを乗せている。遠目に見ると顔だけが空に浮いているようにも見える彼女をちらりと横目で見ると、柵に腰を降ろし、足を崖側に向けて、猫背気味に両手を膝に乗せていたルシード=クルプスは、同調するように下品な笑い声を上げた。
「キィッヒッヒィ! 俺は何処にいきゃいいんだ? あ? 頼むぜ? ターゲットは三箇所なんだろ? もちろん、俺は女子寮なんだろ? クリスよぉ〜」
 余程楽しみなのだろう。犬歯の間から垂れ流れている唾液を拭いもせず、血走った眼を一人の少年に向けた。螺子くれた木製の杖をついている、絶対にこのメンバーの中には合い入れぬ小学生程度のサラサラとした眉にかかる程度の長さの黒髪の下につけられた笑顔の仮面を月明かりに曝した。
「そうしようかと思ったんだがな。あそこにはわしが直々に出向く。お主は雑魚をかき集めて、有象無象を始末してくれんか?」
 クリス=チャンドラは、しばらく顎鬚を扱く仕草をしてからルシードが顎骨を外す勢いで口を開いた。
「ああ! 何ほざいてんだ! 俺は女を切り刻みてぇんだぞ! 勝手にやらせてもらうぞ!」
「待て待て。実はの、大事な役目なんじゃ」
「大事な役目?」
「ほほ。少なくともターゲットCに行くより遥かに多くの人間の腸を食らう事ができるぞ?」
「ほ〜。それならいいや。素直に従ってやらぁ」
 別にルシードは女に拘っていた訳ではない。様はどれだけアツアツの内臓を弄べるかしか、興味はない。あっさりとあれほど怒りを表面にはりつけていた彼は、子供も柔らかくてちょうどいいんだ。と呟きながら、まだ眠らない海鳴の町並みに視線を落とした。
「そう言えば。アルフレッドはどうしたのかしら?」
 五色不動という名の通り統括であるクリスを置いて、同列に五色を冠する戦闘狂が揃っている。クラインは行方知れずなので全員揃って五人のはずなのだが、今ここには四人しかいない。
「彼なら珍しくアジトに残ると言い出しての。そのまま京都に残してきたわ」
「ヒヒヒ! やる気がねぇんだ!」
「そうじゃなくて……なんと言うか嫌な予感がするとか言っておった」
「それは……多分あたりそうだわ」
 五色不動は、元々各特色を持つ部隊を指揮するリーダーとして機能させるために作られた。尤も、あまりに戦闘力に偏ってしまったために、今のような状態になってしまったが。
 中でもアルフレッドは時々野生の感ともいうのか、悪い予感だけほぼ百パーセントの確立で的中させる妙な力がある。
だからこそ、ノルシーはもちろん、ルシードまでもが口を噤んだ。
「ま、こちらが成功させさせれば問題ないじゃろ。さてそろそろ時間じゃ。さっき確認した持ち場へつけ」
 それは海鳴を震撼させる、一夜の始まりを告げる号令だった。

 海鳴の駅前にある時計の針は、十二時五十九分を過ぎていた。
 最終電車の発射を伝える最後の電子ベルの音が遠くに聞こえる駅の出入り口に、四人の男女が昼間と違い閑散としているバスターミナルを見渡していた。
 一人は高校時代、お世話になった寮の管理人から貰った薄い黄色のリボンで胸まであるロングヘアをポニーテールにした凛として鋭さの中に輝きを秘めた女性だった。彼女の家に古くから伝わる巫女服のようなデザインの式服に身を包んでいる。
 そんな女性の隣に立つのはこれまた触れるとすぐに切れ、切断面すら芸術的ではないかと思わせる雰囲気を醸し出す女性だった。少し吊りあがった瞳にかったるそうにしばたかせながら、腰にニ刀差しにした真っ赤に塗られた小太刀の鞘を弄んでいる。こちらも、先の女性と同じく巫女服に似たデザインの胴衣を来ている。
 残された二人は、互いに同じような身長のカップルだった。男性はボーイッシュな女性と言っても通る程の美青年で、女性は童顔だが項に触れるかどうかの長さのシュートヘアを赤色のカチューシャで留めている。二人とも無地の白いトレーナーに、男性はジーンズ。女性はキュロットスカートで身を包んでいた。
「まさか、アンタが頼まれただけで海鳴くんだりまで来るとは思わんかったよ」
 数秒だけ見慣れた景色を楽しんだポニーテールの女性は、隣の小太刀を持った人物に、優しげな微笑を向けた。小太刀の女性は心外だと言わんばかりに顔を顰めると、ねめ上げるようにして見返す。
「私だって大事な幼馴染が住んでいるのよ? 気にならない訳ないじゃない」
「へぇ。アンタがそんな可愛らしい事を言うとは思わんかった」
「そっちこそ、リスティの言ってた助っ人てのがお堅いアンタだって知ってたら、受けなかったわよ」
 普通ならむっとしても仕方のない物言いなのだが、ポニーテールの女性は苦笑するだけで何も言わず、今度は後ろに控えているカップルに視線を移す。
 高校時代から仲がよく、本当に理想と言ってもおかしくないような二人が、こんなに近くに居るのに遠くにいるような、微妙な溝を作り出すなど考えもしなかった。だが何時までも北海道に置いておく訳にも行かないので、リスティ経由で海鳴に戻してもらった。住み慣れた景色を見れば少しは変わるかもしれないという淡い期待は、二人の様子を目の当たりにした瞬間に砕け散っている。
 互いに相手を意識しながらも、掛け合う言葉すら浮かばないもどかしさを表面に浮かび上がらせている彼等に、女性は大きく溜息をついた。
「とりあえず、ウチらはあくまで保健。何事なく過ぎ去ればそれでええ」
「ま、そっちのがダルくなくていいわ」
 しかし、小太刀の女性が、きっぱりと心情を述べた瞬間、海鳴から外へと繋がる全ての交通網の上で、大規模な爆発が大地を揺るがした。

 これが全ての始まりとなり、そして尤も傷痕を残す長い夜の幕開けとなった。



遂に始まった海鳴を襲うテロ。
美姫 「しかも、場所は複数」
一体、どうなるんだろう……。
美姫 「そして、最後に出てきた四人は一体?」
お前、それ分かってて言ってるだろう?
美姫 「さあ?兎も角、次回をお楽しみに〜」
うんうん。確かに、次回が待ち遠しいよ〜。



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