『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




L[・比叡山

「御忙しいところ呼び立てして申し訳ない」
 完全に夜の帳の落ちた深い森の中に建てられた、極力光を外に出さないように設計されたアメリカ軍で使用されている軍事テントの入り口を開けて中に入って来たリスティ=槙原と菟弓華は、内部の中心に置かれていた頑丈さが売りの大きなテーブルを囲んでいた美沙斗と恭也に出迎えられた。中には他にも数人の刀や苦無を持った人物も居たが、リスティはじろりと全員を見回してから、すぐに恭也の隣に移動した。同じように弓華も美沙斗の横へ移動すると、すぐにテーブルに広げられた地図に目を落とした。
「顔見知りだし、時間がないから手短にまとめよう。まず今回の件が発覚したのはつい先日の事だ」
 全員の視線が地図に移ったのを見計らって、美沙斗は重くなった口を開いた。
「最初は同時期に私とリスティ、それにICPOに届けられた三通の警告文だ」
 言いながら三つの封筒を見せる。
「一つはボクの手元に届けられた。これは恭也も知ってるだろ? あの御神が狙われているってやつさ」
「ええ。その結果、あの鵜堂刃衛という奴と戦いました」
 四月初旬。
 海鳴で一件の通り魔事件が起きた。犯人と思われる相手・鵜堂刃衛は、恭也と海鳴に引っ越してきた高校生が奮闘し、撃退に成功している。
「次にロンドンで起きたCSS襲撃事件。これはICPOに届いた手紙に警告があった。届いたのは四月下旬。事件が起きたのは五月のゴールデンウィーク過ぎだ」
「担当したのは斎藤さん、という方でス」
 これは恭也も簡単に概要しか知らなかったが、ICPOからもたらされた報告書によって詳細がわかる。研修のためにCSSを訪れていた仁村知佳とセルフィ=アルバレットが、斎藤に協力して未だ発見されていなかった蝶の羽を模したフィンを展開する強力なHGS能力者を撃退している。
「二つは同じ手法で作られている事から、同一人物が作ったと考えて問題ない。従って関連性が浮上する」
「それに蔡雅と御庭番衆から連絡があったけど、どうやら今日本を騒がせている吸血鬼事件と、影に隠れてザカラを復活させようとしていた連中がいたらしい。この二つも同じ組織として動いている事と、通り魔事件の鵜堂刃衛の名を挙げている事から、同じ組織が暗躍していると考えるのが妥当だろう」
「……それは聞いてませんよ?」
 どうやら先に美沙斗宛に伝聞しておいたのだが、まだ全員に情報の均一が取られていなかったらしい。珍しく不満を口にした恭也に、リスティが手を上げて静止した。
「なら今説明するよ。つい一週間程前なんだけどね。海鳴と旭川の神居古潭で事件があった。ああ、心配しなくて良い。死人はでなかったし、大きな怪我を負った者もいないが……」
「が? 何ですか?」
「人間と吸血鬼の狭間を漂う者と、消滅した妖怪はいる」
 あっさりと、まるで夕飯の間に子供から学校の出来事を語る子供のように告げたのはリスティではなく、美沙斗だった。
「岡本みなみが吸血鬼に多少の血を吸われて現在も入院中。しかし、日中に外を出歩いても問題なく、意識もはっきりしている。それと消滅したのはザカラを封印していた妖怪のうち雪という雪女だ。蔡雅からの報告だと、現場に居た一般人を守るために身を投げ出したらしい」
 苦虫を噛み潰したように顔を歪め、拳を血が滲むくらいに強く握った恭也の様子を目の端に収め、リスティが美沙斗の後を追って説明した。もちろん、性の報告の中には関係者の名前が全て並べられているが、今の彼にそれを教えるのは無謀以外の何者でもない気がした。彼は普段の冷静さと違って実は怒りで力を向上させるタイプだ。しかし、戦場では最大の威力を発揮しても、戦闘前ではただの暴発になりかねない。
 そんなリスティの判断が間違いではないと言うように、美沙斗と弓華は小さく頷いた。「それで最後は私の元へ届けられた手紙。これには龍が復活し、日本の比叡山に新しいアジトを構えているという情報が入れられていた。御丁寧に美由希の筆跡を寸分違わない書き方で宛名を書き、日本から郵送されてな」
 これこそが美沙斗が約二ヶ月もの間一人で裏を取るべく動くきっかけとなった。弓華に第四部隊の指揮権を一時的に任せ、かつて闇の暗殺者だった時の伝を辿って、世界各国の情報を洗い直した。結果、手紙の信憑性は事件が起きる毎に増し、今日の収集に至った。
「相手は新生龍。収集したのは香港警防第四部隊に弓華。それに……」
「ああ、いい。自分で自己紹介くらい出きる」
 その時、再度テントの入り口が開けられた。
 長身で黒を数滴垂らしたような水色のスーツで身を包んだ優しげな眼差しが印象的な男性と、彼よりも数センチ背の高い、こちらは紺色を更に黒くしたようなスーツを着た男性。そして紺色の学生服のようにも見える変わった出で立ちのオールバックで野生の狼の鋭い牙のような男が立て続けに入ってきた。その後ろに続く四人目の人物の顔を見て、恭也は驚きのまま名前を呼んだ。
「エリス? 何でここに?」
「ま、それは色々と……」
 半年前の事件以来それなりに幼馴染の表情を浮かべてくれるようになっていたエリスだが、ここまで無防備に初めて会う人間の前で疲れきった表情で溜息をつくなど考えられず、逆に何があったのか? と、勘繰ってしまう。彼が知っているエリスは、クールで何時でも前線に出る戦士たちのために指揮をして、生存確立を向上させる完全な指揮官タイプだった筈なのだが、どうも血色悪く少々扱けた頬からは、職務に疲れきった中年の事務員と言った様子だ。今も三人の男の後ろについてどこかぐったりとした感じだ。
 先頭になって入ってきた男性は、テント内の様子をぐるりと見まわすと、一度通過させた恭也のところで視線を止めた。
「君が高町恭也君か。一角から話は聞いている。私は御剣空也。現在の蔡雅忍軍頭首を勤めている」
「俺は御剣火影。上位三忍の一人だ」
「空也に火影……? まさか蔡雅史上最強と言われる……」
 風の噂で聞いた覚えがある。
 忍者とは昔から隠密として影に隠れて行動する存在として、広く裏の世界では称えられている。特にインターネットの普及による情報と物の流通は、スパイ活動自体を根源から変化をもたらした。英国のMI6やアメリカ国防総省など良い例だろう。だが蔡雅はそんな世界の動きに真っ向から反し、己が肉体を駆使した情報戦を仕掛け、現在に至るまでまともな諜報機関では太刀打ちできないレベルを誇っている。
 その中でも間違いなく強いのは目の前に居る二人の男だった。忍故に自らをその字で呼ぶ事はないが、それでも任務に携わるか敵対した者に共通する呼び名は存在する。
「はは。最強か」
 恭也が何を思い浮かべているのか予想できたのだろう。火影は苦笑混じりに頭を掻いた。「ちょっと、その呼び名は苦手なんだ。出来れば口にするのは避けてもらえるかな?」
 話の流れで行くと、言葉になると判断したのだろう。先んじて言葉に険を少々含ませた火影に、恭也は素直に謝罪を述べる。特にそこまでの謝罪を求めてはいなかった彼の方が慌てる程に丁寧な恭也に、空也も自己紹介から無言だった口元を緩めた。
「それで、後ろにいるのは?」
 そこまで達観していた美沙斗が、残された一人の男に容赦ない警戒を向けながらも、隣には甥の幼馴染がいると言う奇妙な男を値踏みするように幾度か見定めると、空也をちらりと見遣った。
「ああ、彼は……」
「ICPO国際警察機構特殊隠密防衛部隊・新撰組三番隊組長斎藤一」
 本当にやる気なく取り出した煙草に火をつけて、紫煙を換気の悪いテント内に充満させる。煙草を吸わないメンバーの多い中で弓華はあからさまに気を悪くしたというようにじろりと睨みつけるが、一切感知しない様子でその後は無視を決め込んでいる。
 一気に温度の下がってしまった空間に、元来の性格が絶対に変わってしまっただろう。と、彼女をよく知る人であれば言い出したくなる程に慌てて、エリスが斎藤の前に体をねじ込んだ。
「ご、ご存知だと思いますが、私はマクガーレン・セキュリティサービスのエリス=マクガーレンです。現在、ICPOへ民間協力者として出向して、斎藤一警部補の下にいます」
 美沙斗は恭也から写真を見せてもらい顔を知っているし、弓華とは一度職務で一緒に動いた事もあるため、全く知らないリスティが握手を交わしながら小さく頭を下げた。
「そうか。彼が斎藤か。噂はかねがね……」
「俺も聞いているさ。元龍の飼犬、御神美沙斗」
 それは未だに癒えぬ心の傷痕。どれだけ綺麗事を並べようとも、あのテロが起きた日から一瞬足りとて忘れなかった龍への復讐のために様々な人々を己の刃にかけて来た日々を。
 今でも夢に見る事がある。覚悟していたとはいえ、皮膚を突き破り肉を貫通し、そして再度無駄な抵抗をする皮膚が鋭い切っ先によって穿かれ、刀身を伝って垂れて来る血液の暖かさ。白刃が走るたびに人であった肉塊から漏れていく断末魔を胸に打ち込みながらも、ただ只管目的を遂げるためだけに振るって来た凶刃。
 それは未だに癒えぬ心の傷だからこそ、次の瞬間、彼女はテーブルの上に飛び乗り、腰に二刀差ししていた小太刀を薙いでいた。完全に瞳孔は開き切り、猫科の動物が獲物を狙っているように、荒くなった呼吸はすでに腕を止める事など拒否していた。全員が彼女の動きを視界に納める事には成功していた。しかし、誰もが伸ばした手を擦り抜ける様に容赦のない惨戟が空を斬る。
 だがそんな怒りに任せた一撃は、容易く斎藤の幅の厚い日本刀を半分だけ抜いて阻んだ。
 歯を食いしばり圧し切ってしまおうとする美沙斗の腕は限界以上の腕力にガチガチと震えている。急激な動きで落ちてきた前髪の数房の間から見える眼は、すでに一種の殺人鬼に等しい。
「……斬戟はまぁまぁか。だが、これから龍の生残りを殺しに行くのに、この程度で大丈夫か?」
 しかし全員が呆気に取られたのは、世界に名立たる剣士の二刀小太刀を鞘から半分だけ出した刀と言う明らかに手を抜いた状態で溜息混じりで感想を呟く。
 あまりの小ささに聞こえたのは近くにいた美沙斗だけだったが、それが更に彼女の怒りに火をつけた。
「死にたいらしいな……」
「自分の腕を理解してから、現実だけを語れ」
 瞬間、美沙斗の思考はただ一点に向かった。
 それは目の前にいる男を……。
「コロス」
「み、美沙斗!」
「美沙斗さん!」
 完全に目付きを変えた彼女に、恭也と弓華が同時に両脇から抑えるべく飛びかかった。しかし、僅か数センチまで接近した瞬間、まるで蜃気楼が消えるように体が消えた。
 神速?
 稽古の時に何度も経験のある捕まえたと思った瞬間に擦り抜けられたような錯覚に陥る感覚に、恭也はすぐさま頭の中にあるスイッチを神速へと入れかえる。途端に周囲の風景が色を無くし、モノクロの水中の中を歩いているように空気が重く体に圧し掛かる。だが色を失った視界の中に、小太刀を大きく振り被る美沙斗を捕らえた。必死に圧縮された空間の中を移動する。だが完成された御神の神速は圧倒的な速度を持って斎藤に牙を剥く。 二人の神速が同時に切れる。
 色を取り戻した世界は、一気に速度を数百倍に変化させ、斬撃は迷いなく斎藤の首へと迫った。
「――ふん」
 口にしたのはただの落胆。
 そして走ったのは二つの刀を吹き飛ばす白い輝き。
 次の瞬間、美沙斗の両手からは小太刀は姿を消し、鼻先には斎藤の日本刀が突き付けられていた。
「理解したか? これが現実だ」
 元々細い視線が、突如としてぎらりと鋭さを増し、眼球の動き一つで死を体感させる程の凶悪な殺気を噴出した。
「少なくとも、そんな多少昔を突付いただけでキレる程度では必要無い。空也、比叡山への潜入は二日後だ。それまでに内部の図面もしくは調査、それと物資の移動状態を確認しておけ」
「ああ。わかってるさ。そっちも後腐れないようにな」
 ただただ呆然となるメンバーを尻目に、斎藤と空也だけは冷静に今後の対策を講じている中で、恭也は斎藤の強さに驚愕し、美沙斗は唇から血を滴らせていた。



おお、斎藤が強い!
美姫 「本当ね。今回、美沙斗はいい所ないわね」
うぅぅ。
美姫 「まあまあ。さて、無闇に敵を増やしていく斎藤」
果たして、彼らにチームワークは存在するのだろうか。
美姫 「そして、比叡山への潜入は成功するのか」
緊張しつつ、次回を待て!



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ