『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XL\・初めての敗北

「貴様は……そうか刃衛の報告にあった人斬り抜刀斎か」
「刃衛ね。俺は緋村剣心で抜刀斎じゃない」
 均衡しているとは思えないほどしっかりとした声で、劉閻と剣心は互いに弾けるように後ろに退いた。美由希はようやく状態を持ち直してきた三半規管を奮い立たせて、手から零れ落ちた小太刀を持ち直した。
「緋村さん、どいてください。これは私の戦いです」
「……え〜っと、この状況で頷いても人としてどうかと思うんだけど」
 どうして彼がここにいるのか? と、いう疑問はあるが、それよりも自分のせいで他人が傷つくのが嫌だった美由希は、とりあえず進言はしてみた。しかし予測通りの返答に小さく嘆息した。
 そう言えば、前に恭ちゃんを助けて欲しいって頼んだ時も、文句を言いながらも助けてくれたんだ。
 素直じゃない部分にどこか妹のような晶に似た一面を垣間見て、思わずくすりと笑ってしまった。
「はい?」
「何でもないです」
 突然背後で笑われて首を捻る仕草に、美由希はもう一度小さく笑った。
「とりあえず文句なりなんなりは後で受けるんで、先にあいつをやっつけましょ」
「そうですね。話は……それから」
 生気を取り戻りした瞳に劉閻を映しながら、美由希はちらりと自分の前に立つ少年を見た。
 何か……誰かに背中を守ってもらえるのは暖かいんだ。
 三年前、美由希の産みの母親である美沙斗が家族の仇を討つために投じていた裏の世界。その時の依頼で彼女は今はイギリスにいるフィアッセと亡きティオレのコンサートを止めさせようとした。しかし、どれだけ脅されても屈しなかった彼女達を守るために、恭也と美由希は美沙斗の前に立ちはだかった。だが完成の域に達している御神の剣士に恭也は敗れた。それを救ったのは美由希だった。別に守ってもらっていた訳ではない。ただそこに恭也がいて、見てくれていると感じるだけで暖かな思いが溢れた。
 その時以来感じる暖かさに、手に力が戻る。
 そんな二人を見つめて、劉閻は一瞬刃衛に言われている事を思い出した。
『緋村抜刀斎は俺が斬る。手を出せばお主とてただでは済まんぞ』
 確かそう言われた。
 だが、劉閻にとって強者と闘えるのは命を賭すほどの高尚なものであり、今はある御方の下で動いているものの、いつかは闘ってみたい人物の一人でもある。それ以外でも自分を覗いた十二人の猛者、そして他の尖兵を抱える五人は絶対に刃を交えるとすでに宣言までしている。
 それにこんなチャンスは滅多にあるものでもない。
 例え二対一になろうが、自らを鍛え上げるためであれば、このようなもの全くハンデにすらならない。逆に血湧き肉踊る快楽の一瞬だ。
 中国拳法の昆と同じく腰に柄を合わせ、右手で穂先下の部分をしっかりと握ると、相手の準備などお構いなく強さのために剣心に襲いかかった。
 背中越しにしてた槍を突き出す。
「とっと……おわぁ!」
 穂先を持っていたので、深く踏みこんでくると思っていた劉閻の槍が、腕がぴんと伸びきるやいなや握力を弱めて槍を滑らせた。おかげで見定めていた間合いが一気に変更され、剣心は奇声めいた声を上げてしまった。しかし何とか逆刃刀でさばく事に成功した彼に、柄の中点で半回転させた石突が続けざまに襲いかかる。
「わ、と、ちょ、く!」
 長い得物独特の槍、石突の連続攻撃に後退しながら、反撃の隙を伺うが微妙に速度と威力を変えているため、中々見つけられない。
「どうした! 抜刀斎とは名前だけか!」
「俺は善良な一般人だってば!」
 いつまでもこの状態では逆刃刀の強度が限界に達すると考え、刀を正眼にすると槍の勢いに負けぬように手を添えて背後に逸らすと、そのまま押し出す形で劉閻に向けてから唐竹割りを放った。だが槍のように間合いの長い武器の最大の特徴は攻撃力と防御力の両立を図れる面であり、いとも容易く受け止められる。しかし槍が流された分は補いようもなく、二人は交差するようにすれ違うと、剣心はそのまま前転するように、劉閻は槍の勢いを殺すように横に回転しながら、再び対峙した。
 やっばいなぁ……。
 それが剣心の感想だった。元々家柄の関係で成り行きのまま覚えたせいもあり、刀以外の武器との戦闘経験が殆どないのが思いっきり今足を引っ張ってしまっている。しかも相手は間違いなく達人クラスの使い手であり、長時間の戦闘は確実に敗北を押されるだろう。しかし多少は戻ったとはいえ、美由希は怪我を負っており、この状態で助けを請う訳にはいかない。
 本当に海鳴に来てから何だっていうんだろ?
 実は剣心は今日もさざなみ寮に行っていた。小鳥や耕介から唯子に連絡があり、夕凪は家族の急病で一時北海道へ戻った事になっているが、現場に居合わせたので本当の理由を知っている剣心は、何か連絡があったかと思い、学校が終った後でさざなみに向かった。しかし、千歳空港に着いたという連絡を最後に一切の連絡がないと、真雪が怒り心頭で玄関口で愚痴っており、更にリビングではようやくの徹夜明けで戻って来れた愛が、最愛の夫の姿ないので落ち込んでいて、更に更にダイニングでは耕介不在のため店屋物での食事で、さとみと舞が半分死んでいる状態だった。もちろん、キッチンでは一人料理のできる奈緒が大食いのメンバーの食事を必死になって作っていた。
 今回は何とか巻きこまれずに寮を後にして、発端になった池に向かうと、そこには一睡もせずに久遠を媒介として妖気が落ちつくまでの間の代わりを行っていた。その二人に声もかけずに彼はその場を立ち去った。別に邪魔をしたくなかったから。と、言う理由がない訳ではなかったが、ただ何となく……。
 俺は他人なんだよなぁ。
 と、漠然と感じる空気があった。それでも下宿先の二人が心配なのは本当であり、野々村に連絡が入るよりはさざなみの確立が高いと思っただけである。だがたったそれだけで行動した結果、海鳴は未だ自分の故郷と呼べるほどの場所ではないと無意識に感じただけであった。それも他人に聞いたのではなく勝手に思ってるだけ。背にした逆刃刀を背負い直して、何となくもう一つの繋がりになりつつある翠屋で少し休んでいこうかと思案したところで、商店街の反対側で大きな爆発が起こった。何事かと事態を把握する間もなく混乱した人々が彼を押しのけて走り去り、慌てて翠屋に向かおうとしたところ、母親と逸れた女の子を見つけてしまい、母親を探してから翠屋に駆けつけようとした時に、不恰好な槍を持つ男が美由希を襲っているのを見つけたのだ。
 しかしあの美由希が押されているのを見て、嫌な予感が体を走ったが気付いた時には彼女の前に飛び出していた。
 どうもシチュエーションが鵜堂刃衛の時と似ているので、今更ながら後悔が膨らんでくる。
 でも止めるなんてそれこそ今更だしな。
 力の限り刀を握りしめ、今度は自ら攻め手に回る。
「飛天御剣流! 龍巣閃!」
 美由希と同じ小柄でスピードを活かすタイプの彼は、男性独特のバネの強い足で詰め寄ると、縦横無尽に逆刃刀を走らせる。元々単なる乱撃技だが、腕力のない剣心は体全体の突進力を利用して龍巣閃を使用した。
「む……」
 槍の長さを利用して何とか全てをさばく事に成功しつつも、斬撃終りに手堅く一撃を合間に挟んでいく。しかしこちらも読んでいるのか、全てを紙一重で避けながら撃ち込んでいくという乱打戦を繰り広げる。
 そんな二人を近くから見て、ようやく恭也があの日、刃衛と美由希が闘うのを止めて剣心と闘うのを止めなかったのか悟った。
(あの日は暗くてよくわからなかったところがあったけど、こうやって見るとわかる……。緋村さん……剣が速いんだ)
 剣が速いと言うのは速度だけではない。剣速だけならば美由希の方が上である。しかし実際神速抜きで闘えば剣心が勝つだろう。それほどに相手の動きから癖を見抜く速さ、相手の攻撃を読む速さ、身をこなす速さ、そして剣の速さが生半可なものではないのだ。確かに実際に剣を合わせた恭也であれば、美由希よりも先に理解していたのは頷ける。
 だけど、まだあの人の方が強い。
 しかしそれでも劉閻の力が上であるのは明白だった。いくら読みがあろうとも、相手が読みの上を行ってしまえば意味はない。
「……力はわかった。強いが御神とそれほど変わらないな」
「くそ……」
 それは対峙している二人が一番わかっている事だった。
「ならばこれ以上は時間の無駄だな」
 槍を両手で体の前で持ち、一番力を入れやすい腰付近で構えた。剣心も頬に一筋の汗を伝わせながら、同じように刀の切っ先を水平にする。所謂刺突の構えだ。剣技で一番速度がある攻撃術だが、それでも劉閻には及ばないだろう。彼にはまだ硬気功という奥の手があるのだから。
「でも……」
 ようやく体が片方の三半規管だけで正常な判断を起こせる状態になった美由希は、一刀を納刀すると、残された小太刀を右手に持ち替えて左手を銃の銃身のように刃に沿わせた。
劉閻はちらりと一度視線を送ると、対して気にせずまた意識を剣心に向け直した。
 何故最後の一戦を交えようとする時、空気が静かにそして冷たく心地良くなるのか? 多分、それは雰囲気を作り出している当人達にもわからないだろう。あるのはただ目の前の敵を倒す事だけでなのだ。
 そして開始もまた当人達にしか理解できないタイミングで開始する。
「おおおおおおおおおお!」
 劉閻が叫んだ。すると、それまで衣服に包まれていた筋肉が二回り程膨れ上がる。
「な、何だ?」
「緋村さん、あれは硬気功って言って肉体を硬くするの。刃が通らないくらいに……」
「マジっすか?」
「このタイミングで冗談言える神経は、恭ちゃんじゃないから持ってないかな」
 しかし、ふと硬くなるという言葉に、剣心の表情が一瞬深く考え込んだ。そして切り傷らしき劉閻の背中を見て、納得するように小さく頷いた。
「あのさお願いがあるんだけど」
「はい?」
「俺と同じタイミングで技をぶつけられる?」
「……多分」
「ならお願い」
 それ以上は声の都合で聞き取れなかった。だが剣心の眼差しに真剣な光を見たのか、美由希はそれ以上何も言わずに頷いた。
「むん!」
 全身の筋力バランスを整え、劉閻が狂戦士の瞳で剣心を見ると一気に突き殺すように突進してきた。同時に、剣心も腰に溜めていた力を爆発させる。二つの白刃が交差する。そこへ三本目が直角に突き刺さる。
「くぅ!」
「え?」
 その瞬間、劉閻と美由希の正反対の声が口から零れた。そして美由希の手に伝わったのは、紛れもなく刃が内部に届いた証だった。槍の勢いが殺がれ切っ先がブレる。そこに美由希とは反対から逆刃刀が打ち込まれる。丁度二つの刃にサンドウィッチ状態になった劉閻は逃げ場を無くしその場に膝をついた。剣心はもう一撃加えようとしたが、美由希が手応えに驚いて、身を引いたためすぐに後退した。
「美由希さん、もう少しだったのに〜!」
「ご、ごめんなさい……。で、でも、何で? さっきは虎乱を使っても傷一つつけられなかったのに……」
 飛針も虎乱ですらダメージを与えられなかったのに、何故二人同時攻撃程度で傷を負わせられたのか? 多分劉閻も同じ状態なのだろう。浅かったが血を流している箇所を抑えて憎らしげに剣心を睨み付けていた。
「硬気功。まぁ一度祖父との武者修業で戦った事がある。しかも、体が硬くなるだけだからオレに闘え〜って延々と決着が着くまで五時間もかかったけど、その時の話だと硬気功はある程度のレベルに到達するまでは一方向からの攻撃は強い。けど言いかえるとそれ以外は弱い」
 説明を受けて美由希ははっと自分が斬りつけた背中を見た。
「でも、それはあくまでレベルに到達していればって話でしょ? あの人がそうとは限らないんじゃ……」
「そこはそれ、賭けでした。あはははは〜」
 いや笑い事じゃないし……。
 と、思わず素でツッコミを入れたくなるのを抑えると、何故か急に笑いがこみ上げてきた。
 何て人だろう。こんな状況で、しかも相手が圧倒的に強いのに賭けをできるなんて。
 恭也のように理論と経験を混ぜるのではなく、正確な読みをしながらも直感に応じた闘い方をできる。もちろん心のままに体を動かすのは美由希も恭也もするが、それでも賭けなど行わない。
「な、何です?」
「何でもないです」
 突然横で笑われて気にならない訳が無いのだが、あえてそれ以上は聞き返す事をしなかった。いや正確には聞き返す暇が無かったと言える。
 劉閻は久方ぶりに受けた痛みに、心の底からふつふつと怒りが湧き上がる。だが同時に浮上するのは、究極を求める自分自身の礎と認めた二人が現れた事だ。正直力不足は否めない。ならばどうするか?
「緋村抜刀斎……いや、緋村剣心。そして御神。お前達は俺の獲物だ。だからこそもっと強くなれ。そして僅かだが本気を見せてやる……」
「何?」
 突然劉閻が呟いた言葉をすぐに理解できず眉を顰めてしまったが、次の瞬間体を凍りつかせた。
 硬気功で膨れ上がっていた体が急激に萎み、最初に美由希と闘い始めた頃よりも小さくなった。しかしそんな見た目だけでは剣心達は萎縮しない。だが代わりにあの美沙斗すら凌ぐ殺気が周囲に充満した。殺気は爆発の起こった方面から飛び散る火の粉を巻き上げ、小さな竜巻を作る。その中を劉閻は悠然と歩み進んだ。だが、剣心達には彼が進んでくるたびに、手足に重い鉄球が着けられるように動かせなくなる。美由希は完全に戦意を失って腰が砕け、無意識のまま涙が零れて熱気があり暑いはずなのに体の底から震える体を必死に抱き締める。剣心も逆刃刀を使って体を支えるのが精一杯だ。そんな二人の前に、劉閻は無表情のまま立った。
「この程度で身動きが取れなくなる。何たる未熟。だが強くなれ。そのための置き土産だ」 それだけ言うと、劉閻は二人の合間を縫って姿を消した。
 剣心と美由希が体の自由を取り戻したのは、それからたっぷりと十分以上過ぎてからだった。凍り付いていた四肢がようやく解凍され、同時に尻餅をつくように後ろに倒れた。劉閻が隣を過ぎていく瞬間、心臓が鷲掴みにされ肺が酸素を吸収できずに軽い酸欠に陥ったが、何とか溜まりきった濁った二酸化炭素を吐き出した。
「何だよ……。だ、出し惜しみして……」
 思わず強がりが口をつく。だが拳は固く握り締められていた。
 そして隣の美由希もまた御神以外の使い手に屈した敗北に、涙の含む意味を変えていた。 



美由希、剣心破れる。
美姫 「この後の二人がどうなるのかしら」
恐怖から剣を手にしなくなるのか、それとも…。
美姫 「悔しさをバネに、更なる成長を遂げるのか」
一体、どうなってしまうのか。
美姫 「北海道の方も気になるけれど、」
こっちも気になるなり〜。
美姫 「次回が待ち遠しいわ」
次回を首をなが〜〜〜くして待っています。



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