『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XLZ・四点の闘い〜耕介・楓対ザカラ

「よぉぉぉし! いくぞ! 御架月! 無尽流全開だぁ!」
 そう気合を入れはしたもの、実際、耕介の内心では舌打ちをしていた。先程、雪と氷那を助けるために突進をかけた瞬間に横から湧いて出たという表現がしっくりくる感じで出てきたザカラと人の合成獣の手は、少し焦っていたとはいえ、耕介の加減のしなかった一撃をあっさりとその強靭な体表で弾き飛ばすと、蚊を叩き潰すように耕介を叩き飛ばした。だが一番恐ろしいのは神気発勝した場合、霊気を含んだ攻撃以外は防ぐ壁となるのだが、それを完全に無効化した威力だ。
 多分ザカラが関係してるんだろうな。
 吹き飛んだ割には叩きつけられた痛みしかなかった体に、再度御架月と霊力を接続した事で大きな力が流れこんでくる。一度ザカラと戦った経験が、一切の手加減などできないと叫んでいる。
「神我封滅……」
 耕介の体に神気発勝以上の黄金色の霊気が足元から迸る。
 しかしその余りに膨大な噴出に、御架月が慌てて声を張り上げた。
『こ、耕介様! 霊力を練りこみ過ぎです! こ、このままだと……!』
「わかってる! でも、アイツはこれでも足りない! 楓ちゃん、俺がでかいのを撃つから足止めしてくれ!」
「わかったぁ!」
 不思議そうに見下ろしているザカラの足元を後ろへと回りながら、楓は小太刀を大きく振り上げた。
「神咲楓月流! 真威! 楓陣刃ぁ!」
 力の限り振り下ろされたた霊力が、地表を抉りながら一直線にザカラのアキレス腱へ撃ち出される。先程兆冶に撃ったレベルではなく、完全な楓陣刃だ。風を巻きこんだ黄金の疾風は迷う事無くザカラの足に命中した。
「どうだ! 渚の本気の楓陣刃! これなら多少なりとも!」
 土埃を振りまいた威力は、確かに目を見張るものがある。しかし、耕介にはわかっていた。
「……あれじゃダメだ……」
 埃は次第に納まり、奥から命中した箇所が現れた時、楓は驚愕を隠せなかった。
「う、嘘……。無傷……?」
 そこには全く傷のないザカラの腱が太く顕在してた。
「楓ちゃん! 同じ場所に撃ち続けるんだ! どれだけ硬くてもいつか脆くなる!」
「う、うん」
 耕介の言葉に、何とか愛刀渚を持ち直し、遠距離型ではなく接近型の技を発現させる。
「神咲楓月流! 真威! 楓鳴刃!」
 小太刀の刃に纏った黄金の霊気が円盤状に包み込み、そして表面が急速回転していく。楓は小柄である体を限界まで捻り、遠心力をつけて連続でザカラのアキレス腱に叩きつける。
「くっそ〜。全然効いてへん〜」
 回転の最中でちらりとザカラを見上げると、何をしているのかわからないといった表情のザカラが楓を見ていた。それでも彼女は手を緩めない。
 確かに同じ箇所を叩いてたら削れてくる。
 五度目の楓鳴刃で薄皮が剥がれたのを確認すると、楓は更に速度を上げて渚で斬りつけた。
 その様子を目の端で見ながら、耕介は更に霊気の密度を引き上げた。
「耕介様! これ以上は本当に!」
「だめだ! まだ足りない! ザカラとやりあうには……まだ……」
 すでに彼を取り巻く霊気は尋常ではない量を迸らせていた。周囲は霊気の輝きで昼間のように森を照らしている。
「御架月……無尽流に封神・楓華疾光断レベルの技、あるだろ?」
「な、何でそれを!」
 封神・楓華疾光断とは神咲一灯流の奥義である。二人以上霊気を持つ人間が刀を打ち合わすようにして同時に最大限まで練り上げた霊気を撃ち出す。その威力は生半可なものではなく、一度は京の都に巣食った千年以上空海弘法によって異次元の京へと封印された、鵺や鞍馬山の邪神となってしまった天狗と同レベルの大妖である土蜘蛛を薫と楓の二人が撃ち出した楓華疾光断によって消滅させている。だがこの技の最大の弱点は二人以上の霊気を操れる人間がいなければ使えないと言う事だ。しかも、使用後は全員が霊気残量ゼロの状態になってしまい、完全な背水の陣の技なのだ。
 しかし今耕介は御架月に、同じ威力を有する技を要求し、そして御架月は否定しなかった。反射的に返事をしてから御架月は己の迂闊さを呪った。
「だ、ダメです! あれは……」
「そうも言ってられないんだ。楓ちゃんがあれだけ斬りつけても傷一つ着かないし、何よりもう時間切れだ」
 呟いて、御架月に見えるように背後で呪文を唱えているローブの男を見えるように刀を動かした。そして見たのは魔法陣から立ち上がる真っ白な柱だった。
「だから……誰も泣かないように今ここで踏ん張らなかったら、俺は自分を許せないんだ」 すでに小鳥を泣かせてしまっている。だが、それはいつか泣き止ませる事ができる。そしてできるのは真一郎であり、雪だけなのだ。
「ちゃんと話をさせないと……な」
「耕介様……」
 こういうところだけは薫様にそっくりだ。
 どれだけ自分の身が傷つこうとも、どれだけ虐げられようとも彼女は二本の足で立ち、そしてしっかりと前を向いて歩んでいる。いや彼女だけではない。楓も葉弓も同じ眼差しで未来を見据えていた。多分、彼が一緒に歩む事のなかった先代達も同じ眼差しをしていたのだろう。それがどれだけ残念な事なのか、本当に悔やまれる。だが御架月は今は槙原――いや神咲耕介と共に戦っている。
 霊剣の中で閉じた瞼を開いた。そこに迷いは微塵もなかった。
「技は反動を二分できる封神・楓華疾光断よりも激しいです。なので技を放ち終えた後は出来るだけ受け流すように力を抜いてください」
「ああ」
 自然に耕介の構えが刀を肩に担いだ深いものへと変わる。何となくそれが一番いいと思ったからだ。ゆっくりと血液を司る赤血球の動きの一つ一つすら認識できるまで神経を研ぎ澄ます。
 その時、魔法陣から立ち上がった柱の中で、ローブの男が動いた。
「今こそ開封の時。鍵よ。その力を我が前に!」
 足元で苦しげにしている雪と氷那。その氷那を両手で掴み上げると、洞窟の中で手にしていた乳白色の宝石を額に押し当てた。
 きゅう! と、甲高い鳴き声で苦痛を訴えるが、ローブの男は手を緩める事はない。氷那の額の宝石は段々と輝きを増し、濁った内部が次第に透明に変化していく。そしてそれに合わせるように、初めて雪の瞼がぴくりと動いた。
「扉は己の妖気を元にザカラの精神体を水からの体内に隠した。だが、鍵があれば封印など恐るるに足らず!」
 男にとってそれは記念すべき一瞬だった。
 完全に透明になった宝石が七色の虹を発しながら雪の体へと注がれる。光を浴びた瞬間、雪の眼が血走りながら獣ののような悲鳴を上げた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 虹は次第に彼女の腹部で一つの塊となり、魔法陣の柱を貫いて一直線にザカラの額へと飛んでいく。
「耕介様!」
「ああ!」
 体中の毛細血管が駆け巡る霊気に耐えきれずプチプチと音を立てて破れていくのがはっきりとわかる。目の奥の毛細血管もとっくのとうに弾け、すでに耕介の視界は赤く染まっていた。だがそれでも突如生まれた巨大な妖気が頭上を飛んでいくのが感じられる。
 チャンスは一瞬だった。
 危険な賭けであるのは言うまでもない。だが、妖気がザカラに戻る一瞬、肉体の意識は耕介から完全に離れ、妖気もまた無防備な状態だ。これ以上ない瞬間だった。
 この一撃にかける――!
 ザカラを殺してしまうだろう。しかしそれでも耕介は愛しいと感じる友人達を救うため、全てを開放した。
「楓ちゃん、離れろぉぉぉぉぉ!」
 開放された霊気は魔法陣の隣に金色の柱を打ち建てる。
「一体何をする気か知らんが、邪魔はさせん!」
「アンタの相手はオレだ!」
 耕介の人間を超えた感覚に、兆冶が反転宝珠を持って駆け寄ろうとするが、すぐさま一角が前方に立ち塞がる。
「確かに遅かったかもしれない。でもな! オレの友人にはそんな事で諦める奴なんて一人もいない!」
「この塵の分際で吠えるなぁ!」
 またしても反転宝珠と一角の脇差の間で火花が散った。
 ありがとう。一角ちゃん。
 すでに口を開く事も辛い中、耕介は心の中で一言礼を述べると気合一閃! 刀を両手でしっかりと持ち上げた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 御架月が叫んだ。
「神咲無尽流! 奥義! 月光・弧月剣武断!」
 月光を凝縮したような山吹色が黄金へと変化し、霊剣御架月の刃を延長したような霊気の刀を形成する。そして振り下ろされると同時に、刃はザカラと妖気の塊の間を縫うように撃ち出された。

 ついさっきから激しい震動が伝わってくる山肌を登りながら、真一郎はようやくザカラを見つけた。元々黒い上に街の明かりすら届かぬ山奥。例え巨大な肉体を持つザカラと言えど、一度見失った巨体を探し出すのは容易ではなかった。だが、震動に引かれて顔を向けた先にいたザカラを見て、彼はすでに血塗れになった足を引きずるように駆け上った。
 戦いの場はさほど遠くなかった。と、言うより何故、こんな戦いの場をすぐに探せなかったのかが不思議な位、それは近かった。山頂に向けて僅か数分行ったところで空に向けて二本の白銀と黄金の光の柱がうち上がった。それは丁度いい目印になり、体力の限界に到達していた体の悲鳴すら忘れて、這いつくばるように進み、そして遂に雪を見つけた。
 その瞬間だった。
 ザカラの額間際にあった虹色の塊を黄金の剣は真っ二つに切り裂いた。塊は一瞬だけ不恰好に空気を移動させた風船のように左右に広がると、後は簡単に両断されていた。
「やった!」
 楓が嬉しそうに霧散していく塊を見やった。
 一角もにやりと口の端を持ち上げ、雪を攫っていったスーツの男は愕然と地面に膝をついた。
 耕介の顔にも笑みが浮かんでいる。
 そんな三人を見て、ああ、これで雪は大丈夫なんだ。と、どこかで感じていた。
 しかし……全ては打ち砕かれた。
「させん! 今、ここでザカラを失う訳にはいかない!」
 ローブの男が胸の前で宝石を持ちながら小さく呪文を唱え始める。すると霧散していく虹の残滓がザカラの体に吸い込まれた。
「う?」
 ザカラは初めて言葉を紡いだ。それが今生で最後の言葉となる。
「うがぁぁぁぁふかながたあまこぉじょじょあうああえぇえぇっぇえぇぇえ!」
 大地を揺るがすザカラの叫びが、神居古潭に木霊した。
 彼を見上げていたローブの男を除く五人は、何が起こったのかわからず、ただ呆然と見つめているだけだ。
 塊の残滓を吸収した箇所から血が飛び散った。奇声を発しながら体がくの字に折れ曲がり、大きな手がもがくように虚空を掴む。常人より繊維の太い筋肉が、まるでワイヤーが切れるように激しく皮膚の下で脈動しているのが闇の深い山の中でもはっきりと見える。脈動が前面部に集中してくる。するとまた逃げるようにザカラは海老反り状態に曲げていく。ぼこぼこと不定期に動く脈動は、次第に彼の腹部に集中し、妊婦のように膨れ上がらせる。
「あぅあぅあぅがああああああああああああああああぎふうきはうあんすそぅぅううううう!」
 そして爆ぜた。
 皮膚の限界張力を超えてしまった腹部を突き破り、脈動は一つの形となって吹き荒れた。
「なぁ!」
「ちょ、ちょっと……何やこれ……?」
 突き破った形は現世に生れ落ちた喜びを高らかに宣言し、空に向かって吠えた。
「あ……あ……」
「石鶴! これはどういう事だ!」
 耕介と楓が初めて見る妖魔現象に絶句し、一角はさすがに腰を抜かしてへたり込んだ。その中で兆冶がローブの男――石鶴幸嗣を怒鳴りつけた。
「……予測だが、取り込んだ妖気が不完全だったのだろう。結果巨大な器だけが完全に復活を遂げてしまった」
 全ての存在は器と内容物に分けられる。器を越える内容物は入らず内容物の量が器に比べて少なくてもバランスが取れない。両方がバランスを取り、そして支えあって三次元世界に存在として認められる。このバランスが崩れた時、そこには不完全な状態や更に上位の存在として現世に生まれ出でる。それが幽霊や妖魔の類といった生命体だ。だが元々バランスが逸していたと言っても、独自のバランスが存在する。人間では理解できないものだが、しかし確かにそこにあるのである。
 あくまで石鶴の予測ではあるが、吸収した妖気と本質が合成されたザカラの器と相容れず、本来の姿から遠く離れたおぞましい姿を晒してしまった。 
「つまり、これが失敗策のザカラと言う訳か」
 腹部を食い破ったそれはまるで日本神話に出てくる八俣大蛇の如く細長い体をくねらせ、深海魚と同じくごろりとした真っ赤に染まった眼を体の至るところで瞬かせ、何より巨大な口に生え揃った牙は、歓喜に打ち震えて隙間から腐った死体のような異臭を発する唾液をぼとぼとと山に染みこませていた。
「残念ながらな」
 忌々しげに巨大な化け物と化したザカラを眺めながら、石鶴は気を失った氷那を地面に叩きつけた。
「これでは……これでは情報が貰えない! 糞!」
 あまりの普段とのギャップに思わず兆冶が呆気に取られるほどに、石鶴は怒りを露出させていた。サッカーボール程度の大きさの氷那を蹴りつけ、森の木にぶつける。
 その時、何かが空気を切る音を聞き、石鶴は反射的に上半身を後ろに倒した。途端に頬に鋭い痛みが走り、深く裂かれた部分から血が滴った。
「何?」
 何が起こった?
 事態を把握しようとする間もなく、再度空気を切る音が聞こえてくる。
「耕介様!」
「ああ! 楓ちゃん、一角ちゃん! 一度距離を……真威! 洸桜刃!」
 同じく耕介達も風切り音から逃れるために必死に動いていた。
 まさか雪ちゃんや氷那のためにザカラ本体を斬らなかったのがこんな事になるなんて……。
 後悔の念が霊的攻撃力を持たない一角を守るべく技を放つたびに浮かび上がる。十年前も退治するのではなく封印する事を選んだ雪の姿を思い出し、ゆっくりと時間をかけて手立てを考えようと、途中で弧月剣舞断の標的を妖気にだけ絞った。
「俺の責任だ」
「耕介様……」
 神我封滅をしている間は使い手の思いを直に感じ取る事が出きる御架月は、そんな彼の優しさに喜びながらも、神咲に入らなくて良かったと思った。
 そんな突然状況が一変した山頂を見ながら、真一郎はただどうすれば雪を助けられるかだけを考えていた。先程までであれば隙をついて助ける事も可能だったろうが、今では得体の知れない何かが耕介達を襲い、加害者である兆冶達までも応戦するので精一杯の状況だ。
 立ち止まり疲労で重くなってしまった頭を必死に動かして、真一郎は考えを巡らせて、ソレと目が合った。
 細くなった嘴に、本体と変わらぬぎょろりとした眼で、じっとこちらを見ていた。絶句し言葉を発せられなくなり、体が硬直していく中で、視界に存在するソレはがぱぁ。と獲物を見つけた嬉しさに口を開いた。
 ザカラの触手!
 ザカラ本体から伸びた直径僅か十センチ程のソレは、百八十度開いた口で真一郎に襲いかかる。
「うわぁぁぁぁぁ!」
 無意識に悲鳴だけが口から垂れ流される。それによって耕介達は真一郎が近くにいると気付いた。が、距離的にもタイミング的にも絶望的なほどに遠く、楓が必死に駆け出すが、届かないのは目に見えていた。
 だが次の瞬間!
「真一郎さぁぁぁん!」
 白い雪が散っていた……。  



おお!
美姫 「ざからの復活は失敗?」
みたいだね。
うぅぅ。雪がどうなったのか気になるにゃ〜〜。
美姫 「うんうん」
妖魔編も終わりに向って進む中、まだまだ気になる事柄がずらり〜。
美姫 「次回も期待〜♪」
120%アップ!
美姫 「いや、意味分からないわよ、それ」
俺もよく分かってないから、安心しろ。単に言っただけだから。
美姫 「後で、ゆっくりと話し合いましょうね♪」
は、はははは……。断わる!
美姫 「させないわよ♪それじゃあ、次回を待ってます〜」
うぅぅぅ。



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