『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XXX[・高町裁判

 裁判と言っても裁判のように裁判官、原告、被告、弁護士、検事と揃っているわけではなく、被告・四乃森操、裁判官・その他全員と言う配置だ。しかし松尾だけは夕飯の支度をしなければならないと先に帰宅した。
「さてそろじゃ聞かせてもらいましょーか」
 全員分の紅茶を配り終わり、それはもうわざととしか思えない見事な微笑を彼に向けて、桃子は操の隣に腰を降ろした。己の迂闊さに呆れながら、チラリと他のメンバーへ視線を送ってみる。しかし御車でも無かった案の上の好奇心剥き出しの反応に、深深と溜息をついた。尤もみなみは大阪からずっと何で高町なの? としつこく聞いてきていたので、ようやくの謎解きに人一倍瞳を輝かせている。
 とりあえず、現状を打開するべく意識を桃子に集中させた。
「聞かせてって何をです?」
 打開策その一、ボケてみる。
「いやぁねぇ。さっきハッキリキッパリと怪訝そうに『高町』って聞き返したじゃない」
 速攻失敗。
「空耳じゃないですか?」
 でも、再度ボケてみる。
「何言ってるんですか! 飛行機の中でも『高町さんちについたら話してやる』って言ってたじゃないですか」
「ぐあ……」
 予想外の方向から飛び出した迎撃に、操はがっくりと肩を落とした。思わず頭を抱えてしまう姿にウェイトレス三人は苦笑を漏らした。
「さ、もう誤魔化せないわよ〜」
 打開策を再度考察し始めようとした矢先に、今度は桃子から絨毯爆撃が命中し、ぱくぱくと口を金魚のように開け閉めした。もう楽しくてしょうがないと言った様子で肩を叩く翠屋店長と言う少なくても見せで一番の責任者は笑顔を太陽のように輝かせる。
 一瞬、実力行使で逃げ出そうという考えも過ったが、一般人相手にそんな大人気無い行動はできない。彼はプロの隠密なのだ。しかし、正直に話してしまってもいいのかどうかの判断に今一歩押しが足りない気がして、目を自分の奥へと潜らせる。
 しかし、押しは子供を諭すような口調で投げ掛けられたたった一言で、決心をつけさせた。
「隠し事してもバレる時はバレる。でも話せる時に話せないのは後で痛いよ?」
 何処か懐かしい過去を思い出すように紡がれた忍の言葉に、対面に座っている蓮飛と晶がぽかんと口を開けて見つめた。
「ほらほら」
 桃子も便乗して促す。
「……はい」
 最終的には桃子の笑顔に負けた操であった。しかしおかげで頭が冷やされたのを感じ、同時に京都出発前に黒木と白鷺の忠告を思い出す。
 そうだった。まずは確認をしなければ行けないんだ。
 そのためには偽りは相手の警戒と要らない誤解を招いてしまう。そして作られた心の壁に全てを弾かれてしまうだろう。
 みなみのために崩れかけていた感情を整理して、瞳に戻った光に真摯さを加えて桃子の笑顔を見つめた。
「私、国家認定隠密伊賀流派分流隠密御庭番衆四乃森操と申します」
 真剣に一点の曇りの無い正式な名乗りに、桃子は一瞬目の前の青年に士郎の影をダブらせた。だがすぐに似ても似つかない彼の面持ちに小さく頭を振ると、少々寂しげに先を促した。そんな刹那の表情の変化に疑問が浮かんだが、操は話を進める事にした。
「実は私達の頭である翁という人物が、任務の途中で何者かに襲撃されました」
 一度そこで言葉を切ると、ぐるりときな臭くなった内容に警戒色を浮かべ始めた面々を見回した。
 これは予測していた事だ。
 たった数時間ではあるが、見惚れてしまいそうな笑顔で仕事こなす彼女達を見ていれば、どれだけ高町という店長を信頼し、愛しているのかが見て取れる。だが止める訳にはいかない。少しだけ揺らぎかけた決意を再度固め直すと、続きを語り出す。
「そして病院に運び込まれた翁の手には、海鳴、御神というメモが握られていました。その調査のために自分が来ました」
「調査?」
「はい。詳しくは話せませんが、今メディアを騒がせている吸血鬼事件の調査です」
 その言葉に、絶対にありえないとわかっていても、全員が忍を見てしまった。それは忍が犯人と疑ったのではなく、彼女の出生に関係してた。
 しかし注目されるのは予測の範囲なのか、彼女は小さく首を振った。
「今回の件は夜の一族が関係していないのは確認されています」
 フォローのために少し慌て気味に付け加えられた説明に、フォローされた当人が半眼で操を睨みつけた。
「……すでにあたし達の事は調査済みな訳ね」
「はい」
 悪びれた様子を見せず素直に頷いた彼に、晶が一気に血を昇らせて文句の一つでも言い放ってやろうと立ち上がりかけたが、蓮飛に止められた。
「レン……!」
「いいから、今は黙って見てよ」
「翁が倒れていたのは関東。詳しい場所は申し上げられません。そしてメモ。総合して一度御話を伺った次第です」
 そんな二人を置いて、操は独り言のような話は終りを迎えた。店内は水を打ったように静まり返り、瞼を閉じた彼には全員の視線が殺気を持って突き刺さっている。それは針の筵のようでもあり、熱湯に頭から入れられているような激しい負の感覚が襲いかかる。だが、そんな四面楚歌の環境で、間違っていなかったと確信できる何かが生まれた気がした。裏の世界に関っているのであれば偽りや揺さぶりも考えたが、彼女達は表の世界で精一杯生きており、夜の一族の少女の正体を知っていても、まるで変わらない笑顔で迎える。
 そんな暖かな世界に生きているからこそ、操は正直に前を見据えて話したのだ。
 これでいい。俺はあくまで調査に来ただけだ。それに、この人達を見ていれば御神は間接的に関っている、もしくは関られてしまったという事だろう。
翠屋店員の表情から読み取れる情報を元にそう推測し、これ以上海鳴に居るべきではないと判断を下す。しかし、その時、不意に桃子の視線が緩んだ。
「それで翁さんはどんな容態なの?」
「え? あ、全身傷だらけですけど、峠は超えたので問題ないです」
 半ば腰を浮かしかけていたタイミングでの質問に、少々間の抜けた声で答えてしまう。何故そんな質問をしてきたのか? という疑問が浮かびはしたが、隠す事無く京都で聞いた容態を思い出す。包帯で全身を巻かれた翁は固く瞼を閉じたままだった。
「その翁さんの傷が刀傷だったのね?」
「……はい」
 それを聞いて、晶とみなみ以外は納得いったという様子で頷いた。
「え? なんでみんな頷くんだ?」
「う〜なんかあたしだけ仲間外れ〜」
「つまり、恭也達が使う御神流でヤラれたんじゃないかって事」
 全然理解できなかった二人に説明するのは忍に任せ、一度だけ視線を送って操は先を続ける事にした。
「高町家での剣の使い手、もしくは心当たりがある人物が居れば教えていただければとは思ってます」
「それで関り、直接関与していたら?」
「もちろん国家認定隠密の権限により逮捕します」
 操や一角のような隠密、もしくは警察機構に限らず、一般人の日本國憲法では緊急時の逮捕は認められている。どれだけ身内の人間が声高に無実を主張しても、現行犯ともなれば最低限取調べが終るまで釈放されない。
「そうね」
 それは彼女も理解しているのだろう。形の良い顎に手を当て、しばし考える事数秒。視線を店の外に向け、溜息をつこうとしてふと顔を止めた。その姿に忍が反応し、同じ方向へと顔を向けた。真顔を話をする前の見事な微笑みに変えると、ほっそりとした指を操の後ろを指した。
「とりあえず御神の剣士本人に聞いてみたら?」
「かーさん! 遅れてゴメン!」
 桃子の愛娘は見事なタイミングで、汗だくになって店のドアを開け入った。



美由希ちゃんの登場〜といった所で、また次回だね。
美姫 「果たして操はどんな判断を下すのかしら」
そして、美由希の反応は。
美姫 「それ以外でも、北海道の方も気になるし」
怪しい影の存在も気に掛かる。
美姫 「続きが待ち遠しいわね」
うんうん。
美姫 「それではまた次回で!」
ではでは。



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