『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XXY・悲劇復活

 あたし、相楽夕凪の朝は毎日のジョギングから始まる。
 別に運動部に入ってるとか、緋村のように実家が道場だ。みたいな事はなく、単なる習慣である。
 あたしの実家は北海道の札幌で小さな神社をしている。まぁ、神社を仕事言って良いのかわかんないけど。おかげで小さい頃から早寝起が骨まで染み付いて、大体五時には目が覚める。まぁ、悪いとは言わないし、そのおかげで父親が行っているジョギングという習慣も身についてしまったのは少し残念ではあるけど、概ね大きな病気もしないで今まで生きている。
 でも今生活しているさざなみ寮は、あたしより早起きと昼夜逆転生活をしている人が一人ずつ存在しているから、大体運動着を着てリビングに降りていくとどちらか一人はリビングに座っている。
 今日も管理人の槙原耕介さんが朝食の仕込みのためにキッチンで働いていた。
「お、おはよう」
「おはようございます」
 よく北海道から出てきましたって言うと、「北海道の人ってみんなそんなに背が高いの?」とか「スタイルいいね〜」とか言われるけど、あたしから見たらこんなに背の高い男性なんて見た事ないから、寮の下見に来た時は本気で驚いたよ。
 でもさすがに一ヶ月半も生活してると、体が大きいせいか、包容力のある優しい男性だって気付く。
「これからジョギング?」
「はい。ま、日課なんで」
「大変だねぇ」
「慣れちゃいましたよ」
 いや本気で。自分で言ってて悲しいけどさ。何度この習慣のお陰で文化祭の打ち上げとか、パーティとか棒に振ったか……。ああ、思い出して凹んできた。
「夕凪ちゃん?」
「あ、何でもないです。言ってきます」
 まさか自分の過去を振り返って沈んだなんて恥ずかしくて言えない。
 あたしは誤魔化しつつ急いで玄関を飛び出した。
 海鳴は気候が安定してて凄く過し易い。それでも北海道に比べて遥かに高い気温に、五月半ばでも汗が吹き出る。慌てて飛び出したから踵を踏んでいる靴を履き直し、さすがに走り慣れた山道を駆けて行く。
さざなみ寮のある国守山は耕介さんの奥さんである愛さんの持ち土地みたいで、寮生は自由に山を使って良いという許可を頂いてる。
陸上や走る競技をしている人なら知ってるけど、朝起きたばかりでアスファルトを走ると、実は関節を痛めてしまう。だから北海道に居た時は、できるだけ土が剥き出しになっている箇所を選んで走っていた。でもここは少し道を外れれば山道が数多く存在するので、気にせずに走れる。しかも、毎日違うコースを走れるので、景色に飽きるなんて贅沢な事は一切ない。
一日一日過ぎていく日々と共に変化していく山の自然は本当に綺麗で、一歩足が進んで一呼吸するたびにようやく全体を見せてくれた太陽が、肌に優しい。
そんな新緑の中を走って二十分程すると、唐突に視界が開けた。
美緒さんがたま池と呼んでいる小さな池だ。
うん。今日は池を一周して終わりにしよう。
朝日が反射する水面が、木々の隙間から射し込む木漏れ日と一緒に人工では有り得ない光の芸術を描く。
 ほんと、良い場所だわ。
 何でもうちの先祖は元々赤報隊って言う冤罪で全滅した隊の生残りで、色々あった挙句にアジア大陸に逃避行。その後中国、モンゴル、ロシアを経由して樺太から日本に密入国し直したって言う強者だ。その時に大陸を旅していた経験が元で何となく子供を旅をさせるっていう伝統が続いてしまっている。
 父親の命令で強引に海鳴に来たから大学は実家に帰ろうと思ってたけど、近くの海鳴大学に進学してもいいと思い直してる。
 北海道でもそろそろ半分は散っただろうけど、池のほとりに植えられた桜は葉桜になろうとも生命力を溢れ出している。
 そんな自然を満喫しながら池を半周程した時、あたしの視界に小さな建物が飛び込んだ。
 氷那社と呼ばれる小さな御堂だ。
 何でも愛さんに聞いた話だと、昔海鳴を荒らしていた妖怪がいて、その妖怪を封じて二度とこの世に現れないようにするために作られたらしい。
何度も通り過ぎた事のある氷那社の前をそのまま走り抜けようとして、何気なく足元に視線を向けた時、あたしは変な物を見つけて足を止めた。
「……何?」
 声を出してみるけど反応はない。
 ま、当たり前か。
 大きさは二十センチ前後って感じで、やたらと体が丸い。でもゴムボールじゃないみたいだ。その証拠……になるかわかんないけど、小さな緑色の羽みたいなものがくっついている。で、羽モドキから少し前の部分に大きな兎の耳……だよね? が、ついている。
 ……説明不足と言うなかれ。
 こんな変な物体は生まれて初めて見たんだ。
 つま先で突ついてみる。
 ……反応なし。
 今度は指で……。これも反応なし。でも指で触っても大丈夫だったので、思い切って耳のような部分を両手で摘み上げた。
「きゅう……」
 変な物体は、何ともハムスターや兎が発するような可愛らしい鳴き声を上げて、気絶していた。

 同時刻。
 北海道旭川近郊。
 分厚い雲に覆われて月明かりどころか星明りすら届かない森の中を、三つの影が疾走している。
 一つは胸まであるしなやかな黒髪を鈴のついたゴムを使って項でまとめ、動き易さを重視したジーンズと無地の白いTシャツを着ている。Tシャツの胸部分が女性特有の丸みを帯びている事から女性とわかる。
 二つ目は一つ目より身長が低いが、黄色のパーカーの下に黒のナガソデシャツを重ね着し、ズボンは一つ目と同じジーンズというラフなスタイルだ。男性のように髪は短いが、こちらも胸元の膨らみで女性と判断できる。
 そして最後の一つは男性だった。唯一手に二メートルは超えるであろう長い棒を持ち、丈の短いジャケットを着ている。何故か森を駆けているにも関らずビジネススーツを着ている。
 影はまるで迫ってくる木々をスラロームで使用するパイロンの如くかわして行くと、ようやく森全体を一望できる山頂に到達した。
「……こう漠然としているとさすがに見つからないな」
 鈴をつけた影が意思の強そうな瞳で闇に覆われた森を見回した。
「そやかて、葉弓姉じゃないから、ウチは探索は苦手やもん」
 二つ目の影がぶつぶつ愚痴を零す。
「それより、何で俺はここに同行してるんだ?」
 三人目の影が鈴をつけた影を一度横目で見る。
「オレの御祝いに来たんだろ? だったら楽させようって気にならない?」
「ならない!」
「ほほう……。オレの苦無を受けたいらしいね」
「セイシンセイイミヲコナニシテハタラカセテイタダキマス」
「今から尻に敷かれとるとは大変やねえ」
「……何かとんでもない勘違いしているけど、そういう関係じゃないからね」
「とにかく、一度手分けしよう。で、発見したら手持ちの発行弾で合図」
 鈴の影の提案に、漫才モドキをしていた二人も頷く。
「時間は今から一時間。発見できなかった場合はここに集合」
「OK」
「了解」
「んじゃ、散!」
 鈴の影の合図と共に、三つの影は同時にその場から姿を消した。
 ここで三つ目の影。唯一の男性にスポットを当てよう。
 彼は森を東に位置する川へ降りていくコースを取った。別に深い意味がある訳ではないのだが、何となく足が向いた。
 しかし時として人の無意識は、導かれるままに肉体を行動させる。この時の彼はまさにその状態だった。
闇の中を高速で移動している時、ふと自然の物ではない光を目にした、
「何だ?」
 彼は一言呟くと、棒を強く握り直して光の方向へと移動する。
 そして光の元へ辿り着いた時、そこにあった存在に彼は呆然と見入ってしまった。
 全て白に統一されたベレー帽とスーツ。そして意識を失っているのだろう力なく四肢が垂れ下がりながら存在は光の中で宙に浮いていた。美しい程の白い肌をほんのりと赤く染めて、存在は同じ言葉を繰り返していた。
「はやく……ざから……真一郎……助けて……」



最後に出てきた人物は彼女だよね。
美姫 「そうね。でも、男性の方は誰かしら」
それは次回にでも分かるのかな?
美姫 「そして、また何やら起こりそうな予感…」
それじゃあ、次回を大人しく待つ事に。
美姫 「じゃ〜ね〜」



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