『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




][・で、研修も何事もなく済んだんだよ。

 翌日と最終日。
 セルフィは藤田をかなり気をつけて監視していた。
 二日前に血痕のついた靴を見てから、二日目、最終日と彼はセルフィと同じ班で行動していた。結局知佳とゆうひは気付かず、藤田も警察官だからとCSSまで三人を送り届けてくれた。表面上はまるで変わらず笑顔だが、血痕を見てしまった後では笑顔は仮面にしか見えない。全ての者から自分を覆い隠しているような冷たさを感じる。
 それと監視している理由がもう一つある。
「あ、終わったんや〜。お〜い」
 何故かゆうひが藤田に懐いてしまったのだ。
 自分も仕事がある筈なのに、研修終了時間になると何故か施設前で三人を待っている。知佳も喜んでいるし、セルフィも友人が待っていてくれるのは嬉しいのだが、如何せん想像以上にゆうひは藤田にベッタリしている。
 本人曰く、
「なんやろね。耕介君と同じ感じでナチュラルスルーでボケてくれるから、何時もボケ担当のウチとしては新鮮なんや〜」
 と、いう理由らしいが、本当のところはわかったもんじゃない。
 だがただ靴に血痕が付着していたと言う理由で、折角仲良くなっている三人の間に波風を立てるわけにも行かず、結局セルフィは監視するしか無くなっていた。
 だが想像以上に藤田は普通だった。
 研修成績平均のC。
 得意なのは救助よりどちらかといえば護衛や周囲への警戒。
 好きな食べ物は掛蕎麦。
 好きな音楽はアイリーンらしく、ゆうひが凹んでいた。
 そんな必要性のない情報ばかりが集まって、単なるレスキュー隊員に情報収集が如何に難しいのかを露呈しただけだった。
「毎日お迎えに来て頂きまして、此方は嬉しいのですが、椎名さんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫や。今日はCSSの社会見学の引率で、この後今は自由時間や」
「そうなの? ゆうひちゃんだけが引率?」
「いや、今フィアッセとマリーも来てるで」
「イリアさんは?」
「CSSでアイリーンと書類と格闘中」
 つまりフィアッセはマリーを引き連れて逃げて来たと、そう言う事らしい。
 帰校した時にどんな雷が落ちるのかわかっているだろうに、また逃げ出してくるのだから、本当にフィアッセもいい性格をしている。
「フィアッセとマリーとは、天使の歌声と母なる舞姫ですか?」
「そやで。この後フィアッセ推薦のイタリアンでCSS全員とお食事会や」
「あ、もしかしてそのお誘い?」
「ピンポ〜ン! しかも、藤田さんもウチのゲストでお誘いや」
 一人藤田の監視に疲れていたセルフィに、ゆうひのとんでもない申し出が飛び込む。
「な、な、な、なんだって〜!」
「シェリー、いきなり大声ださないでよ」
「あ、ご、ゴメン……ってそうじゃなくて、藤田さんも誘うの?」
「そのつもりやけど、あ、藤田さん、この後予定あるんか?」
「いえ特に無いですね。よければお話に乗せてもらいましょうか」
「あっさりと承諾しないで……」
「じゃOKや〜。それじゃレッツラゴ〜」
「しかも無視しないで……」
「シェリー行くよ〜」
 何故か苦労を背負い込んでいるセルフィであった。
 そんな彼女を引きずるように、一行はCSSで貸し切りになっているレストランに到着した。白い清潔感漂う外壁に似合う温かみのある室内と証明に負けない程、CSSの生徒達は太陽のような笑顔で楽しく食事をしている。
 その一番奥に、フィアッセとマリーは食前酒を嗜みながら、四人の到着を待っていた。
「フィアッセ、マリーお待たせ〜」
「あ、やっと来た。おかえり。ゆうひ」
 白いワンピースを着たフィアッセが、入り口付近でキョロキョロしている四人を先に発見し、バレエでも行っていれば間違いなく白鳥と例えられそうな細腕を上げた。
「あ、いたいた。堪忍や〜。ちょっと遅れてしもうた」
「ゆうひが遅れるのはいつも通りだから気にしてないわ」
「うう……。マリーがイジメル……」
 だが、ゆうひ以外の全員がマリーに同調したのは言うまでも無い。
 挨拶もそこそこに、ゆうひの両サイドの右に知佳と左にセルフィが座り、後はマリー、ゆうひ、藤田の順でテーブルを囲む。
「本日はお招き頂きましてありがとうございます」
 一切の無駄を省き、藤田が今回の主催者であるフィアッセに深深と頭を下げた。
「いえいえ〜。ここ二日、いつもゆうひからお話は伺ってます」
「……どんな形容をされているのか少し恐いですね」
 困ったようにこけた頬を掻きながら、隣のゆうひにちらりと視線を送る。
「え? ウ、ウチは変な事言うてへんよ?」
「そうそう。ゆうひは変わった面白い人と知り合いになったんや〜って触れ回ってただけだもんね」
「そ、そうかなぁ?」
 胸元に大きなルビーのペンダントをつけ、胸の開いたチューブトップに赤のスーツを着ているマリーに物真似をされて、ぶつぶつ過去の自分を振り返るゆうひに全員が笑った。
「まぁ、こんな感じで藤田さんとお話してみたいと思いまして、招待させて頂きました」
「そうでしたか。ですが、自分などつまらない人間ですが……」
「そうでもないですよ〜。藤田さん、見た目より話し易いですよ」
 フィアッセを挟んでのたまう知佳に、二日間苦労しっぱなしでイリアの心情を理解してしまったセルフィが、目尻を天井まで吊り上げて睨みつける。
 そんな友人に気付かず、知佳は話をフィアッセとマリーに向けた。
「ゆうひはともかく、知佳がこう言ってるから安心でしょ。ね? フィアッセ」
「そうね。知佳が後押ししてくれるんなら問題ないわ」
「……ウチは信用性無しですか?」
「大丈夫ですよ。歌は綺麗ですから」
「歌だけかい!」
 ゆうひがツッコんでいるという珍しい姿に、フィアッセとマリーが目を丸くする。
「珍しい。ゆうひがツッコんでいるなんて」
「うん。これは桃子にも教えないと」
 何やらセルフィを除いて和気藹々としてしまい、何か自分が監視しているのが馬鹿らしくなってきた。
 丸二日監視して、結局は血痕が靴に付着していただけなのだ。
 これは徒労だったかな?
 そんな思いがセルフィに浮かぶ。
 雲のように浮かんだ考えはあっという間に監視を行っていた事など忘れてしまった。
「ま、いっか。フィアッセ〜、はやく料理頼もう」
「何? 急にセルフィったら元気になって」
「心配が無くなったら誰でも元気になるでしょ」
「心配事あったの?」
「……あたしだって心配事の一つ位あるわよ」
 ニューヨークレスキューでもよくクレアに悩み事がなさそうで羨ましいと嘆息をつかれる時もあるので、これ以上強く言えないセルフィであった。
 だが、この時、注意していれば気付いただろう。
 藤田が入り口にほんの刹那の一瞬だけ視線を送り、眉が跳ねあがったのを。
「失礼。少々お手洗いに行かせて頂きます」
 フィアッセがウイエターに料理を出してくれるよう頼んでいると、藤田が席を立った。
「あ、は〜い」
「食事は始めて頂いてて結構です」
「コース料理だからゆっくりでもええで」
「そこまでは遅くなりませんよ」
 さすがに藤田も苦笑を洩らし、二、三度頭を下げながらトイレへと姿を消すと、CSS三人は今後のスケジュールや新曲の完成度合いに花を咲かせ、パソコンが詳しい知佳も作曲を始めようとしているマリーにソフトの説明をしている。
 一人ワインで唇を湿らせたセルフィは、自分が経験できなかった学生生活を満喫している生徒達にどこか羨望が混じる視線を送ってしまう。
 自分の生き方に後悔はない。
 いや、生まれてしばらくは後悔と自責の念で押し潰されそうだった。だが、そんな彼女に手を差し伸べたのが知佳の上司であり、養母であるエヴァーグレイス・M・ノアだった。『貴方の母であり姉であるリスティは道を選んだ。そして同じくHGSの仁村知佳は力を使う事選んだ。貴方はどうする?』
 一生忘れはしない言葉。
 今のところセルフィは生還率、救助率百パーセントを誇る。
 だがそれも何時まで続くのかわからない。人に襲いかかる災害は極めて残酷であり、それでいて全てに平等だ。その中でセルフィも知佳もどうなるのかまるでわからない。多分他人を守り死んでいくのだろう。ただ良ければ子供を産み、孫を抱き、家族に囲まれて死んでいきたいと望みの薄い未来を想像する時もあるが、所詮は叶う可能性の少な過ぎる夢だ。しかしそんな夢を手に入れたいと頑張っている自分もいる。
「そのためにも今を精一杯生きるってね」
 半ばまで空になったグラスをテーブルに戻し、話に加わろうと顔を戻した。と、その時、フィアッセが持ち上げたグラスにセルフィの背景が映りこんだ。
 ギラリと刃物特有の輝きを秘めた光を見つけた。
 大きな音を立てて椅子が激しく倒れた。
 レストラン内が一瞬で静まり返り、緊迫感を交えた表情のセルフィに全員の視線が集中する。
「セ、セルフィ?」
「あ……、ご、ごめん。ちょっと仕事用の携帯に電話……」
「驚かさないでよ。寿命が数年縮まったわ」
 少々辛辣だが、お風呂以外ではこんな様子のマリーなので気にも留めずに、手で片手で謝罪すると会話が再開されるテーブルの隙間を縫って、セルフィは外へ出ていった。
「フィアッセの席があそこだから……延長は……」
 セルフィ達の席は北側にある店の入り口から間に敷居を挟んで南側に位置する。そしてフィアッセの席は丁度敷居を背に座っていた。そしてセルフィが左に座っていたのだから方角は決定する。
 東側には採光用の小さな窓があり、グラスに映った光は窓の直線状にある雑貨屋と服屋の間の路地裏を示す。
 セルフィは胸に吊るしていたホルダーからデリンジャータイプの小型銃を取り出すと、握り慣れないグリップに力を込めて背を建物に預けた。
 心拍数が跳ね上がり、血管を取り抜ける血液が急激に冷めていく緊張感が体を包む。今まで人の命を助ける事はあっても奪う道具を訓練以外で手にするなど一度もなかった。力とは裏腹に全身から冷や汗が流れ出す。
 レスキューした相手が殺人犯で、炎に囲まれながらも掴まらないためにセルフィに襲いかかったという経験があり、その時に殺人犯が手にしたナイフと同じ輝きだった。 
しかしフィアッセがいる席で刃物など余りにでき過ぎだ。そして知ってしまったらセルフィは止まらない。
 数度深呼吸をして、気持ちを落ちつける。
 素直に銃なんて止めとけば良かったと思わなくもないが、彼女は鼓動を数える。
 一……二……。
 瞼が閉じ、高まった緊張が現場のような聖切な気持ちが湧き上がる。
 三……四……。
 ゆっくりと瞳が開かれた時、決意は固まっていた。
「フリーズ!」
 胸に押しつけていた銃を両手で突き出し、セルフィは路地に踏み込んだ。
 だがそこには……。
「ふ、藤田……?」
「セルフィ=アルバレットか」
 左手を血に染め、腕を伝って刀まで血の匂いを纏った藤田は、それまで見せていた好々爺とも見えていた笑顔を顰め、代わりに常に相手を睨みつけるような最悪の目付きと、人の良い雰囲気を殺気に置き換えて、驚愕するセルフィをギリシア神話のメヂューサのように釘付けにしていた。



おお、シェリーが藤田の本性に最初に気付いたね。
美姫 「気付いたというよりも、目撃だけどね」
どっちにしろ、次回のシェリーと藤田の会話が楽しみだね。
美姫 「一体、藤田の正体は何者なのか?」
そして、CSS関係者たちの周りをうろちょろとする謎の影は。
美姫 「面白すぎますよ〜」
益々、次回を期待して待つとしよう。
美姫 「じゃあ、また次回を待ってますね〜」
ではでは。



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