『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




W・高町恭也

 彼が警察署から出られたのは、すでに太陽が頂点に達するか否かといった時刻だった。 昨日、剣心と共に警察署に連行され、すぐさまリスティに連絡を取ったものの、すでに彼が見かけた時には息を引取っていた女性の件で、否応無しに取調べを受ける事になってしまった。
 元々幾つもの事件を解決し父親の関係で警察上層部に顔の効く彼は、いともあっさり容疑からは開放されたのだが、何故現場に居合わせたのか? という別の疑問を答える羽目となった。
 おかげで時間がかかってしまい、気付いた時には昨晩戦った剣心はすでに保護者によって引取られていった後だった。
 警察署の入り口を出たところで飛びこんできた強い日差しに、長時間室内にいた瞳がついていけず、思わず眼を細めた。
「恭ちゃん!」
 そこへ幼い頃から慣れ親しんだ声が聞こえ、声の主へ視線を向けた瞬間、彼は絶句した。
「美由希……なんて格好をしてるんだ?」
「え? あ、これはその〜……」
 呆れかえって言葉もでない様子の彼に、少し汗を滲ませた美由希はしどろもどろになりながら、体を隠すように手を右往左往させている。言われて恥ずかしくなったのか、顔も瞬時に赤一色に染まって湯気まで昇らせそうな勢いだ。
 それも仕方ないだろう。
 何故なら、美由希は海鳴近辺では見かけない白と黒のスタンダードセーラー服を着ているのだ。
「大体もう二十歳だろう? 何故制服を着ているんだ?」
「あ、う……実は真雪さんに……」
 その一言で、大体何が起きたのか想像がつく。
 知り合いの中で一番宴会好きで、酒が入ろうが入らなかろうがセクハラ大王であるさざなみ寮の大御所仁村真雪絡みとなると、どんな不条理も強引にやらされる事になる。
「大方、那美さんに用事があって伺ったら、真雪さんに捕まって、罰ゲームか何かで着る羽目になった。と、言ったところか?」
「うう……。何でこんな時だけずばり全部当てちゃうかな……」
 どうやら一つの間違いなく美由希に振りかかった不幸らしい。
「しかし、何で脱がないんだ?」
 当然の疑問だ。
 罰ゲームとはいえ、そこまで恥ずかしいのであれば内緒で脱いでしまってもバレはしない。
 しかし、美由希は諦めたように指を駐車スペースに向けた。
 彼もそちらへ顔を向けて……小さく嘆息した。
「なるほど」
「そう言う訳なの」
「恭也も美由希も何老け込んだ顔してるの」
 指の先にいた人物、二人の義母である高町桃子が嬉しそうにビデオカメラを構えているのを見て、美由希と彼――高町恭也は再度溜息をついた。

 白い西洋風ドレスシャツに、折り目のない赤いフラワースカートと言った仕事着の格好のまま現れた桃子の運転する新型マーチに乗り、三人は警察署を後にした。
 恭也もさすがに疲れたのか、後部席に陣取ると、荷物である小太刀を下ろしてググゥっと大きく伸びた。
「しかし、なんでこんな時間に母さんが? 店は大丈夫なのか?」
 店というのは、高町家の財政の中心であり、桃子が経営している翠屋という喫茶店の事だ。夕方には近隣の中高生が集まる人気スポットとなっており、今の時間帯だと昼のランチタイムに合わせて、忙しい筈である。
「大丈夫よ〜。まだ十一時前だし、しかも松っちゃんや忍ちゃんもいるし、何より、今日は那美ちゃんのセーラー服特別営業だもの。問題ないわ」
 最後の那美の件だけは素直に頷けないが、恭也はまだそんな時間なのかと納得した。
「でも恭也が親呼び出しされるなんて、一体どうしたの?」
 こう見えて恭也は依頼達成率ほぼ百パーセントを誇る護衛として活動している。中には桃子にすら話せないような危険な内容も多々あるが、それを差し引いても桃子は恭也を信頼していた。何度も警察に呼ばれる事は合ったが、第一報の「容疑者」という言葉には目の前が真っ暗になった。だが直後にかかってきた電話は恭也からのものであり、大丈夫だと説得した。
 おかげで一瞬だけ騒然とした高町家だったが、翌日、事情聴取を終えた恭也を迎えに行く事で落ち着く事となった。
「いや、少し斬り合っただけだ」
「斬り合うって……相手はナイフでも持ってたの?」
 助手席から身を乗り出して、美由希が振り返った。
「いや、刀なんだが、刃が逆についている逆刃刀と言う日本刀だ」
「何それ? 初めて聞いたけど……」
「な〜んか、意味なさそうな日本刀ね」
 互いに感想を述べるが、それは恭也も目にした時に感じた事だ。
 日本刀は切っ先に向かうに従ってほんの僅かな反りを作る事によって、より人を切りやすく、どれだけ人を切っても刃毀れさせない事を目的としている。だが逆刃にすると、本来の目的から外れるばかりか、刃が収まる部分は滑りやすく、更に摩擦の関係で納刀から居合へと繋げる抜刀術にも影響が出る。
「まぁ何かしらの目的が合って作られたんだろう。しかし、相手は強かった」
「あら。恭也が誉めるなんてよっぽどね」
「美由希、一度見ただけだが、どんな技を使ったのか再現して見せるから、帰ったら準備して道場だ」
 これは別に恭也が使う剣術に限った事ではない。
 おおよそ世界に存在する格闘術は、自らの流派を更なる高みへと昇華させるため、初見の技術を研究する。
 現在名を知らしめている技術は、そうやって先代が築き上げてきたのだ。
「で、なんでそんなところに居たの?」
 逸れてしまった話題を修正し、桃子は後部席に座っている恭也をバックミラー越しに見た。
 しばし考えて助手席に座った美由希も向けている心配そうな瞳に、恭也は小さく息をつくと、口を開いた。
「実はリスティさんから情報が入って、どうやら御神流に恨みを持つ輩が海鳴に入ったらしい」
 御神流。正式名称「永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術」。
 時代の影から護衛や不穏組織の殲滅などを生業としてきた流派である。その所為か、今から約二十年前、大陸の非合法テロ組織「龍」の爆弾テロによって、今では恭也と美由希。そして今は香港で仕事をしている御神美沙斗の三人しか御神流の使い手は存在しない。
「……でも、恨みなら父さんを死なせたあのテロの時に終わったんじゃ?」
「理由はわからない。だが、昨日の現場で殺されていた女性の傷は刀傷で、確かに御神流に近い切り口だった」
 それで昨日はお昼から出かけていたのか。と、美由希は納得した。
「何か、随分と物騒な話しねえ」
 話に着いて行けなくなり、苦笑を浮かべる桃子に、兄妹は申し訳なさそうに首を竦めた。
「信じてるから、何をやっても文句は言わないけど、できるだけ危険な事はしないでね」
「わかってるよ」
「大丈夫だよ。かーさん」
 二人同時に頷く姿に、幼い頃、何から何まで恭也の真似をしたがっていた美由希を思いだし、にこやかに笑みを浮かべると、桃子はその笑みを小悪魔へと変化させた。
「あ、そうそう。剣術やってもいいけど、美由希は罰ゲーム中だから、後三時間はセーラー服のままね」
「ええ! で、でも、派手に動くし……」
「私の仕事中もちゃんと着てるか、なのはがビデオ撮るから」
 えう〜。と、何やら出自の違う泣き声をあげる美由希に、恭也はやれやれと、苦笑をもらした。

「キャア!」
 想像以上だった一撃に、美由希は満足な防御も出来ずに道場の床を滑った。抑えきれなかった一撃は二本の小太刀を宙に弾き飛ばし、そこへ鞘の二撃目が美由希を激しく打ちのめした。とはいうものの、あくまで練習内での激しさであり、少しの間蹲った後、大きく息を吸い込みながら立ちあがった。
「今のが昨日俺が闘った相手が使った剣技だ」
「一撃目の居合の直後に続く鞘打ち……。普通は考えられないね」
「ああ、だがこれで待ちを中心とする居合であっても前へ出る事が出来、更に一撃必殺である居合を、鞘打ちすら必殺にする事によって相手の虚をつく事が出来る」
 御神流にも似た奥義が存在するが、それは奥義であって普通の技ではない。しかも抜刀術のように利き手を少し下げ、重心を人中よりほんの少し前にかけるのではなく、完全の前方に移動させた重心と、限界まで低くした姿勢から切り上げるタイプだ。技を受ける者は相手が目の前からかき消えたように見えるだろう。
「何て言う流派だろ? 恭ちゃん、知ってる?」
「いや俺も知らない。相手は飛天御剣流と名乗っていた」
「やっぱり聞いた事ないね」
 顎に手を当て、記憶を探る美由希から剣を持つ自分の手に向ける。
「やはり、物真似だと、威力も速度も半分以下か」
 神速を使わずに瞬間移動したように錯覚させる、初速からトップスピードへギアを切り替えられる脚力は恭也は持ち合わせていない。それでも小太刀二刀のためスピードを生かした戦法を使用するが、剣心の速度は異常だった。
「え? 今ので半分以下なの?」
「ああ、昨日は気力で堪えたが、一撃目を食らった直後にあまりの威力で手の感覚が麻痺した」
 実のところこれが戦闘を止めた一番の理由である。
 剣心の双龍閃を受け、捌いたのはいいのだが肘まで到達した痺れによってしばらくの戦闘行為が危険である境界線の一歩手前まで追い込まれていた。
 だがこれは剣心も同じで、小太刀二刀に加え飛針。そして神速まで使われるとなれば、一方的な展開になりかねない。引くに引けず、内心を表に出さずに再度構えを取ったのは一種のカラ元気でしかなかった。
「恭ちゃんがそこまで言うなら……相当の人だね」
「ああ。今度はしっかりと試合たいものだ」
 口元に強者と戦える戦士特有の笑みが浮かび上がる。
 幼い頃の無理な修行により、恭也の右膝は完全に壊れた。
 だが様々な紆余曲折によりある程度回復したが、彼は剣士として完成できる事ができない体へとなっていた。
 しかし、それでもただ純粋に強者と戦える喜びを持つのは、剣士だけではなく、武道に携わる者の性であろう。
「そういえば、どんな人なの?」
「ん?」
「だから、相手の人ってどんな人?」
「そうだな……」
 月明かりはあったが暗い住宅地の戦闘を思い出す。
 黄金色に反射した逆刃刀に、恭也と同じく黒に近い格好をしていた。普段から黒一色の格好を好む恭也に、服装の特徴など理解できない。
「あ」
「何?」
「そうだな。特徴かどうかわからないが、美由希くらいの身長で、赤毛に髪が長かい男だった」
 そうだそうだと言わんばかりに頷く恭也をよそに、美由希は固まってしまった。
 つい先日、自分と那美を手助けしてくれた少年を思い出し、道場が震えて母親と真雪命令で隠れて撮影していたなのはがひっくり返るほどの大声で、絶叫した。
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
 もちろん、恭也も耳を塞いで目を白黒させた。



<ちょっとした解説>

晶「……あれ?」
レン「……やや?」
晶「なぁ、なんでこんなところにいるんだ?」
レン「さぁ……と、こんなところに璃斗さんの書置きが……。何々……。
  『掲示板に何で美由希がショートなのか? という質問があったから、ちょっとした解説を載せようと思ったけど、美姫さんをゲストだと命の危険が確実だから、二人を解説要員に……』
って身代わりかい!」
晶「ぬぬぬ……璃斗さんめ〜! 後でとっちめてやる!」
レン「でも、確かに徐々に秘密を出していくタイプのSSを得意とする璃斗さんのSSは難しいかもしれへんな」
晶「言われてみればまぁ……」
レン「ここは一つ不本意ながら解説しよか」
晶「そだな。とっちめるのはその後で」
レン「ではまず、設定ですが〜」
晶「ゲーム終了後三年目。OVA『SWEET SONG FOREVER』より更に半年という設定……だったっけ?」
レン「そやそや。ウチが風校二年で晶が三年。美由希ちゃんは大学一年でおししょ〜は大学三年」
晶「で、なのちゃんが小学六年で那美さんが大学二年、忍さんと勇にぃは師匠と同じ大学に通ってる」
レン「で、美由希ちゃんが卒業して入れ替わりだから、本来は新入生の学年色は黄色なんやけど、学校の方針変更に伴って、一年が赤色、二年が紫、三年が黄色になっとる」
晶「と、こんなもんか?」
レン「そうやねえ。ま、また掲示板とか質問出た時でええんちゃうかな?」
晶「それじゃ俺は璃斗さんをとっつかまえに行ってくる〜」
レン「あ、ちょ! ……いってもうた。仕方ない。しめよ。ほな、また質問が出ていればお会いしましょ〜」

 遠くから一つの悲鳴が聞こえるが、その後は動くものもいなくなった。

晶「あ、璃斗さん、もう八話まで書いてる」




璃斗さん、投稿&解説ありがと〜。
美姫 「でも、失礼よね〜。何で私がゲストで参加したら、命が危険なのかしら」
多分、分かってないのは本人だけだよ。
璃斗さん、賢明な判断です!
美姫 「ふふふ。命知らずね…」
ゾワゾワ…。
そ、それが命の危険を感じると言われる理由だぞ!
す、少しはお淑やかにだな…。
美姫 「くすくす。護身術は乙女の嗜みよ」
いや、お前のは既に護身術じゃないし。完全な殺……。
や、やめて、ゆ、許して〜〜〜!!
(あまりにも酷い仕打ちなので、カットさせて頂きます……)
美姫 「くすくす。こんな所で寝てたら風邪引くわよ。まあ、別に私は構わないけどね。
     それじゃあ、またね♪」



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