『月は踊る、漆黒の闇の中で・・・』




第三幕 「月の下で・・・」



二人は自己紹介を終えてから傷の手当てに専念しはじめる。
  
恭也は傷口がしみて耐えるように目をつぶっていた。
  

  
ふと、目を開けて作業中の志摩子の姿を確認する。
  
顔を赤くしながら優しく手当てしてくれている。

「藤堂さん?」
  
  作業する手を止めてくるっとこっちをむいた。

「はい?なんでしょうか。」

「呼び方なんですけど、これでいいでしょうか?」
  
   突然の恭也の問いに微笑み、また手当てに取り掛かる。

「名前では呼んでくださらないのですか?」

「ふむ、いきなり名前で呼んでは失礼ではないですか?」

「そんなことないです。それに、、そっちの方が呼ばれなれてるんです。」
  
   作業しながらこっちを見てニコっと微笑んだ。

「では、志摩子さん。」

「はい♪」
  
   なんだか楽しそうである。あんな事があったのにそれを忘れているかのように。。
  
   いや。。忘れている。恭也との出会いに喜びを感じ今この瞬間を楽しんでいた。

「恭也さんはおいくつなんですか?」

「22です。今は大学生で今年卒業です。うまくいけば、ですが。。」
  
   当り障りの無い会話、どこか柔らかな雰囲気が流れている。

「思ったよりお若いんですね。大人びて見えたので、それに私と同じ学業に身を置く方でいらっしゃるなんて・・」

「ええ、こんな事やってはいますけど・・」
  
   苦笑しながら答える恭也に志摩子は包帯を巻いていく。

「でしたら、、無理に敬語を使わなくてもよろしいのですよ?私よりも年上なんですから。」

「そうですか?・・いや、、そうか。助かるよ。雑になるがいいか?」
  
   こんな感じで、と言った風に志摩子に了解をとる。


「ええ、そんなに気を使わないでください。」
  
   普段なら迷惑をかけた相手に気を使わないなんて恭也にはありえなかったが
  
  志摩子の柔らかな雰囲気に呑まれている恭也はまるで家族に話すかのようにリラックスしていた。

「それで志摩子さん、さっきから顔が赤いがどうしたんだ?」

「え!?」
  
   不意を突かれた志摩子は素っ頓狂な声をあげる。
  
  男性の肌に触れるなどいままでにほとんど無かった少女にはこの手当ては赤くなるには十分だった。
  
  ましてや初対面とは言え、既に好意すら抱いている相手だ。。

「さっきので何処か怪我でもしたのか?」
  
   そう言って恭也は怪我の無いほうの手で志摩子の額に手を添える。

「んっ!」
  
   っと目を瞑り更に赤くなる。

「少し熱いな、、大丈夫か?」

(誰のせいだとおもってるんですか!)
   
   心の中で叫びながらコクコクっと頷く。

「て、、手当ての続きをしないといけません!じっとしていてください。」
   
   思い出したように恭也に言い、包帯を再度巻き始める。

「あ、、ああ、すまない。」
   
   必死な様子の少女の心情など察する筈も無く恭也は焦って謝った。。
   

   やがて手当てを終えると。志摩子が口を開いた。

「これで一応簡単ですけど応急処置は終わりです、、けど・・」

「ああ、十分だ。ありがとう。それと、、すまない。。」
   
   感謝と謝罪の言葉をかける。
   
  青年の事を少しづつ理解してきた志摩子は苦笑し、
   
  同時にこの人はこういう人なんだと、胸が温かくなる。

「気にしないでください。せめてものお礼です。」

「お礼なんて。。」
   
   恭也は苦笑した。巻き込んでしまったのはこっちなのに、、と。

「それより志摩子さん、一つ聞いていいか?」

「はい?なんでしょうか?」

「こんな夜も遅い時間に何故こんなところへ?」
   
   夜の女性の一人歩きは関心しないと言わんばかりに恭也が真面目な顔で問う。

「・・・実は、妹と少し言い争ってしまって。。それで考え事をしていたら
 
 夜風に当たりたくなって散歩していたんです。」

「妹さんとか、、それにしても女性の一人歩きは危ないぞ?」

「分かってはいるのですが、、家で一人で居てもいろいろ考えてしまって、、」
   
   そう言って表情を暗くし、うつむいてしまった。

「すまない、無神経だったな。。立ち入った事を聞いた。」

「いえ、良いんですよ。一人で悩んでいても何も思い浮かばないんです。
 
 もしかしたら、、誰かに聞いて欲しかったのかもしれませんね。」
   
  顔を上げ、恭也の顔をみつめた。

「俺なんかでよければ。いくらでも聞くさ。」
   
   ニコッっと笑った志摩子の顔があった。

「一つだけ助言しよう、帰って妹さんと直接話して見るといい、
 
   悩むのは大切だが、悩みすぎるのは良くない。話して、話して、そうすればきっと解決するさ。」
   
  そう言って戦う事で問題を解決していく自分を思い、心に黒い靄がかかる。

「・・・そうですね。でも恭也さんは一つ勘違いなされていますよ?」

「え?」
   
   何か間違った事を言ってしまったのだろうか。。恭也は悩んだ。

「妹と言っても仲の良い下級生の事なんです。私の学園では仲の良い下級生を妹として指導する
 
 といった伝統があるんです。」

「ああ、そういう事か。」
   
   納得して微笑んだ。無邪気に、少女の顔を見ながら。
   
           ___ドクン___
   
               心臓の高鳴る音が聞こえた。
  
   自分の心臓の音だときずいた志摩子はほんのりと頬に紅を落とし、つられて微笑んだ。
   
  青年の微笑みを見るたび心が高鳴る、私はこの人に惹かれている。その事にようやく気づいたのだった。

「ええ、でも家に帰ったら電話してみます。遅いけど、もしかしたら起きているかもしれないし。」
   
   考えていることを表に出さないように普段どおりに振舞う。

「そうだな、それがいい。そうと決まったら帰ろうか。」

「あ、そうですね。もう随分遅い時間になってしまいましたものね。」

「送っていくよ、一人じゃ危ないからな。」
   
   そう言った恭也を見て思ったことを告げる。

「怪我をしてる人に送ってもらうなんてできません。
 
 途中でタクシーを捕まえて帰りますので・・。それよりも恭也さんは大丈夫なのですか?」

「ああ、、俺も問題ない。ホテルも歩いて行ける距離だしな。それじゃあ、気をつけて帰ってくれ。」

「はい、また、、会えたらいいですね。」

「そうだな、、また会えたなら今回のお詫びをしよう。」

「お詫びだなんて。でも楽しみにしておきます。それではごきげんよう。恭也さん。」

「ああ、おやすみ。またな。」
   
   そう言って少女は公園を歩いていった。
   
  見届け恭也は痛みを堪えて立ち上がる。

(く、、気が遠くなりそうだな、、)
   
   一歩踏み出そうとしてさらに痛みが走る。それでも一歩一歩、危なげに歩き出す。

「はぁ、はぁ、、ぐぅ・・、、」
   
   10メートルも歩かないうちに痛みで体がフラッっと傾き。地面に崩れる。

(くそ、、目が眩む、暗くて足元も良く見えない、これじゃホテルにつく頃には夜があけてしまうな。。)
   
   漆黒の世界に心を殺され一人立ち上がろうとする。すると、ふわっと心地のよい香りがした。

「大丈夫ですか?もっと他人を頼ってください。。」
   
   そんな言葉が聞こえ恭也の腕に暖かいぬくもりがふれた。
   
   くらくらしながらそちらを見るとさっき別れたはずの少女が少し怒った表情で恭也を支えようとしていた。   

「意地っ張りなんですね。こんな時くらい他人に頼ってもマリア様もお許しになってくれますよ?」

「なぜ?。。あ、、いや。意地を張ったわけじゃ。」
   
   戻ってきた少女に驚きを隠せずしどろもどろに答える。

「そうですね。これ以上私に迷惑をかけたく無かったんですよね?」
   
   そんな恭也を見て悪戯っぽい笑みをうかべて恭也に言った。

「私、乃梨子とは明日学園で話す事にしましたから。」
   
   少し考えて気づいた。乃梨子とは先ほど話した妹の事だろう。要するに恭也を送っていってくれるってことだ。

「・・・・すまない。頼む。」
   
   短くそう言って志摩子に体を支えてもらい立ち上がった。

「行きましょうか。」

「ああ。」
   

   痛みに耐え切れず辛そうに歩く青年を心配そうに見つめながら少女は支える。
   
  二人寄り沿うように歩きながら少女は一人思う。この青年を護ってあげたい。何の力も無い自分だけど。それでも・・
   
  歩くにつれ街灯もなくなり二人を照らすのは月の光だけになった。
   
  足元を照らすには弱すぎる光。それでも二人には月の微かな光が心地良かった。
   
  月の光はマリア様の慈しみ、恭也さんは一人じゃない。マリア様はみていてくれます。いつでも。
   
              そして・・そして私もきっと・・、、。
   
  少女の優しさと心地よい月の光に包まれて青年は歩いていく。
   
  さきほどまでの漆黒の世界はいつのまにか淡い光につつまれた優しい景色にかわっていた。。

   



何かいい雰囲気。
美姫 「本当ね〜。恭也に惹かれる志摩子」
果たして、二人の関係は進展するのか。
美姫 「次回も気になるわね」
ああ、気になるな。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね〜」
ではでは。



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