前書(必ずお読みください):このSSは原作の設定とは違い、オリジナルの要素が含まれています。

そういうものが嫌いな方、許せない方はこれ以上読み進めないことをお勧めします。

それでも良いという方だけ先にお進み下さい。

 

 

 

 

 

 

-HiME〜運命の断罪者〜

2th Step ヒミツの放課後/生クリームのシュークリーム

 

何処までも、何処までもやわらかい光。

闇を照らす朝日。

影が部屋の隅にその場を追いやられる。今は狭い闇の中へ。

光は差込み、うす暗い部屋の全容を明らかにしている。

影には悪いがココは外界に闇が訪れるその時までご容赦願おう。

照らされた部屋は明治のころ、入ってきた西洋の文化をそのまま取り入れたクラシカルな造り。

壁際にある木製の棚にはフランス人形とぬいぐるみが行儀良く横に列を成し並んでいる。

そして注目すべしは中央に鎮座したベッド・・・ではなく、

窓際。テーブルを挟み向かい合っている男女。

傍目から見て思うのはその歳の差。

青年と少女。

木目の丸いテーブルを挟んで何か会話をかわしている

方や黒髪で端整な顔立ちをした青年

方や車椅子に座る光沢のある灰色の髪の少女。こちらも同じく整った顔立ち。

兄妹だろうか?と間違ってしまうだろうというくらい。

其れぐらいこの二人の纏う雰囲気が似ている

「これが昨夜の詳細だ。最終的にああなってしまった。

被害を最小限に留めるつもりがすまない。」

青年は椅子に座りながらも軽く頭を下げる。

だが軽くとはいえその態度からは申し訳なさが如実にあふれ出ている。

そんな恭也を見て、少女は笑って返す。

「頭を上げてください。

恭也さんのせいではありません。それに、乗客の皆さんは全員無傷でした。

被害を受けた人がいるとすれば、今保健室で寝ている人を除いて一人だけです。」

其れを聞いて顔を上げる黒髪の青年、高町恭也。

恭也もまた笑みを浮かべている

その顔は先ほどまでの深刻な顔に比べてみても。

何処かいい笑顔に戻っているように見える。

「そうだな。彼女も災難だったがそう言ってもらえると救われる。」

「ですがこれで風華に全てのHiMEが集まったのは事実です。

彼も鴇羽さんに接触してくるでしょう。どうか今後はさらに気をつけて動いてください。」

少女の顔は真剣だ。

本当にこの少女は恭也を心配している、それが伝わってくる。

「大丈夫だ。そのためにあんな面を被ってまで正体をHiMEたちに知られないようにしているのだから。」

恭也が着けていた大獅子の能面。

あれはこの少女、風華学園理事長。風花真白、から支給されたものだった

顔を隠し、声色を変えれば。

声が男性にしては高い恭也ならば早々ばれることはない。

実際このことを知っているのは恭也の目の前にいる真白、友人(悪友?)である藤乃静留、真白に仕えるメイドである姫野二三を

含めわずか四人のみ。

「ですがくれぐれも正体が露見しない様にお願いします。

一番地もそうですがあなたの存在がHiME達に与える影響は大きい。」

「わかっている。それは俺もな――。」

恭也は一拍おくと椅子から腰を上げ立ち上がる。

「もう行かれるのですか。」

それを見て真白は少し残念そうに呟く。

「ああ、彼女がシスターたちの拷問に掛けられるまえに行かないと手が出せなくなってしまう。其の前にな。」

三時間、聖書の朗読を聴かされる。

キリスト教の教え、(ことわり)それを延々と。

まさに無神論者にとっては拷問に等しい。

さらに懺悔室にも入れられた日には今日一日、手出しが出来ない。

「でも無理はしないで下さい。あなたは自分の体の事を考えませんから。」

「それはどこかの理事長殿にそのままそっくり返させてもらう。理事長の仕事もあるんだ。あまり無理するな。」

真白もこの祭りを動かす側にいる以上、それなりに動かなければいけない。

それに際しいろいろと口を出してくる、其の上に立つ長老たちも抑えなければいけないのだ。

それは並大抵の労力ではないはず。

「だっ、誰がそんなことを――。」

そう言われ心なしか少女はたじろぐ。

顔も少し引き攣っている。

いつもに彼女はしない表情だが、この方が歳相応だ

「さきほど台所にお邪魔していた時二三さんがぼやいていた。真白様がおそくまでお休みなってくれないと。」

眼を閉じ、恭也は風華学園理事長である風花真白に諭す。

まるで兄が妹を注意するように。

「もう二三さんったら・・・。」

不貞腐れた真白の顔がより一層それを引き立たせている。

恭也はそんな真白に背を向け部屋の扉へと向かう。

「あっ、そうだ・・・。」

恭也は一度歩みを止め、首だけを真白の方に向ける。

「シュークリーム。翠屋の試作用に俺が作ったものだが、

二三さんに渡しておいた後でお茶の時間にでも試食してみてくれ。甘いものを、食べると疲れが取れるとも言うからな。」

そういって恭也は部屋から出て行く。

「あの人は変わったのか変わっていないのか、わらない人ですね。」

でもあの優しさはあの時のままだ。

そう思いながらも真白は恭也の出て行った方向を何時までも見ていた。

 

 

 

「さあ、おっしゃい何故あんなところで寝ていたの!!!」

風華学園の一室。

生徒会室。

そこに罵声が響き渡る。その声質は女性のもの。

ただいま借り物のジャージ姿の鴇羽舞衣は荒ぶる神のように仁王立ちに女生徒に尋問を受けていた。

「え〜と、それが・・・私にも分からなかったりして・・・。」

その迫力に押されてか、質問の答えに困ってか、おそらく両方だろうが

舞衣はおずおずと言葉を口に出す。

その煮え切らない態度にさらにイラだったのか、こめかみにハッキリと青筋を浮かべる。

生徒会執行部副部長、珠洲城遥は怒り心頭の余りもう一度、舞衣の前におかれた長机をたたく。

今朝の事件の首謀者(珠洲城遥:談)である鴇羽舞衣をにらめつけながら遥は腕を組む。

生徒会幹部しか着ることの許されない色違いの制服。遥の場合は緑色。

ブロンドに近い金髪の髪が揺れ其の緑色の制服の袖に皺が寄る。

まるでそれが遥の怒りを表わしているかのように思えてならない。

「時間外に得体の知れない部外者共々学内に侵入。

掛け替えのない憩いの場である美しい芝生を猥らに著しく損傷。

そこであられもない格好を晒し我々の清らかな眼と感性を汚染した、猥褻陳列。

さらには――」

止まらない遥の修飾語句満載のマシンガントーク。

評論家さんたちも舌を巻く勢い。

遥は其の左手に勢いをつけ振り上げビッシと効果音を鳴らしながら自らの左方向にある物を指差す。

「危険物の持ち込み!!!」

一切大きくなる遥の声。

舞衣も冷や汗を流しタジタジになりながらも遥の指差した方向に視線を向ける。

そこにはロッカーに立て掛けられている黒き大剣、いや立て掛けられているというのもおかしい。

鎮座している。それほどの存在感を其の剣は持っていた。

舞衣は其の剣を視界に入れ思い出す。

昨夜の事。

アレが夢であったならば・・・そんな事を舞衣は幾多も思う。

だがアレは現実だ。あの大剣で車の荷台を真二つにした少女。

紺藍色の長髪の両手に銃を持った女。能面を被り、翡翠色の小太刀を持った謎の人物、

そして機械的なホルム、背中に二つの砲門を背負った銀狼。

そこに鎮座する黒き大剣が如実にそれを語っていた。

「納得のいく説明を求めます。聞いてらっしゃるの?と・き・は・ま・い・さ・ん!!!!!」

再び長机が叩かれることで生まれる打撃音と執行部副部長の罵声。

舞衣は驚き我に返る。余りの大きな音の連携コンボに耳鳴りがする。

どうやら時は舞衣に悩む時間もくれないらしい。

「まあまあ。」

そんな舞衣の脇にティーカップが置かれる。

中には琥珀色の液体。

鼻を擽る心地良い湯気とアッサムの香り。

舞衣に対する救いの手はその紅茶と共に訪れた。

「遥さん、お茶でも飲んで落ち着こう。舞衣さんもどうぞ。冷めないうちに。」

其の手に舞衣に入れた物と同じであろう紅茶のティーカップと受け皿を持ち、

上品な微笑を浮かべた好青年。

こちらも普通の生徒が着ているものとは違う黒い制服。

そう言われてか自然に手が紅茶に伸びる。

そしてカップに口をつける舞衣。

「ああ、おいしい」

舞衣が感嘆の声を漏らす。

昨夜から何も食べていないせいもあって、

空っぽの胃に紅茶が染み渡る。

其のせいか舞衣にとって其の紅茶はとても美味しく感じられた。

だがその舞衣の姿をみて其の目の前にいる遥は何かやるせない怒りがこみ上げてきたようだった。

「ええっと・・・。」

そんな配慮の青年の整った顔立ちと容姿も相俟ってか

舞衣の顔が少々赤い。

「三年の神崎。一応副会長よろしくね。」

「どうも・・・。」

浮かべる微笑はとても上品だ。

「黎人さん、例え副会長といえども口を挟まないで貰えます?学園の風紀を正し安全を司るのは我々執行部の仕事ですので!!!」

遥は黎人を感情のこもった視線で一瞥したあと舞衣の持っていたティーカップを掠め取る。

「あああっ。」

そして、舞衣の叫びを無視し一気に飲み干した。

「遥ちゃん。」

そんな遥の姿を生徒会執行部の書記である一年菊川雪之がなんとも言えない視線で見ていた。

「まあまあ、そう肩肘張らずに。」

「其のまあまあ主義が気に入らないんです、私は。あなた方がそんな感じで学園風紀を乱す連中を放置するから

おかしな事件が持ち上がっては我々執行部員が――。」

「まあまあ。」

「ほら、またぁ!!!!」

黒板の前では其のやり取りを我知らずという感じで生徒会長、藤乃静留が椅子に座りながら湯呑みに口をつけている。

こんなことでいいのか生徒会。

そういいたくなる光景。

不意にガラガラっと音をたてて黒板脇の生徒会入り口が開かれる。

当然のごとく集まる視線。

底には舞衣の見知った人物が立っていた。

「被告人に面会で〜す。」

風華学園の制服で身を包んだ楯祐一がそこに立っていた。

舞衣を小馬鹿にしているとしか思えない発言を祐一は吐く。

「だれがっ!」

ムッとして小声で悪態をつく舞衣。

舞衣は知った顔を見つけて安心した自分が馬鹿のように思えた。

「お姉ちゃん!!!!」

生徒会室に突然響き渡る声。

今ここにいる誰のものでもない其の声は今にも泣き出しそうだった。

其の声の主である少年は生徒会室に飛び込むと真っ直ぐに舞衣に向かって駆け寄ってくる。

祐一のいうところの面会人。

「巧海!!!」

面会人、鴇羽巧海は姉である鴇羽舞衣の胸へと飛び込む。

そんな巧海を両手で抱きしめる舞衣。

其の眼からはもう既に涙がこぼれていた。

「心配したんだよ。」

「ごめん・・・。」

遥も幾らなんでもそんな兄弟の感動の再会に口を挟めない。

鴇羽姉弟の再開を目の前に頭をかいている。

そんな最中、静留は湯呑みを机の上に置くと不意に立ち上がり祐一へ、いや祐一の後方に視線を投げる。

「来はりましたな。遅いですえ執行部長はん。」

「すまん。理事長に今朝の事のあらましの報告にな、修繕業者への依頼もある。

幾らなんでもそれも生徒会だけの手でやる訳にはいかないだろう。」

生徒会入り口から入ってくる影。

そこにいたのは黎人と同じ黒い制服を着た生徒会執行部、部長高町恭也。

「部長!!!」

応援が来たとばかりに珠洲城遥は歓声を上げる。

だがそんな喜びは無情にも打ち砕かれた。

恭也の一言で。

「遥、鴇羽舞衣さんは釈放だ。」

其の言葉に一瞬、遥は固まる。

まるで石膏でできた彫像のように。

だが珠洲城遥という人間はこんな事では挫けない。

石膏に皹が入り、遥はすぐさま復活。

「なっ、なぜですか部長。ここは徹底的に調べるべきです。そう例えシスターの力を借りたとしても。」

恭也は遥の最後に言った言葉にやはりかと思いながらも

冷静に反論を返す。

「今朝の事は一人や二人でやれるものではない。やるとしても重機などのそれなりの装備が必要だ。

だが校庭にはそんな痕跡は見つからなかった。だとすれば鴇羽さんは昨夜未明から今朝までに起きたなんらかの事件に巻き込まれた被害者。

そう考え方が自然ではないか?」

現場状況。

証拠不十分。

目撃者、皆無。

それから来る見解を述べる恭也。

「でっ、ですが。」

「珠洲城さん。」

恭也の言ったことに納得できない様子でたじろぐ遥に横から静留が声をかける。

真っ直ぐとして凛とした赤い瞳。

「学園の安全を司るのが執行部の仕事、せやったな。」

静留のなごやかな微笑み。

誰もがこの笑みで静留がどんな人か第一印象を設定する。

普通の人ならば“綺麗な人”、“優しい人”だろう。

だが遥はそれと異なっている。

遥の静留に対する第一印象は“何を考えているのか分からない女”

だから遥にとってこの掴みどころのない笑みは苦手なモノだった

「ほな今は鴇羽さんが学園来はったことを喜んだほうがええんと違います?」

恭也と静留の相次ぐ正論に最早、遥は対抗する術を失った。

 

 

 

「ほんとにもうあの珠洲城って人なんであんなに偉そうなのよ!感じ悪う!!」

学園内の廊下。

三人の人物が歩いている。

学園の制服に身を包んだ鴇羽舞衣はさきほどまでの出来事とそのことの一端を担った

人物に向かって愚痴に近い憤慨の念を溢していた。

それを後ろに付き従いながら見守る巧海。

もうすっかり先程の泣き顔は消え失せ、

姉の元気なところ見てか、にこやかな笑顔を浮かべている。

転校初日ということもあり舞衣と巧海は職員室に向かっている。

其の前方には生徒会役員達から案内役に任命された祐一の姿。

「ここのとこ、変な事が多くて気が立ってんのさ。執行副部長殿は。」

「でもあの人だって生徒でしょ!」

「うちの学校は生徒指導も生徒会がやることになってんだよ。学生による、学生のための、学園の自治ってお題目。」

そんな祐一の言うことをムスッとした顔をしながらも聞く舞衣。

「でっ、あんたも其の生徒会の一員って訳?似合わないけど。」

「余計なお世話。俺は役員でもなんでもないよ、ただの手伝い。」

そんな舞衣の言葉に反論する祐一。

「下端。」

「ほっとけ。」

「使いっぱしり。」

「煩い。」

だが祐一も舞衣の並べる言葉に否定できない点もあり、

言葉に力が弱い。

そんなやり取り最中、不意に舞衣の横から音が聞こえてくる

硬いもの同士がぶつかり合う小気味良い音。

其の発生源は巧海の手の中。

巧海は指を指しそれを舞衣に見せる。

それはあの薬入れ。

舞衣があのフェリーで取りに戻り祐一に巧海に渡してくれと託した薬入れだった。

そう祐一は届けてくれたのだ。

舞衣との約束にたがうことなく。

舞衣は笑顔で祐一の後姿を見る。

痴漢現行犯でスケベだけどこいつはいい奴だ。

鴇羽舞衣は楯祐一のことをそう認識した。

「そういや、あの娘は?船で拾った。」

「あっああ、あの娘なら保健室。全然眼覚まさないらしくて・・・。」

朝の校庭の出来ごとから目覚めることなく、今も尚、命は眠り続けていた。

舞衣の言葉の歯切れが悪い。

当然と言えば当然。

この風華学園に来るまで自分の周りで訳のわからないこと起きすぎている。

あの少女と出会ってから。

「あのときフェリーで――。」

「何があったんだと」続けようとして祐一は言葉を止める。

もう済んだことだ。それに・・・。

「まあいいや。また死にそうなめに逢わされちゃ堪んないしな。」

「言っときますけど、私は頼んでませんからね。着いてきてくれなんて!」

祐一の言い分に舞衣は反論する。

確かに舞衣はあの時着いて来てくれなどと頼んでいない。

「へいへい、余計なお世話でしたね。可愛くねえたらっ!」

「むっ。」

舞衣の祐一に対する再認識。

やっぱりこいつは嫌な奴だ。

「あの・・・。」

後方から今まで一切会話に入ってこなかった。

巧海の呼び止める声が聞こえてくる。

巧海は一つの部屋の前で立ち止まっていた。

「ここですよね、職員室?」

巧海の指さす、戸の上には確かに『職員室』と書かれたプレートが存在した。

「とにかく、俺はこんりんざいあんたにもあの娘にも関わらない。無茶するなら一人でやってくれ。」

びしっと舞衣を指さし祐一は宣言する。

「好きにすれば。」

舞衣もそう返答して職員室に入って行く。

巧海も二人のやり取りに苦笑いを浮かべながらそれに付き従うのだった。

 

だが運命とは意を介さない。

それが必然、偶然をたがわず。

祐一の眼に飛び込んでくるのは自らの担任と並ぶ、

自分がもう二度と関わらない事を宣言した少女。

祐一曰く『言ってるそばから、何故こうなる。』

それだけこの二人に縁がある。そういう事なのだろう。

「鴇羽舞衣です。よろしくお願いします。」

教室に明るい声が響き渡る。

その教室内の窓際手前の列、後方に祐一は座っていた。

こうして鴇羽舞衣と楯祐一はクラスメイトと相成ったのだった。

 

 

 

時の流れるのは早い。

時は金なりとは良く言ったものだが、ここの生徒たちは其の時間の経過を喜んでいる。

言わずと知れた開放感。空腹を満たすため我先にと食堂へ走る人々。

客でごった返す購買。

学校に通ったことがあるものは絶対に味わう時間。

昼休み。

生徒達にとって一時の休息の時間。

そんな最中の生徒会室。

「すんまへんな、二度手間を取らせてしもて。昨日のこともあって疲れてはるのやろ?」

「そうでもない。この前の連休で結構休むこと出来たからな。」

この二人はほかの生徒たちとは違った。

生徒会室に今朝と同じようにお茶を啜りながら、

彼女の定位置に座る、静留。

その横で腕を組み黒板に寄りかかるように立っている恭也。

恭也は静留に昨夜も言ったように昨日の詳細を事細かに話していた。

内容的には今朝、真白に話したことと大差はない。

「それでも疲れは残ってるはずや。気をつけなあきまへんで。」

「わかった。気をつけるとしよう。では俺も学食に行って来る・・・。」

そう言って黒板から背中を離す恭也。

「あら、今日はお弁当やあらへんの?」

静留は恭也のいつもとは違った行動に疑問を投げかける。

いつも恭也は自分の住まいの件など、母である桃子に悪いということで

生活費は自分で払っている。

桃子は気にしなくて良いと言っていたが恭也はこれだけは断固として曲げなかった。

そんなため彼いつも節約のため自分で弁当を作って持参している。

「ああ、今日は作る暇が・・・そういえば忘れるところだった。」

恭也は生徒会出口へと向かおうとしていた自分の体の向きを変える。

そして何処からともなく、あるものを取り出す。

「試食を頼む、翠屋の新製品予定の試作品だ。オリジナルとまではいかないので味のほうは保障しないが。」

恭也が取り出したのはケーキを入れる紙箱。

中には今朝、二三に手渡したものと同じシュークリームが入っている。

「また、桃子さんからどすか?」

今日、弁当を作れなかった訳。

これがそうだ。

恭也は甘いものは苦手だ。

だがそれに反し味覚は鋭い。

其の事から恭也はこの学園に来る以前、延いては幼少の頃から母である桃子がやっている喫茶店、

翠屋の試作品の試食をすることが多かった、

それはここに来てからも変わることはない。

だが変わった部分がある。

其れは試食する洋菓子や他の軽食(サンドイッチなど)を恭也が作るというところ。

恭也がこの学園に入学する条件が“翠屋の味を忘れないこと”

そんな桃子の言葉に、別に異論がなかった恭也はそれに従った。

彼女に他の狙いがあるとも知らずに・・・。

恭也はこの風華学園に入学が決まってから

翠屋メニュー全制覇というお題目を掲げられ連日のように、料理、お菓子作りの特訓をさせられたのだ

其の甲斐あって恭也の料理の腕は日に日に上達していった。

妹分二人組、末の妹は『さすが師匠(お師匠)(お兄ちゃん)などと言っていたが』

美由希は『‘剣’だけでなく‘料理’まで突き放されていく〜』と本気で泣いていた。

だがそんな料理特訓の最中、恭也の味覚に変化が生じた。

今思うと高町桃子の狙いは別にあったのかもしれない。

恭也は何ともなしにそう思っている。

甘いものを食べた時に頭をよぎる僅かながらの不快感。

それが消えたのだ。

恭也自身も信じられなかった。

だが現実、それは消失した。

こうしたある一部のもの(・・・・・)を除いての甘いものの攻略に至ったのである。

そして今では桃子からレシピと材料費が送られてきては知人に試食と際し、

恭也自身が作ったものを配っては感想や意見を聞いている(それが桃子へ)。

「ああ、玖我かもしくは取り巻きの子たちと食べてくれ。後で感想を聞かせてくれると助かる。」

そう言って恭也は静留に手渡す。

「ほな、ありがたく頂かせて貰います。そうや、あんさんも一緒にどうどすか?」

生徒会室から去ろうとする恭也に静留は誘いを持ちかける。

「いや遠慮しておく。女所帯に男一人というのもお邪魔だろう、それに今回のは、その・・・生クリームが多くてな・・・・・・。」

恭也は其の誘いを断る。

其の言葉は何処となく歯切れが悪い。

「相変わらず生クリームを使ったものだけは未だに苦手なんやね。」

そう恭也が攻略に至らなかった一部のもの(・・・・・)それが生クリーム。

幼少の頃の経験があって未だに生クリームだけはだめだった。

とくに生クリームたっぷりのシフォンケーキは。

トラウマというものは怖いものである。

「まあ、そういうことだ。では他にも行く所があるのでな・・・。」

「ちょい待ち。」

恭也は去ろうとするが静留に呼び止められる。

「なんだ?何を言われようと喰わんぞ。」

こう見えて悪戯好きの静留のことだ、

シュークリームをネタに弄るきだろうと静留に注意を促す恭也。

「違います。幾らなんでも、今はそんな事はしまへん。」

心外そうに静留は呟く。

「今でなければやるのか?」

「ええもちろん。」

静留は恭也の返した質問に即答する。

満面の笑みで。

この迷いのないところが怖い。

「では、なんだ?」

「これ、貰ってくれまへんか?」

静留から差し出されるのは紺色のハンカチに包まれたもの。

大きさから察するにそれは弁当箱だと思われる。

「なつきに作ってきたんやけど、今日はまだ来てへんみたいやから。」

確かに昨日のごたごたもあって、なつきも疲れているはずである。

授業に顔を出すのは昼からになるだろう。

「こちらとしては助かるがいいのか?」

「かましまへん。シュークリームのお礼だと思ってくらさい。貰ってくれへんと代りに――」

静留は先程恭也が渡した紙箱をあさる。

「シュークリームごちそうしますえ。」

満面の笑みで静留は取り出したシュークリームを掲げてみせる。

まぎれもなくそれは生クリーム入りのシュークリームだった。

なぜ外見だけで種類がわかる。と恭也としては突っ込みたいところだが喉の奥に其の言葉を引っ込める。

「わかった、貰う。貰うから、だから掲げるのをやめろ。」

恭也としては苦手な生クリームを御馳走になるのは避けたい。

恭也は弁当箱を手に取る。

「ほな、空になったら後で茶道部の部室にでも持ってきてや、放課後にはたぶんそこにいると思うさかい。」

「わかった、出来るだけ善処する。」

無理な可能性もあるのでその旨だけを伝える。

そうして恭也は生徒会室から出て行く。

「ほんま、恭也といい、なつきといい、からかいがいがあるわぁ。今度はどんなネタで遊ぶとしよか〜♪」

その後。生徒会入り口をみながら、そんな物騒な事を呟いている。

生徒会長の姿があった。

 

 

 

「学食の癖に高ーい」

割り箸を割る音と共に響く悔いに満ちた声。

生徒によって埋め尽くされた食堂。

多種多様なメニュー。其の綺麗な外観。テラスがあるため天気が良い日は外でも食べられる。

そんな点から人気のあるこの風華学園の学生食堂。

だが、無難に当たり外れがないラーメンを頼んだはずの鴇羽舞衣は不満のようだった。

其の原因は舞衣の頼んだラーメンの値段にある、

このラーメンを買うお金で材料を買えば舞衣には幕の内弁当を二つ作れる自信があった。

それを考えると舞衣としては損した気分なのだ。

「そうかな?味もそこそこだし、結構人気あるんだよ。」

舞衣の不満そうな顔に対し斜め左に座るメガネをかけた少女は少し残念そうに呟く。

因みに彼女が頼んだのはカレーライス。

その照りと色もさることながら、其の匂いが食欲をそそる一品。

彼女は食堂に来ると週に三回はコレを頼むらしい。

何故舞衣がこんな状況下に置かれているかというと、

昨日の一件のせいでいつもは作るはずのお弁当を作れなかった舞衣は、

少女二人に誘われるがまま学食に来たのだった。

別に断る理由もない。

「ああ可愛い。中等部の子かな?」

メガネの少女の反対側。

つまりは舞衣の右斜め、

栗色の髪と人懐っこい笑顔が印象的な少女。

彼女は何か見つけたのか、

其の瞳を輝かせながらある人物を見ていた。

中等部の制服を着た可愛い顔立ちをした少年。

手に料理の乗ったトレーを持っており、キョロキョロと首を巡らせている。

其の動作は何処に座ろうかと空いている席を捜しているようだった。

少年に視線を移す舞衣。

舞衣は其の少年の事を良く知っていた。

「巧海、こっち、こっち。」

手を振り上げ自らの弟の名を呼ぶ舞衣。

少年、鴇羽巧海もそれに気付き困り顔が、パッと明るい顔になる。

「ねえねえ、鴇羽さん。其の子・・・。」

栗毛の少女は舞衣に質問しようとするが当の本人が来たため中断する。

巧海が席に座るのを見計らい、舞衣は紹介を始める。

「弟の巧海。中等部一年。で、こっちは・・・。」

巧海は其れに合わせ会釈する。

巧海の紹介を終わらせ自分たちの紹介に移ろうとしたとき、

舞衣は気付く。

自分がまだ彼女たちの名前を聞いていない事に。

「瀬能あおいです。是非是非仲良くしようね〜♪」

それを察してか察せっずか、栗毛の少女が先に名乗りをあげる。

「原田千絵。自称学園の事情通、もしくは消息筋。よろしく。」

今度はメガネの少女名乗りを上げた。

個々の自己紹介もおわり、舞衣に対しあおいが質問を投げかけてくる。

「そういえば鴇羽さん。執行部に捕まってたんでしょ?

よく時間道理にホームルームに、来れたよね。てっきり、転校が一日御流れになるのかと思ってたよ。」

其の話をきいて少し顔を引き攣らせる舞衣。

舞衣は改めて、自分はあの時そこまで窮地に立たされていたのかと実感する。

「えっと、生徒会長さんと執行部長さんに助けてもらって・・・。」

其の発言に沈黙を守っていた千絵のメガネがキュピーンと輝く

「恭也先輩に会ったの!?どんな様子だった?なんか変わったところなかった?」

身を乗り出して舞衣に詰め寄る千絵。

舞衣も其の餓死寸前に獲物を見つけた虎のような迫力に押される。

「どんなって・・・。」

まったく意味のわからない質問に舞衣もどう返していいのか分からない。

「ほら疲れてるようだったとか、なんか元気がなかったとかあ・・・。」

千絵も身振り手振りで説明しようとするが舞衣には全然分からない。

「千絵ちゃん転校してきたばかりの鴇羽さんに聞いても無駄だよ。私でさえ分からないんだから。」

千絵はあおいの其の言葉にハッとする。

「それもそうか。ゴメン・・・。」

千絵は苦笑い浮かべながら身体の体制を元に戻す。

「ほんと千絵ちゃんは恭也先輩、LOVEだよね〜。先輩の事になると眼の色変わるもん。」

あおいはニヤニヤと笑みを浮かべながら、千絵のほうを見る。

そう言われた千絵の顔が何処となく赤い。

「いやただこの頃先輩がその、疲れているようだったから・・・。」

歯切れの悪い言葉。

千絵は先程の雰囲気とは一転して少しおどおどとしている。

其処が少し可愛い。

「恭也先輩って執行部長さんのこと?」

疑問符を浮かべながら舞衣はあおいにむかって問いかける。

舞衣はフェリーで面識があるが一言二言、言葉を交えただけなのでそんな良くは知らない。

「そう。生徒会執行部執行部長、高町恭也先輩。この学園の安全を支える陰の功労者。

そして、千絵ちゃんの初恋の人なので〜す♪」

ババーンという効果音がなりそうなほどのあおいの宣言告知。

「ちょっ、ちょっとあおい。」

千絵の顔がさらに赤くなる。

あおいは気付いていなかったが千絵は気付いていた。

連休まえの恭也のいつもと違う表情の変化に。

恭也が疲れをためている事に。

普通ならば気付けと言われても気付けるものではない。

恭也は自らを隠すのがうまいから。それでも気付く事のできた千絵。

恋の力という事か・・・。

千絵はまだ顔を赤くしている。

だが次の瞬間、そんな千絵は彫像のように固まる。

「瀬能。俺がどうかしたのか?」

舞衣の後ろから飛んでくる声。

男性の通常より高い声。

黒髪に端整な顔立ち

そこにはいつのまにか高町恭也その人が存在していた。

「きっ恭也先輩、さっきの話聞いてました?」

そんな中、復活した千絵は恭也に慌てて問いただす。

「いや、俺の事を話しているのは聞こえたが内容までは聞こえなかった。」

キョトンとした顔で答える恭也。

「はあ〜。」

大きな溜息を吐く千絵。

其の言葉に千絵は心底安心する。

今、学食に入ったばかりの恭也には自分の名前が出ているのは聞こえても内容までは聞き取れなかったようだ。

「もしかしてお邪魔だったか?用件はすぐ済むのだが――」

「そんな事ありません!!お邪魔なんてとんでもない!!!」

「そうか?」

「そうです!!」

千絵が間髪いれずに恭也に答えを返す。

そこには何処となく千絵の必死さが窺えた。

「あれ・・・。」

恭也はなんとなく視線をテーブルの方に向ける。

眼につくオレンジ色の髪。そこに座っている舞衣と眼があった。

「鴇羽さん、原田たちと同じクラスになったのか?」

恭也の眼が捉えたのは舞衣の姿。

昨夜の件もあり、鴇羽舞衣は恭也も中では重要な人物に上がっている。

「あっはい。そういえば其の今朝は有難うございました。なんか私かなり危ない状況におかれていたみたいで・・・。」

千絵たちの話で自分の朝の状況を再認識した舞衣は改めて礼を言う。

「其の僕からもありがとうございました。姉がお世話になって。」

巧海もまた礼を言う。

姉思いの弟らしい行動。

「いや、こちらこそうちの遥が失礼な事をしたお詫びしたい。」

自分たちに非があったことを認め礼節をもって応対する恭也。

執行部の問題は恭也の問題でもある。

そもそも責任者は責任を取るために居るのだから恭也が謝罪するのも当然といえば当然。

其のやり取りが終わったところをみてあおいが恭也に向かって口を開く。

「それより先輩、用件はなんなんですか?もしかしていつもの・・・。」

其の瞬間、あおいの眼が先程の非でないほどキラキラと輝きだす。

この眼はどうなっているの?

そんな疑問が飛んできそうだ。

謎である。

「ああ、今回も頼めるか?感想は多いほど良いからな。」

恭也は左手を上げてみせる。

古今東西変わることなく女の子は甘いものに眼がないらしい

そこには二三や静留に渡したものと同じシュークリームの入った紙箱が握られていた。

 

 

 

そのやり取りを観る傍観者。

自らの昼食に手をつけずに彼は其れを見ている。

なぜだろうか?

関わらないと決めたはずなのに気になってしまう。

そんな自分がわからない。

フェリーでの件があったせいか?わからない。

彼女が気になる自分が。

「お兄ちゃん!!」

隣わきからの怒鳴り声。

楯祐一は宗像詩帆の声に自我の世界から抜け出した。

「本当に何もなかったの?」

「なにが?」

突然の質問。

祐一はそれに質問で返す。

「あの舞衣って人と!!」

詩帆の質問の主語となる人物の名。

其れを聴いた瞬間、祐一の頭から引き出されるのは――

―胸の感触。

顔を赤くしながらもこんな事を思い出してしまう自分に嫌気が差す。

「そんなこと気にせずさっさと喰え。」

まるで誤魔化すかのように祐一は口の中にご飯をかき込む。

詩帆は自らの手の中の天丼に口をつける事は出来ず、其の様子を黙ってみていた。

拭っても拭っても消えない不安という汚れに苛まれながら。

 

 

 

ドンという叩きつけられる音。

叩きつけられたのはその殆どが灰色の再生紙で作られた、新聞。

「なんか怪しいのよね、あの鴇羽って子。絶対何か隠してる。」

其の新聞叩きつけた本人、珠洲城遥は眉に皺をよせながら其の思案の表情を崩さない。

自分の中の何かが鴇羽舞衣が怪しいと言っている。

遥はそう感じるのだ。

そして遥はこの感に絶対的な自信を持っている。

「でも、フェリーの事は最近、学園で起きている事件とは・・・。それに部長もああ言ってたし。」

菊川雪之は遥に現状を告げる。

学園で起きているのはよくある怪談じみた話。

黒い影が中等部校舎の廊下を歩いていたとか。

夜になると裏山から何か獣の遠吠えが聞こえるとか。

そんな感じの――。

今朝の事にしても恭也の言った事は的をえている。

「いいえ!関係あるわ、絶対!!」

雪之の発言にも耳を貸さず、遥は自分の意思を曲げようとしない。

遥は机に腰をかける其の横にあるものを手に取る。

それはシュークリーム。

恭也が試食にと遥達のところに置いていったものだ。

其れを遥は口に入れると頬張る。

口の中に広がり鼻から抜けていく甘い匂い。

ほんのりと混ざるバニラの香り。

バニラビーンズ入りの生クリームのシュークリーム。

翠屋の今回の試作品第一弾だ。

遥としては辛いものの方が好みなのだが。

甘いものが嫌いというわけではない。

「だいたい、部長も藤乃静留の生徒会も甘すぎるのよ、

今回の件は徹底的に調べ上げてあのぶぶ漬け女と茶坊主共をやり込めてやるわ!!

いいこと雪之、何かあったらすぐに私に報告なさい。」

雪之は鴇羽舞衣と同じクラスだ。

見張りをするには絶好の環境ともいえる。

だが雪之個人としては遥に事件を調べるためにとはいえ余り危ない事をしてほしくないのだ。

雪之は、もう一つの試作品であるクリームチーズのシュークリームを頬張りながら遥を心配そうに見つめていた。

 

 

 

「最近、変な事が多いって本当なんですか?この学園?」

舞衣は後ろに振り向きざま質問する。

此処に居るのは五人。

鴇羽舞衣、その弟の巧海。原田千絵と瀬能あおい、そして高町恭也。

ここで湧き上がる疑問。

なぜ恭也が彼女たちと一緒に居るのか?

恭也が試食品を届けたあの後、彼はすぐに其処から去ろうとしたのだが、

千絵とあおいの強い誘いもあり。

彼女たちと共に食事を取ったのだ。

そして、まだこの学園に来たばかりの鴇羽姉弟へ学校案内も兼ねて校庭に出て来たのだった。

恭也としてもこれは絶好の機会と言えた。

鴇羽舞衣がHiMEとしての覚醒に至っていない今現在。

奴が接触してくる可能性は絶対。

白髪の怪児、炎 凪。

そのためとの舞衣との距離を縮めておいた方が何かと便利と言えた。

打算的な考えで恭也としても嫌なのだが何か事が起きてからでは遅い。

「ああ、ほとんどが、目撃者が居ても物証がない怪談話みたいなものなんだが、

何分、生徒たちからの要請がある以上、執行部も動かない訳にもいかない。俺たちとしても困っていたところだった。」

朝、珠洲城遥が言ったように学園の風紀と安全を司るのが執行部の仕事。

例え其れが根も葉もないような怪談話でも動かない訳には行かない。

恭也は其の事件の真相を知っていたが喋ることはできない。

それら全てが哀れな迷い子達への挽歌の残り火なのだと言う事を。

「そこで突如湧き上がってきた今朝の事件。

そんなこともあってただ今の最新のトピックスは君だね〜鴇羽舞衣君。」

すっかり何時もの調子に戻った原田千絵はそう言い放つ。

携帯のカメラで舞衣を狙いながら。

其のカメラ越しに写る、

芝生の上の綺麗な円形で存在しているクレターには執行部の手によって

『立ち入り禁止 KEEP OUT 生徒会執行部』と書いたテープが張り巡らされている。

初めて上がった物証を大事に保管するように。

そうだからこそ喰いついたのだ。

執行部、延いては珠洲城遥が今朝の事件に。

恭也は思う。

今朝は、自分もああ言ったが彼女は真相を知るまでやめないだろうと。

「ねえ、コレどうしたの?」

あおいは興味津々で舞衣に事の詳細を尋ねてくる。

巧海をいたく気に入ったのか腕を組んで離そうとしない。

「ええっと、なんというか――。」

舞衣は其の質問に口ごもる。

顔には苦笑い。

話そうにも話せない。

自分にもこの状況が良く呑み込めていないのだから。

というか自分がどうやって海の中から助け出されたのかは何も分かっていない。

舞衣が返答に困っていると視線の先にある人物が舞い込んできた。

流れるような紺藍色の髪。

すらっとしたスレンダーな体つき。

端整な顔立ち。

其の姿に誰もが見惚れてしまうだろう。

だが舞衣の思うところは違う。

あれは昨夜みた―

「えっ!!!」

身体を自然に千絵の後ろに隠す。

そうだ、確かにあれは昨日フェリーで見た顔だ。

舞衣はフルフェイスのヘルメットが割れた瞬間見えた顔が印象的ではっきりと覚えていた。

玖我なつきの顔を。

「ねえあの娘、誰!?」

舞衣は今、一番知りたい事を誰ともなしに聞く。

「おお、玖我なつき嬢だ。珍しい〜。」

舞衣の行動を不思議に思いながらも、千絵は質問に答えを返す。

千絵も珍しい顔を見たらしくすこし驚いているようだった。

「何時見ても綺麗だよね〜。」

「この学園の生徒なの!?」

「隣のクラスだよ。」

そのあおいの言葉にも舞衣は驚いた。

よく見ればなつきがこの学園の高等部の制服。

つまりは舞衣と同じ制服を着ていることが分かった。

「今から来たんだろう、朝は居なかったと聞いている。」

恭也も静留との会話を思い出し、そんなことを言うが

舞衣の耳には届いていない。

舞衣は聞き入れる暇などないほど自分の思案の世界に入りこんでいた。

舞衣の頭の中に浮かんできたのは今保健室にいる少女の姿。

あの玖我なつきが狙っていたのはあの少女。

舞衣は突然走り出す。

「お姉ちゃん!」

姉の突発的な行動に巧海は呼び止めようとするが、

其の静止を聞かず舞衣は走り去る。

恭也は其の背中を黙って見ていた。

昨夜の事を知っている、恭也にとっては其の行き先は明らかだった。

保健室。

あの自分に対して命と名乗った少女の所だと。

だが舞衣は命に会えないだろう。

命がまだ其処にいるとは限らないのだから・・・。

 

 

 

知らない部屋で目覚め。

自らの目的のために窓から脱出。

そして草木を分け進む。

絶対なる空腹感を其の身に抱いて。

優に三日はまともな食事にありついていないのだから、当然といえば当然か。

この陽気でも寒いであろう。

Tシャツ一枚といった姿の少女、美袋命は獲物を探していた。

獲物といっても動植物の類ではない。

たとえそれらを見つけたとしても命はそれらを調理する技術を持ち合わせてはいなかった。

狙いはすぐさまこの空腹を癒してくれるもの。

「じゃあ其の先輩それ以来剣道、辞めちゃったんすか?」

「なんだか知らなえけど勿体ねえよな。」

耳に入ってくる人の声。

鼻を擽る食物の匂い。

自然其のものの中で暮らしてきた命は常人よりはるかに五感が優れている。

すぐさま獲物の位置を草むらから覗き込むように確認するに命。

距離にして五メートル弱。

大きな建物の前。

階段に座りながら何か話し込んでいる男二人を確認。

其の横に包装された袋と牛乳のビンを発見。

袋のほうは匂いから食料である事を確認。

命は思案にくれる。

今必要なのは食料だ。

惜しいが牛乳はあきらめる。

ここまで僅か2秒。

「全国大会のレギュラーだったんですよね。其の先輩。」

男の意識があちらを向いているうちに奪取を慣行。

気配と物音を極限まで消しながら接近。

電光石火の勢いで袋を其の手に収め。

草むらへと帰還。

「いつまでやっている、昼休みは短いんだぞ。」

「はいすぐにー。」

建物内から聞こえてくる罵声。

男二人のうちの一人が其の声に答えを返す。

この二人が着ているのは剣道の胴着と袴。

そして後ろに聳え立つのは道場。

彼らは剣道部員なのである。

そんなことは我知らずと命は戦利品の封をあけ再び匂いを確認する。

揚げ物の香ばしい匂い。

香辛料の香り。

「あれ、ない!ないぞ!!」

部員の男も今、気付いたらしく慌てているが矢張り命の知るところではないらしい。

命は戦利品に口をつけようと大きく口をあける。

「お、おれの超激辛ダイナマイトカレーパーン!!!」

それは紛れもなく戦利品の名称。

今まさに命が口に入れた。

どんどん青くなる命の顔。

「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

下を焼くような衝撃に耐えかねた命の悲鳴。

当然、悲鳴は男たちにも聞こえている。

だが彼らにそれは女の子の悲鳴ではなく、猛獣の雄叫びに聞こえた。

「どうした!!!」

命の声に反応し、道場から一人の青年が出てくる。

色ごろで黒い髪を逆立たせ頬には傷(注意:不良ではありません)

彼は剣道部主将、武田将士。

「しゅっ、主将、アレ!!」

部員は武田が出てきたのを見て縋るような眼をして、

草むらを指さす。

そこには命の姿があったが、半狂乱している事と物陰にいることもあり、彼らには化け物に見えた。

「何者だ!出て来い!!」

武田は命に竹刀を向ける。

だが次の瞬間、命の手によって部員二人を含め気絶させられていた。

命はその後も口に広がる辛さの余り学内を走り回る。

命の通り道に上がる悲鳴。

それに際しての被害。

テニスコートなどのある施設のある区域の路地を、四肢を使い滑走する命。

前を見ていなかったせいか中等部の生徒とぶつかる。

「えっ――。」

其の赤い髪の少女はぶつかった衝撃であられもない格好を晒す。

目の前に口の中を真っ赤に変貌させた命の顔。

「キャーーーーーーーーーーーーー!!!」

当然のごとく上がる悲鳴。

しかし、もしこの赤髪の少女を知っているものが見たら貴重な光景だったかもしない。

「待って!!!」

命を呼び止める声が上がる。

そこには舞衣の姿。

先程なつきの姿を確認した舞衣は命のことが気になり、保健室に向かったのだ。

だが保健室のベッドはもう既にもぬけの殻。

すぐに命を探しに出た舞衣は悲鳴を聞きつけ此処まで来たのだった。

舞衣は命を追いかける。

だが追いつくどころかどんどん離されて行く。

だが舞衣は諦めずに追いかける。

午後の授業の開始を知らせるチャイムが鳴ったのは其の間も無くの事だった。

 

 

 

「あたし、何やってるんだろ・・・。初日から午後の授業すっぽかして、生傷作って。」

林の中を掻き分け進みながらぼやく舞衣。

命を追いかけて此処まで来たのは良いが

新品の制服に枝がひっかかりほつれができ肌には傷がつき、葉や蜘蛛の巣が髪の毛に付く。

『学園に行けば死ぬ』

不意にあのなつきという少女の言葉を思い出したりする舞衣。

それでも真相を知りたい。

と叫んでいる自分がいるのだ。

巻き込まれたからには昨日のアレがなんなのかぐらい知りたい。

舞衣は林から抜ける。

視界に入り広がるのは別世界。

「ここって・・・。」

多種多様な其の姿。

咲き誇る花々達。

それでも全体の彩色のバランスは崩れることなく保たれている。

煌びやかな庭園。

幾つかの区画に別れており、中央には石屋根の談笑場。

そして、眼に入ってくるのは車椅子に座った少女、風花真白の姿と其れに付き従うメイド服の女性、姫野二三。

花の香りを嗅ぐ真白の歳不相応の優雅な姿。

舞衣は其の光景に見惚れてしまう。

「どうかなさいましたか?」

「えっ――。」

真白は舞衣の姿を眼に留めたのか穏やかに話しかける。

舞衣はというと不意に話しかけられたせいもあり、少しどもってしまう。

「あっあの、今此処に誰か?」

真白がまとう雰囲気からかどうも緊張の余り敬語になってしまう舞衣。

「さあ?見ましたか?二三さん?」

真白はそんな凛とした雰囲気を崩さず、後ろで自らが乗る車椅子を支えてくれている。

二三へと問いてみる。

「さあ、でも猫かと思ったのですが、あちらの方に。」

二三はそんな真白の問いに優しげな笑顔で答える。

心当たりがあるのか命(?)いった方向を指し召してくれた。

「あっありがとうございます。」

お礼を言うと、走り出す舞衣。

そこで浮き上がる疑問。

ここは一応、学園の敷地内のはず。

ならば今の二人は場違いではないだろうか?

「変なの?」

舞衣は疑問を保留にする事を決めると、そそくさと庭園から去っていった。

真白と二三の視線もその舞衣の背中に向く。

其の視線はこれからこの学園で起きることに対しての彼女の苦悩を思ってか・・・。

「彼女が最後のHiMEさ、結構、可愛い娘でしょ。もちろんまだ目覚めていないけどね。彼女ならいい線行くんじゃないかな。

でも仕掛けは動き始めてる。とっておきの熱いキスで眠り姫は飛び起きる。」

突如、真白達の頭上から降ってくる声。

談笑場の屋根の上、片手に本を持った少年が立っていた。

白髪の少年。

炎 凪。

「舞-HiME。僕、気に入っちゃったよ。」

だがそんな、凪のもとに風を切りながら飛んでくる飛来物。

死角から浅い入射角で突き進んでくる。

鋼の飛針。

「そうやってまた、HiMEたちを弄ぶのか?お前は。数千年に渡ってそうしてきたように。

三百年前のあの時の様にまた。」

凪は其の手に持った本で飛針を弾くと声の主を見る。

その視線の先には高町恭也の姿があった。

「アレ恭也君、授業は?もしかしてサボり?いけないよ、執行部長さんが――。」

ながなが説教を垂れようとする凪に対して今度は小刀を投げてやる恭也。

凪の説教など、わざわざ授業を休んでまで聞きに来たのではない。

「危ないなあ。そういう所、なつきちゃんとそっくりだよ。」

ふざける事を止めない凪。

「いいから質問に答えろ。」

恭也は凪へと殺気をぶつける。

だがそれでも凪は其の態度を崩さない。

「そうだよ。それが僕の仕事だからね。それが気に入らないなら君は存分に抗うといい、君はそのためにいるんだろ?」

其の言葉を残し凪は消える。

言われなくても分かっている。

自分はそのために自ら此処に来たのだから。

「恭也さん・・・。」

そんな恭也を真剣に見つめる真白。

どこか心配そうに歪んだ其の瞳。

何か言いたそうに開かれる唇。

「恭也さんサボタージュはいけません。あなたは執行部長なんですからね。」

「おいっ。」

予測していなかった真白の言葉。

そんな真白のボケに恭也は思わず突っ込みを入れてしまう。

その後、恭也は真白に一時間ほど説教を受ける破目になったのだった。

さすが理事長。この学園の頂点にいるだけはある。

 

 

 

どうしたものか。

舞衣は悩んでいる。

目の前でインスタントラーメンを美味しそうに食べる黒髪の少女、美袋命を見ながら。

今ふたりが居るのは舞衣の自室。

無論、女子寮のだ。

部屋の中は引越しの荷物は届いたばかりでまだ何も片付けられていない。

ダンボールが部屋の端に無造作に積まれているだけだ。

そんなこともあり、部屋全体がガランとしている。

あの庭園を出てすぐに舞衣は噴水の水を飲み、喉を潤している命を発見した。

発見したのだがその刹那、

行き成り其の命に体当たりされ、押し倒され、拘束されたのだった。

あっと言う間の出来事。

舞衣は抵抗することもできなかった。

だが命は舞衣にまたがった瞬間。

自らの胸に飛び込んでくるかのように気絶したのだ、ぱったりと。

舞衣は一瞬、其の状況をどうしようかと悩んだが、

命をそのまま放って置くわけにもいかなかった。

そもそも自分が話を聞くために追いかけてきたのである。

それに命のお腹の虫の泣き具合からお腹を空かせているものだと思い、

命を此処まで運んできたのだ。

つまり今、舞衣がやっている行動は餌付け。

「は〜♪。」

舞衣がそんな事を考えていた最中、

命はラーメンのスープまで飲み干し、幸せの絶頂といった顔をしている。

だがその顔も本の数分。

直ぐに普段の顔に戻る。

そして、舞衣の顔をジッと見詰めてきた。

命の瞳はまるで其の者の本質を見抜くかのように澄んでいた。

「舞衣よ、私の名前。ねえ、あなたは・・・?」

自らの名を名乗ると舞衣は命に問いかける。

舞衣は昨夜の事に加え、先程の事態もあってか少し警戒しながら。

命はというとまだ舞衣の顔をまじまじと見詰めていた。

「命・・・。」

命は舞衣へと自分の名を小さくもはっきりと呟く。

「命ちゃんね。あなた何処から来たの?何処か行く宛てあるの?」

やっと名前が聞けた事もあって舞衣は少し安心する。

其のせいか聞きたい質問が一度に口に出てしまう。

舞衣の質問を聞いて命は真剣な顔で自らの懐に手を入れる。

取り出されたのは黒い珠の首飾り。

「私は兄上を捜す・・・。昨日会った。

兄上は違うといったけれど、アレは兄上の手だ。うむ。」

とても大切な人を想う眼。

命はその人が大好きなのだと、舞衣にも少し伝わってきた。

命は立ち上がり、舞衣に笑顔を向ける。

「うまかった舞衣。お前良い奴だ・・・うむ。」

そんな屈託のない笑みを浮かべられると自分も照れ臭い。

大した物を作った訳でもないのだから。

命は窓から飛び出す。

「ちょっと待ってここ3階――」

慌てて舞衣は命の出て行った窓から首を出す。

3階から飛び降りたら人間は唯では――

「―なんだけど・・・。」

―すまないはずが命は見事に着地を決めテクテクと走っていた。

さすが野生児。

常人の範疇では計れない。

舞衣はしばらく見送っていたが、

重大な事に気付かされる。

「あっあっちゃー。ちょっとこれって逃げられちゃったって事じゃない。」

舞衣は重大な事は何一つ聞いては居ない。

舞衣は自分の迂闊さを呪いながらも自室から命捜すために出て行った。

 

 

 

時は夕刻。

教会の鐘が鳴っている。

日は傾き蒼かった空を橙色に染め上げる。

昼間は端に追いやられていた闇も顔を出す。

生徒は皆、各々の帰路を急ぐ。

世間一般で言うならば放課後というやつだ。

「お姉ちゃん居ないんですか!?」

高等部の昇降口前で鴇羽巧海は姉を待っていた。

だがある人物から巧海は思いもよらなかった情報がもたらされる。

「ああ、午後からずっとな。何も聞いてないのか?」

楯祐一の手によって。

横には祐一を待っていたのであろう詩帆の姿。

「あ、はい。僕は何も・・・」

巧海は本当に何一つ聞かされていなかった。

それもそうだろう。

舞衣自身、午後の授業をサボるなどという予定、立ててさえいなかったのだから。

仕方なく一人で帰ろうと歩きだす巧海。

が、其の視界に飛び込んでくる影。

疾走する影。

「お姉ちゃん!!!」

なぜだろうか。

巧海にはそれが無性に姉のように感じられたのだ。

あれは姉だ。鴇羽舞衣だ。っと、脳の奥底で誰かが言っているようで、刷り込まれていくようで。

巧海は影を追いかけ走り出す。

何故だろうこのままだと姉に置いて行かれるそう思ってしまう。

「待ってよ、お姉ちゃん!!!」

巧海は一所懸命に走る。

激しい運動は医者から止められている。

其れなのに姉に置いていかれたくないから。

後ろでは祐一と詩帆が走る巧海を見て首を傾げていた。

其れもそうだろう。

祐一たちには巧海が突然走り出したようにしか見えなかったのだから。

 

走っても、走っても、姉には追いつくことされできない。

さらに見失ってしまった。

「お姉ちゃん・・・。」

息が苦しい。

視界がグラつく。

此処何処だろう。

下を向いている自分の視線の先にあるのは先程までのコンクリートで舗装された道ではない。

剥き出しの土壌だ。

周りは木で囲まれている。

だが巧海は引き返そうとは思わない。

もう少し行けば姉がいるかもしれない。

自分の中で誰かがそう言うのだ。

巧海は制服のポケットに手を入れる。

取り出されたのは薬入れ。

まだ夜の分には早い。

だが飲めば少しはこの苦しみが治まるかもしれない。

巧海は一気に錠剤を呷る。

本来ならば水か微温湯で飲むのが定石なのだが此処にはそんなもの存在しない。

巧海は進む暗い闇の中へと。

姉の姿を求めて。

だが巧海は知らない。

地面に転がる自らの薬入れのことを。

自分に付き纏う、迷い子のことを。

「いいもの拾っちゃった。さあて、第二段階と行きましょうか。」

凪は薬入れを拾い上げる。其の顔には不気味な笑み。

白髪の少年が自らを、姉を誘い出す餌にして使おうとしている事も。

 

 

 

「はあ、はあ、もうこれじゃ、引き止めた意味ないじゃない。」

鴇羽舞衣は夕暮れの道を走る。

周りは全て木。

命の後を追いかけ走ったのは良いのだが、

何分命の方が、足が速く。それに加えスタートダッシュまで遅れたため命の後姿さえ捉える事ができない。

舞衣は曲がり道に従って曲がる。

「わあっ」

だがそこで飛び込んできたのは予期せぬ人物の姿。

舞衣は其の人物にぶつかりそうになり急停止する。

其処にあったのはライダースーツを着込み、バイクに跨る玖我なつき。

舞衣も驚いていたが、なつきも舞衣を見て驚いているようだった。

其の証拠に眼を丸くして舞衣を見ている。

「其の様子だと溺れずに済んだようだな。」

結局自分の忠告を無視して来たのかと言いたげに、

皮肉を込めた一言を舞衣に放つ。

舞衣は其のなつきの言い草にムッとする。

「たくっ何なのよ、あんたは!あんな事して、平気な顔して学園来るなんて。あっあたしが警察に言えば――。」

「警察など何も出来ないさ、この学園の影でうごめく力の前にはな。」

舞衣の脅しをなつきは冷静に受け流す。

そう何も出来ないどころか警察は信じようともしないだろう。

「時期に分かるよ、僕のお姫様。」

二人の脇から飛んでくる声。

声の発生源には白髪の少年、凪の姿。

舞衣にとっては見知らない人物だったが、なつきは嫌というほど見覚えがあった。

「凪!!!」

なつきは条件反射のように左手を伸ばす

光が収束しそこに現れる一丁の銃。

まただ。

舞衣は其の様子を見て心の中でそう呟く。 

自分の言い知れない事の一つがこれだった。

「あんた何なのよ!!」

「私はHiMEだ。」

なつきは何のためらいもなく、舞衣に対し返答する。

「高次物質化能力。一番地連中はそう呼んでいる。」

Hi”ghly-advanced

M“aterialising

E”quipment

『高次物質化エーテル』の略、「ここではないどこか」の世界から力を引き出し、想念を物質化させる能力そのものと、

その力を持つ能力者のことを指す。

だが舞衣にはそんな事を言われても分かる訳がない。

「一番地って・・・。

逆に知らない単語の連続で混乱してしまう。

「解説も良いけどさ、のんびりしてると大変な事になるんじゃないかなって気がするんだけど?」

凪は二人にまるで忠告するかのように告げる。

それになつきは過敏に反応した。

「どういう意味だ。」

「いるよ、哀れな迷い子が・・・。」

「オーファン!!」

凪の言葉になつきは驚愕の表情を浮かべる。

「舞衣ちゃん。」

凪は舞衣に呼びかける。

それと共にある物が舞衣のほうに投げられる。

思わずそれを受け取る舞衣。

それは白いケース、巧海が何時も持ち歩いているはずの薬入れだった。

「特に君はさ、急いだほうが良いんじゃないかな〜。」

思わせぶりな態度で言葉を吐く凪。

其の時、舞衣の耳にエンジン音が入ってくる。

舞衣が其の音源に眼を向けると、

既に発進体勢の整えたなつきの姿があった。

舞衣は手を広げ其の発進を妨害するように立ち塞がる。

「邪魔だ、退け。」

「嫌よ。」

「退け!!」

二度出される、なつきからの命令。

「嫌よ!!!」

だが舞衣は退かない。

先程に話を聞いて即座に反応したということは、

なつきは行くべき場所知っている。

そう舞衣は思ったのだ。

ならば、一人で行かせる訳にはいかない。

自分も連れて行ってもらう。

なつきはそんな強い意志のこもった瞳をメット越しに見ていた。

「乗れ。」

なつきは其の瞳に自らの意思を折る。

そして、舞衣に後ろに乗るように即した。

時間を無駄にする訳にはいかない。

迷い子達は待ってはくれない。

事には一刻も早い対応が必要なのだ。

 

 

 

『凪が動きました』

舞衣たちが事態に気付く、一刻、今の時間にして三十分程前。

真白から報せを聞き、恭也は森の中を疾走していた。

恭也は凪の性格を知っていたが、

ここまであからさまに事態を運ぶとは思っていなかった。

いや思おうとしなかったのかもしれない。

凪の動きが最近大人しかったせいもある。

恭也は木の幹を蹴りさらに加速する。

今は普通に学園の制服姿だ。

其のせいか、多少動き辛い。

だからと言って面だけを被って事に当たる訳にはいない。

例え顔を隠したとしても、この制服ではすぐに誰だか露見してしまう。

面倒だがどこかで着替えるか・・・。

フル装備の入ったナップザックをかつぎながら恭也はそんなことを考えながら一度止まる。

接近してくる気配。

野生の動物のものでない。

気配は微弱だが、人のものだ。

「兄上――――――!!!!!!!!!」

森の中をつんざく声。

その声の主は葉っぱだらけになりながら、草むらから飛び出してくるとそのままの勢いで恭也に抱きついた。

恭也も余りのことで回避行動を取れないまま、

自分の正面に張り付いた美袋命の姿を見る。

「兄上!命は会いたかったぞ!!」

「うわっ!」

恭也はなすがまま命に抱きしめられ振り回される。

ここまで喜ばれると恭也も邪険にはできない。

恭也はとりあえず命を丁重に引き剥がす。

「すまないが、君は誰だ。初対面のはずだが、何処かであったか?」

恭也はあくまで冷静にボロを出さないよう、言葉を口に出す。

能面を被った自分は確かに命と会っているが、此処に居る、高町恭也とは初対面だ。

「命は、嘘は嫌いだ。昨日船で会ったではないか、兄上は変な面を被っていたが命は匂いで分かるぞ。」

其の言葉に恭也は正直驚いた。

匂いでばれるとは誰が思おうか。

「しかしだな-----------――。」

恭也は何か理由づけをしようと言葉を紡ぎだそうとするが途中でやめた。

この命の純粋な瞳に嘘など通じない。

ただ無意味な押し問答を続けるだけだ。

「そうだ。確かに、君とは昨日船の上で会った。だが俺は君の兄上ではない。それは本当のことだ。」

恭也は命に向かって事実を告げる。

「だがこの手は兄上の・・・。」

命に取っては無常な答えだがそれは覆らない真実。

命はおもむろに、恭也の手を取る。

剣を握るもの独特の剣ダコが出来た其の手。

お世辞にも綺麗な手ではない。

「じゃあ、これに見覚えあるか?兄上がくれた物だぞ。」

恭也が見せられたのは命が掛けていた黒い玉の首飾り。

表情さえ変えないが、恭也は内心驚いていたのだ。

確かに見覚えがあったが、それは自分があげた物ではない。

自分ならばこんな物、彼女にあげたりはしない。

「すまん、見覚えがない。」

「本当か?本当にか?」

恭也は否定の意を返すが、

それでも命は僅かな可能性に縋ろうと問いかけてくる。

恭也は心が痛かった。

「知らないものは、知らないんだ。すまんな、命。」

そう言うと恭也は命の頭をくしゃくしゃと優しく撫でる。

命は少し驚いていたが、まるで猫のように眼を細め撫でられていた。

「その・・・おまえ・・・。」

「恭也だ。高町恭也。」

命は恭也の名を聞いてニパッと笑う。

「恭也、お前はいい奴だな。うむ」

そう言われ、どこか恭也も照れくさい。

「そうか。」

そんなとき。

其れは起きた。

其れはすっかり沈んだはず夕日のように空を赤く染め上げる。

恭也たちのいる位置に対して11時の方向。

火柱。

突き上がる。天高く、天高く。

全てを灰燼と化してしまうだろう其の炎は闇さえ浄化しているようだった。

恭也は冷静に其れを見ていた。

命も真剣な顔に戻っている。

始まるのだ、最後のHiMEの覚醒が。

 

 

 

 

 

 


枕菊聖です。

書きあがりました。

2th。恭也が執行部長さんです。

静留、遥が何故呼び捨てなのかは話が進んでいくうちに分かると思います。

 

ではまた〜♪




舞も無事(?)転校してきて、物語が動き出しましたね〜。
美姫 「いきなり仕掛けてきた凪」
そして、覚醒する!
美姫 「本当に面白かったわ〜」
うんうん。次回も非常に楽しみです。
美姫 「早く続きが読みたいわね」
本当に。次回も楽しみにしてますね。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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