恭也は、学園内部に戻っていた。

 

自然とその足は早いものになっていて、それが恭也の混乱を現していた。

 

(どうなっている・・・・・・!)

 

 

 

 

神速が解けた。

 

恭也の腕の中に居るべきはずの月咲の姿は無い。

 

だが、銃弾が地面にめり込んでいる音で、月咲には当たっていないことを確認すると

今度は銃弾の発射元へ向かって走り出した。

 

リリアンの外壁の向こうの木の上・・・・・・そこに狙撃手と思われるやつがいるはず!

 

だが・・・・・・その殺気は完全に途絶えていた。

 

それでも恭也は確認すべく、塀を飛び越え木の下に着地した。

 

(・・・・・・)

 

殺気どころか、気配まで途絶えている。

 

そこには当然、狙撃手と思われる人物は居ない。

 

あたりに気を配り見回すのだが、やはりそれらしい気配はまるで感じない。

 

『・・・・・・どうなっている』

 

焦りからか、恭也の口からそんな言葉が漏れた。

 

 

 

 

恭也は歩きながら、頭の中を整理していた。

 

まずは、月咲・・・・・・もしくはリリアン生徒に殺意を持った人物がいること。

 

狙撃していたことから、これは明らかだ。

 

そしてその人物は、よほどの手練であること。

 

少なくとも恭也が神速は使わないまでも、わずか数秒の間に恭也に分からないように

行方を晦ませることが出来るような・・・・・・

 

だが、何よりも恭也をここまで混乱させていること

 

恭也は、月咲に飛びついたとき『神速』を発動していたはずだ。

 

だから月咲は、確実に自分の腕の中にいるはずなのだ。

 

しかし現実は、月咲は自分の腕の中には居なかった。

 

この場合考えられる理由は2つ・・・・・・

 

まず1つは、恭也自身が飛びつくコースを誤った場合だ。

 

だが銃弾は確実に月咲へ向かっていたし、恭也も間違いなく月咲を捕らえていたはずだ。

 

なのでこのセンは無い。

 

となると、もうひとつの可能性・・・・・・

 

月咲の方が、恭也の『神速』を上回る速度で移動した、という可能性だ。

 

これは移動なんてものではない。『消えた』と表現するしか無い。

 

『神速』を使い、あまつさえ月咲が移動する姿すら、確認できないのだから。

 

だが、それを考えるのは後だ。

 

まずは館に居るはずの人間と、保健室に居る志摩子と乃梨子の安全の確保だ。

 

恭也の足は、歩きから走りに変わっていた。

 

 

 

その2時間近く前・・・・・・

 

月咲と由乃は、姉妹の儀式を終えて館へ戻っていた。

 

優雅に紅茶を飲む祥子、ニコニコして紅茶を飲む祐巳、ちらちらと祐巳を見ながら紅茶を飲む

瞳子、すました顔をして紅茶を飲む可南子がいた。

 

由乃は祐巳と目が合うと、互いにアイコンタクトを送った。

 

(良かったわね祐巳さん)

 

(由乃さんこそ)

 

互いに言葉に出さずとも意思疎通が出来る・・・・・・これが親友だ。

 

「由乃さま、何を飲みますか?」

 

「月咲・・・・・・『由乃さま』じゃないでしょ?」

 

由乃は月咲のロザリオを見ながら訂正を促す。

 

「失礼しました。お姉さま、何を飲みますか?」

 

「うん、月咲が飲みたいものと同じにして」

 

よく出来ました、と由乃は満足気な顔で答えた。

 

 

 

2時間ほど談笑していたが、白薔薇姉妹が戻ってこない。

 

祥子が何度と無く、落ち着くようにさせるのだが、その祥子にも心配が募っていた。

 

外は、すでに上がったとはいえ雨が降っていたのだ。

 

だが、この場に居ない恭也がきっと何とかしてくれている、とみんなは信じて待っていた。

 

そのとき、月咲が突然席を立った。

 

緊張に包まれていた空気の中だけに、全員がその行動にびくっとした。

 

「何、どうしたの月咲・・・・・・」

 

由乃が心臓に手を当てたまま、月咲に問いかける。

 

「あ、すみません・・・・・・。その、ちょっと・・・・・・」

 

言い辛そうな月咲に、一同は納得した。

 

考えてみたら2時間も席を立っていない。

 

だがここに居るのは当然全員が淑女である。『トイレ?』などとは聞かない。

 

月咲は足早に部屋を出て行った。

 

 

 

月咲が席を立ったのは、トイレに行きたかったからではない。

 

何か、とても嫌な殺気が自分に向けられていたのを感じ、外へ出たのだ。

 

すると、やはり外・・・・・・塀の先の木の上だろうか。そこから殺気が向けられていた。

 

とはいえ、月咲が感じているのは自分に向かって放たれている、心の声である。

 

(よくも俺の組織を・・・・・・死ね!)

 

心に力がこもった瞬間、月咲は狙撃手の所へ『移動』した。

 

月咲は移動してすぐ、狙撃手と思われる人物のいるところをにらみつける。

 

しかし狙撃手はすでに、背後から『にいさん』に屠られていた。

 

そして『にいさん』は死体を抱えて姿を消し、私も元の場所へ移動した。

 

元の場所へ戻ると、雲に隠れていた月が姿を現した。

 

月の光が差し込んで・・・・・・月咲の背にうっすらと黒い半透明の翼が浮かび上がった。

 

月咲がゆっくり息を吐くと、翼は音も無く消えていった。

 

そして何事も無かったかのように館へ戻っていった。

 

 

 

恭也が館へ戻ると、全員が恭也に注目した。

 

恭也は一度月咲に視線を送り、無事であることを確認する。

 

とりあえず月咲の問題は置くことにし、全員に志摩子たちが保健室に居ることを告げた。

 

そして、全員を保健室まで誘導していく。

 

保健室の扉を開けると、二人は熱く抱擁しているところだった。

 

『あ・・・・・・』

 

『あ・・・・・・』

 

互いに気まずい空気が流れた。

 

そのまま全員、部屋の外へ出て無言でドアを閉めようとすると

 

「わ、待ってください!無言で帰らないでください!」

 

乃梨子の言葉に

 

「でも・・・・・・ねえ?」

 

「やっぱり邪魔するのは・・・・・・」

 

誤解・・・・・・とは言えないが、多少脚色されたであろう自分たちの関係に、二人は赤面した。

 

 

 

 

 

そのころ・・・・・・

 

香港に居る陣内啓吾は、『ある男』を発見したという、部下の連絡を受けていた。

 

「そうか・・・・・・。わかった、何か動きがあったらまた頼む」

 

ピッ・・・・・・

 

(どういうつもりだ・・・・・・あの男は)

 

啓吾は、たった今連絡を受けた部下から送られた、一枚の写真を見た。

 

マンションの一室と思われる場所で、その男と・・・・・・一人の少女が写っていた。

 

(今更何の用があって日本なんかに戻った・・・・・・)

 

心の中で毒づきながらも啓吾は、写真と資料を持って諜報部へ向かう。

 

そして、携帯電話のダイアルをプッシュして・・・・・・途中で手を降ろした。

 

「今・・・・・・仕事を頼むのは、彼女の精神状態からして得策ではないな」

 

そうつぶやいて、まずは少女の身元から洗うことに決めた。

 

 

 

 




もしかして、月咲って…。
美姫 「もしかするかもね」
そして、啓吾の見ていた写真と行動は…。
美姫 「益々、先の展開が楽しみよね」
うんうん。次回が非常に待ち遠しい〜。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね〜」



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