トントン・・・・・・

 

二階へ続く階段を昇る。

 

ギシギシと、木製ならではの軋む音が少し心地よい。

 

そんなことを考えながら恭也は、薔薇の館の階段を昇っていた。

 

コンコン

 

ノックをして、ドアを開ける。

 

中へ入ると、月咲がいるだけで他には誰もいなかった。

 

「あれ、月咲さん一人だけか」

 

「ごきげんよう。瞳子さんは部活で、可南子さんは帰宅されました。乃梨子さんは、白薔薇さまとどこか行かれたようです」

 

2・3年生のことはさすがに判らないと思い、恭也はそれは聞かなかった。

 

しかし、となると他の人が来るまで月咲と二人だけになる。

 

恭也としては、自分に自覚が無いにしても、泣かせてしまった相手にどうしたらいいかわからなかった。

 

だが、そんな恭也の気持ちを感じたのか、月咲の方から声をかけられた。

 

「あの、お茶を淹れますが・・・・・・何がいいですか?」

 

「あ・・・・・・緑茶もらえるか?」

 

「わかりました」

 

・・・・・・沈黙

 

元々恭也は、口が回る方ではない。

 

どちらかと言うと、静かな時間を共有するのが好きな人間だ。

 

現に、半年前にみんなが恭也の家に来たときも、志摩子と無言でお茶を啜っていたくらいだ。

 

だが、状況が状況、相手が相手である。

 

恭也にとって女性を泣かせる、と言うことは、切腹ものであった。

 

男尊女卑、などではない。純粋に、男として、そんな自分が許せないのだ。

 

だから、この状況での沈黙は、恭也にとってとても重いものだった。

 

(まいったな・・・・・・嫌われた・・・・・・のか?)

 

そんな後悔にも似たような感情が恭也を流れ、月咲に心の中で問い掛けた。

 

すると、月咲はお茶を淹れ終わり、恭也の方を向くと

 

「あの・・・・・・先日は大変失礼致しました。あのときは、恭也さまが嫌だったわけではなく・・・・・・その・・・・・・」

 

月咲は、俯きながら必死に言葉を探していた。

 

恭也はそんな月咲に、嫌われてなかったことで安心をすると

 

「いや・・・・・・嫌われてなかったのなら構わない。無理に理由を言うことはないぞ」

 

出来るだけ優しい口調で、月咲に言葉をかける。

 

すると月咲は、『ありがとうございます』と言うと、顔を上げた。

 

「恭也さまは・・・・・・兄に少し似ています」

 

「そうなのか?」

 

「ええ。顔は違いますけど・・・・・・雰囲気が少し」

 

恭也はその言葉に、少し考えたような顔をすると

 

「うちに・・・・・・妹分がたくさんいるからかもな」

 

「妹分?」

 

月咲は、あまり聞かないその言葉に、自分で繰り返した。

 

「俺の家は、諸々の事情で居候している人がいるから・・・・・・俺はその長男みたいなものだ」

 

「そうですか・・・・・・」

 

月咲は、それを語った恭也の顔がまぶしく見え・・・・・・少し笑いがこぼれた。

 

「少し・・・・・・そういうのはうらやましいです」

 

「まあ、代わりに男が一人だから、肩身は狭いけどな」

 

「一人・・・・・・?」

 

月咲は、男が一人と言う言葉に疑問を持ったのだが、そのつぶやきに後悔してしまう。

 

「うちは・・・・・・父はもういないんだ」

 

「・・・・・・すみません」

 

「いや。もう昔の話だし・・・・・・それに、大事な家族がいるから、十分幸せだ」

 

そう、屈託無く笑った恭也の笑顔に、月咲は目を奪われた。

 

 

 

どきどき・・・・・・する

 

もう、忘れてしまったはずの感情・・・・・・

 

そして、捨て去ったはずの・・・・・・

 

懐かしいようで・・・・・・初めてのような

 

 

 

「月咲さん・・・・・・?」

 

黙ってしまった月咲に、恭也は心配になって顔をのぞき込む。

 

「あ・・・・・・すみません。ちょっとぼうっとしてました・・・・・・」

 

「そうか・・・・・・。体調が悪いのなら無理はしないほうがいいぞ」

 

恭也がそう言ったところで、階段を上がる音が聞こえた。

 

「恭也さま・・・・・・お茶のお代わりいかがですか?」

 

「ああ。悪いな」

 

「いいえ・・・・・・」

 

ドアが開き、由乃が姿を見せた。

 

それから、恭也と月咲を見て・・・・・・

 

「あれ、いつの間にそんな仲良くなったの?」

 

その言葉に、二人は顔を見合わせて笑う。

 

「あ、やな感じー。・・・・・・二人して隠し事?」

 

拗ねた顔をした由乃だが、月咲の笑顔が見れたことを少しうれしく思い・・・・・・

 

それが恭也のおかげだと言うことに、やっぱり少し複雑な心境だった。

 

 

 

練習を終えて、月咲は一人家路につく。

 

マンションの一室の前に立ち、カバンから鍵を取り出した。

 

月咲は鍵を開けると、そのまま中へ入る。

 

ただいま、とは言わない。

 

言ったとしても、それを返してくれる人はいない。

 

月咲は、制服を着替えるとベッドに転がった。

 

 

 

幸せに包まれた恭也の笑み

 

それは、とてもうらやましいもので・・・・・・

 

とても懐かしいもの・・・・・・

 

あの優しい目が向けられるたび、自分が捨てたはずの感情がうずく。

 

 

 

強引な由乃

 

なんでこんな面倒なことを、と最初は少し思った。

 

でも、いつも自分を気にかけてくれる・・・・・・とても優しい人。

 

無くしたものを、失ったはずのものを思い起こさせる・・・・・・

 

 

 

カタン・・・・・・

 

物音がして、月咲は意識が浮上した。

 

身体を起こして、居間の方をのぞくと・・・・・・

 

「ああ、月咲・・・・・・帰ってのか」

 

「はい・・・・・・」

 

月咲は声に答えた。

 

開いている窓から、風が吹き込んできた。

 

「月咲、朗報だよ・・・・・・」

 

「まさか・・・・・・?」

 

「ああ。君の思っていることで、間違いは無いはずさ」

 

「そうですか・・・・・・ついに・・・・・・」

 

「くっくっ・・・・・・まあ、まだ時ではないけどね」

 

「いつ・・・・・・ですか?」

 

「もうすぐ・・・・・・そのときになったら、僕はまた来るよ」

 

「わかりました」

 

「ふふ・・・・・・もう少し笑ったらどうだい?せっかくの美人が台無しだ」

 

男は、月咲の髪に指を絡ませた。

 

「そんな感情は・・・・・・『使い』きりました・・・・・・」

 

伏目がちに、月咲は男の問いに答えた。

 

「ふっ・・・・・・まあいいさ。君はそれでも魅力的だ・・・・・・」

 

男は、月咲から少し離れた。

 

「これが終われば・・・・・・君の・・・・・・も、きっと喜んでくれるはずさ」

 

「はい・・・・・・。頑張ります・・・・・・」

 

 

 

「そのための・・・・・・力ですから。にいさん・・・・・・」

 

 

 

月咲の答えに満足し、『にいさん』と呼ばれた男は、闇に溶けていくように姿を消した。

 

一人残された月咲は、闇を見据えるようにしてつぶやいた。

 

 

 

『あなただけは・・・・・・許さない・・・・・・!』

 

 

 

 

 




月咲の前に現われた謎の影。
美姫 「果たして、何者なのか」
そして、月咲は何を考えているのか。
美姫 「微かな翳を感じさせつつも、時間はゆっくりと確実に進んで行く…」
次回も非常に楽しみにしてます。
美姫 「待ってます〜」



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