『カーット!』

 

舞台の下から声が響く。

 

互いに掴みかかっている瞳子と可南子を引き剥がすと

 

「あのね、演技に熱が入るのはいいのだけど・・・・・・あくまで瞳子ちゃんは紅美鈴(ホン メイリン)で、可南子ちゃんは城野亜紀(じょうのあき)なのよ?」

 

これは、二人が料理のときに口論になる場面。

 

本来のセリフならば・・・・・・

 

亜紀『おい、中国!何勝手に料理作ってるんだ!』

 

美鈴『うっさいわ!亜紀がおらへんかったからウチが代わりに作ってたんや。それより中国ってなんや!ウチは美鈴っちゅー名前がある。名前で呼ばんかい!』

 

亜紀『てめぇ、謝ったなら許してやろうと思ったら逆ギレかよ!』

 

美鈴『亜紀こそ、人が親切にやってあげてるっちゅーに、文句言っとるやないか!礼の一つも言ったらどうなんや!?』

 

亜紀『あったま来た・・・・・・表出ろ!』

 

美鈴『望むところや!』

 

ほのか『ふたりとも、ケンカしちゃだめーーーーー!』

 

 

 

このセリフの予定であった。

 

亜紀のセリフの言葉遣いを少し丸くして、さっそく稽古を始めたのだが・・・・・・

 

 

可南子『ちょっと中国!何勝手に料理作ってるの!』

 

瞳子『うっさいわ!亜紀がおらへんかったからウチが代わりに作ってたんや。それより中国ってなんや!ウチは美鈴っちゅー名前がある。名前で呼ばんかい!』

 

可南子『あなた、謝りもしないで逆ギレ!?最低ね、このドリル!』

 

(ド・リ・ル!?)

 

瞳子『亜紀こそ、人が親切にやってあげてるっちゅーに、文句言っとるやないか!礼の一つも言ったらどうなんや!?これだからハリガネは・・・・・・』

 

(ハ・リ・ガ・ネ!?)

 

可南子『ちょっと、顔を貸してもらえるかしら!?』

 

瞳子『望むところよ!』

 

乃梨子『ふたりとも、ケンカしちゃだめーーーーーー!!』

 

可南子・瞳子『乃梨子さんは黙ってて!!』

 

 

 

と、演技を忘れて本当に口論を始めてしまったのだ。

 

「瞳子・・・・・・それに可南子さん・・・・・・」

 

乃梨子は二人を睨む。

 

「真面目にやってちょうだい」

 

二人は不服そうな顔をするが、原因は自分にもあるので素直に従った。

 

乃梨子はこの先を思うと、とても頭が痛くなった。

 

 

 

恭也、志摩子、祐麒は、令の元で振り付けの指導を受けていた。

 

だが・・・・・・

 

「あの、恭也さん。私が教えられることは何もないです」

 

令が苦笑して恭也を見た。

 

それはそうだ。恭也は二刀とはいえ、剣術使いである。

 

なにより、赤星という最高の見本がいたので、令以上に動きが完璧だった。

 

「だが、志摩子もなかなかのものだな・・・・・・」

 

足の動きなど、素人とは思えないような踏み込みやすり足が出来ている。

 

「日舞をやってましたから・・・・・・」

 

志摩子は恭也に誉められて赤くなっている。

 

祐麒は、力は思った以上にあるのだが、さすがに格好はまだまだだった。

 

令は、祐麒を集中して指導に当たることにして、恭也と志摩子はセリフあわせをした。

 

 

 

「う〜ん・・・・・・どちらが昌光さまでしたっけ・・・・・・」

 

由乃は、二人を見てどっちがどっちだか判らなくなった。

 

セリフよりも、これが難題である。

 

この二人を、見分けることが出来るという設定なのだから・・・・・・。

 

「由乃さん、気にすることないっすよ。だって俺もわからないですから」

 

笑いながらそう言う高田に、由乃はため息をついた。

 

「えっと、昌光さまはこちらで、朋光さまはこちらです」

 

月咲は、薬師寺兄弟をはっきりと見分けていた。

 

「先輩以外で区別できたのは初めてなんだな」

 

「ものすごくうれしいんだな」

 

薬師寺兄弟は、満足そうな顔をしていた。

 

「ねぇ、どうやって見分けたの・・・・・・?」

 

由乃は小声で月咲に聞いたのだが・・・・・・

 

「それは・・・・・・。ただの勘です、由乃さま」

 

煮え切らない返事を返した月咲。

 

その割には自信を持ってた気がするんだけどなぁ・・・・・・

 

由乃は疑問に思うのだが、何か見分けるコツがあるのかもしれない。

 

そう思い直して、再び二人を見比べるが・・・・・・

 

(これは時間かかりそうだわ)

 

そう思わざるを得なかったのだ。

 

 

 

セリフ合わせをしている恭也と志摩子。

 

二人は兄妹の役で、乃梨子もその妹の役なので絡みが多い。

 

だが、志摩子は恭也に恋をした妹の役・・・・・・。

 

演技だとわかっている。

 

でも・・・・・・志摩子の顔は・・・・・・

 

「・・・・・・乃梨子さん!」

 

瞳子の大きな声が耳元で響いた。

 

「な、なに瞳子・・・・・・」

 

「なに、じゃありませんわよ。すっかりうわのそらでしたわ!」

 

プリプリと瞳子が怒っていたので、乃梨子は素直に謝った。

 

「瞳子もさっきのことがありますから、お互い様ですわ。次からしっかりしましょう」

 

瞳子はそう言って、再びセリフ合わせを始めた。

 

 

 

セリフ合わせと簡単な立ち回りを確認して、稽古を終えた。

 

しかし、可南子は大きな難題を抱えていた。

 

男性と演技することもそうだった。

 

だが、それ以上の問題が起こっていたのだ。

 

それは、祐巳の扮する『青山 夕子』という名前が問題であった。

 

可南子には、かつて尊敬する先輩がいた。

 

祐巳によく似ていて、優しくて憧れの先輩だったのだ。

 

だが・・・・・・

 

「どうか・・・・・・したのか?」

 

突然横から声をかけられて、可南子は顔を上げた。

 

男の声だったので、相手をにらみつけると・・・・・・

 

「な、ど、どうしたんだ!?」

 

相手は祐麒で、可南子ははっとして視線を緩めた。

 

「ごめん、そういえば男は苦手だったんだっけ・・・・・・」

 

「いえ。苦手なのではありません。嫌いなのです」

 

はっきり言われて、祐麒は苦笑した。

 

「本当なら見たくも無いですわ」

 

だが、そんなことを言う可南子は、祐麒をしっかりと見て言った。

 

「俺は平気なのか?」

 

祐麒が聞くと、可南子はふっ・・・・・・と笑ってから

 

 

 

「いいえ。一番嫌いになったタイプの人間ですわ」

 

 

 

ごきげんよう、と振り返って可南子は去っていった。

 

 

 

 

 

 

男なんて最低

 

欲望にまみれて汚くて・・・・・・

 

優しい男なんて大嫌い

 

私の大事なものを奪っていってしまう

 

優しかった分だけ、大好きだった分だけ・・・・・・

 

裏切られたときの痛みが大きいから

 

 

 

だから、男なんて大嫌い・・・・・・。

 




山百合会の劇も始まり、徐々に動き出す。
美姫 「そんな中、やっぱりと言うか、何と言うか…」
可南子だけは、あの調子。
美姫 「おまけに瞳子と二人のシーンになると、それに拍車が掛かって」
いやはや、本番までにどんな事が起こるやら…。
美姫 「次回も非常に楽しみね」
だな。それじゃあ、次回も楽しみにしてますね。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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