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私は歌う

 

初めに持っていたのはこの声

 

小さいころ 町の聖歌隊に母親が参加させたのが始まり

 

 

私は歌う

 

リズムや音程を掴むためにピアノを弾くようにもなった

 

母親も神父様も「歌うために生まれてきた」と言っていた

 

 

私は歌う

 

リリアンの中等部に編入したときも合唱部に入った

 

歌うのがあたりまえ 他に理由なんてない

 

 

私は歌う

 

高等部でも歌いつづける 綺麗な声だと誉められた

 

私の存在理由 それは歌うこと 欲しいものは何もなかった

 

 

私は歌う

 

モノクロの歌だけだった世界に色がついた

 

佐藤聖 初めて歌以外に興味を持った

 

 

私は歌う

 

歌だけだった世界から周りに目を向けてみた

 

聖さま 志摩子 祐巳さん 私の周りには光があふれていた

 

 

私は歌う

 

光の中でひときわ輝くあなた

 

歌ではなく私を見てくれた人

 

 

私は歌う

 

もうモノクロではないこの世界

 

 

私は歌う

 

光が差し込むこの世界で

 

 

私は歌う

 

歌に想いを乗せて

 

 

 

 

私は歌う

 

 

 

 

初めは恭也に対する好奇心だった。

 

自分の歌を聴いて、「私」というものを見た恭也に興味を持った。

 

クラスや部でも留学生のことは話題に上っていた。

 

彼らが薔薇の館へいつも行くことも、そして聖や志摩子と仲がいいことも・・・・・・。

 

聖や志摩子の様子から、2人とも彼が好きなことに気が付いた。

 

私のいたずら心がうずいた。

 

彼が来たことで、私の心は突き動かされた。

 

そのおかげで、ティオレ学長には最高の歌を聴かせることが出来た。

 

これほど楽しい気分になったのは、志摩子に勝負を仕掛けたときくらいだ。

 

 

 

教室にいる恭也を呼び出したとき、お礼を言いたかったのは事実だ。

 

でも、わざわざ呼び出してまで恭也を中庭に連れ出したのは、聖に対するちょっとしたいたずら。

 

中庭を見ている志摩子にも気が付いて、このいたずらは大成功だと思った。

 

これで、思い残すことはない・・・・・・そう思った。

 

 

 

だけど私は、恭也に惹かれてしまった。

 

私はきっとさびしかったのだと思う。

 

私は歌うことで自分の存在を留めていた。歌うことでしか自分を見出せないから。

 

だから、歌っているだけの私ではなく、『蟹名静』として見てくれた人ともっと一緒にいたかった。

 

そう考えたとき、弾んでいた心はまた沈んで・・・・・・とても不安定になる。

 

自分は恋をしたのだと自覚した。

 

 

 

「どうしたの、静さん。調子悪いの?」

 

放課後部活に参加していた静は、ため息をついたのをみた部員にそう声をかけられた。

 

「いいえ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

 

にっこり微笑んでそう返すと、その子は赤くなりながらも「よかった」と笑った。

 

まいった・・・・・・周りの人にわかってしまうほど自分は重症なのか。静は思った。

 

かつて白薔薇さまに恋をしたときも、ここまで酷くは無かったと思う。

 

心の中でもやもやはしていたが、それを気取られるようなことは無かったし、自分をコントロールできていたはずだ。

 

 

 

『心のバランスが崩れるほどの人に会った。だから「心を奪われる」っていうの』

 

 

 

いつか聞いた言葉が頭をよぎる。心を奪われる・・・・・・か。

 

(でも、やられっぱなしというのも癪ですわ)

 

お返しをしてあげなくては。

 

私は意地悪で・・・・・・素直じゃないから。

 

 

 

 

 

恭也は赤星と藤代と一緒に新聞部の部室を訪れていた。

 

今日は令が部活、志摩子と祥子が家の手伝いで、3年は受験が近いので館へ寄らなかった。

 

由乃と祐巳が館には来たのだが、土日に出かけたことで疲れている様子だったので寄るだけで帰ってしまった。

 

なので、三奈子が館を訪れたときには恭也だけが館にいたのだ。

 

バレンタインイベントのことでお話がある、との事なので赤星を呼んでくると言ったのだが

 

『恭也さま。よろしければ由紀さまもご一緒にお連れしてもらってよろしいでしょうか?』

 

との言葉に、連れてこられた藤代は首をかしげていた。

 

場所を新聞部の部室に変えて、会議が始まったのだが・・・・・・

 

「ちょっと、3人ってどういうことよ!?」

 

藤代は、三奈子の「本日の議題は、お三方のバレンタインイベントです」の言葉に耳を疑った。

 

「はい。本日リリアンかわら版でイベントのことを告知したのですが・・・・・・」

 

そうしたら、藤代がその中にいないことへの質問が多く寄せられたそうなのだ。

 

「由紀さまもスールを体験していただかないと、と確かに思いますし。ですので、この企画は3人でお願いしていただくことになるのですが・・・・・・」

 

「う〜、あたしだけ逃げられると思ったのにぃ・・・・・・」

 

「藤代、あきらめろ。俺たちを売った罰だ」

 

「人を呪わば穴二つ・・・・・・この場合は三つだな」

 

「当事者での多数決でも2:1のようですので、3人に参加していただくことになります」

 

藤代は頭を抱えた。セミロングの髪が力なくテーブルに流れた。

 

その様子を少し気の毒に思ったのか、恭也が藤代に声をかけた。

 

「大丈夫だ・・・・・・。見つからないところに隠せば問題ないだろう」

 

「そうですね。カードが見つけられなければ該当者無し、ということになり、スールもデートも無くなります」

 

『デート!?』

 

三奈子の言葉への疑問に3人の言葉が重なった。

 

「ええ。スールになるからにはお互いの絆を深めていただくため、デートをしていただこうと思います。費用はこちらで多少負担させてもらいますのでご安心を」

 

「い、いや・・・・・・その問題じゃなくて・・・・・・」

 

赤星は話を進めていく三奈子に困惑の色を見せるが

 

「大丈夫ですわ。3人のカードを探すような方は当然ご一緒したいと思うでしょうから」

 

「そうじゃなく、俺たちが・・・・・・」

 

「それと、由紀さまのカードの色なのですが・・・・・・何色がよろしいですか?」

 

「えっ!?えっと・・・・・・緑で」

 

うっかりそう答えて、藤代はしまった!と思った。三奈子が笑顔を浮かべていたからだ。

 

「由紀さまは、この条件でOKということですわね。お二人は殿方ですから、女性である由紀さまが了解されたのにまさかごねたりなんてなさらないですわよね?」

 

そういわれると、恭也も赤星も返す言葉が無い。

 

半分欠席裁判かと思われるような強引なやり口で、結局恭也たちは言いくるめられてしまった。

 

 

 

校内の見取り図と、カードを隠せる範囲を示したプリントをもらって解散となった。

 

3人は部室を出てため息をひとつつくと、赤星と藤代は部活に戻っていった。

 

(こうなったら絶対に誰にも分からないところに隠さないと・・・・・・)

 

そう考えて、見取り図と範囲を探索して候補地を探し始めた。

 

「生徒が出入り出来るところとなると・・・・・・屋上はアウトか」

 

ふむ・・・・・・恭也は首を捻る。

 

出入り可能で誰も調べないところなどなかなかあるものではない。

 

しかも、手の届くところという範囲内なので、真っ先に思いついた木のてっぺんがアウトだ。

 

「まいったな・・・・・・」

 

「何がまいられたのですか?恭也さま」

 

ごきげんよう、と微笑む静がいた。

 

「いえ、新聞部の企画でちょっとありまして・・・・・・」

 

「ああ、それで恭也さまが頭を痛めてらっしゃるのですね」

 

静も三奈子の取材に少し辟易した記憶があるので、意味を理解する。

 

「静さんは、どうしてここに?」

 

「部活が終わりましたので、帰ろうと思ったのですが・・・・・・」

 

そう言って静は恭也を上目遣いに見て

 

「恭也さまがよろしければ、この前のお返しに少々時間をいただきたいと思いますの」

 

「時間・・・・・・?それは構わないですが・・・・・・」

 

恭也の答えに静はうれしそうに微笑む。恭也はその顔に思わずドキッとした。

 

「ありがとうございます」

 

 

 

静は、恭也を連れてM駅近くの喫茶店に入った。

 

「そういえば、初めてですわ」

 

「何がですか?」

 

恭也は尋ねると、静は目を閉じて

 

「何もかもですね・・・・・・。このお店に入るのも、立ち寄り許可を取らずに寄り道するのも・・・・・・誰かと一緒に出かけるのも」

 

「え・・・・・・?」

 

寄り道をするのが初めてなのは理解できるが、人と出かけるのも初めてという言葉には驚いた。

 

「私は・・・・・・ずっと歌うことしか知りませんでした。小さいころからそれがあたりまえで、他には何もありませんでした」

 

ウェイターがオーダーを取りに来た。静がブルーマウンテンを頼んだので恭也もあわせた。

 

一礼してウェイターが去っていくと、静は言葉を続けた。

 

「その甲斐もあり、中学を卒業するときに当時の先生が『イタリアで本格的に学んだらどうか』と進言してくださって・・・・・・」

 

でも行かなかった。静はそう言うと、ウェイターの持ってきたコーヒーに何もいれず口をつけた。

 

ブルマン独特の上質な風味が広がり、ひとつ息をついた。

 

「クリスマスのミサが高等部の聖堂で行われたとき、私は特別にそこの席で歌ったのです。そのとき、途中で退席していった生徒がいました。今でも覚えています。その人の目が印象的で・・・・・・私はその人のことを知りたいと思って、留学を取りやめて上にあがりました」

 

恭也は、真剣な目をして静の話に聞き入っている。静がコーヒーを飲むよう勧めてようやく自分のカップの存在に気が付いた。

 

静はそんな様子の恭也を見て微笑みを浮かべた。

 

「私が高校1年になったとき、すぐにその人のことは分かりました。有名な方で、その当時は白薔薇の蕾、と呼ばれていました」

 

恭也が一瞬考えたが、その意味を理解して驚きの表情を浮かべた。

 

「聖さまを見たとき、私は歌だけだった世界から初めて他のことを知りたいと思いました。そして、聖さまのあの誰も映さない瞳に自分の姿を映したかった。その中で祐巳さんと出会って・・・・・・そして志摩子のことを知って・・・・・・最後に聖さまの瞳に自分を映してもらえました」

 

もう、思い残すことは無い。そう思っていました・・・・・・。

 

「そして、2週間前・・・・・・恭也さまと出会いました」

 

静はテーブルに両肘をついて手を組んで、その上に顎を乗せて恭也を見た。

 

「あの時は・・・・・・少し傷つきましたわ」

 

「・・・・・・失礼しました」

 

「いいえ。そのおかげで、気が付かなかったことに気づけたわけですし・・・・・・でも、もし恭也さまがそう思われてるのでしたら・・・・・・」

 

静はくすりと笑うと、いたずらな笑顔を浮かべて

 

「私のことを静って呼んでくださいませんか?それと、敬語も無しで話していただけるとうれしいですわ」

 

「む・・・・・・わかった。静・・・・・・。これでいいのか?」

 

「はい・・・・・・」

 

静、と呼ぶと満面の笑みを見せた。美人の静がそのような表情を浮かべると、恭也も思わず目をそらしてしまう」

 

「うふふ・・・・・・恭也さま、照れてらっしゃるのですか?」

 

「そんなことはない・・・・・・」

 

ますます赤くなる恭也を見て、静は楽しそうに笑う。

 

「静は・・・・・・なかなかいい性格しているな」

 

「あら、そんなことはございませんわ。恭也さまだからこそです」

 

「そうか・・・・・・。それなら俺も、静には対等に話してもらおうかな」

 

静は、恭也の言葉に首をかしげると、恭也は

 

「静も、俺のことは恭也と呼んでくれ。これは上級生としての命令だぞ?」

 

恭也がそう言うと、静は一瞬戸惑うのだが

 

「よろしいのですか?わかりました・・・・・・」

 

そう言うと、顔をほんのり染めて恭也を見つめると

 

「恭也・・・・・・」

 

静がすごくうれしそうに恭也の名前を呼んだので、恭也はまた赤くなってそっぽを向いた。

 

「どうしました?恭也」

 

「・・・・・・静、分かってて言っているだろう」

 

「言ったでしょう?私はいい性格していますから」

 

自爆する恭也を見て、静はくすくす笑った。

 

 

 

(あなたにだけは・・・・・・特別ですわ)

 

 

 

静は、久々に心から笑った。

 

だけど、楽しかった分だけ別れは辛くなる。

 

でも、せめて今だけは楽しもう。

 

思い出だけは残るのだから。

 

それをいつか歌にしよう。

 

あなたの心に届くまで・・・・・・。




今回は静メインだたね。
美姫 「本当ね。意外と悪戯心の多い静」
意地悪な恭也も、静にはやられっぱなし?
美姫 「そんな感じもあるわね」
さて、いよいよイベントも動き出したし…。
美姫 「次回も楽しみよね」
うんうん。
次回も楽しみにしてます〜。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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