午後6時、ホームパーティーが始まった。

 

とはいえ、そんなに大掛かりなものではなく簡単なものだった。

 

アメリカの家庭で、開かれるようなそのような規模だったが、庶民にとってはやはりすごい。

 

「ホームパーティー・・・・・・なんか気後れするよ・・・・・・」

 

「言うな祐巳。今だけは庶民だということを忘れて楽しもうぜ・・・・・・」

 

狸顔の姉弟は、顔を見合わせてため息を吐いた。

 

「そうだユキチ、そんな顔する必要はないぞ。この僕がエスコートを手取り足取りしようではないか」

 

「うちの弟をそっちの道に引きずり込まないでください・・・・・・」

 

「いいじゃないか。佐藤君だって祐巳ちゃんを抱きしめたりしてるしお互いさまさ」

 

「・・・・・・」

 

いつもの聖なら、柏木の一言に文句のひとつも返すのだが、聖は難しい顔をしていた。

 

「白薔薇さま・・・・・・どうかされたのですか?」

 

祐巳が心配になって聞いてくる。それにはっとして顔を上げると

 

「祐巳ちゃ〜ん、私のこと心配してくれるのか〜。んー、かわいいかわいい」

 

「ぎゃっ!」

 

いきなり後ろから抱きすくめられて、祐巳は淑女らしからぬ声をあげた。

 

(し、志摩子さん、そんなほほえましそうな顔で見てないで助けてよ〜)

 

「くっくっく、白薔薇さまもやるねぇ。それじゃあこっちも楽しむとしようか・・・・・・ユ・キ・チ♪」

 

「断る!」

 

「柏木さん、さすがに男同士でそれは不純だと思いますよ・・・・・・」

 

藤代が祐麒に助け舟を出した。

 

「そうかな?お互い美男なら美しい限りじゃないか」

 

白い歯を浮かせてとんでも無い台詞をいう柏木に、祐麒は狸のどこが美男だ、と言って藤代の後ろに逃げ込んだ。

 

「ほら、祐麒君も私を選んでくれたようですし、失礼しますね〜」

 

そう言って、藤代は祐麒の手を引いて柏木の元から去っていった。

 

 

 

 

 

「由紀さんって・・・・・・まさか祐麒君を気に入ったのかな・・・・・・?」

 

令が少し離れたところで祥子、由乃、恭也、赤星に言った。

 

「あー、あいつは可愛いものに目が無い性格だからなぁ。ありえるかも」

 

「そうよね〜、祐巳さんをえらく気に入ってたし・・・・・・」

 

「白薔薇さまが2人いるような感じがして、胃が痛くなりましたわ」

 

赤星、由乃が言うと、祥子が顔をしかめてそういった。

 

それから、柏木が蓉子と江利子のところへ言って何かを話すが・・・・・・

 

「なあ・・・・・・ところでみんななんで柏木さんのこと睨んでいるんだ?」

 

恭也の言葉に、祥子が「あの人はそういう人だから」と言った。

 

「う〜ん、俺にはあの人って善人の塊にしか見えないのだが・・・・・・女性にはやさしくないのか?」

 

その言葉に今度は赤星も一緒に驚いた。

 

「た・・・・・・高町。お前は柏木さんを見ても何も感じないのか!?」

 

「・・・・・・優しくて、顔がかっこいいな。さしあたって欠点はないようだが?」

 

そのとき、その場にいた人間は、同じことを思った。

 

(恭也(高町)さん・・・・・・無事で帰れるのかな)

 

柏木の毒に触れられないことをマリア様にお願いしたのだった。

 

(だが・・・・・・確かにおかしいな)

 

恭也は、別の意味で柏木の違和感を感じ取っていた。

 

 

 

「お姉さま・・・・・・大丈夫ですか?」

 

志摩子が、さっきから様子のおかしい聖に声をかけた。

 

「志摩子・・・・・・別になんでもないよ」

 

聖は、志摩子の顔を見ないで言った。顔をみたら、悟られてしまうと思ったからだ。

 

「そうですか・・・・・・。もし体調が悪いのでしたら、無理はなさらないでくださいね」

 

「うん、ありがと。ほら、志摩子も楽しんでおいで」

 

そう言って、志摩子の背中を押して送り出す。そのまま祐巳のところへ言って祐巳と話し始めた。

 

 

 

「ねえ、祐麒君って祐巳ちゃんの弟さんなんだよね?」

 

柏木から祐麒を連れ出した藤代は、祐麒にそういえば、と言って聞いた。

 

「ええ、祐巳は俺の姉です。やっぱり似てますか?」

 

「そうね、祐麒君の方がしっかり者って感じがするけど・・・・・・根本的な部分はそっくりかな」

 

根本的なところ?と、祐麒が首をひねる。

 

藤代はその様子を見て、笑いながら

 

「そういうちょっと困った顔とか・・・・・・周りに気を使うところとかかな」

 

「ところで、由紀さんは交換留学でこっちに来たんですよね?」

 

「そうよ〜。行くまで女子校って知らなくて驚いたのよ・・・・・・あの二人ほどじゃないけどね」

 

「ですね・・・・・・俺が女子校ですごすことになったら・・・・・・耐えられないですね」

 

「ん〜、祐麒君なら多分うまくやっていけるよ。多分人気者ね。祐巳ちゃんがそうだし」

 

「確かに、祐巳はすごく可愛がられて・・・・・・っ!?」

 

ぽんっ、と祐麒の肩に手を添えたのは、聖にもみくちゃにされて疲れ果てた祐巳だった。

 

「ちょっと祐麒、何で助けてくれないのよ・・・・・・お姉ちゃんのピンチなのに」

 

「お前、あれを助けろっていうのは俺が柏木に捕まった時助けろと言ってるのと同じだぞ」

 

「うっ・・・・・・で、でも」

 

「はいはい、二人ともそのくらいにして」

 

『あっ』

 

すっかり藤代の存在を忘れて姉弟ゲンカをしていた2人は、藤代の言葉にわれに返った。

 

「いいよ、気にしなくても。2人を見ててすごく楽しませてもらったから」

 

と、2人の頭に手を置いてぽんぽんする。

 

祐巳と祐麒は真っ赤になってうつむいていた。

 

 

 

 

由乃たちに追い立てられて、壁に寄りかかりながらグラスを傾ける柏木に、恭也は声をかけた。

 

「おや、恭也君。僕に何か用なのかい?」

 

さわやかな笑顔で恭也を迎えた。

 

「ええ。柏木さんに少々聞きたいことがあります。少しテラスへ出ませんか?」

 

「いいとも」

 

恭也と柏木は、ほかの人に気が付かれないようテラスで出た。

 

「で、話というのは何だい?愛の告白ではなさそうだけど」

 

「そうですね。会ったばかりの方に本来言う言葉ではないと思うのですが・・・・・・」

 

恭也がまじめな顔で柏木を見る。茶化していた柏木の顔もすっ・・・・・・と真面目になる。

 

「柏木さん・・・・・・なぜあなたはわざわざ嫌われるような行動をしてるのですか?」

 

「ふむ、というと?」

 

「俺の目から見てたんですが、柏木さんはわざと軽薄な言葉を使ってあおっているように見えたんですよ。あの言葉が俺にはどうしても本心と思えなくて」

 

「・・・・・・まいったな。よく見ているんだな」

 

降参だ、と言わんばかりに柏木は肩をすくめる。

 

「君は、僕が女性を愛せない同性愛者ということは知っているかい?」

 

「いえ・・・・・・そこまでは気が付きませんでした」

 

「・・・・・・待った、敬語はやめよう。僕は君と対等に話したい」

 

「わかった」

 

「実はね、僕はさっちゃん・・・・・・小笠原祥子と婚約しているんだ。家同士の許婚なんだけどね」

 

許婚・・・・・・古くからある名家にはよくある話だ。事実、御神の家でもそれはあった。

 

「だけどね・・・・・・同性愛者である僕にはさっちゃんを愛することができない。確かにさっちゃんは僕にとって大切な女性であるけど、そんな僕といて幸せになれると思うかい?」

 

恭也は答えられなかった。自分が同じ立場に立ったときに、相手を幸せにできるとは、恭也には思えなかった。

 

「婚約を無理に破棄すると、互いの家の関係も壊れるし、何より小笠原グループにも影響が出てしまう。だけど、僕はそれでもさっちゃんに幸せになってもらいたいんだ」

 

柏木は、淡々と言葉を続ける。顔は笑顔ではあるが、少しさびしそうだった。

 

「僕が、どうしようもない人間だと周りがわかれば、自然と婚約は解消されてさっちゃんは開放される。自分で相手を選ぶこともできるようになると思うんだ。それが、さっちゃんの信用の置く人物なら尚更ね」

 

「それで・・・・・・周りの人に最低限の傷で一番効果のある方法をとって人を遠ざけていたのか」

 

「そう・・・・・・。僕はさっちゃんの周りにいる人がきっと幸せに導いてくれると思う。それに、僕は人の痛みがわからない人間だから・・・・・・」

 

柏木は恭也をまっすぐ見据えてそう言った。

 

人を傷つけて、そして自分が傷つくことでしか人に優しくできない・・・・・・すごく不器用だけど、うわべだけ優しい人間なんかよりずっと暖かい。

 

「柏木さん・・・・・・俺になにか出来ることはあるか?」

 

柏木は、目を見開いて恭也を見た。柏木は自分の話を聞いて軽蔑すると思って言ったのに、恭也は自分のことを理解してくれた。

 

「君は・・・・・・大きいな」

 

「そんなことはない・・・・・・」

 

「いや。君は何かを背負って、それを乗り越えた・・・・・・そんな感じがするよ」

 

柏木はそう言って一呼吸置くと

 

「恭也君・・・・・・佐藤聖を救ってくれないか?」

 

「聖さんを・・・・・・?」

 

恭也は驚いた。柏木と聖は犬猿の仲だと思っていた。それが聖の身を案じている。

 

「佐藤聖は、自分が好かれることを恐れている。大事なものを見つけても、それに触れようとは決してしない。一度触れたら、失うことを恐れてるからだ」

 

確かに。聖は、一番明るいようだが決して深く関わろうとしないことを、恭也も気が付いていた。

 

何か、すべてのものをガラス越しに見ているかのように・・・・・・。

 

「それは、僕では無理だ。残念だが、気持ちがわかってもそれを救うことができない」

 

「柏木さん・・・・・・」

 

「君は、佐藤聖にとって・・・・・・大事な何かだと思う。君なら彼女をきっと変えられる。彼女の大事な仲間と一緒に・・・・・・」

 

恭也はひとつ呼吸をし 柏木を見て 深くうなづいた。

 

「君のような人に会えてよかった・・・・・・。僕も君に救われたよ・・・・・・ありがとう」

 

柏木の差し出した手を、恭也も強く握る。

 

『親友』・・・・・・少し照れくさいが、そんな間柄になった2人。

 

「それじゃ、戻ろうか。もしかしたら、僕たちの関係を疑われてユキチが拗ねてるかも知れない」

 

柏木は、笑ってそういうと「あまりやりすぎると嫌われるぞ」と恭也に言われ、

 

わかってる、という風に恭也の肩を叩いて中に戻っていった。

 

戻ってみると、祐麒は血相を変えて恭也のところへ飛んできて

 

「何もされませんでしたか!?」と真剣な顔で聞いてくるので、思わず柏木と恭也は苦笑した。

 

 

 

恭也を心配してきた祐麒は、柏木に連れ去られてしまい、恭也はまた一人になった。

 

ちょうど少しゆっくりしたかったところなので、テーブルに用意してあった飲み物に口をつけ、椅子に腰をおろした。

 

すると、恭也がようやくフリーになったことを見てすかさず志摩子が恭也の横にきた。

 

「恭也さん、大丈夫ですか?」

 

志摩子は、少し恭也を心配した様子で声をかけた。

 

「いや、大丈夫だ。話し込んだら少し疲れただけだと思う」

 

恭也がそういうと、安心するかと思った志摩子の顔が暗くなった。

 

「あの・・・・・・それでしたら私、邪魔になりますよね・・・・・・ごめんなさい」

 

「そんなことはないぞ。志摩子がきてくれたおかげで元気になったしな」

 

恭也は、朴念仁だがこういう気遣いは忘れない。それに・・・・・・本当にうれしかった。

 

その言葉に志摩子の顔は花が開いたように笑顔になって

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 

と、そう言って隣に椅子を寄せて座り、自分の肩に自分の体を寄りかけた。

 

「志摩子さん・・・・・・もしかして疲れてるのか?」

 

「はい・・・・・・少し疲れたかもしれません。でも、大丈夫です」

 

とは言うものの、志摩子の目は少しとろんとしている。

 

恭也は失礼、と言って志摩子の額に手を当てると・・・・・・

 

「少し・・・・・・熱があるかもしれないな。ちょっと失礼」

 

恭也は一言そう断ると、志摩子の腿と肩の部分を抱いてちょうどお姫様抱っこのような形で志摩子を持ち上げた。

 

「えっ!?きょっ、きょっ、恭也さんっ!?」

 

「部屋まで運ぶ・・・・・・少し我慢してくれるか?」

 

志摩子は、真っ赤になってしまうが、恭也が自分を真剣に心配してくれる姿と、恭也にお姫様抱っこされることに恥ずかしながらも喜びを感じ、素直に従った。

 

後ろから、由乃さんの「志摩子さん、がんばって!」という言葉に恭也はたぶん大丈夫です、とかみ合わない答えを返し、志摩子は少し拗ねた視線を送った。

 

 

 

その様子を祐巳は呆然と見送った。

 

胸が・・・・・・少々むかむかしてきたのは、きっと食べ過ぎたせいだろうと自分を納得させた。

 

「祐巳・・・・・・」

 

祥子の声でさえ、今の祐巳には届かなかった。

 

 

 

恭也は、聖に志摩子の部屋まで案内してもらい、ドアを開けてもらうと、志摩子をベッドに横たえた。

 

「申し訳ないけど聖さん、志摩子さんを着替えさせてあげてくれないか。さすがに俺がやるのはちょっと・・・・・・」

 

「え〜、きっと恭也くんにやってもらった方が志摩子は喜ぶと思うけどな〜」

 

「お、お姉さま!!」

 

志摩子は慌てて聖に反応するが、それが余計に恥ずかしくなり、毛布に顔をうずめてジト目で聖を睨む。

 

その様子を一般の男性諸君が見たら、間違いなくルパンのごとく飛び込むだろうが、恭也は精神鍛錬(主に盆栽によるもの)のおかげで、志摩子に反応することなくため息混じりに聖を見た。

 

・・・・・・恭也は、きっと盆栽に関係なく朴念仁なのだろう。

 

「男に見られて喜ぶ女性がいるわけないだろう・・・・・・それが俺だったりするなら尚更だと思うが」

 

志摩子のジト目が恭也に矛先を変えた。

 

聖も肩をすくめると、「君もわからないねぇ」とあきれていた。

 

「あの・・・・・・着替えとかなら、一人で大丈夫なのでお二人は戻られた方が」

 

「そう?わかった。志摩子、無理しないでね」

 

「はい、お姉さま」

 

「そんじゃ、恭也くん行くよ」

 

そう言って聖は、恭也の手を取って部屋を後にした。

 

志摩子は、自分を抱いた恭也のたくましい腕やぬくもりを思い出すと、ぎゅっ・・・・・・と一度掛け布団を抱いた。

 

「恭也さん・・・・・・」

 

疲れてはいたが、しばらくは眠れそうに無かった。

 

 

 

 

 

聖は、恭也の手を取りながら前を歩いていた。

 

その聖の顔には、先ほど志摩子の前で見せていた顔は無く、その顔を恭也だけには見せたくなくて振り返らずにいた。

 

恭也が本当は何者なのか・・・・・・知りたいけど、聞いたら今の関係が壊れてしまう気がして・・・・・・

 

どうしても聞けないでいた。

 

もう、幸せな時間は失いたくない。それが、たとえガラス越しだったとしても・・・・・・

 

 

 

 

会場へ戻ると、江利子が恭也を見て「残念・・・・・・」と、本当に残念そうな顔をした。

 

それとは対照的に、祐巳は安堵していたのを聖は見逃さなかった。

 

「なになに祐巳ちゃ〜ん、恭也くんが帰ってきてうれしい?」

 

聖は祐巳のほっぺたを指でぷにぷにしながら聞いた。

 

「い、いえ、別にそういうわけでは・・・・・・」

 

「そっか、祐巳ちゃんは私が帰ってきてくれてうれしかったのか〜。さびしい思いをさせてごめ・・・・・・んね、祥子・・・・・・」

 

祐巳にがばっと抱きつこうとした姿勢でいったん止まると、回れ右をしてそのまま去っていった。

 

祥子は、聖を睨んだ目を祐巳に戻すと、「あなたも嫌ならはっきり嫌といいなさい!」と怒られて、しょんぼりしていた。

 

怒りながらも祥子は、祐巳がいつもどおりになっていることにほっとした。

 

 

 




複雑な人間関係?
美姫 「さあ、どうかしら?」
とりあえず、聖から恭也への追求は無かったけれど…。
美姫 「今後はどうなるのかしらね」
次回が気になる〜。
美姫 「それじゃあ、また次回を待ってますね」
ではでは。



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