第9話 希望〜新しい一歩の為に〜

    *

 俺達は山道を歩いていた。

 かなりの距離を歩いた。

 頂上に近づくにつれ心臓が高鳴っていく。

 いよいよなのだ。

 だんだんと頂上が見えてきた。

 そこには一人の女性が立っていた。リーアである。

 リーアの顔を見ると胸が張り裂けそうになる。

 彼女は俺の悲しみを背負って生きてきた。

 彼女には辛い想いばかりさせてきた。

 眼が真っ赤に充血している。おそらく今まで泣いていたのだろう。

 彼女は俺の前ではいつも平気だと言っていた。

 だがそんなのは嘘だった。

 いつも苦しんでいたのだ。

 俺のせいで。

 だから俺は決着をつけねばならないのだ。

 彼女には笑っていて欲しいから。

 いつも俺を見守っていてくれた彼女には。

 二人の間に緊張が走った。

 先に口を開いたのはリーアだった。

「お久しぶりですね。フレス」

「おまえもなリーア」

「覚えていてくれたんですね」

「まあな。おまえと決着をつけに来た」

「解っています。その為に私は待っていたのですから。あなたに試練を与えます」

「ああ、俺はそれを乗り越えなくちゃならない。俺の為にも、おまえの為にも」

 それを聞いてリーアが一瞬、悲しそうな顔をしたのは気のせいだろうか?

「一つ言っておきます。この試練に負ければあなたは二度とこの世界に帰ってこれません。それでもいいのですね?」

「構わない。やってくれ」

「解りました」

 そう言ってリーアが何か呪文を唱え始めた。

 すると呼応するかのように俺の体が発光し始めた。

「祐介っ、必ず帰ってきてね。約束よ」

「ああ、約束する。必ず帰ってくる」

 そう言って俺はその場から消えた。

「祐介っ!」

「心配要りません。試練に勝てばちゃんと帰ってきます。それよりも私とお話しません?」

「えっええ、構わないけど」

 まだ不安は残っているがずっとそうしていても何かが起こるわけでもないので彼女に付き合うことにした。

    *

 俺は気がつけば小高い丘の上にいた。

 ぼんやりと辺りを眺めていたら、誰かに声をかけられた。

「あっ、やっぱりここにいた。もー、探したんだから」

「レッ、レミ」

 俺は驚きを隠せなかった。

 どういうことだ?

 何故レミがいるんだ。

 そんな俺には構わずレミが服の裾を引っ張った。

「フレス、どうしたの?ぼーっとして」

「あ、ああ。何でもない」

「変なの。それよりも早く行こうよ。昨日約束したでしょ、明日祭壇に飾る花を二人で摘みに行くって」

「そう…だったな」

「それじゃあ行きましょ」

 レミは俺の腕を掴んで引っ張っていく。

「そんなに引っ張るなって」

 苦笑しながら歩く。

 そうか、これは俺の過去の記憶なんだ。

 確かに試練には相応しい場所だ。

 俺を引っ張っていくレミの顔は嬉しそうだ。

 あの頃と同じだ。

 俺達はいつもこうしていた。

 毎日がとても幸せだった。

「うわー。綺麗」

 そこには辺り一面に色とりどりの花が咲いていた。そして中央には見事な桜の木があった。俺はこの桜が好きだった。よくここで花見をしたものだ。

 レミは嬉しそうにはしゃいでいる。

「どれにしようかな、どれも綺麗で迷っちゃうわ。ねえ、フレスはどれがいいと思う?」

「確かにここの花はどれも見事な物ばかりだからな。彩りよく適当に摘んでいったらどうだ?」

「そうね、そうするわ」

 そう言ってレミは鼻歌を歌いながら作業に取り掛かった。

 全てが懐かしかった。なにもかもが変わらないあの頃のままだ。

 このままでいたい。

 一瞬そう思ってしまった。

 俺は急いでその思いを振り払った。

 危ない危ない。危うく忘れるところだった。

 今は試練を受けているのだった。

 それにこれは俺の記憶の一部に過ぎないのだ。ここで試練を投げ出してしまったら、俺のためにもレミのためにも、そしてリーアのためにもならない。

 俺は試されているのだ。

 この過去に勝てるか。

 これは俺達の未来がかかっている。

 負けるわけにはいかない。

    *

 何日かが経った。

 朝起きてみると外が騒がしかった。

 ついに始まったのだ。

 闇の反乱が。

 あの時と同じように俺とレミは神から闇の討伐、つまりダークマスターの抹消を命じられた。

「一緒に頑張ろうね」

 レミは何も心配いらないといった感じで笑っていた。

「ああ」

 俺も頷く。

 奴の戦法は解っている。以前よりはましだろう。

 そして俺達はダークマスターがいる山へと向かった。

「ねえフレス。一つ約束して欲しいことがあるの」

 黙々と山を登っていると唐突にレミが口を開いた。

「なんだ?」

「これから先何があっても一緒にいてね」

「ああ、もちろんだ。おまえを一人になんかさせない」

「約束よ」

「ああ」

 あの時と同じ約束を交わした。

 俺は負けない、負けられない。

 未来がかかっているのだ。

 俺は手に持っていた龍王剣を強く握り締めた。

 やがて頂上が見えてきた。

 そこには漆黒の龍が待ち構えていた。

 ダークマスターである。

「よく来たな。褒めてやろう」

 俺は無言で睨み付けた。

 こいつと対峙するのは三度目だ。

 力量も知っている。

 龍王剣を構えず純白の龍へと変身した。

「お前を倒さなければ俺に未来は無い。覚悟してもらう」

 ダークマスターは眼を細めて笑っていた。

 この笑い方は今と変わっていないようだ。

「面白い、ならば来るがいい」

 そう言って天高く舞い上がった。

 俺も後を追って飛び上がった。

    *

 私はリーアの話に付き合っていた。

 彼女はいろいろなことを話してくる。

 自分のこと、シルフィスのこと、そして祐介のこと。

「そういえば、あなたはどうなのです?今でも彼のことが好きですか?」

 いきなり話を振ってきたから一瞬理解できなかった。

「えっ」

「今でも彼を好きですか?」

「ええ、好きよ。今までに忘れたことはないわ」

「彼を愛しているのですね」

「ええ」

 最初はぎこちない受け答えだったけど内容を理解して自然に答えられるようになった。

 もっとも祐介のことだから自然に答えられるのだろう。

「そうですか……ちょっと羨ましいです」

 一瞬悲しそうな顔をする。

 私は疑問を口にする。

「どうしてそんな悲しそうな顔をするの?私よりもあなたのほうが身近な存在だったはずよ」

 リーアは驚いた顔をする。どうやら自覚がないようだ。

「私そんな顔してましたか?」

「うん、とても辛そうだった。それに眼も真っ赤よ、もしかして私達が来る前に泣いてたの?」

 それを聞いてリーアは自嘲気味に答えた。

「いけませんね、そんなことでは。もうすぐ消えるかもしれないのに。私はただの道具なのに。今までは彼を守れればそれでいいと思っていました。彼に私が必要じゃなくなれば私は消滅する。それが運命だったから、それでも私はいいと思っていました。でも実際に終わりが近づいて、私気づいてしまったんです。何処かで温もりを求めている自分がいることに。それに気付いたら急に、消えてしまうのが怖くなって、悲しくなって辛くて………」

 リーアの眼には涙が浮かんでいた。

 自分の感情を抑えられなくなったのだろう。

 私は黙って話を聞いていた。

 おそらく祐介はこのことを知っていたんだ。

 だからさっきあんなに思いつめた顔をしてたんだ。

 私はそっとリーアを抱きしめて優しく髪を撫でてあげた。

「今までよく我慢したね。おもいっきり泣いてもいいんだよ。大丈夫、きっと祐介……フレスがなんとかしてくれる」

「うっ……ぐすん……うわーん」

 私の声が合図だったかのように、リーアは泣き崩れた。

「私死にたくないです!怖いです!もう悲しいのは嫌です!」

 声が枯れてもなお叫び続けた。

 それは心からの叫びだった。

 リーアはまるで子供のように泣き続けた。

 私はリーアが泣き止むまで背中をさすり続けた。

 そこであることに気がついた。リーアの姿が先ほどとは違って13歳ぐらいの少女になっていたのだ。

 おそらくこれが彼女の本当の姿なのだろう。私は抱きしめている手に力を込めた。

「大丈夫、きっとなんとかなる。だからもう泣かないで」

 祐介早く帰ってきて。

 じゃないと私まで泣いてしまいそう。

 私は不安と戦いながら祐介の帰りをずっと待っていた。

    *

 俺は空中でダークマスターと戦っていた。

「くっ、何処に行った」

 奴は体のわりに素早い。

「フレス後ろ!」

 下からレミの声が聞こえた。

「何っ」

 振り向いた時には漆黒の炎が迫っていた。

「ぐあっ!」

 直撃は免れたがかなりダメージを負った。

 落下しそうになるのを根性で耐え、俺は七色の炎を打ち返した。

「グガッ」

 さすがに相手も避けられなかったらしい。

 軽い悲鳴が聞こえてきた。

 だがあまり効いていないようだ。

 まあ、効かないよりはましだが。

「なかなか見上げた根性だ。ならこれならどうだ」

 いつの間にかに頭上にいたダークマスターが漆黒の炎に包まれていた。

 突っ込んでくる気だ。

「くっ!」

 威力を上げて炎を放った。

 先ほどよりも何倍もの威力がある。

 だが奴はものともせずに突っ込んでくる。

「………ッ!」

 俺は横へ飛んだが翼がかすめた。

 脇腹から鮮血が噴水のごとくほとばしった。

「フレスッ!」

 下からレミの悲鳴が上がる。

「大丈夫だっ!」

 俺は脇腹を押さえながら叫んだ。

 だがすぐに次が来た。

 今度は下からである。

 必死に避けるが避け切れていない。

 足が切り裂かれた。

「くっ、このままだと………ぐわああー!?

 直撃をくらってしまった。

 どんどん落下していき地面に叩きつけられた。

「……ぐ」

 薄れていく意識を何とか引き戻した。

「フレスッ!」

 レミが駆け寄ってきた。

「ほう、まだ生きているか、たいしたものだ。だがそろそろトドメを刺させてもらう」

 マズイ、もう一度あれをくらったら体がもたない。

「レミっ、離れろ!巻き込まれるぞ」

 だがレミは頭を振って離れようとしない。

「嫌っ!約束したでしょ、一緒にいるって」

「そんなこと言ったってこのままじゃ二人ともお陀仏だ」

「大丈夫、私に任せて」

 そう言ってレミは龍王剣を掲げて何かを唱えようとしていた。

「馬鹿っ!やめろ、それだけはするな!」

 俺はレミが何をしようとしていたのかを悟って止める。

「大丈夫、私はどこにもいかないから」

「嘘つけ!龍王剣の封印を解くには光の巫女の命、つまりおまえの命を引き換えにするんだぞ!解ってるのか」

「解ってるよ。でも私は貴方を失いたくない。貴方を守れるのなら構わない」

「嫌だ!約束しただろ、ずっと一緒にいるって」

 レミはただ微笑むだけだった。

 そして静かに呪文を唱え始めた。

「やめろ―――――――――!!

 俺は人間の姿に戻ってレミを抱きしめていた。

 強く、強く。

「フレス、苦しいよ」

 もう全てがどうでもよくなった。

 レミのいない世界なんて俺には耐えられない。

 不思議だ。

 あの時は動けなかったのに、レミを抱きしめている。

「もういい、いいんだ。レミさえいてくれたらあとはどうでもいい」

「でもダークマスターを倒さないと」

「大丈夫だ、何とかなる。二人だったらきっとできるさ」

 その時龍王剣が赤く光りだした。

 そして人の姿へと形を変えた。

 リーアだ。

「おめでとうございます。フレス、あなたは過去を断ち切ったのです。あなたがあの時できなかったこと、それは愛する女性(ひと)の為に全てを投げ出せなかったこと。あの時のあなたは、死ぬことを恐れていた。だから結果として後悔することとなった。でも今のあなたならそれができる。何故なら忘れかけていた信じる心を取り戻したからです。だからこの力をお返ししても心配ありませんね。これで私の役目も終わりです」

 そう言ってリーアの体が光を発してかすみ始めた。

「待ってくれ。これじゃあ俺は一生後悔しなくちゃならない。それに俺はレミを守ることだけを誓ったんじゃない。おまえをその運命から救い出すことも誓ったんだ。俺はおまえに幸せになって欲しいんだ」

「祐介の言う通りよ。それに言ったでしょ、祐介がなんとかしてくれるって」

「えっ」

 俺は隣にいる人物を見て驚いた。

 そこにいたのは美優希だった。

「ど、どうして君がここに」

 その問いにこともなげに答える。

「リーアと一緒に来たの。リーア、一緒に帰ろ」

「無理です。この運命に逆らうことはできません」

 悲しそうな顔をしてリーアは頭を振った。

「運命が何だ。そんなものは自分の手で変えていけばいい」

「あなたにそんなことができるのですか?」

「ああ、できるさ。俺は一人じゃないからな。美優希がいる。一人じゃできないことも二人だと簡単にできてしまうんだ」

 それを聞いていたリーアが俯いて震える声で問いかけてきた。

「どうして、どうしてそう簡単に私の言葉を否定できるんですか」

「信じる心」

 それを聞いてリーアがハッとした。

「信じていればいつか叶う。そしてどんなことでも可能にするんだ。だから俺達と一緒に行こう」

 俯いていた顔が上がる。

 そこには涙を浮かべているが笑顔があった。

「そんなこと言われたら私も信じてみたくなるじゃないですか」

「いいんだよ、それで。本当のおまえはそんな大人びた奴じゃない。純粋であっていいんだ。俺達を信じろ」

 そう言って俺はリーアの涙をそっと拭ってやる。

 するとリーアは少女の姿へ……本当の姿へと戻った。

「うん。二人のこと信じるからね」

「ああ」

 俺は大きく頷いた。

「ありがとう、お兄ちゃん」

「えっ」

 突然眼の前が真っ暗になった。

    *

 気がつけば山の中で倒れていた。

 ここは最初の場所だ。

 辺りを見回すと美優希とリーアがいた。

「お兄ちゃん達の言った通りだったね」

 リーアは無事だった。

 運命は変わったのだ。

「信じてよかっただろう」

 俺は嬉しそうに言う。

「うん。これからいっぱい思い出作ろうね」

「ああ、そうだな」

「そうね」

 無邪気に笑う少女。

 これが本当のリーアだ。

 やっと新しい一歩を踏み出せたんだ。

 俺は満足感で一杯だった。

 美優希も嬉しそうだ。

「そろそろ戻ろうか」

「そうね」

「どこ行くの?」

 リーアが尋ねてきた。

「皆の所さ。リーアにとっては懐かしい人達に会えるよ」

「本当?」

「ああ」

 こうして俺達は山を降りて行った。



 


 あとがき

祐介「今回はきつかった」

リーア「でもお兄ちゃん、過去に勝ったよ」

祐介「そうだな」

麗奈「まっ、無事に帰ってきてくれてよかったわ。ところでそこのちびっ子はなにかな〜?」

 麗奈、嬉しそうにリーアの頬を引っ張る。

リーア「あう〜。放してください。お兄ちゃ〜ん、助けて〜」

麗奈「お兄ちゃんね〜。まさかあんたにそんな趣味があったなんて意外だわ」

リーア「わたしにとってはお兄ちゃんなんだから、いいです」

麗奈「ふ〜ん。大きい方とは大違いね。まるで別人みたい」

リーア「それはそうです。だってあれは本当の自分を守るためのバリアみたいなものでしたから。というか、なんでそれを知ってるんですか?」

麗奈「さあ、何ででしょうね〜」

 麗奈、とても楽しそうだ。

祐介「そういえば、美優希や紀衣さん達はどこへ行ったんだ?」

麗奈「ああ、紀衣さんと由衣はいろいろあって当分は出てこれないんじゃないかしら?美優希はあたしの自家製植物に捕まってるわよ」

祐介「なんですってー!」

麗奈「大丈夫よ。食べたりしないから」

祐介「そういう問題じゃありません。俺、ちょっと行ってきます」

 祐介、走り去る。

麗奈「あーあ、行っちゃった……まあ、いいわ。おかげで二人っきりになれたしね」

 麗奈の眼が怪しく光る。

リーア「あっ、わたし用事を思い出したのでこれで失礼します」

麗奈「そんなこと言って、逃げようッたってそうはいかないわよ。さあ、あたし達もいくわよ」

リーア「いやあああ。誰か助けてくださーい」

 麗奈はリーアを連れ去った。

真「……なあ、俺達出番ないな」

静香「そういうこともありますよ」

零一「そうだ。気にするな」

 

 




何とか過去を振り切ったみたいだな。
美姫 「うんうん、良かったわね」
それはそうと、麗奈たちの方はどうなっているのか。
美姫 「次回は、そっちの話かな?」
どうなんだろうね。
美姫 「何にしても、次回が楽しみだわ」
うんうん。それでは、次回を待ってますね。
美姫 「ではでは〜」



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