第1話 再会〜変わらぬ想い〜

 

 俺は夜の公園で、漆黒の闇に溶け込んだ気配と対峙していた。

 奴は“闇に堕ちた者”で、魔獣と呼ばれている。闇に負けた人間の成れの果てだ。

 眼を閉じて、静かに奴が動くのを待つ。動いたとき、その姿を現す。そのときがチャンスだ。

 そして奴は動いた。その姿はまるで鳥のようだった。そいつは大きく羽ばたき、風を起こした。それは見えない刃と化して襲いかかって来る。風の刃を避けるのは簡単である。何か行動を起こすとき、必ず心が反映される。つまり攻撃であれば、殺意がこもるように。

 その心を、読むことができれば見えなくても避けることができる。

 俺は空中へとジャンプして攻撃を回避し、魔獣めがけて一閃した。魔獣を衝撃波が襲った。

「くぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 魔獣は甲高い悲鳴をあげて消滅した。

「ふう、まったく近所迷惑だぞ」

 俺は軽く息をついて、そう呟いた。だが、この公園には結界を張ってあるから、普通の人には見えもしなければ音も聞こえないのだ。

 そのとき、公園の真ん中に立つ大きな木の陰から人の気配を感じて、俺はそこに向かって叫んだ。

「誰だ!そこにいるのは」

 返事は無い。俺は怪訝に思い、用心深くゆっくりと近ずいていった。するとそこには、傷だらけの少女が倒れていた。まだ傷が新しく、血が流れている。俺と同じくらいの歳だろう。

 腰まで届く紅い髪が印象的で、顔立ちはやや幼いが綺麗だった。

 昔一緒に遊んでいた少女にどことなく似ている。

 それにしても、こんな普通の少女がしかも全身に怪我を負って、何故この結界の中で倒れているんだろう……、そもそもどうやって入ったんだ?

 とりあえず、声をかけてみよう。

「君、大丈夫?」

「んっ……」

 少女がうっすらと、眼を開けた。そして消え入りそうな、か細い声で呟いた。

「助けて……」

 そしてまた気を失ってしまった。

 俺は困惑していた。この少女は誰かに追われているようだ。でも何故?

「考えても仕方ない。とにかく手当てをしないと」

 いつも持ち歩いている救急セットを取り出して、手当てをする。傷を消毒して、ガーゼをあてて包帯を巻いていく。救急セットには、俺の力が込めてある。力を込めることによって通常の何倍もの早さで、怪我を治すことができる。

 俺には治癒の力は無いが、物に力を与えることによってその物の性能を向上させることならできる。

あとは俺の家にでも連れて帰ってゆっくり休ませよう。話を訊くのはその後でも充分だ。

    *

 私は夢を見ていた。

 沢山の獣達に追われていた。そして私は必死になって逃げる。

 それはいつも見ている悪夢だった。

 そして、いつも私が襲われそうになったとき、助けに来てくれる人がいた。でも、その後すぐに眼が覚めてしまう。

 だからいつもその人が誰なのか、解らずじまいである。

 もし、実在する人なら会ってみたい。それに、私は実際に夢に出てくるような漆黒の獣達に命を狙われている。

 でもいつも、獣達は私に触れることが、できなかった。触れようとすると一瞬にして、消滅してしまうのだ。

 そして今日も、いつもの所で眼が覚めてしまった。だが、いつもと違うのは自分の部屋ではなかったことだ。

 それに、夜はもう明けているようで閉められたカーテンの隙間から、光が差し込んできている。

 私はぼんやりと、部屋を眺めながら昨日の夜のことを思い出していた。

「たしか、黒い狼達に追いかけられて……」

 狼達から逃げ切ったところまでは覚えているのだが、その後が思い出せない。

 昨日のことを思い出そうとしていると、部屋に誰かが入ってきた。

 見知らぬ顔の青年だ。私と同い年ぐらいだろうか?

 でもなぜか、とても懐かしいかんじがする。どうしてだろう?

 私がぼんやりと考え事をしていると、青年が口を開いた。

「気がついたみたいだね。ここは俺の家。大丈夫?すごい怪我してたけど」

 彼にそう言われて自分が今まで気を失っていたことを悟る。

「そうか、私あの後気を失っちゃたんだ」

 私は納得して徐々に覚醒してきた頭を軽く振って、自分に巻かれている包帯に気付いて小首を傾げる。

「これは?」

 青年はそれに気付くと。

「一応手当てはしておいたから」

 照れ臭そうに頬を掻いて言った。

「あ、ありがとう……ございます」

 私はほとんど全身に巻かれている包帯を確認した。下着の下にも巻かれている。という

ことは……見られちゃったのかな?………私の裸。

でもこの人だったら許せる気がする。彼と話をしていると、心がとても安らぐ。自分の

全てを預けても構わないと思えるほどの安心感さえ覚える。だからなのだろうか、こんなことを思ってしまうのは。

私は戸惑いながらも、お礼を言う。

「困ったときはお互い様さ。気にしないで。傷が治るまで家で休んでいってよ。それに傷が治っても、ちゃんと体力を回復させないとまた倒れちゃうよ」

 私はこの懐かしさを感じる青年の申し出にどう答えるか迷った。

「で、でもっ、ご迷惑じゃありませんか?助けていただいたうえに手当てまでしていただいたのに」

「俺は大丈夫、一人暮らしだし。それに俺がしたことって、手当てしてここまで運んだことぐらいだから、せめて最後まで面倒みさせてもらえないかな?」

 青年は面倒見がいいのか献身的に私を気遣ってくれる。そこで、ふと私の頭に疑問符が浮かんだ。

彼は私をここまで運んだだけだと言った。ならいったい誰があの狼達を倒したのだろう?逃げているとき、急に気配が消えたので私は不思議に思っていた。

 でも、もう過ぎたことだからどうでもいい、だって助かったのだから。それよりも、これからどうするかのほうが問題だ。たしかに彼の言う通り、今の私は相当体力を消耗している。昨日だって、もう少しで倒れそうな状態だった。

 ここは、彼の厚意に甘えさせてもらおう。それに、今思い出したが、彼は祐介だ。最初は誰だか解らなかったけど、首にかけている翼の形をしたペンダントを見て、思い出した。あれは、私が祐介に旅に出るときお守りにと渡した自分の羽の一枚を結晶化して作った物だ。

 その証拠に自分の力と同じものがペンダントから感じられる。どうやら、祐介は私のことを忘れているようだ。それにつけこんで遊ぶのもいいかもしれない。うん、そうしよう。

 私はそう決めると、わざと敬語で話すことにした。

「それじゃあ、そうさせてもらいます。しばらくの間よろしくおねがいします」

「こちらこそ、よろしく」

 それから彼は、思い出したように。

「そういえば、まだ自己紹介してなかったよね。俺は高橋祐介」

「私は斎藤美優希(さいとうみゆき)です」

「えっと、美優希さん」

 ちょっとぎこちなく、名前を呼ばれて私は。

「美優希でいいですよ。そのかわり、私も貴方のことを祐介さんって呼ばせてもらいますから」

「えっ、でも見たところ俺と同い年くらいだと思うけど」

「はい、17です。でもいいんです。それに命を救っていただきましたし」

 それは嘘ではないので祐介も納得するだろう。

「17かあ、ということは、俺と一緒か。まあ、君がそれでいいのならそうするよ」

「ありがとうございます」

「じゃあさっそくだけど、昨日のことについて、教えてもらえないかな」

「はい、解かりました」

    *

 祐介の訊きたい事はだいたい解かっていた。

普通の人間があそこで倒れていたら、不思議に思うのは当然である。

 それにしても、本当に覚えてないのだろうか?結界の中に入れるのは光の巫女ぐらいで、光の巫女が私であることを祐介は知っているはずだ。

 それでもこういう質問をしてくるということは、やはり忘れているのだろうか。私は仕方なく訳を説明した。

「実は私、追われてるんです」

 それを聞いて祐介は納得した。

「そうか、だからあの時助けを求めていたのか」

「はい。祐介さんは魔獣って知ってますか?」

 その問いを聞いた途端に祐介は、苦虫を噛み潰したような表情になる。

「なっ、何でその名前を?」

 うろたえる祐介には構わず、話を続けた。

「私はその魔獣に追われてるんです。5年も前からずっとです。私には、人の怪我や病気を治す力があります。そして空を自由に飛ぶ翼を持っています。そういった力が使えるようになったのは、ちょうど12のとき、つまり5年前からです。それ以来、ずっと魔獣に追いかけられているんです」

 私は話し終えると、祐介の様子を伺った。もしかしたら、祐介が思い出してくれるかもしれないと思って。

 しかし祐介は、そんな淡い期待を軽快に裏切ってくれた。

「大丈夫、美優希の話を疑ったりはしないよ」

 どうやら本当に祐介は覚えていないようだ。私は落胆して呟いた。

「そうですか……」

 その様子を見て、祐介は不思議そうに尋ねた。

「どうしたの?なんか元気ないみたいだけど、大丈夫?」

「はい。それよりどうして私の話を信じてくれるんですか?」

 こうなったら、開き直るしかない。思い出したときには三枚おろしじゃすまないわよ。そう思い私は尋ねた。

「それは、俺がそいつらと戦ってるから」

本当は事情を知っているが、私は初めて知ったような顔をして尋ねる。

「えっ、どうしてですか?」

「それが俺の使命だから」

 そのとき、祐介の表情が一瞬(かげ)った。

 私は考え込む振りをして、そして呟いた。

「もしかして、祐介さんって龍人族です?」

 それを聞いて祐介は驚いた。

「そうだけど、どうしてそれを?」

「昔、おばあちゃんから聞いたことがあるんです。今より、ずっと昔に龍人族と私のご先祖様が“ダークマスター”と闘って封印して、そしてまた何かあった時の為に龍王剣を残したって、そしてその伝承が何処かの街に残ってるそうです、何処かは知りませんけど」

 祐介はそれを聞いて、驚愕しそして何かを確信したような顔で尋ねる。

「じゃあ、美優希は光の巫女の末裔なの?」

 私はコクリと頷いた。

「まあ、そんなところです。でも私この力を誇りに思っています。だって誰かの役に立てる素敵な力じゃないですか。だからこの力のおかげで魔獣に追いかけられるようになったんだとしても、私はこの力を憎んだりしません」

 そう言って笑った。

 その顔はとても綺麗だった。それは全てを受け入れた心に迷いのない笑顔だった。

「美優希は強いんだな。俺じゃとうていかなわないよ」

 祐介は羨ましそうに苦笑した。

「そんなことありませんよ。私はとても弱いです。だって今まで幾度となく挫けそうになって、死にたいと思ったこともあるんです。でもそんな時は、必ず約束を思い出すんです。大切な人との再会の約束を。だからそれを信じて私はずっと待ってるんです。でも私は魔獣に対抗する力がありません。祐介さんみたいな力があったら良いのになあって思うんです」

 私は祐介を羨ましそうに見る。

 これは本当である。演技などではない、私はあの時から祐介の強さに憧れていた。

「確かに、龍人族の力は強大で測り知れない。でもそれは心の問題なんだ。龍人族の力は想いが強ければ強い程、力を発揮できる。でも心に迷いや恐れを感じていれば力はとても微弱なものになってしまうんだ」

「じゃあ、祐介さんは何かに迷ってるんですか?」

 私は心配そうに尋ねた。

 すると祐介は自嘲ぎみに答えた。

「迷いか、確かに俺は迷っているのかもしれない。数年前は迷うことなく自分の使命を達成する為に、修行をして魔獣と戦っていたのに、だんだん解らなくなってきたんだ。だって闇は光とともに存在してるんだ。魔獣だって昔から存在してるんだ。異変なんてなにもおこってないじゃないか。それにいつまでこんなことを繰り返さなくちゃならないんだろう」

 そう、魔獣はあの時から存在している。

 それは私のせいなのだが、それには触れなかった。話せば思い出してはくれるだろうが祐介を傷つけてしまうから。それにもうあんな悲しい想いはしたくないし、させたくもない。

 私は、そんな祐介を元気付けようと優しく微笑んで言った。

「大丈夫ですよ。始まりがあれば必ず終わりがあります。だから今はそれを信じていればいいんじゃないですか」

 私の想いが届いたのか祐介は、少し元気を取り戻して笑った。

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ、それに話を聞いてくれたおかげで、少し心が楽になったよ」

 それを聞いて私は満足げに笑った。

「お役に立てて嬉しいです。それに………」

――あなたに暗い顔は似合いません。だってあなたはいつも笑っていたんだから――

 私はそれ以上は声にださず、心の中に閉っておいた。この言葉は、まだ言うべきではない。

 祐介は不思議そうな顔をしていた。

「それに、何?」

 私は笑って誤魔化した。

「ふふふ、何でもありません。気にしないでください」

「その笑い、すごく気になるなあ。まあいいか、それよりお腹空いてない?スープがあるから飲まない?」

「あっ、はい。じゃあ頂きます」

「わかった。じゃあちょっと待ってて、持ってくるから」

 そう言って、祐介は部屋を出て一階へ降りていった。

    *

 私は祐介と面識があった。二人は幼い頃同じ村に住んでいた。

そしていつも一緒に遊んでいた。

祐介に密かに想いを寄せていた。

だが結局、想いを告げる前に祐介は修行の旅に再会することを約束して、出て行ってしまった。

それから数年が過ぎて、思わぬかたちで再会してしまった。

彼と会えてとても嬉しい。自分のことを、覚えていなかったのが残念だけど。それも仕方ないのかもしれない。なにせ祐介とはほんの、2年程度の付き合いだったのだから。

でもやっぱり好きな人に忘れられるのは悲しいな。

私のこと思い出してくれるといいな。

   *

彼女は変わっていなかった。

あの笑顔や優しさ、そして心も。

最初に逢った時からずっと疑問に思っていた。

だが話していて、それが確信に変わった。

光の巫女の話を聞いたときは誤魔化してしまったが。

彼女は昔一緒に遊んだ美優希だ。

でも俺のことを覚えていないようだ。

残念だが無理もないだろう。なにせ2年程度の付き合いだったのだから。

それでも俺は美優希のことが好きになってしまった。結局、心の整理ができず旅に出る前に想いを告げられなかったが。

だから忘れられると寂しい。少しでも記憶に残っていないだろうか?

あの含み笑いも気になる。もしかしたら、覚えているのかもしれない。

それに話しているとき、首にかけているペンダントを見て、懐かしそうな眼をしていた。

まあ忘れていても構わない。こうしてまた逢えたのだから。

それに、今度は絶対に守ってみせる。あの時のような悲しい想いはしたくないから……

    *     

 俺は暖めた手作りスープを持って戻ってきた。

 このスープは美優希がよく作ってくれた、料理の一つだ。

「お待たせ。スープ持ってきたよ」

 美優希は歓声を上げた。

「わああ、いい匂いですねえ」

「俺が作ったんだ。といっても、昔ある女の子に教わったものなんだけど、口に合うといいんだけど」 

 照れ臭そうに頬を掻きながら説明した。

 美優希は俺からスープを受け取り、一口飲んでみる。

「とっても美味しいです」

 そう答える美優希に満足げに言った。

「それは良かった」

「ところで、さっき教わったって言いましたよね?その人ってどんな人だったんですか?」

 当人である美優希は興味深そうに尋ねた。

「うーん、そうだなー」

 俺は少し考え込んでから答えた。

「よく表情が変わる娘だったなあ。よくその娘に振り回されたり、無理難題を押し付けられたもんだよ」

「悪かったわね………」

 美優希はボソッと呟いた。

「えっ?何か言った」

「いえ、何も。続けてください」

 やはりこいつは一度料理してやらないといけないな。と思う美優希だった。

「あ、うん」

 俺は気を取り直して話を続けた。

「でもね、俺はその娘のことが好きだったんだ。結局そのときは告白できなかったんだけどね」

 美優希は内心ドキッとしながら尋ねた。

「えっ、どうしてですか?振り回されてばっかりだったら、逆に嫌いになったりしませんか?」

 動揺する心を抑えつけながら尋ねた。

「どうしてだろうね、知らず知らずに彼女に惹かれていったかんじだったからね。あっ、でも俺が一番好きだった表情ならあるよ」

「それは何なんですか?」

 俺は少し誇らしげに答えた。

「笑顔さ。俺はその娘が見せてくれる笑顔が好きだったんだ。だからあの頃はいつも、その娘が元気がなかったり、困っていたりしたら、励ましてあげたり元気付けてあげたりしたもんだよ。でもあの頃はそれが当たり前だと思っていたからなんだと思う。いや、思いたかったんだと思う。それが離れ離れになって初めて解ったんだ。俺はその娘が本当に好きだったんだって。だから、ちょっと後悔してるんだ。でも約束したから」

「約束?どんなのですか」

 美優希はなんとか平静を装いながら尋ねた。

「いつかまた再開することさ」

「………?」

 それを聞いた美優希は震える声で尋ねた。

「そっ、その人の名前は?」

「斉藤美優希。君と同じ名前さ」

 それを聞いて、もう我慢できなくなって叫んでいた。もう先程の怒りなどどこかへ吹き飛んでしまっていた。

「ゆーすけーっ!」

 美優希の頬に涙がつたった。喜びの涙である。

そして俺の胸に飛び込んできた。

 一瞬驚いたが、優しく受け止めて抱きしめた。

「やっぱりおまえだったんだな、美優希」

 俺は確認するように優しく美優希の髪を撫でた。

「ずっと、ずっと待ってたんだから!それに忘れられちゃったんじゃないかって不安だったんだから!」

「ごめん、ずいぶんと待たせてしまったね」

 美優希は頭をフルフルと振った。

「ううん、いいのちゃんと約束守ってくれたから、帰って来てくれたから」

 そして満面の笑みを浮かべて俺に言った。

「おかえりなさい、祐介」

 俺も負けずと力一杯に美優希を抱きしめた。

「ああ、ただいま」

 

 俺達はしばらく抱き合っていた。どのくらいそうしていたのかは解らないが。

 美優希が落ち着くのを待ってからそっと放して真剣な眼で言った。

「俺、美優希にどうしても伝えたいこたがあるんだ。聞いてくれるかな?」

「うん」

 美優希は涙を拭いながら頷いた。

「ずっと言えなかったこの一言」

 俺は深呼吸をしてから続けた。

「俺は美優希のことが好きだ。俺と一緒にずっといてくれないか?」

 美優希は口に手を当てて眼を見開いた。驚きの表情である。

 まあ、無理もないか。久しぶりに逢った友人にいきなり告白されたのだから。

 だが、これは俺にとっての誓いなのだ。もう二度と失いたくない。あの時のようなことはもう繰り返さない。絶対に守ってみせる。

 しばらくすると、穏やかな表情をして微笑んだ。

「ずっと待ってたんだからその言葉、あの時から、こんどはもう私を置いて行かないでね」

 それを聞いて俺は驚いた。俺達は両想いだったということか、そんなことはそうそう有り得ることではない。

 だがこれは事実なのだ。

 そして美優希は俺を受け入れてくれた。

 だから俺もそれに応えなければならない。

「ああ、約束する」

 そう言って俺は大きく頷いた。

 するとお互いの顔が自然と近づいていった。

 そして二人はキスをした。

 永遠にこの想いが変わらぬよう、願って。

 遥かなる昔、二人がそうしたように………

    *

 それから二人はいろいろな話をした。

 昔のこと、今までのこと、話題は次から次えと湧いてきて尽きることはない。

「ということは、今まで俺達同じ街で暮らしてたことになるな」

 なんと、俺達は今まで同じ街で暮らしていたことに、まったく気付いていなかったのだ。

 それが解って、苦笑しながら美優希は言った。

「そうね、それで一度も出逢わなかったのが不思議なくらい、ふふふ」

「そうだな、ははは」

 自然と笑みがこぼれた。

 今こうしていられることがとても幸せに感じられる。

 それから美優希は急に何かを思い出して、頬を膨らませて言った。

「そういえば、何で最初はあんな態度をとったの?」

 それを聞いて俺はギクッとして眼を泳がせながら答えた。

「なっ、何のことかな?」

「とぼけても無駄よ。さあ白状して、別に怒らないから。ねっ?」

 そう言って、美優希は小首を傾げて俺を覗き込んでくる。

 俺はたじろぎながら言いよどんだ。

「そっ、それは………」

「それは?」

 顔は笑っているが眼がこう言っているようだ。

 さっさと白状しなさい。

 これはもはや質問ではなく拷問ではないかと思えてしかたがない。

 俺は意を決して答えるこたにした。

「じっ、実は忘れてたんだ……」

「えっ、何?よく聞こえなかったけど」

 そう言って美優希は笑顔のままどこからともなく、木箱を取り出した。

 あの箱には覚えがある。確かあの箱の中身は………ハッ!マズイ、あっ、あの恐怖の破壊兵器を使う気だ!

 あの惨劇が再び行われるというのか。想像しただけで寒気がしてきた。

 俺は身の危険を感じて慌てて訂正した。

「いっ、いや美優希がとても綺麗になってたから、最初は解らなかったんだ」

「ふーん、まあいいか。最初は私も解らなかったしね。それにちゃんと覚えててくれたしね。もし本当に忘れてたらばらしてダシにしようかと思ったけど」

 さらりと恐ろしいことを言いながら木箱をどこかにしまった。

 ふう、とりあえず身の危険は去った。

 危うく今日の昼飯にされるところだった。

 今度は何を思いついたのか美優希は嬉しそうに俺に訊いてきた。

「そうだっ、ねえ久しぶりに私の手料理ご馳走しようか?そろそろお昼だし」

 久しぶりに美優希の手料理が食べられると思うと嬉しいが今は我慢するしかない。まだ美優希は回復しきっていないのだから。

「いや、俺が作るよ。美優希はまだ完全に回復したわけじゃないんだし」

「でも………」

 美優希は不服そうな顔をする。

「いいって、そのかわり元気になったら厨房は美優希に預けるから、頑張ってくれよ」

「えっ?」

 最初はその意味が解らずきょとんとしていたが、すぐに理解して顔がみるみるとトマトになっていった。

「そっ、それってつまり……」

 恥ずかしそうにしている美優希に俺は慌てて誤魔化した。

「い、いや、あのそのー……とっ、とにかく買い物に行ってくる」

 俺は急いで部屋から出て行った。

「ふふ、祐介ったらテレ屋さんなんだから」

そして何か安心したように笑みを浮かべて呟いた。

「うんっ、解った任せといてね」

 慌てて出て行った祐介に向かって言った。

「いってらっしゃい、祐介」

    *

 彼は私のことを覚えていた。

 そして彼は私のことを好きだと言ってくれた。

 私と同じ気持ちだった。

 それがとても嬉しい。

 これからずっと一緒にいられる。

 そのうち荷物をまとめてここに持ってきて一緒に住もう。

 そのほうが祐介も喜ぶだろうし。

 楽しみだなあ、一緒に暮らすの。

 私はこれからの生活に夢を膨らませていた。

 もうあの時みたいな辛くて、悲しい想いはしなくていいんだよね。

 


 あとがき

 こんにちは 堀江 紀衣です。

 今回は祐介と本作のヒロイン、美優希の再会&告白、そして祐介危機一髪。でしたが、いかがだったでしょうか?

 さて今回は前回おこしいただいた、祐介さんとヒロイン斉藤 美優希さんにおこしいただきました。

紀衣「祐介さん、今回もよろしくおねがいします。そして美優希さん、はじめまして。今日はよろしくおねがいします」

美優希「こちらこそ、よろしくおねがいします」

紀衣「今回はお二人が再会するお話でしたが」

美優希「そうなんです。でも、祐介ったら最初は忘れてたんですよ」

祐介「だから、最初は解からなかっただけでちゃんと覚えてただろ」

美優希「はいはい、そういうことにしておいてあげましょう。でも本当に忘れてたら、本気で鍋いきだったんだからね」

祐介「それだけは勘弁してくれ」

紀衣「そういえば、美優希さんが持っていた、木箱の中身は何なのですか?」

祐介「そんな恐ろしいことを聞くのはやめてくださいっ!思い出しただけでも背筋が凍る」

紀衣「えっ、そうなんですか?」

美優希「もう、大げさなんだから。入っているのは悪い奴をお仕置き……調理する道具なんだから」

祐介「充分、物騒だろ!」

美優希「大丈夫よ。めったに使うことなんてないんだから。むしろ勿体無いくらいなのよ?これなんかどう?一撃で解体できるように細工してあるのよ。例えばこんなふうに」

 美優希、そこら辺にいた謎の男に向ってそれを突き出す。

???「ぎょええええぇぇぇぇ〜」

美優希「とまあ、こんなかんじよ」

紀衣「あっ、あはははは。祐介さんの気持ちがよく解かりました」

美優希「あら、あなたも鍋に入れてほしいの?」

紀衣「いっ、いえいえ。とんでもございません!あっ、そろそろ時間もおしてまいりましたので、それではこのへんで。またお会いしましょう」

美優希「あっ!逃げたわね……祐介、今日の夕飯はステーキね」

祐介「はっ、ははははは」

 




今回は美優希との再会のお話。
美姫 「それにしても、過去の出来事って何なのかしらね」
うんうん。
一体、何があったんだろう。
美姫 「非常に興味が……」
はははは。まあ、それはそのうち明らかになるだろうから、それまで待つとしよう。
美姫 「それもそうね」
さて、次回はどんな話かな〜。



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