袁紹軍との決戦を控えた俺たちの軍に、馬超と公孫賛という力強い助っ人が加わった。
 そして明日の戦いの前に、俺たちはそれぞれ準備を進める。
 決戦に備え、体を休める者。
 自らの武具の手入れをする者。
 情報収集に奔走する者。
 逸る気持ちを抑えきれず、体を動かす者。
 そんな中、俺はと言うと──

















『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
 第三十八章




















 袁紹軍との開戦前夜。
 俺は夜の中庭で佇んでいた。
 昼間は仕事の合間の休憩を取る人間がちらほらと見える中庭だが、夕食を終えたこの時間には誰もいない。

「ふぅ……」

 一つ息を吐いて、空を見上げた。
 今夜は薄雲が多く、星の瞬きはほとんど見られないが、半月が朧気にその輪郭を見せていた。

「朧月夜……か」

 出来ることなら満天の星空を眺めたかったんだがな……。
 軽く肩をすくめつつ、ぼやける椀型の月を視界に入れる。
 そして考えることは……やはり明日のこと。

「鈴々あたりは気が逸ってるようだったが、結局俺は最後までそんな気分にはなれなかったな。出来ることなら……」

 大軍を前にして尻込みしてる──というわけではない。
 これまでの戦いのほとんどは自分たちより多い兵力の敵を撃ち破ってきているのだから。
 大戦力に挑むことよりも憂鬱なこと。
 それは……

「……今度は確実に……顔良さん相手に決着をつけることになるんだろうな」

 わずかな間でも言葉を交わし、関わりを持ち、そして好意的な感情を持ってしまった相手と殺し合いをしなければならないと言うこと。
 顔良と向かい合うと言うことであれば、先の遼西での一件ですでに対峙はしていた。だが、その時は運良く……と言って良いだろう。直接剣を交えることはなかった。
 しかし、今度はそうはいかない。
 彼女は袁紹軍の将として、幽州を攻めてくるのだから。
 彼女が流夏のように窮地に立たされているのなら、俺は彼女を助けようとも思ったかも知れない。だが、今回は違うのだ。彼女は自らの意志でこの西幽州侵攻に携わっているのだから、俺の取る選択肢はただ一つしかない。

「そこに迷いはないんだ……俺は、幽州の太守として。そして愛紗たちの“天の御遣い”として。小太刀を振るい、守り通さないといけないから」

 その決心は揺らがない。
 だが、それでも心の中にしこりは残っていた。
 だからこそ、堂々巡りでこんな考えをしてる自分がいかにちっぽけなのかを実感するために、この深夜の散歩へと繰り出し、壮大な星空を眺めたかったのだ。
 とはいえ、アテが外れた今となっては、せいぜい朧月夜を楽しむことと、

「……女の子がこんな時間に外に出るのは感心しないな。月」
「ひゃう……っ!?」

 いつしか俺の後ろをコソコソと付いてきた少女との会話を楽しむのが得策か。
 俺は空を見上げた体勢のまま、中庭の木の幹に身を潜ませていた月に不意打ちのように声を掛けて、出てくるように促した。
 すると、怒られるのかな、と少しだけオドオドした様子の月が、ゆっくりとこちらへと出てくる。その様子がなんとも小動物のようで可愛らしく、それがどうにも微笑ましかった。

「あの……ご、ごめんなさい御主人様」
「ん? 月は何か謝らないといけない事をしたのか?」
「だって……御主人様のあとを黙って付いてきて……」

 叱られた子供のように、ばつが悪そうにうつむいている月。そんな月の頭をそっと撫でてやる。

「別に怒ってないから気にするな。月が付いてきてるのはわかっていたからな。憶えておけよ、月。俺は人の気配に敏感なんだ」
「そう……なんですか?」

 気配に敏感な人間、という特殊な能力に驚いているのか、顔を赤らめつつこちらを見上げる月の瞳には戸惑いの色が見られた。
 ……最初に出会った時の月は、それこそ人形じみた無機質さがあったのにな。まあ、今みたいに感情がストレートに顔に出る月の方が何倍も魅力的だと思うが。
 そして、この意見はきっと──

「だから……その月の後をこっそり尾行してきた気配にも気づいてるんだ」
「え……?」
「──っ!?」

 どこからともなく聞こえてきたのは息を飲むような音。
 俺はあえて視線を月から動かすことなく、もう一人の闖入者に声を掛けた。

「というわけだから。出てきたらどうだ? 詠」
「……詠ちゃん?」
「…………」

 ──彼女も同じだと思う。
 月が隠れていた木から少し離れた場所にある茂みから、むすっとした表情の月が、頭に葉っぱをつけた姿で俺と月の前に出てきた。

「……あんたってばなんなのよ、一体。少なくともこっちはあんたの視界には入らないように細心の注意を払ったはずなのに」
「月にも言ったが、俺は人の気配を感じる能力に長けているんだ。俺を尾行したいのなら、意識的に気配を消せる人間を使うべきだと思うぞ」
「あー、はいはい。為になる助言だこと」

 妙なところで敗北感を感じているのか、拗ねるようにして目を逸らす。すると、その目を逸らした先には月がいて、

「月……あんまり夜中に外に出ちゃダメなんだから。月みたいに可愛い女の子には、危険がいっぱいなんだよ?」

 その月と目を合わせた途端、詠はとつとつと説教を始めた。まあ、そのことに関しては俺も言おうとしていたことであったので、そこに口を挟もうとは思わない。
 年頃の娘が一人、この時間に外に出るのはあまり感心出来ないからな。
 まあ、外と言っても中庭くらいなら問題ないのかもしれないが。

「平気だよ、詠ちゃん。ここの敷地内しか出ないんだし。それにここで働く人たちは気のいい人ばかりでしょ?」
「……危険なのが一人残ってるじゃない」

 そう言って、あろうことか詠はこっちを睨んできた。
 それはつまり……

「危険、って。俺のことか?」
「……あんた以外の誰がいるってのよ? ここにはあんた以上に権力を持つ男は居ないでしょうが」
「まあ、それはそうだが……」

 その権力者イコール危険という、妙に生々しい偏見は勘弁して欲しい。

「言っておくが、俺は自分の立場を利用して月をどうこうしようだなんて考えは持ってないぞ?」
「そ、そうだよ詠ちゃん。御主人様は優しいお方なんだから。そんな言い方失礼だよ」
「ふん……どうだか。さっきだって月の頭を撫でていた時のあんたの顔……随分と締まりのない顔をしてたけど?」
「む……」

 そうだったのか? 自分では気づかなかったが。
 でも、そうなってしまっていたとしても、俺は別に不思議には思わない。

「それはまあ……月が嬉しそうな顔をしてくれていたからな。やはり自分のしたことで嬉しいと思ってもらえると、俺も嬉しいんだ」
「はう……」

 さっきのやりとりのことを思い出したのか、月は恥ずかしそうに顔を赤くした。先ほどの詠の言葉にあった“締まりのない顔”を自分もしていたのではないかとでも思っているのかも知れない。
 まあ、こればかりは撫でる側も撫でられる側も不満がないんだし、良いのではないかと思う。
 詠も、月が嬉しそうにしていたことは分かっているためか、それ以上のことは何も言ってこなかった。なら、今度は俺も言いたいことを言わせてもらうか。

「まあ、詠が月のことを心配しているのはわかるし、年頃の娘が一人で夜の外へ出るのは控えるべきだというのも賛成だ」
「……当然じゃない」
「だが、それは……詠、君にも当てはまるんだぞ?」
「……はあ?」

 俺の言葉の意味が分からない、といった表情を見せる詠。
 以前から思っていたのだが……詠はどうにも月を大切にし過ぎるあまり、その分自分を蔑ろにする傾向があった。それが俺からするとどうにも放っておけない。

「さっき、詠は月に言っただろう? 月みたいに可愛い女の子が夜に一人で出歩くのは危険だと」
「言ったわよ」
「それは詠にも当てはまると言ってるんだ。詠だって年頃の可愛い娘なんだから、月が心配だからと言って、一人で出歩かない方がいい」
「な──っ!?」

 さっき詠は月を諫めるべく説教をしていたが、その説教は自分にも当てはまることを自覚してないのは正直危なっかしくて困る。だからこそ、俺はここで詠にも自覚を持ってもらいたかったのだが。

「ば、ばっっっっっっっっっっかじゃないの!? 月が可愛いのは当たり前だけどねっ。ボクが可愛いなんて……どういう目をしてんのよあんたはっ!」

 詠は耳まで真っ赤にして、怒鳴り散らし、俺の言葉を否定してきた。
 というか……前にもこんなやりとりがあったな。その時からまさかと思っていたのだが──詠は妙な勘違いをしているのではないか?

「どういう目もなにも……普通にそう思ったんだが」
「あんたの目は腐ってる! 美的感覚がズレまくってるわ!」

 えらい言われようだ。
 だが、それは俺がズレてるワケじゃ無いと思う。
 それを確認すべく、俺は月に問いかけた。

「月は詠をどう見る? 可愛いと思うよな?」
「はい。詠ちゃんはとっても可愛いです」

 即答だった。
 その力強い賛同者を得て、俺は再び真っ赤になってる詠と向かい合う。

「──と、月ははっきりと答えてくれたわけだが」
「うう……月ぇ……」

 顔はいまだに赤くしたままなのに、涙目になってる詠。なんとも器用な。

「俺の美的感覚がズレてるってことは、賛同してくれた月も同じだと言うことだよな?」
「く……っ、あんたって男は……卑怯よ!」
「……卑怯でもなんでもない。俺はただ事実を述べてるだけだ。そもそも……詠はもうちょっと自分を理解すべきだろう?」
「自分を……理解?」
「そうだ。何が理由なのかは知らないが、詠はどこか自分を可愛くないとか思ってないか? 自らを過小評価するのはあまり良いことじゃないと思うんだが……」

 ぴしぃっっっ!

 瞬間。
 何故かはわからないが、場の空気が凍りついたような気がした。
 同じような経験を以前もしたような……確か、連合内で曹操が俺たちの陣に来た時だったか?
 あの時もどうしてかわからないままに、こうして妙な空気になって、

「…………」
「…………」

 やっぱり目の前にいる二人と同じようにみんなが唖然としていたんだよな。
 だけど俺にはやっぱりその理由が分からなかった。

「……で、月?」
「…………あ、は、はい?」
「何を驚いているんだ?」
「え、えっと……そのぉ……」

 あの時も、誰も教えてくれなかったので、今回は月に聞いてみる。が、やはり彼女も答えを教えてはくれなかった。困ったような苦笑を見せて、目を逸らしてしまう。
 それなら、もう一人──同じく唖然としていた詠に聞いて、と?

「…………っ」

 俺が視線を月から詠へと移すと、今まで唖然として硬直していたはずの詠が、いつの間にかうつむき肩を震わせていた。
 泣いてるのか? それとも……

「あんただけに言われたくないわよっっっっっっっっっっ!」
「ぬお……っ!?」

 ……やっぱり怒ってたか。
 幾度となく詠に怒鳴られてきたが、その中でも最大音量の怒鳴り声が空気を震わせるほどの音波となって俺の耳を襲い、強烈な耳鳴りが起こってしまった。
 だが、詠はそんなことお構いなしに、がなり立ててくる。

「過小評価が良くないですって!? どのツラ下げて言ってんのよ! その言葉だけはあんたに言う資格なんて無いんだからっ!」
「……えっと? それはどういう意味──」
「自分で考えろ! この超絶鈍感朴念仁野郎っ!」

 ……どうしてここまで罵られないといけないんだろうか?
 俺はそこまで罪深い事を言ったのか? 俺としてはあくまで気遣いのつもりで言っただけなのに。
 あまりの詠の言いぐさに戸惑う俺。そんな俺を放置するように、詠は隣にいる月の腕を突然がしっと掴むと、

「部屋に戻りましょ、月! こいつと一緒にいたら鈍感がうつるわよっ!」
「え……あ……え、詠ちゃん……?」

 そのまま怒り心頭の詠に引っ張られて、引きずられるように中庭を後にする。そんな中、月は引きずられつつもこっちを向いて、

「あの……っ、明日は頑張ってくださいね! あと、無理もしないで下さい! 御主人様の身に何かあったら……私……」

 明日戦場に向かう俺を元気づける言葉を向けてくれる……その言葉が最後は哀願のような響きになってるのも月らしいと言うか。

「ああ。約束する。必ず勝って、無事戻ってきてみせる」

 俺はそんな月の優しすぎる言葉に応えるべく、言葉を返した。
 だが、その返答が気に入らなかったのか。
 月を強引に引っ張って中庭から出ていこうとしていた詠の足がぴたりと止まり、やっぱり怒ったような顔でこっちに振り返ると、

「絶対勝つって言うなら、最善を尽くしなさいよ! さっさと部屋に戻って充分に睡眠とって体調を万全にして明日に臨みなさいよね! こんなところで呑気に空なんて眺めて寝不足が原因で怪我して月を悲しませたりしたら、あんたの傷口に塩を塗りたくってやるんだからっ!」

 怒気を孕んだ痛烈な言葉を浴びせてきた。
 だけど、俺は詠の言葉に思わず苦笑を漏らしてしまう。
 今回の彼女の言葉には、怒気はあっても悪意はないからだ。
 彼女の怒鳴った言葉を冷静に思い起こせばわかる。月のようにわかりやすくストレートな言葉じゃなく、少々屈折はしているが、それでも俺を心配してくれてる彼女の優しさが伝わってきた。

「了解だ。俺もすぐに部屋に戻って寝ることにするよ。ありがとな、月。それに詠も。お休み」
「あ、はい。お休みなさい御主人様……」
「……ふんっ!」

 月は詠に腕を引っ張られつつも器用にこちらに一礼して。
 詠はぷいっと顔を背け、そのまま月を引きずるようにして中庭を去っていった。
 なんとも対照的な二人……だが、実は結構似ているかも知れないな。
 そんなことを思いながら、再び俺は薄雲のヴェールに包まれた月を見上げた。

「二人のおかげ……かもな」

 俺は自分の現金な心に苦笑して、視線を月から外した。
 二人が現れる前までは袁紹軍と──顔良さんと戦うことを憂鬱に思っていたのに。
 今はもう自分の心の中は一切の迷いがなくなっていた。
 いや、完全に割り切ったと言うべきだろうか。
 確かに、顔良さんと戦場で向かい合うことが平気だとは思わない。だが、それでも彼女が袁紹軍の一員としてこの幽州を──月と詠をはじめとする、守るべきひとたちがいるこの場所を蹂躙するとなれば、俺は躊躇なく小太刀を振るってみせる。
 その覚悟がしっかりと定まったのだった。

「……詠に言われた通り、早めに寝て体調を万全に整えておくか」

 俺も二人に遅れて中庭を後にする。
 二人と交わした約束を守るためにも。






















 時は幾分遡り。
 その日の夕暮れ時。
 県境からほど近い西幽州の支城には、袁家の旗が翻っていた。
 袁紹軍の先陣が昼過ぎにその支城を落としたところでこの日の進軍は終了。翌日、現在の西幽州の州都となっている啄県を攻めるため、支城で休息を取っていた先陣に、数時間遅れて第二陣──つまり袁紹軍の本軍がその支城に追いついたのだ。
 先陣の三万を指揮するのはもちろん、袁家二枚看板の文醜、顔良の二人。
 そして、後詰めの本軍五万を率いるのは勿論──

「おーーーっほっほっほっほっ。天の御遣い〜とか言われてるからどれほどの者かと思えば。まーったく大したことはありませんわね」

 ──軍の総大将、袁紹その人である。
 大軍ゆえに進軍速度も遅く文醜達が落とした支城に、日が落ちる直前くらいにようやく到着した袁紹は、支城の玉座の間へと早速通され、そこで二人から戦況報告を受ける。そしてその順調さにいつもの高笑いが出たというわけだ。
 完璧な楽勝ムードの袁紹。
 しかし、

「まだあっちの支城を落としただけじゃんか」

 文醜は前回の遼西遠征での事があってか、幾分慎重になっていて、

「文ちゃんの言う通りですよ、姫ぇ〜。それにこの支城だって抵抗なんてあってないようなモノでしたし」

 顔良もまた、高町軍はこんなモノではないはずと気が緩みまくっている袁紹を諫めようとするが、そんな言葉を聞く袁紹ではなかった。

「だまらっしゃい。この袁本初の華麗な戦運びにかかれば、天の御遣いぃ〜なんて恥知らずな呼ばれ方をされている者など、軽く一捻りですわ!」

 相変わらずの無根拠な自信をひけらかし高笑いする主の姿に、顔良はがっくりと肩を落とした。

(うぅ……やっぱり姫がいると不安というか……)




 本来、この袁紹軍において戦場に出て軍を指揮するのは顔良と文醜の二人の仕事であり、袁紹はめったに戦場には姿を現さないのだ。先の反董卓連合の際には、連合の発起人として出ざるを得なかったのだが、それ以外では本国で結果を待つ事が多かった。
 実際、先日の遼西遠征にも参戦はしていない。
 それはどうしてか?
 実は袁紹は戦争が嫌いというわけではない。
 むしろ自分の力を存分に誇示出来るという理由もあって、出来る限り参戦したいとは思っているのだ。しかし、それを押しとどめているのが顔良なのである。

(姫が采配を振るうと、ロクな事が起きないんだもん……)

 袁紹の迷采配ぶりは、先の連合軍で他の諸侯たちを震え上がらせるほどだった。そしてその袁紹の実力を誰よりも理解してるのは、袁紹軍の兵士たちと部下である顔良達。そして袁紹軍の良心と評判の心優しい顔良は、自分たちの部下を無駄死にさせないため、適当に袁紹を言いくるめて、彼女を戦に出さない努力を積み重ねてきたのだ。
 まあ、大抵が「姫が出るほどの敵じゃないですよ〜」と袁紹を持ち上げつつなだめることで回避出来るのだが。
 しかし、今回の啄県遠征だけはそれが通用しなかったのだ。

「あの高町とかいう生意気な男は、わたくしの手で八つ裂きにしてやらないと気が済みませんの。なので今回はわたくしが指揮を執りますわ」

 遼西遠征を終えて間もない時の袁紹の妙に気合いの入った言葉を聞いて、顔良は比喩表現ではなく本当に目の前が真っ暗になったという。
 もちろん顔良としては、ここで袁紹のワガママを認めさせては兵たちがいたずらに死んでいくと危惧し、「私と文ちゃんでも充分に倒せますから……」と止めたのだが、

「伯珪さんを取り逃がしたあなたがそれをおっしゃいますの?」

 そのように返されては、顔良の言葉に詰まってしまう。
 今回の遼西遠征で勝利を収め、遼西の地を手中に収めたことにはご満悦の袁紹だったが、敵将公孫賛を討ちもらしたという報告を聞いた時はさすがに不機嫌にもなっていたのだ。それでも、普段からよくやってくれている文醜と顔良の二人には恩情をかけ、おとがめなしという判決を下したのだが。それでも袁紹がその結果を快く思ってないのは間違いなかった。
 そんな主の考えを理解出来るからこそ、顔良はそのことに触れられると何も言えなくなってしまう。

「わたくしが指揮する以上、あの天の御遣い〜なんて呼ばれて悦に入ってるような小物は逃がしませんわ! この袁本初の力を思い知らせてやりますわ!」

 こうして袁紹の啄県遠征の参戦が決まったのである。




(でも、今のところは大丈夫だよね? 出来ればこのまま、姫の出番が無いまま終わってくれればいいんだけど……)

 すっかり勝った気でいる袁紹を横目で見ながら、顔良は溜息をついた。
 確かに今回の啄県遠征は総大将として袁紹が参戦しているが、顔良も無策でこの遠征に臨んだわけではない。彼女なりに、軍の被害を最小限に留めるべく出来る手だては全て打っていた。
 特に、今回袁紹軍が先陣と第二陣の二つに分かれているこの軍編成。
 これも顔良が用意した策の一つだった。
 顔良は文醜と共に先陣の三万を率いて先行し、速やかに敵を撃破していくことで、後からやってくる第二陣──五万の兵を率いる袁紹に何もさせないと言うのが顔良の考えである。
 ちなみに袁紹には、「主役登場の前の露払いは任せてください」などの適当な言葉を並べて納得させていた。
 この顔良の作戦。確かに袁紹を納得させて、そのうえ参戦している袁紹にまともに戦いの指揮を執らせないという目的はしっかりと果たせていた。
 しかしその反面、かなりの危険を冒すことになっている。八万の軍勢を意味もなく分割するのはリスクが高いし、先陣の顔良たちには自然と“袁紹が戦場に到達するまでに決着をつけなければ”という焦りも生ませる。
 この顔良の策は、敵に対しての戦略的な意味がほとんどないと言う事実が、何より危険なのだ。

(でも……八万の兵をそのまま姫に任せたりしたら、その方が危ないし……)

 顔良にとっての今回の啄県遠征における袁紹軍勝利に立ちはだかる最難関は、総大将そのものであり、敵の戦力は二の次だった。




 その相手を省みない策がきっかけで、後に袁紹軍は大きなダメージを受けるハメになるのである。
 だが、その事実があったとしても、誰も顔良を責められはしないだろう。
 責められるべきは、誰が見ても間違いなく──。






あとがき

 ……とりあえずワンクッション(ぉ
 未熟SS書きの仁野純弥です。
 早速バトル……と思いきや、まったりとした夜のひとときを書かせて頂きました。月と詠の二人は、このあとのバトルではまったく出番がないので、ここで帳尻合わせ……みたいな感じで。
 さて、このまったり話が終わったところで、次からは対袁紹軍の戦争がメインとなります。兵力に勝袁紹軍と武将の質で勝る高町軍。
 そして恭也と顔良……どのような決着をつけるのかにも注目してもらえたら幸いです。
 では最後に、ここまでこのお話を読んでくださってる読者の皆様と、SS公開の場をくださった氷瀬さんに最大級の感謝を。
 では〜。



バトルは次回に。
美姫 「こういう戦闘前の静けさというのも良いわね」
戦いに出る者だけでなく、残される者にも当然不安はあるだろうしな。
そして、いよいよ次回は両軍がぶつかるのかな。
美姫 「兵数が圧倒的に違うわね」
けれど、質で言えば恭也たちの方が上だけれどな。
果たしてどんな戦いになるんだろう。
美姫 「とっても待ち遠しいわね」
ああ。次回を、次回を楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。



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