俺と恋は、公孫賛を連れて啄県の街へと帰還した。
 そして俺を出迎えたのは勿論、

「あなたは……っ、いったい何をしているのですかーっ!」

 愛紗の迫力ある怒鳴り声だった。
 こればかりは覚悟していたことだったので、俺は愛紗の説教を甘んじて受ける。太守としての俺を諫めるのも愛紗の仕事だし、彼女の言い分は間違いなく正しいからだ。
 しかし、その説教の途中。俺は聞き捨てならない事実を耳にする。

「なに……? 月が罰を受けているのか?」
「そうです。御主人様の今回の所行を手引きした主犯として。彼女が全てを負うというので、朱里や詠には罰を与えませんでしたが……」
「冗談じゃない! 今回の責は全て俺一人のモノだ! 今すぐ月を解放しろ! そしてその罰は全て俺が受ける!」
「それは我らが決める事で──」
「それこそおかしいだろう! 主犯も何もないんだ! この一件は俺が主導で動き、彼女らは巻き込まれただけなんだぞ! ならばその責任は俺しか取れないはずだ!」
「御主人様には勿論罰を受けてもらいます。ですが、月や恋にも──」
「それは認めない。もし、あの二人にも罰を与えるというのなら、それも全て俺が受けよう。これは退かないぞ」
「ですから、それはこちらで決めることで──」
「間違っていることを正すのは太守の役割だ──」

 喧々囂々。
 今回の一件での責任問題で、いつしか説教を受けていたはずの俺は、愛紗と激しく激論をかわす形となってしまったのである。






 そんな俺たちの姿を見ていた朱里。そして、俺と一緒に啄県へとやってきた公孫賛は揃って呆れ顔。

「……幽州の将軍と太守は、いつもこうなのか? 諸葛亮」
「あははは……えっと、割とこんな感じですね〜」
「なるほど……ね」

















『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
 第三十七章



















 とりあえず、月は解放され、全ての罰は俺が受けると言うことで落ち着いた。
 最後まで愛紗は不満そうだったが。
 そして、話が終わったところで公孫賛を休ませ、恋は県庁内にある自分の部屋へと戻らせた。
 その後、俺は独房から出てきた月と、自主的に食事を取らずにいた朱里、詠の二人にあらためて陳謝する。月は頭を下げる俺に、

「ご無事で良かったです……」

 と涙ぐんでまで喜んでくれた。
 ……心配、かけてしまったか……。

「御主人様……次はどんなことでも相談してくださいね。出来る限りのことはしますから」

 朱里も、軍師としては俺を責めるべきなのだが、それでもこんな言葉を掛けてくれた。
 そして、

「ふん……命拾いしたわね。あと半日でも帰ってくるのが遅かったら、あんたをどんな方法を使ってでも殺してたわ」

 月が俺のせいで罰を受けたことが心底気に入らない詠。
 詠には何度も謝ったが、最後まで許してはもらえなかった。
 ……まあ、月を誰よりも大切に思っている彼女にとって、今回の一件で月が苦しい思いをした原因が俺である以上、許せるはずがないのだろうから、しょうがない。これからも誠意ある態度を示すことでいつか許してもらえるようにしないとな。
 俺はこうして巻き込んでしまった三人に謝罪してから、自室へと戻った。
 公孫賛を助けるため二日連続で徹夜をしているので、ここらでそろそろ睡眠を取らないと身が保たない。
 着替えることも億劫になり、着の身着のままで寝台へと倒れ込んだ。

「……ふぅ……とりあえず、公孫賛を助け出せて……よか……っ……」

 そして、すぐに意識は睡魔に奪われるのだった。




















 その後、一日を寝て過ごした俺は、翌日から愛紗からの“罰”を受ける羽目になるのだが……。
 これに関しては……その、語りたくはないんで……いつか語れるくらいに心の整理をした時にでも。
 それはさておき。
 何とか公孫賛を保護することが出来た俺たちは、その公孫賛から袁紹軍の情報を教えてもらい、連中の侵攻に備えることにした。

「遼西を支配下にした袁紹軍は、必ずその勢いを殺すことなくこの宅県へ矛先を向けてきます。あの袁紹さんの性格を考えれば、間違いなく」

 朱里が断言し、公孫賛もそれに頷いていた。
 そして、その言葉は的中する。
 遼西陥落からわずか十日後。
 袁紹軍が県境を越えて、西幽州へと侵攻してきたのだった。


















「県境にある支城が袁紹軍の攻撃によって落城! 袁紹軍はそのままこの啄県に向かって進軍中です! その数およそ三万!」

 伝令からのその報告に俺は首を傾げつつ、その伝令兵に休息を取るように言いつけた後、俺は首脳陣を謁見の間に集めた。
 集まったのは愛紗、鈴々、朱里……と今回は公孫賛にも参加してもらう。

「さて……伝令からの報告については今説明した通りだが。どう見る?」

 この問いかけにはあまり意味がなかったかも知れない。
 すでに現時点で愛紗は怒り心頭と言った表情を見せていたからだ。

「遼西を攻め落とす時は十万の兵だったのに、この啄県攻略では三万ですか……随分と舐められたモノですね…………ふふふふふふ……っ」

 激怒すら通り越した愛紗の表情には、いつか見た昏い笑みが浮かんでいる。
 そしてその隣にいる鈴々は、

「ちょうどいいのだ! 連合で受けた仕打ちの仕返しをしてやるのだ!」

 先の連合軍での恨みを晴らすべく、意気軒昂と言ったところだ。
 確かに遼西攻略時に比べ、兵力は抑え気味ではある。しかし、

「だが……俺たちの軍はせいぜい二万弱だろう? それでも兵力差は随分とあるぞ」

 それでも俺たちの方が劣勢であることは認めなくてはならなかった。

「そうだな。しかも敵軍は支城を落として更に士気は上がってる。士気の上がった大軍にまともにぶつかるのは危険だろ?」

 と、これは公孫賛。
 元々袁紹とはつき合いも長く、実際に刃を交えている彼女はアドバイザーとしてこの場に同席してもらっていた。
 その公孫賛の言葉に、朱里はこくりと頷く。

「公孫賛将軍の言う通りです。ですが……こちらとしてはすでに手を打ってあります」

 公孫賛の言葉を認めた上で、それでも朱里の表情に焦りはなかった。
 この十日間、朱里は袁紹軍の侵攻を想定して、すでに策を講じ、動き出していたのである。

「あらかじめ、国境付近の支城は戦力を置かず、あえて落とさせたのです。支城では防御力も弱いので、籠もっていても出来る抵抗はたかが知れてます。それでは兵力をただ消費するだけですから。それなら西幽州でもっとも防御力の高い、この啄県で全兵力を集中させた方がいいと思いまして。ですが、ここで嬉しい誤算が起こりました」
「嬉しい誤算?」
「はい。第一陣の兵力が三万ということです。おそらく遅れて第二陣も来るとは思いますが、それでもその先陣の三万の兵なら、こちらは籠城せずに迎え撃つ事も出来そうです」

 兵力を集中させての籠城、という今回の策は公孫賛以外の面々は聞き及んでいた。籠城という消極的な策に愛紗と鈴々は渋い顔をしていたが、相手が八万から十万という大軍であるのなら仕方がないと、二人も納得していたのだが。

「ふふふ……それは腕が鳴る」
「鈴々も大暴れしてやるのだーっ!」

 突然の朱里の積極的な言葉に、愛紗たちは俄然闘志を燃やしていた。
 しかし、俺はそんな単純には喜べない。

「しかし大丈夫なのか? 兵数はあっちの方が上で士気も高いんだろう? なのにあえて城を出て野戦というのは……」

 俺の心配に同意見だ、とばかりに公孫賛もコクコク頷いていた。
 だが、心配はいりませんとばかりに朱里は俺たちに自信ありげな笑みを見せる。

「私の方でも情報は集めてまして。敵軍の先陣三万を率いているのは文醜と顔良の袁家二枚看板です。あのお二人は先の遼西での戦いで公孫賛将軍を相手に大苦戦していますから、今回の西幽州攻略には慎重に臨んだはず。ですが蓋を開けてみれば支城の抵抗は脆く、現在怒濤の快進撃というわけです。確かにその快進撃で士気も上がってますが──」
「なるほど……同時に慢心も生まれるというワケなんだな」

 朱里の言葉を継いだ公孫賛は、朧気ながら朱里の策の正体に気づき始めていた。
 俺もそこでようやく、朱里の“嬉しい誤算”の意味に気づく。

「……その、慢心を利用すると言うことか」
「その通りです。袁紹軍の兵士たちも、そして指揮官二人もこう考えるはずです──先陣の自分たちでケリがつけられるかも、と。軍内にも楽勝だ、という空気が流れているでしょうからね」

 兵力集中のため、支城の戦力を薄くしたことで、こういった副作用が起きたと言うことか。
 そこで俺たちの話に、打って出られることに喜び勇んでいた愛紗も加わってきた。

「敵は勝手にこちらが寡兵であると思い込み、こちらがこの城でも籠城するしかないと思わせておいて、あえてこちらは野戦に出ると言うことか」
「はい。ですが、やはり兵力差は歴然ですから、まともにぶつかってはダメです。ここは私たちの方が優勢である部分で勝負しないと」
「我らの方が優勢である部分?」

 朱里の言葉に首を傾げる愛紗。
 朱里の意図が分からない愛紗の代わりに、俺が答えを出す。

「武将の質、だな。敵将のうち、文醜とは実際に剣を交えたし、二枚看板と言うくらいだから恐らく顔良さんも文醜と大きな実力差はないはず。それならば、俺は断言出来る。将としての実力はうちの愛紗、鈴々の方が上だ」

 文醜の実力は、俺でもなんとか出来る程度のモノ。ならば愛紗たちの方が全然上だ。俺では愛紗たちには勝てないからな。
 その答えに、愛紗は照れくさそうに頬を赤らめつつも、誇らしげに胸を張り。
 鈴々は「当たり前なのだー!」と嬉しそうに笑っていた。
 そして、朱里も俺の答えに頷いてみせる。

「御主人様の言う通りです。御主人様と公孫賛将軍のお話を伺う限りは、武将としては我が軍が圧倒的に優勢と見ました。ならば、ここは愛紗さん達に軍の最前線に立ってもらって、敵兵を圧倒してもらいます。そこで敵は混乱するはずですから、そのスキに一気に敵軍をグダグダにしちゃいましょう。そこで敵将を討ち取れれば……」

 事も無げに言う朱里。
 そこには愛紗と鈴々の二人への絶大な信頼感があった。
 そして、この二人はその信頼を受けて、自信ありげに笑みを浮かべる。

「まかせておけ。幽州の青龍刀、この関雲長が必ずや敵将文醜や顔良を討ち取って見せよう!」
「鈴々の蛇矛が唸るのだー!」

 とはいえ、この二人の今回の仕事は危険が伴う。敵のど真ん中に突貫し、敵将を討ち取るというのはそれだけ多くの敵兵に囲まれると言うことでもあるのだから。
 心配は尽きないが、俺はそれを止めることは出来なかった。
 この策を一番高い確率で実行出来るのはこの二人しかいない。

「これが成功すれば、指揮官を失った敵兵たちは退却するしかありませんから。こちらは最小限の被害に留めて追い返すことが出来るはずです」

 そして、それだけの危険を冒す理由はまさにこれだった。
 今回、我々が迎え撃つ敵の先陣は三万。
 だが、遼西を攻めた袁紹軍は優に八万はいたはず。
 となると、敵はまだ余力を残しているのだ。となれば、俺たちもまたここでいたずらに戦力を低下させるわけにはいかない。そのためのリスクなのだ。
 しかし、朱里は更に先を見据えている。

「それに、文醜さんと顔良さんさえ倒してしまえば、後は大丈夫です。例え五万以上の大軍が相手だとしても」

 それは暗に、残る総大将──袁紹相手なら、どうとでもなるということか。
 あえて口にはしなかった朱里。
 だけど、

「袁紹自身はただのバカだから怖くないのだ」

 鈴々あたりはハッキリと言ってしまう。
 そんな鈴々のストレートなコメントに、朱里は苦笑するしかなかった。
 ちなみに、愛紗や公孫賛も鈴々のコメントには突っ込まず、ただただ頷くばかり。
 ……袁紹の評価を考えると不憫にすら思えるのは俺だけか?
 そんな思いが胸を去来する中、軍議は進む。
 情報によると袁紹軍の先陣が啄県付近に姿を現すと予想される時間は、明日の昼過ぎ。
 俺たちは公孫賛からの情報を元に、敵の動きを予測。そして、元々は籠城する予定だった軍の再編成を行うため、それぞれの兵の振り分けを決めようとした時だった。




「太守様! 西涼の領主、馬騰殿のご息女、馬超殿が数騎の兵と共に我が城にっ!」




 見張りの兵からの、青天の霹靂とも言うべき報告が入ったのは。











 西涼の馬超の突然の来訪は、俺たちにとって予想外の事だった。
 とはいえ、先の連合内では言葉を交わした時間こそは短かったモノの、親交を温めた女性である。あちらの意図はわからないが、とりあえずは入城を許可し、謁見の間へと通した。













「連合以来、だな……しかし、何かあったのか?」

 久しぶりの馬超の姿を見て、俺の口から出たのは彼女を心配する言葉だった。
 衣服は所々がすすで汚れ、かつての連合で顔を合わせた時は溌剌とした印象があったのに、今はそれが微塵も感じられない。その顔には濃い疲労の色が見て取れる。それは馬超に付き従っている部下らしき西涼兵たちも一緒で、彼らにも疲労と共に虚脱感が見られた。
 ……これはまさか?
 俺の中で膨らむイヤな予感。
 そして、往々にしてイヤな予感ほど当たってしまうのだ。

「……あんたの力を借りたくて来た」

 この部屋に来るまでずっとうつむいていた馬超。その彼女がうつむいたままでぽつっと切り出す。

「力を借りに……というと?」

 馬超の言葉に問いかえす愛紗。
 その言葉を受けて、馬超はついに顔を上げた。
 悔し涙で瞳を潤ませながら。

「……父上が……父上が殺されたんだ! 曹操にハメられて……っ!」
「な……馬騰殿が死んだっ!?」

 悔しさのあまり言葉を詰まらせながらの馬超の言葉に愛紗は驚きを隠せなかった。
 武人としてすでに名を高めていた馬超。その父である馬騰もまた、優れた将だと聞いていただけに、馬騰の死という衝撃は俺にも理解出来た。

「ああ……! その混乱に乗じて西涼に侵攻してきた曹操のせいで、あたしたちの一族郎党、散り散りになっちまって……っ」
「それで馬超はお兄ちゃんのところに来たのか」

 鈴々の言葉に無言で頷く馬超。
 なるほど……前回の連合軍の際も、涼州連合のリーダーとして采配を振るっていたのは馬騰だった。曹操は領土拡大のために涼州を落とす際、一番の難関として立ちはだかるであろう猛将馬騰を真っ先に謀殺し、その上で涼州へと侵攻したのか。
 確かに理にかなってはいる。それならば犠牲は最小限にして涼州を制圧出来るし、実際に制圧したのだろう……馬超がここにいるということは。
 ……とはいえ、えげつないな。
 その合理的な侵攻方法に曹操らしさを感じつつも俺は眉間にしわを寄せ、目を閉じた。連合内では少しだけ顔を合わせた馬騰の死を悼んで。
 そして、わずかな黙祷のあとに、あらためて馬超たちに目を向けた。

「それは本当に大変だったな……それに、西涼からここまでとなると、かなりの距離を馬で移動したんだろう? その様子じゃほとんど寝てないんだろうし。朱里、すぐに彼らの部屋を準備してくれ。今はとにかく休んで──」
「待ってくれ!」
「……馬超?」
「気遣いはありがたいが、その前に……あたしの願いを聞いて欲しいんだ!」
「願い?」

 疲れてるはずの馬超が、悔しさに唇を噛みしめながらの必死の形相で訴える。

「力を……貸して欲しいんだっ! 父上の仇を取るためにも、あんた達の力を……っ!」
「…………」

 馬超の瞳には、西涼を守れなかった無念さと、父馬騰を騙し討った曹操への憎悪の炎が宿っていた。
 錦馬超とうたわれ、その槍捌きは西国一とも称された自らの槍を存分に振るえず、故郷を失った悲しみとその無念は心中察するにあまりある。
 だが……何故だろうか? もう一つの感情──彼女が曹操へ復讐しようとしている……そのこと自体に違和感を覚えていた。連合で初めて顔を合わせた時の印象を思い出すと、今の彼女の姿に強い違和感を感じてしまうのである。
 その違和感の正体がわかるまでは……迂闊な返事は避けた方がいい。そんな気がした。

「残念ながら、俺たちが馬超に力を貸せるかどうか、今すぐには答えを出せないんだ」

 都合がいいと言って良いのかはわからないが、俺たちの軍の状況的にも今は彼女の願いに返答出来る余裕がない。ゆえに、どちらにしても馬超の願いに首を縦に振ることは出来ないのだった。

「現在、この啄県は袁紹軍に侵攻されているという状況なんだ。俺たちとしてはまず、袁紹軍を撃退することが最優先となる。袁紹軍を倒せなければ、貸せる力もなくなってしまうからな。だから、さっきの馬超への答えは、この戦いを乗り切ってからにして欲しいんだが……どうだろうか?」

 はっきり言ってしまえば、今の馬超は“らしくない”のだ。
 ……まあ、まだ知り合って間もない彼女のことを“らしくない”と言えるほど親しくなってはいないのだから、俺の気のせいかもしれないが。だが、この直感には不思議と自信があった。
 彼女は、復讐なんて黒い感情に心を侵される人間ではないと。
 だからこそ、彼女には冷静に考えるだけの時間を与えたかったのだ。

「わかった……あたしはそれで構わないよ」

 俺の思惑なんてきっとわかってないだろうが、それでも現状を把握はしてくれたみたいだな。馬超は神妙な表情で頷いてくれた。
 とすれば、やることは一つ。俺たちは袁紹軍を迎え撃つ。
 そして、馬超達には──

「そうか。じゃあ、とりあえずはここまで来るのにかなりの体力を使ってるだろうし、しばらくは休んでいてくれ。それでこの城から戦況を見ておくんだ」
「……どういうことだよ?」

 俺の言いたいことが分からないといった表情の馬超。

「馬超の願いは曹操を倒すことだろう? なのに、もし俺たちがここで負けて、一緒に袁紹軍に捕まったら、それこそ苦労してここまで来たのが無駄足になる。それなら、まずはここで俺たちの力を見極めろ。そしてもしこっちが劣勢だと見れば、この城を脱出するんだ。そして新たに力になってくれそうな陣営を探せ」

 俺たちが曹操と戦うための力になれるかどうか、それを見極める試金石としてこの戦いを見るのが一番のはずだ。馬超達は大陸の西方から、東の幽州まで一気に移動してきて疲れているのだから、城内で体を休めながら俺たちの実力を測ればいい、と言っているのだ。
 しかし、俺の提案を馬超は突っぱねる。

「冗談じゃない。こうして受け入れてくれたあんた達を見捨てて逃げるなんて、それこそするもんか」
「だが……俺はまだ、力になると返事をしたワケじゃ……」
「それだってわかってるさ。あたしが倒したいと思ってる曹操──いや、魏は今や大陸でも屈指の大国だ。そこにケンカを売るって聞けば、大抵の連中は尻込みして、あたしらなんて門前払いだろ。なのに高町、あんたは違う。話を聞いて、考えてくれるとまで言ってくれたんだ」

 それなのに薄情な真似は出来ないと、怒る馬超。
 だがその怒りは、決して先ほど打倒曹操を口にしていた時の怒りとは違う。それはどこか気持ちのいい、真っ直ぐな感情だった。
 その顔こそは、馬超らしい……そんな気がした。
 その馬超の怒りの表情が不意に曇る。

「それに今のあたしにゃ、あんたら以外に頼れる人間がいないんだ……」
「馬超……」
「だからこそ!」

 なんとも感情の起伏が激しいヤツだな……そうこちらに感じさせるくらいに、今度はどこか気合いの入った凛々しい表情を見せて、馬超は横に置いていた自らの槍を掴み、手慣れた様子で振りかざした。

「この戦、あたしも連れてってくれよ」
「な……っ?」

 そして突然の意外な申し出。
 馬超とは手合わせはしてないし、実際に戦ってる姿を見たワケじゃない。それでも、彼女が相当な使い手であることは、その何気ない所作から見て取れた。
 彼女ほどの使い手ならば、確かに俺たちにとっては大きな戦力となりうるが。

「……無茶を言うな。西涼からここまで一気に駆け抜けてきたんだろう? それで戦うなんて……」
「なんだよ? もしかしてこれからすぐに戦うのか?」
「いや……敵が来るのは明日の昼くらいだが」
「だったら平気だな」

 馬超は、にかっと少年のような笑みを見せた。

「一日休んでメシさえ食べれば、あたしには充分さ。突然来たあたしに一軍を任せろなんて言わないからさ。兵卒扱いでもいいから、戦わせてくれよ。ここでただ眺めるだけなんてそれこそ御免だ」
「…………」

 ……なんとも清々しいほどに真っ直ぐな。
 戦力を見極めるなんて以ての外。不利な状況は自らこじ開けてでも脱してみせる──そんな力強さが馬超にはあった。
 しかし正直なことを言えば、まだ馬超の願いを聞くかどうかを決めかねてる現状で、彼女の手を借りるということには抵抗がある。
 どうすればいいかと悩んでいると、

「良いではありませんか」

 馬超の参戦を肯定する意見が飛び出してきた。
 愛紗である。

「今は兵を率いる事の出来る優秀な将が一人でも多く欲しいのです。まして、あの錦馬超が戦列に加わるとなれば、兵の士気も上がりましょう」
「む……それは、確かに……」
「ならばここは言葉に甘えましょう」

 その意見に賛成なのか、鈴々や朱里も愛紗の言葉に頷いていた。
 どうやら決まりか……。

「……わかった。じゃあ馬超、今からすぐに睡眠を取って体を休めてくれ。そして、目が覚めて食事を取ってから……俺たちに手を貸してくれ」
「ああ! 任せとけ」
「すまない、助かる」

 これから袁紹軍と戦う俺たちにとって、馬超の参戦は何より心強い。ここは素直に彼女の厚意を受けようと、感謝の言葉を伝えた。
 すると、馬超は照れくさかったのか頬を赤くして目を逸らす。

「……こっちだってタダで世話になるつもりはないんだ。これくらい当然だろ」
「いししし。馬超が照れてるのだ」
「う、うっさいな! そんなんじゃないって!」

 そして、鈴々にからかわれて更に顔を赤くするのだった。
 ……ホントに表情がコロコロ変わるんだな、馬超は。
 苦笑しつつ、俺はちょうど良いとばかりに鈴々に彼女のことを任せることにした。

「鈴々。馬超の出陣準備を手伝ってやってくれ。馬や防具などをな。あと、しばらくは鈴々の軍に帯同するように。頼めるか?」
「うんっ、分かったのだ!」

 快諾してくれた鈴々はあらためて馬超と向かい合っての自己紹介。

「前も名乗ったけど、もう一回ね。鈴々はね、張飛っていうの。で、真名は鈴々なのだ。馬超なら鈴々を鈴々と呼んでいいのだ」

 どうやら鈴々は以前の連合の時から、馬超のことを気に入ってるようだ。あっさりと自分の真名を呼ぶことを許している。そんな鈴々のあけすけな性格に呼応してか、

「分かった、あたしのことも真名でいい。翠(すい)ってんだ、よろしく」
「よろしくなのだ!」

 馬超も自らの真名を名乗って、二人は握手を交わした。
 どうやらこの二人は相当気が合うらしい。早くも親友のような空気を作り出している。
 その後、愛紗や朱里も鈴々に続いて自らの真名を馬超に教え、真名で呼び合うことを促した。馬超の真っ直ぐな気質を二人とも気に入ってたみたいだな。
 そして、

「ここは……私もよろしく、と言っておいた方がいいか?」
「へ……?」

 愛紗たちに続いて馬超の前に進み出てきたのは、公孫賛。
 彼女の姿を見て、馬超はきょとんとした顔を見せた。

「あれ……? あんた、確か……公孫賛、だよな? 連合軍で見たぞ」
「ああ。その通りだ」
「……なんでここにあんたが?」
「……ここの太守に助けられてな。今は客将としてここにいさせてもらってるんだ」
「へぇ……」

 遼西の太守だった公孫賛がこの場にいることに驚く馬超。
 そんな彼女の表情に苦笑しつつ、あらためて公孫賛は名を名乗った。

「姓は公孫、名は賛。字は伯珪で、真名は流夏(るか)だ。こっちも真名で構わない。あと、他のみんなもそうしてくれるとありがたい」

 ……そういや、公孫賛の真名って聞いたことがなかったな。
 他のみんなも公孫賛を客将として扱ってる分どこか踏み込めずにいたが、どうやらそんな遠慮はいらなかったらしい。
 あらためてみんなが真名で呼び合うようになったところで、公孫賛はこちらに向き直ると、

「あ、そうだ高町。私も戦場に出るから」

 さも、散歩に行ってくる、とでも言うような気軽さでとんでもないことを言い出した。
 俺はそれを聞いて呆気にとられ、そして思わず頭を抱えた。

「……あのなぁ。お前は先の戦いで右肩を痛めてるだろう? 無理はしない方が……」
「無理をする時だろ? 相手が袁紹軍なら、尚更だ」
「…………」

 公孫賛──いや、流夏か。流夏の気持ちもわからなくはない。今の彼女には遼西を取り戻すという使命があるし、袁紹軍にだって借りもある。

「私も馬超──いや、翠と一緒だ。軍を率いてとは言わない。兵卒扱いでも良いから戦場に立たせてくれないか?」

 そして先ほどの翠と同じような事を言ってくる始末だ。その、こちらを見据える瞳を見れば、ある程度の覚悟は見て取れる。ここで俺が反対しても、構わず戦に参加しかねない程の意志の強さが瞳に宿っていた。
 俺はこれ見よがしに嘆息する。

「やれやれ……しょうがないな」
「認めてくれるのか?」
「ああ……だが、その代わりこの初戦は前線には出せないぞ。今回は本陣で朱里の護衛を務めてもらいたいからな」

 そこでいきなり自分の名が出たことに驚く朱里を尻目に、俺は流夏の役目を説明する。

「うちの戦い方はちょっと余所とは違ってな。一応大将は俺なんだが……」
「一応とはなんですか一応とは! 御主人様は間違いなく我らの大将です!」
「……こほん。ともかく、その大将である俺が最前線で剣を振るうことが多いんだ。恐らく今回もそうなると思う。逆に本陣は手薄になるんで、我が軍の頭脳である軍師の朱里に危険が及ぶとまずいんだ。そこで……」
「私に朱里を守って欲しい、と?」
「そういうことだ」

 途中で愛紗の叱責も受けつつの説明だったが、それでも流夏には伝わったようだ。実はけっこう本陣が手薄になる事は、以前から気にはしていたことだった。とはいえ、まだまだ弱小である俺たちの軍としては、愛紗や鈴々だけでなく俺も前線に出ないと厳しいのである。
 その本陣を流夏が守ってくれるとなれば、こちらとしても助かるのだが。

「……それってさ。私が前線に出て、大将である高町が本陣に下がればいいんじゃないのか?」

 流夏の正鵠を射るような意見に追随するように、

「流夏の言う通りです御主人様。いい加減最前線に出るのは控えるべきでは?」
「んー、鈴々はお兄ちゃんと一緒に戦うの好きだけど」
「軍師の立場からは、やはり御主人様の最前線出撃は控えて欲しいかな、と」

 愛紗、鈴々、朱里がそれぞれの主張を口にする。愛紗や朱里は相変わらず俺が前線で剣を振るう事を良く思っていないようだ。
 しかし、

「それは出来ない」

 これだけは譲れない。
 幽州の太守なんていう大役を任されてる俺ではあるが、自分に出来る事なんてそう多くはない。こんな俺でもみんなの役に立てると胸を張れるのは……せいぜい二刀の小太刀を振るってみんなを守ることくらいなのだから。

「俺は、誰がなんと言おうと前線で剣を振るうぞ。俺にはみんなをまとめる統率力も魅力もない。出来る事と言えば、それこそ軍の先頭を切って戦うくらいなんでな。なので、本陣の守りは流夏に。俺は前線で戦うってことで」
「「「「「…………」」」」」

 俺の頑とした主張に、全員が言葉を失った。大将らしからぬ言葉にみんな呆れているのか? とはいえ、こればかりはしょうがないだろう。俺に“人の上に立つ素質”がないのは今更の事なんだし。
 俺の意志の固さを知ってる愛紗たちは諦めの溜息を漏らし、

「諦めてくれ流夏。御主人様はこうと決めたら曲げない方なのでな」
「……了解だ」

 流夏も渋々ではあるが納得してくれた。
 その後は軍の編成や、明日袁紹軍に対して実行する策での打ち合わせへと雪崩れ込み、朱里を中心にテキパキと話し合いを進めるのだった。
 そして全てが決まったところで、解散。
 俺たちはそれぞれ明日の決戦に控えることとなった。














 ──解散後。恭也はすぐに自室に戻ったが、他の面々は謁見の間に残る。そして、

「……いや、マジで言葉を失ったって言うか。魅力がないって……本気で言ってんのか?」
「お兄ちゃんは、アレで本気なのだ。やっぱし翠もビックリした?」
「当たり前だろ……」
「御主人様は、自分の事に関しては過小評価し過ぎるという悪い癖があるんだ」
「……過小評価にも程があるんじゃないか? そもそもあの顔立ちであの性格だったら、言い寄る女性も多いんじゃないのか?」
「侍女の人たちの中でもたまに、そういう目的で御主人様に近づくひとはいたんですけど……そういった不埒な輩は愛紗さんが即座に排除してましたし……」
「ふ、不純な理由で仕事をしていた侍女を諫めただけだ! 別に他意はないぞ?」
「愛紗はただのヤキモチなのだ」
「り、鈴々!」

 こんなやりとりがあったのだが……当然ながら恭也は知らなかったりする。






あとがき

 ……キャラが増えたなぁ、と実感(ぉ
 未熟SS書きの仁野純弥です。
 前回で公孫賛編が終了し、VS袁紹編が始まりました。ということで、まずは馬超の合流から、ということになりました。
 ですが、個人的にこの回を書く上で悩んだのは……実は公孫賛の真名でした。公孫賛の真名って、確か設定としても出てなかったような……もし出ていたらごめんなさいですが、勝手に決めてしまいました。公式設定でもし出ているのなら、後に訂正しようとは思いますが。もし、公式設定がないのならば、ウチのバージョンでは「流夏」で行こうと思いますので、よろしくお願いします。
 では最後に、ここまでこのお話を読んでくださってる読者の皆様と、SS公開の場をくださった氷瀬さんに最大級の感謝を。
 では〜。



いよいよ袁紹軍と開戦か〜。
美姫 「大きな流れの一つよね」
うんうん。ここを凌げるかどうかで今後が変わる。
そして、何よりも気になっているのが顔良がどうなるのか。
いやー、これがかなり楽しみです。
美姫 「早く続きが読みたいわね」
本当に。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。



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