閉じた瞼の隙間から入ってくるのは、朝日の光。
 その光に促され、俺は目を覚ました。

「………………目を……覚ましただと?」

 そういえば俺は昨日、どうやって寝たのか?
 昨日の記憶があやふやだ。
 とりあえず混乱した記憶を整理しようとして──



「くそっ! あくまで邪魔をするというのか……っ。外史など生まれさせてなるモノか!」

「もう貴様はここには戻れん。幕は開いた」

「この世界の真実をその目で見るがいい──!」



 ──俺は全てを思い出した。

「俺はあいつと一緒に光に飲み込まれて……朝まで気絶していたのか?」

 あらためて空を見上げる。
 高い空は晴れ渡り、青空の中に白い雲が流れている。
 見事なまでの快晴。
 だが……

「というか………………ここはどこだ?」

 大きな違和感がまず一つ。
 俺と少年がいたのは、聖フランチェスカの敷地内の並木道だったはず。
 しかし今、俺の前に広がっている光景はそれとは似ても似つかない……荒野のど真ん中だった──。

















『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
 第一章




















「……まったく見覚えがないぞ」

 あらためて立ち上がり、俺は周囲を見渡してみた。
 そして気づいたことは、今自分がいる場所が俺の知ってるどこでもないということだけ。
 四方を見渡しても広がってるのは荒野だけ。
 遠くに見えるのは岩肌がハッキリと見える、日本ではあまり見ない山々。
 かつて父さんと一緒に日本中を旅して回った俺でも、この風景だけはまったく記憶にない。
 となると、考えられるのは──

「まさか、ここは海外なのか?」

 俺の問いに答える人間は、ここにはいない。俺の声はむなしく荒野に響いた。
 続いて俺は、自分の服装と所持品が無事かどうかを確認する。
 白を基調とした聖フランチェスカの制服には、先ほどまで寝ていたためか砂が付いているが、それ以外に目立った変化はなかった。そして所持品──装備品や携帯電話など──にも欠品はない。

「ここが聖フランチェスカでない以上、何者かが意識を失った俺をここへと連れだしたとしか思えないが……だが、武器はそのままとは、どういうことだ? しかも拘束された跡もないし」

 誰が俺をここに引っ張り出したのか?
 その目的は?
 そして、俺と共に光に飲み込まれたあの少年はどこに行ったのか?
 状況を確認すればするほど、謎は深まるばかりだった。

「携帯も圏外のままか。まいったな……」

 俺は念のため、ということで携帯電話を取り出し、待ち受け画面を見てみたが、予想通りとも言える圏外表示。これで、今自分がいる場所が日本ではないことがほぼ証明された。

「さて、ある程度状況は掴めたが……これからどう動くか、だな」

 状況を掴めたと言っても、あくまでも“何もわからない”と言うことが理解出来たに過ぎない。周囲を見渡しても、目標とする建造物もなく、人の気配もない。太陽の位置からある程度の方角を知ることは出来ても、どの方角に何があるのかわからなければ、どう指針を立てていいのかもわからない。
 八方塞がりだ。

「闇雲に歩けばいいとも思えないが……とはいえ、この場に留まるのもジリ貧だな」

 とりあえず方角だけ定めて、真っ直ぐ歩いてみるか。
 こればかりは運任せだが仕方あるまい。
 結果を恐れず、今はただ進もう──そう決めた時だった。

「む……これは?」

 俺はこれから向かおうとしていた方向の真逆へと振り返り、目を凝らしてみる。すると、

「……これは、人、か?」

 先に感じ取ったのは気配。そしてその気配を感じた方向に目をやると、まだこちらからは豆粒ほどの大きさでしか見えないが、確かに人影が見えた。そしてその人影はどうやら俺がいる場所へと向かってくる。

「やれやれ……ここで迷っていたのが幸いしたか」

 もし決断するのが少しでも早ければ、こちらに向かってくる気配に気づけないままだったかも知れない。それを思うと自分の運もまだまだ捨てたモノではない、とわずかに頬を緩めるのだった──








 ──のだが。
 やはり俺は自分の運のなさを痛感することになるのだった。
 例の人影は、何ともメリハリの利いた男の三人組。
 横にも縦にもデカイ男。中肉中背で目つきが悪い男。そして妙に背の低い男。
 実に区別のつけやすい三人なのだが、どう考えてもカタギには見えなかった。しかもその出で立ちも違和感を覚える。
 粗末な服の上に、これまた粗末ながらも胴回りを守る防護用の鎧らしきモノを装着しており、三人とも腰には長剣をぶら下げているのだ。
 その時代錯誤とも言える姿に驚いた俺だが、三人の格好で一つ気になったモノがある。それは三人が揃って頭に巻いている黄色い布だった。
 三人組は、俺の存在に気づいたらしく、下卑た笑みを張り付かせつつ大股でこちらへと歩み寄って来る。

「よお、兄ちゃん。いい服着てんな」

 中肉中背の男(以後中男)は最初からこちらを見下しきった態度で声をかけてきた。それはまるで気の弱そうな学生にカツアゲでもするかのようなアプローチである。しかもおまけに獣じみた殺気までにじませて。
 だが、俺は全く別の事に気を取られていた。
 ……日本語、か? だが、ここは日本ではないはずだが?
 中男が話した言葉は俺がしっかりと理解出来る言語──日本語だった。その事実に俺は先ほど理解したばかりのはずの状況に間違いがあるのでは、とついつい思考に没頭してしまった。そのため、

「ぅおい! アニキの話を聞いてるのかテメエ!」

 ついつい目の前に立つ三人組のことを忘れてしまう。小男の甲高い声のおかげで意識を再び目の前の三人へと戻した。

「ああ、すまない。で、すまないついでで悪いが、教えて欲しいことがあるんだ」

 とにかくわからない以上、情報を収集しなければ始まらない。そして目の前には少なくとも俺以上に現状を把握していると思われる人間がいるのだから、その人間に聞けばいいと思い、俺は早速聞き込みを始めた。しかし、

「ああん? 教えて欲しいことだぁ?」
「ふざけんな! アニキの事を無視しやがって! てめえなんざ、とっとと身ぐるみ置いてここから消えればいいんだよっ!」
「ぬ、脱げよ、おまえ」

 中男、小男、大男の順番、で問答無用に脅される。最初に声をかけられた時から、ある程度の予想は出来ていたが、彼らの対応は友好的とは言い難かった。回りくどい言い方をせず、はっきりと言ってしまえば、彼らはおそらく俺のことを“獲物”としか見ていないのだろう。
 先ほどカツアゲと例えたのは間違いだ。
 彼らはそれよりもタチの悪い──物盗り、野盗の類だ。
 ──なるほど、な。
 彼らはいわゆる略奪者らしく、しかも今はそれぞれ腰の長剣の柄に手を添えていた。それはもう、いつでも抜くぞ、という脅しになっている。

「へっ! てめえが何を教えて欲しいのかは知らねえが、こっちがわかることなら教えてやってもいいぜ。だがな、タダというわけにはいかねえな。わかってんだろう?」

 見た目だけで言えば丸腰に見える俺に対し、連中は居丈高な態度を崩さない。三人の中でもリーダー格の中男からすれば、“獲物”である俺に負けることなど欠片も想像していないのだろう。

「あんたの言いたい事はわかる。身ぐるみ全部そっちにやれば教えてやらなくもない、と言いたいのだろう?」
「わかってるなら話は早い。お前の選択肢は二つ。こっちの言うことを聞くか、それとも……」

 そこで中男がまずは剣を鞘から抜き、それに続くように小男と大男も剣を抜いた。

「……ここでのたれ死ぬか。さあ、どっちを選ぶ? 優男」

 ……安い脅しだ。
 それが男の恫喝じみた言葉に対する俺の素直な感想だった。
 まあ、脅し文句で変に凝られても困るのだが。

「勘違いが一つあるな」
「ぁあん? 勘違いだぁ?」
「あんたは二つしか選択肢がないと言った。しかし俺には──」

 俺はここでようやく“抑えていた”殺気を解放し、同時に制服の裏に隠し持っていた小太刀を鞘から抜き放った。

「て、てめえ……っ!?」
「──もう一つ選択肢がある、ということだ」





















 それはもう、闘いと呼ぶにはあまりに戦力が偏りすぎていた。
 俺が例の三人を叩きのめすのに要した時間は、十秒もかからなかったのだから。
 俺は例外なく三人の剣を叩き折り、峰打ちとはいえ『徹』で打ち込んだ攻撃により、盗賊どもはそれぞれ地面にへたり込んでいた。

「ちぃっ……化け物め」
「いっつぁ〜……」
「い、痛いし、怖いんだな……」

 悔しさ、痛み、怯えでそれぞれ表情を歪める三人組を睥睨しつつ、俺はそれでも殺気を緩めない。それには理由があった。
 もちろん、目の前の盗賊どもが素直に応じるとも思えないと言うことが一つ。
 そしてもう一つは、

「で……いつまで覗いているつもりなのかは知らないが。そろそろ出てきてもいいんじゃないか?」

 ──っ!?

 息を飲んだのは誰だったか。
 俺は近くにある岩陰に向かって声をかけた。
 そう、もう一つの理由は…………先ほどの俺と三人組のやりとりを一部始終、気配を殺して覗いていた“第三者”の存在があったからだ。
 そして、俺にはその“第三者”がどこにいるのかもわかっている。
 それでも俺は殺気や闘気をその“第三者”にぶつけて挑発をしたりはしない。
 何故なら──

「そっちに敵意がないのはわかってるつもりだ。だから、まずは話をしないか?」

 ────。

 ──その“第三者”は目の前の野盗どもと違い、敵でないとその気配から感じ取れたからだ。
 ならば俺の方も敵意がないことを示さないといけない。
 そして、そんな俺の言葉をある程度信じてもらえたのか、

「申し訳ありませんでした。ただ、これだけは信じていただきたい」

 岩陰から例の“第三者”が出てきてくれた。

「な……っ?」
「このような覗き見のような形を取ったのは、私にやましいモノがあったわけではないことを。もし、貴方様が危機に陥るような事があった時、即座に盾になろうと思い、控えていただけなのです」

 ただ、その“第三者”の姿を見て、俺は呆気にとられてしまう。
 実はその気配から、相手が敵でないことと、もう一つわかっていたことがある。それは、“第三者”がただ者ではないこと──つまりはかなりの戦闘力を有した人物であるということだった。
 しかし、岩陰から出てきたのは、

「女……の子?」

 長く艶やかな黒髪をポニーテールでまとめている、美しい少女だった。
 年の頃は俺よりも少し年下と言ったところで、見慣れぬデザインの服に身を包んでいた。顔立ちは可愛いと言うよりは美しい。美しいと言うよりは凛々しいと表現した方がしっくり来る。
 かなりの武人を想像していただけに、出てきたのが少女であることにも驚いたのだが、さらに驚いたのが、少女が手に持っているモノだ。

「薙刀……いや、違う」

 彼女の身長よりも長い柄の先に片刃の重厚な刃がついている。俺はそれを見た瞬間、その武具を薙刀かと思ったが、どうにも違和感があった。そして不意に思い出す。
 先日の聖フランチェスカの資料館の中にあった展示品の一つ──青龍刀という武具の事を。
 彼女が持っているのはまさにそれだった。
 凛々しくも可憐な少女が持つ無骨な武具。
 それは実に不似合いなはずなのに…………どうして誰よりも似合ってるように見えるのだろうか?
 それはあたかも時代を彩る英傑を見ているかのような……そんな思いに駆られてしまう。
 そんなことを呆然とした様子で考えていると、再び少女に話しかけられる。

「あの……まだお疑いでしょうか?」
「え? あ、いや……別にそういうワケじゃないんです。ワケじゃないんですが……」

 少女の凛とした声と随分と礼儀正しい言葉遣いを聞いて意識を再び現実へと引き戻された俺は戸惑いつつ、いつの間にか俺の正面へと回り込んできた少女を見据えた。

「…………」
「…………?」

 吸い込まれそうなくらいに澄んだ黒い瞳は、黒曜石を彷彿とさせる。その瞳が俺を捉えている時の光はどこか優しげで、だけどどこか不安そうだ…………どうして初対面の俺に対してそんな目を見せるのかが不思議だった。

「……あの?」

 はっ!? まずい……また彼女を見たまま沈黙してしまった。
 これではただの変人ではないか。
 俺は一つこほんと咳払いしてから居住まいを正す。

「いや、その……すみません。さっきも言いましたが、俺は君を疑ってるワケじゃないんです。ただ、状況が掴めず混乱気味なもので」
「そ、そんな……頭を上げてください。貴方様は何も悪くないのですから」

 非礼を詫びたのだが、かえって少女はオロオロしていた。
 というか……彼女が礼儀正しいだけなのかも知れないが、随分と丁寧な対応だな。初対面の俺に対して。
 そこら辺を疑問に思うのはあるが、今はそんなことを気にしている場合じゃないな。
 今さっき倒した連中は、素直にこちらの問いかけに応じるようには見えない。ならば、この少女に質問した方がマシな答えをもらえるかも……。
 そう思った俺は、自らも礼儀正しく接することを意識しつつ、彼女に話しかけた。

「そう言ってもらえると助かります。で、いきなりで申し訳ないんですが、先ほども言ったように、ちょっと現状を把握しきれなくて困ってるんです。もしよろしければ、いくつか質問してもよろしいでしょうか?」
「え? あ、はい。私が答えられることであればなんでも」
「ありがとうございます。それでは…………っと」

 彼女の快い返事を受けて早速質問をぶつけようと思ったのだが、俺はあることを失念していたのに思い至った。
 これをせねば礼儀も何もあったモノじゃない。

「申し訳ない。質問をする前に名前を名乗るべきですよね」

 初対面の相手に対し、名も名乗らずに質問をぶつけるなんてそれこそ失礼じゃないか。どうやら俺は思った以上に混乱しているようだ。
 俺は内心で自分を窘めてから、あらためて名を名乗る。

「俺の名は高町恭也、といいます」
「たかまち、きょうやさま、ですか」
「いや、様はつけなくても……」

 どうにも先ほどから彼女の俺に対する対応が、まるで目上の立場にするモノのように思えて、どうにも背中がむずがゆくなってしまう。が、彼女はそれを直す気はさらさらないらしかった。

「こちらこそ申し訳ありません。本来なら恭也様よりも先に名乗らねばなりませんのに……」
「いや、そんなことは……」
「では、申し遅れましたが、私も名乗らせていただきます」

 ……しかもこっちの話を微妙に聞いてくれない。
 意外とマイペースなのだろうか……などと思いつつ、彼女の名乗りを受けるのだが、

「私は……姓は関、名は羽。字は雲長。貴方様をお迎えに上がるため、幽州より参りました」
「………………………………は?」

 彼女の“名前”を聞いて俺は、思わずそう聞こえた自分の耳を疑ってしまった。
 その名前は……俺の耳と記憶が確かなら、千八百年前の中国における大英雄と同じ名前だったからだ。
 彼女の名前を聞いて呆気にとられている俺を訝しむように、彼女は首を傾げる。

「どうかされましたか?」
「い、いや……君の名が、随分と聞きおぼえのあるモノだったから。関羽雲長……なのか? 君が」
「はい」

 彼女は即座に頷いてくれた。
 その答えが、俺にさらなる混乱をもたらすのだった。











 最初自分がいる場所を見て、日本ではないと思っていた。
 しかし、一番最初に遭遇した野盗連中は流暢な日本語を話していて、その考えは揺らぎ、より戸惑ってしまった。
 状況を知れば知るほど違和感が出始めてきたのだ。
 そして極めつけが、賊を撃退した後に現れた少女の名前──関羽雲長。
 日本でもあり得なく、外国でもあり得なく、そもそも現代ですらあり得ない。それほどの名前だ。
 では、過去へとタイムスリップしたのかと言えば、それもあり得ない。
 何故なら『関羽雲長』とは美髯公という呼び名すらあった男性の英雄だからだ。だからといって彼女が嘘を付いていたり、というようには見えなかった。そして何より彼女の存在感というモノが──英雄並の覇気を纏っているという事実が、彼女が名乗る名前に説得力を持たせていた。

「──悪い冗談だ──」

 日本ではあり得ない荒野。
 しかしその場にいる人間達は日本語で言葉を語り。
 極めつけは英雄関羽の名を名乗る少女の存在。
 それらの判断材料から、俺はある仮説を立てた。
 しかし、その仮説はまさに荒唐無稽。だが……

「その荒唐無稽な仮説が、一番納得出来るのだから……困ったモノだ」

 それ以外の予測がつけられない。


 ──並行世界・異世界・パラレルワールド──


 そんな非現実的な言葉が、俺の脳裏に浮かぶのだった。








あとがき

 よもやこの出会いだけで話をまたぐとは(汗
 未熟SS書きの仁野純弥です。
 思った以上に遅い展開を見せる今作です。こうなるとキャラが全て登場するのにどれだけかかるのやら……と、先がかなり不透明ですが、それでも更新ペースはテンポ良く、週一ペースを目指して頑張っていくつもりです。
 最後に、この作品を読んでくださった皆さんと、発表の場を与えてくださった氷瀬さんに感謝を。
 では〜。



関羽との出会いにより、いよいよ物語は幕を開ける!
美姫 「この先、恭也を待ち受けるものとは」
くぅぅ、先の展開がとっても楽しみです。
美姫 「どんな風に物語が進んでいくのかしらね」
次回がとっても待ち遠しい。
美姫 「次回も楽しみにしてます」
待っています!



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る