『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』




「二人とも、全国大会のことは知っておるな?」

そう切り出した塔馬先生に、猛がさも当然だと言わんばかりに反応した。

「当たり前だろ!だからみんな必死になって練習してるんだろ!」

そう、もうすぐ剣道の全国大会だ。
出雲学園からは、推薦として一名出れることが約束されている。
そして、その推薦生徒を決めるのは、名誉顧問である塔馬先生なのだ。

「なら、話は早いな……」

塔馬先生はそう言うと、次の瞬間、俺と猛の予想を裏切る結果を告げた。

「八岐猛……お前を全国大会に推薦する」

『!?』





第二十話 三日目……心の闇《剛の章》





「……くそっ……くそっっ!!どういうことなんだよっ!!」

俺は校舎の壁を殴っていた。

『猛……お前は本気で剛君と闘っておらんのだ』――さっき塔馬先生が言ったことが、
未だに頭の中に響いている。

「俺は……俺は一体何だったんだ……」

全国大会への出場権も、友達も――好きだと思っていた人も――
それらは全て、猛が用意してくれていたものだった……それは、さっき思い知らされたことだ。

「……いや、本当はもっと前からわかっていたはずだ……」

昨日琴乃さんに言われたように、猛は俺に気を遣っていた……少し考えれば、すぐにわかることだった。
それなのに俺は、それらは全て自分の力で手に入れてたモノだと勘違いしていた。

「……くそっ……くそっっ!!」

剣道場から全力で逃げてきて、その勢いのまま校舎の壁を殴り続ける。
はたから見たら、何をやってるんだと思われるだろう。
だが、今の俺にはこれ以外に行き場のない感情をぶつけられる先がなかった。
そして運命の女神はとことん俺が嫌いなのか、今この姿を最も見られたく人を俺の元に連れてきた。

「……!!」

振り向くと琴乃さんがいた。
彼女は不審な目で俺を見ていた。

「こ、琴乃さん……」

蔑みか、驚きか……一瞬蔑んでいるかと思ったが、こんな所で剣道着で校舎を殴っていれば、
誰だって驚くだろうということに気付いた。

「ど、どうしたの?……その格好」

「い、いや……その」

事情を説明するワケにもいかず、俺はただただ沈黙することしかできなかった。

『…………』

両者ともに沈黙が続く。
この何とも言えない雰囲気に中にいると、昨日の件を思い出してしまいそうになる。

琴乃さんも似たようなことを考えているのだろうか、この雰囲気を払拭できるような、
会話を考えているようだった。

「と、ところで猛さんは?」

「!!」

琴乃さんとしては俺と彼女を繋ぐ人物を会話に出すことで、普通に会話しようと思ったのだろう。
そこに悪意はない。
だが今の俺にはその話題を持ち出されることは、禁忌でしかなかった。

「ハッハッハ……こんな時でも君は、猛のことしか考えていないんだね!?」

禁忌をぶつけられ、理性を押さえる扉が崩壊した俺は、
感情の赴くままに黒い感情を琴乃さんにぶつけ始めた。

「こんなに慕っているというのに、猛は気が付かない……いい加減気付けよ、
 猛はアンタの気持ちなんか、これっぽっちも気が付いていないことにさ!!」

「!?……あなたなんかに……あなたなんかに、猛さんのことがわかるハズがないわっ!!」

既に昨日の焼き直しだった。
いや、それ以上に黒い感情をぶつけ合う俺たち。
普段大人しく真面目な人間ほど、中身が割れた時は、表面からは想像もできないほど、
淀んだ感情が噴出してくる。今の俺たちは、まさにその手本のようなモノだった。

「そんなんだから、昨日今日に出てきた逢須さんに割り込まれるのさっ!!」

「!?あなたなんか……剛さんなんかっ!!大っ嫌いっ!!」

「!?うるさいっ!!」

売り言葉に買い言葉。どちらがより悪いなんてことはこの喧嘩には存在しない。
……だが、自分を否定する言葉――『大嫌い』だと言われた瞬間、
俺は衝動的に目の前にいる少女を突き飛ばしていた。

「痛っ!」

目の前の少女の悲鳴で、ようやく俺は自分のしでかしたことを認識した。
――自分が目の前の琴乃さんを怪我させたのだ――
急速に自分の頭が冷えていくのが理解できた。
そして理解した次の瞬間には、彼女に向かって手を差し伸べようとした。
――しかし、

「剛っ!!てめぇ〜〜〜〜!!」

琴乃さんを突き飛ばした現場を見ていたのか、猛が猛烈な勢いで迫ってきた。

「何があったか知らないが、女の子に怪我させるんじゃねぇ――――!!」

その勢いのまま、猛は俺を殴りつけてきた。
頭の冷静な部分では、猛のすることが正しいことが理解できている。
だが、今頭の大半を占めているのは冷静な部分ではなく、猛の出現によって再び煮えたぎってきた、
酷く醜い感情だった。

「うるさいっ!!」

感情のまま猛を殴り返す。
猛と殴りあったことは今までなかった。
そのせいだろうか、殴った側も殴られた側もその瞳には驚愕の色が垣間見れた。

「二人ともやめてぇっっ――――!!」

俺たちの喧嘩を止めに入ったのは、逢須さん悲痛な叫びと涙だった。
声でを俺たちを制止させつつも、倒れた琴乃さんを介抱している。

「なんでっ!?どうして、親友同士でケンカしなくちゃいけないのっ!?」

親友か……本当にそうだったのなら、今までに何回も喧嘩をし、
腹を割った会話ができていたのだろう。
だが俺はそれをしてこなかった。しようともしなかった。
猛が作ってくれた箱庭の中で、文字通り井の中の蛙だったのだ。
こんな対等でない関係は、もはや親友と呼べるモノではなかった。

「止めんか、馬鹿者っ!!女の子を泣かせるんじゃないっ!!」

騒ぎを聞きつけたのか、塔馬先生が俺たちの間に割って入った。



「お前らは剣道家じゃろう。ならば拳ではなく、剣で語り合え」

校舎の裏から剣道場に舞台を移した俺たちの喧嘩は、
事の発端となった剣道で決着をつけることになった。

『…………』

俺と猛は、道場の中央で正面から向き合っていた。
審判を務めるのは塔馬先生。
立会人は琴乃さんと逢須さん……そして恭也さん。
俺たちが剣道場に再び戻ってきた時、既に彼は道場の隅で正座をしていた。
そしてただ一言、

「思いの丈を竹刀に込めてこい」

とだけ言った。
この騒動が起こった時にはいなかった、あの人がここにいるのは大した問題ではない。
神出鬼没な人物であるからだ。
ただ、彼の発言が気になった……というより、何かのメッセージのように聞こえたのだ。
何も意味のないことはしない人だ。きっと何か重要な意味があるのだろう。

「……猛……俺とお前、どっちが強いか見せてやる……」

しかし殺気を身体中から発し、憎悪という感情に身を任せていた今の俺には、
その意味することがわからなかった。

「一本勝負……はじめっ!!」

塔馬先生の剣道場に響き渡るような声で、俺たちの初めての『真剣勝負』が幕を開けた。



終わってみれば呆気なかった。
普段の練習とは別人のように安定した姿勢を見せる猛に、俺の必殺の三連撃はいとも容易く破れ、
気が付くと自らの胴当てが小気味良い音を立てて、勝敗がついていた。

「…………」

何の言葉も浮かんでこなかった。
勝負に敗れた俺は、着替えを乱暴に掴むと校舎の更衣室に駆け込んでいった。
何のことはない。ただの負け犬が尻尾を巻いて逃げてきた。ただそれだけのことだ。

「……何がいけなかったんだろうか……」

この場には俺しかいない。
当然その問いに答えてくれる人はいない。
だが、それでも言わずにはいられなかった。

「……難しい問題だな」

「!?き、恭也さんっ!?」

今この更衣室には、俺しかいなかったハズだ。
入室する際に確認した。こんな惨めな姿は、誰にも見られたくなかったからだ。
しかし、この人はこの部屋の中に存在していた。
そう……灯りも点けていないこの部屋の、闇に溶けるかのように。

「剛……お前は、俺に似たところがある。だから……その悩みも少しは分かるつもりだ」

「……え?」

一瞬聞き間違えたかと思った。
――――高町恭也――――
偶に人をからかったりすることはあるが、基本的に寡黙で精神的にとても大人な人。
趣味は釣りと盆栽の……実は剣術の達人。
塔馬先生にそう言わしめるほどの……

「……どこが似ていると言うんですか……?」

全く思い当たる節がない。
というか、最初から考えることを放棄している。
今の俺の精神状態ではそんなことを考える余裕は一切なかったのだ。

「……そうだな、一見似た所はないだろう……」

当たり前だ。この人と似た所があれば、こんな無様な状態にはならなかっただろう。

「俺は高校に入学するまでは友と呼べる存在がいなかった」

「…………」

突然恭也さんの言い出したことに、俺は何も言えなかった。

「俺は元来の無愛想や人付き合いの下手さが災いして、前にいた学校では浮いた存在だった」

彼は淡々と語り続ける。

「俺は元々一般人とは違う……闘う者だ。
 だからそれでも良かった……いや、その方が都合が良かった」

闘う者……俺たちと違う……その言葉が意味することを完全に理解することはできなかった。
ただ……とても悲しい存在だと思った。
喜びも悲しみも分かち合える存在がいないということは、とても……とても悲しいことなんだろう。

「だが、高校に入学して初めて友と……親友と呼べる存在ができた」

そう言う彼の表情は、心なしか僅かに微笑んでいるようだった。

「ソイツは俺とは違い、成績優秀で人望も厚く、皆から好かれる存在だった。
 ……正直、今でも何故アイツは俺の友になったのか分からないのだが……」

今でもその理由が分からないのだろう。彼の表情には戸惑いが見られた。

「アイツとつるむようになったせいか、クラスの連中とも多少なりとも話をできるようになった。
 ……そのおかげか、友達も僅かだが増えた」

「!?」

……似ている。確かにその境遇には、在りし日の俺と猛の関係に似たものがある。
同じ施設で育った俺と猛。人の輪に入るのが苦手な俺を、猛がその輪に押し込んだ。
当時は迷惑半分だったが、猛のその行いには感謝するしかないだろう。
先刻崩壊させてしまったとはいえ、そのおかげで今まで楽しい毎日を送ることができたのだから。

「学校ではアイツに世話になりっ放しな俺だが、一つだけ恩を返せることがあった」

「……それは?」

続きを促した。

「それは……剣で語り合うことだった。アイツが修める活人剣と俺の殺人剣……
 本来なら相容れない二つのモノだが、それでもアイツと仕合うのは楽しかった」

活人剣と殺人剣……本来なら天と地程の差があるハズのモノだ。
だが、その垣根を越えて互いをぶつけあう……そこには一体どんな楽しみがあったのだろうか。

「そしてその仕合をする上で、俺が自分に禁止したこと……それは、手加減をすることだった」

「えっ!?」

意図が見えない。
彼の口ぶりを見る限りでは、彼の実力はその友人以上なのだろう。
『出加減をしない』ということは、言い換えれば手加減ができるということなのだ。

「勿論、裏の技を使わないでという前提があってのことだが……」

それはそうだろう。裏の――殺人剣を一般人に使うということは、一方的な虐殺に他ならない。

「剛、お前は実力が下の者と仕合とする時、手加減をするか?」

「……稽古の時ならともかく、仕合の時はしませんね……」

仕合――特に去年出場した全国大会では、一度も手加減したことはなかった。

「それは何故だ?」

「それは……相手に失礼に当たるからで……!?」

ようやく思い至る。
恭也さんが、何故自身の経験談を持ち出したのかを……

「相手に失礼――つまり自分がその立場になった場合、嬉しくないからだ……」

人間として……そして一人の剣道家として、仕合には全力で挑む。
そこには、そういった思いが込められているのだ。

「相手のことを友と……親友と認めているのなら、全力で相手をするのが礼儀だろう。
 だから俺は、手加減をしたことはない」

それは、今までの猛と俺の仕合とは真逆のモノ。
お互いが真に友として、宿敵として認め合っている証拠なのだ。

「今回の件で、皆が今まで気付かなかったことが露呈した。
 猛のお前に対する接し方、琴乃さんの奥底に潜む感情……そしてお前を支えていたモノ。
 そのどれもが自分では気が付かなかったことで、本音をぶつけたからこそ分かったことだ」

……その通りだ。確かにこんなに本音をぶちまけたのは、生まれて初めてだ。

「人間、一度でも友だと認めた相手なら、どんなことがあっても絆は修復させることは可能だ。
 時間がかかるかもしれないが、もう一度両者が歩み寄り、相互理解をしようとする心があれば……」

「……本当に、そんなことができるんでしょうか……?」

あんなに酷いことした。あんなに醜い感情をぶつけた。
そんな俺に、彼らと再び語り合うのが許されるのだろうか?

「大丈夫だ。良いところも悪いところも……全部ひっくるめて付き合えるのが親友だ。
 それにさっきは本音をぶつけ、そして本気で剣を合わせることができたのだろう?
 なら、またできるハズだ」

人に嫌われるのが怖かった。
本音を出して拒絶されるのが嫌だった。
だから駄目になってしまったのだろう。
上っ面だけの友情だったから、崩壊してしまったのだ。

「本音をぶつける、か……」

だが、今なら本音をぶつけることができるかもしれない。
自分が壊してしまったことだ。直すのに時間が掛かるだろう。
もしかしたら、一生直らないかもしれない。
だが、このまま何もせずに時が解決するのを待っていたら、それは今まで友情ごっこのままだ。

「……貴重なお話、ありがとうございました」

「なに、ほんの少し人生を長く生きている者の経験談だ……参考になったのなら幸いだ」

いつも通り、『大したことじゃない』といった動作で彼は締めくくった。
その彼に対し俺が言うべき言葉は、決意表明しかないだろう。

「今すぐには無理かもしれません……
 ですが、きっとアイツらと本音で語り合えるようになって見せます!!」

今すぐ……きっと猛は良いと言うかも知れないが、それでは俺が納得できない。
猛や琴乃さんと対等に、きちんと自信を持って話をできるようになるには、
俺自身が納得できるようになってからでないと、また今回のようなことを繰り返してしまうだろう。

「そうか……じゃあ、ココの戸締りは頼んだぞ」

そう言うと、恭也さんは更衣室から去っていった。

「はいっ!」

そして俺は、去っていく背中に最大限の感謝の意を込めて返事をした。



『――見つけた――』

「……えっ?」

恭也さんが去り、自分も更衣室の戸締りをして帰ろうと思った矢先、どこかで女の声がした。
それは夢に出てきた少女と同じ声。
周りを見回すが、誰もいない。
空耳だと思い直し、更衣室を出ようとした。
――その時、

「――――――――――――――――」

校舎を、それこそ世界を揺るがすほどの地震が起きた。
この地震がもたらすモノが、俺たちの運命を左右させるモノになるとは、
この時俺は知る由もなかった。










あとがき

前回に引き続き、剛が主役の回でした。

序章最大のイベントである、猛と剛の喧嘩。
それぞれにそれぞれの理由があり、起こってしまった悲劇。
しかし、このままでは終わりません。
我らの朴念仁……ではなく、高町恭也が立ち上がりました!
(久々の恭也の出番だとかは、言わないで下さい〜)

次回はいよいよ異世界編になります。


それでは今回は 、このあたりで失礼します〜




久々に恭也の出番だ(笑)
美姫 「このバカ!」
ぶべっ! ……じょ、冗談なのに……。
美姫 「いよいよ始まるのね」
いや、そんな何事もなかったかのように。
美姫 「一体、これからどうなるのかしら。そして、恭也はそれにどう関わってくるの」
おーい。
美姫 「次回も目が離せないわ」
う、うぅぅ。
美姫 「それじゃあ、また次回を待ってますね〜」
ではでは。



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