『とらいあんぐるハート 〜猛き剣の閃記〜』




「ごめんなさい!完全には成功しなかったみたいなの!」

「えっ?」

一瞬何を言われたか分からなかった。

―――――『完全には成功しなかった』―――――

それはつまり、失敗したということを意味するハズである。
だが実際は、数年間を共に過ごした膝の痛みは消え失せている。
……一体、何が失敗だと言うんだ?

「あ、あの七海さん?一体、どこが失敗だと言うんですか?
 痛みも完璧になくなっているのですが……」

沈み込んでしまっている七海さんに、疑問に思っていることをぶつけてみた。

「――― それはね…… 」





第十五話 一日目……色を取り戻す風景 





話は放課後まで遡る。
放課後、弓道場で七海さんに会った俺は、そのまま弓道部の練習が終わるのを待つことにした。
七海さんが、今日俺の治療のために、塔馬家を訪れるということを聞いたからだ。
ならば、治療してもらう側の俺が、塔馬家まで案内するのが礼儀であり、
せめて荷物持ちくらいはさせてもらわなければ、こちらの気が治まらない。

タンッ!!

「(……綺麗な型だな。それでいて、的の中心部にしか的中させないないぞ……)」

門外漢の俺でも、達人だと分かるぐらい、洗練されている彼女の弓道。
あらゆる武術は、達人クラスになれば舞踊のようになるものだ。
それは、一切の無駄が排除された結果、その動きが舞のようになるからだ。
七海さん――彼女の動作は、まさに『ソレ』だった。

「(……しかし、『七海』さんか……)」

元・出雲学園弓道部であるという、『七海』さん。
その名前は、『出雲物語』の登場人物の一人でも使われていた。

「(綾香さんの知り合いなのだから、モデルに使われた可能性もあるが……)」

モデルに使われたというのなら、一体あの話はどこまでが架空のモノなのだろうか?

「(六介さんは、俺の膝は『呪法』で治すと言っていた。
 それはつまり、七海さんが呪法が使えることは、間違いないだろう……)」

登場人物の名前や特技までなら、ただの偶然や、モデルにしたということで納得がいく。
だが、『呪法』・・・これは普通の人間にはできるモノではない。
日頃から、非日常の世界に片足を突っ込んでいるから、すっかり忘れがちだが、
こういったことは、普通ではありえない。

「(……あの『異世界』での冒険そのものが本当ならば、
 彼女らが『呪法』を使えることの説明にはなるが……)」

そう、『出雲物語』の登場人物たちは、異世界で旅をしていく中で、
『呪法』を覚えていくという描写があった。
そして、そこでの『呪法』を使用する時に必要なモノが、『勾玉』であった。

「(……あの話は一体どこまでが、綾香さんの創作なんだろうか?)」

普通ではありえない『物語』。
だから、一般人には『架空の物語』に映る。
しかし、俺は『一般人』の常識を超えた現象が、この世界には存在することを知っている。

「(……まさか、本当に『異世界』はあるのか?)」

だとするならば、全ての事柄に説明がつく。
説明がつくのだが……

「(そのためには、『異世界』があるということ事態が解明されなければならないだろうが……)

『出雲物語』が事実として認められるには、まず『異世界』の存在が確認されなければならない。
しかし、そんなものが確認されているくらいなら、『出雲物語』そのものが架空の物語だと
言ってしまった方がはやい。

「(……バカバカしい。また俺は、ありもしないことを考えているな……)」

以前にも似たようなことを考えてしまったことを思い出し、苦笑した。



「恭也お兄ちゃん?もう部活終わったよ〜?」

ふと気が付くと、明日香ちゃんが声を掛けてきていた。
手元の時計を見ると、もう既に部活動終了の時間だった。

「(どうやら、相当な時間考え事をしていたらしいな……)」

自分でも驚くぐらい、『出雲物語』のことを考えていたらしい。

「?恭也お兄ちゃん、どうしたの?」

「いや、少し考え事をしていたんだ……それで、七海さんは?」

明日香ちゃんは既に着替えが済み、制服に着替えてこの場にいるが、七海さんの姿が見えない。

「七海さん?さっき顧問の先生と話していたから、もうすぐ来ると思うけど……」

明日香ちゃんは、不思議そうに答えた。

「そういえば、明日香ちゃんには言ってなかったな。
 七海さんはこの後、塔馬家に来ることになっているんだ」

「ふ〜ん、そうだったんだ」

「ああ。だから、俺がご案内しようと思ったんだ」

俺が今まで残っていた理由を明日香ちゃんに話した。
すると明日香ちゃんは、

「じゃあ、ちゃんと『エスコ〜ト』してあげなきゃダメだよ〜?」

何故かそんなことを言ってきた。

「あ、ああ。わかったよ(以前、なのはにも同じようなことを言われたな……)」

俺は年下の女の子にそんなことを言われるぐらい、情けなく見えるんだろうか。
時々悲しくなる。
そうこうしていると、向こうから七海さんがやって来た。

「お待たせ!ごめんね、顧問の先生と話し込んじゃって……」

「いえ、こちらこそ。今回は面倒なことを頼んでしまい、申し訳ありません」

「ううん、気にしないで!元々こっちに来る用事もあったから!」

「(何というか、見ていて気持ちの良い人だな……)」

相手は年上なのだが、何故か『可愛い』という表現が良く似合う。
……うちの家長にも見習ってもらいたいくらいだ。

「それじゃあ、行こうか?」

「はい、よろしくお願いします」

こうして、俺たちは弓道場を後にした。



塔馬家に帰ると、まだ誰も帰宅していなかった。
恐らく猛と六介さんは、まだ剣道部での居残り練習でもやっているのだろう。

「それじゃあ、早速治療を始めようか?」

「ええ、お願いします」

はやく事を終えてしまわないと、何も知らない猛や琴乃さん、
それに明日香ちゃんたちが帰宅してしまう。

「(何も知らない彼女たちに、知られる訳にはいかないからな……)」

それだけは避けなければならない。
何も知らない彼女たちを、非常識な世界に連れ込むことはあってはならないのだ。

「これが六介さんから預かっている『和玉』です」

「うん、ありがとう」

場所を庭に移すと、俺は六介さんから預かっていた、『和玉』を七海さんに渡した。

「じゃあ、そこに立って動かないでね」

「わかりました」

七海さんは、俺を庭のほぼ中央に立たせると、俺から受け取った『和玉』を自らの弓に填めた。

「(……いよいよか……)」

六介さんから膝の治療の方法を教わってから、一ヶ月。
なるべく意識しないようにしていたが、一日千秋の思いだったことは言うまでもない。
一体どれぐらい治るのかは分からないが、やはり期待している自分がいるのは間違いない。

「じゃあ……いくよっ!!」

俺が思考の底に沈んでいると、七海さんの準備が終わったようだ。
その呼び声に対し俺は、答える代わりに頷いた。

「 ――――――――― 」

俺が頷くと同時に、七海さんの弓に填められた和玉が眩い光を放ち始めた。


……

…………

………………


緊張故か、それとも期待故か。
どちらの理由かは分からないが、今は一秒が一分にも一時間にも感じられた。

「 ――― 」

やがて和玉の発光が止み、庭に静寂が再び訪れた。
俺は恐る恐る足を動かしてみた。

「……痛みがない……」

今はテーピングも痛み止めを何もしていない状態。
だから、つい先ほどまでは少なからず痛みがあった。
しかし今は、痛みがなくなっている。
ということは……

「ごめんなさい!完全には成功しなかったみたいなの!」

「えっ?」

一瞬何を言われたか分からなかった。

―――――『完全には成功しなかった』―――――

それはつまり、失敗したということなハズである。
だが実際は、数年間を共に過ごした膝の痛みは消え失せている。
……一体何が失敗だと言うんだ?

「あ、あの七海さん?一体、どこが失敗だと言うんですか?
 痛みも完璧になくなっているのですが……」

沈み込んでしまっている七海さんに、疑問に思っていることをぶつけてみた。

「――― それはね、痛み『しか』取れていないの……」

「それは一体、どういうことなのですか?」

怪我が治った場合、痛みが取れるのは当たり前である。
しかし、痛みが取れる以外に何か要因があったか?

「え〜と、ちょっと説明しづらいから、その場で運動してみてくれない?」

「?わかりました」

いまひとつハッキリしないが、とにかく言われた通り、その場で動いてみた。

「フッ!」

「セイッ!!」

「ハッ!!」

屈んだり跳ねたりして、一つ一つの動作を確認していく。
中には、ワザと負荷が掛かる動作も試し、痛みがないか確認していく。

「……別に痛みませんし、問題があるようには見えないのですが……」

動作の確認が済み、痛みがないことを確認すると、俺は七海さんにそのことを報告した。

「うん、『痛み』は取れたと思うよ……
 だけど、『膝を痛めてた時と同じぐらい』しか動けないんじゃないかな?」

「えっ?」

そう言われて、もう一度動いてみる。

「フッ!」

「ハッ!!」

……確かに運動能力には変化はない。
だがこれの、何が問題だというんだ?

「本当はね、怪我が治ったら怪我をしていた時以上に動けないとおかしいの。
 片足を骨折していた人が、治っても片足分の運動しかできないなんてことは、ないでしょう?」

「ええ、その通りですけど……まさか!?」

頭にある仮説が浮かぶ。

「うん……つまり、恭也君の運動能力はこんなものじゃないハズなんだよ」

「!!」

膝が治るということは……痛みがなくなるだけでは、なかったというこだったのか!!

「普通はね、この『和玉』を使った呪法なら、傷ついた身体も体力も癒してくれるの。
 だけど、今の恭也君の身体は痛みがなくなっただけなの」

それは、今俺が身を以って体験したこと。
膝を壊してからの年月が長くなってしまったせいか、こんな単純なことを忘れていた。

「理由は分からないけど、ここから先は『和玉』を使った呪法じゃ、治せないみたいなの」

「……つまり、これ以上は……」

治らない……ということなのだろう。
呪法に関して何も知らない自分でも、簡単に結果が予想できてしまった。

「……ゴメンね、私の力じゃ治せないみたいなの……本当にゴメンね……」

七海さんは本当に申し訳なさそうに、俺に謝っている。

「七海さん、何故謝るんですか?原因が不明なら、七海さんのせいではないのではないと思うのですが?」

「それは……そうなんだけど……」

彼女は、とても優しい人物なようだ。
まだ出会ってから僅かな時間しか経っていないが、今の発言からそれが良く分かった。
ならば、俺が言うべき言葉は、不満の言葉ではない。

「ありがとうございます」

「えっ?」

そう、俺が言うべき言葉は、『感謝の言葉』だ。

「おかげ様で、痛みがなくなりました。ありがとうございます」

「で、でも完全には治ってないんだよ?」

七海さんは、確認するようにもう一度言った。

「俺は今まで、この怪我と共にありました。
 一生治らないとも言われた怪我が、痛まなくなったんです。
 ですから、感謝することはあっても、非難するなんてことは絶対ありえません」

治るハズのない怪我だった。
医者には完治の見込みはないと言われ、一時は自分を見失いかけた。
……だが、そのために得られたモノがあることも事実。
恐らく怪我をしなかったら、周りの心配にも気付かずに、一層鍛錬に明け暮れていただろう。
そうなれば、膝を壊してしまったことよりも、さらに酷い授業料を払うことになっていただろう。

「それに、痛まなくなっただけでも、俺にとっては大きなことなんです」

そう、膝が痛まなくなったということは、さっきのように負荷をかけても痛まないということ。
そうなれば、踏み込みの際に遠慮は無用になる。

「これでもうしばらくは、上を目指せるようになりました。剣士として、これ以上に嬉しいことはありません」

「恭也君……そっか、じゃあ『どういたしまして』で良いのかな?」

「はい、ありがとうございました」



水無月では珍しい、雲のない夕方。
俺の中では無色になっていた世界が、少しだけ色を取り戻した。
奇しくもその時世界は、色を取り戻した俺の世界のように、紅一色である夕焼け時だった。










あとがき

今回は、恭也の復活(と言っても良いのか?)編です。

当初は、ここで完全に復活させようかとも思ったんですが、とある設定を思い出し断念。
まだ裏設定なので、何のことを言ってるか分からないと思いますが……

次回は時間軸を少し戻して、再び猛の視点での話を予定しています。


それでは今回は 、このあたりで失礼します。





完全復活〜、とまではいかなかったな。
美姫 「まあ、これが今後、どう関わってくるのかが楽しみよね」
一体、どう関わってくるんだろうか。
美姫 「それは楽しみにしながら、読み進めていかないとね♪」
だな。さて、次回は猛の視点で語られる物語。
美姫 「この時、猛は何をしていたのか」
次回も楽しみにして待っていますね。
美姫 「次回も待ってま〜す」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る