“天の御遣い”が現れた。自分たちを救いに現れた。

 

  その流言は瞬く間に街中に広まり、酒家に居たリーダー格の男性の呼び掛けもあり、人々は挙(こぞ)って義勇兵を申し出た。

 

  その数、総勢800人。

 

  中には、老齢の者、女、子どもと凡(およ)そ戦には足手まといとも思われる者もかなり居た。

 

「凄いな……」

 

「? 何が………ですか…?」

 

  不意に感嘆の言葉を洩らす一刀に、ウェーブのかかった桃色の髪を揺らしながら劉備玄徳こと桃瑚(とうこ)は慣れない敬語を使いながら小首を傾げる。

 

「みんな、必死なんだな…って。生きるために……。当然なのかもしれないけど……やっぱり…凄いな、って」

 

  俺は神麗(しぇんれい)を奪回する時に、一度は死を覚悟――――いや、生きることを、諦めた…。

 

  “力”を持っている俺ですらそう思ったことがあるのに、“力”の無い人々が諦めることなどなく、自らの足で道を進もうとしている。

 

  これは、俺にとっては些か意外な出来事だったと、言わざるを得ない……。

 

「確かに、そうだね――――んじゃなくて! ですね!」

 

  またもや敬語を忘れてしまったのか、急いで訂正をする桃瑚。

 

  そんな慌ただしい様子の桃瑚に一刀は苦微笑する。

 

「いつも通りの喋り方で構わないよ……」

 

「えっ……? で、でもぉ…」

 

  一刀本人はそう言ったものの、相手は君主兼天の御遣い。当然、事はそう簡単にはいかず、遠慮がちになる桃瑚。

 

  そんな桃瑚に、苦微笑したままの一刀が言葉を続ける。

 

「いいって…。それじゃ話し難いだろ…」

 

  一刀の気遣いにじゃあ、と頷き、桃瑚は会話を再開する。

 

「えっと……確かに、みんなはスゴいなぁ、て思うけど……」

 

 そこで恐る恐るといった口調の言葉を一端切り、一刀の浮かべる優し気な笑みを目にすると、再び話始める。

 

「そのみんなを動かしてるご主人様の方がスゴいんだよ♪」

 

  開き直ったのか、淀みなく言い切る桃瑚。

 

  しかし、その桃瑚の褒め言葉にも一刀は一瞬ハッとした様な表情を浮かべ、更にそれは自嘲といったモノへと変わる。

 

「あ、と……何か、悪いこと言ったかな、私…?」

 

  そんな浮かない表情を浮かべる一刀に桃瑚は恐る恐る話し掛ける。

 

  二度目になるが、相手は天の御遣い。

 

 自分は一刀を褒めたつもりでいたつもりでいても、自分では及びもつかないところで気分を害したのでは、と心配になったのだろう。

 

「いや……気にするな……」

 

  しかし、一刀は僅かに浮かべた自嘲の笑みを止め、神麗たちといる時に見せるいつも通りの笑みを浮かべる。

 

  それを不信に思いながらも、一刀の放つ気配が桃瑚に追及をさせなかった。

 

  そう簡単に一刀個人の不満を吐露して、下手に味方に不安を抱かせてはならない。一刀はそう思い、言葉を発することはなかった。

 

  俺は、戦いそのものを嫌悪している、と。

 

  一刀は、桃瑚たちを仲間と認めていた。しかし、本当の意味で信頼するという思いを抱き、一刀がその思い――――本心を桃瑚に語るのは、まだ先の話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十五話:初陣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  広場に集まった人々は皆一様に一刀に注目する。

 

  始めは皆、片手、片足を不自由そうにしている一刀を怪しげに思うも、それ以上に陽光を反射する服――聖フランチェスカ学園の制服――と2振りの宝剣――バルムンクと天狼――を認めると、一刀が意識的に発する存在感も相まってか誰もが一刀を天の御遣いだと信じた。

 

  中には「ありがたやー」などと言いながら祈り出す者もちらほら居たのには、流石の一刀も表情を歪めずにはいられなかった。

 

「これで全員です…」

 

  横からの愛紗の言葉に無言のまま了承の意味で一刀は一つ頷く。

 

  そうして、一刀は未だに不自由な左足を引き摺りながら一歩前に出る。

 

「これから君たちは、俺と一緒に賊の討伐に行くことになる。俺もできるだけのことは勿論するが、きっと…誰が傷付くことになると思う……」

 

  人々は息を呑む。

 

  義勇兵に名乗り出た人々は、今から自分たちがどんなに大変なことをしようとしているかを思い知ったために。

 

 天の御遣いが言うのだから間違いないと人々は確信したのだ。

 

  一方、一刀の後方で控えている愛紗や星といった面々は、何故この戦闘開始直前に戦意を削ぐかの様なことを口にするかと思ったために。

 

  一刀はそれぞれの人々の反応を肌で感じつつも、演説を続ける。

 

「怖いかもしれない……。でも、安心して欲しい……」

 

  僅かに間をおく一刀。

 

  人々は何故安心できるのかと思い、一刀の次の言葉に耳を集中する。

 

「何故なら、俺も怖いからだ!」

 

「………………はい?」

 

  後ろで待機していた愛紗が思わず言葉を洩らす。

 

  それは、皆口にはしないが、同じ様な反応をしたくなる。

 

  ただし、神麗と鈴々は端っから聞いてないのだが…。

 

  それはともかく、一刀の思いもよらない言葉に一同ポカーンとした表情を浮かべる。

 

「だから、俺に、みんなの力を貸して欲しい。みんなの友達を、好きな人を、家族を、大切な人を守るための力を!!」

 

「…………」

 

  沈黙。

 

  一刀が――――天の御遣いが、自分たちの様な平民に頭を下げている。言葉からも解ったが、天の御遣いが自分たちにお願いをしている。

 

  その事実が信じ難いのか皆一様に未だ深々と頭を下げている一刀を見つめる。

 

「いいぜ! やってやろうじゃんかよ!!」

 

  一人の男性が一番に一刀の“お願い”を了承する。

 

 その男性は今度は皆に話し掛ける様に言葉を続ける。

 

「俺たちならやれる!! 俺たちには、こんなに立派な天の御遣い様がついてるじゃねーか!!」

 

  その男性に皆は呼応する様に続く。

 

「ああ! そうだ! 俺たちならできる!!」

 

「そうよ!!」

 

「天の御遣い様を信じてれば、負けるわけがないわ!!」

 

  そうして皆の心は一つになった。

 

  人々は口々に一刀を称える言葉や、仲間を鼓舞しあう言葉を発する。

 

  その様子を一刀の後ろで待機している英傑たちは、一刀の方を感心した様な目で見つめる。

 

「ありがとう……!」

 

  一刀は沸き立つ人々に向かい、感謝の言葉を投げ掛ける。

 

  その言葉を聞いた人々は更に感心したらしく、皆の声は更に高まった。

 

  そうして彼等は、戦いへの意志を硬めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「常に二人一組で当たれ! さすれば、百戦百勝だ!」

 

  愛紗の言葉に皆「オオ!」と返事をする。

 

 そんな様子に心底感心した様な目で一刀は愛紗を見る。

 

「助かる……」

 

  鼓舞するだけなら、俺にもある程度できる。

 

  けど、俺の今の立場からして、そう何度も鼓舞をし続けたら、いざというときの――さっきみたいな――演説の効果が薄れてしまう…。

 

  だから、俺は要所要所でしか言葉をかけられない。

 

  鈴々や桃瑚の鼓舞では「鈴々の蛇矛が火を噴くのだー!」とか、「みんな〜、頑張ろうね!」とか具体性に欠けるモノで、イマイチ人々を元気付けるには心許ないし、星は……キャラ的に大声で味方を鼓舞する様な奴じゃないし、な…。

 

「愛紗がお気に入りのようですな、主……」

 

 一刀を“主”と呼ぶのはスカイブルーの髪を持った切れ長の目の女性――――趙雲子龍こと星だ。

 

  星は愛紗の見事な鼓舞を見ていた一刀に、星にしては珍しく僅かながら嫉妬心を抱き、一刀につい心から溢れ出た言葉を口にする。

 

「こんな時にからかうのは止めろ、星……」

 

  とはいえ、朴念人の名を欲しいままにする一刀には、そんな星の乙女心が解るはずもなく、ただ星が自分をからかっているのだと勘違いした。

 

  一刀が朴念人であることは星とて重々承知している。

 

 それでも、小さな溜め息を吐かずにはいられなかったらしく「はぁ…」と息を洩らす。

 

「? どうした?」

 

「いえ……何かを期待した私が愚かであったと痛感しただけです……」

 

  何だかすんごくバカにされた気がする…。

 

  というか、今更でした、と言いた気なその目は何だ……。何かマズイことをしたか、俺……?

 

「主、そろそろです……」

 

  だが、幾ら考えたところで、朴念人には解るはずもなく、そんな一刀に星は戦場で見せる雰囲気を纏い話し掛ける。

 

  星の、そろそろ敵のアジトであると知らせる言葉に一刀は先程の思考を止めて真面目な表情を作る。

 

「ふむ……。周倉の言った通り、敵は山の窪みを拠点としているらしいな…」

 

  賊が何処で、どの程度の数で、どの程度の武装で、普段の様子を一刀は予(あらかじ)め元々は賊の一部隊長の1人――――周倉から聞いていた。

 

  ために、一刀は難なく敵の布陣する窪みに到着できたのである。

 

  高所を押さえた一刀たちは賊たちの様子を一望する。

 

  賊は皆襲撃の後ということもあり、休息をとっている者がほとんどで、見張り役の者も誰一人としていなかった。

 

「高所は押さえた…。よし…それでは始めるか…」

 

  そう一刀は呟くと愛紗たちが――練度が低い義勇兵なりに――静かに、なるべく音を発てぬ様に注意を払いながら移動を促す。

 

 

 

 

 

 

 

 

  賊の一人が略奪品の一つ――――酒をなにくわぬ顔で――――いや、寧ろ楽しそうな顔で飲みながら共に盃を交わしている男に話し掛ける。

 

「へへ……チョロいモンだぜ。女も結構手に入って、この後が楽しみだぜ」

 

 ゲヘヘ、と酒を飲みながら下品な笑みを浮かべる男。

 

「ああ…お頭もさっさと起きてくんねぇかなぁ…。いっそお頭より先に……ってのはどうだ?」

 

「おいおい、ソイツァいくら何でもヤベーだろ? さすがの俺も、お頭にゃ逆らう気がしねぇよ」

 

 規律もなどというモノ、遠の昔に捨て去った男だが、流石に破れば必ず死ぬという割に合わない規律違反はする気がないのか、真剣な表情で返す。

 

「はは……冗談だ。冗談に決まってんだろー。俺だって大した上玉でもねぇ女をつまみ食いして殺されたくねぇからな」

 

「はは、確かに。女は数はあるが、上玉は今日もなし。ああー、どっかの城の姫でも捕まらねぇかなぁ…」

 

「ブハハ! ンなの、早々捕まるわけねぇーだろが!」

 

  下品。衆下。野卑。

 

  様々な言葉が当てはまる会話と笑い声。しかし、その当てはまるどれもが、当然ではあるが誉め言葉ではない。

 

  彼等とて、嘗てはその分別ができていたはずだ。だが、それを自らの生を維持するため、欲望を満たすために思い出すつもりすらない。

 

  思い出したら最後。彼等はきっと、普通に生きていくことすらままならない。

 

  それ程の大罪を犯しながらも、彼等は忘れたの一言でそれを無視する。

 

  立場が違えば、モノの見方は変わってくるのかもしれない。しかし、それはあくまでもifでしかない。

 

  実際は、見ての通りの出来事が彼等の現実だ。

 

  そして、彼等に今、天罰の序曲が文字通り降り掛かってきた。

 

「はは――――あでっ!!」

 

  上機嫌に笑いながら酒を口に運ぼうとしていた男の頭に何か当たったらしく、男は声を出しながら後方へと倒れる。

 

「おい! どうし――――だっ!!」

 

  倒れた男に近寄ろうとした男も、背中に何かが当たったらしく苦悶の声を上げる。

 

  その場で苦痛のあまり踞(うずくま)る。そうして、その原因となるモノをその目で認識した。

 

  そこには、手のひらサイズの石が転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし……我々の初陣の戦法が石投げとは……」

 

  星がどうにも面白くないといった意味を含んだ表情で不満を呟く。呟きつつも、自身も石を投げつける。

 

「仕方ないだろ……。弓矢は町民がいきなり扱えるわけがないし……」

 

  かといって、いきなり突撃では五倍の兵力を有する敵に押し返されかねん。

 

  そもそも、こちらにはかなりの数の女子供、果ては老人までいる。敵がそれに気付いたら戦意が上昇するだろうし…。

 

  高所も押さえたし、そういった諸々(もろもろ)の理由から、投石が一番良い方法なんだって…。

 

「ええ……解っておりますぞ。説明は私とて聞いておりしたから…」

 

  事前の説明は確かにしたし、理解してくれたと思う。

 

  だから、俺はじゃあ、と星に言おうとする。しかし、星の、武人の目がそれを制する。

 

「理解はできましたが、納得はできません」

 

  そう言ったのは星ではなく、今まで一刀にひたすら従順だった愛紗だ。

 

  星も同じ様に考えていたが、そこは以前からの顔見知りということもあり一刀の思慮深さを知っていたために、口には出さなかった。

 

  しかし、会って間もない愛紗は主が自分たちの武を信頼してくれていないのではないかと思い、つい一刀を否定するかの様な言葉を口走ってしまったのだ。

 

「そう言われても……今はこれが最良の手段だから………」

 

  それは、解って欲しい…。

 

  幾ら愛紗たちが強かろうとも、4000の敵がバカ正直に愛紗たちに突っ込んでくるとは思えない。愛紗たちを避けて、義勇兵の人々だけを襲う可能性の方が高い。

 

  そうなれば、敵をどれだけ圧倒しようとも意味がない。

 

「ええ……ええ…。解っていますとも」

 

  それでもやはり納得できないといった表情を浮かべる愛紗。

 

  でもなぁ、愛紗…。お前等の投げてる石礫(つぶて)は、充分一騎当千だぞ…。

 

  愛紗、星、鈴々が投げた石はまるで隕石の如く、地面を深々と抉っていた。

 

「やぁー!」

 

  可愛らしい声でありながらも威勢よく投げている桃瑚の石は敵に滅多に当たることもなければ、当然愛紗たちの様に地面を抉ることもない。

 

「うにゃーー!!」

 

  そして、その隣では、これまた可愛らしい声だが相手を目一杯威圧するかの様な覇気を放ちながら石を投げつける鈴々。

 

  鈴々の投げた石も元から標準を定めていないのもあり、敵に直撃する様なことはなかった。しかし、鈴々の一撃は、当然の様に地面を抉っていた。

 

  そんな鈴々の隣で投石を続けていた桃瑚だが、ふと瞬間に鈴々の投げた石の行方を最後まで追ってしまう。そして、その石は例によって地面を深々と抉る。

 

  そんな様子を目の当たりにした桃瑚は――――

 

「………ぅ……」

 

  ――――ショボーンと、項垂(うなだ)れてしまった。

 

  自分のやっていることに、自信をなくしたらしい。

 

「い、いや……桃瑚の石も、充分凄いから……」

 

  一刀の言う通り、桃瑚の投げた石も充分速い。一刀の投げた石より速いかもしれない。

 

  しかし、いかんせん隣にいる鈴々が凄すぎた。

 

  一刀のそんな慰めも意味をなさないらしく、未だに立ち直れず項垂れたままの桃瑚に一刀はただ苦笑いを浮かべるだけであった。

 

  そんな時だ。

 

「ご主人様!!」

 

  今まで渋々といった様子を隠すことすらしなかった愛紗が声を上げる。

 

  愛紗は一刀に呼び掛けながら人差し指を前方に差す。

 

  すると、その指の先には投石を掻い潜りかなり急な坂道を懸命に上がってくる男が十人単位でいた。

 

「よし! 愛紗、星、鈴々! 相手してやれ!」

 

「ハッ!」

 

「御意!」

 

「おうなのだ!」

 

  三者三様の返事をしながら、その敵に向かい突っ込んでいく。

 

「皆は引き続き、拠点に向かってのみ投石せよ! 掻い潜ってきた奴等は、関羽たちに任せよ!!」

 

  そう言いながら指し示す様に敵の群に投石をする一刀。

 

  義勇兵たちも一刀の言葉に「おう!」と、返事をしながら投石を続ける。

 

  程なくして、愛紗たちは十人単位の敵を難なく退け疲れたといった様子もなく悠々と帰ってきた。

 

  投石は続く。

 

  石の雨は、止むことなどなく降り続け、それを逃れた者には絶対に越えられない壁が立ち塞がる。

 

  被害を増やしつつある賊に対して、一刀たち義勇軍は誰一人として傷を負う者がいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  思いもよらない町民の奇襲。

 

  不意を突かれた上に、高所を押さえられた賊はその対応に追われていた。

 

  そんな中、一刀のもう一つの計略が発動する。

 

「お頭ー!」

 

  賊の拠点に女性の声が響く。

 

「む、周倉か!?」

 

  果たしてそれは跳ねっ毛の黒髪をリストバンドで纏めている凛とした顔立ちの女性――――周倉であった。

 

  周倉は一刀に言われて一度アジトに戻り、2つの任務をこなす様に言われていた。

 

  その内の一つは既に達成していた。

 

  街から連れて去られた女性を解放するということ。

 

  元から大した見張りもいなかった上、この混乱している状況ではそれはいとも容易く達成できた。

 

  そして、周倉は今から2つ目の任務を遂行する。

 

「お頭、この中に裏切り者がいるよー!」

 

「何だと!?」

 

  当然、それは周倉自身なのだが、頭目は勿論そんなこと知らない。よって、当然の様に周倉の話を信じきる。

 

「だって、でなきゃ街の奴等がこの場所を知るないよー」

 

「むぅ……」

 

  周倉の言葉にもっともだといった風に唸る頭目。

 

  すっかり周倉を信じきったお頭は周倉に対処を訊ねる。

 

「とりあえず、部隊長を全員呼んで確かめましょーよー」

 

  この突然の奇襲で混乱している状況でそんなことをすれば、更に場が混乱する。

 

  普通ならそう考えるところだが、混乱しているのは頭目も同じだった。ために、お頭は周倉の言葉にそうだな、といった風に頷くと部隊長全員を召集した。

 

 

 

 

 

 

 

 

  部隊長が召集されたため、まとまりがないなりにまとまっていた賊の動きが更に緩慢になる。

 

  それが確信できたのは、投石を掻い潜って急な坂道を登ってくる者が減ったことだ。

 

  今まで隊長が雑兵たちの尻を叩き、石に当たるのと隊長に斬り殺されるのでは、石の方がマシだと登っていたのだが、隊長が居なくなった途端に机の様な物などを盾として我先にと身を隠す。

 

「どうやら、周倉は上手くやっているようだな……」

 

  一刀もその様子を察知してそう呟く。

 

  そうして、新たな指示を愛紗たちに下す。

 

 

 

 

 

 

 

  部隊長たちは目に見えて苛立っていた。

 

  何しろいきなりの奇襲。直属の部下だけではなく、自身も傷を負っている者もちらほらいる。

 

  一刻も早く敵の迎撃に着手したいが、頭目からの呼び出しとあっては無視する訳にもいかず、嫌々この場にいるのだ。

 

  しかし、その苛立ちも頭目の言葉に吹き飛ぶ。

 

「この中に、裏切り者がいる!」

 

  始めは多くの者が虚を突かれたらしく、ぽかーんといった表情を浮かべるも、次第にことの重大さに気付きにわかにざわつき始める部隊長。

 

  頭目の言葉から判断できるが、最早、周倉の言葉は可能性ではなく断定事項のようだ。

 

「ほ、本当ッスか、お頭!?」

 

「ああ、でなきゃ奴等がこの場所を知るはずがねぇー」

 

  質問をされた頭目は周倉が説明した言葉をそのまま引用して部下を納得させる。

 

「それは、イッテェ誰だれなんすか?」

 

  部隊長の一人も当然気になるらしく、慌てた様子で頭目に訊ねる。

 

「その裏切り者を見付けるために、お前たちを呼んだンだ」

 

  つまり、全く判っていない。

 

  ある者はアイツではないかと疑念を抱き、ある者は自分が疑われているのではないかと戦々恐々とし、そして、ある者は何も判らないこの状況で呼び出しをされたことに苛立ちを覚える。

 

「お頭、今はんなこと言ってる場合じゃネェッスよ!」

 

  何も判らない状況に苛立ちを覚えていた者の一人が声を張り上げる。

 

「そうだ! 裏切り者はアイツ等を追っ払ってからにしねーと」

 

  その言葉に「そうだ、そうだ」と呼応する者が現れる。

 

  しかし、それに反論を述べる人々も出てくる。

 

「味方に敵がいんのに、敵となんて戦ってられるかー!」

 

  後ろを気にしながらの戦いがどれ程精神衛生上よくないかを主張する。

 

  その言葉にも呼応する者が声を出す。

 

「ああ、ここは一端引いて態勢を直そう!」

 

「逃げるってのか!? さては、テメェが裏切り者だな!!」

 

「なっ――――!?ふざけ――――っ……!」

 

 ぐさり…。

 

  撤退を提案する男は裏切り者呼ばわりする男に怒声を強めて否定の言葉を述べようとする。

 

  しかし、その言葉は途中で途切れる。ぐさり、と肉を抉る音によって…。

 

「お、お頭……?」

 

  いきなり、頭目が撤退を提案した男を刺したのだ。

 

  それに驚いた様に頭目に裏切り者呼ばわりした男が話し掛ける。

 

「あぁ……? ンだ…?」

 

「な、何だ…って…。ど、どうして……?」

 

  本当は大声で罵倒してやりたいぐらいの怒りを腹に据えているにも拘らず、それができない。

 

  頭目の仲間を斬り殺したにも拘らず、全くといっていい程に変わらない表情と据わった目に威圧され恐る恐るといった声色で訊ねる。

 

「あ…? テメェがこいつは裏切り者だつったんだろーが?」

 

「で、でも――――」

 

  いくらなんでも殺すのはやりすぎだという言葉を更に頭目の声が遮る。

 

「ンだ? じゃあ、テメーが裏切り者か?」

 

「ち、違いま――――ずっ…!」

 

  最早仲間に刃を向けることに何ら抵抗もないのか、頭目は更にいくらなんでもやりすぎだと言う男を斬り捨てる。

 

「おら……他に裏切り者はいねーか?」

 

  狂っている。

 

  部隊長たちは皆一様に同じ気持ちを抱く。

 

  しかし、それは違う。

 

  頭目は――――いや、この場に居る――周倉以外――全員は己が生き残るために、いかなる法、倫理、道徳を棄ててきたのだ。今更、仲間の一人や二人斬ることに何ら抵抗などない。

 

  部隊長たちはそれを見極めれなかっただけだ。

 

  そして、多くの部隊長たちが己の保身に走る。

 

「や、やってられるかって!!」

 

  そう捨て台詞を吐きながら部隊長の一人が逃げ出す。

 

「あ…? ケツまく気か?」

 

  そう言うと頭目は脇に控えていた弓を右手に取り、逃げ出した男を射抜こうと矢を左手で持つ。

 

 ザンっ。

 

  しかし、それはできない。彼の左手がなくなったからだ。

 

「――――――!!??」

 

  何が起こったのか理解できない頭目は自らの左腕を驚愕といった表情で見る。

 

  その時間も長くは続かない。

 

「――――たぁっ!!」

 

  左腕を斬った部隊長の一人はそれだけに留まらずトドメの一撃を放った。

 

  ズズ…。

 

  鈍い音と共に、頭目の胴を縦に一閃する。

 

  頭目を斬った部隊長の剣がなまくらであった上、彼の力量も決して上等とは言い難い。その結果、頭目はゆっくり時間をかけて自らの死を実感することになる。

 

  痛くはない。痛みすら、感じれない。

 

  怖くはない。何が起こっているのかさえ、解らない。

 

  ただ、寒かった……。

 

  頭目がゆっくりと最期の時を過ごしている間に、彼の元部下たちは皆思い思いの方向へと走り去っていった。

 

(ふぅ……)

 

  一人動かずその場に残った周倉は、心の中で深い溜め息を洩らす。

 

  詳しい説明を受けず、ささっと任務に取りかかったことを今更ながら悔いているのだ。

 

  一つ目の任務は納得できる。罪のない人々を逃がすのは彼女にとっても、当然の様に思えたし、最も優先すべき事柄の一つだと考えたからだ。

 

  元から卑怯なことを好まない帰来のあった周倉には、本当は――気に入らないとはいえ――仲間を騙すのは少し気が引けた。だが、一刀が信用に足る倫理観を持っていると一つ目の任務の内容を聞いて確信した。

 

  だから、多少の罰を仲間に与えるのだと自分を納得させ、任務をこなした。

 

  しかし、事態は周倉の考えていた以上に急転直下。

 

  一刀の計略は姦計と呼べるモノだった。

 

 

  場を混乱させ、戦を有利にさせる。その程度に考えていた周倉には、この姦計はあまりに惨く、また卑怯に感じられた。

 

「姉御!」

 

「ほぇ?」

 

  周倉が物思いに耽っているといつの間にかすぐ傍にいた周倉直属の部下が上の空な周倉に必要以上にデカイと思われる声で周倉に呼び掛ける。

 

  全く部下の存在に気付いていなかった周倉はすっとんきょうな声を上げながら振り向く。

 

「ほぇ? じゃなくて、早く関羽様の本へ行きましょうぜ」

 

「あ、そうだね…」

 

  まあ、いっか……。

 

  ボクにとってのご主人様は愛紗様。愛紗様が従うって言うなら、ボクも従うだけ。

 

  後は、野となれ山となれ、だ♪

 

  そう投げやりな考えを胸に周倉は愛紗たちと合流すべく踵を返す。

 

  周倉の短所は、深く考えないところだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

  思った通り…。

 

  己の保身のために武器を取った兵士では直ぐに混乱は広まる。況してや、自分たちの中に裏切り者がいるとなればまともに指揮が取れるはずもない。

 

  すぐに戦線は瓦解し、逃げ出す者も出てくる。

 

  奴等が有しているのは兵力であっても、戦力ではない。逆にこちらは兵力はないが、戦力はある。

 

  兵力の戦が、戦力の戦では敵わないのは当然の道理。

 

  そして、奴等は蜂の巣をつついた様に一目散に逃げ出す。

 

  このまま逃がしても構わん……。構わんが…奴等は全体数から考えてあまり兵を失っていない。

 

  こんな状態で逃がせば、いつまた奴等が報復にやって来るか解らん。

 

  取り敢えず、もう少しだけ、奴等に恐怖心を与えとくか……。

 

「皆の者、行くぞ!! 我に続けーーー!!!」

 

  愛紗が青龍堰月刀を高々と掲げ後方に控える300人の男性に告げる。

 

  威風溢れる、他者を圧倒するその号令に義勇兵は大地をも揺るがさんばかりの雄叫びで応える。

 

  敵は散り散りになって逃げ出したとはいえど、習性と化しているのかほとんどの者が同じ方向へと逃げた。ために、逃亡兵の集団ができあがっていた。

 

  そこに向かい、600人の若い男性の義勇兵を突撃させる。

 

  敵は逃亡兵で戦意を喪失し、こちらに背を向けている。その上、こちらは高所を押さえての逆落とし。

 

  この状況では兵数など意味をなさない。

 

「第二陣、突撃!!」

 

「おうなのだー!」

 

  一刀の号令に従い、鈴々が声を上げる。

 

「みんなー、愛紗に負けるな! なのだー! 突撃、粉砕!!なのだー!!」

 

  愛紗により分断された片割れに向かい鈴々率いる第二陣突撃部隊――――300人は鈴々の実に解りやすい突撃の号令に従い、坂道を下っていく。

 

  もっとも、鈴々は突撃命令を出すと、我先にと1人で敵陣に飛び込み敵をまるで道に落ちている小石の様に軽く蹴散らしていくばかりで、指揮などとっていない。

 

 その隊の中で、そんな鈴々に「待ってよ〜、りっちゃん〜」と幼い義妹に振り回される長女――――桃瑚が代わって指揮を取っていた。

 

「何故、私は待機なのですかな…?」

 

  脇に控える星が切れ長の鋭い目を更に鋭いモノにして一刀に訊ねる。

 

  彼女も一介の武人として正々堂々と敵に突撃を仕掛け、己の武を存分に奮いたかった。

 

  一刀は、星のそういう性格を理解してはいるが、今回は待機の命令を下した。

 

「星は保険だよ。今敵に襲われたらひとたまりもないだろ?」

 

  そんな星に一刀は、解ってくれといった意味合いと、信頼の意味合いの含まれた表情で答える。

 

「解っております、主……」

 

  今、この場に居るのは女子供、更には老人――――つまりは投石部隊のみ。

 

  一刀が彼等を投石部隊として使ったのはあくまでも苦肉の策。

 

  兵力にはならないが、何とか戦力に作り替えたのだ。

 

  ともあれ、一刀の言う通り、ここで襲われようものなら被害は大きいだろう。何せ、彼等には石以外の武装――石が武装かは甚だ疑問だが――を施していないのだ。

 

 これは、突撃部隊に絶対敵を倒さなくてはという意識を与える効果も生み出すためだが、実際は純粋に数が足りなかっただけ。

 

  だが、気に食わない。納得できない。

 

  愛紗たちはよくても、自分はダメなのか、と。

 

  しかし、今、星が感じているのは不思議といった感情だ。

 

  一刀の指示はイマイチ自分たちには納得のいかないモノが多い。しかし、誰一人としてそれに反論はしても反対はしない。

 

  確かに、君主として定めた人に反対するなどそうそうできないかもしれない。しかし、それは並の家臣の話であって愛紗や星は決して並ではない。

 

  にも拘らず、一刀の指示には全く反対を唱える気にはなれない。

 

  これが、一刀の才能。

 

  例え気に食わなくても、他人を従わせる目に見えない何か。それが一刀には備わっている。

 

「そろそろか……」

 

  戦場を静観していた一刀が呟く。

 

  見れば、ほとんどの敵が突撃部隊により壊滅的な被害を受けており、残すは何とか逃げ仰せた少数のみ。

 

  一刀は別に敵を全滅させるつもりはない。なるべく兵力を減らすつもりではなったが、そんな非効率的な行為は意味がない。

 

  かくして、一刀の初陣は順風満帆な内に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  一刀が街に戻ると、街の皆は実に嬉しそうな表情を浮かべて一刀たち義勇軍を向かい入れた。

 

  皆は口々に「天の御遣い様ばんざーい!」などと言う。

 

(………)

 

  しかし、一刀はそんな大多数の人々より、極少数の人々に目がいく。

 

  そして、その人たちを視認すると、周りの祝杯ムードを壊さない様にと気を使いながらも悲しいといった表情を浮かべてしまう。

 

  その少数の人々とは、突撃部隊に所属し、戦死をした人々の家族や大切な人。

 

 解っては……いただろ……。

 

  簡単なことだ。

 

  戦が起こって被害が出るのは勝った方も同じだ。

 

  だが、それを目の当たりにして、何も感じないわけがない。

 

  覚悟を決めた。

 

  少なくともここに居る人々の全てを背負う、と。

 

  だから――――

 

「ウソつき!!!」

 

  凱旋ムードを一気に掻き消す声。

 

「あの娘は……」

 

 見覚えのある――鈴々と同じ年頃の――女の子を認めると桃瑚は呟く。

 

  見ると、そこに居たのは一刀が愛紗たちに最初に出会った時、近くで泣いていたスカイブルーとライトグリーンの髪が混ざり合った女の子。

 

「きょ、羌維(きょうい)ちゃん!」

 

  恐らく今まで泣きじゃくる女の子――――羌維を慰めていたのであろう女性が、目を腫らしながらも一刀に食って掛かる羌維を止めようと腕を掴む。

 

  しかし、その小さな体のどこにそんな力があるのか、羌維はその女性の制止を振り切り尚も一刀に悲痛な声で叫ぶ。

 

「おかあ、さん……つれてくるって言ったのに……!」

 

「――――」

 

  息を呑む一刀。

 

  そんな一刀を、涙を一杯に溜めた目で、憎しみを一杯に籠めた目で睨みながら幼い女の子の声帯を使い、精一杯の声で一刀を糾弾する。

 

「ウソつき…! ウソつきぃーーーーーー!!!!!」

 

「―――――っ……!!」

 

  突き付けられた事実。

 

  俺は……たった一人の女の子を……女の子の大切な人を、守れなかった……。

 

「アンタなんて――――お前なんて――――」

 

  一刀は羌維と、目と目が合う。

 

 幼い女の子と目があっただけで、手が…震えた。

 

「“天の御遣い”なんかじゃない!!!!!!」

 

「―――――!!」

 

  少女は目一杯の声で叫ぶと周りの人々の制止を振り切りドコかへと駆け出す。

 

  手の震えが、止まらなかった……。

 

  覚悟が薄れそうになる…。

 

  背負うと決めた。全てを。

 

  きっと、その中に彼女も入っていた。

 

  なのに……

 

(ああ………そうか………)

 

  違う……。アレは、覚悟なんかじゃ…ない…。

 

  背負うと思い込むことで、逃げたんだ…。

 

  戦いから……。人から……。

 

(何になれば、いいんだ……?)

 

  何になれば、この震えは止まるンだ!?

 

「ご主人様……」

 

  震える手に、そっと白い手が触れる。

 

「信じて…」

 

  桃瑚が優しい微笑みを浮かべながらそっと触れた手を握る。

 

  不思議だった。

 

  それだけで、震えが止まった。

 

「………」

 

  そうか……。

 

  今、俺にできることは……。

 

「ああ……」

 

  こいつ等を、心から信じることだ…。

 

  今度こそ、間違えない…!

 

  ここにいる、仲間のためにも…!

 

 

 

 


あとがき

 

後半、無理矢理纏めた感満載ですいません。

 

ども、冬木の猫好きです。

 

また遅くなってしまいました。

 

いきなりの転勤。そして、それに伴う引っ越しで、色々忙しかった上、インターネットすらできない状態だったので、この話自体は随分前から書き上げてはいたンですが、上記の理由から更新が遅くなりました。

 

取り敢えず、すいません、と言って起きましょう。

 

色々忙しくなってきたんで、これからの更新は、前みたいに週一ではムリっぽくて、月一になると思いますが、そちらもご了承下さい。

 

さてさて、今回の話ですが、無理矢理纏めたのにいつもより――文字数で見た時――少し長くなりました。

 

どうにも戦いは書きたいことがたくさんあって難しいです…。

 

今回の一刀は、なかなか悪どい作戦で勝ちましたね。でも、一刀もそこまで惨いことになるなんて考えていなかったンです。

 

敵が逃げ出すとは考えたけど、仲間内で殺し合うまでは流石に思い浮かんでなかったんです。

 

そして、街に帰って来ても一波乱。

 

女の子――――羌維が一刀の心を抉りまくる。

 

羌維は三國志をそこそこ知っている人なら判ると思いますが、また出ます。まあ、どんな形になるかは後ご期待と言うことで…。

 

今回の投石戦法は日本の戦国時代のモノを参考にしたモノです。戦国時代では鉄砲伝来の前では、弓矢に次いで、石やら何やらを適当に投げたモノが死因として多かったそうです。

 

その時代には足軽という軽装の兵が主流になっていたので、兜も当然かぶってない人が多いので、当然と言えば当然なのかもしれませんが…。

 

それに、石を投げるだけなら簡単ですからね。

 

さてさて、今回はこの辺で。では、また次回更新の時にお会いしましょう。




初陣は何とか勝利だったけれど。
美姫 「流石に被害ゼロという訳にはいかないわよね」
まあな。けれど、一刀にはあの言葉は辛いだろうな。
美姫 「それでも、止まる事はできないのよね」
さてさて、これからどうなっていくのか。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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