「――――ぐ…………」

 

  結論から言えば、一刀が倒れたのは魔力不足のためだ。

 

 元からダメージ回復のために魔力をほとんど使い切っていたにも拘らず、自ら使える最高レベルの攻撃魔術――ポセイドンを使用したのだから当然と言えよう。

 

  一刀はスグに意識を取り戻し、何とか身体を起こそうとするものの、自らの身体の異常に気付く。

 

(―――右腕が……)

 

  右腕が、破損しやがった……。

 

  全く感覚がねぇ…。力も入らない…。

 

  はは………自分の身体じゃないみてぇだ……。

 

  まぁ、問題ないだろう……。思うに普段あまりムチャをしないから身体が驚いただけだ………と、思う…。

 

  何せ、理論的にはセーフティラインでも、それを実践したのは初めてだ…。今までは、自分を大事にしてきたからな……。

 

  がさっ……

 

「…?――――ッ……!?」

 

  今の自分の状況を冷静に観察し、自嘲をしていると衣擦れの音がし、その音がした方を見る。

 

  一刀が顔を上げると、そこにはぼろぼろになりながらも立ち上がる左慈いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十話:力の源

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ドスッ!

 

「――――――う………ぅ……う……」

 

  左慈はスグに倒れる。しかし、それは自らの身体に起こった異常のせいである。

 

  それは右足だ。先程の2つの魔術――ポセイドンと風絶――のダメージによる負傷で動かなくなっていたのだ。

 

「――――ッ!!(ギリッ!)」

 

  左慈はそれを感じ取り尚、歯を食い縛りながら片足だけで立ち上がる。

 

  その歯を食い縛っている左慈の壮絶な表情は、皮肉なことに人間味に溢れていた。

 

「………」

 

  一刀も立ち上がる。

 

  そして、再び対峙する。

 

  一刀は右腕。左慈は右足。

 

  それぞれ最も得意とする技を出すために必要な部位を破損してしまった。

 

(それでも……蹴りよりは左手一本の方がやりやすい……)

 

  元々、俺は蹴りの鍛練をほとんど行ってこなかった…。

 

  不慣れで足の踏ん張りが効かなくなってきたパンチなら左腕で間を縫う様にして攻撃を繰り返していけば、ここまでぼろぼろになった左慈ならばいずれ倒れるハズだ。

 

「………」

 

「………」

 

  ジリジリと距離を縮める。

 

  一刀は慎重的になっているために。左慈はただ負傷しているために。

 

 本来、左慈の方はもっと早く距離を縮めたいと考えているが、どうやっても右足に力が入らず、思い通りに動かない自らの身体に苛立ちが募る。

 

  そして、二人は互いに射程圏内に入る。

 

「ハァアッッ!!」

 

  ブォン!!

 

  掛け声と共に先にしかけたのは左慈。

 

  先にも明記したように、左慈は苛立ちが募っていた。なので、この行動は当然と思われた。

 

  そして、一刀がそれを当然のようにかわす。自然と大振りになる左慈の攻撃は急激な成長を果たした一刀にとってかわすことなど、どうということはなかった。

 

  その左慈にとっては不毛と取れる攻撃を繰り返す。しかし、当たらない。

 

  シュッ!

 

  左慈の大振りに対し、あまりに迫力に欠ける左手のジャブを一刀は繰り出す。

 

  ドッ!

 

「〜〜〜〜……!!!」

 

  派手さ、迫力、破壊力という点では間違いなく左慈には劣るジャブが左慈の顔面に当たる。

 

  普段の左慈ならそんなモノは虫が止まった程度のダメージと思い、気にしない。

 

  しかし、左慈はあまりに大振りを繰り返すために一刀はその攻撃のタイミングを完璧に覚え、左慈が攻撃するのとほぼ同時にジャブを繰り出し、カウンターとして左慈の顔面にヒットさせた。ために、一刀自身の力はあまり使わず――というか使っても左慈には効かない――にただカウンターを取り続けていた。

 

(何で当たらないンだ!!)

 

 何で、何で俺の攻撃が当たらず、奴の攻撃ばかり当たるンだ!!!

 

 ブォン!!

 

 闘いの当初より募り続けた苛立ちのために、左慈には冷静という言葉が浮かび上がることすらなく、またも大振りの一撃を繰り出す。

 

  シュッ!

 

  ドッ!

 

 しかし、左慈の攻撃は虚しく空を切り、一刀のカウンターがまたも面白い様にきまる。

 

「―――――ッ………!!」

 

 ――――負ける………?

 

  この…俺が……?こんな奴に……?

 

  パリ!!

 

  左慈の脳内で何かが砕けた様な音が響いた。

 

  何で!!何でだ!!

 

  俺が!俺が負けるハズがないんだ!!

 

  俺が!!俺の方が――――強いんだぁーー!!!!!!!

 

  ブオォン!!!

 

「―――――!!!!???」

 

  マズッ――!!ボディだと!!??

 

 しかも、速っ――!!??

 

  ドガンッ!!

 

「――――――ぐぉ…………ぉ………!!!!!!!」

 

  何度も見せた大振りのパンチ。しかし、それは一刀がある程度意識しているために回避することができたのだ。

 

  そこへ大振りとは言え今まで全く見せなかったボディが出された。全く見せなかった故に実に効果的な一撃だった。

 

(何つぅ不公平な一撃を撃ちやがる……!)

 

  まるで、身体が喰い千切られたかと思う一撃に心の中でそう思う一刀。

 

  だが、そんなことを愚痴っている時間はスグに終わる。

 

「――――ハァァアァアァァッッ!!!!!」

 

 俺の方が、強いんだ!!!

 

 ブオオォォオォンッッ!!!

 

  ただ、己の力を信じるが故の――ただの武術家としての左慈が、渾身の力が籠った右を一刀目掛け放つ。

 

 来るぞ…!!防御を…!

 

  防御のために、一刀は何とか動かない身体を動かそうとする。だが、一刀は違和感を覚える。

 

  あれ……?おかしいぞ……。

 

  何で…右腕が――あ、そうだ…。右腕は今――

 

「―――――――――――――――ぁ」

 

  ドスッンッッッ!!!!

 

  はっ……今日はよく飛ぶ日だ…。

 

  空中でまるで他人事の様な感想を一刀は抱く。

 

 

 

 

 

 

 

 

  タッタッタッ

 

  瑠麗は後ろを振り向くことなく、一本に纏めた艶のある黒い髪を揺らしながらただ走り続けていた。

 

  今回の作戦での瑠麗の役割は、于吉を倒すこと。

 

  勿論、于吉を倒すなどという芸当、言うは易しだが、そう簡単にできる訳ない。

 

 だが、一刀から授けられた術。

 

  それが瑠麗に絶対とも言える自信を与えていた。

 

「………」

 

  数分間走り、瑠麗は開けた場所にたどり着いた。

 

  周りを見渡す。

 

  仕掛けてくるとしたらココだろう。

 

 警戒を強める瑠麗。

 

「――!」

 

  瑠麗が見つけたのは于吉ではなく、長い紅色の髪を持った幼い少女、彼女の妹――張梁こと神麗だけだった。

 

  しかし、確かに顔や体格は彼女の妹だった。確かにそうだった。

 

  しかし、神麗の口元から覗く歯は全てが犬歯の様に尖っており、爪も、肌も龍のそれで、更には短いながらも尻尾や紅色の髪からは角の様なモノが覗いていた。

 

  それが所謂(いわゆる)、半龍化の状態だった。

 

「……神…麗…?」

 

  それでも、そんな状態でも、確かに彼女は瑠麗の妹――神麗だった。

 

「――――」

 

  言葉はない。

 

  ただ目だけが瑠麗の方を向いていた。

 

  それで理解した。

 

  神麗は呑まれたのだ。“リュウ”に。

 

  今、神麗は“敵”を視界に捉えたのだ。

 

 だから、瑠麗は――

 

「走(そう)…」

 

  巡らせる。走らせる。魔術回路に魔力を。

 

「■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

  視界に捉えた人間が完璧に敵意を顕すと、神麗は人間の声帯では発声できない叫び声を張り上げる。

 

「大地よ。母なるモノよ。我は世界をなす貴殿に請う。今、森羅万象全ての理を覆し、全ての矛盾を覆し、我が望む全てを十枚の貫けぬ盾とせよ!!」

 

 詠唱が終わると同時に地面が盛り上がる。

 

  しかし、神麗も詠唱が終わるのとほぼ時を同じくして、小さな口から全てを焼き払う業火を放つ。

 

  ズオォオン!!

 

  煙が上がり、爆発音が響き渡る。

 

  煙が晴れ、視界が確かになるとそこには強固な十枚のシェルターがあった。

 

「やれる…!コレなら!」

 

  瑠麗の自信は、確信へと変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  左慈は決して打たれ強くはない。一般的に見ればそりゃあ、打たれ強いだろうが、左慈クラスの武人と比べると、という意味である。

 

  理由は明確。打撃系統のダメージに慣れていないためである。

 

  打撃戦において、左慈の攻撃は一撃で相手を倒してしまうため、全く叩かれないのだ。要するに、左慈が強過ぎる故である。

 

  今回の様に、長期戦――況してや、泥仕合になることなど今までなかったのだ。

 

  ただでさえ慣れない泥仕合。しかも、冷静さを完璧に失い何発もカウンターをもらい続けて立っていられるのは実は不思議なことなのだ。

 

  そんな中、左慈の武術家としての誇りが、強靭なバックボーンとなり倒れなかった。いや、倒れるのを許さなかった。

 

  俺の方が強い。

 

  誰であろうと、俺が負けるハズがないんだ、と。

 

 最早、そこには世界をどうこうしよう等という感情は無かった。

 

 ただ、負けたくない。武人としての自分がそう叫んでいた。

 

  左慈は気付いていなかった。

 

  この世界は思念集合体――人々の“想い”が集まってできたモノだ。つまり、この世界を嫌うということは、“想い”を嫌うという意味である。

 

  今まで、左慈が立っていられたのは武人としての誇り――言い換えれば“想い”である。

 

  左慈は散々嫌った“想い”を力の源として、限界を越えた闘いを演じていたのだ。

 

「は……ははは………はは……」

 

  地面に転がる一刀を悠然と見下ろしながら左慈は笑う。

 

  勝ったのだ。やはり、俺に勝てる奴などいるハズがない。

 

  況してや、こんな奴に負けるハズがない。

 

  最初から勝って当たり前なんだ。

 

  そう思いながら左慈は笑う。

 

「――――――」

 

 クソ……。

 

 何だっていきなり、あんな完璧な不意討ちしてくんだ……。避けれるハズないだろ…。

 

 耳障りな笑いしやがって……クソ……。

 

 まだ……だ……!

 

 まだ、俺は……死んでねぇぞ……!

 

 魔力は底を着いて、魔術刻印によるダメージ回復も行われないけど……まだ、死んでねぇ…。

 

 クソ……!動け……!

 

 まだ…俺は……あいつ等の……秀麗達の、笑顔を……見て…ないンだ!!

 

  がさっ……。

 

「――――――っ…………」

 

  最早、声すら出ない。そんな状況下にありながら、一刀は必死に動こうと拳を握る。

 

  その拳を握る際に僅かに発生した音に過敏に左慈は反応する。

 

  そして、左慈は完璧な勝利を手にしようと一刀へと歩み出す。

 

  一刀の息の根を、止めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

  動かない……。

 

  ココへ向かっている途中に感じた、あの異常な魔力と魔力の衝突。それから、相当の時間が経つハズなのに、一刀達はコチラに向かってこない…。

 

  瑠麗は自分の作った十枚のシェルターに身を隠し、神麗(しぇんれい)の繰り出す反則級の業火をやり過ごしながら、一刀の動向を観察していた。

 

  観察とはいえ、十枚もの強固なシェルターを保つために、多大な集中力を裂くのでぼんやりと程度しか見えないので、感覚的な観測にすぎなかった。

 

  そのため、彼女は誤った判断した。

 

(作戦は……ムリね……)

 

  一刀がヤられたんなら、そもそも最初の作戦が成り立たない。

 

  信じたくはないけど……それは、間違い。

 

  今は感情を優先せず、ただやるべき事を為すだけ…。

 

  後悔や、懺悔などなら後で幾らでもすればいい……。

 

  この身が朽ちるその日まで……幾らでも………。

 

「いくわよ……シェン…」

 

  本人――神麗――に届くことない呟きを、瑠麗は洩らしシェルターに篭るのを止め、瑠麗は打って出た。

 

「■■■■■■■ーーー!!!!」

 

  神麗は敵が鉄壁の守りから自ら出たことを喜んでいるかの様に咆哮する。

 

  その間に瑠麗は何とか距離を縮めようと走り寄る。

 

  しかし、今、瑠麗と神麗との間は数字にして70m弱。瑠麗はそこそこの身体能力しかないため、どうしてもワンアクションで距離をゼロにすることは不可能だ。

 

  それを瑠麗も解っていた。

 

  そのため、無理せず、神麗の攻撃がくる度に地面を急造のシェルターとして作り上げる。

 

  不可解な光景だった。

 

  瑠麗の魔力の絶対値は20万。参考として例に上げるなら、一刀は8万、秀麗は40億、半龍化した神麗は10億。

 

  例として上げといてなんだが、秀麗と半龍化した神麗は特殊な生まれと状態なので、あまり判断基準にはしないで欲しい。

 

  一刀の魔力の量――8万というのも一刀の時代の魔術師としては充分破格なモノだが、瑠麗はその一刀を倍以上上回る程の魔力量である。

 

 しかし、その瑠麗をもってしても、神麗の放つ業火を一回防げるシェルターを作れる回数は10回がいいところである。

 

  現在、そのシェルターを作った回数は5回。数字的には不可解ではない。だが、それは業火を“一回”防ぐことのできるシェルターにおいての話だ。

 

 不可解なのは瑠麗の後方に広がる光景だ。

 

  瑠麗が神麗と対峙した際に――詠唱して――最初に作った十枚のシェルターは放棄したが、何発も神麗の業火を受けたそのシェルターは“一枚も壊れていなかった”のだ。

 

  つまり、最初に使った魔術だけで“瑠麗の魔力”は底を着いていなければおかしいのだ。いや、最初の魔術は“瑠麗の魔力”では使用不可能なのだ。

 

  ならば、この洞窟に貯まった魔力ならばどうか。

 

  確かに、左慈達が拠点にしているだけあって、この洞窟は小さいながらも霊脈として役割を持っている。納得できなくはない。

 

「…ごめん………」

 

 瑠麗は本当に辛いハズにも拘わらず、それを感じさせない決意の籠った目で、神麗に向けた謝罪の言葉を口にすると魔術を発動させる。

 

「――――ハッ!!」

 

  掛け声と共に、人差し指と中指を立てた両手を上から下に振り下ろす。

 

  すると神麗の頭上にある無数の岩が槍の様に尖り、神麗目掛けて降り注ぐ。

 

「■■■■■■!!!!」

 

  龍の咆哮と共に小さな口から、槍の様な形の岩に向けて業火を吐き出す。

 

  ブオオォォ!!

 

  轟音を上げながら岩を消していく業火。

 

  ヒュン!ヒュン!ヒュン!

 

  しかし、それでも消しきれなかった岩が3つ降り注ぐ。

 

「―――■■■■………!!」

 

  1つをかわし、2つを龍の肌になった手で弾く。

 

  ただ弾くにしろ、それは普通に考えて、人間であれば手が跡形もなく吹き飛んでしまう程ハイレベルな魔術である。

 

「■■■■■!!!!」

 

  神麗は魔術を防ぐと、その間に距離を縮めようとする瑠麗に向かい業火を放つ。

 

  またも、一回だけその業火を防ぐシェルターを作り出した。

 

  ドオォン!!

 

  破裂音と共にそのシェルターは業火を防ぐの代償に形を無くす。

 

  ここでまた、先程の疑問が浮上する。

 

  最初に作った規格外のシェルターがこの洞窟の魔力を使用したとするなら、当分の間、この洞窟の魔力は無である。つまり、最初の魔術以外は全て瑠麗の魔力でなければおかしい。

 

  だが、一回限定のシェルターを作った回数は6回。その上で先程の攻撃魔術を使用する魔力など瑠麗にはあるハズないのだ。

 

  あの攻撃魔術がどれ程強力かというのを証明するのは、神麗の業火で消しきれなかったモノが3つもあるということから解って頂けると思う。

 

  瑠麗はもう魔術行使ができるだけの魔力がないハズにも拘わらず、全く苦しそうな素振りもせず、平然と走り、更に迫り来る業火をシェルターが防いでいる。

 

  だが、それも当然である。“瑠麗”は一切魔力が減っていないのだから。だから、瑠麗は疲れるハズがなかった。

 

  ならば、以前、一刀と闘った時の様に、他の霊脈から魔力を引っ張ってきているかというとそうでもない。

 

  あの時の様に霊脈と霊脈を繋げるには多大な時間と手間を要する。あの時、瑠麗が篭ってた部屋の様にびっしりと文字を書かなければならない。いや、そもそも、この周辺の霊脈は神麗が喰い尽くしている。

 

  これ等の理由からそれはできなかった。

 

「■■■■■!!!!」

 

  またも業火を放つ神麗。しかし、例によって、瑠麗の作った簡易シェルターにより防がれる。

 

  瑠麗には勝機があった。

 

  それが一刀に教えられた術であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――…っ………!」

 

  拳を強く握ることはできても、未だに動ける状態にはなく、ただ地面に身体をうつ伏せにするしかない一刀。

 

  そんな一刀に左慈は容赦なく馬乗りになり、首根っこを左手で掴む。

 

  最早、声を出すこともままならない一刀の掴まれた首――喉――はただ音を出す。

 

「っ―――はぁ、はぁ、はぁ………―――っ……!」

 

  人間との闘いで息を切らすのはいつぶりか……。

 

  こんなに鼻につく闘いは初めてだ……。

 

  だが…今度こそ終わりだ……!

 

 今、俺の下でうつ伏せになっているこいつの頭を一撃の下に粉砕する…!

 

「―――――」

 

  左慈は呼吸もせず、異常な時間をかけ、ゆっくりと拳を振り上げる。

 

  まるで、今までの闘いを振り返るかの様に…。

 

「―――――はあぁっ……!!」

 

  決して大きくはないハズなのに、まるで洞窟中に響く様な声を上げながら、鉄より硬い拳を振り下ろす。

 

 ブオンッ!

 

  それは、文字通り、鉄槌であった。

 

  先程までの戦闘では有り得ないくらい鈍い一撃。しかし、人間の頭蓋を砕くには充分すぎる一撃である。

 

  鈍い音を発て、頭蓋を砕く拳。

 

 

 

 

 

 

 

 命が輝き、そして、今、また消え逝く……。

 

 艶のある真っ黒な髪の毛以外が全て純真な白で覆われている女性はこの世にある全てを見て視て観て診て看て、聞いて聴いて、存在していた。

 

 彼女が居る場所は、于吉達が神麗からバルムンクを使って搾取した魔力がプールされている現場だった。

 

 そこに入るまでには于吉が作った何重にも張り巡らされたトラップがあるのだが、彼女の様子から察するにいとも容易く侵入を果たしたようだ。

 

(この輝きと………哀しみ……)

 

 何故この世界はこれ程にまで不完全で矛盾に満ちているのに、完全で完璧を求めるのでしょう……?

 

 この世に万能など在りはしない…。

 

 ならば、私が果たしてみせる……。

 

 何故なら……私は、人々が万能と謳う存在だから………。

 

 女性は感覚を遮断し、プールされた魔力の周りを歩き、手に持っている魔術的加護がこれでもかという位に詰まっている扇を使い、その魔力を囲む様に印を作っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一刀の頭蓋砕く拳。が、いつまで経っても一向にその拳が降りてこない。

 

  いや、そればかりか、一刀の首根っこを強く掴んでいた左手が弛んでいく。

 

「――――な―――――に―――?」

 

  驚きの声は左慈のモノ。

 

  その声、その異常を察し、一刀は拘束の弛くなった首を捻り左慈を見る。

 

「――――――………!!??」

 

  一刀も驚きのあまり、目を見開く。

 

  左慈の腹部から剣が生えていた。

 

「――っ………!!」

 

  ぐさっ!

 

  勿論、左慈の腹から剣が生えた訳もなく、その剣は程無く抜かれる。

 

  振り向いた左慈と一刀が目撃したのは、宝剣――天狼を重たそうに両手で抱える張角こと秀麗であった。

 

「はぁ……ぁ……私のこと……忘れてましたね………?」

 

  誰に話し掛けた訳でもなく、秀麗は息も絶え絶えに呟く。

 

  そうして、左慈の眼前に左手をかざす。

 

「ハッ――!!」

 

  ほとんど潰れた魔術回路で低級な風属性の魔術を放つ。

 

  ポンッ!!

 

「――――がぁっ………!!」

 

  しかし、そんな低級魔術でも今の左慈を吹き飛ばすには充分であった。

 

  左慈のぼろぼろな身体は大した距離ではないが宙を飛ぶ。

 

  そうして、秀麗は一刀の無事を確認する。

 

「一刀殿、御無事ですか……?」

 

「………。無事ではないが……大丈夫だ……」

 

  冗談じみた台詞を安堵した様子で言うと一刀は無理矢理身体を起こそうとする。

 

 そんな一刀に秀麗は気遣いの声をかける。

 

「あ、無理をなさらないで、少しお休み下さい!」

 

「いや……大丈夫だ…」

 

  そうのんびりもしてられないし、な……。

 

  そうして、秀麗の肩を借りつつ一刀は立ち上がる。

 

「―――――ぅ――――あ、ぁ…………」

 

 

  剣を刺され、血をどくどくと流しながらも左慈は地面を抉る様に強く拳を握る。

 

  そして、未だに光の灯った目で左慈は一刀を睨む。

 

「………。悪いな……お前と正面からやりあっていたら、命が幾つあっても足りないンでね……」

 

  その目に応える様に一刀は左慈に向かい、肩を竦めながら話す。

 

  卑怯だ、何だのと言われるかもしれんが……俺の中では勝った奴が強いんだ……悪く思うなよ…。

 

「――――于、吉……?」

 

「「――っ!!??」」

 

  左慈の突然の言葉に一刀と秀麗は反応し、周りを見渡す。しかし、いくら見渡しても于吉の姿はない。

 

  一刀達が反応するのも当然だ。

 

  一刀の計画では于吉は瑠麗が受け持っている。于吉が無事ということは、瑠麗が負けたということになる。

 

  もっとも、その計算は于吉がこの場に居ない時点で狂っているのだが。

 

「…………何……?まだ……だ……。まだ……俺は―――」

 

  姿の見えない于吉と会話をする左慈。

 

  その様子から察するに左慈には受け入れ難い話らしい。

 

  左慈は意識が朦朧とする中、強い意思で拒否を表す。

 

「ま、待て………俺は―――――っ……!」

 

  しかし、左慈が抵抗するも虚しく、左慈は――左慈の言葉から察するに――于吉により強制的に転移させられた。

 

「……………行くぞ……」

 

「………はい」

 

  左慈の撤退を見送った一刀は秀麗に先へ行くよう促す。

 

  一刀も秀麗も口にはしないものの、于吉が左慈を回収したことに不安を抱く。

 

  先程も述べたが于吉が洞窟内にいないことを一刀は瑠麗が負けたのではないかという不安を抱く。

 

  しかし、それでも一刀と秀麗は瑠麗の無事を信じてゆっくりと先へと進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

  左慈は于吉により転移させられると、寝台に寝かされた。

 

  そうして、于吉は応急措置を施し、先ず出血を止めようとする。

 

  護符を媒体として、于吉は朗々と言霊を口ずさむ。

 

「………何故………勝手なことを…した……」

 

  疑問ではなく、怒りを含んだ声で朦朧とする意識の中、左慈は于吉に話し掛けた。

 

  于吉はもう詠唱の必要な魔術はなくなったのか、左慈の言葉に応える。

 

「貴方は……負けたのです」

 

「―――っ!」

 

  于吉にしては珍しく、何の含みも持たない言葉を左慈に返す。

 

  左慈はあまりに直球な台詞に驚きつつも、強い目で于吉を睨む。

 

  しかし、于吉は更に続ける。

 

「貴方は彼等より強かった。その上、宝具まで持ち合わせていました。しかし……貴方は己の慢心と、彼等の“想い”の前に負けたのです……」

 

「………」

 

  左慈は最早、何も言い返せなかった。

 

  于吉の言葉は確かに正鵠を射ていたからだ。

 

  言葉や結果以上に、左慈の心からふつふつと湧いてくる感情――敗北感が騙っていた。

 

  左慈が何も言わなくなると、于吉は再び治療を再開した。

 

「………(ギリッ)」

 

  はっきりとし始めた意識の中、左慈は歯を強く噛み締める。

 

  初めてだった。

 

 こんなにも悔しかったのは。

 

  未熟だった頃にも、負けたことはあった。その時も確かに悔しかった。

 

  悔しかったから、努力して武術の腕を磨き、完膚なきまで叩き潰し、二度と自分に刃向かえないようにしてきた。

 

  だが、この悔しさは何かが違った。

 

  相手が一刀だったからなのか、はたまた違う理由なのか。それは左慈本人にも解らない。

 

  ただ、無性に悔しかった。

 

「この世界は……」

 

  于吉が不意に話し出す。

 

「……この世界は……無意味で、無価値で………そして………ムダでは…………決してありません……」

 

「………」

 

  違うと言いたい。だが、今の左慈には何故かそれができない。

 

  于吉の言う通り、この世界はムダではない。

 

 でなければ、この世界を消そうと、左慈が起こした行動すら、ムダなモノへと成り下がるからだ。

 

  ならば……。

 

「……ならば……価値あるモノだからこそ……俺は、この世界を終わらせる………!」

 

「………」

 

  左慈の言葉に于吉は応えない。

 

  しかし、于吉の表情は心なしか、微笑している様に見えた。

 

 

 

 


あとがき

 

ども、冬木の猫好きです。

 

いやはや、どうにかこうにか、勝ちました。

 

今回の話ではわざと秀麗(張角、長女)に言及せず、読者に最後の最後に秀麗という存在の重要性を思い出して頂く様に描いたつもりです。あくまで、わざとです。うっかり忘れていた訳ではありません。

 

………自分で言えば言う程、な気がしますが、マジです。

 

一刀が死闘を繰り広げていた間、秀麗は意識はあるものの、自分の魔術回路が焼き切れるぐらいの魔力を流し込んだため、肢体の全神経が一時的に麻痺ため、動けなくなっていたので、闘いに参加できなかったという訳です。

 

実際、左慈を刺した時も、イマイチ身体が動けなく、また魔術回路も僅かしか開かなかったという状況でした。

 

ところで私は、理屈の通らない奇跡は苦手です。

 

奇跡というモノは様々な必然が積み重なり必然的に起こるモノだと感じているからです。

 

なので、左慈が立っていられた理由が――自分で書いといて何だが――私にはあんまり納得がいきません。

 

しかし、左慈が“想い”を放棄、否定する存在でありながら、最後には気力――“想い”によって踏み止まり、左慈の世界に対する考え方を改めさせ、あるベクトルに成長させるという意味でも今回は気力などそういったモノを拒否反応を起こしながらも描きました。

 

さて、今回で漸く左慈を倒し、残すは神麗(張梁、末妹)をどうするかです。

 

瑠麗(張宝、次女)は見事に勘違いして、対于吉様に一刀から授けられた何らかの術を駆使して闘いを繰り広げていますが、果たして、瑠麗と神麗はどうなるのか。また、一刀達は間に合うのか。一刀が姉妹を救うために用意した秘策とは何なのか。

 

それはまた次回ということで。……………まぁ、次回ではまだ終わりそうにないので、全てが明かされる訳ではありませんので悪しからず。

 

では今回はこの辺で。次回更新の時にまたお会いしましょう。




いや、本当に辛うじての勝利だな。
美姫 「慢心していなかったら、どうなっていたかしら」
だが、事実として慢心していたのだから仕方ないな。
何とか左慈を撤退させることはできたけれど。
美姫 「まだ神麗の方は終わってないものね」
次回、どうなるのか。
美姫 「待ってますね〜」



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