建業の城内の廊下。そこを上機嫌に歩く人物が1人居た。

 

「♪〜♪〜♪」

 

  その人物は一刀の下で学問、戦術、そしてプラスαとして何故か料理を学んだ女性――呂蒙史明こと安春だった。

 

  普段ならこの時間、安春は一刀が抜けたためにできた大量の政務の一部――要領が悪いためそこまで多くは任されていないのだが…――をこなしているのだが、今日はいつもより相当量が少なかったため上機嫌を絵に描いた様な表情で、鼻歌まで歌いながら廊下を歩いていた。

 

 ちなみに、安春の鼻歌は下手だった…。何の歌かは判らないが明らかに音程がおかしかった。

 

  そんな穏やかな昼下がり。安春は小腹が空いたので厨房へと行ったのだが、中途半端な時間帯だったらしく厨房にはもう何の食材もないと言われ、食材をもらいに食糧庫に向かっている道中だった。

 

「あれ、雪蓮様?」

 

  その道中、戦場では無類の強さを誇り物凄く頼りになるが、しかし実生活では全くと言っていい程頼りにならない――むしろ、トラブルしか起こさないため迷惑極まりない我等の君主――孫策伯符こと雪蓮を見付け声をかけた。

 

「ん?あ、安春。ヤッホー、何してんの?」

 

  相変わらず君主と従者の関係にある二人とは全く感じさせない和やかな雰囲気の会話を開始する二人。

 

「私は…ちょっと小腹が空いたので、何かもらいに食糧庫に行く途中です。雪蓮様は?」

 

「私?私も安春と同じだよ。政務ばっかりで疲れたから、息抜きも兼ねてちょっと何か食べようかなって」

 

「あ、また政務を抜け出してきたんですねぇ?まったく…全部やって下さいよね…」

 

「判ってるって。私、なんだかんだいっても、いつもちゃーんと全部終わらせてるでしょ?」

 

「………そうです…けどぉ……」

 

  雪蓮は意外な事に別に政務が苦手な訳ではない。むしろ、得意の部類に入る程テキパキと政務をこなす。

 

  ただ性格的に細かい作業は好きではないのでちょくちょく仕事を投げ出しドコかへ行くので、生真面目な周瑜や妹の孫権はその都度注意するのだが一向に更正する気配はない。比較的真面目な魯粛や張昭は与えられた政務をきちんとこなすならばと、雪蓮のサボタージュを黙認している。

 

  そして、事実雪蓮は一度たりとも政務を残す事などなく、与えられた仕事はきっかり全てこなしている。仲間内には迷惑をかけるが、民には全く迷惑をかけない。なんだかんだで雪蓮は良君なのだ。

 

「そんな事より、早く行こーよ。今が好機なんだらぁ」

 

「は、はい…」

 

「んじゃ、しゅっぱ〜つ!」

 

  そう言うと雪蓮は食糧庫に向けて歩き出した。

 

  安春は「好機って何の事だろうか?」と思ったが、どうせまた下らない事だろうと思い適当に流し、雪蓮の後に続く。

 

  しかし、この時に“好機”の意味を問い質(ただ)さなかった事を後に安春は大いに後悔するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十三話:張昭出陣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっちじゃないよ、安春」

 

「はい?」

 

「こっち、こっち」

 

「あ、はい…」

 

  雪蓮の後に続いていた安春だが、いつの間にか雪蓮の前に立ち先導するような形になっていた。

 

  当然、安春とて食糧庫の位置はちゃんと把握しているのでその事に何ら戸惑いもなかったが、雪蓮が確かに安春が行こうとした方向であっているにも拘らず、そちらではないと言い出す。

 

  さりげに記憶力や方向感覚に優れている安春は「確かにこっちであっているハズなのに…」と怪訝な表情をしつつも己の君主を信じてまたも後に続く形になった。

 

  ここが安春の本日の第2ターニングポイントだった。

 

「よ〜し、着いたよ〜!」

 

「着いたって、ココ、裏口じゃないですか!?何で真っ正直から入んないですか…?」

 

  今まで幾つか疑問が浮かんでいたが遂に、安春は耐えきれなくなり雪蓮に質問をぶつける。

 

「だって、見張りに見付かったらマズイじゃん」

 

「見付かったらって…ちゃんと許可とってないんですか!?」

 

「うん。だって、保存食を食べるンだもん」

 

「え?保存食?」

 

「うん」

 

  安春は食糧庫から普通の手順を踏み、未調理の食材を少しだけ分けてもらう予定だった。なので、安春は今から正面口に周り正々堂々と入る事ができる。

 

  しかし、保存食を食べるとなると話は変わってくる。保存食は戦など有事の際に使う貴重な食料だ。なので、保存食は厳しく管理されている。

 

  だが、調理のできない者でも蔵から出してそのまま食べれるという事で何度も盗難の被害にあっており、また犯人も捕まっていない――容疑者は孫呉きっての大食いコンビ、凌統こと光凛と黄蓋で、ほぼ確実なのだが確固たる証拠がないのでまだ一度も捕まっていない――ので正義感の強い太史慈が自ら食糧庫の番を申し出るなど孫呉の威信を賭けた闘いにまで発展している。

 

  正直、太史慈程の英傑を食糧庫の番に付けるなど勿体無いのだが、太史慈自身がどうしても犯人を捕まえたいと言うので上層部の人々は渋々といった感じながらそれを容認した。

 

「ダメですよ!っていうかムリですよ!だって太史慈が番をしてるんですよ」

 

「大丈夫、大丈夫。今、揚羽(あげは)――太史慈の真名だよ♪――は休憩中だから」

 

「何でんな事判るンです!?」

 

「部下の行動を把握してこそ真の君主だよ〜」

 

「んな事してる暇があるなら、仕事して下さいよ!!つーか、真の君主は盗み食いなんてしませんよ!!」

 

  ここにきて安春は漸く理解した。雪蓮の言っていた“好機”の意味は今現在、揚羽(太史慈)は休憩中なので保存食を盗むチャンスだという意味だったのだ。

 

  そして、揚羽(太史慈)が番に着きながらも一向に被害がなくならない理由は恐らく雪蓮が犯人に揚羽(太史慈)の休憩時間をリークしていたためだという事も何となく判った。

 

  以前の安春ならばここまで理解するのは不可能だっただろう。これが一刀との勉強の成果といったどころであろう。

 

「まー、まー、いいから食べに行こ」

 

「私は行きませんよ――って、引っ張らないで下さいよ!!はーなーしーてー!!」

 

  安春の意見をガン無視して雪蓮は安春を連れて行こうと引っ張る。

 

 安春は厄介事に巻き込まれたくないので必死に抵抗する。雪蓮がいくら馬鹿力と言えど、流石に元々は腕っぷしで成り上がった呂蒙史明が相手ではなかなか前に進めなかった。

 

「えぇい、いい加減諦めろ!」

 

「グフッ!」

 

  安春があまりに必死に抵抗するので、めんどくさくなった雪蓮は安春を殴った。そして、殴られた安春は某MSの名前を叫びながら意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

  時刻は遡(さかのぼ)る。黄祖が率いる軍勢が動きだしたその日の夜。

 

  場所は建業の城の広場。

 

  灯りを点けてないないため、真っ暗な暗闇と無音が辺り一面を支配する。

 

  ここで奇妙なのが広場は当然外にある。にも拘わらず、無音なのだ。

 

  今はまだ冬ではなく初夏だ。今の時代の都会など自然が少ない所ならば夜に虫や蛙(かえる)の泣き声が聞こえないのも当然であるが、ドコでも自然が多いこの時代に虫や蛙の泣き声がしないのは不自然だった。

 

  その不自然な広場の中心に黒髪のツインテールの少女――張昭が目を瞑り、その暗闇と無音を身に纏い佇(たたず)んでいた。

 

「お久し振りです」

 

  どの程度の時間張昭がそこでそうしていたのか、それはわずかな時間だったのか、それとも長い時間だったのか、暗闇と無音という五感の内二つを失われた状態ではイマイチ判らない。

 

  時間の感覚が狂いそうな空間に新たな人物――于吉が正にいきなり現れた。

 

  暗闇の中でありながら何故か于吉が現れた瞬間に広場が明るくなったという錯覚を覚える程に彼等の姿が鮮明に見え始めた。

 

「………」

 

  張昭は自分の後ろに突如現れた于吉に驚いた様子もなく、振り向き彼を射殺さんばかりに睨み付ける。

 

「やれやれ、私も嫌われたものですね…」

 

  その鋭い眼光を直にうけながらも肩を竦(すく)め、ふざけたような口調で于吉が言う。

 

「余計な事は言うな。用件だけを言え」

 

「…ふぅ…判りました…」

 

  そう言うと、于吉はふざけたような雰囲気を消す。

 

「劉表が黄祖に六万の軍勢を与え、長沙に攻め込もうとしています」

 

「…何…?」

 

  あまりに唐突な報せに呆気に取られる張昭。

 

  それもそのはず。彼女は政治家としてだけではなく、軍事にも携(たずさ)わっている。そのため、今地方の君主同士が争っても不利益にしかならないと解っているのだ。

 

  故に于吉のもたらした情報は信じるには少しムリがあった。

 

「どうして、そんな事が判る…」

 

「我々は“管理者”ですよ。そのくらい把握しています」

 

「………」

 

  張昭はその一言で納得できた。

 

  張昭はこの外史に生きながら、外史の成り立ちと意味をしっかりと踏まえている数少ない人物だ。

 

「では、二つ訊かせろ」

 

「二つと言わず幾らでもどうぞ」

 

「どういう風の吹き回しだ?貴様等から我々にしか有益でない情報を教えるとは…」

 

  今までは彼等にとって有益な事する代わりに我々にも益をもたらすという、謂わば契約という形をとってきた。

 

  だが今回は、一方的にこちら側の益になる情報をもたらした。私にとってそれは非常に気持ちの悪い事であって、それが解決されなければ無条件に信じる事はできない。

 

「失った信頼を取り戻すため…ではダメですか…?」

 

  張昭はスグに理解した。于吉のその解答がウソだと。

 

  彼女は今でも于吉の事は『信用』している。だが、『信頼』は端っからしていなかった。そして、于吉もその事を理解している。

 

  始めから無かったモノを『得る』ことはできても『取り戻す』などできない。故に彼の言はウソだと解った。

 

「………解った…」

 

  この男が嘘を吐いた…。

 

  まるで…何かしらのために――自分のために存在しないこの男が嘘を吐いた…。

 

  そこには…私を騙すという小さな意志ではなく、何かもっと…他の大いなる意志がある。

 

  要するに、この男は私にとって不利益になる嘘は吐いていない…。

 

「では…次の質問だ…」

 

 わずかな時間で彼女は憶測を交わし、自分を納得させると次の質問に入った。

 

「どうぞ」

 

  そんな張昭に相変わらず無表情とも微笑ともとれる表情で于吉は応える。

 

「此度の長沙侵攻、貴様等の同種が絡んでおるのか?」

 

「………」

 

  張昭の質問を聞くと于吉の表情は明らかな微笑へと変わった。

 

  それは決して張昭を嘲笑ったモノではなく、本当に楽しそうな意味を持った微笑だった。

 

「答えはいいえ、です…」

 

「………」

 

  今回も信じてない張昭は疑いの眼差しを于吉に向ける。

 

「今回は本当ですよ。我々とは似て非なる者による仕業です」

 

「似て…非なる者…?」

 

  于吉達――つまりは“管理者”という存在と似て非なる者とは一体どのような者の事であろうか。張昭には全く考えの及ばないところであった。

 

「えぇ…。寧ろ、我々――いえ、御老体方にとって目の上のたんこぶといった者です」

 

  『御老体方』と言い換えたのは于吉自身は違うと――彼は“管理者”でありながら、他の“管理者”とは違うと言外に示していた。

 

「そやつは何故そのような事を…?」

 

「さぁ…そこまでは私も解りません…。答えは神のみぞ知るといったところでしょう…」

 

  于吉は楽しそうな表情をそのままにおちゃらけた言葉を口にする。

 

「ふん…下らん…。どうせ貴様は神など信じておるまいに…」

 

  于吉の戯れ言とも思えるそんな言葉に皮肉を込めて張昭は言う。

 

「…いえ…信じていますとも…」

 

「何…?」

 

  意外な答えにまたも呆気に取られる張昭。

 

  それもそのはず。“管理者”という立場も相まって于吉という男は信仰心というモノとは縁がないと思っていただけに于吉の答えは意外過ぎるモノだった。

 

「意外だな…」

 

  故に彼女は滅多に聞かせない本音を口にしてしまった。

 

「意外でも何でもありませんよ。存在するモノを信じるのは当然でしょう…」

 

「……何んだと…?」

 

「………」
 
  しかし、幾らでもどうぞといったはずの于吉は張昭の心から洩れた質問を答える事はなく薄く微笑むのみだ。
 
「今からどんなにとばしても、明朝にすら間に合いますまい…」
 
 その代わりと言うのか、于吉は張昭に違う話題を振る。
 
「………」
 
 確かに于吉の指摘通りだった。今からではどうやっても長沙に着くのは昼をかなり過ぎた頃になってしまう。
 
 それでは遅すぎる。元から長沙には黄巾族による大した反乱もなかったため、大した数の兵士も有能な将も置いていなかった。
 
 故に于吉の言う六万の軍が攻めて来たら忽(たちま)ち総崩れになってしまうだろう。
 
「貴女さえ良ければ、送って差し上げますよ…?」
 
「………」
 
 于吉の提案は渡りに船、願ってもないモノだった。
 
 だが、そんな親切な行為もこの男が提案すれば警戒心を強めてしまうだけだ。
 
「…判った……。頼もう…」
 
 しかし、今の張昭にはそれしかとる道がなかった。
 
 正直、この男に頼るのは本意ではないが、今はそんな事に拘(こだわ)っている場合ではなかった。
 
「了解しました。では、此方に来て下さい」
 
 そう言われると張昭は于吉の言葉に従い、于吉に指定された場所に近付く。
 
「では、行きますよ?」
 
「―――っ!?」
 
 そう言うと張昭が返事をする間も無く、張昭の足元にいきなり魔方陣が出現し輝きだす。
 
 そして、魔方陣が輝きだすのとほぼ同時に張昭はその場から姿を消した。
 
「さて…私も退散しますか…」
 
 そう一人言をボヤキ于吉も姿を消した。
 
  于吉が姿を消すのと同時に虫や蛙の鳴き声が聞こえ始めてきた。
 
 
 
 
 
 
 
  張昭が長沙へと向かったのとほぼ同時刻。
 
  既に昼間に長沙へと進軍を開始ししていた黄祖率いる劉表軍は、丁度日が暮れた頃に長江の近くまでたどり着いた。しかし、日が暮れてからの渡河は危険との定石から当初の目的地であった夏江にはたどり着けず、長江のスグ近くで野営を行っていた。
 
  黄祖は出発の時宣言していた通り遅れた隊――遅れるという事は夏江にたどり着けないという事であるため、つまりは全軍である――の食料をいつもより減らした。
 
  ここで徹底してると思わせるのは黄祖自身も食料を減らしている事だ。
 
  全軍が遅れたのだから当然黄祖も遅れている。なので、自ら出した命令により黄祖自身も同じ懲罰を受けていた。
 
  当然と言えば当然の事だが、諸将の中には自ら出した命に自ら背き、その上自分の事は棚に上げ兵士には懲罰を課すという輩が少なくはない。
 
  そんな中にあり、黄祖の振る舞いは兵士の信頼を得ると同時に、宣言した懲罰は必ず実行するという事を示す事で兵士達に軍規を遵守させるという二つの意味があった。
 
  もっとも、黄祖自身はそんな事を計算して行った訳ではなく、それが人として当然の行動と思ったからやっただけだった。
 
  しかし、計算からくるモノではない事が逆に多くの兵士達の心を掴んでいた。
 
「うぅ〜〜、コレぽっちじゃ全然足りないのだ……」
 
  そんな軍の中ので場違いと思わせる幼い少女の不満たらたらな声が響く。
 
「あはは、それじゃ、りっちゃんに私のあげるね」
 
「にゃ、いいの?」
 
「もっちろん!りっちゃんは、今が育ち盛りだからね。い〜〜っぱい食べて、あーちゃんみたいなぁ、ボン!キュッ!ボーン!になってね!」
 
  一刀の世界では古臭い、最早使う者は少ないのではないかと思われる言葉を口にすると劉備こと桃瑚は張飛こと鈴々にほとんど手付かずの自分の食事を与えた。
 
「うん!鈴々、いっぱい食べて、愛紗よりもっとボン!キュッ!ボーン!になるのだ!」
 
「あはは、その時を楽しみにしてるねぇ〜」
 
  その言葉とは裏腹に表情は全く期待はしていないといったモノだった。
 
  しかし、鈴々は食事に夢中になり、そんなバカにしているとも思える桃瑚の態度に文句の一つも言わなかった。
 
「あーちゃんも一緒に食べればいいのに、ドコに行ったんだろうねぇ〜?」
 
  キョロキョロと周りを見渡しながら桃瑚はこの場には居ない愛紗の姿を探す。
 
  愛紗は陣を敷くとスグに何処かへ行きそれっきり帰って来ないのだ。
 
「只今戻りました」
 
  すると、計ったようなタイミングで愛紗が帰陣した。
 
「あ、あーちゃん、おかえりー。ドコ行ってたの〜?」
 
「本陣の方に。是非とも先鋒は我が隊にと、御願いをしに行っていたのです」
 
「へぇ〜、流石あーちゃん。殺る気満々だね♪」
 
  桃瑚は音符マークを付けながら、やる気を殺意の籠ったモノへと変換する。
 
  確かに戦において先鋒を願い出るのだからその解釈は決して間違いではないのだが、可愛らしい女の子が極上の笑顔で言うと逆に怖さが増す。
 
 余談だが、鈴々は食事に夢中で愛紗の帰陣に全く気付いていない。
 
「それで?どうだったの?」
 
「えぇ…すったもんだはありましたが先鋒は勝ち取りました」
 
  嬉しそうな笑顔を浮かべ言う愛紗。
 
 普通に考えて愛紗程の年齢――年齢は関係ないかもしれないが…――の少女がそんなに嬉しそうな表情になる内容とは思えないが、彼女は善くも悪くも闘いが好きなようだ。
 
「そうなんだ…」
 
 すると桃瑚の今までしていた明るい表情は愛紗とは逆に何とも言えない表情に変わる。
 
 恐らく今までは愛紗や他の兵士達に自分の気持ちを悟られまいと一生懸命楽しそうに振る舞っていたのだろう。
 
「…ぁ……」
 
  愛紗も桃瑚のその表情を察してその嬉しそうな表情を少し気まずそうなモノへと変わった。
 
「…すみません……」
 
「へ…?な、何であーちゃんが謝るの?」
 
「…いえ…桃瑚の気持ちも考えず、勝手な事をしてしまいました…」
 
  『勝手な事』とは先鋒を願い出た事だろう。
 
  愛紗達はまだ仕官して間もない。なので彼女等の軍内での地位は決して高くはない。
 
  その地位を少しでも向上させるには戦などで武功をたてるのが一番の近道であり、また彼女等にはそれができるだけの武力がある。
 
  愛紗は決して権力が欲しい訳ではない。自分達が大将になれば、楽に勝てる戦も増えるはず。それは愛紗が武力とともに併せ持つ統率力からくる自負であった。
 
  なので、愛紗はこういった戦の機会があれば是が非でも先鋒に任じてもらい、武功をたてて劉表軍での地位向上を計ろうとする。
 
「私の、気持ち…?」
 
「御自分で気付いていらっしゃらないんですか?」
 
「………」
 
  愛紗の言葉は決して呆れているといったモノではなく、本当は己の気持ちを判っているはずの桃瑚に対する確認だった。
 
 ちなみに鈴々は食事を終えたが二人は何だか難しそうな話をしているのでソッコーで眠りに着いた。
 
「…はぁ…あーちゃんには敵わないなぁ…」
 
  負けを認める言葉を言いながらも自分の考えを共有できる者が居る事に嬉しそうな表情を浮かべる。
 
「別にね、戦いを無くすための戦いは仕方無いって思うし、理解もできるんだけど…」
 
「確かに…此度の戦は戦火をただ広げるだけのモノです…」
 
「…うん…だから、あんまり乗り気になれないんだよねぇ…」
 
  愛紗は前に述べた通り善くも悪くも闘いが好きだ。しかし、愛紗の義姉たる桃瑚は違った。
 
  とにかく争い事が嫌いで嫌いで仕方無い。それにも拘わらず、彼女が隊を率いたりするのは争いを無くすため、天下泰平の世に少しでも早くするためだ。
 
  今回の戦もその天下泰平の世を創るためだ、と言われればそれまでだが、桃瑚自身がそれを聞いた訳ではなく、また例えそれを聞いてもとてもじゃないが桃瑚は納得できないだろう。
 
  とにかく、桃瑚は今回の戦に全くと言っていい程納得していなかった。
 
「…でも…やるしかないんだよね…」
 
「…はい…。残念ながら…」
 
  納得も何もない。自分達は劉表配下の武将なのだ。
 
  異議を唱えて、それを受け入れられないかった時点で彼女等の取る道は二つしかないのだ。
 
  劉表の命令に従うか、劉表の下を去るかの。
 
「おんなじ劉氏だから頼ったんだけど…これじゃあ…」
 
  たったそれだけの事で劉表を頼った桃瑚は良く言って天真爛漫、悪く言えばバカ。
 
  とにかく、桃瑚が劉表自身を直接見て決めた訳ではないのが今回の事態を招いてしまったと言っても過言ではなかった。
 
「私の知り合いに管輅(かんろ)という占い師と縁のある者が居ます。今度、その者頼り本当に劉表の下にあるべきか問うてみてはいかがですか?」
 
「…う〜ん…あんまりそうゆう神秘とか信憑性のない事には頼りたくないけど、今は藁にもすがる思いだし……そうしよっか!」
 
  そう言うと桃瑚は再び楽しそうな表情に戻る。それはとても作ったモノには見えなかった。
 
  桃瑚は今度愛紗が言う管輅という占い師に見てもらえば万事解決すると本気で思っているのだ。単純過ぎると思われるかもしれないが、それが桃瑚の良いところでもあった。
 
「………」
 
  そんな桃瑚に愛紗は少なからず不安をかんじるものの、大好きな義姉が笑顔になってくれたのが嬉しくてたまらなくて愛紗まで笑顔になってしまった。
 
  そして、桃瑚の本領は他人を安堵させるその笑顔なのだと改めて認識する愛紗なのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「本当に…敵がいる…」
 
  愕然とした声で男は呟く。
 
  日も暮れてかなり時間がたち深夜にさしかかろうという頃、張昭は長沙にある詰所に到着し、そこの兵士達を叩き起こした。
 
  詰所に居た兵士は約三千。その全員を深夜にも拘わらず軍行をし、黄祖率いる六万の兵が布陣する夏江の対岸に着いた。
 
  先程声を上げた男は詰所の責任者で今は暫定副官の地位にある者だ。
 
  副官の男も最初は張昭の言う事を信じられなかったが、目の前に居る六万の軍勢を見ては事実を受け入れざるを得なかった。
 
「言った通り、装備は全員弓だろうな」
 
  そんな愕然とした様子の副官を気遣う事もなく張昭は副官に確認をとる。
 
「…ぁ、はい…。しかし、本当に弓矢だけで良かったのですか…?武具は一通り、全員分用意できますが…」
 
「いや、弓矢でなければならない…。今回の戦いは援軍が来るまでの足止めだ」
 
「…はぁ……」
 
  正直、副官は張昭の考えが理解できていなかった。
 
  足止めをするにしても、弓矢だけというのは解せない。寧ろ、大楯を全軍に装備させた方が戦線を維持できるのでは、と思わずにはいられなかった。
 
  彼等――呉軍が布陣しているのは先程述べた通り黄祖軍の陣の対岸だ。
 
  対岸というからには二つの軍の間には河――長江がある。そして、両軍の目の前にはその二つの対岸を結ぶ――この時代にしては――比較的大きな橋がある。
 
  足止めするだけならば、その橋と周囲にある小さな橋を落とすのも手だが、それをすると援軍が来た時に自分達も攻め込み辛くなるため事前に張昭によりその策は却下されていた。
 
「伝令はこの辺一体で一番速い馬なのだろうな?」
 
「はっ!それは間違いありません」
 
「ここから建業まで大体どのくらいで着く?」
 
「寝ずにとばせば…明日の昼過ぎには…」
 
「成る程…」
 
  確かに速い馬だ。ならば、援軍が来るまで恐らく最低でも一日かかると考えるのが普通か…。
 
  それならば余裕だ。今いる手勢が私の思惑通り動いてくれるならばどうとでもなる。
 
  何としても、ココを死守する…!
 
  張昭は強い眼差しで対岸に居るハズの今は見えない劉表軍を睨み付けた。
 
 
 
 
 
 
 
 

「あ〜ん」

 

  場面は再び呉の建業へと移り変わる。

 

  雪蓮は保存食を大きく開いた口の中に放り込む。

 

  既に雪蓮はかなりの量を食べており、最初安春に話していた小腹が空いたと言っていた者が食べられる量ではなかった。

 

「ふぅ…。満足…!」

 

  そう言うと雪蓮は通常の状態より少し膨れた腹をポンポンと叩きながら、言葉通り満足そうな表情を作る。

 

  ちなみに安春は未だに気を失った状態のままだ。

 

「さぁ〜てと」

 

  そういうと地べたに座っていた雪蓮は立ち上がり片手に持った保存食を安春の開きっぱなしの口へぶちこんだ。

 

「ふごっ!!」

 

  いきなり口の中に保存食をぶちこまれた安春は流石に飛び起きた。

 

「ん…!(ゴクッ!)」

 

  そして、その保存食をほとんど噛まずに丸飲みした。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…。な、何するンですかぁーー!!」

 

  殴って気を失わさせ、更に気を失っている状態の時に食べ物を突然ぶちこまれ、流石の安春も我慢の限界らしく君主である雪蓮に怒鳴る。

 

「食べたね?」

 

「はい?」

 

「今、食べたよね!?」

 

「え、あ…はい…」

 

  今度ばかりは我慢ならんと怒鳴り散らすつもりでいたが、雪蓮の物凄いとしか言い様のない形相に結局怯み雪蓮の質問に答える安春。

 

「そ、それが何か…?」

 

「ふっふふふ…」

 

  食べたら何だと言うのか。雪蓮は安春の質問に答える事はなく不気味に笑う。

 

  何だかまた厄介事の予感がプンプンするので安春は逃げ出したい気分になるが、残念な事に出入口は雪蓮の真後ろにあるため動けずにいた。

 

「コレでお前も共犯者だーー!!」

 

「えぇーーー!!??んな無茶苦茶なーー!?」

 

「黙れー!!貴様は既に私の下僕なのだ!!」

 

  いや、確かに安春は雪蓮の配下の将だが…。

 

  些か――いや、かなり無茶苦茶な理屈で安春を配下――雪蓮曰く下僕――になれと安春に言う。

 

「てゆうか、どうして私が雪蓮様の盗み食いを協力せねばならんのですか!?」

 

「それは勿論、どんな部隊にも参謀が必要だからよ!」

 

「……え…?それだけ…?」

 

「だけって…なーに言ってんの!?参謀ってね、とーっても重要なんだからね!」

 

  安春とて部隊においての参謀の重要性は当然理解している。

 

  しかし、安春にしてみればアホ臭い事この上ない理由で巻き込まれ、しかも泥沼の予感がよぎる。

 

「ほぉー…鼠の正体は、我が君主でしたか…」

 

(どーして、こう悪い予感だけは当たるのかなぁ…?)

 

  殺気の籠った声を聞き、思わずそう心中でボヤク安春。

 

 雪蓮の後ろ――安春にとっては真っ正面にそれは現れた。

 

「や、やぁ…揚羽(あげは)…元気?」

 

  雪蓮は殺気の籠った声の音源――太史慈こと揚羽に向き直り、その場に似つかわしくない殺気を放つ揚羽(太史慈)にこれまたこの場に似つかわしくない言葉で話しかける。

 

  しかし、自らの君主である雪蓮のご機嫌を伺う言葉に揚羽(太史慈)は表情を崩す事なく威圧をし続ける。

 

「ど、どうして…今居るのかなぁ…?」

 

「あれ程何度も休憩時間を狙われれば、時間をずらすのも当然でしょう…」

 

  時間外にも拘らず、食糧庫の番をしている事を不思議に思い質問をするが、スグに揚羽(太史慈)の答えに雪蓮は納得する。

 

「何度もって、今回が何回目なんですか?」

 

「かれこれ十数回…かな…♪」

 

  揚羽(太史慈)の説明を聞いても未だに納得できないのか、安春は雪蓮に質問する。

 

  雪蓮はその質問に可愛らしく小首を傾げ、上目遣いで無駄に可愛く答える。

 

「かな…♪じゃないでしょーー!!可愛く言ってもムダですよ!!十回以上も同じ手口を使えばバレるのも当然ですよ!!」

 

「あ、やっぱり?イヤー、やっぱり参謀は必要だねぇ〜♪」

 

  十回以上と意識していれば流石に雪蓮でも多少危惧するだろうが雪蓮は細かい事――コレが細かいかどうかは疑問だが――は気にしない質なのでそもそも回数を数えてすらいなかった。

 

  なので、参謀云々(うんぬん)以前に雪蓮の常識の欠如が問題だったなのではと思われる。

 

「参謀の重要さを知って早々で悪いんだけど…安春、少しでいい。アイツを足止めしてくれる…?」

 

  と、雪蓮は某赤いあくま風に安春に死刑宣告を行った。

 

「…雪蓮様…足止めしろと言いましたが、別に逃げても構わんのだろう…?」

 

「安春…――ってダメに決まってるでしょう!!」

 

  コチラも某赤い弓兵風に死亡フラグ立てまくるのかと思われたが、同じなのは雰囲気だけで台詞は全く真逆の生き延びる気満々のモノだった。

 

  勿論、雪蓮は理不尽な命令を受け当然のように反発した安春の言葉を許す訳なく物凄い勢いでツッコミをする。

 

「嫌に決まってるじゃないですか!!相手はあの太史慈ですよ!?対抗できるのはアンタか思春ぐらいでしょう!?大体アンタ喧嘩大好きでしょうが!!」

 

  敬語を使ってはいるが、最早雪蓮をアンタ呼ばわりするなど君主として敬っているのか疑問に思われる態度で安春は雪蓮にツッコミをいれる。

 

「私が好きなケンカは終わった後に、『やるじゃねぇか…』、『フッ…テメェもな…』的なノリの一昔前の青春物語モノであって、勝っても負けてもドロッどろの展開になること請け合いのケンカなんてゴメンこうむる!!」

 

「それは私も同じですよ!!まだ死にたくありません!!しかもこんな下らない理由で!」

 

「大丈夫!安春なら勝てると思うよ?」

 

「疑問系じゃん!全くんな事思ってないですよね!?」

 

「えぇーい!!いいから君主の言う事をききやがれェー!!」

 

「アンタ最低の君主だよ!!」

 

  などと醜い言い争いを続ける二人。

 

  しかし、そんな二人の言い争いを冷めためで見続けていた死神はいい加減痺れを切らした。

 

「どちらも、逃がしませんよ…」

 

  低い怒気を通り越し殺気を帯びた声が再び響く。

 

  そして、二人は漸く認識する。今、戦うべき相手は揚羽(太史慈)なのだと。

 

  まぁ、安春からしてみればどちらも敵認識なのだが、今は共通の敵である揚羽からなんとしても逃げ切らなければならなかった。

 

「…さぁ…二人とも…覚悟は、できてますか…?」

 

  一歩踏み出す揚羽。

 

「いやぁ…覚悟って、そう簡単にできるモノじゃないよ…?」

 

  雪蓮は穏やかな口調でもっともらしい事を口にする。

 

 雪蓮が言うとどーも説得力に欠けるのだが、横では安春がものっそい勢いで首を縦に振る事で何だか必死さが伝わり、説得力が出てきたと錯覚してしまえそうだから不思議だ。

 

「できましたね?」

 

「いや!できないって言ったばっかだよね!」

 

  しかし、揚羽にはその必死さも罪人の戯言としか伝わらず、無理矢理了解を得ようとする。

 

  安春は何としても逃げ切るために必死に時間を稼ごうとするが、最早の目の前に居る死神と化した揚羽には伝わらなかった。

 

(もうダメだ…!)

 

  安春が諦めたその時――

 

「雪蓮!!」

 

「め、冥倫!?」

 

  突如、周瑜こと冥倫が現れた。

 

  周瑜は焦った様子で雪蓮の名を叫び、見付けた雪蓮に近付く。

 

「め、冥倫…コレには海よりふか〜い訳があってね…」

 

  揚羽の折檻に冥倫説教。それだけは勘弁してもらいたい雪蓮は周瑜に言い訳をする。

 

  安春は『実際はただお腹が減っただけていう、足湯より浅い理由のクセに』と思ったが、雪蓮が許されれば自分も許されるだろうと考え何も言わなかった。

 

「そんな事はどうでもいい!早く来い!」

 

  周瑜は焦った様子で雪蓮の腕を引き蔵からでようとする。

 

「え、あ、ちょ、冥倫?」

 

  そんないつになく焦った様子の周瑜に雪蓮まで動揺する。

 

「待たれよ、周瑜殿!」

 

  揚羽が犯人を逃がしてなるものかと周瑜に食ってかかる。

 

「太史慈、それに呂蒙も付いて来い!」

 

  しかし、周瑜は揚羽の言葉に従う事なく雪蓮を連れて行こうとし、更には揚羽や安春にも同行を命じる。

 

「ど、どうゆー事なの、冥倫?」

 

「後でまとめて話す。とにかく今は軍議室へ行くぞ!」

 

  何故軍議室に向かわねばならないか解らないまでも緊急事態だという事だけは流石に理解できたので、周瑜のその言葉に逆らう者は最早居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつの間に…?」

 

  氷結系を思わせる薄い赤い色の三編みの長い髪を持つブルーフレームの眼鏡をかけた少女は表情こそ変わっていないが、動揺を隠せない様子だった。

 

  昨晩布陣した時には影も形も無かった敵の姿いきなり現れたのだからそれも当然と言えよう。

 

「敵もやるなぁ…」

 

  動揺するべき場面にも拘わらず、総大将たる黄祖は動揺というより歓喜の感情が表れていた。

 

「……どうする…?」

 

「まぁ、じっくりいくさ…」

 

「……短期戦がいい…」

 

  敵の数は今はまだ三千人ちょっとだが時間をかければ敵に援軍が来てしまう。

 

  故にカイ越が短期戦を望むのも当然だった。

 

「イーや!!ダメだ!敵はぜーいん弓矢を持ってやがる。今、橋を渡ったらソコを狙われて大打撃だ!」

 

  黄祖の言う通り偵察部隊からの報告では敵部隊の装備は全員弓矢という偏ったモノだと聞いている。

 

  通常そんな装備有り得ない。懐に入ってしまえばこっちのモノだ。

 

  しかし、近くにあった小さな橋は全て落とされていたので、そこまで行くには目の前の橋以外の進路がない。

 

 比較的大きいと前記したが、そうは言っても鎧などを装備した兵士は一度に十人程度しか通れない。部隊を大きく展開できるなら弓矢での被害はあまり気にする程大きな被害にはならないだろう。

 

  しかし、橋を渡る時に部隊は当然密集する。そこに矢の雨が降り注げば被害は少なくはないだろう。

 

「…そうやって時間を稼ぐのが…敵の狙い…」

 

  その通りである。

 

  張昭はわざと偵察部隊を見逃した。それは黄祖側にコチラの装備を見せるためだ。

 

  通常、自軍の情報を敵に晒(さら)すなど愚行もいいところだ。

 

  自軍の情報が敵に知れ渡れば対策を立てられ、自軍の作戦も完璧ではないにしろある程度読まれてしまう。今回が良い例だ。

 

  装備がバレただけで黄祖に簡単に狙いがバレた。

 

  しかし、ここからが張昭の真骨頂だ。

 

  前にも述べた通り張昭はあえて偵察部隊を見逃した。何故なら、この戦での張昭達の役割は時間稼ぎだからだ。

 

  対策を立てられる危険があると前記したが、今回の戦いにおいて対策の立てようがないのだ。

 

  浅瀬を見付けソコを徒歩で渡ろうとしても、舟を使い渡ろうとしてもどちらも進軍速度がかなり遅いため確実に張昭軍の弓の餌食となってしまう。

 

  要は対策の立てようのない作戦は漏洩されても抑止力となるのだ。その引き金を引くのが敵軍――ここでは黄祖軍――だとすれば尚更である。

 

  張昭は全軍に弓矢を装備させるだけで自分の任務を果たしたも同然だった。

 

「わーてるっ、んなこたぁ!でもなぁ!オラァ、ウチの部下どもをムダに失いたくねぇーんだよ!!」

 

  ただ今回の張昭の策は敵軍の指揮者がある程度優秀且つ兵士を労る情け深い者――つまりは、黄祖でなければ通用しなかったであろう。

 

  しかし、張昭とて当然黄祖の性格は聞き知っており、その上で今回の策に踏み切った。

 

「……そう…。…じゃあ、どうするの…?」

 

「敵の援軍が来るのを待つ!!んで敵が渡って来たら同じ事をしてやる!!」

 

  『同じ事』――つまり、橋や舟を使って渡江しようとしてきた時矢を降り注ごうということだろう。

 

「……そう…。判った…」

 

  口ではそう言いつつもカイ越は内心面倒くさいと思う。

 

  黄祖の提示した策はリスクが高過ぎる。多少の被害を出してでも今攻めて敵を倒すべきだとカイ越は思っている。

 

  しかし、カイ越はそれを口にしない。どうせ言っても黄祖は聴かないだろうと判っているからだ。

 

  正直な話、カイ越は今回の人事に不満たらたらだった。

 

  何せ黄祖はカイ越が最も苦手とする分類の将――快男児だからだ。

 

  優秀ではあるが性格的に人道だとか何だとか個人の意見を尊重する面倒くさくてたまらない男なのだ。

 

  一方カイ越は、結果第一主義であり、過程でどれだけの被害が出ようとも勝利のためには仕方無いと割り切れる――非情とも言える分類の人間だった。

 

  とはいえ、いくら不満を述べたところで劉表の命令ならば覆る事はないだろうと判っているためにカイ越は黙って従軍し、極力口を出さないと決めていた。

 

  だが、今回、ここでカイ越が無理矢理にでも黄祖に軍を動かせれば少なくとも、現時点で長沙攻略はもっと違う結果になっていたとカイ越自身も後に思う事になる。

 

  果たしてここで問題があったのは、言っても聴かないと決め込み強く進言しなかったカイ越か。はたまた、今回の軍師であるカイ越の意見を求めず、また数少ない意見を尊重しなかった黄祖か。

 

  とにかく、事態は確実に未だに数で勝る黄祖軍を劣勢へと追いやっていた。

 

 

 

 


あとがき

 

ども、冬木の猫好きです。

 

今回から戦争パート突入です。

 

最近、一話一話が長くなって恐らくウザいなぁ、とか思っていた人も多々居ると思うので分量を減らそうとしたため、前回のあとがきで二回位と言っていましたが、思ったより長くなりそうな予感…。

 

さてさて、大活躍(?)の張昭ですが実際に孫策の代には内政だけではなく軍事まで任されていましたが、実際に戦場に出て指揮を執ったかどうかは知りません。なので、悪しからず。

 

まぁ、戦争での弓矢云々というのは未熟な私の理論なのでツッコミどころ満載だと思いますが、重ね重ね悪しからず。

 

ではまた次回の更新の時に。

 

 

 

豆知識コーナー

 

先ず最初に前回の羅漢中が『三國志演義』の成立させたのは元の時代と言いましたが、正確には元朝末から明朝の最初の頃という感じでした。間違った認識を与えてしまい申し訳ございませんでした。

 

さて、今回の豆知識では後漢王朝における皇帝についてです。

 

そもそも、宦官(かんがん)――イチモツを取り除かれた官僚――や外戚(がいせき)――母方の親族――は皇帝の権威があれば台頭する事なんて有り得ないのです。

 

しかし、皇帝の権威の失墜は後漢王朝成立後スグに起きる。

 

後漢王朝最初の皇帝――光武帝こそ即位した時は31歳で、以後30年在位し続けますが、30代で即位したのはこの光武帝一人。次の二代目皇帝は29歳ですが、実は20代での即位も彼一人。

 

それ以降は10代、もしくはそれ以下の一桁の年齢もしょっちゅうある位皇帝が若い――と言うか幼いのレベルまでの年齢で即位するので、そんな幼い皇帝が政治ができる訳もなく結果、宦官や外戚などが執政権を握り、互いに執政権を巡り争うという事態になった。

 

幼い皇帝の一番良い例が五代目皇帝。なんと、生後百日で即位します。

 

しかも酷い事にその皇帝のほとんどが早死にする始末。加えて言うならほとんど死因は不明。

 

宦官や外戚が互いに自分の権力のために皇帝すら暗殺したと予測される。

 

ともあれ、こんな若年早世の皇帝ではまともな国ができるハズもなく、かくして黄巾の乱をきっかけに後漢王朝は滅亡の一途をたどったのだった。





始まる戦い。
美姫 「一体、どうなっていくのかしらね」
さてさて、どうなる、どうなる〜。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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