さてはて、前回、雪蓮の羨ましいお別れの挨拶を受け旅に出た一刀。

 あの時の感触がまだ唇に残っている様な気がする。

 しかし、それより何より、呉の人々の刺すような視線(ぶっちゃけ殺気)が身体(からだ)の芯まで染み付いてる。

 特に周瑜は桁違いだった。








第五章:吉日in洛陽








 旅をするに当たってやはり一番最初に向かったのは洛陽。

 王朝が荒廃しているとは言うものの仮にも首都。

 やはり、市なども賑わっている。

 帰る手段を探すと言っても、さすがに何の手掛かりも無しに探し出すコトは不可能なので、目下は『手掛かりの手掛かり』探しをしている。

 かといって何をしているかと訊かれれば、何もしてないと答えるしかない状態である。

 しかも、洛陽に来るまでに野宿をしたり、盗賊に襲われたりなど正に踏んだり蹴ったりだ。

(
こんなコトならもうちょっと、雪蓮の元で働いて、手掛かりを掴んでからの方が良かったかな?)

 心の中で愚痴りながらも、今さら遅い、と自分に言い聞かせる。

 そして、一刀は用足しに広場の公衆トイレに向かう。

 中国の公衆トイレといえば一刀が居た時代でも劣悪な環境であるが、何故かこの世界のトイレは現代の日本並みに綺麗だった。









 時は遡る。

 場所は宦官たちが蔓延(はびこ)る宮廷。

 黄巾の乱により地に堕ちた朝廷の本部である。

「どうだ?」

 中年を通り過ぎ老年に差し掛かろうかという、立派な髭を生やした男が部下と思わしき男に話かける。

「い、いえ…、申し訳ございません、何進大将軍様」

 部下は怯えた様に男−何進−に報告をする。

進「…………」

 黙り込む何進。

 そんな何進の重い空気を受け、部下も黙り込む。

「とにかく、何があっても捜しだせ。だが、宦官の奴らにこの事を知られぬようにやれよ!」

「「ハッ!」」

 怒号とも取れる何進の命令を受け、部下たちは迅速に各々の持ち場に散る。

「何進大将軍様」

 部下たちが散るとスグに若い女性(身長は155p程度で、髪はサラサラで茶色の顎ぐらいの長さである。胸は平均以下といったところだ。)が部屋に入り、何進に近寄る。

「む?皇甫嵩(こうほすう)か?貴君の方はどうであったか?」

 皇甫嵩と呼ばれた女性は質問をされると、恭しく一礼し、片膝を着き報告をする。

「ハイ。残念ながら、こちらも何も

 皇甫嵩は先程の部下と違い、怯えた様子は無く、ただただ残念そうに言う。

 だが、普通の者には見分けれない程の声と表情の変化であるため、誰も彼女のその想いを読み取るコトは不可能であった。

「……そうか」

 今度はイラついた様子も無く応える何進。

 その表情は『皇甫嵩でもダメか…』と言った感じだ。

「皇甫嵩、こたびの件、貴君はどう思う?」

「どう、言われますと?」

「こたびの件には宦官の連中が一枚噛んでると思うか?」

 今までの威厳が嘘の様に、怯えた様子になる何進。

「いえ、恐らくそれは無いかと

 そんな何進とは対照的に落ち着き払った雰囲気で答える皇甫嵩。

「な、何故そのように言い切れる?」

 心配性なのか、そんな皇甫嵩の意見に納得出来ない様だ。

「恐れながら、大将軍様、宦官たちがこんなにも安易に事を起こすとは到底考えられません。そんな事をすれば、各地の有力者たちに攻める口実を与えるコトになるからです。それは宦官たちも望む所では無いかと…」

「そ、そうか…。いや、儂も少し考えれば解ったモノを…。どうやら気が動転していたようだ

 ハハハハ、と乾いた笑みを浮かべながら、安心した様子になる何進。

「では、貴君も引き続き捜索を頼む」

「御意」

 またも皇甫嵩は恭しく一礼し、退室する。

 あの様な自らの保身に走る者が大将軍か

 いや、朝廷の決めたコトだ。

 不満はあっても疑問はない。

 この身は漢王朝のタメだけに









「はぁ〜

 息を吐きながら用を足す一刀。

 極楽極楽といった表情である。

 その様子は親父臭すぎる。

 ガタガタ

 すると何処からか物音が聞こえてきた。

 その音のする方−小さな子どもが一人通り抜けれるかどうかといった小窓− を一刀は見る。

 すると、その小窓から人影が見えた。

 少女だった。

「なんと、しもじもの者の厠(かわや)であったか…」

 堂々と一刀を気付いた風も無く、ボソリと呟く。

 当然トイレは男女に分かれている。

 そう。ココは男子トイレなのだ。

 一刀は思わぬ展開に口を大きく開き唖然、呆然といった表情のまま固まる。

 まぁ、いきなり男子トイレに少女が窓から入ってきた時の、ある意味当然の反応である。

「む?」

 そんな一刀に初めて気付いた謎の少女。

 その少女はとても綺麗な黒い長髪で年頃は8、9才程度であると思われる。

「あぁ、気にするな。しもじもの者の生理に興味はない。続けてかまわん」

 尊大で傲慢な態度で一刀なんてout of 眼中といった表情で一刀に続きを促す少女。

「ふむ…」

 すると、いきなり頷きながら少女は一刀を一瞥する。

「しもじもの者にしては、中々良い服を着ておるな」

 いや、そりゃ、仮にも雪蓮が調達してくれた服だしさじゃなくて!

「誰だよ、お前!?

 何とか我を取り戻し、常識人()として最低限のツコッミをする一刀。

「むむ……。誰…だと?」

 すると少女はいきなり顔を俯き、何かを考え始める。

 しばらくして、少女は顔を上げ、

「一葉(いちよう)だ…」

 と、小さな声で答えた。

「え?何?」

 いきなりボソリと呟いたタメ、一刀はイマイチ聞き取れなかったらしく名前を聞き返す。

「妾の名は一葉だ!」

 今度は力強く一刀に自らの名を告げる。

「ふぅん…じゃなくて、俺が聞いてるのは何処の子かってコトなの!だいたい、名前聞いただけで何処の誰かわかる訳ないだろ!」

 さすがに長いツコッミを息も吐かずにしたタメ、ゼハァー、ゼハァーと息切れを起こす一刀。

「何処の、誰か…だと?」

 すると、また顔を俯き考え始める。

「わ、妾はお前の様な、しもじもの者に素性を明かせる程易い存在ではないのだ!」

 何かツコッミ所満載の答え、というか言い訳だ。

「ふぅん…あっそ…」

 一刀は話を聞かずに手を洗い始めた。

 もう興味無いといった様子で一葉の言い分をロナウジーニョでも反応出来ないスルーを敢行する一刀。

 テテテッテッテー

 一刀はボケ殺しを覚えた。

「お前!信じておらぬな!?

 そんな一刀に必死で本当なんだぞ!っと主張する一葉。

 だが、残念なことに一刀は既に『ボケ殺し』のスキルを覚えてしまったタメ、ハイハイ、と気の無い返事をするばかりであった。

「それで、そんな高貴なお嬢さんがなんだってこんな所にいるのかなぁ?」

 まるで赤ん坊にでも話し掛ける様な、なめきった態度で仕方無しに話を再開する一刀。

「ふむ…。実はな、妾は以前から窮屈な生活をしていたのだが、最近はさらに拍車が掛かって…もう、窮屈で堪らんのだ…。そこで、妾は特に忠実な従者に逃走の手引きをさせ、現在は目下逃亡中なのだ!」

 そんな一刀に気付いているのか、いないのかはわからないが特に気にした風もなく答える。

 一葉は最初は悲しそうな表情だったが、逃亡中なのだ!と言った時には年相応の無邪気な表情で話す。

 いきなりの展開に着いていけなかったが一刀だが、一葉の話を聞き、もう一度ちゃんと一葉を見てみると、髪もそうだが、明らかに高そうな服を着ていた。

 コレは高貴な所の娘なのはホントかも…。

 なら、衛兵か誰かに預けた方がいいのかも…。

 だが、その前に…

「とりあえず、ココから出ようか…。」

 そうなのだ。

 一刀と一葉と名乗る少女が今までのやりとりを繰り広げていたのは男子トイレ。

 外からは「何だ、何だ?」、「少女をトイレに連れ込んでる奴が居るんだ…」、「変態か!?」などといった声が聞こえてくる。

 まだ一刀は変態のレッテルを貼られたくないので、さっさと一葉を連れてトイレから出る。

 ひとまず、衛士たちに見つからなくてよかったぁ…。

 そんなコトを思いつつ、一刀は一葉を連れ路地まで歩いていた。

「他の従者はお前のコトを心配してるンじゃないか?」

 しゃがみこみ、一葉と同じ視点で話し掛ける。

「捨て置け。元より妾の真の従者は一人じゃ」

「いや、そう簡単には高貴な所の娘なら従者も今頃おお――――

 ギュルルルル〜〜〜

 大騒ぎだと一刀が言おうとすると、いきなり物凄い腹の虫が鳴った。

 すると一葉は下を俯き、ムムム、と唸る。

 どうやら先程の腹の虫は一葉のモノらしい。

刀「ハハ……。とりあえず、何か食べようか…。」

 ちょっと控え目に提案する一刀であった。







 宮廷では未だに騒ぎは収拾出来ず、衛士や宦官の息のかかってない役人たちは慌ただしく動いていた。

 そして、宮廷の中庭に一人寝ている人影がある。

「はぁ〜〜〜あ。……ダルいなぁ…今日は…」

 慌ただしい雰囲気の中に一人だけ明らかーに場違いの空気を放ち、寝っころ転がる者が居た。

 その者は女性で、身長は160p程度、床に着きそうな程長い銀色の髪を先の方だけ結び、胸は呉の爆乳軍師二人と同じ位の大きさだ。

「『今日は』ではなく、『今日も』ではないのか、朱雋将軍…」

 そんなだらけた朱雋に話し掛ける生真面目なことこの上無い人物、皇甫嵩が呆れたといった表情で朱雋に話し掛ける。

「んぁ?なんだ、椿(つばき)

 興味無さげに皇甫嵩の真名を呼び、皇甫嵩への返事とする。

 真面目な皇甫嵩にしては珍しく、そんな朱雋の態度を許している節があるらしい。

 いや、どちらかと言えば、諦めているの方が正しい様だ。

 ただ、皇甫嵩は同じ漢王朝に仕えている者として、朱雋のことは信頼してはいる。

 最も、朱雋の場合は漢王朝と言うよりも、劉協個人に仕えているといった表現が適格であると思われるが。

「んで、何か用か?」

 ダルンとした雰囲気で寝たままなのは相変わらずだが、話には応じるらしい。

「何だも何も、貴公、報告はどうした?既に定刻は過ぎているぞ」

 朱雋は普段からこんなふざけた雰囲気だが、仕事はこなすので何かあったのかと気にしている様だ。

「別に〜。ただ、特筆して報告すべき事が見つからなかったから行かなかっただけだよ〜」

 朱雋は寝たまま、今度は皇甫嵩に背を向け、片手をひらひらさせている。

「貴公、いい加減にしろ!職務怠慢も甚だしいぞ!」

 そんないい加減過ぎる朱雋に遂に声をあらげる皇甫嵩。

 今回の事件は朱雋が誰よりも深く敬愛する劉協の事に関わるコトと理解しているにも関わらず、全く動こうとしないからだ。

「わ、判ったよ。判りましたよ…!報告に行くよ。怖いなぁ、もう…」

 流石にこれ以上シカトをすると不味いかな。

 椿は仕事のことで怒らすと面倒だからな…。

 そんな事を思いつつ、立ち上がる。

 しかし、今度は仕事以外のコトで皇甫祟を刺激する言葉を口にする。

「そんなんじゃ、いつまで経っても嫁にいけないよ?」

 ピキッ

 空気が凍りついた。

「それとコレとは、関係無いだろ……」

 背後に何かどす黒いモノを背負い、朱雋に無表情で、静かに反論する。というか、口調が変わってる。

 そのオーラは半径500mの鳥や動物が一斉に避難し始める程恐ろしいモノであった。

「では、何故未だに恋仲になった者がいないの?」

 しかし、朱雋はそんな皇甫嵩のオーラを受けつつも、ニヤニヤとした表情のまま、更に刺激する様な言葉を口にする。

「黙れ…。私は漢王朝に仕える身だ…。そんなモノに現(うつつ)を抜かしている暇など無いのだ」

「それが本当に原因か?」

 朱雋はニヤニヤとした表情で追及をする。

 

「その小さな胸のせいではないのかな?」

 遂に彼女の確信をおもいっきり突いた。

 ピキッ

「貴公の様な胸はただ邪魔なだけだ!もう一度言うが、私はそんなモノに現を抜かしている暇など無いのだ!!」

 今までは静かに怒っていたが、胸が云々辺りの話で遂にぶちギレ始めた。

 どうやら気にしていたようだ。

「そうなのよ…。はぁ…、ホントに肩とかこって大変なのよ…。いいわよねぇ…小さいって…」

 朱雋は肩を軽く揉む仕草をしながら皇甫祟を憐れむ様な視線を向ける。

 その視線はしっかりと皇甫嵩の胸を捉えていた。

 その言葉と視線は皇甫嵩をさらに怒らせたようだ。

 皇甫嵩の体がプルプル震えている。

「それに男どもから好奇の視線を受けなくてすむようだし」

 プッツン

 何かが切れた。

「い、いい、言わせておけば、イイ気に、なな、なりやがってーーー!!」

「じゃ、私、報告に行ってくるから!バイバイ!」

 流石は朱雋。

 これ以上は危ないという寸分違わぬ判断の元、神速をもって離脱した。

「あ、く…」

 後に残ったのは朱雋を取り逃がした悔しさと、あのような事で心を乱した己の未熟さに苦々しい顔をしている皇甫嵩だけだった。








 一刀は一葉を連れて繁華街へと来ていた。

「のぉ、アレは何だ?」

 物珍しそうにキョロキョロとしていた一葉はおもむろにある店に置いてある食べ物を指差す。

「ん?アレか?」

「うむ。そうだ」

「アレは点心だ」

 そう言いながら一刀は一葉を連れ、店の前まで行く。

「買ってみるか?」

「うむ!」

 とても嬉しそうな表情をし、かわいらしく首を縦に振る一葉。

 その表情がとてもこの少女に似合っていた。

 だが、何故か出会ったばかりにも関わらず、この娘のこういった表情は貴重だと感じてしまった。

「む!一刀!」

「えっ?何?」

 すると、いきなり一葉が一刀の腕に抱きついてきた。

 これには流石の一刀も驚く。

 こんな小さいとは言え、仮にもかわいい女の子に抱きつかれ倫理的にマズイと思いつつも、ついドキドキしてしまう。

「父様、さ、早く店に入りましょう!」

 いきなり、1オクターブぐらい声を高くし、一刀を父と呼んだ。

「は?おま、いきなり何を!?

 すると、一葉は小さな手で数名の男たちを指差した。

 ん?アレは衛兵か?

 あぁ、だからいきなり『父様』なんて呼んで一般人のふりをしようとしたのか…。

 だがな、ちょっと『父様』は無茶があるじゃないかな…。

 俺が父親はなぁ…。

 せめて兄ぐらいが限度だろ…。

 まぁ、仕方無い。のってやるかぁ…。

「わかったわかった。だからそんなに引っ張らないの」

 そうして、一刀たちは演技のおかげかどうかは定かでは無いが、衛兵に気付かれること無く、店の中へ入れた。

「オッチャン、点心2つ!」

「あいよ!ちょっと待ってな!」

 その店は小さく、とてもじゃ無いが繁盛しているとは言えそうになかったが、一刀はこの店が美味しいと言う情報を得ていたタメ、不安な感じている風もなく、普通に注文をし、待っていた。

 しかし、一葉は待っている間、物珍しそうに店内を見渡し、ワクワク、ワクワクと言った感じで落ち着きがなかった。

 一刀はそんな一葉の姿を微笑ましく見ていた。

「はいよ!点心2つ!」

 あまり時間を置かず注文した点心が出てきた。

「うん。美味しい!」

 一刀はホクホクの点心にかぶり付き、情報通りだと笑みを浮かべる。

「……………」

 しかし、一葉は軽く俯いたまま食べようとしない。

「どうした?美味しいぞ?」

 そんな一葉を見て一刀は食べるよう促す様にもう一度点心にかぶり付く。

「わ、妾は……誰かが…毒味をせぬと……」

 俯いたまま、一刀にしか聞き取れない小さな声で理由を話した。

 その言葉で一刀は何となくであるが、この少女の送ってきた人生を感じとる。

 この娘は毒味役が居ないと食事もできない悲惨な目にあったんだ、と。

 卑劣で穢(きたな)い奴らが、この娘がまだこの世の穢れを受けていない時、この娘の心に決して消えないキズを付けたのだと。

 一刀は不意に呉に居た時に会った、あの小さな暗殺者の顔が浮かんだ。

 きっとこの娘はあの悲しい少女とは違い、あんな末路はたどらない。

 そう。

 あの小さな暗殺者とこの娘は見た目からなにまで全く違うのに、何故かあの小さな暗殺者の顔と今のこの娘の顔が重なった。

「……あ」

 すると一刀は一葉の点心を小さくかじった。

「うん!美味しいよ!」

 一刀は点心をかじった後に一葉を安心させる様に優しく微笑みながらそう言い、点心を一葉に渡した。

「………うむ!」

 そして、一葉は安心したように差し出された点心をその小さな口で食べた。

 その安心は安全だとわかった事に対するモノではなく、一刀の優しい微笑みに対するモノだった様に思われた。

「では、次はアレだ!」

「はいよ。オッチャン、焼売(しゅうまい)頂戴!」

 そうして、一葉は一刀と今までの人生で一番甘美なる一時を過ごしたのだ。

 その時の二人は血も繋がっておらず、共に過ごした時間も少ないが、間違いなく親子だった。








「うむ!妾は満腹だ!」

 そう言いながら、見た目には何の変化も見られないお腹をさする一葉。

 だが、一葉の目の前に積み重ねられた皿の数はゆうに30を越えていた。

 うん。満足して貰えた様で何よりだ。

 だが、一様計算し節約をしていた財布の中身は更なる過酷な道を歩めと我に言うておるわ。

 もう、泣きたい気分、といった表情の一刀である。

 すると、そんな一刀を見て一葉はふむふむ、と頷き店主に話し掛ける。

「時に店主。その方、納税はキチンとしておるか?」

 そんな言葉を店主に投げ掛けた。

「ぁ…ぇ………」

 すると、店主は小さく声を上げ一歩後ずさる。

 恐らく、キチンと払っていないのだろう。

 一葉の表情は既に少女のモノではなかった。

「どうだ、今回のはお主が個人的に馳走したという事に―――」

 ドンッ

 すると一刀は立ち上がり代金を置いた。

「ごちそうさま」

 一言険しい声で言い、一刀は一葉を引っ張る様に連れて店を出た。

「お、オイッ!どうゆうつもりだ?せっかく妾がお主タメに――――

「人の弱味に付け込んで!そんな生き方楽しくないだろ!」

 一刀は一葉を叱るように怒鳴った。

 すると、一葉の表情は一瞬凍りついた様にひきつり、スグに顔を附せた。

「楽しんでなど……いられるか…。弱味を見せれば…生きていけぬ…」

 一葉は顔を上げる。その目には涙が溜まっていた。

「五歳の時に…毒を盛られた…」

――――っ」

 思わず一刀は息を呑む。

「親戚や!実の姉や!兄に!」

 一葉はまるでその記憶を吹き飛ばそうとする様に、イヤイヤと首を左右に振る。

「弱味を見せれば…生きてはいけぬ!隙を見せれば、己が死ぬ!それを見せ付けられたのだ…」

 少女――一葉――はそう言うと再び俯いた。

刀「一葉…」

 自分にできる最大の優しさを込めた手を差し出す。

 パチンッ!

 しかし、一葉はその手を弾いた。

「触るなッ!」

 そう叫ぶ様に言い、一葉は走り出した。

「一葉ッ!」

 クソ…俺はいったい何を…。

 傷付き、怯える様に震える少女に自分は結局何も…。

 クソッ!

―――!」

 しまった!

 一葉が走っていった方には『市場(しじょう)』が!

 ソレに気付き一刀は一葉の後を追い走り出した。








 この町には『市場(しじょう)』と呼ばれる寂れた商店街の様な場所がある。

 コレは『市場(いちば)』とは異なる。

 『いちば』とは普通の商業の許可を得ている人々が普通に店を経営している。

 だが、『しじょう』には違法の商業−それこそ人身売買などといったもの−をさも当然の様に行ってるのだ。

 当然、そこの人々は商業の許可など得ていない。

 にも関わらず、そこに居る者で誰一人取り締まられた者は居ない。

 それは何故か?

 理由は単純だ。それは宦官たちが『しじょう』をよく利用しているタメだ。

 そのタメ、宦官たちが取り締まりをさせないのだ。

 さらに言うなら、ソコに居る人々は違法の商業を営んでいるタメ、ソコは正に治外法圏なのだ。

 つまり、ソコに住んでいる人々には護ってくれる法がない。

 逆に言えば守るべき法も無いのだ。

 例え、人を殺してもソコでは罪に問われない。

 ソコに一人の綺麗な黒い長髪の少女が走っていた。

「ハァ…ハァ…ハァ、妾としたことが、たかがあやつごどきに何をムキに――――」

「おぉっ?服だけじゃなく、髪も上等だな」

 すると、少女の綺麗な髪は汚い男の手に触られていた。

「久しぶりに良いもんが喰えそうだな!」

 振り返るとそこには6人の男が居た。

 すると、その男達は賤しい笑みを浮かべ少女を囲んだ。

「くッ…!」

 マズイなこうなっては癪だが…。

「よ、よいのか?妾の連れは役人だぞ?妾に手を出せば貴様ら、ただては済まんぞ!?

 咄嗟に一葉は嘘を吐きどうにかこの場から逃げようと試みる。

 しかし、一葉が言い終えると男達は互いに顔を見合う。

 わずかな静寂の後、男達は卑下な声でゲラゲラ、と大笑し始める。

「『ココ』には役人なんて来ねーよ!」

 男の一人が賤しい笑いを浮かべたまま口を開く。

「良いこと教えてやろう。『ココ』でなら例え誰を殺しても罪には問われねぇ。『ココ』はそういった場所だ!」

「そんな俺達の『楽園』に、いたっい誰が来るんだよ?」

 男達はそう言うと近付いて来る。

葉「ぁ……あ……と、父…様……。父様ーーーー!!!!」

目に涙を浮かべ大声で一刀のコトを叫びながら呼ぶ。

「残念だなぁー!誰も来ねーよ!!」

 そう言いながら男達は一葉に近付いて来る。

「ヒャハハ―――がッ!!!」

 すると、いきなり男の一人が吹き飛んだ。

「大丈夫か!?

「と、父…様……?」

 一刀は不意打ちて1人を蹴り飛ばし一葉を庇うような位置に立つ。

 一葉は『父』の登場に今度は嬉しさに涙を浮かべる。

「テメェがソイツの親父かよ?」

「あぁ、そうだ。」

 何の迷いも、淀みも無く真っ直ぐな瞳で男の質問に答える。

 その答えに一葉は心の奥底から湧き上がってくる喜びの感情を感じ取っていた。

「今のうちに逃げろ」

「す、済まぬ…。こ、腰が、抜けて…。済まぬ……」

 一葉は顔を俯せながらも、高貴さだけは失わなかった。

「まいった」

 一刀はそんな一葉を見て言った。

「まるで、本物のお姫様みたいだ…」

 こんな状況にも関わらず、一刀は微笑みを浮かべていた。

「テメェが親父ぃ?お母様の間違いじゃないのかぁ?」

 違いない、と男達は今度はゲラゲラと一刀を笑う。

 それは万人が嫌悪感を抱く様な笑いであった。

「別に、俺を笑うのは、ムカつくけど…まぁ、見逃そう。だかな……」

 確かな殺気を纏いながら一歩前に出る。

「だが、一葉を泣かせたコトは万死に値する…」

 勝負はスグに着いた。

 一刀は男達をこれでもかというくらい、完璧に、完膚なきまで、それはもう 素敵にボコボコにした。

 男達は一応は生きているようだったが、身体にも、心にも大きな傷を残した。

 その詳しい内容は一葉には決して知られてはならないモノだった。

 

その後、一刀と一葉はまるで何も無かったかのように洛陽観光をしていた。

 気が付けば、日は今にも沈みそうになっていた。

「もうそろそろ従者が迎えに来る刻限だ…」

 一葉は顔を俯せながら言った。

 その表情と声は寂しそうではあったが、目に涙は無かった。

 わずかな間とは言え外の世界に触れた事がこの娘を成長させたのだろう。

「…そうか……残念だな…」

 ホントに残念だ…。

「のぅ、明日も会えるか?」

 うッ、上目遣いは、相変わらず効くなぁ…。

 て言うか、そんなコトはお父さん教えた覚えありません!

 でも、言うべきことはちゃんと言わないとな…。

「残念だけど、それは無理…かな?」

「え?」

 一刀の解答が意外だったのか一葉はポカンとした顔で一刀を見る。

「ごめんな…。俺、旅をしてるんだ…。もう、洛陽には5日いる。そろそろ次の町へ出発するンだ…」

葉「………そうか」

 一葉はワガママは言わなかった。

 それが一刀には嬉しくもあり、寂しくもあった。

 まるで本当の父親の様な心境だった。

「なら…妾も、謝っておかねばならるコトがある」

「ン?何だ?」

「妾の本当の名、真名は一葉(かずは)だ。騙していて、すまぬ」

「む…嘘を吐いていたのか…。それはいけないなぁ」

「ぁ、うぅ……」

 そんな一刀の言葉にバツが悪そうに顔を附せる一葉。

 父を心から慕う娘にその言葉は効き目抜群らしい。

「今度会った時に嘘を吐いたら、ホントに怒るぞ」

 一刀は全く迫力の無いニコヤかな表情で一葉に言った。

『今度会った時』と…。

 それは恐らく叶うことはあり得ないだろう。

 だから、一刀の言ったコトは嘘。

 優しい嘘。

 だが、聡明な一葉はそれをわかっているにも関わらず、

「うむ!わかった。父様と妾の約束だ!」

と言った。

 その一刀の言葉に嬉しそうに頷いたのだ。

 約束。

 今回で俺が果たすべき約束が2つできたな

 もう一度この娘に会うこと。

 それと、父親としてこの娘の将来を見届けることだ。

「一葉様ー!迎えに来ましたよー!」

 すると、一葉の従者らしき者が迎えに来たようだ。

「じゃ、ココでホントにお別れだな…」

「あぁ…。朱儁、少し待っておれ!」

「え?は、は〜い」

 一葉の命令に間延びした声で返事をする従者−朱儁−。

 朱儁に命令した一葉は一刀にズンズンと近付いて来た。

「ん?どうかしたか?」

 突然の行動を理解できず、一刀は一葉に問いかける。

「うむ。少ししゃがんでくれ」

「は?何d―――

「いいから、しゃがむのだ!」

「……はい」

 うぅ…娘に気迫負けしちゃった。

 やっぱり俺って、父親って器じゃないのかな?

 そんなことを考えながら一刀はその場でしゃがみ、一葉と同じ目線になる。

「んで?どうしたらいいの?」

「次は目を瞑(つぶ)るのだ」

「ハイハイ」

 早くも父親の威厳無くしてるなぁ、俺。

 そんなモノは元から無い気がするが、一刀はあると思っていたらしい。

「うむ。では……」

 一刀が目を瞑ると、覚悟を決めた様に一葉はそう言うと

――――!?

 一刀にキスをした。

 一刀はもちろん、後ろで待機している歴戦の勇者と思わしき従者も驚きのあまり、目を見開きポカンとしている。

 一葉だけが目を瞑ったまま、数秒の永遠を過ごしていた。

 て言うか長い。

 一葉にはそんな長いキスは早いよ!

 あっ、舌なんてもっての外だ!

 ダメダメダメダメダメ!お父さんはそんなの許しませんよ!

 などというアホ極まりない事を考えながらも、全く抵抗をしない一刀であった。

「うむ。実に美味であったぞ」

 と、一刀の唇から離れ、今日過ごした中で一番満足そうな笑みを浮かべながら一葉は言った。

 これではどちらが年上かわからなくなりそうだった。

「では、またな!」

 そう言いながら手を振ると、スグに従者の元へと走っていった。

 夕暮れに照らされ赤く見えた一葉の顔は夕暮れに背を向けた今も耳まで真っ赤だった。

 一人残された一刀は

(
最近はよくキスされるなぁ)

 と、意外に冷静だった。








「はぁ…まったく…外へ出て、何をしたいのかと思えば婿探しですか…?」

 言葉こそは呆れたと言っている様だが、口調や表情は実に楽しそうだ。

葉「べ、別にそうゆう訳では…」

 失敗した。

 こやつの前でアノよう愚行をしてしまうとは…。

 今さらながら恥ずかしさがさらに込み上げてきて、再び耳まで赤くなる一葉。

「それはそうと、楽しかったですか、劉協様?」

 だが、朱儁はあえてキスの件は追及せず、今日一葉−劉協−に過ごした1日の感想を聞く。

 一葉が話す出来事のその一つ一つに笑顔や、相槌を打ち応える。

 一通り話し終えると朱儁は、

「ところで劉協様。貴女は皇族の唇をなんと心得ているのですか?」

 と、ニコヤかに追及を始めた。

 しかし、その目は獲物を見つけた狩人の様だった。

 朱儁は獲物が油断するのを待っていたのだ。

 そして、一葉はこんなところでムダに力を使う歴戦の勇者と壮絶な舌戦を繰り広げるのであった。





あとがき

ども、冬木の猫好きです。

一刀放浪期第一弾洛陽での1日を描きました。

一葉の正体は劉協(後の献帝)なのですが、恐らく、皆さん読みながら一葉(いちよう)の正体はわかってたんじゃないかと思います。

今回から武将紹介をあとがきに載せたいと思います。

 

皇甫嵩

 

張宝、張梁を討つなどの武功を挙げるなどし、州牧に封ぜられる。

 

閻忠に「独立し、天下を統一し、自ら帝位に就くべきだ」などと言われるが、コレを退ける。

 

董卓に背き、投獄されるなど危うく殺されそうになるが反董卓連合には呼応せず、ずっと漢王朝に仕え続けた。

 

 

朱シュン(PCでは漢字が出なかった)

 

黄巾の乱のときに皇甫嵩らと共に各地で戦い武功を挙げる。この時、孫堅を召しだす。

 

董卓の独裁を良しとせず、反董卓連合に呼応しようとするが失敗した。









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