夢のような一時が続いていた。

 傍から見ればバカップルと思われるかもしれないが、二人とも無邪気に追いかけっこをしたり、水遊びをしたりと、華琳も一刀に乗せられて珍しくはしゃいでいる。 こうしてみると年相応の少女となんら変わりは無い。 

 

「ふふふふふふふふ」

「あは、あは、あはははははは」

 

上品なペルシャネコのように笑う華琳はもう一刀が知る限り、ハリウッドの女優も、海外のスーパーモデルにだって負けてはいない。

戦乱の憂いも、仕事の疲れも、時が経つことも忘れ、華琳は今はただこの瞬間を心の底から楽しんでいるようだ。  そのことにほっと心から安堵する一刀だが、気難しさで知られる曹孟徳には知られないようにそっと顔を戻すと、また沖の方へと駆け出しかけたのだが……

 

「―― うぉぅ!?」

「ふふふっ、な、何をやってるのよ、もう〜」

 

 突然、一刀の姿が消える。

 いや、消えたのではない。

 足を滑らして、海中に沈んだのだ。

 

「あ、あれ、一刀?」

 

 一刀が消えた場所にはブクブクと白い気泡が上がり、何時までたっても上がってこない。

 

「か、一刀!?」

 

 珍しく慌てた様子で駆け寄った華琳ではあったが――

 

「ぷっはぁ〜!」

「―― っ!?」

 

 ―― 口から水鉄砲のように水を噴き出して、突然一刀は華琳の体に抱きついた。

 

「こ、こらっ! 一刀!」

「んふふふ、スキあり〜」

「離しなさい、離しなさいってば!!」

「ん〜、華琳の体はやわらかくてきもちいなぁ」

「まったく、もう……」

 

 マリンブルーの波に揺られながらも、一つの影となって二人は密着する。

激しく抵抗しているかのように見える華琳も、本当はそんなに嫌な気分ではないはずだ。 それをいいことに一刀は大胆にも華琳の胸に触れ、どさくさに紛れていやらしくも桃尻を揉みほぐす。

 さらに美味しそうな耳にそっと息を吹きかけると、「あんっ」と可愛らしい嬌声が上がり、潮の香りが混じった華琳の甘酸っぱい体臭と徐々に熱くなっていく体温を味わいつくす。

 ただ少し調子に乗りすぎたため、胸に伸びた手は叩き払われ、お尻への手は思いっきりつねられ、半開きの口に塩辛い海水を流し込まれれば、逆に一刀の体はギリギリと締め上げられた。

 

「イテテテテ、イタイ、イタイ、か、華琳、ギブッ、ギブギブギブ!」

「あらあら、遠慮しなくてもいいのよ。 もっと私と抱き合いたいんでしょ、ほら」

「ぎゃああああああ!」

「うふっ、いい声♪」

 

 最初の奇襲に対する怒りがやはりまだ残っていたのか、それとも人を騙した報復か、はたまたセクハラに対する逆襲か、華琳は邪悪な笑みを浮べていた。

 

「ほら、このままだと背骨が折れちゃうわよ?」

「す、すいませんすいません、調子にのって本当にスイマセン」

「…… わかればいいのよ」

 

 腕を緩め、とりあえずは難を逃れる一刀。 顔面蒼白で、息を荒げる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 しかし、華琳は力を抜いたものの手は離さない。

 抱きしめたまま、一刀の胸に顔をうずめたまま、肌と肌を重ね合わせたまま、清涼の時が流れる。

 

「……」

「……」

 

 潮風が優しく吹く。

 太陽は柔らかく光る。

 海は心地よい波を送り出す。

 全ては二人のために……

 二人だけのために……

 

「華琳?」

「なによ?」

「あったかいな」

「…… バカ」

「なんで?」

「バカだから、バカって言ったの」

「そうか……」

 

 海水の温度に比べて人肌は温かく、火照った二人の体温が熱く溶けて混ざり合う。

 体の内から燃え上がるような熱さに、海と風がひんやりと気持ちが良かった。

 

「華琳、怒ってる?」

「別に」

「怒っているのか?」

「だから、別に怒ってないわよ!」

 

 うるさすぎる心臓の鼓動。

 その音が今にも一刀に聞かれてしまいそうで、華琳は猫のように大きな目を吊り上げる。

 無論、ただの照れ隠しであることはわかっていた。

 

「でも華琳、顔が赤いぞ?」

「き、気のせいよ」

「そうかな?」

「そうよ。 そういう貴方のほうこそ顔が真っ赤よ。 ふふっ、林檎みたい」

 

 二人そろって耳の先まで、恥じらいの赤に染まっている。

 余裕を装いつつも華琳は少し声色が悪く唇は僅かに震えている。 一刀は一刀でしおらしい華琳にトギマギして、いつものセクハラが出来ない。 すでに肉体関係まで持っているというのに、何の前触れも無く中学生同士のように初々しくなる二人。 潮風も、海水も、甘味に感じ、物言わぬ太陽が悪戯に笑っているかのようだ。

 海面の下ではお互いの指を絡め合わせ、決して離れないようにしっかりと握り締められている。 この手と手だけは、二人の本当の気持ちを素直に表していた。

 しかし、そのとき突然、沖のほうから激しい高波が淡い恋人たちに襲い掛かってきた。

 

「ふわぁぁぁ」

「っっっっっっっ!?」

 

 高波はあっという間に二人を飲み込む。 無常にも二人の手は引き裂さかれ、凄まじい波の圧力に負けて一刀も華琳も、体を流された。

 

「…… けほっ、けほっ、けほっ、ううっ、ちょっと水飲んじゃったじゃないの」

 

 数秒後、海面に顔を出したのは華琳だけだ。 ぐっしょりと濡れた自慢の髪が肌にまとわりついて気持ちが悪そうだ。

 彼女は苦しそうに咳き込みながらあたりを見渡すと、 

 

「一刀?」

 

 前、左、右、もう一度前を見てから振り返って後ろを見る。 360度くるりと見回したが、大事な人の姿を捜し求めるが見つからない。

 代わりに見つけたのは、あのブクブクとした気泡だけであった。

 

「一刀、また私をからかおうって言うのね? 残念だけど、もう引っかかってあげないわよ」

 

 子供の悪戯を見つけたかのように、華琳はキツイ目尻を垂らし、清廉な歯を光らせ、愛らしい笑みをこぼした。

 

「無駄よ、一刀。 そんな子供だまし、この私に通用すると思ってるの? 早く出てきなさい」

 

 フフンっと品の良い鼻を鳴らし、『かりん』の名札を張って悠々と待ち構える華琳だが…… それから一分が経ち、気泡が消えた。 

 

「ちょっと本当に早く顔を出しなさいよ。 冗談はもういいから……」

 

 何時までたっても顔を出さない一刀に、余裕めいた華琳の顔にも少しの陰りが見え始め―― 

 

「くぅっ!?」

 

 ―― 直後、奥歯を噛み締めて華琳は海中にもぐりこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さざなみの穏やかなリズムを聞きながら、熱く白い砂浜というベッドの上で、寄り添うようにして寝そべる男と女。

二人とも息遣いは荒々しく顔色も少し青白いというのに、濡れた肌は瑞々しく、濡れた髪は艶やかに光り、生唾を飲むほどの色っぽさを醸し出していた。

 

「バカ! 本当におぼれたんなら、そういいなさいよね!」

「…… む、むちゃいうなよ…… ゲホッ、ゲホッ……」

「まったくもう、世話ばっかりかけさせるんだから」

「め、面目ない……」

 

 危うく溺れかけた一刀は青白い顔で、疲弊しきった顔を晒している。

 情けなくも華琳に助けられてから何度も咳込み、肺にたまった海水を吐き出し続けているのだ。

 体には細かい砂の粒が張り付いてジャリジャリと気持ちが悪かったが、再び海で洗い流す気力も体力も、勇気も残っておらず、陽の下の光を体中で受け止めて生き延びた喜びをかみしめていた。

 

「はぁ〜、貴方だけよ? この私をここまで、苛立たせるのは」

「へ、へへっ」

 

 天を仰いだまま一刀は、珍しく大人に褒められたやんちゃなガキ大将のように、気味の悪い笑みを浮かべていた。

 

「何が可笑しいのよ?」

「だって、それだけ華琳は俺に夢中だってことだろ?」

「寝言は寝てから言いなさい」

 

 隣を見ると、命の恩人は天を仰ぎながら怪訝そうに眉根を寄せて苦言を呈す。

 さらに言い返そうとした一刀ではあったが、思わず口を半開きにしたまま固まった。

 

「華琳……」

「ん、何よ?」

 

 透明感溢れる華琳の瞳が、一刀をとらえる

 水難救助という男でも苦しいことをやってのけた少女の髪は、見慣れた縦ロールのツインテールではなく、少し毛先にクセのあるストレートヘアに変わっていた。 おそらく海中に潜っている間にツインテールが解け、ロールも崩れてしまったのであろう。

 決して意図的に揃えたわけでもないのに、髪を下ろした華琳の姿はまるで初めて『華琳』という美少女に出会ったような驚きと感動を与え、急に大人っぽく見えたその新鮮な姿に瞳の奥が熱くなる。

 細い首筋に張り付いた決め細やかな髪の毛が、いっそう一刀の情欲を誘っていた。

 

「かわいい」

「え?」

 

 思わず一刀は口走っていた。

 それもお互いの吐息がかかるほど近い距離で、見つめ合ったまま真剣な顔で。

 

「な、何言って?」

 

 自信家の華琳でさえ予想だにしていなかった突然の甘言に、人形のような睫毛をパチクリさせた。

 

「華琳って、髪を下ろした姿も可愛いんだな」

「くっ、からかわないで」

 

 拗ねるように反対側の方向を向いてしまう華琳。 

 薔薇色に染まっていく雪肌は隠すことができず、一刀は横隔膜を強引に押さえつけ、必死で吹き出しそうな笑いをこらえていた。

 

「からかってなんかないさ。 いつもの髪型も素敵だけど、そういうのも大人っぽくてよく似合ってる」

「ぁ…… ぅ……」

「へ、へへっ、華琳って、不意打ちに弱いんだな」

「…… ばかぁ」

 

今にも茹で上がりそうな華琳の後ろ顔を見つめながら、華琳はどんなことを思い、どんな表情をしているのか…… 考えるだけで一刀の顔はだらしなくニヤけていき、頭の中は一部の隙もなく華琳のことで一杯になる。

今ならば誰になんと言われようとも自分がこの世で一番幸せな男だと、胸を張って言える気がした。 加虐趣向など一刀にはないが、今この瞬間の華琳を自由にできるのは自分だけであり、自分だけの華琳という小さな征服感が大きな満足感と興奮を与える。

普段、華琳がどういう気持ちで家臣たちを虐めて楽しんでいるのかがよくわかった。

きっと、『愛しい』というのはどこか残酷で屈折していて、けれども考えるだけで満たされてしまうような、こそばゆい気持ちのことをいうのであろう。

だから一刀は正直に思った。

あの小さな体を抱きしめたい、あの白い肌に触れたいと、あのふっくらとした唇に自分のものを重ね合わせたいと、劣情が理性を溶かし始めた。

 

「バカ、か……」

 

 満足そうに一刀がつぶやくと、風がとまった。

 

「なぁ、今日は俺、一体何回くらいバカやったっけ?」

「…… さぁ、数えきれないくらいじゃない?」

 

 高く澄みきった華琳の声が青い空に響き渡る。

 まだ怒っているようにも聞こえたが、不思議ともう許してもらえたような、根拠のない安心感があった。

 

「そうか…… じゃあ、華琳?」

「なに?」

「そろそろ、お仕置きが欲しいな」

「…… ばか」

 

『ばか』…… それはプライドの高い、意地っ張りな華琳にとっても良く似合うラブコールだと、一刀は思った。

軽蔑と批判の言葉にも関わらず、耳に入るだけでふわふわとした温かい気持ちになれる華琳だけが使える魅了の魔法。 結局のところ一刀は華琳の罵声も、怒っている顔も拗ねている姿も、全て心の底から愛しているらしい。  その魂はもうすでに、華琳という小悪魔に売り渡してしまったのだ。

 

「ダメか?」

 

一刀は空に問うた。

 

「貴方ってば、本当にヘンタイなのね?」

 

 華琳も空に応えた。

 

「でも、華琳だってしたい…… そうだろ?」

「ばーか」

「ははっ、これでまたお仕置きが一つ増えたな」

 

二人は目を合わせず、終わりのない空だけを見つめている。 お互いに照れ隠しであった。

 

「勘違いしてもらいたくないから言っておくけど、これは……躾よ」

「こんな躾なら大歓迎だ」

「…… ヘンタイ」

 

 一刀の視界に、太陽を遮る大きな影が現れる。 

 上品な口調は少しだけ震え、心地よい緊張が胸にまで伝わってくる。

 水に濡れてひんやりとした両の手が一刀の頬に添えられると、華琳の熱い吐息が鼻先に噴きかかる。 急にまた、高なり始める心臓の鼓動。 これは一刀のものか、それとも華琳のものか、判断することはできない。

 体は熱い。

 太陽の日差しなど涼しいくらいに、あまり詰まっていない頭がぼぅ〜っとなる。

 やがて一刀はゆっくりと瞼を下ろすと、潮の香りではない、甘くとろけるような華琳の香りが鼻腔を覆い尽くし、唇の感覚が空気の流れさえも読めるほど高まっていた。

 

「これは、私を置いて真っ先に海に行った分……」

 

 最初は唇と唇を触れ合うだけの軽いキス。

 途端に青白い電流が唇を中心に体全体に広がったが、すぐに離れたせいで刺激が足りない。

 

「これが、私に変な水着を着せた分……」

 

二度目もまた、小鳥が木の実を啄ばむような素早いキス。

一刀の唇に零れ落ちた銀液が甘美な味わいを与えつつも、

もどかしい。

せつない。

満ち足りない、ぜんぜん。

もっと、もっと、という赤ん坊のような爛れた欲求が、一刀の胸の中でモヤモヤと広がり、不完全燃焼のまま体温だけはどんどん上がっていく。

 

 

「か、華琳……」

「ふふっ、ダメよ。 これもお仕置き何だから」

 

 うっすらと開いた瞼の間から覗きこむと、煽情的に口元をゆがめて微笑む恋人の姿があった。

あれほど乱れていた華琳の呼吸は怖いくらいに規則正しく戻っており、逆に一刀は自身を征服された感覚に息遣いをさらに荒々しくする。 妖艶な瞳の奥には哀れな男の顔が、享楽の炎によって焼かれている。それが自分であることに気づいてなお、一刀はその瞳に見入っていた。

頭の中にいるひどく冷静な一刀は思う。 ああ、こうやって春蘭も秋蘭も、華琳の手に落ちたのだと……

 気分はまさに、自らが愛した雌に捕食されてしまう、カマキリの雄であった。

 

「これが強引に肩を掴んだ分、いきなり後ろから水をかけた分、私より多く水を浴びせてきた分、そしてこれが―― んんっ!?」

 

 軽いキスの連続に物足りなくなった一刀は、次が来る前に自分から首を伸ばして華琳の艶やかな唇を奪う。 流石の華琳も、驚きに目を見開いていた。 強引なまでに自分の唇を密着させると、それに伴って滑らかに形を変える華琳の唇に麻薬を打たれたかのように酔いしれる。

 マシュマロのような感覚とよく言われるがとんでもない。

 彼女の唇はそれとは比べ物にならないほど柔らかく気持ちが良い。 さらに海水の塩辛さなど微塵も感じないほど甘く、甘く、ただ甘かった。

 

「こらっ、イタズラしないの。 さっきのは無効だからね」

「あ、ああ」

 

 赤子をあやす様な口調で、華琳は一刀の額を小突いた。 正直なところ、申し訳ないという気持ちはなく、恥ずかしさとむず痒い気持ちで一刀の心はいっぱいだった。

 

「これが私を騙して抱きついてきた分、それから本当に溺れて私に心配をかけた分……」

 

 少しだけ大胆に、かつ情熱的なキス。

 最初の頃より深く唇をくっつけ、恋人らしい初々しさが漂う上品なソフトタッチ。

 蕩けそうなほどの柔らかさと、何度口にしても飽きない甘美な華琳の味。

 木漏れ日のような温もりまではっきりと唇に伝わり、脳髄からつま先までの全神経細胞が心地良い痺れに襲われる。

 しかしこれだけでは、もはや一刀は満足しない。

 あまりにも一方的な口付けだったために、心にはまたモヤモヤが広がる。

 そして鼻腔をくすぐる甘酸っぱい香りと、一刀の言葉にならない鬱憤を残して、華琳の美麗な唇が無情に離れていった。

 

「心配、してくれたのか?」

「さぁ、どうかしら? 私の口は、とっても意地悪だからね」

「らしいな」

 

 一刀は皮肉を込めて言ってみたが、向こうの方が数段上手。

 チロリと舌を伸ばして笑う小悪魔は妙に子供っぽくて、主導権を掌握されていても、屈辱も怒りもまるで起きない。 ただ、その身に纏う『かりん』という名前の入ったスクール水着が完全に浮いていて、可笑しな夢を見ているような錯覚を覚えていた。

 

「そして、私をかわいいっていった分」

「それもお仕置き?」

「そう、一番のお仕置き……」

 

火照った一刀の唇がまたローズピンクの唇に覆いつくし、心の杯を満たされていく。

どちらからとも無く口を開くと、すかさず滑り込んできた華琳の熱くぬめった舌が、くすぐるように一刀の口腔を撫でまわす。 一手遅れた一刀もまた、求め合うように舌をくっつけ、絡め合わせ、そして激しくもつれ合う。

 まるで角砂糖を転がしているかのように、こすり合わせた舌からは甘く蕩ける蜜が溢れ出し、互いの喉に唾液を流し込み、貪るように唇を重ね合う。 

 卑猥な唾液音と時折聞こえる華琳の喘ぐ声が興奮を最高潮まで上げ、一刀は華琳の体を力強く抱きしめる。

 

「んっ、んんっ、ん……」

 

 身も心も情欲の海に溺れていく。

 しばしの時を忘れて、二人は寄せては返すさざなみのごとく愛戯に耽っていた。

 

 

 

 

 

 

「はっぷっ」

「あいてっ!」

 

 キスの余韻もまだ冷め上がらないうちに、華琳は一刀の首元に噛み付いて…… いや、強くついばむように皮膚を吸う。

 そこにはもう痛々しい赤い痣が出来上がっていた。

しかし、華琳は謝るどころか何も言わずにふらりと立ち上がる。

 ふんわりとした笑みを残して、見上げる一刀の視界から消えたが、独特の上品な香りが彼女の存在を教えてくれた。

 

「こうやって春蘭たちも、責めているのか?」

 

 熱に浮かされた体にそよ風が心地よい。 一刀はまだ起き上がらない。 ずっと、空を眺めている。

 青空に小さな雲の群れが現れていた。

 

「さぁ、聞いてみたらどうかしら? あの子たちなら喜んで話してくれるかもね」

「遠慮しておく。 秋蘭はともかく、春蘭だと話が終わりそうにない」

「そっ、賢明ね」

 

 鈴を転がすような可愛らしい笑い声が聞こえ、一刀もつられるようにして笑った。

 

「でも、こういうところときに、他の女の話をするのは感心しないわよ?」

「す、すまん」

 

 何故だろう、声は明るく姿は見えないのに、怒っていることが手に取るようにわかってしまう一刀。

 

「まぁ、『それ』はもう許してあげましょう」

「え?」

 

 含みのある言い方に悪寒が走った。

 すぐに起き上がろうとした一刀ではあったが、体は動かない。

 

「なぁっ!? こ、これは!?」

 

 いつの間にか、仰向けに寝転んでいた華琳によって一刀の体は砂浜に埋められて、砂の重さで首より下が動かせない。

 突然のことに、焦りを通りこして頭が混乱していた。

 

「まだ一つ、お仕置きが残ってるじゃない? 貴方自分で言ったでしょう?」

「っっっっ!?」

 

 そのとき、一刀の脳裏にある光景が鮮明によみがえった。

 

(「ダメか?」)

(「貴方ってば、本当にヘンタイなのね?」)

(「でも、華琳だってしたい…… そうだろ?」)

(「ばーか」)

(「ははっ、これでまたお仕置きが一つ増えたな)

 

 華琳の言うとおり、お仕置きはまだ一つ残っている。 冷たい汗が耳の裏から流れ出した。

 

「私は貴方を躾けるために…… その、したんだから。 決して、私がしたかったからじゃないわ」

「ちょっ、ちょっと、まった! 俺が欲しいのはこういうお仕置きじゃなくて」

「それは貴方が決めることじゃないでしょ? ねぇ、一刀……」

 

 ブンブンと首だけで暴れる一刀の頭をわしづかみすると、華琳は嗜めるように頬へそっと口づけする。

 今までの情熱的なキスに比べれば子供の悪戯くらいのものだったが、顔だけ春に逆戻りしたかのような温かい感触が気持かった。

 

「うふっ、しばらくそこで反省しているといいわ」

「いや、でも、華琳! ここはまずいって、波が、波が、迫ってくる〜!」

「大丈夫よ、日暮れまでには出してあげるわ…… 忘れていなければね」

 

 そして華琳は去っていく。 ひぐらしの亡骸を哀れむかのような笑顔を残して。

 

「なぁあああああああああああああああああ! う、うみは、うみは涙の味がするぜぇえええええええ!」

 

 浜辺に打ち付ける高波が、哀れな男の悲鳴をあっという間に飲み込んだ。




あま〜い。
美姫 「日ごろの激務を忘れて楽しむ華琳と一刀」
華琳が可愛らしいです。やっぱり一刀の前だと違うんだな。
美姫 「まあ、最後は二人らしいと言えばらしいけれどね」
確かに。でも、本当に良い休日って感じで楽しませてもらいました。
美姫 「投稿ありがとうございます」
ではでは。



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