魔法少女リリカルなのは

第五話「ホワイト・ピース」

 

 

 

 時刻は丁度昼頃になろうかというこの時間、海鳴市は初夏の日差しに包まれていた。この時期のこの地方にしてはいたく珍しく、気温は既に三十度を超している。ただし、まだ梅雨入りはしていない上に、風があるので、日陰に入れば、大して暑いと感じない日だった。

しかし、今、海鳴商店街の道の真ん中を、歩く少女は暑いということを意にも介さずに日の当たる場所を進んでいた。その髪は黒く無く、茶色くも無く、陽光を弾く鮮やかな金色をしていた。

彼女――フェイトは空を見上げた。金色の髪が砂のように流れて揺れる。

フェイトの視界に広がった空は雲ひとつ無く、鮮やかな群青で、どこまでも高く高く、遥か成層圏まで見えるほどに澄み切っていた。フェイトは造られて初めて見る、そのような風景を見て、少しの感慨を抱いた。当然かもしれなかった。『精神年齢』は九歳であるフェイトではあるが、『実年齢』はまだ半年も過ぎていないのだった。ジュエルシードによって引き起こされた次元震に巻き込まれ、そしてこの世界に迷い込んだ時、持ち合わせていた記憶とは

『自分がフェイトという人間である』

ということだけなのである。それ以外、何一つの知識や経験を持ち合わせていないフェイトはそのままだと、さぞや色々な意味で危ないことになっていただろう。しかし、幸いなことか、不幸なことかはともかく、次元震にはリニスもフェイトと一緒に巻き込まれた。リニスは一人の人間としての教育(生きる上での一般常識、知識、経験の『教育』など)が完全になされていた上、本来、フェイトを教育するため『だけ』に作り出された存在だったので、リニスの教育の効果もあって、フェイトはこの時点では少なくともまともに生活をできるだけの知識を手に入れていた。(一応、魔法という物には記憶や知識などを対象に覚えさせれる魔法もあるのだが、それはとてつもなく大雑把にしか覚えれないのである)当然ながら、それでも限界はある。先程の知識のことを逆に言ってしまえば、まともに生活できる『だけ』の教育『しか』まだされていない。ひどく偏りが出来ているのである。方針自体が、とりあえず、広く浅くなので、細かなとこでの知識などはそれに、知識があるということと、経験があるということは当たり前だがイコールではないのである。流石に、リニスが如何に教育役としてフェイトに大変に効果がある存在だとしても、時間という誰にも永遠に操れない要素が絶対的な不足要因として君臨していた。(ただし、そのようなフェイトが何故なのはを戦闘で圧倒できたかというと、なのはが完全な戦闘の素人であることと、フェイトが幾分か早くジュエルシードの回収を開始した分、戦闘経験が若干、豊富だったことが要因として大きい。実戦は最良の教師なのである。もっとも、出来の悪い生徒を情け容赦なく殺してしまう最悪の教師でもあるが)

 そのフェイトが今、海鳴商店街で何をしているか。

 答えはただの一つ――ジュエルシードの探索だった。実は、最近になってフェイトの方も探索に手詰まりが起きていた。とてつもなく大まかな位置で場所は特定できてはいるが、精密な位置となると結局は駆けずり回って探すしかないのである。フェイトの足はその大まかな位置から近い海鳴臨海公園と向かっていた。

しばらく歩いて、フェイトは臨海公園に辿り着いた。辺りを探る。しかし、ジュエルシードがどこにあるかは特定できない。一度捜索をやめる。少しの疲労を感じたのだった。海のよく見える位置に置いてあるベンチに座る。潮風が吹いた。汗がにじんでいた体にはそれが心地良かった。何かを感じてくん、と鼻を鳴らす。風上から食べ物を焼いている匂いが流れて来ていた。顔を匂いの方向に向ける。少し遠くにこじんまりした建物がそこにあった。横に差してある旗のようなもの――幟に書いてある文字を無意識に読み上げた。

「たい…焼き」

 急に自分のお腹が空いた様にフェイトは感じた。ベンチを立つ。たい焼き屋の前まで歩く。そのまま眺めた。

(たしか、買うには)

 お金、っていうものがいる、とリニスが言っていたことを思い出す。自分がそのお金とやらを少しも持っていないの現実も思い出す。

どうしようかな、と思った時、店でたい焼きを注文していた人が振り向いた。胸には包みを抱いている。目が合った。

「あ」

「あ」

 二人して声を上げる。あの、黒い剣士…!

 フェイトが身構え、『ブローヴァ』を展開しようとした、その時!

 ――腹が鳴る音がした。

く〜、という可愛いながらも大きさを保った、いささか間抜け音が二人の間に響く。参考に述べるならその音は、黒い剣士――高町恭也の腹の音ではない。

フェイトの顔がゆでダコの様に真っ赤っ赤になる。恥ずかしい、という感情をフェイトは持ち合わせていた。恭也は呆れたような表情を見せた。もう戦闘の空気ではなかった。

「お腹…空いてるのか?」

 問いかけられたフェイトはちょっと迷ってから、顔を赤くしたままこくりと頷いた。恭也は手に持っている袋を見た。しょうがないな、と口の中で呟く。

「まぁ、奇妙な縁と言うしかないが」高校生やはるか以前の小さい頃から、そして今まで奇妙な縁や不思議というものに不足をしたことのない男――恭也が言った。「今、戦わないと言うなら、一緒に食べるか?」

 フェイトは一度自分と戦い、とてつもなく手強い、と感じた敵の提案に驚き、困惑したが、結局その一時停戦案を承諾することにした。

何と言うことはない。人とは胃袋で物を考えることが多いのである。

 

 

 停戦した二人は、さっきまでフェイトが座っていた海が見えるベンチに座った。がさがさという音を立てて、少し固めの紙の袋の包みから、恭也はたい焼きを二つ取り出してフェイトに渡した。

「ほら」

フェイトの手にたい焼きが載せられる。二つともまだ温かい。

えっと、こういうとき、何か言うってリニスから習った様な…なんだっけ。あ、そうだ。

「あの、えっと、有難う…ございます」

 恭也はそれを聞いてほう、という顔をした後「ん」と軽く頷きながら笑顔で言った時、自分の隣の少女が自分の顔をぼーっと見ていることに気付いた。頬もさっき程ではないにしろ、赤く染まっている。

 何だと思って恭也が横目でちらと見ると、目が合った。フェイトは見るからに顔を慌てて逸らした。

フェイトは恭也から貰った、二つのたい焼きを右手で持ち、左手で胸を押さえながら思った。何だろう。今、胸に何か衝撃が走ったけど――魔法か何かだろうか?

恭也は頭を掻いた。まぁ、一度戦った敵なんだから身なりが気になるのは当然か。恭也は昔戦ったことのある、そして今でも時々家に帰ってくる叔母についてそのような想いを抱いたことがあったのを思い出した。

とりあえず、フェイトの様子を気にしないことにして、これこそ最高!と信じて疑わない二つのたい焼き――カレー味とチーズ味を袋から取り出した。フェイトに渡したのも当然カレーとチーズである。何故なら、他の味は購入していないのだから。さぁ、食べよう、と恭也が噛り付こうとした。しかし、奇妙な光景を目の端に留めて手を止める。

 隣に座った少女――フェイトは貰ったたい焼きをくるくると回転させながらまじまじと見つめていた。

「…何してるんだ?」

「え、あ、その」再びフェイトは頬を赤く染めながら言った。

「どうやって食べたら良いのか…解らなくて」 

「食べたこと無いのか。…いいか、こうやって二つ一緒にだな」

 恭也はそう言うと、カレー味とチーズ味を一緒に頬張る。咀嚼し、飲み込む。

「うむ、うまい!…と、まぁこんな風に食べれば良いんだ」

 フェイトは手に載っている恭也と全く同じ、カレー味とチーズ味のたい焼きを眺めた。

「あの、これ、頭と尻尾のどっちから食べたら」

「どっちでも良いよ」

「そうなんですか、じゃあ…」

 フェイトはちいさい口を大きく開けて恭也と同じ様にカレーとチーズのたい焼きを一緒に口の中に入れた。膨らんだ頬が動く。恭也がその光景を眺める。飲み込んだ。

「あ、おいしい…」

「だろう? 全く、ウチの家族はこの美味しさがどうして解らないかな」

 恭也は久しぶりに同志を発見した喜びで嬉しそうに言った。

フェイトは空腹だったのと、たい焼き自体の味が良かったのも手伝って、カレー&チーズのたい焼きを夢中でたいらげた。フェイトは気付いていない。食べ物を心底おいしいと思いながら食べるのは、今が初めてだと言うことに。

「もう一組、食べるか?」

 前述の理由で機嫌が良くなっている恭也はフェイトにおかわりを薦めた。フェイトはちょっととまどった後、顔を三たび赤くしながら、遠慮がちにおかわりを受け取った。

そのまま、十分程度、全身黒色の青年と金髪の少女が公園のベンチに二人で並んで、たい焼きを懸命に頬張るという何とも目立つ光景が臨海公園に現出し続けた。そして、恭也とフェイトはたい焼きを食べ尽くした。しかし、もはや戦うという雰囲気ではない。

 フェイトはお腹が膨れた満足感と何とも言えない安心感からふう、とため息をついた。ふと、横を見ると、あの人がいなくなっていた。どこにいったのだろう、と思って辺りを見回すとすぐに見付かった。遠くにある機械――確か、自動販売機、という物の前にいた。下から細長い物を二つ取り出して、こっちに帰ってきた。片方を渡された。

フェイトは。100%オレンジジュースと記されてあるそれを持ち、呆けたように恭也を見つめる。

「――オレンジジュース、飲めるか?」

「え、えと…解りません。飲んだこと…ありませんから」

 フェイトは俯いて言う。本当だった。知識の上では知ってはいたが、実際に見たのは初めてだった。

 そういえば、とフェイトは思い、気付いた。食べ物に気を遣うのは今までで初めてかもしれない。リニスは色々考えていてくれるみたいなのに――って、あれ。何で、私はその事を思いもしなかったのだろう? あれ? 私は一体――

「どうした?」

 フェイトは恭也の言葉にびくっと体を震わせた。夢から目覚めたような表情を見せる。

「あ、そうか。開け方が解らないのか? 開けるには、この缶の上についてるプルタブを手前に引いて――」

 恭也はそう言ってフェイトのオレンジジュースを開けてみせた。開け方が解らないのは本当だったので、フェイトは有難う御座います、と小さな声で言って缶を再び受け取った。両手で缶を持ち、一口飲む。さっきたい焼きを食べた時と同じようにおいしい、という声がフェイトから漏れる。フェイトはジュースを飲みながらちらりと横目で恭也を見た。

 フェイトは思った。あの白い女の子と初めて戦った後、初めてこの人とと出会い、戦った時に感じた恐ろしさが、今のこの人からは微塵も、感じられない。この人もジュエルシードを集めてるはずなのに、何で戦いを挑んでこないんだろう?

「あの」フェイトが恭也の方をおずおずと向いて、思ったことを尋ねた。

「戦わないんですか?」

 恭也は烏龍茶の缶を傾けながら答えた。

「君は、戦いたいのか?」

「戦いたく…ありません」

 気が付けば、フェイトはそう答えていた。

(ついさっき)

たい焼きを食べる前、この人は敵だと思っていた。倒すべき、敵だと。でも、今私は――この人に対して違う感情を抱いている。できれば、戦いたくないと――いや、できれば、じゃなく、戦いたくなんか、無い。何故だろう。

フェイトはその意味が全く理解できていなかった。当然かもしれなかった。彼女は事実上、言葉がしゃべれて知識があるだけで、後は赤ん坊と言って差し支えが無い。

「フェイト」恭也は覚悟を決めて、彼女の名前を呼び、話しかけた「君は一体これからどうするつもりなんだ?」

 フェイトは自分の名前を呼ばれてびくりとしたが、懸命に考えを紡いで答えた。

「ジュエルシードを、集めます」

「何故?」

恭也はフェイトの目を真っ直ぐに見て、核心を訪ねた。

 言われたフェイトは言葉の意味がすぐに理解できなかった――が、数瞬をおいて理解した。

 何故?

 言葉が心に反響して木霊する。

 何故?

 何故?

 何故?

 ――私は。

 ――ジュエルシードを。

 ――集めて。

 ――集めて。

 …集めて

 どうするの?

唐突に気付いた。

『私は何故ジュエルシードを集めているの?』

――私は。

私は一体何? 考えがまとまらない。何かが何か完全に欠落して認識できていない。

私はフェイト。フェイト。フェイト――苗字が思い付かない。名前だけしか解らない。それが何故かもわからない。言葉も喋れる。いくばくかの知識だってある。だけど、それ以外、私の心は空っぽで真っ白で、何も無い。なのに。

 いつの間にか、フェイトはジュースの缶を持っていた手をこきざみに震わせていた。

「何で、私は戦って――」

 その事実に唐突に気付いて愕然とする。私には無い。何一つ無い。何にも無い。心も記憶も地平線の彼方まで真っ白で塗りつぶされていて。だけど、私は戦っている。何故。ジュエルシードを集めるために。何故集めている? わからない。何故。考えるな。心の中で自分の声となんだかよくわからない自分ではない声が衝突する。何故。考えるな。何故? 考えるな。何故。考えるな。かんがえるな。カんがえるな。カンがえるなカンガえるなカンガエルナ

「フェイト?」

 恭也が声をかけた時、フェイトの胸元が青白く光った。

 猛烈な衝撃破と砂煙が発生した。

「くっ!?」

恭也は回避する余裕もなく衝撃破に巻き込まれ、弾き飛ばされた。『鋼糸』を近くにあった木へ飛ばし、何かに叩き付けられるのを塞いだ。

数秒で砂煙は収まった。衝撃破の中心点――フェイトを見る。

フェイトは『ブローヴァ』を展開し、バリアジャケットを纏い、戦闘準備を完成させていた。恭也の方を向いた。原始的な恐怖を感じて、恭也の背筋に寒気が走った。先程までそこでたい焼きを食べていたフェイトでは確実に無かった。目に光が無い。いや、生気が全体的に感じられない。

「フェイト…」

 名を呼ぶ。反応は無い。ただ恭也を見つめている。

『ブローヴァ』の先端の両端から光がほとばしり、刃のように先鋭化した。

 恭也は確信した。

 ジュエルシードが、彼女を、動かし、操っているのだ。ついこの前にアースラで話された一応の仮定が今、現実となって自分の目の前で結実している。

右手と左手に恭也は刀を携えた。

――戦わなければ、ならないのか

 しかし、躊躇している暇は無かった。フェイトは一気呵成に恭也に襲い掛かった。

「何!?」

恭也は面食らう。以前戦った時より速度が『倍以上』早い。何とか『神速』を使わずに紙一枚で避ける。もちろん、一撃では終わらなかった。連撃が繰り出される。それも速度が驚くほど早くなっている。彼女が成長した、というレベルではなかった。少しばかり時間が経ったから、といって何もかもが倍以上に早くなる、というのは常軌を逸している。考える暇が無いほど攻撃は連続で行われる。

フェイトの周囲に雷の球が数個発生した。即座に発射される。恭也は回避する。しかし、外れ、後方にそのまま飛んでいくはずの雷球は恭也を追跡し始めた。

「誘導弾…!」

後ろからの誘導弾はそのままに、恭也はフェイトに突撃をかけ――ようとし、中断せざるを得なかった。彼女は垂直に魔方陣を発生させていた。大エネルギーが放出される寸前、恭也はこの日一回目の『神速』を使った。瞬間、魔方陣が発動し、大威力の収束された魔力が恭也の服をかすめる。球はその魔力に飲み込まれ、消えうせた。側面から恭也が突進をかける。だが、以前もそうであったようにシールドで防がれる。即座にニ撃、三撃を加える。ニ撃目は同じくシールドにぶつかって止められたが、三撃目はブローヴァに衝突した。体重差、筋力、打ち込みの強さが相まってフェイトが弾き飛ばされた。しかし、今『心』が消えうせている彼女には何の痛痒も感じない。すぐさま体勢を立て直すと、ブローヴァのサイズフォームの光の先端を地面でこすりながら、百獣の王の様にその体を恭也に向かわせ、攻撃し続けた。

フェイト対高町恭也の第二回戦は開始十分で早くも絶頂を迎えた。かつて、そうであったように恭也は攻撃をひたすらに回避し続け、合間に攻撃をし続けた。実際にまだ一撃も攻撃が恭也には命中していない。一方、恭也の攻撃は初回と違って結構な数が命中している。しかし、それでも大した効果は出ていない。フェイトが何の『痛み』も感じていないこと、『ジュエルシード』が攻撃、または防御で消費された魔力が少しでも減るたびフェイトに補充されていることがその要因である。ジュエルシードとはそれ自体が大エネルギーの塊である。魔力を補給することなどわけはない。しかし、同時にフェイトの体にも多大な負担をかけている。このままでは何か悪影響が吹き出すことは確実だった。恭也の方も計算外の事態が発生している。

既に恭也は神速を三回も使っていた。由々しき状況と言う他なかった。以前戦った時より、読み合いなどはむしろ単純にすらなっていたが、大魔力を惜しみ気もなく、小細工も無く力技(しかも、一般人なら目に捉えきれない速度)で叩き付けられているのである。単純故に性質が悪かった。このままでは如何に恭也と言えど、長期戦になれば押し切られてしまうことは確実だった。

 恭也は内心で荒れ狂う怒りを止めることができなかった。こんなことを彼女に強いるロストロギア――ジュエルシードに対して。このような運命を彼女に強いるなにものかに対して。

――そして、この状況で彼女に対して何も出来ることが無い、無力な自分に対して。

『八景』を指先が白くなる程に握り締める。下唇を血が出そうな程に噛み締める。攻撃を回避しながら、攻撃を続行しながら頭を必死に働かせる。何か。何か無いのか。何か。何か。何か出来る事が。しかし、現実に恭也に出来ることは無かった。反則技を使っているとはいえ『魔法使い』に対して如何に達人といえど『魔法が使えない人間』は余りにも無力だった。

 恭也は五回目の神速を使った。視界がモノクロに染まる。近距離まで迫る攻撃を回避する。モノクロの世界から抜け出した。だが、偶然なのか、読んでいたのか、フェイトが神速から抜け出したところに急速接近してきた。

 神速――間に合わない!

「南無三!」

 二刀を交差させて『ブローヴァ』の鎌を防御する。刀にブローヴァの先端が触れた瞬間、閃光が煌いた。雷が放電した時のバチバチという音が響く。交差させて受けた刀の片方――無銘刀が砕け散った。鋼で作られていることを疑いたくなるような破壊のされ方だった。それでも、『八景』の方は不破の伝承刀だけあって恐るべき強靭性を発揮し、フェイトの攻撃に耐え切った。フェイトと恭也の顔が至近に迫る。

「フェイト!」

 恭也が叫んだ。フェイトは何の反応も示さない。ただ感情のない瞳が恭也を射抜いている。

 ――さっき、あんなにも。

あんなにも、おいしそうにたい焼きを食べていたのに。ジュースを飲んでいたのに。戦いたくないと言っていたのに。こんなにも小さな子供が。本当なら、こんなこともせずに、同じ様な年の――例えばなのはのような友達と遊んでいてもいいはずなのに。

認めない。俺はこんなことを認めない。認めてなどやるもんか。こんな女の子がこんな無理して、こんなになりながら戦って――くそっ!

恭也の後方でピンクの光が発生したのはその時だった。太い棒の様な光がフェイトに向かう。フェイトはその攻撃をシールドで受けたりなどせずに爆発的な推進力を使って上空に飛ぶことで回避した。

――ディバインバスター! なのはか!

 恭也は攻撃が飛んできた方向を向いた。なのはが予想通りいた。なのはだけではなかった。ユーノ、クロノ、アリシア、それとこれまで見たことのない赤銅色の髪をもつ大人のような風貌の女性が、フェイトを包囲するように出現していた。

 流石に六対一にという状況に不利を悟ったのかフェイトが撤退の素振りを見せた。五人は、そうはさせなかった。ユーノの赤銅色の髪の女性――アルフが拘束の鎖の魔法を唱えた。避けようとはするが、包囲されてるのもあって逃げ切れなかった。フェイトの行き足が止まった。その拘束を外そうとする間も無く、三人のAAA級魔導士の大威力魔法の詠唱が始まる。フェイトは拘束を外そうともがく。けれど、間に合わなかった。発射されたピンクの光と黄色の光と水色の光がある一点で完全に交錯した。交錯した一点で光の歪みが発生したことで、その場にいる全員に攻撃の完璧な命中を伝える。

 光が晴れる。だが、そこにいたのは――

 

攻撃は完全に命中した。ただし、フェイトではない。リニスに。

 

 主人が戦闘状態に投入したことに遅まきなら気付き、転移魔法を使って、戦闘に介入しようとしたリニスが目撃したのは既に最後の瞬間を迎えつつあった主人の姿だった。考えてる暇はなかった。リニスは主人――フェイトの拘束魔法を解呪し、自分が身代わりになったのだった――

 攻撃が命中する直前、リニスは転移魔法をフェイトに試み、成功した。当然だった。主人の為ならば、何もかもを犠牲にする。それこそが、使い魔の役目だった。ただし、それによって本来なら間に合ったはずの防御魔法の行使のタイミングを致命的に逃した。三人の魔法は純粋魔力攻撃に設定されていた。もっとも、そんなことはAAA魔導士三人の砲撃、という状況には無意味だった。三人の砲撃のこれ以上ない直撃を受けたリニスは数秒で全魔力を喪失、昏倒し、地面に向かって自由落下を開始した。

恭也は落下点に、この日六回目の神速を使用して先回りしてリニスを受け止めた。驚くほど軽い体が印象に残った。そして、その胸元から青白い光が空中に浮き上がった。

ジュエルシードだった。シリアルは『II』 そのジュエルシードは地上に降りてきた、なのはのレイジングハートに吸い込まれる。

Sealing」というレイジングハートの小さな宣言が響いた。

戦闘は終結した。他の四人も地上に降下した。クロノが口を開いた。

「リニスは、アースラに運びます。とりあえず、治療をした後で事情を聴取します」

 それにしても、とクロノが言葉を切って言った。

「恭也さん、でしたか。少しアースラの中から戦闘の状況を見させてもらいましたが、あなたはどんな魔法の使い手なんですか? 時々見えないほどの速度で動いているのに、魔力の反応が一切感じられないのは一体――」

 唐突に、空中に女性――リンディの顔が浮かんだ。

「クロノ、アリシア、アルフ、お疲れ様。恭也さんとなのはさんとユーノくんも」

「すいません、フェイトを逃してしまいました」クロノが申し訳なさそうに言った。「しかし、リニスは確保に成功しました。これからアースラに帰還、転送します」

「了解しました」

リンディが頷いた。これで色々な謎が解明できるだろうな、と思う。そういえば、ともう一つ尋ねたいことがあったことに気が付いた。アースラ組の三人ではなく、後ろにいる三人――なのは、恭也、ユーノに向けて口を開く。

「なのはさん、恭也さん、ユーノくん、昨日の答え聞かせてもらえるかしら」

 昨日の答え、とは、この事件から手を引くか、協力するか、ということだ。

「協力させてください。お願いします」

 なのはが決意を込めた口調で即答した。

 しばし、なのはとリンディが視線をぶつけ合い――リンディが言った。

「わかりました。あなたの協力を承認します」

「艦長!? そんな…」

クロノが驚きの声を上げる。別にクロノは足手まとい、とか邪魔であるとかそういう理由で言っているのでは、けして無い。彼にとって民間人とは守るものであって、協力し、一緒に戦うものではないと思っている。その思考は全く間違ってはいない。ただ、臨機応変という考えがクロノにはまだ充分に備わっていないだけだった。クロノは十四歳と言えども、残念ながらまだ子供の部分を残している。

「他の二人は?」

 尋ねられた恭也とユーノは頷いた。ユーノは自分の起こした事件は自分で始末をつけねばならない、と思っていた。恭也は妹を守るのは兄の役目だ、という気持ちもあったが、今日に起こった出来事でフェイトの事もかなり気になりつつあった。

「了解しました。ただし、条件が二つあります。三名とも身柄を一時、時空管理局の預かりとすること、それからこちらの指示を厳守すること。以上です。よろしいでしょうか?」

一方、リンディも民間人は守るべきものであるという意識は持ってはいたが、こちらはクロノと思考方法が違っている。なのはの決意が固い様だから、こちらが拒否してもおそらくは引き下がることなどせずに、独自に介入し続けるだろう。不確定要素として放置するくらいなら取り込んで、指揮下に置いた方がいくらかマシだ。幸い、実力は足手まといどころではないレベルを持っているし。そう思っている。

「わかりました」

 なのはが返事をした。

 では、今日の夜にここで、とリンディが言った後、クロノ、アリシア、アルフと、連れられたリニスはアースラへ転送された。

 恭也が「帰るか」と言って、三人は公園を後にした。恭也は自分の彼女――月村忍。なのははお母さん――桃子に色々と説明することになる夜がそこに迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

ちょっと間が空いてしまいましたが、第五話をお送りしました。

ここまで読んでくださった方、こんにちは、あるいはこんばんは。向日葵でございます。

今回の話はフェイトからみた自分の状況を長々と説明しました。少々退屈な流れが続くのは私の腕の至らないとこです。もう少しどうにかならないか、と策を練ってはおります(汗

順調に予定通りいけば、あと三話ほどで完結の予定です。できれば最後までお読みいただけると幸いです。

なお、充分に注意はしておりますが、誤字や表現に辻褄が合わない場所が見受けられましたら、指摘をお願いします

次の第六話で会いましょう。ではー





様子が急変したフェイト。
美姫 「一体、何が」
うーん、気になる、気になる。
美姫 「次回を楽しみにしてます」
また次回で。
美姫 「それでは〜」



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