葉弓さんの恋慕情〜MOMOKO She Is Great Mother

このお話は作者の個人的価値観に基づいて書き上げた物語です。

この展開は違う、と感じられる方は然るべく。

そうでない方はお楽しみ下さい。

OLD・DAY’S ”UNCHAIND MELODY”をBGMとして読まれるのも一興かと。

(プラターズ版)


                       
                       作 者 敬 白








MOMOKO・She Is Great Mother


「葉弓さん」

これは恭也君の声。待ち焦がれた想い人の声が聞こえる。振り返ると恭也君が私に向かって駆けて来る。

目の前まで来た時、葉弓は恭也の胸に飛び込み顔をうずめた。走ってきた恭也からは微かに汗の匂いがする。

一方、いきなり抱きついてきた葉弓の行動に恭也は感動を覚えた。葉弓の顔は上気しうっすらと涙を浮かべている。

女の涙は男を揺らす。恭也とてその法則から逃れる事は出来ない男の性だろう。

葉弓の身体を優しく抱きながら、耳元で呟くように言う。

「すいません、待たせたみたいですね」

「いいえ、待つ事がこんなに楽しいとは思いませんでした。必ず来てくれるのがわかっているから」

「俺もそうです。必ず待っていてくれる人がいる、それだけで心が癒される」

ここは駅前のロータリー。葉弓は約束の時間より早く来ていた。先日初めて会った少年が、これまでの自分を変えて

しまう。そんな自分が不思議で堪らない。経緯が経緯だけに、もしかしたら、砂上の楼閣のように崩れ去ってしまうの

ではないか、といった不安が常に心の片隅にあった。しかし、昨日の恭也の一言で霧散してしまった。

「葉弓さん、あした俺と付き合ってくれませんか。母さんから言われたんです、いつまでほっとくつもりなんだって」

恭也は、母桃子に言われたことを葉弓に説明していった。



恭也がキッチンで水を飲んでいた。

「恭也、少しいいかな」

「かまわないが」

「じゃこちらに来て」

そう言うと桃子はリビングへ向かった。恭也はその後を付いていった。テーブルに腰を掛けていた桃子は恭也に座る

ように促した。

「恭也、いつまで葉弓さんをほっておく気なの。彼女の気持ちを少しは考えてあげなさい。言葉も大事だけど、眼に

見える証も欲しいものなのよ女は。母さん、いま彼女は凄く不安だと思うのね、それは男には分からない事かも知らない。

あなた達、もうキッスはすませたでしょうけど、身体のつながりはまだ無いでしょう?」

「何を言うんだ母さん!」

「照れないの恭也、愛し合う男女ならあたり前のことなんだから。でもね恭也、男と女とでは違うのよ。

今から言う事は母親としての役目だと思って聞いて。

私たちは血の繋がった親子じゃない、それは事実。だけど、私はそれ以上に家族だと思っている。

これまで一緒に歩いて来た時間は嘘じゃない、全て本当の事。だから私は恭也の母親なんだと言える。

この子の母親は私なんだ。私しか居ないって、誇りを持って言える。

だから母親として恭也に言うの、わかる?。

ねえ恭也、一人の女の一生を、自分の人生を、恭也と歩むと決めた女に対して恭也の男としての責任は重いわよ。

だから、恭也一人の為に尽くす女に、男としての責任を、彼女に、葉弓さんに示してあげるのも男の責任だと思うの。

だから恭也、今は葉弓さんに、指輪だけでもプレゼントしなさい」


だから葉弓は一分でも早くこの場所に着たかった。

「だから、恭也君が来るのが待ち遠しくて、嬉しくて、充実した時間を過ごせたんです」

「俺も同じなんです。会いたくて、本当に会いたくて。今は確実に葉弓さんは俺のものだと実感しています。

俺の腕の中の葉弓さんは俺だけの葉弓さんなんだって」

周りを行く人たちは、この二人に羨望と感動の混然とした視線を投げかける。

葉弓は文句無く美人だし恭也も美男。こんな二人が抱き合っている光景は、羨望と感動が渦巻くのは当然だ。

駅前ショッピングモールを散策しながら、ジュエリー専門店のショウケースを二人で眺めて行く。

デパートの中にあるジュエリー専門店も見て歩く。そんな二人を振り返りる人たち。幸せ溢れるカップルの発する

オーラは慈しみ溢れる色をしている。葉弓は初々しく恭也の腕を抱き、恭也もそれに応える。

誰もこのカップルが、17歳の高校生と26歳の退魔師で9歳も年が離れていえるとは思わないであろう。

女は若く、男は老けて見える、そう、年相応の、お似合いのカップルと人目には映る。

恭也はもうひとつ桃子から言われていた。それは呼び方である。

「それと、これは一番大事なことなんだけど、恭也には言わないと分からないから教えてあげる。

女は、愛する男から自分の名前を呼び捨てにされることで、余計に自分は愛する男のものだと感じるの。

母さんが言う事、いくら恭也でも分かるよね?それに、そうなった時、恭也。あなた自身に起きる事も分かる」

酷い言われようだと恭也は思ったが、母さんに言われて見ると完全に納得した。

「有り難う、かあさん。そうするよ」

こんな会話も交わされていた事は内緒である。

問題はいつ呼び捨てにするかが、重大な障壁となった。タイミングが掴めないのだ。チャンスは意外な形で訪れた。

眼の前を歩く葉弓が、何かの拍子で躓きかけた。葉弓の先には降りの階段がある。

「危ない、葉弓」

思わず身体を支える恭也。自然と口を衝いて名前を呼び捨てにしていた。

自分の置かれた現状と、恭也が自分の名前を呼び捨てにした事が葉弓を混乱させていた。

『今恭也君は私を葉弓と呼んだ』

この一言が葉弓を至上の世界へと誘う。葉弓の全身を幸福感が覆う。

恭也は自分の発した言葉に戸惑っている。

『俺は葉弓さんを呼び捨てにした』

葉弓を抱きしめたまま固まる恭也。恭也に抱きしめられたまま固まる葉弓。ロココ調の彫刻が復元された。

「あ、あの、突然の事で呼び捨てにしてしまいました。すいません」

沈黙が支配する。やがて葉弓が口を開いた。

「いいんです、今名前を呼び捨てにされて感じる事が出来ました。やっと恭也君、ううん、あなたのものになれた。

指輪も嬉しい、天にも昇る様な幸せを感じたけど、葉弓と呼び捨てにされて完全にあなたのものなんだって」

葉弓の瞳は潤んでいた。さまざまな想いが葉弓を包んでいる。

「それに・・・私は嫌な女だって感じたの。こんなに独占欲が強いとは思わなかった。名前を呼び捨てにされた時、

この男は自分のもの、誰のものでもない、自分だけの男だ、誰にも渡さない、他の女に指一本触れさせるものかって」

赤裸々な想いを正直に語る葉弓を眩しく思いながら、母桃子の言葉を思い出していた。

「俺も同じだ。葉弓を誰にも渡さない。俺だけのものだ」

母さんが言った事はやはり本当だった。目の前にいる女は自分の女、そう思うと自分でも信じられないくらいの、

凄まじい独占欲が瞬時に沸き起こった。

『母さん、母さんの言ったことが分かったよ、誰が何と言おうと母さんは母さんだ。俺の母さんなんだ。

血が繋がっていようが繋がってなかろうがそんなもの関係ない。桃子母さんが、俺にとってただ一人の母さんだ』

恭也は心の中で叫んでいた。葉弓を引き離し、じっと眼を見つめる。

「これから俺が葉弓を守っていく。葉弓の仕事は理解している。俺に霊力が在るかは今は分からない。

けど、俺は一生葉弓から離れない、お前を守りきってみせる」

恭也の言葉のひとつひとつが葉弓の中に染み込んで行く。恭也の激情が自分を恭也色に染め抜いていく。

そんな感覚に、葉弓は幸福とはこんな感じを言うんだろうなあと思っていた。

『この感じ、見られている。敵意やさっきは感じないが、確かに見つめられている。しかもかなり多数の視線を感じる。

おかしい、ここは海鳴デパートの中だ。俺たちが視線を集める理由は無いはず・・・・・』

恭也は失念していた。自分たちがどのような状況にあるか、的確に判断出来ていなかった。

葉弓は恭也より早く正気を取り戻していたが、羞恥に押しつぶされ顔を上げることが出来なかった。

漸く自分たちの状況を把握した恭也の取った行動は実に堂々としたものだった(表面上はだが)。

自分でも驚くほど落ち着いた声を口に出す。

「葉弓、行こうか。母さんに報告しないといけない。結納や結婚式の日取りとかなんかを」

そう言うと葉弓の手を取り、歩き出した。どこからか拍手が聞こえてきた。それと同時に祝福の声が聞こえた。

漸くその場から離れる事に成功した二人だが。これ以上無いというぐらい首筋まで朱がさしていた。

だからだろうか、見つめている中に知った視線を見抜けなかった。

腕を組みながら歩く二人の後を付けて行く一人の女性。きりっとしたスーツを着こなして文句無く美人である。

彼女の気配消しは、彼女の使う流派の極意であった。

少しでも害意のある気配は瞬時に感じる事が出来る恭也であった。就寝中であってもそれは変わらない。

だが害意の無い気配を読む事は得意ではなかった。一方葉弓はと言うと。

『これは、この気配は真雪さんだ、近い所にいる』

心の中に真雪を思い浮かべる。暫らくして形が定まってきた。真雪の全身を捉える。

神鳴流奥義”姿見”、葉弓は今この術を使っている。念を飛ばさず、己の中に集中させる。

真雪は雑誌社の人間と、単行本の発刊について打ち合わせに来ていて、恭也たちを見つけた。

二人は階段の降り口で抱き合っていた。前後の事情を知らない者からすればラブシーンに見える。

もっとも、ラブシーンに違いないが。真雪は飛びついた。

「これはこれは」

親父丸出しの言葉が口をつく。ニタリ、と音がするような笑顔を浮かべながらおもむろにバッグの口を開けた。

そして、バッグからサニーのハンディームーヴィーを取り出すと写し始めた。

『これはいい機会だわ。恭也が私のものだと言う事を世間に知らしめる絶好のチャンス。これを逃す手は無い』

瞬時に思いついた黒葉弓。先ほどの狼狽ぶりは何処えやら。さりげなく恭也に腕を絡める。

事情を知らない恭也は、葉弓の為すがままにさせている。葉弓の思惑にはとんと気づかない恭也であった。

「これはいいものが撮れた。ネタにもなるし、今回の単行本はこれで行こう」

早くも漫画のネタにしてしまう真雪、プロである。雑誌社の担当員はと言うと、真雪の指示でこれまた違う角度から

撮影していた事を恭也は知らない。

恭也の発言も完璧に録音されたことを確認すると、真雪はそっと、その場を離れていった。

次に真雪が現れたのは家電売り場だった。録画用のメディアを購入すると、取って返して恭也たちに張り付く。

充電済みの予備のバッテリーは常に携行している。その間雑誌社の人間に続きを撮らせていた。用意万端である。

恭也と葉弓が向かった場所、それは商店街のジュエリー専門店だった。結局、葉弓が気に入ったデザインのリングは

デパートには無かったからだ。目的の店につくと、早速葉弓は目指すものを見つけ出した。

「きょ・・・あなた、これ」

真雪を意識してあなたと呼ぶ黒葉弓。

葉弓にあなたと呼ばれた恭也は雲の上を歩いて葉弓の傍に近づいた。

ショウケースの中のリングは、ハートを掴む二つの手がデザインされたプラチナのリングだった。

「すいませんこれをお願いします」

店員に声を掛けると、ショウケースからリングが取り出された。

「こちらの品物で宜しかったですか?」

「ええ、それです。お幾らでしょうか」

「消費税込みで36000に成ります」

「じゃそれを御願いします」

「奥様、サイズを計らせて頂きますね」

サイズはぴったりと葉弓の指に収まった。

「イニシャルの刻印はサービスさせて頂きます。どのようにいたしましょう」

「じゃ、KとHで御願いします」

「1時間ぐらいお待ち頂けましたら今日中に出来上がりますが」

「葉弓、お前はどうしたい」

葉弓は初めて奥様と呼ばれた時、一瞬、意識が飛んだ。漸く戻った葉弓に恭也から、お前、と呼ばれた。

「・・・・・・・」

「葉弓、少し待てば今日中に出来るらしいが、どうしたい」

「・・・・あなた、じゃお茶でも飲んで」

「ああ、それ位に又来ます」

支払いを済ませて店を出た二人は何処とも無く腕を組んで歩いていた。いつしか翠屋の前まで来ていた。

「葉弓、母さんに報告しようと思うんだが良いか」

「ええ、もちろんいいに決まってる・・・・・そして・・・有り難う・・・あなた」

こんどの”あなた”はしっかりと言えた。

『言葉の持つ魔力、言霊、こんなに私を満たしてくれる。もう離れられない。魂を繋ぎ止められている・・・心地よい』

真雪のことなど頭から綺麗さっぱり抜け落ちている。と、更なる独占欲が湧きおこる。今の葉弓を責めることの出来る

者など誰もいない。この感情は誰しもが持っている極々普通の感情なのだから。だからこそ桃子が予言したのだ。

恋する女がこうなる事は熟知していたから、士郎に対して抱いたそれを忘れるはずが無いから。

ドアを開けて入った二人を見た桃子は自分の思ったとおりになったことを実感した。


葉弓は初々しいまでに輝いており。恭也は落ち着いた、いつもとは違う落ち着きを見せたいた。

母親を見つけた恭也は桃子に礼を言った。

「母さん、有り難う。俺たち結婚する事にした」

言葉すくなに恭也は、しかし、はっきりと言い切った。

「良かったね恭也、葉弓さん。お互い想い人と結ばれて。お父さんに報告は?」

「いや、誰より先に母さんに報告したかった。葉弓、俺と母さんは血の繋がりは無い。でも同じ時間を生きてきたんだ。

紛れも無く俺たちは家族なんだ。だから、母さんなんだ。俺にとって母さんは目の前にいるこの人だけなんだ。

この世でたったひとりしかいない俺の母さんなんだ」

恭也の言葉は葉弓に衝撃を与えた。今回の騒ぎの原因はここに在った。

これが築山殿を呼び込んだ原因だ。母親を想う恭也の心は小次郎に重複した。息子を想う桃子の心が築山殿に

重複したのだ。母子の絆の重さに改めて気づく葉弓。嫉妬の感情が呼び寄せたのではない。今昔、一組の母と子

の途切れた絆が、時間を超え今の世で再び紡がれたのだ。自分も築山殿と重複したのかも知れない。

いやきっとそうだ。だから分かる、あの時感じた違和感はきっと自分が男として恭也を愛したが故の違和感であったろう。

「おかあさん、こう呼ばせて頂きます。恭也君から聞かせて貰いましたきました。私の気持ちを代弁してくださった事。

おかあさんの言われた通りの状態でした。嬉しさと苦しさの板ばさみでした。私は彼より年が上ですし・・・」

桃子は葉弓にそれ以上言わせなかった。全て承知している事を葉弓に笑顔で教える。

「葉弓さん、恭也はこんな子ですから、こちらから先回りしなけらば成らないときがあると思うの。だからなあ、

私はこの子の父親で士郎と言う男と出会った、そのとき思ったの。この男は私だけのも、誰にも渡さない、てね。

だから、彼の眼に他の女に映ると酷いヤキモチを焼いた。結局私の思い過ごしだったんだけど、彼は私だけを見ていて

くれた。嬉しかったわ、桃子て呼ばれた時は。それは天にも昇る心地だった。だから余計に独り占めしたくなった・・・」

話を聞き終えて、心が軽くなった。おかあさんも同じだったんだ。私だけじゃない。このことが葉弓を開放した。

「早々、真雪さんが来てねあなた達にお祝いだと言ってビデオテープを下さったわ」

こう言いながら私へウインクして見せた。全て知っているんだ、お母さんは。

桃子のウインクは、真雪の存在を有利に利用しようとした事を悔やむ心を解放したのだ。すごいお母さんだ。

顔を赤らめながら桃子へ一礼する。そんな様子に満足げに微笑みながら。

おめでとう恭也。おめでとう葉弓さん。祝福を送る桃子であった。



ハッピーエンドでした。やはり桃子さんは、すごいですね〜。あこがれます。

裏主人公”高町桃子”これで決定です。





甘いよ〜。
美姫 「甘いお話だわ」
でも、いいお話だった。
美姫 「それにしても、流石は桃子さんって感じよね〜」
うんうん。
美姫 「それじゃあ、まったね〜」
ではでは。



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