『選ばれし黒衣の救世主』










 いつも恭也と大河の戦闘訓練のために使われる森。今はすでに訓練は終わり、二人とも休憩していた。
大河は強くなった。
 おそらく森以外で戦闘になれば、恭也と戦っても勝率は五分五分まで持っていけただろう……前までの恭也なら。
これもデザイア事件の後から、大河が訓練に熱を入れるようになったためだ。
そんなことを恭也が考えていると、

「なんかこの頃恭也の動きがぎこちないけど、なんかあったのか?」

と大河に言われ、恭也は感心したように息を吐いた。

「気付いていたのか、隠しているつもりだったのだが」
「やっぱりか。んで、なんかあったんか?」

 恭也は頷き、そして右膝に手を置いた。
 戦闘を終えたというのに、膝に痛みはない。戦闘中いくらか酷使したはずなのだが、やはり戦闘中にすら痛みはなかった。
 病院で……特にフィリスに診てもらったわけでもないから、完全に完治したかはわからないが、少なくとも戦闘に支障はない。
 大河との戦いでは使っていないが、一人の鍛錬で何度か神速も使ってみたことがあったのだが、やはり痛みを伴うことはなかった。
霊力による治療と、リリィとリコの治癒魔法によって、完治に近い状態には確実になっていた。
治った、と言っても差し支えはないだろう。

「膝の痛みがなくなって、戦い方を微妙に矯正しているんだ。ただまだ今までの慣れが抜けなくてな、そのへんがぎこちなさとして出てしまうんだろう」

 十年近く続けてきた膝を庇って戦うというやり方。それを突然戻すのが難しく、動き方に出てしまうのだ。
 
「大丈夫なのか、突然戦い方変えちまって?」
「だから少しずつやってる。しばらくは訓練でしかそんな戦い方はせんよ。
 本当の戦闘になったら少なくとも、本気が出せるだけいいさ。今度は全力で動いてみる」
「……本気? 全力?」

聞き捨てならない単語がいくつか出てきて、大河は訝しげに問う。

「膝のハンデがあったから、本気や全力が今まで出せなかった……ようだ」

そのへんは恭也もどこか自信がなさそうに返答する。
膝というハンデがある状態が続き、恭也は全力で戦闘ができなかった。いや、恭也自身は本気だと全力であると思っていたが、膝が治ってるみると、今までの自分の全力戦闘が本気でないと気付いたのだ。
膝はどんな動きにも、それこそ攻撃のための動作でも要となり、尚かつ負担をかける場所だ。そのため無意識にそこを庇い、さらにこれ以上悪化させないために、自身は全力であると思い込んでいただけで、その上があった。
全ては無意識に膝を守るために。
その無意識が、膝が治ったという意識が出てきたためになくなった。
それもぎこちなさの原因の一つでもあった。まだ恭也も戸惑っているのだ。
そのへんを説明すると、大河は顔を引きつらせた。

「お前は本当に化物か?」
「別にお前たち救世主候補のように身体能力が上がるというわけではない。少し反応速度や動きが良くなる程度だろう。まあ攻撃力や攻撃の速度自体も多少上がるだろうが」
「それがお前の武器じゃねぇか」

大河は思わず半眼になって突っ込む。
 やっと追いついてきたと思っていたのに、まさか恭也まで強くなるとは思っていなかったのだろう。

「お前との戦闘は、何もお前だけに効果があるわけでもない。俺とていい訓練になっているからな」

大河の考えていることがわかったのだろう、恭也は意地悪く笑ってそんなふうに言う。
 大河はうへぇと舌を出し、いつになったら追いつけるのやら、などと呟くのだった。





 第三十六章 協力関係





 訓練が終わり、森から出た恭也と大河。
これからどうするかを話しながらも、二人は学園を歩く。

「今日は休みだしなぁ」

 とはいえ、とくにすることもない。
 
「よしっ、今日は町に行くぞ」
「町?」
「おう、お前には色々してもらってるし、ここは俺がナンパの仕方を教えてやろう!」
「いらん」

即答する恭也。
むしろ大河がナンパに成功することなどまずない。夜中に学園を抜け出してまでナンパをしているようだが、成功率は限りなく0に近い。
 別に大河の顔が悪いわけではない。むしろ彼は整った顔立ちをしている。が、そのナンパの勢いに皆引いてしまうのだ。
まあ恭也はそこまで考えて断ったわけではないが。
しかし、ここで大河は折れない。
 
「何言ってやがる! お前、もう二十二だろ!? 女とつき合ったことがないってどうよ!?」
「別にかまわんだろ」
「いつまで童貞通すつもりだよ!? むしろ未亜のためにテクニックをいまのうちに! いや、それもなんか酷くむかつく! 未亜はそう簡単にやらん!」

一人でヒートアップする大河。
 そんな大河を見ながら、

「経験はあるのだが……」

なぜかそんな聞き捨てならないことを呟く恭也。
しかし、ヒートアップしていた大河には聞こえていなかったようだ。聞こえていたらどうなっていたか。おそらく大河が他の者たちに話してとんでもないことになっていただろう。

「とにかくナンパへ行くぞ!」
「って、ちょっと待て! トレイター呼び出してまで引きずるな! というか、ここ最近引きずられてばかりだ!」

トレイターを呼び出して筋力アップした大河の手によって、恭也はズルズルと引きずられていく。
リリィと違って、この手をブッた斬ってやろうか、とか黒いことを思いながらも、恭也は引きずられていく。
そして正門にまで辿り着くと、

「何やってんだ、お前ら?」

 引きずる者と引きずられる者がどんな風に見えたのか、そんな声をかけられた。
その声の主はセルだった。

「おお、セル、俺たちこれからナンパに行くんだけどお前も来るか? 恭也につられて来る女も多いかもしれん」

 大河、もしかしてそれが狙いだったか。
その言葉にセルは頬をだらしなく緩めて頷こうとするのだが、すぐに渋面になってしまった。

「大河よ、悲しい報せがある」
「何だよ?」
「学園長がお前と恭也をお呼びだ」
「なぬっ!?」

これからナンパに出かけようとしていた所だというのに、という感じで大河も渋面になってしまう。
しかしすぐに何かを思いついたのか、わざとらしく手を叩く。そのためにわざわざトレイターを消すほどのわざとらしさだ。
 その間に恭也は脱出したのだが、大河は気付かない。

「セル、お前はここで俺たちに会わなかった。いいな?」
「無茶言うなよ」

呆れた感じで呟くセルを無視して、その脇を大河は通り抜けようとするのだが、その首が突如として黒い影に捕まれた。

「さて、学園長がお呼びなんだ。さっさと行くぞ」
「って、ちょっと待て恭也! 首が無茶苦茶痛い!」
「痛いように掴んでいるのだから当然だ」

先ほどまでの仕返しなのか、恭也は絶妙な力加減で大河の首を掴んでいる。その痛みのと巧みな掴み方のせいで、大河も振りほどけないらしい。

「セル、伝言、感謝する」

恭也は残った腕をシュタッと上げて、セルに礼を言う。

「い、いやいいんだけど、大河、大丈夫なのか? 何か泡拭き始めてるぞ」
「初の男性救世主候補だ。この程度で参ってもらってはこまる」
「すでに参ってるような」
「気のせいだ。ではな」

それだけ残して、先ほどの真逆で恭也は大河を引きずって歩き出したのであった。



「ちーっす、当真大河入ります」
「高町恭也、入ります」

 大河は首をさすりつつ、少し恭也を睨みながら、恭也はそれをキレイに無視しながら学園長室に入る。
 そこには学園長のミュリエルは元より、またもやクレアがいたりした。
 そのクレアを見て、大河はため息を吐き、恭也も何かあったのかと目を細めた。

「またお前かよ、クレア」
「久しいな、クレア」

 その二人の挨拶に、ミュリエルは眉間に皺を寄せる。

「当真君、高町さん、もう少し目上の者に対する話し方を」
「いいのだ、シアフィールド」

 当人にいいと言われては何も言えないのか、ミュリエルはため息を吐いた。
そんな二人を見ながらも、恭也はまだ真剣な表情をとっていた。

「ああ、心配するな、今回は別に何かが起こったというわけで来たわけではない」

 恭也の雰囲気で考えを察したのだろう、クレアは少し笑いながら言う。
それを聞いて、表情こそ変えないものの、恭也の雰囲気は軽くなった。

「それよりも恭也、あの件でかなりの重傷を負ったという話だが、大丈夫なのか?」
「ああ、それはもう心配ない」

 ベリオたちの治癒魔法もあったし、あれから時間もそれなりに経過しているので、身体はすでに回復している。
その話を聞き、クレアは少し考えるような動作をとったあと、再び口を開いた。

「恭也、大河。今日はこれから少し私につき合ってほしいのだ」
「付き合う? いや、でもほら、お前って俺の射程外だし」
「そう言う意味ではない」
「というか、どう考えたらそういう答えになる」

 大河の答えに、クレアと恭也は同時にため息を吐いて言う。ミュリエルもこめかみを押さえて、顔を顰めていた。
 いや、まあ大河としても悪ふざけだったのだが、こういう反応されてはいつまでも同じことをしているわけにもいかない。

「で、俺たちに用ってなんっスか?」

 その質問に、やっとまともな話ができると思ったのか、ミュリエルは僅かに安堵の表情を見せた。
やはりミュリエルは苦労人である。

「クレシーダ殿下の護衛をお願いしたいのです」
「護衛? どこか危ない所でも行くんですか?」
「危ないと言えば危ないな」

当人であるはずなのに、クレアは軽く言う。

「や、まあ恭也なら護衛の仕事とかしてたらしいから変でもないっすけど、お付きとかいるでしょう?」

恭也が護衛の仕事をしていたというのは、クレアもミュリエルも初耳であったのだろう、二人揃って驚いたような表情を浮かべて、確認するように恭也を見た。
 それに恭也は少しため息を吐きながらも頷く。
しばらくその答えに何かを考えた後、ミュリエルは再び口を開いた。

「人間相手の護衛なら、それでいいでしょうが」
「どういう意味ですか?」

 恭也がそう聞くと、クレアとミュリエルは説明を始める。
何でもクレアは禁書庫に行きたいらしい。
 王族の特権で、この学園の内部で行けない所はないらしいので、その強権を発動させたが、モンスターがいる場所だ。護衛なしで行かせるわけにもいかない。が、生半可な護衛では、クレアに危険が及ぶ、そのために白羽の矢が立てられたのが、恭也と大河だった。
 図書館ということで、リコの方がいいのかもしれないが、リコは召喚陣の修復が最優先。そして何よりクレアの希望によって、二人に決められたらしい。

「と、言うわけだ。よろしく頼む、高町恭也、当真大河」
 
と、クレアからにこやかに言われ、恭也と大河はお互いの顔を見合わせ、

「了解」
「ご案内いたしますですよ」

 恭也は真面目に、大河は半ば投げやり気味に言った。




 校舎から図書館までの道、恭也がクリアの右側を、大河が左側を歩く。
 まだ護衛が必要な場所ではないと大河とクレアは言っていたが、クレアが王女である以上何が起こるかなどわからないと、一応恭也がこういう配置で歩くように促した。
真ん中を歩くクレアはなぜか嬉しそうだ。その意味がわからない恭也と大河はとくに何も言わないが。
そしてそんな三人が中庭に辿り着いた時、

「あれ、恭也君?」

そんな声が聞こえ、三人がその方向に視線を向けると、この学園にいる時には珍しい、私服を着た知佳がいた。
今日は知佳も仕事が休みで、図書館に行く途中だったのだ。

「知佳さん、こんちは」
「こんにちは、知佳さん」
「うん、大河君、恭也君、こんにちは。って、恭也君にはさっきも会ったけどね。
 それで、そちらは……」

にこやかに笑って二人に挨拶した後、知佳は視線を少し下げて、二人の間にいるクレアを見た。

「ふむ、なのはたちと共に来た仁村知佳、だったな。私はクレシーダ・バーンフリートだ」

すでにミュリエルから報告を受けているのか、クレアは知佳の容姿と名前が一致しているようだ。
 そのことには恭也も知佳も驚きはしなかった。元々、自分たちの存在は学園長にしろ、王女であるクレアにしろ、疑問なり、懐疑にしろ持たれていて当然と思っていたからだ。

「ふふ、私もクレア様のことは恭也君から聞いてますよ……うーん、クレアちゃんでもいいかな?」
「別に構わぬ。元々お前たちはこの世界の住人ではないのだ、私を敬う必要などない」
「それじゃあそうさせてもらうね」

 知佳という人は元々は組織に属しているだけに、本来、上下関係はきっちりとしているのだが、恭也からクレアの人となりを聞いていただけに、どうにも王女として対応できないのだろう。

「それで三人揃ってどうしたの?」

知佳が首を傾げて聞くと、大河が一通りの説明をする。
 禁書庫に入るといううのを聞いて、知佳は視線を恭也に向けた。
 恭也も何度か知佳が禁書庫に入りたいと言っていたのを覚えている。そのため、その視線の意味もわかった。
しかしクレアに疑いを持たれている可能性は否定できない。どうやって知佳も一緒にと言えばいいか。
だが、

「ふむ、知佳、お前も来るか?」
「え?」

 クレア本人から同行を促され、恭也と知佳は同時に声を上げた。
それにクレアは苦笑する。

「食堂で働く傍らで、色々と調べているという話を聞いている。禁書庫にはお前が欲しているものがあるかもしれぬぞ?」
「クレアちゃん……」

知佳が色々と調べていることを知っている。無論、周りに注意しながら調べていた訳ではないから、知られていてもおかしくはない。学園長がそれを報告したのか、それとも……。
そして、彼女がなぜ自分からそれを言ってくるのか。
恭也と知佳は、一瞬で頭を働かせるが答えは出てこない。
 だから……。

「じゃあ、ご一緒していいかな?」
「うむ」

彼女にどんな考えがあるかはわからないが、少なくとも罠などではない。まさか恭也を相手に罠をかけられるとは思っていないはずだし、状況的にも知佳とは自然に出会ったのだから罠自体用意できないだろう。
おそらくクレアは自身で知佳たちのことを探っておきたいのだ。
ならば情報を手に入れるために、この話は乗っておくべきという結論を知佳は出した。
そして知佳を加えた四人は、図書館へと向かって歩き出したのだった。




「はあ、本当に凄い量の本だね」

 図書館とは比べることもできない程の蔵書量に、知佳は目を瞬かせていた。さらに言ってしまえば、ここはまだそれほど深い場所ではないのだ。

「気を付けるのだぞ。貴重な本には、それに見合った護衛モンスターが封じてあるからな」
「ああ、そういえば未亜が本を開いて、その中からモンスターが出てきたことがあったなぁ」

 導きの書を得るために、この禁書庫へと潜った時のことを思い出して大河は言う。
恭也の場合は、あまり本に興味がなかったのでほぼ無視だった。だがもしもここに美由希がいたなら、今頃モンスターだらけになっていたのではないかと思い、苦笑した。

「一説によると、この世界が開闢して以来のあらゆる文献が収められているそうだ」
「調べるのも生半可な労力ではできそうにないな」

 四人はそんな会話を交わしながらもさらに深くへと潜っていく。
そしてそれなりに地下へと降りた後、クレアは書物を調べ始めた。それに倣って知佳も書物を読み始めていた。
 知佳もかなり早いスピードで本を読んでいっているが、クレアはさらに早い。それこそ恭也たちにはページをただ捲っているようにしか見えなかった。

「クレア、お前は何について調べているんだ?」
「おそらくは知佳と一緒だ」
「千年前の破滅との戦い?」
「そうだ」

そう言い合って、知佳とクレアなぜか笑い合う。もっともそれは和やかにというよりも、どこかお互いを探り合うかのようなものであったが。

「しかし、そんなに前の本がまともに残ってるもんなのか?」
「魔術的に保護されていれば、いくらでも保存されているはずだ」

クレアと大河がそんな話をしていると、知佳が本棚から一冊の本を抜き取る。そしてそのタイトルを見て驚いた顔をみせた。

「クレアちゃん、これ?」
「む? これだ」

知佳から渡された本を見たあと、クレアは恭也と大河の方に向き直る。

「しかし封印が施されている」
「俺たちの出番ってわけか」
「ふむ、まあそれが今回の俺たちの仕事だからな」

そう言い合って、大河はトレイターを呼び、恭也は八景を引き抜いた。
それから二人が頷いて見せると、クレアは本を開いた。




「っしゃあ、勝ったぁぁぁぁぁぁ!」

 本の中から出てきた複数のモンスターを全て倒した後、大河は雄叫び上げる。対して恭也は黙って八景を鞘に戻した。
叫んでいた大河だが、唐突に真顔に戻ると恭也の方へと向き直る。

「なあ、もしかして今のが『本気』なのか?」

先ほどの戦闘を思い返しながら、大河は恭也に聞いた。

「ああ」

それにあっさりと恭也は頷く。
手加減が不要であった敵。そのため恭也は実験的に膝が治ってからの全力戦闘を行ってみたのだ。
恭也の返答を聞いて。大河は顔を顰めて見せる。

「マジかよ? 俺との訓練では止めてくれ」

大河の目から見て、先ほどの恭也はとんでもない一言しか言えないぐらいだった。それはあのデザイアに侵食された時以上と言っていいほどに。もちろん、身体能力が上がっていたことを差し引いてだが。
しかも何か大河の目から見て、それはやりすぎのように見えた。むしろ、モンスターたちがかわいそうと思えるほどに。

「手加減が効かなかっただけだ。ただまあ確かに、まだ慣れていないから、訓練などではじょじょにやっていった方がいいな」

そんなことを言いながらも、恭也はどこか嬉しそうだ。それはそうだろう、膝が治っての全力戦闘というだけで、ここまで自分が伸びるとは思っていなかったのだ。
まだこれからも伸びていける、自分の限界がまた見えなくなってきた。それが嬉しくてたまらないのだ。
男二人がそんな会話をしている間も、女性二人は同じ本を読んでいた。
 そしてそれが終わると、また次の本へ。そこでまた男二人が戦うということを繰り返すこと数回。

「これって……」
 
 ある本に至り、知佳は軽く目を見開いた。

「やはり、か」
「クレアちゃん、知ってたの?」
「王宮には学園の図書館以上の書物がある。その情報を纏めていけば、おのずとな。まあこれでもまだ確証を得たとは言えぬが」

知佳はそれから少し考え、

「……どう思う?」

ただそう問う。

「あやつの特性を考えれば、おかしいことではなかろう」
「召喚士」
「そうだ」

ただその会話を聞いているだけでは、まったく意味がわからない言葉の応酬だが、二人はちゃんと意味を理解しながら会話していた。
 そして二人は一通りの話を終えるとその本を閉じ、恭也たちの方を向いた。

「ご苦労だった、おかげで助かったぞ」
「もう終わりでいいのか?」
「うん、だいたいね」
「そうですか」

恭也たちにはわからないが、おそらく調べたいことは調べられたのだろう。
 そして四人は来た道を引き返し始める。
 その途中、知佳は恭也の服を引っ張り、前を歩くクレアたちから少し距離を取らせた。

「知佳さん?」
「恭也君、私たちの持ってる情報……レティアちゃんのこととか書の精霊のこととかだけど、クレアちゃんに話しちゃってもいいかな。もちろん、いきなり全部話すわけじゃないけど」
「クレアにですか?」

 その真意がわからない恭也は、僅かに首を捻って聞き返す。
 それに知佳は真剣な表情で頷き返す。

「もしかしたら、クレアちゃんなら味方に引き込めるかもしれない。王女様が味方になってくれるなら、かなり心強いと思うんだ」
「できるんですか?」
「たぶんね。こう言うのは何だけど、私はクレアちゃんの権力と情報が欲しい。クレアちゃんはさらに情報が欲しい。お互いがお互いに欲しい所を持ってるんだよ。それを一つに合わせれば、もっと有力な情報が手に入るかもしれない。
クレアちゃんなら……学園長よりもずっと信用できる。たぶんクレアちゃんもそのへんを考えて、私を味方に引きずり込もうとしてたんだと思うよ。結構探ってきてたし、それなりに私も匂わせたり、敵じゃないみたいなことをお互いに分からせようとしてたから」
「……凄いことしてますね」

本を読みながらも、二人がそれなりに会話をしていたのは恭也も気付いていたが、そんな応酬をしているとは思わなかった。
恭也は少し考えたが、情報の収集や、その扱いに関しては元より知佳に頼ってきたのだ。それを自分が今更何かを言う必要はないという答えへと簡単に至った。

「俺への許可なんていりませんよ。知佳さんは知佳さんのやりたいようにやってください。知佳さんが間違ったことをするわけがありませんから。それがみんなを守るためになるなら、俺はなんであろうと受け入れますし、それで何か危険になるなら、俺が全力で知佳さんを守ります」
「あ、ありがとう、恭也君」

恭也に絶対の信頼と守護を約束され、知佳は思わず顔を赤くしながら微笑んだ。
好きな人からの信頼なのだ、それだけで頑張れる。
 



 地上に戻り、四人は知佳と会った中庭まで戻る。

「恭也、大河、おかげで助かったぞ」
「このぐらいなら構わない」
「ああ。結局調べたかったことはわかったのか?」

大河の問いにクレアは考える仕草をとる。知佳もどこか似たような態度をとっていた。

「まだ確証はないのでハッキリとは言えぬが、二人とも、特に大河、シアフィールドには……学園長には気を許すな」

 クレアのその言葉に大河は意味がわからないという表情を見せ、恭也は目を細めた。
 恭也たちの場合は警戒されているだろうから当然だが、なぜ大河までなのか。いや、むしろ大河の方に強く言うのはなぜなのか。
 そう考えて、恭也は知佳の方を向く。

「まだ確証はないから詳しくは言えないんだ。ただクレアちゃんの言うとおり、学園長に気を許しちゃダメだよ」

 知佳も真剣な表情で言った。
 その二人の真剣さに、あの大河も神妙に頷いて返した。

「では、私はそろそろ帰ろう。爺を待たせておるからな」
「あ、じゃあ私が送っていくね」

 クレアの解散の言葉を聞いて、知佳はすぐに言った。

「なら俺も行くぜ、知佳さんと一緒なら……」

 知佳がいるならと、それに着いていこうとする大河だが、知佳の意図に気付いた恭也がそれを止める。

「お前はこれから俺と訓練だ」
「はあ!? なんでだよ!?」
「もう少し膝に慣れておきたい」
「って、んな事俺を使うな!」
「いいから来い」

 恭也は問答無用で、先ほどのように大河の首を掴み、クレアの方を向いた。

「それではクレア、またな」
「うむ」

クレアはそれに鷹揚に頷く。
 そんな彼女を見てから、恭也は喚く大河を引きずって行ったのだった。




そんな二人を見送りながらも、クレアは苦笑した。

「恭也もわかりやすい所があるのだな」
「恭也君、見慣れてくるとあの無表情でも感情とか考えてることがわかるようになるんだよ? 結構素直な所があるんだから」

クレアの言葉の意味がわかりながらも、知佳は笑って返す。
クレアは気付いている。恭也がわさわざ知佳と二人きりにしたということを。
そして二人は向かい合った。

お互いに匂わせていた。
 知佳は、あなたの知らない情報を自分は持っていると。
 クレアは、自分は権力でお前の限界を上げてやれると。
そしてさらに、お互いで探り合った。
 相手は信用に足る人物なのかと。
 だが、結局の所行き着いた答えは二人とも一緒だった。

『恭也の知り合い』

単純に知り合いというのも語弊がある。
 知佳は、クレアは幼いのにしっかりしていて、王女として立派なことをしている、と褒めていたのを聞いていた。
 クレアは、知佳との接し方で、恭也にとって知佳が大切な人物なのだとよくわかった。
二人は何より恭也を信用し、信頼していた。
知佳はもちろんだが、クレアの場合は立場的な所から疑惑はあるものの、過去に傷を負ってまで助けられたというものがあったし、ある人物からの報告や、自分の見た感覚から、王女としてではなく、クレア個人として恭也を信用していたのだ。
二人の間に恭也がいるからこそ、今の目の前の相手が信用できる。
 だが、それだけではまだだめだ……。
足りないものがある。
 それを聞かなければならない。

「情報はいるかな? 私はきっとクレアちゃんが知らない情報を持ってるよ? それもかなり大きなやつをね」
「ふ、ならば知佳は権力はいるか? さらなる情報を得るためには、大きな武器になるだろう」

二人はどこか不敵に笑いながらも、相手を見定める。

「その権力は何のために?」
「その情報は何のためにだ?」

お互いの見えない武器は何のためにあるのかと。

「ただ大切な人たちを……」
「ただこの世界に暮らす全ての人々を……」

 二人はただ笑い合いながらも……。

「「守るために」」

己が願うたった一つの答えを紡ぐ。


そして今度こそ本当の笑みを見せ合うと、二人はお互いの手を握り合った。
 同士だから。
 嘘偽りのない、少しだけ内容が違っても同じ道を行こうとする者だから。
たった一つの言葉と、相手の真剣な目……そして恭也という存在。
 それらを交えて、二人は相手を信じ、協力することを誓った。
 ただ守るために。








あとがき

 なんか思ったんだけど。
エリス「なに?」
 このところ学園が休みばっかだな。
エリス「まあ確かに。でもそうじゃないとできない所だから仕方ないんじゃないの?」
 そだね。まあ、どれも一週間ぐらいずつ経っているとでも思ってもらえれば。
エリス「とにかく、恭也たちの参謀である知佳とクレアの出会い」
 そして、二人は協力関係を結びました。
エリス「これが裏側ってことだね」
 そです。情報のための協力。恭也編ではようやく面識ができた。
エリス「で、なんか恭也がまた強くなったみたいだけど」
 描写はないけどねぇ。膝が使える分、踏み込みが力強くできるようになったりでかなり強くなってる。
エリス「それで次回は?」
 やっとこ話が進みます。
エリス「はあ、本当にやっとだね」
 ういうい。
エリス「じゃあさっさと次へ」
 了解であります。
エリス「それではまた次の話でお会いしましょう」
 ではでは。






知佳の静かな戦いがようやく実を結び始めたかな。
美姫 「良いわね、こういう目に見えない攻防も」
クレアも年の割には王女だからそういうのに慣れてるだろうしな。
美姫 「二人が協力した事により、更なる情報の分析がされる訳ね」
さてさて、これからどうなっていくのか。益々目が離せないぞ〜。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る