『選ばれし黒衣の救世主』










 目の前で各々の召喚器を構える救世主候補たちの姿が、恭也にはしっかりと見えた。
再び全員で攻撃を仕掛け、自分を捕縛する気なのだと、恭也にもわかった。
 だが、

「ダメだ!」

 その答えは間違っている。
 恭也の身体を操るモノは、それを狙っていた。
 再び全員でかかってくる機会を。
 おそらく恭也も同じ立場であれば、同じ事をする。恭也の経験まで奪った魔剣は、それを理解しているのだ。

「くそっ!」

 このままでは、本当に殺してしまう。
 本当に、彼らを……。
 この手で、守らなければならない者たちを殺してしまう。
 守りたいのになぜ自分はこんな所にいる。

「本当に何やってるんだ、お前は」

 見えない壁を殴りつけていた時、その声は唐突に聞こえてきた。
 そして、闇の中にぼんやりと浮かぶ恭也以外の人。
 
「お前はこの程度だったのか?」

恭也の心の中。
 この一角以外、全て欲望に侵食されたはずの世界に、彼は現れた。

「とう……さん……?」

 恭也の父、高町士郎は、息子に呼ばれると笑ってみせた。





 第三十二章 剣





再び始まった救世主候補たちの猛攻。
 だが、恭也は先程のように巧みに捌く。
しかしこの攻撃は先程までとは違う。なぜなら後衛の者たちは、すでに大河とカエデという存在をほとんど無視している。
 無論、当たっても死なないように威力は調節しているし、なるべく当てないようにもしているが、決定的なチャンスがあれば、二人のことは無視する。
 大河とカエデは、恭也と味方の攻撃をかわしながら、自身も攻撃に加わっていた。
 無茶を通り越して無謀な策だ。
しかしこれしか方法がない。
 戦う場所がいつもよりも狭いし、一人を相手に戦うには、救世主候補たちの人数が多いのだ。このぐらいしなければ攻撃できない。
それを理解して、大河はこの策をとった。
だがその策は思った以上にうまくいっている。
 なぜなら恭也は、先程までのような攻撃ができなくなっている。ほとんどかわし、捌くことに手を取られているからだ。
うまくいっている……うまくいっているはずなのに。

(どうなってんだ)

大河はトレイターを振り、味方の攻撃をかわしながらも、心の中で呟く。
 おかしい。
 どう考えてもおかしい。
いや、おそらくは恭也がこれでも捌くというのは予想していた。だが、ここまで見事に捌ききれるのはおかしい。
全員攻撃に切り替えてから、恭也にダメージらしいダメージを与えていない。
 いや……。

(ちょっと待て、いつからだ……?)

違和感。
恭也にダメージは与えている。
 だが、それができなくなったのはいつだ。
今恭也が負っている傷は、攻撃と回復二つに分かれて最初のうちにできたものだ。そして、その途中から恭也にダメージを与えることができなくなっていた。

 そこまで考えていると、攻撃を捌くことに集中していたはずの恭也が、大河に斬撃を繰り出してきた。
 しかももう片方の手ではカエデの攻撃を捌いていた。
大河はほとんど反射的に恭也の剣を受け止める。

(おい……マジか)

それを受け止めて、大河は顔を引きつらせた。
 なんで今まで気づかなかったのだ。

(なんで速くなってんだよ!?)

恭也の剣速が一段と速くなってる。さらに一撃の重さも大河にさえ迫るのではないかというほどになっていた。
今の今まで、一撃で殺しかねない技の方に目がいっていて気づかなかった。
これは技による速さと重さだけではない。
 大河たち救世主候補と同じく、身体能力によって繰り出されている一撃だ。いや、それだけではなく、そこに技も含まれている。
 そのことに大河は気づけた。
 今までずっと恭也の剣を受け止めてきたのだから。
だからこそ、今の一撃も本能的に受け止められた。

(恭也の身体能力が俺たち並に上がってる?)

 これもあの元召喚器の能力なのか。
そう思って、剣を弾き返し、再び後衛組の攻撃を捌き始めた恭也の動きを見る。
 
「おいおい」

思わず出た声。
 集中していたとはいえ、本当にどうして気づかなかったのか。
剣の速さと重さだけではない。恭也の動き自体が速くなっている。あのカエデにさえ迫りそうな速さだ。
つまり、今の恭也は救世主候補たち並の身体能力を持ちながら、救世主候補たちを軽く上回る技量を持っていることになる。

「勘弁しろよ!」

 それに気づきながらも、大河は叫びつつ再び恭也へと向かっていった。 




大河と同じく、恭也の異変に気づいている者は他にもいた。

(ありえない!)

リコは心の中で叫ぶ。
デザイアは召喚器としての力を失っている。
それはつまり救世主を選別する力を失い、召喚器としての力のほとんどを失っている。
あれは意思を持っているだけのただの武器にすぎない。
使用者の……己が使う身体にもっとも適した武器に変化する、という便利な力だけが残されたただの武器。

(どうして!?)

リコも恭也が召喚器・斬神を持っているのは知っているが、あれはあの存在の目から逃れるために休眠している。
つまり、召喚器の特性はまったくなく、恭也には人間として持ち得る能力しかない。
赤の主としての力も召喚器を持たずに戦う恭也には、その効力は微々たるものでしかない。
そして、デザイアは寄生した身体の主ができることしかできないという制限があったはず。
無論、恭也が人間離れしていることは、リコとて理解している。
だが同時にリコは、今現在の彼の限界を理解していた。
 いくら恭也とはいえ、救世主候補と自分、七人を敵に回して、ここまで戦えるわけがない。
なのに……。
なぜ限界を超えて剣速が上がっていく?
なぜ限界を超えて技の正確さが上がっていく?
なぜ限界を超えてスピードが上がっていく?
それだけではない。
なぜ自分が正確に撃ったはずの魔法が紙一重で彼『を』避けていく?
なぜカエデが投げた三本のクナイが、『たまたま』放った未亜の三本の矢に邪魔される?
なぜリリィの氷の魔法が、振動で『たまたま』落ちてきた洞窟の天井の一部に邪魔される?
運?
ちがう。
あれはそんなものではない。
大河が言っていた意識の問題も確かにある。しかし目的意識の違いで、ここまでの結果を出すのは不可能だ。
本来の自分の限界を超え、運さえも味方につけ、環境さえも味方につける。
ありえるはずがない。
 しかし、そこで不意に彼女の言葉が浮かんでくる。


『私はただの補助みたいなもの。マスターの方が本命』


リコは、その言葉を思い出して理解した。
理解してしまった。
人間である恭也が、あの存在に縛られていないとはいえ、特別な力を……ただの人間としては規格外でも……持たない人間である彼が、あの存在に対抗できるわけがない。
ならば、なぜ彼でなくてはいけなかったのか。
なぜ彼の方が、あの存在に対抗するための本命であるのか。

おそらく、彼は与えられたのだ。
 ……に『殺す』権限を。
……は、あらゆるものを『殺す』権限を彼に与えたのだ。
自分を創り出した存在よりは限定されているのかもしれないが、彼は……に最大級の権限を与えられているのだ。
だからこそ、彼が『殺す』と決めた以上、すべてはそのために動き出す。
自分の肉体さえも、運さえも、環境さえも……。
 彼が『殺す』と決めた以上、……はそのための支援を惜しまない。
それは、全てが彼の味方をするということ。

「勝てない……」

リコは呆然としたまま呟く。
捕縛?
 あの存在にそんなのは不可能だ。
自分たちでは、今の彼を殺すことすら不可能だ。
 勝てるわけがないのだ。
デザイアは、寄生した人間の全てを使うことができる。
つまり、その大きすぎる権限さえも。
この権限が発動している限り、自分たちはいずれ殺される。
赤の精であろうと、救世主候補であろうと……いや、真の救世主だろうと、恭也が『殺す』と決定した以上、それを受け入れるしかない。
もし対抗できるものがいるとすれば、同じく……に創られ、違う権限を与えられていると思われる、リコを創り出した存在しかいない。
この時本当の意味での世界の破滅が誕生したのかもしれない。
それはデザイア次第とも言えるが。




 大河とリコのみが気づいた恭也の異常。
身体能力を上げ、運と環境さえ味方つけた異常。
だがそれでも二人は手を止められない。止めた時、全てが終わってしまう。
 しかし恭也の異常は続いていく。
 さらに速くなっていく。状況に対応していく。
 すでに両の剣は大河とカエデの攻撃を捌くことだけに使われ、後衛の攻撃は体捌きだけでかわしていく。
この段階で、ようやく他の者たちも理解してきた。
 恭也の異常を。

「どうなってんのよ!?」

 リリィは攻撃魔法を緩めることなく叫ぶ。

「恭也さん、速くなってる!?」
「なんで!?」

未亜とベリオも手を休めずに叫ぶが、その攻撃も当たらない。

「補助魔法? ううん、おにーちゃんが魔法を使えるわけない」

密集しているため、さすがに遅延させた疑似魔法を同時に解放ということはできないが、それでも隠しつつ、なのはは呟く。
 恭也は魔法をまったく使えない。魔力自体がほぼないのだから当然だ。
 なのに速くなっている。
だからリコ以外の全員が、あの元召喚器の力だろうと勘違いした。
とうとう前衛二人を上回り、恭也は大河の腹に蹴りを、カエデの腹には肘を、それぞれ同時に撃ち込む。
 二人はなんとかそれを受け止めるものの、恭也はその隙を狙ってすぐにその場から離れた。
 そうして、紅月に黒い炎を纏わせる。

「やべっ、霊力!」

恭也の攻撃の中で唯一遠距離攻撃が可能であり、さらに破壊力もある一撃。

「大河君! カエデさん! 下がって!」

 ベリオに言われ、すぐさま二人は後衛組がいる場所まで下がる。
 それを確認し、ベリオは全員を障壁で守る。
 恭也はそれから紅月を縦横無尽に振るった。
 奥義の一つ、虎乱。
 本来は近接戦で使うはずのそれを、なぜか遠く離れた場所で、それも霊力を纏った紅月で放つ。
それと同時に、黒い光が……霊力による攻撃が、まるで散弾銃のように幾重にも放たれた。
 恭也が編み出していた新たな霊力技。
霊力と御神の奥義を組み合わせた技が、この最悪の場面で、それも守るべき者を相手に使われた。

「っ!!」

それをなんとかベリオの障壁は防いでいる。
 いくつも放っているためなのか、一撃一撃はそれほどの威力ではないが、その数は脅威だった。
 横に振る黒い雨は止まることを知らず、ベリオの障壁に降り注ぐ。
全員を守るために広く障壁を張っているため、ベリオの集中力と魔力、体力がかなりもっていかれる。
 魔力が薄くなれば、この黒き雨は障壁を貫く。だからこそベリオは耐えきらないといけない。
 魔力と体力を持っていかれ、膝をつきそうになる自分を叱咤し、唇を噛み締めて。
 そうしてベリオは仲間を守るために、それに耐えきってみせた。

「ベリオ、助かった!」

 ここからまた反撃だと、大河はトレイターを構えようとした。
 だが、紅月を振り下ろした恭也の姿が唐突に消えた。
 先程の移動術か……。

「違う! 神速!?」

今回は認識できないのではない、見えない。

「っ!?」

大河は叫んだ瞬間、胸に痛みを覚え、立っていられなくなった。
 自身で気づく間もなく、大河は地面へと倒れる。
そして次々と他の救世主候補たちも、大河と同じく地に倒れていった。
そこでようやく大河は気づいた。
 恭也は……デザイアはこれを狙っていたのだと。
 全員が一カ所に集まる瞬間を。
 恭也が神速を維持できる時間は限られている。全員バラバラの場所にいては、神速を使っても全員を同時に倒しきるのは難しい。
 だから全員が一カ所に集まり、神速を使う時を窺っていた。
最初から一網打尽にする気だったのだ。

「ぐうぅ!」

 大河は胸を押さえた。
 血は出ていない。
 だが確実に肋が折れている。
蹴りでも入れられたのか、それとも峰打ちにされたのか、それさえもわからなかった。
他の者たちも呻き声を上げていることからして、生きている。
大河が倒れたまま顔を上げると、少し離れた場所に恭也は立っていた。
 ただ立って、倒れ伏した救世主候補たちをまるで観察するように見ているだけだった。




なのはは本当に何が起きたのかわからなかった。
 だけど腕と腹に痛みがあって、それに耐えられなくて、倒れた。
兄に攻撃されたのだ。
その兄は今、ただ彼女たちを見ていた。
 兄の剣が、またみんなを傷つけた。
元に戻った時、兄はどれだけ悲しむだろう。どれだけ傷つくだろう。
自分の痛みよりも、それを考えた方が痛い。

「う……」

 こんな所で倒れていたら、兄を元に戻せない。
 こんな傷、痛くなんてない。

(許せない)

 何よりあの剣が許せない。
 兄の剣を汚したあの剣が許せない。
なのはは痛みを無視して立ち上がる。
 だが痛みは確かにあって、フラフラとした足取り。
 それでもなのはは白琴を構える。
そしてなのははゆっくりと恭也へと向かっていく。
ただ恭也の目を見つめて……。

「違う。御神の剣は……ううん、それも違う。
 おにーちゃんの剣は……守るためにあるものなんだ! だからこんなの、おにーちゃんの剣じゃない!」

そうだ。
 こんなのは自分の大切な兄の剣ではない。
 こんな剣は認めない。
 こんな剣につけられた傷など痛い訳がない。

なのはは魔法陣を作るでもなく、ただ恭也へと近づく。
 恭也はそんななのはを見ても、何の表情も見せず、もう一度なのはに向かって剣を振り下ろした。
だが、

「ほら、こんなの私でも受け止められる! こんなの、なのはのおにーちゃんの剣じゃないんだ!」

 なのははしっかりと己の白き剣で、恭也の……デザイアの剣を受け止めていた。




「気に入らねぇ…………」

大河は地に伏したまま呟く。
 恭也はまだ本気ではない。
 なぜなら大河たちはまだ生きている。
 本気で殺す気ならば、大河たちは今頃呼吸などしていない。
 おそらくデザイアは、大河たちが傷つく様を恭也に見せつけるためだけに、ギリギリで殺さなかった。
でなければ神速を使われた時点で、大河たちは殺されていた。
 その事実が気に入らない。

「気に入らねぇ……」

あの大河たちを観察するような目。
大河は、訓練で今まで何度も恭也と戦ってきた。
 その時の恭也が、時折どこか嬉しそうな目を自分に向けていることを大河は気づいていた。
 それはとくに恭也にとって予想外の攻撃を受けた時。
 その目を見るのが大河は好きだった。
 なぜなら、それは自分が成長している、強くなっているという証だったから。
 恭也に見せつけるために、その目が今、あの観察するような目になって、自分を見ていることが大河は気に入らない。

「気に入らねぇ」

 なのはがあんなに懸命に恭也の剣を受け止めている。
 召喚器の補助があっても、恭也の剣は速くて、重い。まだ大河たちよりも幼くて、元々後衛であるなのはには、きっと辛いはずだ。それは大河が一番よくわかっていた。
 なのにあんなにも真っ直ぐに恭也の剣を受け止めている。
 それなのに自分はこんな所で倒れている。
 それが一番気に入らない。

「気に入らねぇ!!」

地に手を着けて、トレイターを杖代わりにして大河は立ち上がる。
その状態で目の前を見れば、なのはが何度も剣を受け止めていた。
それを見て、大河はトレイターを構え直し、二人の間に飛び込んだ。
その大河に向かって、恭也は剣を放つ。
 だが、大河はそれを受け止める。
 一撃では終わらず、何度も振るわれる剣。
 それでも大河は、それら全てを受け止めてみせる。
 
「恭也の剣はこんなに軽くねぇ!」
 
 それは斬撃の重さを言っているのではない。
 恭也の剣には、誰かを守りたいという願いが、今まで生きてきた中で手に入れた様々な誓いや約束、想いが乗せられている。
 だから……

「あいつの剣はこんなに軽くねぇんだ!」

だから恭也の剣は重いのだ。
恭也の身体と技術を使っただけで、その願いと想いがこめられていない剣が、恭也の剣よりも重いわけがない。
恭也の剣をずっと受け止めてきた大河が、こんな剣を受け止められないわけがない。

「てめぇ程度に勝てなきゃ、俺は一生恭也に勝てねぇだろうがぁぁぁぁぁ!」

 高町恭也の剣でない剣に、大河は負ける訳にはいかない。
 でなければ、彼に追いつけないのだから。




大河となのはが、何度も恭也の剣を受け止める。

「う……あ……」

 そんな二人を見ていて、他の救世主候補たちも痛みを無視して立ち上がる。
あの二人があんなにも真っ直ぐに恭也へと向かっていっているのに、どうして自分たちだけが倒れていられよう。

そうして自らの召喚器を構え、恭也へと突っ込んでいく。
後衛も前衛もない。
 ただ恭也へと向かっていく。
 もう救世主候補たちには前衛、後衛所か、技も魔法も何もない。
 己の召喚器を恭也の剣にぶつけるだけ。
ただ否定する。
 こんなのは恭也の剣ではない、と。
でなければ、こんな不細工な攻撃をしているのに、恭也が何もできないわけがない。

「ふざけんじゃないわよ! 恭也は……!」
「こんなの! 受け止められないわけない! 恭也さんの剣はもっと……!」

リリィはライテウスをつけた腕で殴りつけ、未亜は弓で恭也の剣を受け止める。

「老師は……こんなに弱くないでござる!」
「彼の剣は……あの人とは違う!」
「恭也さんは……マスターは……!」

 カエデも、ベリオも、リコも、彼の剣を受け止め……ただ否定する。
 今の彼の剣を……。




「いい仲間を持ったみたいだな」

 内に広がる世界で、恭也はただ救世主候補たちの……仲間たちの叫びを聞いていた。

「なのはも……強くなった。
 俺はあの子に何も残してやれなかった。恭也、お前がなのはを強くしたんだ」

共に彼らの叫びを聞いていた士郎は、感慨深げに言う。

「で、お前の仲間は……お前の妹はあんなに強くいるのに、お前は何してるんだ?」
「父さん」
「お前がそんなに弱い訳ないだろう。お前は俺の息子なんだぞ?」

目の前にいる父。
 幼い頃からずっと目指していた人。
 闇に侵食された世界に現れた人。
彼が何でここに現れたのか、それは恭也にもわからない。

「守りたいと願うだけじゃ、意味なんて持たない」
「それは……」
「俺たちは、その願いを叶えるために剣を持っている」
「わかってる。だけど……」

 わかっているが、恭也には何もできない。
 肉体はいいように使われ、声も届かず、見ていることしかできない。剣もなく、守りたいと願うことしかできない。
 あんなにも、仲間たちが叫んでいるのに。
身体を乗っ取った者が使う剣を否定して、恭也を呼び戻そうと。

(変わらないんだ)

 実際には変わらない。
 恭也は元々不破の人間で、殺すためだけの剣を持つ者なのに。

「昔言っただろう。俺たちの技は守るためにある。それは御神だろうと不破だろうと変わらない」

そんな恭也の考えがわかったのか、士郎は恭也を睨み付けるようにして言った。

「オルタラ……いや、リコが言っていたことと同じだ。所詮剣は道具、殺す術とて技術にすぎない。
 お前は俺がいなくとも、たった一人で守るためにその道具と技術を手に入れ、守るための意思を磨き続けてきただろう」
「俺は……」

 恭也が何かを言おうとしたが、士郎は笑って首を振った。

「少しは自信を持て。お前は強い。
 御神の誰よりも、不破の誰よりも……俺よりも。そして誰よりも御神の在り方を受け継いでいる。
そのお前が、あんな腐れた剣に負ける道理があるわけがないだろうが」

士郎は、それにと呟いた後、視線を恭也から離す。
 士郎が向けた視線の先、そこから見えるのは懸命に剣を受け止める恭也の仲間たち。

「お前は一人じゃない。あそこにお前と共に戦ってくれる仲間がいる。共に同じ世界から駆けつけてくれた仲間がいる。元の世界にだって、桃子が、美由希が、フィアッセが……お前が出会った、お前の大切な、お前を大切に思ってくれている人たちがいる。
 守りたいと思っているのは、お前だけじゃない。お前の大切な人たちだって、お前を護りたいって思ってる」

士郎が言うと、恭也の周りに薄く光る球体が幾つも浮かび上がる。
それは様々な色の光。
その球体たちは優しい光を放ち、まるでこの世界の闇から恭也を護るように懸命に輝いていた。

「あ……」

 その優しい光を見て、恭也はそれが何であるのかを理解した。
記憶。
恭也の大切な人たちとの記憶。

美由希の、桃子の、フィアッセの、晶の、レンの、美沙斗の、フィリスの、忍の、那美の、赤星の……それだけではなく、御神の人たち、さざなみ寮の人たち、それに連なる人たち、本当にたくさんの人たちとの記憶。
そして、共にこの世界に来てくれた耕介、知佳、十六夜、久遠との記憶もある。
目の前で恭也を止めようとしてくれている救世主候補たちとの記憶も……なのはとの記憶も……。
それは恭也の中に記憶として残されたみんなの想いだった。

 それらは、記憶すらも闇に侵食された恭也の世界で、最後まで恭也を護ろうとしてくれている。

「お前が守りたいって思っている人たちだ。そしてお前を護りたいと思ってくれている人たち」

 笑って告げる士郎に、恭也は頷いた。

「剣もある」
「え?」

 問い返そうとした恭也の目の前に、唐突にそれは現れた。

「斬神……」

恭也の中に眠る、恭也だけの召喚器。
 漆黒の召喚器が、今恭也の目の前に浮かんでいた。
 恭也はそれを何も言わずに掴み取る。

「神すら斬り殺すお前だけの剣だ。お前にしか扱えない。いや、俺が扱わせない。
守るために、己の全てを使え。己の想いを、守りたいっていう願いを込めて剣を振れ。それがお前だけの剣だ」
「俺の剣……」
「守ってみせろ、恭也。それを阻む者は神でも排除しろ。お前にはそれができる。
 お前はお前の剣で、全て守って、自分自身も生き残ってみせろ。俺にはできなかったことをしてみせろ」

 その言葉の意味、わからないことがあった。
 だが、それでも恭也は力強く頷き、斬神を振り上げる。
 その斬神に、恭也の周りに浮かんでいた様々な人たちの想いが吸い込まれていく。

「やれ!」

 士郎の言葉を聞きながら、恭也は自身を囲む壁に向かって斬神を振り下ろした。




 限界を超えて動き続けた大河たち。
だが今は構えたまま動かない。
 唐突に恭也は剣を振ることをやめたのだ。
 これを機に一気に攻撃をしかけても良かったはずなのだが、できなかった。
 なぜなら恭也が苦しんでいた。

「う……」

 恭也が苦しみの声を漏らした。
その顔も今まで見せたことないような表情。
 いや、それは恭也の表情ではなく、彼を操るモノの顔。

「があああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 その叫びとともに振るわれる剣。
 それはただ闇雲に恭也の身体を傷つける。
 自身が振っているはずの剣が、自身を傷つける。
今度こそ大切な人たちを守るために、その敵となるものを排除するために。

「恭也さん!」
「おにーちゃん!」
「恭也!」
「老師!」

 大河たちは恭也の変貌に驚きを隠せないが、自身で身体を傷つけ、血を舞い散らせる恭也を止めようとする。
だが、

「来る……な!!」

それは確かに恭也の声だった。
 恭也の意思を持った、恭也自身の言葉。
恭也は歯を食いしばってデザイアを持つ右手に力を入れ、それをそのまま空中へと放り投げる。
そして、そのまま八景を抜刀。
 自らを止めるために自ら傷つけ、救い出すために仲間から受けた傷、それらは痛くない。
それ以上に痛いものがあったから。

この宙に浮かぶ剣は敵だ。
 自身の守るべき者たちを傷つけた宿敵。
 守るためには傷つかなければならない時がある。守るためには傷つけなければならないこともある。
そのどちらの覚悟も恭也は持っている。
しかし、今ある自身の傷と、今回自身が傷つけた人たちはその範疇外。
守る者を傷つけたのは自身とこの剣だ。
 だから、排除する。
敵を。
 守らなければならない者を傷つけるモノこそが、恭也の敵。
守る。今度こそ大切な人たちを。
恭也の技は、想いは、その手に握る剣は、そのためにある。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

恭也は裂帛の気合いをもって、八景をデザイアに向かって振り下ろす。
それは力も技もない斬撃。
だがそれは、守るために長い研鑽を続けてきた一族の技の最奥。そして今までただ守りたいと願い続けてきた青年の剣。
力も技も、そんなものは関係ない、至高の一閃。
恭也の敵を……恭也の守りたいと思う者たちを害するモノを駆逐する最強の剣。

その剣は、欲望を冠する剣を……対局に位置する剣を打ち砕いた。
バラバラと、砕かれた灰の刃が地に落ちる。
それを確認することなく、恭也は振り返る。
 そこにいたのは、自らの技が、身体が傷つけてしまった仲間たち。

「すま……ない……みん……な……」

言いたいことは他にいっぱいあった。
言わなければならないこともあった。
 だが、もう意識を保っていられなくて、恭也はそれだけを口にして……倒れた。



デザイアを打ち砕き、突然倒れた恭也。
それに驚き、全員が彼に駆け寄る。
 恭也の倒れた場所に、ゆっくりと広がっていく血溜まり。
大河たちとて動くのも辛い怪我を負っているが、それ以上の怪我を恭也が負っているのは一目瞭然だった。
すぐさま治癒魔法を使えるベリオとリリィ、リコが魔法の詠唱を開始しようとする。
 だが、そのままでは服が邪魔で傷がわからない。おそらくあの一瞬で恭也は全身を傷つけた。このまま治癒魔法を使っても、傷の全体がわからなければ効果が半減しかねない。

「傷が見えない!」
「服、脱がすぞ!」

 大河は言うやいなや、すぐに恭也のコートを脱がし、その下から出てきたシャツを破る。

「え……」
「これって……」

その服の下から出てきた恭也の身体。
 それを見て全員が絶句する。
異常なほど引き締まった身体。
 おそらく機敏さを失わないために、極力重い筋肉を付けず……だが、強靱な肉体。
それにも確かに驚く。
 だが、それ以上に絶句させたのは、その傷の多さだった。
 それはそのことを知るはずのなのはまで言葉を失わせた。
 なのはが知っている時よりも増えているのだ。
いや、なのはとてわかっていた。恭也が風芽丘の三年生だったときと、護衛の仕事を始めてから、何度か通院や入院するハメになっていたのを知っている。だから傷が増えていてもおかしくはない。
 だが昔はどちらかと言えば刀傷などであったはずなのに、今ではなのはにはわからないような種類の傷がいくつもあった。

「こんな……」

 未亜は思わず口に手を当てて呟く。
 未亜と大河と同じく平和な世界から来た人。護衛の仕事をしているとは言っていたが、ここまで酷い傷を負うような仕事なのか。
同じ平和な世界で生きていたはずなのに、初めて恭也が違う『世界』に身を置いていたということに気づかされた。
その傷が、この場にいる全員とは違う覚悟を恭也が持っているという証だった。

「っ……」

 リリィも痛ましげにその傷を見る。
膝の治療をしていたから、その大きな怪我と足にある大小の傷だけは知っていた。
 だが、全身がこうまで傷を負っていたなどと当然のごとく知らなかった。
理不尽。
恭也はそう言っていた。
その理不尽から、大切な人たちを守るために彼は剣を握っている。
なのはともう一人に言い当てた言葉だったが、きっと恭也とて同じ思いなのだ。
そして、先程自分たちに向けられた力こそが、大切な人たちを守るための力だった。
だが、なぜ恭也一人だけがこんなにも傷を負わなければならない。
今回とて、きっとデザイアと心の中で戦い、そして勝ち、リリィたちを守るために再び傷を負った。
救世主すらも勝てなかった相手に、恭也はリリィたちを守るために勝ったのだ。
 彼女たちは守られたのだ。
一緒に戦う仲間のはずなのに、守られた。
 確かに不用心にデザイアへと触れたのは恭也だ。
 だが、それを注意することは魔法の知識を持つリリィの務めだった。それを為すことができなかった。
仲間を頼っていいと言われた。だがそれは同時に仲間に頼ってもらえる存在でなければならないのに。
 恭也は一人でデザイアと戦い、勝ったのだ。
自分たちはただそれに気づかず、見ていただけに等しい。

 それぞれが恭也の傷を見て葛藤している中で、リコだけは一心に恭也の傷を治していく。 彼女にとっては、この傷は何ら不思議なことではない。
 この年であれだけの技術と多くの戦闘経験を持つ恭也。それらを考慮すれば、このぐらいの傷があるのも不思議ではない。
過去に出会った彼らも似たようなものだった。
彼女の心を締めるのはそんなことではない。

(何もできなかった)

赤の主の従者たる自分が、主の危険を見てているだけで、何もできなかった。それどころか守られてしまった。
それは自らの役目であったはずなのに。
だがそれすらも今は振り払って、懸命に恭也の傷を癒していく。
そのリコを見て、ベリオとリリィもすぐに治癒魔法を恭也に施していく。
何とか恭也の傷を癒した後、大河たちの傷も癒した。
そして、目を覚まさない恭也を大河が背負い、洞窟を後にしたのだった。


 このとき、少しでもデザイアに気を配っていれば、後の戦いの行方は変わったかもしれなかった。
だが、このときは恭也のこともあり、デザイアの刃も砕けたため、そこまで考えることはできなかったのだ。
 このときデザイアに気を配らなかったことを、後に救世主候補たちは後悔することになる。






あとがき

恭也、戦闘不能。
エリス「もう何がなんだか」
あはは、少し詰め込みすぎた。
エリス「なんていうか、とりあえず恭也がどんな力を持っているのかがわかってきたかな」
 何言ってるんだ?
エリス「え、だってこの話の中で……」
 うん、リコはそう思ってるみたいだね。
エリス「は?」
 いやいやいや、リコの予想が当たってるなんて言ってませんよ。間違ってるとも言ってないけど。
エリス「なんだそれは!?」
そ、そのへんは次回以降で。それよりも大河たちの活躍が少なくて、少し不完全燃焼。主に大河たちを成長させる話であったはずなのだが。
エリス「恭也の方の間違いなんじゃないの? なのはと大河は活躍したかもしれないけど」
書き終わったらそんな感じになってた。とりあえず、そのへんも次回でフォローできるといいんだが。
エリス「カエデは、血は大丈夫な訳? 恭也、血を流してたみたいだけど」
 ん、戦闘中は目をつぶったりして誤魔化していた、もしくは気にしている余裕もなかった、ということにしといて。
エリス「っていうか、恭也が強すぎ」
 ちなみにまともに戦ったら、恭也は今のリコを倒せません。大河やカエデなら何とか勝てるでしょうが、二人がかりになったらやっぱり負けます。両方とも平地で真っ向から戦えばですけど。
エリス「今回圧倒的だったと思うけど」
 あう、すみません。色々と理由はあるんだけど。
エリス「作中で説明しなよ」
なぜか恭也の身体能力が上がっていったこと、壁とか天井とかを使っていた。意識の違いなどは説明したけど、少しわかりづらいかな。これも次にはうまくできるようにがんばってみます。
エリス「とりあえず、次回へレッツゴーだよ」
了解です。まあ、もうできてるんだけど。
エリス「それでは今回はこのへんでー」
 また次回でー。






倒れる恭也!
美姫 「それ以上に気になるのがデザイアに関する部分」
まだまだ何かがあるのか。
美姫 「恭也の力とかも興味深いわね」
益々目が離せないよ。
美姫 「本当に」
ああー、早く続きが読みたい!
美姫 「次回も楽しみに待っていますね」
待ってます。



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