『選ばれし黒衣の救世主』










「よっ……ほっ……とっ……」

アルブへと向かう為の馬車の中に響く大河の声。
恭也を抜かした全員が、その大河を見つめている。

「このバカ! これから任務なのに何やってんのよ!?」

流石に見続けるのも飽きたのか、リリィが代表して声をかける……というか怒鳴る。

「あん?」

 リリィに言われ、大河はようやく視線を他の者たちに向けた。
 その手にはトレイターが握られている。
 先程から、大河はこの狭い馬車の中でトレイターを出し、その形態を変化させていた。振り回してはいないものの、何度も目の前で形態を変えられていては、他の者たちからしても落ち着かない。

「んなこと言っても今日のノルマが終わってねぇんだよ」
「のるまでござるか?」

 弟子のカエデに問われ、大河は頷く。

「ああ。恭也からの課題でな、トレイターの変化に慣れろって。だから剣から斧、槍、ナックル……逆に斧から剣、槍、みたいに変化させてんだよ」

そう、これは恭也から言われた課題の一つだった。
武器の変化と、それによる感覚の変化に慣れること。またはそれによる新たな発見のために、恭也はこれを毎日やるように言い渡した。
剣からそれぞれに変化、斧からそれぞれに変化、槍から、ナックルから……というようなサイクルで、一日に二セットずつ行うことにさせた。

「お兄ちゃん、そんなことやってたの?」
「それよりも……恭也さんからの課題とは?」

 未亜とリコに問われ、大河は不思議そうに首を傾げた。

「言ってなかったか? 俺、恭也に頼んで戦い方とか教わってるんだが」
「は?」

 初めて聞く話に、恭也以外の救世主候補たちは目を丸くさせたのであった。






 第二十四章 静かな戦い






「お、お兄ちゃん! 熱はないよね!?」
「神よ! 私は夢を見ているのでしょうか!?」
「ちょ、ちょっと槍でも降らす気!?」
「さすがは師匠でござる。いや、しかし……」
「あ、あはは、みんな凄い反応ですね」
「……ある意味……仕方がないのでは?」

 それぞれに好き勝手に言われ、大河は顔を顰めさせた。

「恭也に言ったとき並にひでぇ」

 やはり他の者たちも、大河が自発的に何かを教わるというのは、信じられないことであるらしい。
 その中で、恭也は唯一会話に入っていない。
彼は学園を出てからずっと座ったまま、何やら書類のようなものを読み続けていた。

「ちょっと、恭也も当事者の一人なんだから何か言いなさいよ」
「ん? 別に教えていると言っても、戦術や鍛え方程度だ。それほどのものでもない」

 一応話は聞いていたのか、恭也はようやく書類から目を離し、他の者たちに視線を向けた。

「でも一体いつから大河君に?」
「禁書庫の件の後からだ」

 恭也が答えると、全員がもう一度信じられないとばかりに、大河へと視線を向ける。
その中で、なのはが首を捻りながら呟いた。

「えっと、じゃあ大河さんもおにーちゃんのお弟子さんってこと?」
「そうなるのか?」

 恭也も大河もそういったことを考えていたわけではない。
 戦い方については教えているが、御神流や技術的なことは教えていない。やっていることも知識的な事以外には、戦闘訓練と肉体的な鍛錬。大河も別に師と仰いでいるわけではないし、恭也も弟子のように扱っているわけではない。正確には師弟関係とはいえないかもしれない。

「まあ、似たようなものじゃねぇか?」

 大河としてもどっちでもいいのか、そんなふうに答える。

「きょ、恭也殿が師匠の師匠、ということは、拙者は恭也殿をなんとお呼びすれば……」

 いきなりのカエデの言葉に、恭也はため息をつく。

「別に今まで通りでかまわん」
「そうはいかぬでござるよ。師の師は我が師も同然。
 むむ、これは悩むでござる。やはり……大師匠?」
「どんな師匠よ、それは」

 思わずリリィがつっこむ。
 それにカエデはさらに唸り、次の案を出す。
 
「ならば老師はどうでござろう?」
「師匠とは言われてきたが、とうとう老師か」

 恭也もさすがに顔を引きつらせて言うが、なぜか全員がカエデの言葉を聞いて、それぞれ彼を眺めた。

「違和感ないんだけど」
「むしろピッタリのような」
「いつものおにーちゃんを考えると、ちょっと良いかと思います」
「……すみません、恭也さん。これは……私も否定できません」
「年齢的には合わないはずなんだけどね」
「ああ、なんか恭也のためにあるような呼称じゃねぇか?」

 それぞれの言いように、恭也は憮然とした表情をとった。
それに気づいているが、大河はさらに続ける。

「あとはなんか、親分とか似合いそうだな」
「あ、確かに」
「むむ、親分でござるか」
「なんかすでに師匠とか関係ないんじゃないかな?」

 確かに未亜の言うとおりだと、それぞれ苦笑する。
 しかし、

「親分か」

 と、恭也が呟いたのを全員が聞き逃さなかった。

「なんか、そこはかとなく嬉しそうじゃありませんか?」
「呼ばれたいのかな?」
「合ってはいるはいるんだけど」

 恭也の反応を見て、小声で話し始める。
 それに気づいたのか、恭也はわざとらしく咳をして、またも書類に視線を向けてしまった。

「まあ、そんなことは今どうこう言うことじゃないだろう」

 その体勢のまま、恭也は話を締めくくる。
恭也は口ではそう言うが、いい傾向だとは思っていた。少なくとも、全員が昨日のように緊張しているわけでもないし、冗談……本当に冗談なのかわからないが……も言えるぐらいの心境にまでなっている。
あとは、できるだけ自分がフォローすればいい。

「おにーちゃん、ところでさっきから何読んでるの?」

 さすがに悪いと思ったのか、なのはは話を変えるために聞いた。

「ん? 昨日、クレアと学園長に頼んで調達してもらったんだが、ある程度の情報や資料などだ」
「情報?」
「ああ。今から行く村の地図とか、だいたいの人口など、他にも色々と書かれてる」

 その恭也の説明に、またも全員が目を丸くした。
 
「そんなものどうするんだ?」
「前に……確か、クレアが迷子として来た時に言わなかったか? 戦いには情報も土地勘も必要だと」

 確かにあの時大河の言葉に、恭也はそういうふうにつっこんだ。
 カエデがアヴァターに来た日。それなりに前のことである上、その前のやりとりの印象が強く、時間がかかったが、それぞれが思い出した。カエデだけは聞いていなかっのだが、なのはに説明を受けていた。

「無論、いつでもそんなものが手に入るとは限らないが、それでも手に入るなら、何としてでも手に入れる」
「でも、そんなの役に立つのか?」
「そうだな、手にした情報が役立たないということはよくある……というよりも、役立つ事前情報なんていうのは、全てのうちのほんの一握り程度だ。だが、どんな情報が役立つことになるかわからない。少しでも戦いが優位になる可能性と、助けられる可能性が上がるならそれでいい。
 とくに今回は救出も任務に入っている。どこでどんな情報が必要になるかわからん。だから、必要のあるなしに関わらず、できるだけの情報を叩き込んでおく。後になってわからない、というふうにしないためだ」

 その話を聞いて、救世主候補たちは息を呑んでいた。
 彼女らが緊張していて、自分のことしか考えていられなかった状況で、彼はすでに動いていたのだ。
 つまり恭也にとっては、彼女らよりも早く戦いを始めていた。それは地味で静かなものではあるが、確かに戦いなのだ。
 おそらくは、助けられる可能性というものの中には、村の人たちだけではなく、救世主候補たちのことも入っているのだろう。
すでに事前の心構えからして、恭也だけは違っていた。

「恭也」
「なんだ?」
「それ、私にも見せて」

 突然リリィに言われ、恭也は首を傾げながらも、書類のうちの一枚を渡した。
 リリィはそれを受け取ると、食い入るように読み始める。
それを見て、他の救世主候補たちは顔を見合わせると、リリィと同じように、恭也へと自分たちにも書類を見せてほしいと頼む。
恭也は別にかまわないのか、それぞれに渡した。
彼らも経験がほとんどないとはいえ、いつまでも恭也に頼り切るつもりはないし、恭也一人にだけ働かせるつもりもない。
 いや、みんなが彼にちゃんと信頼されるようになりたいのだ。そのための第一歩がこういうことなのだと思い、行動を開始した。
 もっとも恭也にとっては、こういう情報の収集などは当然の行為であり、他の仲間たちのことも信頼している。ただ、これが自分の役割だと思っているだけだ。だからなぜ、みんなまで読みたがっているのかわからず、首を傾げているのだが。

(三日か……)

 彼らを眺めながらも、恭也は心の中で呟く。
 モンスターが事を起こして三日目。
 どれだけの人が生き残っているか……最悪の状況も考慮しておいた方がよさそうだ。
 そして、モンスターが一度知的な行動を起こした以上、これまで習ったモンスターの一般論は捨て去った方がいいだろう。
 書類と格闘している救世主候補たちを眺めながらも、恭也はそんなことを考えていた。




「人の気配が……しない」

村に着き、馬車を降りた一同。
だが、リコの呟き通り、人もモンスターも見られなかった。
とりあえず、どう行動するか、ということを皆で話そうとしたとき、カエデが声を上げた。

「足音がするでござる」

それに恭也も頷く。

「気配も近づいてきてるな」

カエデと恭也の言葉に、全員が緊張をみせる。
 人か、モンスターか。
近づいてくる気配に向かって、カエデが音もなく近づき、背後へと回りながら短剣を喉元に突きつけた。

「動くな」

 カエデはいつもよりも低く、冷たい声で気配の主に言い放つ。
 それに短い悲鳴が反応として返ってきた。

「カエデ、大丈夫……人よ」
「む?」

 リリィの言うとおり、現れたのは初老の男だった。

「ひ、人か?」
「ご安心ください。王室からの依頼で、あなた方の救助に参りました」
「おお、やっと助けが。私はこの村の村長のラウルと申します」

その言葉に全員が頷く。確かに、恭也が持ってきていた資料に、村長ラウルの名前があった。
 興奮した様子をみせる村長に向かって、まず大河が胸を張った。

「フローリア学園の、当真大河と従者一行だ」
「誰がですか!」
「アンタの方が私の従者よ!」
「その弟子でござる」
「ふむ、俺は親分か?」
「おにーちゃん、やっぱり気にいったの? えっと、親分の妹です」
「……親分の僕です」
「じゃ、じゃあ私は妹で親分さんの仲間で……って、私たちはフローリアの救世主クラスの一行なんです」

 そんなある意味では、救世主らしくない一同に向かって、ラウルは驚きの声を上げたのだった。




「こちらでございます」

 一行はラウルに案内を頼み、村の中を歩き始める。

「人の気配がまるで感じられぬでござるよ」
「今は、モンスターの襲撃を恐れ、私の家の地下室に隠れております」

そのラウルの言葉に、恭也たちは首を傾げた。

「なにか?」
「いえ。それよりも怪我を負っている方は? 私、治癒魔法も治療の心得もありますが」

 ベリオが心配そうに聞くと、ラウルは首を振った。

「無事な者たちに怪我はありません。問題は人質の方でして」
「それで、人質になっている人たちは?」
「モンスターたちが襲ってきたのは、ちょうど昼休みになる直前でしてな。村の外周に埋めた柵を破って進入してきたかと思うと、まず村役場を襲ったのです」
「……役場」

 ラウルの話を聞いて、リコはポツリと言った。

「な、何か不審な点でも?」

 そんな彼女に、ラウルが慌てたように問う。

「……何者かの意志が介入している可能性が、高い」
「そうよね。モンスターが、人がもっとも多い所を選んで狙うなんて聞いたことないわ」

 リリィも、リコの言葉に頷きながら言う。
さらにラウルも頷いてみせた。

「ええ、ですから大量に村人が殺されてしまいました」
「殺さ……うぐ」

 血が舞い散る所でも想像したのか、カエデが真っ青になりながらふらつく。

「はわわ、カエデさん、しっかり」

 そんなカエデを、なのはが何とか支えていた。
カエデの反応の意味がわからないのか、ラウルは少し不思議そうな顔をみせながらも続きを説明する。

「そして、生き残った数人の女性たちを人質として役場に立てこもってしまったのです」
「人質は全員女性なんですか?」
「はい。しかしそれも時間が経ってしまった今となっては何人生き残っているか」

 恭也の思っていたとおり、やはり時間が経ちすぎていた、ということなのだろう。
しばらく歩くと、大きめな建物に辿り着き、足を止める。

「あれが役場です」
「相変わらず、人もモンスターも見かけないでござるが」
「ええ、モンスターと人質は、全てあの建物の中です」

それを聞いて、ベリオが振り返って、他の者たち問いかける。

「それで、どうやって侵入しましょう?」
「ここは拙者が」
「やめとけ」
「し、師匠、なぜでござるか? 隠密ならば拙者が……」

 カエデは驚いたように聞き返すと、大河は肩を竦める。

「ここでたくさんの人間が死んだ。どういう意味かわかるだろ?」
「あ」

  カエデも努力していて、血の恐怖症も少しずつ改善してきてはいるが、克服したわけではない。その上、中がどうなっているのかはわからないのだ。
 そんな彼女を侵入させるわけにはいかない。

「実はそろそろ食事の差し入れの時間でして」
「人質用のですか?」
「ええ」

 その運び役になりすませば、中に入ることが可能ということになる。
 いい入り方が見つかった、とばかりに、一同が顔を見合わせる。ただ恭也だけは、ここに来た時から、目をつぶっていて何の反応もみせていない。他の者たちは侵入についての話に集中していたため、そんな恭也に気づいていたのは、隣にいたなのはだけだった。

「ですが、いくつか制限が設けられていまして」
「制限?」
「まず、必ず私を含めて二人以内であること。もう一つは武器を持たないこと、です」
「モンスターのくせに本当に知恵が働くわね」

 忌々しそうにリリィが呟く。
 それにラウルも頷いて返す。

「ですので、私と来て下さる方は武器を外して頂きます」
「では私が」
「待ちなさい、ベリオ。私が行くわ」
「でもリリィ、怪我人がいた場合は私の方が」
「私も治癒魔法とか、解毒魔法は使えるようになったから大丈夫よ」
「え!?」

 リリィが治癒魔法などを使えるようになったことを知らなかった者たちが、驚きの声を上げる。

「まあ、ベリオほどじゃないけどね」
 
 そんな反応を見ながら、リリィは付け足した。
 だが、攻撃魔法に関してならば、彼女の方が上手だ。ならば、どちらでも対応できるということで、彼女の向かわせた方がいいかもしれない。

「私で問題ないわね?」
「そうことなら、わかりました」

 ベリオが頷いてみせると、リリィはラウルの方へと向いた。

「あなたは武器を持っていないので?」
「私の専攻は魔術ですから、一応武器といえば、このライテウスになるんでしょうけど」
「ほほう、それが召喚器というものですかな?」
「ご存じでしたか」
「それならば武器に見えませんな」

 確かにライテウスならば、武器に見えず持っていくことは可能だ。
しかし、そこで大河が口を開いた

「待てよリリィ、ここは俺の出番だ!」
「はあ? 何言ってんのよ、私が言った方が一番いいじゃない」

 攻撃魔法も回復魔法も使え、召喚器も持っていくことができる。ならば、リリィが行くのが一番いいのは言うまでもなかった。

「いかさまマジシャンに見せ場取られてたまっか! 従者は救世主の俺様に任せとけばいいんだよ!」
「んなっ!! アンタじゃ武器だって持ってけないのよ! 恭也じゃあるまいし、召喚器なしでどうするつもりよ! 少しは考えなさい、このバカ!」
 
 二人は言い争いを始めてしまう。他の者たちがそれを止めようとするが、そこで今までずっと目をつぶり、黙っていた恭也が、やっと目を開けて口を開いた。

「二人とも」
「恭也、俺が行ったほうがいいよな!?」
「恭也、私に決まってるでしょ!?」

 止めに入ったと勘違いした二人が聞くが、恭也は首を横に振った。

「俺が行く」
「はあ!?」

 なぜ恭也までそんなことを言うのかがわからず、リリィと大河だけでなく、他の者たちまで驚きの声を上げた。

「ちょ、ちょっと待てよ、恭也! 俺が行ったほうが!」

 恭也も大河の言いたいことはわかっている。
 トレイターは、どこにあろうが大河が呼べば現れる。つまりここに置いて行こうが、何ら問題はなく、何かあっても対処できるのだ。その上、武器は持っていないと思わせられるので、油断も誘える。
恭也はすでに、大河からトレイターのことを聞いていて知っている。
だから、大河が行っても問題はないことも理解していた。

「頼む、今は俺を信じてくれないか?」

 二人の目を黙って見つめると、しばらくして両者共にため息をついた。
 恭也に何か考えがあるのだと、二人も気づいたのだ。

「わーった! 親分に任せるよ!」
「まったく、私が譲るんだから結果はだしなさいよ!」

 二人は共にやれやれと首を振りながら言う。
 それに恭也も頷いて返し、なのはの方に向き、八景と紅月を鞘ごと彼女に渡した。

「なのは、頼む」
「あ、うん。気をつけてね、おにーちゃん」
「ああ」

 なのはの頭を軽く撫でてから、恭也はラウルの方に向き直る。

「行きましょう」
「わかりました、では、こちらへ」

 そうして、二人は役場の方へと歩き出した。




役場の中に入った恭也は、まず完全に締め切られた窓の方に向かった。

「塞がれているのか」
「ええ」

 窓は全て内側から木の板で塞がれていて、中に光が入らず真っ暗であった。
 恭也はその板をコンコンと叩いたあと、ラウルについて再び歩き出し、人質がいるという一番奥の部屋に向かう。
 ラウルに先に入るように促され、恭也は部屋の中へと入った。
中に入ると、血の匂いが充満していた。だが恭也は顔色を変えずに、辺りを見渡したが、人質の姿はない。
あったのは人であったもの。
 無惨に引き裂かれた初老の男だった。
 その顔は……。

「ほほう、驚かれないので?」
 
 背後から声が聞こえたが、恭也は無視して部屋の中央にまで移動する。それから、ようやく振り返った。

「ふむ、何に驚けばいい? 人質がいないことか? 死体があることか? それとも、その死体がお前の顔と同じことにか?」

 そう言いながらも、恭也は本当に無表情だった。

「とりあえず、破滅、でいいのか?」
「ええ、その通りです。今はその村長の姿形を拝借しておりますが」
「ほう、それは凄いな。そんなことまでできるものなのか」
「驚いてもらえないと張り合いがありませんな」

 そう良いながらラウル……の姿をしたものは苦笑する。

「人質はどうした?」
「一日遅かった、ということです」

 それを聞いて、恭也はため息をついた。
 やはりすでに遅かったか、と。

「それにしても、本当に随分と冷静ですな」
「村長の真似をしているだろうとは思っていたが、さすがに化けていたとは思わなかった。ただ罠である可能性の方が高い、とは考えていたのでな」
「ほう、なぜです?」
「まず一つは、この村には多くの人が入れるほどの地下室はない」

 この村の建築物の資料には、地下室がある家もあったが、それはだいたい食料庫等で、人が数人入れるほどの大きさでしかなかった。

「さらに建物の中の気配を探ってみたが、まるでそれがなかった。これはここに全てのモンスターと人質がいると言うお前の説明と矛盾している」

 役場の前で、誰が入るかを話していた時、恭也は精神を集中し、役場の中の気配を探ったが、まったく気配が感じ取れなかった。
 これは御神流の心……音と気配によって死角のものを視る技術と似た技で、視覚をシャットダウンして、他の感覚を鋭敏にし、探知領域を上げて気配を探る技だ。ただこれはかなりの集中力と時間が必要なので、救世主候補らの声は聞いていたものの、会話には加わらなかったのだ。

「それにお前の行動や言動は所々怪しかった。
 例えばモンスターの全てがここにいるなら、外の様子を監視しているモンスターがいないことになる。ここから村全体を監視するのは不可能だからな。そんなこと、ここの村人ならば少し考えればわかるはずだ。ならば最初の襲撃を逃れた者たちは、村からでるなり、救援を求めるなりするのが普通だ」
 
 恭也は淡々と、自らが感じたことを語っていく。

「村長のこともそれなりに調べておいた。本当の村長が行ってきたことを考えると、彼はどちらかというと勇敢である気がする。だが、お前は見ている限り……いや、演技なのだろうが、少々従順すぎた」

 そう恭也は締め括る。
 罠である可能性があったからこそ、恭也はこの役目を引き受けた。大河とリリィも何かあったときのことを考えていたようだが、罠だとは考えていなかっただろう。
 さらに部屋に入ったときに、いきなり無惨な死体を見せつけられれば、いくらあの二人でも動揺はしたはずだ。背後からそれを狙われれば、流石に抵抗できるかわからない。ある意味自分が来てよかった。
 
「くっ……それでも貴様は罠に堕チタノダ」

 その言葉と同時に、ラウルが本当の異形へと姿を変えていく。
 だが、恭也はその変化を見ながらも、平然と口を開いた。

「事前にばれた罠など、すでに罠とは呼べない」

 恭也は本当にバカにするかのように首を振る。

「黙レ! 仲間ト分断サレ、召喚器ノナイ救世主ナド、タダノ人間ト同ジダ!」
「ああ、そういえば言っていなかったな。俺が渡した武器は召喚器ではないぞ」
「ナニ!?」
「というよりも、俺は救世主候補ではないので、召喚器は呼べない」

 正確には、召喚器は持っているが、休眠しているから呼べないのだが。 

「ナラバ、ヤハリタダノ人間デハナイカ!」

右半身だけモンスターと化したラウルが、恭也に向かって触手を伸ばしてくる。
 確かに恭也は人間だが、『ただの』人間とはいえない。なぜなら彼は召喚器なしで、救世主候補たちと同等に戦えるだけの戦闘能力を有しているのだから。
 恭也は触手をかわし、背後にあった窓へと近づき、それに向かって蹴りを放つ。
 窓を塞いでいた板を調べたとき……恭也からすれば……それほど頑丈に塞がれているわけではない、と気づいていた。
 案の定、蹴りで板は砕かれ、その板が外側の窓を割った。

「逃ガスカ!」

 その開いた窓から逃げられると思ったのだろう、ラウル……いや、モンスターはさらに何本もの触手を恭也へと伸ばす。
だが恭也はすぐに振り返って、コートの中に隠し持っていた小刀を取り出し、虎乱を放つ。それによって触手のほとんどを切り払うが、小刀では技の衝撃に耐えられず、簡単に折れてしまった。
 残った触手がさらに向かってくるが、恭也は軽く左腕と、その指が動かす。
 次の瞬間には、向かってきた触手の全てが、見えない刃によって断ち切られた。
 鋼糸の最細、0番。
 縛ったり、締めたりというようなことには向いていないが、切る、ということにおいては、これ以上のものはない。
 人型ではないモンスターと戦う時には有用だろうと思って持ってきていたが、丁度よかったようだ。
全ての触手を切り飛ばした恭也は、そのままモンスターの横を抜けて、来た方向へと逆戻りする。

(あとは信じてもらえればいいのだが)

 大丈夫だ、信じてもらえる。それにダメだったとしても、そのときはみんなで、全力で戦えばいいだけだ。
 恭也は、背後から追いかけてくるモンスターの気配を感じながらも、心の中で呟き、全速力で役場の廊下を駆けていった。








 あとがき

 いやあ、この話迷った。
エリス「リリィがいるから、罠であることに気づけない可能性があるもんね」
 そうなんだよ。地下室とか、心に似た技とか捏造してるけど。当然技はオリジナルで、御神不破流の方の技という設定です。名前、出した方がよかったかな。
 村長云々は、最後まで抵抗を試みたというところから、勇敢な方ではなかったのか、と。
エリス「それより実際、カエデは恭也のことをなんて呼ぶの?」
 あ、あはは、まだ考えてない。やっぱり親分はまずいよねぇ。しばらくは……もしくはずっと、今まで通りで。
エリス「それと、恭也の推理力が凄すぎだよ」
 うーん、確かにそうだけど。ボディガードの仕事って、ただ対象の身体を守るだけのものじゃないと思うんだよね。もちろんそれが一番重要なことだと思うけど、何かあったときの逃走経路とかをいくつも事前に、もしくは現場で考えないといけないし、情報も必要だと思うし、他にも色々と事前に考え、現場でも色んなものに注意を払う。
そういう頭や観察力も使う職業だと自分は思ってる。そうしなければ守れなくなるわけだし。
エリス「そういうのが、今の恭也の下地になってるってこと?」
 そういうことです。
エリス「とりあえず、中途半端なところで切ったんだから、とっとと続きを書きなさい」
 頑張ります!
エリス「ではでは、皆さん、またお会いしましょう」
 読んでくださった方々、ありがとうございました。







恭也の本領発揮。
美姫 「やっぱり、頭は切れないとガードは難しいものね」
うんうん。後は外に出て、なのはの巨大魔法で問答無用で建物ごと。
美姫 「いや、それは無理でしょう」
なに!?
美姫 「だって、なのはってそこまで大きな魔法はないでしょう」
むむ、そうか。と、冗談はこのぐらいにして、一体、どうなるのかな、な。
美姫 「次回が非常に気になるわね」
うんうん。恭也の呼び方も気になるが。
美姫 「師父とか」
老君とか。
美姫 「いやいや、隠居してないし」
あははは。何て呼ばれる事になるんだろうな。
美姫 「それも楽しみの一つね」
だな。それでは、また次回を楽しみにして待っています。
美姫 「また次回でね〜」



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