『選ばれし黒衣の救世主』










導きの書の探索から、しばらく時間が経った。
召喚の塔の修復はすでに開始されている。
とりあえず、救世主候補たちも今までのような生活を続けているが、授業はより実戦的に……破滅との戦いを考慮したものへと変化されはじめていた。
だが、それでも平穏に時間は流れていた。
しかし、平穏ではない言葉がある部屋から響いた。

「恭也、俺に剣での戦い方を教えてくれ!」






 第十八章 アヴァターでの弟子






授業が終わり、自室で休んでいた恭也は、目の前で頭を下げる大河を、ただ驚いた表情で見つめていた。

「……大河、すまん。今なんと言った?」

恭也は聞き間違えかと思い、もう一度問いかける。

「いや、だから俺に剣での戦い方を教えてくれ」

再びその言葉を聞いて、恭也は眉間に皺を寄せた。
そして、おもむろに大河の額に手を当てる。

「熱はないな」
「なんでだ!?」

大河は恭也の腕を振り払いながら叫ぶ。

「いや、お前がそんなことを言う……というか、自分から誰かに教わろうというのが信じられなくてな」
「一体お前は俺をどう見てるんだ?」

大河が恭也を睨み付けて、唸るようにして問う。
それに恭也は大仰に腕を組んで考える。

「とりあえず、人の話を聞かずに突っ走り、人に教わるより自分の才能と力だけで困難を薙ぎ払う……というか、人に何かを教わるのは嫌いで目立ちたがり。それ以上にスケベか?」
「お、お前……」

少なくとも、本人を前にしては言うことではない。

「確かにその通りだが!」

認めてしまうのか。
恭也は半ば冗談のつもりで言ったのだが、本人に肯定されてしまい、何と言っていいのかわからなくなるが、とりあえず話を戻すことにした。

「しかし、本当に今更どうしたんだ? 今までだってお前は才能だけで戦って来ただろう?」
「いや、才能があるのかどうかは知らないけどよ、どっちかって言うとトレイターの力に頼ってるって感じだしな」

そこまで言って、大河はなぜかため息をつく。

「あの図書館でよ」
「ああ」
「リリィに解毒魔法ができないかって聞いて、今はできないって言われたんだ」
「それが?」
「んで、俺は今できなきゃ仕方ないって言った」

恭也は頷いて返す。
恭也たちが帰ってきたあとに、大河がリリィと言い争っていたときも、二人は確かそんなことを言い合っていたのを思い出した。

「けどよ、後から思い返してみたら、じゃあ俺は何ができるんだ、と思ったんだよ」
「お前はちゃんと戦えているさ。あの時だってなのはを助けようとしてくれた」

なんとなく、恭也は大河が何を思っているのか理解でき、そう言葉をかけた。
 だが大河は首を振って返す。

「結局なのはを助けてやることはできなかったろ? 俺だって何もできなかった。未亜がその後に俺もライオンの頭を潰したとか言ってたけど、後のことなんてほとんど覚えてねぇし。あのとき恭也たちがいなくて、なのはの立場が未亜だったらって思うとよ」

あの一件で、大河は少しではあるが自信を喪失しはじめているのだろう。
訓練での戦いを抜けば、初の敗北だ。それも命がかかった状況で。大河は自信家でもあったから、ある意味では仕方がないことである。戦う者がいつかは通る道とも言える。

「リリィに言ったことは自分にも言えるんだよ。でも、あいつは影で努力してるって、俺でもわかってる。たぶん、もう回復魔法だって使えるんじゃないか?
 他のやつらだってそうだ。なら、俺は何をしてるんだって」

恭也は、大河が思っていることを黙って聞いていた。
こういった悩みは、弟子が数人いる……うち二人は呼称だけだが……恭也はよく聞いたことがあるものだった。
そして、自分自身で通った道でもある。

「少しいい気になってたんだよ。史上初の男性救世主候補って呼ばれてな。
けどよ、恭也は召喚器なんてなくても、俺たちと同等に……いや、それ以上に戦えてるだろ? それって生半可な努力じゃできないって、今なら……召喚器を持って戦っている分、よくわかる」
「そんなことはないさ」

自分よりも努力している人間なんていくらでもいるし、自分よりも強い者もまたいくらでもいる。
そう思いながら恭也は首を振るが、大河は取り合わない。

「お前が努力してるってことを否定するならそれでもいいさ。ただ、俺ももっと強くなりたいんだ。せめて、ちゃんと守れるぐらいに、仲間の役にたてるようによ」

大河はいつになく、真面目に恭也の目を見ていた。

「だから、恭也に戦い方を教えてほしい」

だが、恭也は深々とため息をつく。

「俺の剣は誰かに教えるようなものじゃない」

本来は人殺しのための技を、関係のない者に教えるわけにはいかない。特に恭也は御神不破流。真の意味で裏に属する技だ。

「別にお前の剣術を教えてくれとは言わない。剣の基礎だけでもいいんだ」

だが大河は、もう一度頭を下げて頼み込む。
恭也はそれを見て、再び少し驚いたあとに目をつぶった。
そして、暫し黙考したあとに目を開けた。

「わかった」

恭也がそう答えを出すと、大河は頭を上げて嬉しそうな顔をみせた。
大河が何かを言う前に、念を押すように恭也は言う。

「ただ繰り返すが、俺の剣……御神流は教えるわけにはいかない。それでもいいか?」
「ああ!」

こうして恭也は、この世界でも弟子を一人とることになった。




次の日。
休日であることを利用して、朝から恭也と大河は森に訪れていた。

「昨日、とりあえず考えてみたのだが」

恭也は、目の前で準備運動をしている大河に向かって話かける。

「なんだ?」
「基礎とはいえ、剣を教えるのはやめておいた方がいいかもしれない。お前の……」

恭也の言葉に大河は目を丸くしたあと、怒った表情をみせた。

「昨日と話が違うじゃねぇか!」

大河は準備運動を止めて、月の言葉を遮るようにして怒鳴るが、恭也はその大河に向かって逆に睨みつけた。

「教わるというのなら話は最後まで聞け。何の理由もなく言っているわけじゃない」
「う……」
「まあ、いいが」
「うう」

唸る大河を見て、恭也は嘆息する。
とりあえず、気を取り直して説明を始めた。

「お前の武器……トレイターは色々な武器に変化するだろう?」
「ああ。それが特徴だからな」
「それが理由だ」
「どういうことだ?」

恭也の言いたいことがわからずに、大河は不思議そうに聞き返した。

「まず聞きたいのだが、武器を変化させた場合、重さは同じなのか?」
「いや、違うな。斧なんて無茶苦茶重いし」

これは大河が戦うところを何度も見ていたため、恭也も予測していたが、あえて確認のために聞いたことだった。

「その重さと、間合いが主な理由だ」
「重さと間合い?」

恭也は頷いて、戦いにおいて重要なことの一つは間合いだと教える。大河はそれらの認識を感覚で行っていたのだ。
大河は、ラノベでそういうのを読んだ等と言いながらも、何度も頷きながら聞いている。

「お前の武器はそれぞれによって長さも違うだろう?」
「ああ……なるほど、それによって間合いが違うってことか」
「そうだ」

恭也は頷いて肯定してから、説明を続ける。

「剣の斬撃の種類は、お前が使う武器の扱いと似通う部分がある。ただ、間合いが違う。これをお前は感覚で使っていたから、間合いを瞬時に、その武器に合わせて変えていた。まあ、これもある意味才能だな。
だが、剣で基礎を教えて、それを意識してしまうと、剣の間合いに偏ってしまう。それに剣の重さに慣れてしまうのも危険だ。他の武器に変えたときに、重さや重心の変化で誤差がでかねない。
つまりお前の場合、武器が多彩に変化するから一つに偏って教えると、今までのような万能さを失ってしまうかもしれないということだ」

間合いの変化や重さの変化に対応するというのは、口で言うほど簡単なことではないのだ。それを感覚だけで切り替えている大河の才能こそが、ある意味驚くべきことなのである。
普通の人間が、剣を使っていた後に、急に斧などという重いものを武器として使おうとすれば、間違いなくテンポがおかしくなるし、槍から剣に変えれば、重心の変化と長さ……間合いの違いで、やはり感覚がおかしくなる。敵の技量が高ければ、その隙を狙われるのがオチだ。
トレイターの基本は剣のようで、他の武器は突撃系が多いようだが、いつも突撃ばかりさせてやるわけにもいかないし、ランスにしろナックルにしろ、突撃以外の使用法はいくらでもある。
恭也の説明を聞いて、大河は眉間に皺を寄せた。

「つまり、ある意味トレイターの万能さが、訓練する上でネックになってるってことか?」
「そういうことだ」

大河は、恭也の答えを聞いて、何かを考えたあと気軽に言う。

「なら全部平行してやればいいじゃねぇか……って、恭也は槍とか斧の使い方まではわからないか」
「そんなことはないが」
「なに!?」

名案だと思ったが、すぐにできないと理解したところ、恭也本人に可能と返事をされ、大河は心底驚く。

「御神流は武器を選ばない。さっき言った通り、斬撃の種類なんかに似通った部分もある。俺自身、色々な武器を使えるように鍛錬もした。だから一通りの武器ならば扱える。まあ、それを極めようとしている人間からすれば、子供騙しにすぎないだろうがな」

御神流は武器になるものならば何でも使う。これは真の達人も似たようなものだ。
武器を所持していなければ、他のもので代用するだけということ。無論、恭也は素手での戦いとてできる。その上に、恭也は色々な武道、武術から技を盗んで使っている。そして、実際に大河のトレイターが変化する武器は、だいたい扱うことができるだろう。
大河は感覚で間合いの変更を行っているが、恭也は意識してそれを行うことができるのだ。
ただ恭也とて、戦いの中でコロコロと武器を変えて戦うのは難しい。

「なら全部教えてくれればいいじゃねぇか」

大河は、問題は解決したような感じで言ってくる。

「そうだな。それらを鍛錬する時間があるのなら、俺も迷うことなくそうした」
「どういうことだ?」

やはり意味がわからないという表情をとる大河に、恭也は重々しく言葉を切る。

「破滅は時を待ってくれるのか?」
「それは……」

大河は、破滅のことを聞いて顔を顰める。
恭也が何を言いたいのかわかったのだ。

「破滅が現れるのはいつなのかわからない。一年後なのかしれない、もしかしたら明日なのかもしれない」

破滅がいつ動きだすかなど誰にもわからないのだ。
時間が残されているのかいないのか、それすらもわからない。
時間が残されていると仮定して、全ての武器の鍛錬をしたとして、中途半端なときに破滅が現れたならば? 付け焼き刃になるか、もしくは余計な弱点をつけてしまうか。
時間がないと仮定して、一つのことに特化させてしまっても、トレイターの万能性を失ってしまうかもしれない。
時間があるのか、ないのかで別れてしまう訓練方法。それもやはりトレイターのネックと言える。
 そして、白の精などというのも出てきたのだ。いずれにしろ戦いはもうすぐ起こるだろう。

「それじゃあ八方塞がりじゃねぇか」
「だから最後まで聞けと言っただろう」

恭也が再び睨むと、大河は押し黙った。

「お前には才能がある、間違いなくな。実際、俺が初めてお前の戦闘を見た時より、今は数段に強くなってる」

恭也の成長力もズハ抜けているが、大河も本当に早いスピードで成長していた。
僅かな訓練と実戦の中で、大河は戦い方をどんどん吸収している。それも、まだ拙い状態……原石のままでだ。

「それがどうしたんだ?」
「だから……俺は技術的なことはお前に何も教えない」
「は?」

言っている意味がわからず……いや、わかるのだが、どうとればいいのかわからずに、大河はマヌケな顔をさらす。
しかし、恭也はすぐに次の言葉を続けた。

「ただ……戦う相手になる」
「なっ!?」

恭也は大河の目を見て続きを語る。

「つまり実戦形式の戦闘訓練だ。ただ俺と戦うだけでいい。そして、お前は俺の動きを見て、自分で使いやすいような戦い方を学べ。お前は教わるよりも、相手から盗むなり、自分で戦い方を編み出す方が向いている。そして、戦うたびに強くなっているのも確かだ。だから、徹底的に戦い続ける」

恭也がそう話したあと、大河はしばらく呆然としていた。
だが、いきなり挑戦的に笑ってみせる。

「そっちのほうが、ある意味簡単かつわかりやすくていいぜ!」

その大河の顔を見ながらも、恭也は真剣な顔で続けた。

「無論、技術的ではない単純な武器の扱い方など……知識的なことは教える」
「知識?」
「どのような面でどの武器をどんなふうに使用すればいいのかという事などや、急所や戦術の立て方などだ。とくにお前は武器が変化するからな、戦術は重要だ」
「なるほど」

大河が頷くのを見てから、恭也は八景を抜刀する。

「とりあえず、今日は戦闘訓練からだ」

大河もそれを聞いて、トレイターを呼び出す。

「大河、俺から盗めるものは全て盗め」

恭也の言葉に、大河は力強く頷いた。
そして、二人の鍛錬が始まった。



恭也は何の合図もなしに、大河の前面に飛び出し、右の小太刀……八景を振るう。
それに驚きながらも、大河は反射的にトレイターで防いだ。そして、恭也の八景を抑えながらも口を開く。

「ま、まだ合図もなにも……」
「実戦に合図なんてものはない。敵は自分が準備する時間など与えてはくれないぞ」
「なるほど」

恭也の言い分に納得したのか、大河は頷いてみせた。
それで話は終わりだ、とばかりに、恭也は八景をトレイターから離しつつ、風切り音を響かせて回し蹴りを放つ。
それを肘で受け止めながら、大河はトレイターを切り上げる。
恭也は冷静に、八景の柄の底でトレイターの剣の平、さらに刃の先端の部分を払う。
大河の剣は、手から放れた位置への横からの一点加重により、軌道が横へと大幅にズレる。
柄で簡単に弾かれたことに大河は驚きの顔を浮かべた。
大河のトレイターは、あらぬ方向に向いて、恭也にはかすりもしなかった。
恭也は追撃のために、紅月を抜刀。紅い残像を残しながら、振り上げられた大河の右腕へと向かう。
大河は振り上げられたトレイターを力で無理矢理急停止させながらも、すぐに右手を柄から離す。そこに恭也の紅月が、先ほどまで大河の腕があった場所を通過した。


峰とはいえ、直撃したならばかなり痛そうな斬撃だった。下手すれば骨折ぐらいはするからもしれない、
そんなことを考えながらも、大河はトレイターを左腕だけで、力任せに振り下ろす。
だが恭也はすぐに後ろへと大きく跳んで、それをかわしながら距離をとる。
それを狙っていたかのように、大河はトレイターをナックルへと変え、下半身を沈み込ませる。
 土が数p沈み込むほどの力を足の裏に込め、その力を一気に解放。まるで自身が弾丸になったかのように、恭也に向かって拳を突き出しながら突っ込んでいく。
恭也はそのまま上空に飛び上がり華麗に回避してみせた。
大河は、恭也を通り過ぎた直後、足を地面に叩きつけて、土を舞い上がらせながらブレーキをかけつつ、そのまま背後へと振り返る。
そこに恭也が上空から放った飛針が飛んでくる。
大河はそれをギリギリのタイミングでナックルを使って払いのけ、すぐにランスへとトレイターの形態を変え、恭也に向かって、同じく飛び上がってランスを突き出す。
上空に飛び上がっていた恭也は、木を蹴り、三角飛びでさらに高く飛び上がり、すぐに身体を反転、今度は逆さまで枝を蹴る。
 振動で落ちてくる木の葉の中、恭也は大河へと向かっていく。
そして、ランスの横に八景を滑らせる。そのまま、身体ごと大河へと向かっていきながら、紅月を鞘へと収めた。
 空いた拳を丸め、ほぼ密着状態であるめ腕の振りの力と落下の力を込めて、大河の腹に叩き込んだ。

「がはっ!」

思いっきり拳を叩き込まれ、空気を吐き出しながら、大河は地面へと落ちていく。だが叩きつけられる前に、なんとか片腕を地につけて着地。
大河から少し距離をとって、恭也も着地する。

「大河、少し助言だ」

腹を押さえている大河に向かって、恭也は淡々と言う。

「お前は突撃に頼りすぎだ。その力を溜めている最中とかわされた後……そして、トレイターを変化させようとしたとき大きい隙ができる。それを何とか工夫して、隙ができないようにした方がいい。まあこの辺はあとで戦術を教えるときに俺も考えよう」
「あ、ああ」

とりあえず、その弱点のために今こうして吐きそうになっているだけに、大河は大きく頷いた。

「では、続きだ」

大河は……勝手に戻っていた……基本形態である剣の状態のトレイターを掲げる。
こうして武器を使い分けていると、先ほど恭也が言っていた間合いの違い、重さ、重心の違いというのがよくわかった。
意識してみるとかなりの違いである。
大河は、すでに感覚として使い分けているので問題はないが、一つに偏ればどうなるかは、実際に恭也が言うような可能性になる方が高いだろう。
そう考えながらも、大河は恭也に向かって切り込んでいく。
大河はまず横薙ぎにするが、下から八景が飛んできて簡単に弾かれる。だが、すぐにそれを力任せに振り下ろす。しかし今度は横に弾かれる。
大河は恭也の動きを見ながら攻撃する。
だが、大河が幾度切り込んでも、恭也はうまく捌いてみせる。
当たらないのではない。
恭也が剣で弾いて、軌道を変えてしまうのだ。大河がどんなに力を込めても、まるで操られるかのように、トレイターは見当違いの場所に弾かれる。
大河がどこにどう振っても、恭也はかわすのではなく捌く。


というよりも、大河が相手の場合、恭也は捌くことの方が楽な作業だったのだ。
身体能力という意味では、恭也の方が召喚器を使う大河よりも下だ。戦いにおいて、この身体能力の差は大きい。
大振りの一撃ならば、かわすことは簡単である。前に戦った大河ならばそうであった。
だが、実戦……特に、同時に多数のモンスターと戦って、大河はコンパクトに剣を振るうことも覚えていた……それでも、たまに大振りが目立つのだが……。
こうして、コンパクトに連続で攻撃することに集中した場合、大河の身体能力だとかなり速い攻撃になる。
そうなると、恭也もかわし続けるのが難しい。だからこそ、恭也は剣が完全に振り切られる前に、その攻撃を意味のなさいないもの……自らに届かないものにしているのだ。
もっとも、これは大河の技量が少ないからこそできることなのだ。例えば、大河並の身体能力を美由希が有していたとしたら、こんな方法は使えない。


十合以上大河の攻撃を捌いたあと、恭也は動き出す……まあ、今までとて、別にここまで捌く必要はなく、攻撃はできたのだが……。
八景で胴、これは防がれる……正確には防がせる。すぐに紅月で逆胴、やはり大河は八景を防いだ勢いを利用して、すぐさま防ぐ。
そこで恭也のスピードが上がる。

八景で、突き・逆袈裟・左切り上げ・逆胴…………
紅月で、胴・右切り上げ・突き・袈裟斬り…………

連撃に次ぐ連撃。
八景が防がれれば紅月で、紅月がかわされれば八景で……。
無限とも思わせるような斬撃の波。


それに大河は、何とか対応していた。

(恭也の動きを見ろ!)

自分に念じて、恭也の攻撃を見続けながら……本当に何とか……対応する。


恭也の攻撃自体は、大河よりも遅いはずなのだ。
なのに、大河よりも速く感じる『斬撃』。
二刀故の手数の違い……否。
それもあるだろうが、大河の攻撃との違いはそんなものではない。
大河は『恭也に』当てるために、トレイターで『攻撃』している。
対して恭也は、大河の『部位』を『斬る』ために剣を振るっている。
それが徹底的な違い。
恭也は大河のどこを斬るかを決め、そこを斬るために理想的な力、軌道、速さ、それらを全て把握して剣を振る。つまり、無駄がない。だからこそ、傍目からみれば大河の『攻撃』の方が速く見えるからもしれないが、恭也の『斬撃』の方が速い。
大きな違いは技による速さの違い、
それを大河は、身体能力による速さと力で対応している。
別段大河の戦い方が間違っているわけではない。トレイターの剣の形態は、刀身が厚い西洋剣。その形態は斬ることよりも、叩き潰すように断つことの方が向いている。
そして、大河は持ち前の才能で、恭也の動きを見ながら対応していく。



恭也は小太刀を振り続ける。

(流石だな)

本来、恭也はこんな戦い方はしない。
ただ単に大河を倒すためならば、もっと他の……効率的で有効な手段を用いる。
これはただ、大河を成長させるために行っている。恭也にとっては、あくまでこれは戦闘『訓練』なのだから。
恭也が思っていた通り、大河の成長は早い。
どんどん対応していく。
その速度に対応したならば、一段階スピードを上げる。対応が遅くなれば、スピードを下げる。
弱点が見つかれば、そこに攻撃し、大河の本能に弱点があると教える。
それを繰り返す。
技術的なことは教えないと言ったが、この方法ならば、間合いや重さの違いなどを、大河に意識させずに攻撃と防御の……できれば捌くなり、かわすなりにさせたいが……技術を学ばせることができる。

さあ……。

(お前はどこまで強くなる?)

剣を振りながらも、笑みを浮かべていた。
恭也は美由希を育てていた時と似たような……それでいて、また違う感情を、大河に向けていた。




訓練を始めて三時間ほど。

「……あうあ」

ボロボロの大河は、地面にうつぶせに倒れ……というよりも、両手両足を広げて、まるで車に踏み潰されたカエルのような格好で、言葉にならない呻き声をあげていた。
その目の前では、たいした怪我のない恭也が、ゆっくりとした動作で小太刀を鞘に戻す。

「いつまでそうしてるつもりだ?」

どこか呆れた口調で恭也は大河に問う。
その言葉で、呻き声をあげていた大河が何とか立ち上がる。だが、すぐに力つきて、地面に座り込んでしまった。

「お、お前、体力ありすぎ」
「そうか?」

このぐらいの戦闘訓練ならば、美由希と共によくこなすため、恭也はわからずに首を傾げた。

「というか、恭也ってこんなに強かったのか?」

大河とて、恭也が召喚器を持っていないとはいえ、その強さは理解していた。
普通では絶対に勝てない。それでもトレイターを呼び出せば対抗できるものだと思っていたのだが、この訓練ではまったく手が出なかったのだ。
前にカエデと共に戦った実技訓練のときは、もう少しいい結果だったのだが。

「まさかここまで差があったとはな」

大河はため息をつきながら言う。
余計に自信を喪失してしまったようだ。
だが、恭也は首を振って否定してみせた。

「正直全てを考慮すれば、お前と俺の差はほとんどない……というよりも、おまえの方が上だ」
「は?」
「これが試合とかだったなら、ここまで一方的にはならない。
一部を除いて、ほとんどの身体能力などはお前の方が上。俺はその他のもので、それを埋めているにすぎないからな」
「試合って言っても……これとそんなに変わらないだろう?」

実際、大河は本気で戦っていたつもりであった。
だがその攻撃が、完全に読まれているかのように当たらなかったのだ。

「一つは意識の違いだ」
「意識?」
「そう。この訓練の間、お前は何を考えて戦っていた?」
「いや、戦うこと以外はほとんど何も考えてなかったけど」

さすがの大河とはいえ、戦っている間に余計なことを考えている暇はなく、それよりも攻撃すること、相手の動きだけを考えていた。
それに恭也も頷いてみせる。

「では、戦闘を始める前は?」
「あ?」

やはり今まで通り、恭也の言いたいことがわからない大河。
だが戦闘関連であれば、恭也のほうが一日の長がある。わざわざ聞き返すのはやめて、大河は思い出そうとする。
だが、すぐに思い出せた。

「そりゃあ、恭也から色々盗んでやるって思ってたけど」

盗めと言われたのだから、そう考えてもおかしくはないことだった。

「それが原因の一つだ」
「盗むことが?」
「いや、一番の理由は戦う目的だ」

恭也も大河の目の前に座り込む。

「戦いと言っても色々とある。ただ相手に勝つための戦い、時間を稼ぐための戦い、何かを守るための戦い。今のように勝敗が関係のない戦い。この前の禁書庫のときのような、他に目的はあるが、敵と遭遇したため戦わなくてはいけないということもある。それらは同じ戦いでも、目的はまったく違うことはわかるな?」
「それは、まあな」

大河は頷くものの、まだ恭也が言いたいことがわからずに首を傾けていた。

「目的が違う以上、戦い方も違ってくる。その目的を為すために必要なこと、必要でないことを人は無意識でも選別している。
今回、お前の目的は盗むことだと無意識にセットしていたわけだ。その目的は俺に勝つことじゃない。となると、やはり戦い方に多少違いがでる。
 実際に俺が見たかぎり、いつも以上に目が俺の動きを追っていた。ただ、お前はまだ相手の行動を意識して読みながら戦うというのになれていないから、よく隙ができていたし、視線で俺のどこを狙っているのかもわかった。俺はそのへんの隙をついたにすぎない。
俺もお前になるべく多くの戦い方を見せるということで、ほぼ無意識に色々な戦い方をしていたはずだ」

恭也の話を聞いて、大河は感心したように何度も頷く。
学園でも戦闘関連の授業は確かににある。だが、それを教える教師たちには生徒であるはずの恭也ほど、実戦を積んでる者はほとんどいないと言っていいぐらいである。だから、その教え方はまさに教科書通りのような感じなのだ。
大河はそれらを真面目に聞いてはいないが、恭也の場合はどこか引き込まれる感じで、逆に楽しく聞いていられた。彼の実戦経験が豊富だからなのか、それとも教えを請うたからなのか……いや違う。
 大河は心の底で、恭也という人間を尊敬……いや、恭也に憧れている所がある。
人として、男として、戦う者のとして……その心に、その器に、その強さに。
普段は表には出てこないが、大河は恭也という男に憧れている。
それは子供が強い父親に憧れるような……弟が頼れる兄に憧れるような感情に近いもの。
だからこそ今回、真っ先に恭也に戦い方を学ぶことを選んだのだ。

それはさておき、恭也の話は続く。

「結局の所、相手を倒したという戦いの後の結果が同じでも、目的が違えば戦い方はまったく異なるものになる。最優先事項が違うのだから、これは当然だろう?」
「ああ」

実際、リリィが禁書庫で怪我したときなど、後の結果は敵を倒したというものだったが、まさに敵がそちらに行かないような動き方、倒し方を大河と恭也はしていた。
そのとき恭也はわからないが、少なくとも大河は、ほとんど無意識にそうしていた。
そのことを思い出して、大河は頷いた。

「意識というのは、戦いでもそれだけ重要なものだ。戦闘中は確かに、おまえの言う通り戦闘以外の何かを考えることは少ないだろうが、人は無意識でそのとき一番しなければならないこと、したいことを選んでいる。極端な例えで戦闘に全く関係ない話だが、食事をする時に、常に箸を動かす、なんてことは考えてはいないだろう?」
「そうだな」

 箸云々については、日常的無意識という言い方が正しい。これは武道、武術で言う所の『身体が覚えている』という感覚に近い。
 そのために身体に覚えさせるため日々反復練習を行うわけだが、これを意識させないために、恭也は大河に告げなかった。技術を直接教えない以上はそれらを戦闘訓練の中、身体『で』覚えさせるつもりなのだ。

「お前が意識しているときにあった選択肢の中で、お前の無意識は俺に勝つことよりも、俺から技術を盗むという目的を選択していた。もしくは、勝つというのも両立していたかもしれないが、盗むことの方が重要だと判断していた、と言ってもいいが。これは訓練だ、という意識と、自分は教わる立場だ、という立場的な意識もあったのかもしれないがな」
「なるほどなぁ。ある意味目的意識とかによって、強くなったり、弱くなったりすることもあるってことか」

それを聞いて、恭也は苦笑する。

「それは少し極端すぎるな。少し技が荒くなったり、良くなったり。動きが遅くなったり、早くなったり。戦い方が変わって、それが不利になるか、有利になるか、と言ったところだ。できればその意識すらも操れるようになるのが理想だ。
さらに言えば、お前はまだこういう足場の悪い所や、閉鎖物が多い場所での戦闘に慣れていないし、戦う相手との相性などの問題もあるしな」

恭也はそう締めくくる。
実際の所、今回、恭也が大河に手を出させないほどの攻撃をみせたのは、それだけの問題ではない。
リコとの契約で、ある程度ではあるが潜在能力が上がっている。
ただこれは召喚器を持たない恭也には、それほど効果は高くない。なぜなら恭也は、すでに肉体的なポテンシャルとしては限界近くまで潜在能力を引き出していた。
召喚器を持っていたとしても、それが休眠している彼の場合、どれだけ潜在能力が上がったとしても肉体的な限界がある。だからこそ、リコとの契約の効果は微々たるものでしかない。
それでも、少なからず効果があったことは確かだ。
ただ今回の訓練でこのような結果になったのは観察力が大きな理由だ。
今まで、恭也はずっと他の仲間たちの能力を見続けてきた。
その結果が今回の訓練である。
すでに恭也は、大河に限らず他の仲間たちの苦手とする攻撃や、彼らの動き方などをある程度把握していた。
とくにベリオ以外は、すでに一度戦っている。だからこそ、余計によくわかるのだ。
今回は、その観察力による結果を考慮して戦ったにすぎない。
もっとも、能力を把握していたからといって、そんなことが通用するのは、まだまだ戦いに関して荒削りな大河と未亜、なのはぐらいである。
その三人も早いスピードで成長しているので、すぐに役立たないものになるだろう。




 恭也はゆっくりと立ち上がった。

「さて、休憩はここまでだ。そろそろ続きを始めるぞ」
「げっ、もうか?」

これだけでは疲れがとれないのか、大河は顔を顰めさせた。

「適度な休憩は入れているはずだ。効率よく休めるようにするのも必要なことだぞ。要は慣れのようなものだ。しばらくすればこのぐらいの短時間でも、疲れがとれるようになる」
「けどよ、そんなに急がなくても」

それを聞いて、恭也は再び睨むように大河を見た。

「強くなりたいんだろう?」
「それは……」
「守れるだけの力がほしいのだろう?」

大河は、恭也の何とも言えない雰囲気に口を開けなくなる。

「守るというのは難しいぞ」
「ああ……」

守る、口で言うのは簡単。
だがそれを実行するのが、いかに難しいことなのか、恭也はよくわかっている。

「だったら、もう少し頑張ってみせろ」
「了解」

大河は一度深呼吸したあとに立ち上がった。
そして、二人は鍛錬を再開する。
その日は、森から剣戟の音やら、何かが爆発する音やらがしばらく響くことになった。







あとかぎ

ああ、久しぶりの投稿。
エリス「今まで何やってたわけ?」
仕方ないでしょ、パソが壊れたんだから。これだって手書きの上、友人のパソコンで書き上げた。二度手間の上、手書きだとえらく時間がかかった。
エリス「友人に迷惑かけたわけか」
いや、むしろ彼に早く書けと言われ、さらに学生時代の先輩方に早く続きを読ませろと脅さ……げふん、げふん、ということで手書きに。
エリス「まあ、とにかく、みなさん遅くなりました」
今回は恭也と大河の鍛錬風景でした。オチとかなかったけど。
エリス「なんか間合いとかについて、えらく断定してるけどよかったの?」
これは経験談。
エリス「アンタの?」
 そう。昔、自分は剣道を習ってたんだけど、まあ部活とかじゃなかったし、本気でやってる人に比べればどうってことない腕前。それでも六、七年やってたから。
エリス「それと間合いに何の関係があるの?」
結構昔だからうろ覚えなんだけど、知り合いの父親がやっていた合気道教室だったかなんだったか、このへんを覚えてないんだが、それに誘われて、二、三日、棒術みたいなのをやったんだよね。
エリス「それが?」
そのあとで剣道をやったら、これがもう感覚が狂ってて。棒術と言っても短い棒を使ったやつだったから、いきなり竹刀に戻ると間合いが計れない。
エリス「短いのから長いのになったらねぇ」
柔道の授業を続けたあとなんかもあった。まあ、武器を使わない身体だけのものだから、棒術をやったときほどじゃなかったけど。まあ、なれというのは怖いということだ。
エリス「でもアンタの経験談でいいの?」
自分は素人に毛が生えた程度のもの、達人になればわからないけど、大河も戦闘経験と才能があっても、戦い方に関しては素人も同然。それを考えてこういう話にした。
あと実際、これを書く前に自分で色々と試してみたし。一試合毎ならともかく、一試合中に武器をコロコロ変えて戦うのは、少なくとも自分は難しいと判断した。実際のデュエル本編でランスとナックル、爆弾が突撃系なのはそのへんが理由なのかな、とかも思ったし。ただこの話ではほかの使い方もするので、突撃に偏るわけにもいかないと。
エリス「まあ、とりあえずどんな反応がくるか」
怖いこと言わないでくれ。
エリス「で、次回は? 話は動くの?」
今回は恭也と大河しか出てないから、ほのぼのとやるか、出てきてないあのキャラを出すかもしれない。
エリス「それじゃあとっとと決めて書く」
そう言われも手書きだとスピードが、給料入ったら中古か安いやつを買うつもりだけど。
エリス「あのね、なのは編か大河編も書かないといけないのに」
 いやそうなんだけどね。とりあえず、期限の方は自分のパソが手に入るであろう今月、その終わり……つまり六月の最終日にします。もしデータの復旧ができなければ、決まっても少々投稿は遅くなると思いますが。
エリス「みなさん申し訳ありません……ああ、この頃私まで謝る回数が増えてる」
みなさんごめんなさい。ついでにエリスもすまん。
エリス「あんたがちゃんとしないからだ!」
ぐぺっ! な、殴らなくても。
エリス「それではまた次回で」
あ、ありがとうございました。

※大河編かなのは編かは、すでに決定しております。





手書きの苦労はよく分かります。
美姫 「後で打ち直すときに、自分の字が読めないってのはアンタだけだと思うけれどね」
ぐはっ! うぅぅ。頭の中で動く早さと手の早さが合わないため、どうしても字が崩れていくんだよ〜。
美姫 「それで、入力するときに頭を捻っていたら何も言えないわよ」
うぅぅ。
美姫 「にしても、今回はお疲れ様です」
本当に。大河も身体だけじゃなく心も成長したみたいだし。
美姫 「次回が非常に楽しみね」
うんうん。次回も楽しみに待ってますね。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
ではでは。



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