『選ばれし黒衣の救世主』










「もう戻ってこないと思ってたわ」

元の空間……導きの書があった部屋に戻ると、案の定、イムニティは待ちかまえていた。

「ふむ、ご期待にそえないで悪かった」

恭也は、イムニティの開口一番の言葉にそう返答する。

「いったいどうやってこの場から逃げたのかしら?
リコ・リスの召喚術じゃなかったようだし」
「手品のタネというのは、わからないほうがおもしろいだろう?」

恭也は、どこか悪戯が成功したかのように笑ってみせた。

「あなたが何かしたってことかしら?」
「そう思ってもらってもかまわん」

レティアの力なのだが、わざわざそんなことを説明してやる理由はない。

「何か余裕じゃない。さっきあれだけボロボロにされたって言うのに。
まあ、いいわ。そっちが消えるって言うなら、そのまえに、その命を終わらせてあげる」

イムニティは余裕の笑みを崩さずに言ってくる。

「そんなことはさせません。恭也さんは私が守ります」

リコは本当に恭也を守るように一歩前に出て、毅然と言い放つ。
そんなリコをイムニティは訝しげに見た。

「あなた、何か変わった?」

それを聞いて、リコも余裕がありそうに、少しだけ笑ってみせた。

「さあ、それは自分で確かめてください」

 珍しく、挑発ともとれるリコの言葉。
イムニティはそれを聞いて、気にいらなそうな表情をみせる。

「いいわ、あなたを殺して確かめてあげる」

その言葉と同時に、イムニティとの再戦が始まった。






 第十七章 正体不明の契約者






恭也は、イムニティが放つ魔力弾をかわしながら距離をつめていく。
目の前まで移動すると、八景を一気に振り下ろすが、イムニティはテレポートで消えてしまう。
しかし、イムニティが出現した場所に、リコの魔力弾が撃ち込まれる。
それをイムニティは舌打ちしながら、横へと跳んで回避した。
そこに恭也が虎切を向かう。
超射程、超高速の抜刀術を、イムニティは影から出現させた爪で防ぐ。
さらに、その爪を翻して、恭也に向けて横に払う。
恭也はすぐにバックステップでかわすが、完全にはかわしきれずに胸を浅く引き裂かれた。
イムニティは、爪でさらに攻撃を加えようとするが、リコによって召喚された隕石に気づき、後方へと跳ぶ。
再び距離ができるが、恭也は射抜の構えをとった。
だが、それは八景ではなく紅月だった。

「神我封滅……」

 さらに、その刀身に黒い霊力の炎を出現させる。
その状態で射抜を放つ。
瞬間、リコやリリィ相手に放った霊力よりも随分と小さいが、かなりのスピードを持った黒い光の塊が、イムニティへと向かって撃ち出された。
イムニティは、何とか身体を右にずらしてそれをかわす。
だが、そこに射抜が向かう。

恭也のオリジナルの霊力技……光矢。
 霊力と射抜の時間差攻撃。
どちらも超高速で、二段攻撃でもある上、射抜の特性を考えればさらなる連撃も可能という技。霊力を収束させるため、まだ扱いが難しい技なのだが、この際出し惜しみはしていられない。

後から来た射抜をイムニティは後ろに下がってかわそうとするが、その超高速の突きをかわしきることはできない。何とか身体を回転させて、それを回避しようとするが、腕を浅く斬られる。
さらに、恭也は八景で虎切に繋げる。
イムニティは、それをほとんど転がるようにして避けた。
そこに、リコが書のレーザーが向かう。
だがイムニティは、転げながら呪文を詠唱して、雷を落としてそれを打ち消す。
そして立ち上がり、さらに呪文を詠唱する。
 リコはそれに反応して、防壁を張ろうとするが、イムニティの身体が恭也へと向く。
 そのまま恭也に向かって稲妻を打ち落とす。
イムニティは、恭也に魔力耐性がほとんどないことを、先ほどの戦いで気づいていた。
ならば、先にあの男からと考えたのだ。
雷は、イムニティに向かおうとしていた恭也に落ちる。

「ぐっ!」

恭也は苦痛に顔を歪めるが、腕つけているブレスレットの紅い宝石が少しだけ輝く。

「恭也さん!」

雷に撃たれる恭也を見て、リコが叫んだ。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 リコの声を聞いて、恭也は雄叫びをあげながら、雷の中から抜け出た。
痛みはある。正直、倒れてもおかしないぐらいに。
だが、先ほどのように、全身から力が抜けてしまうほどではない。
 その痛みに耐えながら、恭也はそのままイムニティへと向かう。
イムニティは、雷を受けても、恭也がなお動けるのを見て驚いていたが、何とか彼の放つ刃から逃れた。

「くっ、どうして……」

先ほどは一撃で終わったというのに、今では動くことができる恭也に驚きながらも、イムニティは魔力弾を撃ち込む。
だが恭也にはそれをかわされ、逆に隙ができたところをリコの魔力弾に弾き飛ばされた。
イムニティは立ち上がるが、リコはさらに呪文を詠唱し、それを解き放つ。
今度はイムニティに向かって雷が落ちる。
イムニティは、それを先ほどのように、身体に光を纏わせて防ごうとするが、雷はそれを突き破った。
そして、再びイムニティは弾き飛ばされた。

「ば、馬鹿な……リコ……あなた……」

 先ほどは防御しきれたはずだった。
 だが、全てが先ほどとは正反対の結果。
ほぼ勝負はあった。
とはいえ、恭也たちは彼女を殺してしまうわけにはいかない。
イムニティは驚愕の表情を張り付けてリコを見る。

「……いったい、誰を主に選んだっていうの……」

イムニティはそう聞きながらも恭也の方を見た。

「俺は召喚器を持っていない……お前が言ったことのはずだが?」

恭也は少しだけ笑って言う。
召喚器を持つ者にしか、リコたちの主にはなれない。
それならば、恭也である可能性は皆無なのだ。
恭也は召喚器を持たず、その能力だけで戦っているし、イムニティからも本当に集中しなければ、召喚器の力を感じることはできないだろう。

「……っ、あのとき地上に戻って誰かと契約したってことかしら?」
「さて、どうだろうな」
「どうでしょう?」

恭也と同じようにリコも笑う。
それを見下されているとでもとったのか、イムニティは憎々しげな表情をとった。

「どちらにしろ、前回と前々回の再現をしようっていうつもりでしょう」

イムニティはゆっくりと立ち上がる。

「主を持った書の精霊に、赤の主ではないとはいえ救世主候補並の実力を持った剣士……それもさっきまで魔法耐性はほとんどなかったっていうのに……。
 このままじゃ私の方が圧倒的に不利ね。いいわ、今日の所は私が引いてあげる」

そう言って、イムニティは傷を癒しながら笑った。

「今度会うときは、お互いのマスターを交えて会いたいわね。あなたが誰を選んだのか興味もあるし。
 それではごきげんよう、リコ・リス」

イムニティの言葉にリコは頷きもせずに口を開く。

「ごきげんよう……イムニティ」

イムニティはそれを聞いたあとに、その場から姿を消した。
それからしばらくしてから、恭也は息をつく。

「どうやら、俺が主だとはばれなかったようだな」
「はい」

あちらの主が誰だかわからないのだから、こちらもわざわざ教えてやる必要はないと恭也は判断した。
リコもそれに気づいて、恭也に合わせたのだ。
イムニティも恭也が主だとは思えないはずだからできたこと。

「だが次は……」
「白の主との戦いになりますね」
「まあ、俺たちはできるだけ時間を稼げばいいだけだからな。最悪の場合は逃げ回って稼げばいいさ」
「はい、マスター」

笑って応えるリコを見て、恭也は何かを考える。

「リコ」
「はい?」
「俺をマスターと呼ぶのは禁止だ」
「な、なぜですか!?」

恭也としては、なぜマスターと呼ぶのを禁止しだけで、そこまで悲しそうな表情をとるのか聞きたいところだ。

「なるべく俺が赤の主だということはばれないようにしたほうがいい。普段からそう呼んでいると、咄嗟のときにもそれが出かねない。
イムニティにばれるのは避けないといけないからな」
「それは……」
「時間を稼ぐにはばれないほうがいいんだ。頼むから」

恭也の説得に、リコは悲しそうな表情のまま頷く。
恭也は、それを見て罪悪感がこみ上げてきたが、仕方のないことだと、自らに言い聞かせていた。

「でも、二人きりときだけは、マスターとお呼びしてはいけませんか?」

瞳に僅かだが涙を溜めて、下から懇願するようにリコは聞いてくる。
リコまでなのはたちのように、対恭也最終兵器を体得したらしい。
これを断れる恭也ではない。

「わ、わかった。二人きりのときはかまわないから」
「あ、ありがとうございます」

色好い返事を聞いて、リコは一転して嬉しそうに笑う。
逆に恭也は深いため息をついていたが。

「とりあえず、書を持って上に戻るとするか」
「はい。ですが、それ……もう何の意味もないと思いますよ」
「え? どうして」

訳が分からず、恭也は聞いた。

「上に行けば分かります」

だが、なぜかリコは悪戯っぽく笑って答えた。




「恭也! 私は貴方を信じて戻ったのよ! なのになんでこの白紙の本が導きの書なのよ!?」

 リリィが恭也に向かって怒鳴りつける。
地上に戻ってみれば、怪我などを負った一同が、全員魔法で何とか治療されていたのだが、恭也が持ち帰ってきた導きの書が白紙になっていることがわかったのだ。
恭也もリコと契約してしまったため、残りの赤い字も消えてしまったのだろう。
そして今、校舎の前で恭也がリリィに罵倒されているのである。

「そんなことを言われてもな。実際、一番下にあった書を持ってきただけなのだが」
「うん、あのとき封印されてたやつだね」

未亜も書を覗き込みながら同意する。

「あ、はい。確かにこれですよ」

なのはも援護するように言う。

「それならなんで白紙なのよ?」
「それは俺に聞かれても困るのだが」

リリィはなおも何かを言おうとするが、そのまえにベリオが苦笑して間に入る。

「まあまあリリィ、何はともあれ、みんな無事に帰ってこれたんだからいいじゃないの」
「俺なんぞ死にかけたぞ」

大河は、さすがにまだ完全には怪我が治っていないらしく、腕に包帯を巻いていた。服で見えないが、おそらく身体の方も似たようなものなのだろう。

「それはあんたの自業自得でしょ!」
「はん、お前だってこれに懲りたらちったぁ回復系の魔法も覚えろよ、このへっぽこマジシャン!」
「だから、私は今覚えてる最中だって言ったでしょうが、このバカ!」
「大事なときに使えなきゃ意味ないんだよ!」

今度はこっちで言い合いが始まってしまう。

「大河さん、リリィさん、ケンカはダメ!」

その二人になのはが怒鳴る。

「う、なのは……」
「いや、そのな……」

どうやらこの二人もなのはには弱いらしい。

「それに大河さんは私を助けるために怪我しちゃたんですから」

なのはは、大河の包帯を見ながら申し訳なそうな表情をとる。
それを見て、恭也はなのはの頭に手を置いた。

「大河に礼を言ったのか?」
「うん」
「そうか」

恭也は頷いたあとに、大河に向かって目だけで感謝を送る。
 大河もそれに気づいて、気にするなとばかりに笑ってみせた。

「とにかく、みんな無事に帰ってこれてよかったでござる」

カエデが笑顔で締めくくると、ミュリエルが口を開いた。

「恭也さん、本当に書の中身は見なかったのね?」
「はい」

見たにも関わらず、恭也は即答してみせた。
まあ、意味もまったくわからなかったのだから、見ていても同じだっただろうが。

「装丁からして、導きの書に間違いないようね。だとするとやはり書は失われてしまったのかも」

ミュリエルの言葉に、恭也とリコ以外の者たちが驚きの顔を浮かべた。

「では救世主の選抜は……」
「私たちの帰る方法もわからないってことですよね?」

リリィと未亜がそれぞれミュリエルに聞く。

「救世主の選出は従来通り、王家の認定会議により決定します
 みなさんの帰還の方法は……」

ミュリエルはそこで言い淀む。
だが、そこでリコが一歩前に出た。

「……私が必ず見つけます」

今までと違ってはっきりとした声でそう告げる。
それに、やはり一同が驚いた顔をみせた。

「リコ……」

恭也がリコに向かって何かを言おうとするが、その前に彼女は言う。

「大丈夫です。少し時間はかかるかもしれないですけど」

そう言ったあとに、リコは恭也に近づき、彼にだけ聞こえるように耳打ちする。

「それに恭也さんにいっぱい力をわけてもらいましたから」

恭也はそんなつもりはなかったのだが、それに少しだけ笑って頷いてみせた。

「地下でそれに関する資料もいくつか見つけましたから、それを解読できれば大丈夫だと思います」

それを聞いて恭也は、先ほど戻ってくる途中、リコが禁書庫でいくつかの本を見ていたのを思い出した。
 どうやらあの時点で、リコは既にどうするべきなのかを考えていたようだ。

「うん、リコさんならきっと大丈夫だよね」
「そうね、リコなら任せても安心だわ」
「頼むでござるよ、リコ殿、二度と故郷に帰れないのはごめんでござる」
「はい」

それぞれの言葉に、リコは力強く頷く。
みんながどこか楽しそうに会話をする。それはみんながこうして再び話せることを喜ぶかのように。その中で、リコの口からリリィをからかったような話が出たりする。

「なんていうか、リコさんも変わりましたね」
「え?」

リコの顔を見ながらなのはが呟き、彼女が不思議そうな顔をする。

「今までより力強いという感じでござるし、楽しそうでごさるよ」
「そうね。それに今日のリコはよく喋るわ」

カエデとベリオも続いてそんなことを言う。

「でも、私は今のリコさんの方が好きだな」

未亜は笑顔でリコを見ていた。

「口が悪くなったの間違いじゃないの?」

からかわれたリリィは憮然と言い放つ。

「わ、私は……」

言われたリコの方が戸惑っている。

「いいんじゃねぇの?」
「ああ。そうだな」

大河と恭也はどこか苦笑しながら告げる。
 恭也などは、リコの頭を撫でていた。

「恭也さん、大河さん?」
「仲間なんだからな」
「ああ。仲間だからな」

二人の言葉を聞いて、リコは笑顔で頷いた。
そして、再びミュリエルが口を開く。

「では、今回の任務はこれで終了します」

それに全員が返事をする。

「今後の活動は概ね今までと変わりませんが、より破滅との接触を前提としたものに変更します」

そこまで言ったあとに、ミュリエルはリコを見た。

「とりあえず、この本は私のところで今後調べるけど、問題ないわね?」
「ありません」
「そう。なら、よろしい。では各自、寮に戻って休んでください。ご苦労様でした」

ミュリエルにそう締めくくられ、全員で寮の方へとも戻っていく。
それをしばらくミュリエルは眺めていた。
だが、不意に口を開く。

「導きの書が白紙……やはり、もうすでに破滅は動きだしているというの?」

白紙の導きの書を見ながら呟き、そして顔を上げる。
ミュリエルの視線は、寮へと戻っていく救世主候補たち……いや、恭也に向かっていた。

「救世主候補でもないのに……私の封印を破るなんて……
 召喚器を持たない異端の救世主候補……高町恭也……あなたは味方なのか……敵なのか……」

ミュリエルは、まるで恭也を睨むように目を細めた。




救世主候補たち全員で寮へと戻る途中、大河がグッと背中を伸ばす。
それを見て、隣を歩く恭也が口を開く。

「大河、怪我は大丈夫なのか?」
「ん? まあな。一応治癒魔法はかけてもらったし、少しまだ痛むけど、概ね大丈夫だ」

それに大河は笑って答える。

「しっかし、疲れたぁ」

大河の言葉に、恭也も黙って頷く。
他の者たちも、それぞれが思い思いに喋っていた。

「ベリオさん、なのはちゃん、今からお風呂に行かない?」
「いいわね」
「はい。ちょっと埃っぽいですしね」

その三人の会話に大河が反応する。

「おっ、んじゃ俺も一緒に入ろうかなぁ」
「お兄ちゃんはダメ!」
「えー、なんでだよ。お前だけずるいぞ」
「お兄ちゃんのバカ、未亜は女の子だもん」

 大河がおどけたように言って、未亜が頬を膨らませる。
その横で、恭也は頷きながら言う。

「風呂か。確かに入りたいな」
「おにーちゃんもダメだよ」
「いや、俺は別に一緒に入ろうとは言っていないが」

高町兄妹もそんな会話をしていると、カエデが大河のそばに寄った。

「師匠、なら拙者と一緒に入るでござる」
「さすがは一番弟子、よくわかってるじゃないか!」
「カ、カエデさん!」

未亜が咎めるようにカエデの名を呼ぶが、彼女はその意味がわからないのか、首を傾げてみせた。

「ん? 何かまずかったでござるか?」
「まずいもなにも……」

未亜がどこか疲れた表情で何かを言おうとすると、今度はリコが恭也のそばに寄った。

「恭也さん」
「ん?」
「恭也さんの背中は私が流します」

その瞬間、全ての時間が停止した。
だが、何とか恭也が一番早く再起動を果たす。

「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」

恭也の声で、さらに再起動する三人がいた。
その一人、未亜が彼の肩に手を置いてニッコリと笑った。

「ジャスティ」

そしてジャスティを召喚し、その矢を引き絞って恭也のほうに向ける。

「どいて」

リリィはリリィで、無理矢理大河から場所をぶんどる。大河はその殺気に何かを感じたのか、何も言わずに簡単に場所を譲ったのだった。
そして、やはり笑顔でライテウスを恭也の前にかざす。
なのはは前を歩いていたが、恭也の目の前に向き直る。

「白琴」

やはりこちらも笑顔で召喚器を呼び出した。

「なんで召喚器なんて物騒な物を、そんな笑顔で向けてくるんでしょうか?」

なぜか敬語で問う恭也。

「大丈夫、本当のことを言ってくれればいいんだから」
「うん、そう、包み隠さず全て吐けばいいのよ」
「そうそう。回答を間違わなければ何もしないよ、おに〜ちゃん」

三人は笑顔を崩さずに言うが、目が笑っておらず、殺気を漲らせている。
 なんというか、怖すぎる。
 今までにも、元の世界で似たような経験があったりもするが。
そんな中で恭也は目だけを大河に向ける。
二人の視線が絡み合う。
 それだけで大河の考えが伝わってきた。

『すまん!』
『そんなこと言わないで助けてくれ!』
『いや、俺じゃその三人には勝てないわ』
『俺も勝てん!』
『というか、リコとまで。羨ましすぎるぞ!』
『いや、訳がわからん!』
『まあ、当然の報いと思って諦めろ。俺だってたまに未亜やベリオにお仕置きされてるんだから、たまにはお前も味わえ』

元の世界にいる、いつも爽やかな笑顔を見せてくれる親友を相手にするかのような、素晴らしいアイコンタクトができるだけの信頼関係を築けていたのは凄いのだが、肝心の相手はすでに逃亡を決めつつも、さらに敵に回っているようである。おそらく、元の世界の親友も、同じ状況なら逃げ出すだろうが。
唯一の味方とも思えた男から目を離し、熱すぎるのか寒すぎるのか、よくわからない視線を向けてくる三人に恭也は視線を戻す。

「い、いや、だから、な」

やっとのことで重たい口を開く。

「これには深い訳が……」
「で、その訳ってなんなのよ?」
「そ、それは……」

リリィの笑顔での言葉を聞いて、全て暴露したい思いにかられる。
そんな彼に救い神……ではなく、悪魔の鉄槌が下った。

「私はもう恭也さんのものだから」

リコが弁解不可能なことを言う。その瞬間、未亜の矢が輝き、リリィの手の平に火球が生まれ、なのはは魔法陣を描かき、それが光り輝く。
大河とカエデ、ベリオはリコの発言に驚いていたが、すでに待避ずみである。

「待て待て待て!!」

恭也の言葉を聞いたのか、発射だけは阻止できた。
 だが……

「10」
「9」
「8」

なぜか始まるカウントダウン。
恭也は、今こそ神速を使うときかと思案する。
そもそもなぜこんなことになった?

「5」
「4」
「3」

続いているカウントダウン。
なぜか0に近づくたびに、三人の力が強くなっていっていたりするが。しかも、今までに見たことがないくらいに、最大威力を越えていっているような気がする。
 全ては話せない。
だが、このままでは自分は死ぬ。間違いなく死ぬ。容赦なく死ぬ。完全無欠に死ぬ。
というかなぜ、自分がこんなに責められる必要がある?

「2」
「1」

恭也が混乱気味に思考している間も、無情にも時は進む。
そしてカウントが0になる前に、さらなる悪魔の鉄槌が下された。

「私は恭也さんに大切なものを捧げました」

リコが無表情ながらも少しだけ顔を赤くして、恥ずかしげに呟いた。追い打ちをかけているというか、恭也を死に近づけさせているという意識はあるのか。
 恭也は脂汗を流し始めた。
いや、確かに唇は大切ものだろう。
だが、その発言はどこか間違っていないだろうか?
ブチッ、っと何かがキレる音が確かに響く。

「成仏してね、恭也さん」
「さようなら、地獄で風邪ひかないようにね」
「おとーさんによろしくね」

その瞬間、未亜の光の矢が、リリィの火球が、なのはの光の奔流が、無情にも恭也に向かっていく。
だが恭也は、その一瞬で、すでに今日三回目の神速へと入る。
そして、すべての攻撃を避け(でも余波でちょっと焦げた)、さらにその場から逃走を計ったのだった。




「こ、ここまで来れば……」

恭也はいつも鍛錬に使っている森に入り、木に手をかけて呟く。

「見つからないと思った?」

 背後から底冷えさせるような声が響いてきて、恭也は慌てて振り返った。

「リ、リリィ……」

そこには怪しく笑うリリィがいた。
恭也は一歩後ろに下がろうとするが、なぜか意志に反して身体が固まって動けない。おそらくは恐怖のためだろう。

「アンタのことだから、きっとここに逃げて来るだろうと思ったから先回りしてたのよ」

 とんでもない洞察力だった。
リリィがゆっくりと近づいてくる。
恭也は顔を引きつらせていた。
なんというか、今までの恭也の歴史で、間違いなくトップレベルに入りそうな勢いで危険を感じていた。さらに、ここに他の人間まで加わったらと想像すると、自分から切腹したくなってくる。
そんなことを考えている間に、リリィは恭也の目の前にまで移動してきていた。

「あ、いや、あのな」
「さっきのリコが言っていたことは本当かしら?」

先ほどよりも冷たい微笑を見せてリリィは問う。

「絶対に違う!」

とりあえず大声で否定しておく。

「そう。まあいいわ。とにかく、ちょっとアンタそこに座りなさい」
「な、なぜ?」
「いいから座りなさい」
「は、はい」

リリィに睨まれ、すでに逆らう意思はなくなった。
恭也はその場に座り込む。なぜか正座だ。

「あ、足は伸ばしといて」
「? わかった」

恭也は訳もわからず両足を地面に伸ばす。
するとリリィは恭也の右膝に手を置いた。

「どうせアンタのことだから、かなり膝を酷使したんでしょ?」
「まあな」

神速を二回使ったが、強敵との連戦であったのだから仕方がない。正直、神速の二段重ねまで使うか迷ったくらいだ。
さらに先ほど、この目の前の人物を含めた三人の強敵のために一度使った。ちなみに二段重ねを使うか本気で迷ったのはそっちの時である。

「それで……」

何をするのか問おうとしたところ、リリィがブツブツと何かを呟く。すると、いきなり膝が暖かくなった。

「これは……」
「あー、喋るな。まだなれてないんだから集中できない」
「む、すまん」

ズキズキと痛んでいた膝が、少しずつ痛みが引けていく。

「回復魔法か?」
「まあね。ホントは古傷とかには効き目が薄いんだけど、ないよりはマシでしょう?」
「それは、まあ」

しばらくすると、リリィは恭也の膝から手を離す。
膝は先ほどまでより随分と良くなっていた。

「少し前から回復魔法なんかの修得も始めてたのよ。まあ、人に使うのは今のが初めてだし、今回だって間に合わなかったけど」
「そうなのか」

恭也は頷きながら、膝を曲げたり、伸ばしたりを繰り返す。
痛みは確かになくなっていた。

「アンタが言ってた膝を完治できるかもしれない可能性と、これを組み合わせればもっと効率が良くなるんじゃない?」
「あ、ああ」

恭也は驚きながらも膝を動かすのをやめる。

「もしかして俺のために?」

恭也がそう聞くと、リリィは顔を真っ赤にさせた。

「バ、バカ! そんなわけないでしょ! 回復魔法も重要だって思っただけ! アンタはその練習台!」
「そうか」

当然か、とばかりに、恭也はリリィの言葉を疑いもしなかった。
それを見て、リリィはどこか悔しそうな顔をして横を向く。

「なんか、簡単に納得されるのも腹立つわね」

リリィはまたもブツブツと呟いているが、当然そんな言葉は恭也に聞こえるわけがなかった。

「リリィ」

そんなリリィに恭也は呼びかける。
リリィは、どこか納得いかなそうな表情のままで、恭也の方に向き直る。

「ありがとうな」

恭也は、少しだけ笑ってそう言った。

「い、言ったでしょう。練習台だって」

リリィは顔を真っ赤にしたたままで返す、
夜、それも森の中でなくては恭也にばれていたかもしれない。

「それでもだ」
「わかったわよ。じゃあ感謝しなさい」
「ああ」

先ほどまでの殺伐とした雰囲気は消え、どこか暖かい空間を二人は作りだしていた。




そんな二人を、茂みの中から眺める三対の目。

「なんかいい雰囲気だし」
「おに〜ちゃん、どうしてそうやって女の人には無防備に……」
「膝を治す名目で、というのを忘れていました……これは使えますね」

何やら二人の雰囲気を羨ましそうに見る者と、恭也の態度に突っ込む者、リリィの治癒魔法を見て、自らも似たことをしようと企む者がいる。
 まあ、未亜となのは、リコなのだが。
 つまる所、驚異的な洞察力……恭也相手の場合に限定……を持っていたのは、リリィだけではなかったということである。
 ちょっとした時間差で、リリィに敗北した三人。

「このまま隠れてたらリリィさんに先を越されそう、行かないと」

と、なのはが二人の間の進入しようとする。

「え、なのはちゃん、邪魔していいの?」

未亜が少し驚き気味に聞くと、なのはは振り返った。

「むしろ邪魔します」

本当に良い笑顔で言う恭也の妹君。

「お供します」

それに付き従う、リコ。
それを見て、未亜は頷く。

「私も行く」

それに二人も頷き返す。

「では行きましょう」
「抜け駆けはなしで」
「ええ」
「はい」

本当になしなのかわからないが、表面上、協定を結んだようだ。
そして、三人は恭也たちにゆっくりと近づいていく。
このまま、先ほどの再現になってしまうのかは、恭也の返答次第だろう。
とりあえず、こうして召喚の塔爆破から始まり、導きの書探索という試練を乗り越え、恭也たちの長い一日は終わった。
 もっとも、恭也の試練はまだ続くかもしれないが……
ちなみに恭也は、レティアに夏織について聞くのを忘れていたことを、後になって思い出すことになる。








 あとがき

やっと導きの書関連が終わったぁ。
エリス「長かったねぇ」
まあ、色々、これはおかしいだろう、という無茶苦茶な場面も多々あったと思うけど。
エリス「とくに前回ね」
うん。
エリス「けど、今回、後半、ちょっと壊れてない? とくになのはとリコ。前回も一部壊れてたけど」
いや、今までの戦闘ばかりの反動というのもあるのだが、なのははとある先輩に頼まれて、ついこの前に完結した恭也への狂愛ものの名残が。どうも周りから、自分は狂愛もののダーク系の方が受けがよくて、それを消しきれず、少し壊れた。とりあえず次回はほのぼのとやりたいところなんだが。もしかしたらほのぼのにはならないかも。
エリス「とりあえず幕間?」
 そんなところ。
エリス「それじゃ、とっとと次回の話を書く」
了解です。
エリス「とりあえず一区切りですが、次回もよろしくお願いします」
お願いします。





いやいや、恭也を巡る戦いも面白くなってきよ〜。
美姫 「本当に面白くなってきたわね」
どんな感じになるのやら。
美姫 「とりあえず、導きの書を巡るお話しはここまでね」
一区切り〜。さて、次回はどんな展開が待っているのか!?
美姫 「次回も楽しみにしてます」
次回も待ってます!
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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