『選ばれし黒衣の救世主』










私はあの人の役に立っているのだろうか?
今の私は、あの人の妹のようにそばで戦うことはできない。
私の義兄のように、彼の鍛錬の相手になることはできない。
この世界に来て、私は彼の役に立てているの?
この先、きっと彼は無茶をする。
彼はそういう人だ。
それを止めたい。
ううん、止めることができなくても、せめて少しでも手助けができれば、少しでも彼の危険が減れば……。
私は……翼がなければ何の役にも立たないのかな?
そんなことはないはずだ。
私だって……あれから成長したのだから。





 第十一章 全力対全力






「なるほどぉ」

恭也の目の前にいる知佳は、興味深げに頷く。
二人がいるのは恭也の部屋。
耕介はまだ帰って来ていない。
恭也は、この間の約束……自分の知る救世主候補たちについての話を知佳に話していた。
そして、レティアに聞いたことなども一通り話した。
本来、自分を信頼して話してくれたことを他の人間に話す罪悪感があるものの、参謀の知佳に情報を渡すということで自らを納得させる。
何より、その知佳自身がそう言った恭也の心情を理解していて、それでも尚聞いてきているはずだから、重要なことなのだと思う。

「やっぱり何か腑に落ちないなぁ」

知佳は、恭也の情報を吟味しながらそう漏らした。

「腑に落ちない……ですか?」
「うん。レティアちゃんに色々と聞いたときにも感じたんだけどねぇ。カエデさんのこととか、リリィさんのこととかを聞いてもおかしいと思うの」

恭也はそういうものを感じなかったため、何度も首を傾ける。
それを見て、知佳はおかしそうに笑いながら説明する。

「そもそも、救世主と破滅がおかしいよ」
「救世主と破滅?」
「そう。破滅はどこから現れるのか、どうして千年に一度なのか」
「それは……確かに」
「目的がなんなのかもわからない」
「そうですね」
「そして、破滅が現れても、今までこの世界は本当に破滅していない。この世界が破滅していれば私たちの世界だって破滅するわけだから、それは確かでしょ?」
「はい」

恭也は、今の説明をどこかで聞いたことがあるような気がした。

「そして、救世主。
なんで救世主は破滅が現れてからしばらくして現れて、破滅を滅ぼすのか……ううん、なんで完全に破滅をなくさないのか。
救世主って言われるくらいなんだから、破滅をなくすぐらいできてもいいんじゃないかなって思うんだよ。というか、それができて初めて救世主なんじゃないかな」

その説明を聞いて、やっと恭也は思い出した。

「そういえば、そんな授業を今日やりました」
「あれ? そうなんだ? まだなのはちゃんに今日の授業のことは聞いてなかったから」

もっとも恭也としては、ほとんど覚えていない……というよりも、意識の一部が夢に向かっていた。

「あとはどんな授業だった?」

知佳に問われて、何とか耳に入ってきていた内容を思い出す。

「えっと、よく覚えていないのですが、あとは導きの書というものがあって、それに破滅のこと、救世主のこと、どうやったら世界を救えるのかというのが書かれていて、それを手にしたものが救世主になるとか、なんとかだったと思います」
「へえ、導きの書か」
「ええ、でもそれはもう千年前に消失したとか」
「なるほど」

知佳は、それを聞いて、またも何やら考え始める。

「やっぱりそれもおかしいな」
「そうですか?」

授業をそれほど聞いていなかったが、今、自分の言葉にしてまとめてみても、それほど疑問は浮かばなかった。

「うん。そもそも、なんでそんな重要な書がなくなるの?」
「なくなったことですか?」
「そうだよ。だって、導きの書が救世主を誕生させる。つまり、導きの書は救世主が持っていたってことだよね?」
「たぶん、そうなりますね」
「救世主が持っていたってことは、当時一番安全な場所にあったってことじゃない?
それはまあ、油断とかあるかもしれないけど、そんな重要な物を簡単になくすとも、奪われるとも思えないし」

それを聞いて恭也は、確かに、と呟いた。
救世主がどんなものであるかはわからないが、破滅を滅ぼすというのだから、何か特別な力を持っているのだろう。
そんな存在が、そんな大事なものをなくしたりするとも思えない。
知佳の言うとおり、油断とかで奪われる可能性もあるが、かなり重要なものだとしたら警戒しているだろうし、その可能性はそれほど大きくないだろう。

「それと救世主の話に戻すけど」
「はい」
「別に救世主候補のみんなを悪く言うわけじゃないけど、少しおかしくないかな?」
「どういうことですか?」

知佳の言いたいことがまたもわからずに、恭也は聞き返す。

「例えばさ、カエデさんが救世主になったら血が苦手な救世主の誕生だよ?」
「それは確かに」
「そして、破滅に故郷を滅ぼされたリリィさん。彼女だってトラウマもあると思うんだよね」

恭也から見れば、龍や爆弾みたいなものだろう。
とくに龍を目の前にすれば、さすがの恭也も冷静ではいられないかもしれない。

「何か、そういう人を作為的に選んでるようにも見えるんだよ」
「なるほど。しかしなのはは?」

恭也には、なのはにそんなものがあるとは思えない。
さらに大河もだが。

「えっと、まあ、そのへんは置いといて」
「はあ」

なぜか慌て気味の知佳に、恭也は訳も分からず返す。

「それはもちろんそういうの振り切って、克服したからこそ救世主になれるっていうこともありえるけど」

それにも恭也は納得したように頷く。

「それと、これは逆転の発想なんだけど」
「はい」
「みんな破滅が現れるから救世主が現れるって考えてるけど」
「そうですね」
「逆ってことはありえないかな」
「逆?」
「救世主が現れるから破滅が現れる」
「あ……」

確かに、それは言える。
何度も破滅が現れている。だが、この世界は一度も滅んでいない。つまり何度も救世主は現れている。
破滅が現れるたびに。
だが、逆に救世主が現れるたびに破滅が現れているとも言える。

「まるで、救世主を誕生させるために、破滅が現れているようにも見えないかな」
「そうですね」

確かにその考えなら、破滅が何度も現れる理由も、救世主が破滅を完全に滅ぼさない理由にもなる。
しかしそれでは、なぜ破滅の天敵とも言える救世主を破滅自身が生み出すのかがわからない。つまり動機が浮かばないのだ。

「なんか、考えるといっぱい矛盾とか出てくるんだよねぇ」

知佳はだれるようにして、ベッドに上半身を埋める。

「それにレティアちゃんが言っていたっていう、破滅以上の敵っていうのも気になるよ」
「それは俺もです」
「うん。破滅以上に凄いのがいるとも思えないし……とくにそんなのと、恭也君が戦わないといけないなんて」
「えと、後半のほうが聞こえなかったんですが」

知佳は後半の言葉を布団に顔をうずめて呟いたため、恭也には聞こえなかった。

「き、気にしないで!」
「はあ、わかりました」

知佳はまるで自分を鼓舞するように力強く立ち上がる。

「とにかく、私はもうちょっと調べてみるね。
今、この世界の字の読み方も教わってるし、それが終われば図書館の方でもっと詳しく調べられると思うから」
「そんなことまでしてたんですか?」

そんなことを聞いていなかったため、恭也は驚いた。
知佳とて食堂で働いていて忙しいはずだし、疲れもあるはずなのだ。
知佳は恥ずかしそうに笑う。

「私は恭也君のためにそのくらいしかできないから。
なのはちゃんは一緒に救世主候補として戦える。お義兄ちゃんは恭也君の鍛錬につき合える。
なら、私は私のできることをしないと。戦闘以外で恭也君に役立てるのはこのぐらいだもん。情報は十分武器になるしね」

知佳は国際救助隊で働いているため、情報がどれだけ大切で、重要なものなのかをよく知っている。
それがあるかないかで、助けられる人数が大きく違ってくるのだ。

「そんなこと気にしないでください。知佳さんがいるだけでも、俺は心強いですから」
「ありがとう。でも、やらせて。これがこの世界で私のしたいことでもあるから」

知佳は真剣な表情で恭也を見る。
その顔を見て、恭也も真剣な表情になる。

「わかりました。お願いします」

恭也は立ち上がって、丁寧に頭を下げた。

「うん。まかせて!」

知佳は嬉しそうに笑って、恭也の部屋から出ていった。




今日は久しぶりの試験ということで、恭也は一足早く闘技場に来ていた。
張り出されていた対戦表では、今日の相手はリコである。
レティアに注意するように言われた相手。
このごろは疑惑の視線を向けられることはなくなってきていたが、初の対戦。
初めて彼女の戦いを見たとき、かなりの強さだと思っていたのだが、リリィの話によると席次はかなり下位であるらしい。
しかし、そのリリィと戦った今でも彼女が弱いとは思えない。
今の自分に勝てるかどうか……。
しばらくすると、救世主クラス全員とダリアが集まってきた。

「というわけで、今日、最初の対戦は恭也君とリコよ〜」

何がというわけなのかはわからないが、恭也とリコを残し、全員が後方へと離れていく。

「恭也さん……あなたは救世主候補ではありません……」
「ああ。まあ、そうだな」

今更と言えば今更なことを言うリコを不思議そうに見ながらも、恭也は静かに答えた。

「ですが……この試合……私は本気でいかせてもらいます……あなたが敵であっても味方であっても……いいように……」
「それはいったい」

リコの意味がわからない言葉に、恭也は困惑を隠せない。

「それじゃあ、はっじめ〜」

だが、ダリアが試合を始めてしまう。
その瞬間にリコは動き出す。
どこからか取り出した書を持ちながら、呪文を唱える。
それが完成すると、恭也に向かって上空から雷撃が落ちる。
恭也はすぐに横へと飛んで回避するが、またも上空から……今度は隕石が落ちてくる。
今度は前に飛んでかわすが、隕石が地面に衝突した瞬間の衝撃によって、さらに吹き飛ばされた。
着地した地面からは、黒い巨大な剣が生えてくる。
それを飛んでかわせば、空中に浮かんだ書からビームのような光線が伸びてきた。
それもなんとか身を屈めてかわす。
そこに青白い雷のフィールドを身の回りに固めたリコ自体が、回転して突っ込んでくる。
大河はこれをトレイターで弾き飛ばしていたが、さすがに恭也にはできそうにないので、ギリギリのところでかわす。
着地したところを突っ込んで斬りかかるが、一瞬でテレポートして後方に移動してしまう。
そして、いつのまに召喚したのか、スライムが恭也の前に現れた。
スライムは自らの身体を回転させた。
それがまるで刃のようになって、恭也の胸を引き裂く。
恭也は呻き声を上げながらも、虎乱でそのスライムを斬りつける。
スライムはバラバラになると、そのまま姿を消した。
しかし、その恭也の背後に、リコはテレポートで現れ、蹴りを繰り出す。
だが、気配でそれを感じた恭也は素早く横に飛んでかわしてみせる。
このぐらいできると思っていたのか、リコに驚きの色はなかったが、さらにいくつもの雷撃を作り出して恭也に向かって落とす。
恭也はそれをかわすために、闘技場を走り回った。




「な、なあ、リコのやつ、あんなに強かったか?」

闘技場の真ん中でとんでもない戦いを繰り広げている二人を見ながら、大河は呆然と呟いた。

「あの恭也さんが……完全に押されてる」
「おに〜ちゃん……」
「す、すごい。まるで魔法の嵐ですね」
「リコ殿、すごいでござる」
「ど、どうしてあんな短時間で、あんな魔法の詠唱ができるの?」

ベリオ以外のそれぞれが、今までの恭也の戦闘能力を直に見ているし、ベリオとて、戦っていないとはいえ、端から見ていて、恭也の戦闘能力の高さは理解していた。
そのためにリコの強さがよくわかる。
 それに今のリコは、ただの実技の授業のときとはまるで違う。
リコは、他の者たちを相手にしていたときは、どちらかという緻密に、先を読み、罠にはめるような戦い方をしていたが、今回は違う。
次から次へと繰り出される魔法によって、恭也をねじ伏せるようにして寄せ付けないのだ。
かと言って、緻密さがまったくなくなっているわけでもない。
恭也が魔法をすり抜けて、リコの目の前に移動しても、それを読んでいたかのようにテレポートで消えてしまう。

「おにーちゃん! がんばって!」

なのはは大声で恭也に声援を送った。




恭也はなんとかリコの猛攻をかわしていたが、かなり体力をもっていかれていた。
ここまでかわすことに全力を注ぐしかなかった。
余波だけでも恭也の身体を傷つけている。まともに受ければ本当に一撃で戦闘不能……どころか人生が終わりそうだ。
接近戦に持ち込もうにも、テレポートで移動してしまう。
テレポートはそれなりに時間がかかるようなので、そこを狙いたいのだが、その弱点をリコ自身がよく知っているから、そんな余裕は与えてくれない。
神速を使えばテレポートにも対抗できそうではあるが、この猛攻では、なかなか発動させることができなかった。
魔力の塊をかわして、さらに距離を詰めようとするが、またもテレポートされる。
そこにさらに雷撃の雨。
それを読みと勘を頼りに、ギリギリでかわし続ける。
その雨が止んだとき、いきなりあたりが暗くなる。
驚いて上空を見上げると、そこには先ほどの数倍はありそうな隕石が降ってきていた。
これはかわせない。
恭也は紅月を構える。
かわせないなら打ち砕けばいい。

「神我封滅」

黒い霊力を紅月に纏わせる。

「真意……洸桜刃ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

黒い光が隕石へと向かっていき、ぶつかり合う。
しばらく黒い光と隕石が均衡したが、一瞬、黒い光がさらに輝いたと思うと、隕石が弾け飛び、そこら中に細かい石が降り注いだ。
恭也の霊力による攻撃に、リコは今度こそ驚愕の表情を浮かべていた。
 だが戦闘中、相手の動きや行動に驚いたとしても、その動きを止めてはいけない。

「追の太刀……」

恭也はその瞬間を逃さない。

「嵐!」

振り下ろした刃を翻し、今度は切り上げる。
そこから、さらに黒い光がリコに向かって飛び出していく。
リコはシールドを使って防御するが、その威力を殺しきれず、短い悲鳴を上げて弾き飛ばされた。
だが、すぐに立ち上がり恭也がいる場所に視線を向ける。

「いない!?」

そこには誰もいなかった。
そして、いきなりリコの肩越しから小太刀の刃が生えてきた。

「そういえば……テレポートに似た技がありましたね」

リコのその言葉に恭也は答えられなかった。
リコに向かって嵐を放った直後、恭也は神速に入り、彼女の背後へと移動したのだが、霊力技二発に神速、恭也の奥の手、三連発によって体力のほとんどを失っていて、肩で息をしている状態だ。
まだ制御しきれていない霊力の扱い、それも二発に、やはり極度の集中力が必要な神速、相当な精神力を使った。
さらに膝がズキズキと痛む。

「降参です……」

さすがに背後に回られて、剣を首に突きつけられると手がないのか、リコは降参を宣言した。
その瞬間に、恭也はその場に倒れ込んだ。

「はあ! はあ! はあ!」

大きく息切れを繰り返す恭也。

「あ、あの、大丈夫……ですか?」

心配そうな表情でリコが聞いてくる。

「あ、ああ、大丈夫だ。ただ、あれだけ動き回って、霊力に神速はまずかった」
「あのテレポートに似た技は神速というのですか?」
「ああ」

その答えにリコは僅かに驚いた表情を見せていたのだが、疲れを癒すために全力を注いでいる恭也は気づけない。

「今、癒します」

リコは恭也の頭を自分の膝に置いて、回復の魔法をかけはじめる。

「す、すまない。これでは、どっちが勝ったのかわからんな」

まあ、今までとて、恭也からすればギリギリの勝利であったのだが、今回はそれ以上……本当に紙一重だった。

「恭也さんの……勝ちですよ」

珍しくリコが笑って答えた。

「おにーちゃん、大丈夫?」

いつのまにか、他の者たちが恭也の周りに集まっていた。

「ああ、なんとかな」
「膝は?」
「まだ大丈夫だ」

とりあえず、いつまでもリコの膝の上というのは情けないので、何とか上半身だけを起き上がらせる。

「恭也、さっきの黒い光はなんだよ?」
「そ、そうだよ、恭也さん。いつのまに魔法なんか覚えたの? 
 それにいつのまにかリコさんの後ろに……あれってテストの時に使ったやつだよね?」

同じ世界から来た当真兄妹が興奮気味に聞いてくる。

「なんだ、アンタたち知らなかったの? 
 あれは魔法じゃないわよ」

なぜかリリィが優越感を滲ませて発言した。

「あれは霊力と神速だよね、おに〜ちゃん」

負けじとなのはが対抗する。
そんな二人を見て未亜がムッとした表情をとり、何か言おうとするのだが、何も思い浮かばずに肩を落とした。
恭也はただ苦笑を返す。
そして、たまたまリコの表情が見えた。

「神速……」

か細い声で漏らしたその言葉は、恭也には聞こえなかった。
リコの表情に見えたのは困惑。
恭也はその表情の意味がわからず首を傾ける。
恭也が口を開こうとすると、リリィと大河が騒ぎ始め、それを止めようとするなのはと未亜、カエデは大河を応援し、それらを見て苦笑したあとにベリオも二人を止めに入る。そして、無表情に戻ってしまうリコ。
いつも通りの救世主クラスに戻ってしまった。
こうして、リコを相手にした試験は恭也の勝利で終わった。




次の日、恭也は自らの部屋で膝の具合を確かめる。
その横には心配そうな顔のなのはがいた。
昨日の試験のことを聞いた知佳が、食堂に責任者に頼み、なのはを休ませ、恭也の看病をするように告げたのだ。
恭也は問題ないと言うのだが、恭也の周囲の人物たちにとって、彼の身体に関することでの問題ないという言葉は、何より信用できないものである。

「大丈夫、おに〜ちゃん?」
「ああ。少し痛みはあるが問題ない」
「霊力の治療だよね?」
「ああ」

なのはの問いに恭也は軽く頷く。
そう、恭也は十六夜から自らの霊力による治療を習っていた。
これがこの間、リリィに言っていた膝が完治するかもしれない可能性だった。
今までも那美や薫に外部から霊力治療は何度か施されてきたが、十六夜に、自らの霊力を用いて内部から治すほうが効率がいいと言われ、完治させることもできるかもしれないと教えられたのだ。
霊力を放出し、攻撃に転ずる方法より、内部に……それも任意の場所に霊力をため込むのは難しいのだが、なんとか形になってきていた。
今回もそれにより、いつもより膝の痛みが抜ける時間も短かった。

「おに〜ちゃん、昨日いっぱい動いたから、身体が硬いでしょ?
 私がマッサージするから、そこに横になって」
「マッサージ? なのはがか?」
「うん。結構前から習ってはいたんだ」

恭也はその答えに頷く。

「では、頼む」
「うん。おやすいごようだよ」

このとき恭也は一番大事なことを聞くのを忘れていた。
なのはが誰にマッサージを習ったのかを……。

「じゃ、いくね」

ベッドにうつぶせになった恭也の上に乗ると、なのは手を動かす。

「ああ、頼む」

恭也が返事をした瞬間、まるで骨を砕くかのような音が響く。

「がっ!」

続いて、骨を外すかのような鈍い音。

「ぐっ! な、なのは!」

そして、骨を繋げるような音。

「ぎっ! ま、待て!」

マッサージの夢中になっているなのはには、恭也の言葉は聞こえていなかった。
恭也の部屋からは、体中の骨をいじり、壊すかのような音が、小一時間ぐらい響くことになった。




「な、なのは、あのマッサージは誰に……?」

マッサージ中の痛みと、終わってからの色々な意味での開放感。
これだけで誰に教わったかなどわかっているのだが、恭也はあえて聞いた。

「にゃ? フィリス先生だよ」
「……そうか」

なのははたまに恭也を病院に連れていく名目でついてきていた。さらに恭也の治療が終わると、しばらく彼に席を外させ、フィリスと何かを話しているようだったが、どうやらこれを教わっていたらしい。
恭也はベッドからゆっくりと立ち上がる。
やはりフィリスのマッサージと同じで、かなり身体が軽くなっていた。
なのはがこれを覚えてしまったので、あまり喜べないのだが。
まさか別の世界に来てまで、あのマッサージを受けることになるとは思っていなかった。

「また今度してあげるね」
「あ、ああ」

しかし、にこやかに言ってくるなのはに、恭也が断れるわけがなかった。
しばらくそんな兄妹の微笑ましい(?)やり取りをしていた。
そんな時だった。
突然、爆音が聞こえ、ついで地震が起こったかのように部屋が揺れた。

「地震?」

なのはが恭也にしがみつきながら怖々と呟く。

「いや、違う。これは何かの爆発だ」
「爆発って……どこが」
「音の方角からして、召喚の塔の方だ。
行くぞ、なのは」
「うん!」

恭也はなのはとともに部屋を飛び出す。
寮から出ると、すぐに召喚の塔の最上部から黒煙が舞い上がっているのが見えた。
そこに大河と未亜、リリィが現れる。

「恭也さん! なのはちゃん!」
「恭也! いったいなんなんだ!?」
「わからん!」
「とにかく召喚の塔に急ぐわよ!」

恭也たちは、さらに事態に気づいたカエデとベリオとも合流し、全員で塔の階段を上っていった。






あとがき

なんかへんなところで切ってしまったな。
エリス「そう思うなら、ちゃんと書きなさい」
いや、最初は書いてあったんだけど、書き終わって確認してみたら長くなったから、二つに分けたたんだよ。ただでさえこのごろ一話の量が増えてきてたから。
エリス「それはアンタがうまく書かないからでしょ」
それはそうなんだが、本来今回は、このごろ戦闘ばかりが入ってたから、ほのぼの休日イベントで恭也に知佳かなのは、リリィの誰かとデートさせるつもりだったのに。もしくは、女性陣の壮絶な料理対決。その審査員を恭也と大河、さらに耕介とセルに、というのをやろうと思ってたんだが。というか、それぞれ中途半端に書いてあるし。
エリス「けど話を進めてしまった、と」
まあね。だけど外伝か、もしくはもう少しあとになったら出すかも。
エリス「それじゃあ早く続きを書いて、それを出せるようにしなさい、というか出さなきゃ滅却」
了解です!
エリス「では、皆さん、また次回で」
それでは〜。





遂に使ってしまった神速。
美姫 「にしても、フィリス先生譲りのマッサージを会得しているなんてね」
これも、お兄ちゃんのためだよ、うんうん。
美姫 「さて、聞こえてきた爆発音は!?」
どんな風に展開するのか楽しみです。
美姫 「まあ、多分召喚陣が壊されるんだろうけれど」
おいおい(汗)



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ