『選ばれし黒衣の救世主』










カエデが召喚された次の日。
なのはも初めての授業で緊張しているように見えたが、真剣な表情で授業を聞いていた。
ちなみに今回は戦術に関してであったため、恭也は真面目に授業を聞いていたので、なのはに初日から情けない姿を見せることは回避していた。まあ、無意識だが。
しかし、授業をなぜかメイド服で受けているなのははかなり浮いている。
朝の仕事からそのまま来るために、着替えている暇がないらしい。
そして、そんな授業が終わり昼休みとなった。

「お兄ちゃん、お昼ご飯食べに行こ。恭也さんたちも来るって」

未亜が後ろに恭也となのはを引き連れて大河に話かける。

「ああ、悪い、今日は……」

大河が言い終わる前に緑色の髪をした少女が彼に駆け寄った。

「師匠〜!」

その呼び声に、恭也となのはが一瞬反応した。
元の世界にいるはずの、ある二人を思いだしたらしい。

「カエデさん?」

その少女は、昨日召喚されたヒイラギ・カエデだった。
彼女に大河は笑って見せる。

「おう。で、どうだった初の授業は?」
「なかなか新鮮でござった」

その言葉遣いに、未亜となのは、そして恭也すらも目を丸くした。
昨日までとは完全に雰囲気も言葉遣いも違うのだから当然だろう。

「それよりも師匠。特訓でござる。拙者、先ほどから昼休みが待ち遠しくて」
「せ、拙者……?」

さらに驚く一同をよそに、大河は一人笑っている。

「ああ。わかってるよ。それじゃ行くか」
「早く早く」

大河を引っ張るカエデ。

「そういうわけだから、未亜、恭也、なのは。今日はちょっと」
「あ、ああ」

何とか恭也がそう返すと、二人は騒ぎながらも教室を出ていった。

「な、なんなのかな、あれ?」

なのはは驚いた表情のまま、二人が出ていった扉を眺めている。

「アヴァター全土にその名を轟かす私たち救世主クラスが……これは何かの悪夢なの?」

頭を抱えているリリィの肩を、恭也は慰めるようにポンポンと叩く。

「男の甲斐性に満ちているというのも困りものですね」
「男の甲斐性……ある意味、おに〜ちゃんと一緒かな?」

ベリオの言葉に、なのはは何かを感じ取ったらしい。

「なのは、それってどういうこと?」
「ベリオさんも」
「あ、いえ、大河くんの面倒見が良いという事ですよ。その、なんというか……」
「おに〜ちゃんも面倒見がいいですから」
「そんなことはない」
「……お昼ご飯」

とりあえず、残された者たちも平和だ。





 第十章 師弟誕生





恭也は昼食をとったあと、他の者たちと別れ、ブラブラと学園の中を歩いていた。
その後ろには、今やこの学園のマスコットになってしまった久遠がついて来ている。

「久遠も大変だな」
「くぅん……」

恭也の苦笑を乗せた言葉に、久遠はどこか疲れた声で鳴いた。
その愛らしい姿から色んな生徒に可愛がられているのだが、久遠は人見知りが激しいため、かなり疲れているようだった。
久遠は少しだけスピードを上げて恭也に追いつくと、その身体をよじ登って肩に乗る。
ここは久遠の指定席である。
中庭まで歩くと、大河とカエデを見つけた。

「大河、カエデさん」
「ん? 恭也」

二人も気づき、恭也の方に寄ってくる。

「ああ、そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。俺は高町恭也といいます。よろしくお願いします、カエデさん」
「恭也殿は師匠のご友人、拙者に敬語とさんはいらぬでござるよ」
「そうで……そうか、わかった。よろしくな、カエデ」
「よろしくお願いするでござる」

昨日とは違って、カエデは笑顔で応じる。

「それにしても、昨日の妹君のなのは殿との覚悟と試合、拙者感服したでござるよ」
「そ、そうか」

カエデとそう話したあとに、恭也は大河に小声で話かける。

「何か昨日と異様に雰囲気と喋り方が違うようなんだが?」
「ああ。なんというか、昨日までのはアヴァターデビューだったらしい」
「は?」

大河の説明によると、昨日の雰囲気などは作りであったらしい。
彼女は忍者でありながら血が苦手で、そのせいで味方からも蔑まれていたので、アヴァターに来たことを機に、そんな自分を克服するつもりで昨日はキャラを変えていたとのことである。
そして、色々とあって、血への恐怖をなくすためにも大河の弟子になったという。

「それで今日は、カエデの特訓ということだ」
「ほう。特訓か」

恭也は興味深げに聞く。

「うう、恥ずかしいでござる」
「恥ずかしい?」

しかし、カエデがなぜか恥ずかしがっていて、恭也は不思議そうだった。

「まあ、これを見ろ」

大河は恭也に紙を渡す。

「くのいち淫法帖とはなんだ?」
「くぅん?」

恭也は、紙に書かれていたタイトルを見て僅かに眉を寄せた。肩の久遠も、紙を覗きながらも不思議そうな声を出す。

「寝ないで考えたたんだよ」

大河の答えなのかわからないことを聞きながらも、恭也は先を読んでいく。
その表情が何とも言えないものに変わる。

「本気か?」
「当たり前だ」
「すでに半分消化したでござる」

なんというか、恥ずかしいものから、意図がよくわからない特訓内容が盛りだくさんだった。

「これから召喚の塔に行くつもりなんだが、恭也と久遠も来るか?」
「む、そうだな。もしものためについて行っておくか」
「くぅ〜ん」

とりあえず特訓の内容を見て心配になった恭也と、彼が行くならという感じの久遠は同時に頷いた。
そして、三人と一匹は召喚の塔へと移動した。
やはりと言うべきか、そこにはリコがいた。

「リコ、昼食はもうとったのか?」
「はい。今日は少しだけ」

恭也の問いにリコは自然と答える。
このごろは疑いの視線も少なく、普通に会話するのは問題なくなっていた。
恭也はリコの答えを聞いて、少しとはどの程度なのかという疑問も湧いたが、それを聞くほどの勇気はなかった。

「リコ・リス殿でござったか」
「ん? 知ってるのか、カエデ?」

リコを見て言うカエデに大河が聞く。

「リコ・リス殿は、拙者の恩人でござるからして」
「はあ?」

 カエデの言う意味がわからずに、大河と恭也が首を捻る。
 それを見てリコが答えた。

「私はただ、資格のある者に選択肢を与えただけですから」
「ああ、なるほど」
「そういえば、本来は意思確認をすると言っていたな」

大河はそんなものをすっ飛ばしているし、恭也は違う方法でこの世界に来ていたため気づかなかった。

「はい」
「そうでござる。拙者のようなものでも、世界を救う事が出来る可能性があると、最初に勇気をくれたでござるよ」
「へえ、偉いじゃないか、リコ」
「ああ、そうだな」

なぜか恭也はリコの頭の右側を、そして大河は左側を撫ではじめる。

「……お二人とも……何をなさっているのですか?」
「いや、褒めているんだが」
「ああ、嫌だったか? このごろ久遠やなのはにこうする回数が多くなってきたからな、自然と」

二人は同時にリコの頭から手を離した。

「あ……おしまいですか?」
「へ?」
「ん?」
「いえ……」

リコは、しばらく恭也と大河を見ていたが、その視線を離した。

「くぅん」

久遠も撫でてほしいのか、何度も恭也の頬にすり寄る。
それに苦笑して、恭也は久遠の頭を撫でてやる。

「くぅ〜ん♪」

そんな久遠をどこかうらやましそうな、物欲しそうな感じでリコが見ているのだが、恭也は当然のように気づかない。

「それで師匠! ここでの特訓内容は?」

大河は持っていたバックからロープを取り出す。

「これは命綱だ。
そして、カエデ。これからするのは、度胸試しだ」
「と、申されると?」
「早い話、バンジージャンプだ。まあ、お前の世界にそんな言葉があるかどうかわからんが。
とにかく、これをくくりつけて、そこの窓からジャンプだ」

と、大河が説明している間に、なぜかカエデは窓の縁に立っていた。

「要するにここから飛び降りればいいのでござるな」
「ああ、だから命綱を……」
「ほい」
「って、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!」

軽い声で飛び降りたカエデを見て、大河は絶叫しながらも、窓に近寄って下を眺める。
そこから見えるのは眼下で手を振っているカエデ。

「え?」
「師匠! 次は登っていけばいいでござるか?」
「え?」
「とりあえず、そっちに戻るでござる」

そして、ほとんど二本足だけで、カエデは塔の外壁を登って戻ってくる。

「大河、カエデの資質、忘れてないか?」

恭也は至極冷静に問う。
カエデのジョブは忍者である。

「あ」
「……忘れて、たんですね?」

リコからも冷静な言葉を浴びて、大河は乾いた声で笑いはじめた。
つまり、この特訓は失敗である。




あのあと、大河の作った特訓を見ていたが、恭也から見て成果が出ているのかわからなかった。
その後、結局解散となり恭也は久遠をなのはの部屋に送ったあと、自室に戻ってきていた。
耕介はまだ、食堂の夕食の準備のために戻っていない。

「血が駄目……か」

カエデのことを思い出しながらも、恭也は床に座った。
結局、その理由を聞くことはなかったが、忍者が血が苦手というのもおかしな話である。何かしらのトラウマがあるのかもしれない。
しばらく座禅を組んで、精神統一をしていると耕介が帰ってきた。
なぜか、後ろには知佳となのは、先ほど別れた久遠までいた。

「おかえりなさい、耕介さん」
「ああ。ただいま、恭也君」
「お邪魔するね、恭也君」
「おじゃましま〜す」
「くぅん」

と、三人と一匹が入って来ると、一気に狭くなる部屋。
そこにさらに剣から出てきた十六夜が加わる。

「恭也様、変わったことはありませんでしたか?」
「ええ、とくにありませんよ」

十六夜に笑って答えたあとに、恭也は知佳たちの方を向く。

「それで、知佳さんとなのは、久遠はどうしたんですか?」
「たまには一緒におしゃべりしたいなあって」
「うん」

そう答えると知佳となのは、さらにそこで久遠が人型に変化して、恭也の膝の上に座る。

「くおんも」

その姿に、やはり羨ましそうな視線を向ける知佳となのは。
その後、ごくごく普通の会話を楽しむ一同。
しばらくすると、ふと十六夜が顔を上げた。

「誰かが、この部屋に近づいて来ています」
「ん? 確かに」

十六夜に言われ、恭也は感覚を張り巡らすと、確かにこの部屋に向かってくる気配を一つ感じた。

「十六夜さんはともかく、恭也君、よくそんなことわかるね」
「まあ、気配がしますから」
「おに〜ちゃんがどんどん人間を捨てていく。あ、昔からか」

なのはは小声でなにげにひどいことを言っている。

「私がいるのはまずいでしょうから戻らせていただきます」
「あ、はい。すみません、十六夜さん」

耕介の言葉に、十六夜はかまわないとばかりに首を振って、剣の中に戻っていった。

「久遠も誰かわからないから元に戻ってくれ」
「うん」

久遠も恭也の言うことを聞いて、狐の姿に戻る。
それからすぐにノックの音が響く。

「はい」
「恭也? 俺だ、入ってもいか?」

ドアの向こうから聞こえてきたのは、大河の声だった。
知佳たちを見て、うなずいたのを確認すると恭也は返事をした。

「ああ、かまわない」

ドアを開けて、大河がゆっくりと入ってくる。

「あれ、知佳さんたちもいたのか」
「うん。こんばんは、大河君」

知佳たちがいたことに少し驚いていた大河だったが、何かを考えたあとに笑った。

「丁度よかった。知佳さんたちの話も聞きたかったからな」

大河の言葉に、一同が不思議そうな顔を見せる。
とりあえず恭也は大河を床に座らせた。

「それでどうしたんだ?」
「ああ。ちとカエデのことに関係あるんだが」
「カエデに?」
「ああ。本当は他のヤツらには秘密にしてほしいと言われたんだが、お前たちの話だけは聞いておきたくてさ」
「秘密にしてくれって言われたんだろ? 俺たちに話していいのかい?」

耕介の問いに、大河は頬を掻く。

「まあ、そうなんだけど、俺としても気になって」
「気になる?」
「ああ」

大河は頷いたあとに、カエデのことを話し始めた。
カエデが血を苦手にすることから始まり、そして、その理由が目の前で父親を惨殺されたせいであること。
カエデは自分を鍛えるとかの理由の前に、その父親を殺した犯人が、おそらく時空を移動したであろうことから、それをつきとめ、見つけて、仇をとるためにアヴァターに来たこと。
 その一通りの話を聞いて、知佳を深く頷いた。

「私たちも赤の書っていうのを使わずに世界を移動しているから、それが聞きたいってことだね」
「ああ。もちろん、恭也たちのことを疑ってるわけじゃないんだけどさ。
だけど、似たような方法で世界を渡れるかもしれないと思ってよ。カエデのためにも、そのへんのことを聞いておきたかったんだ。
 まあ、カエデとの約束は破っちまうことになるけどさ」

それを聞いて知佳は少し微笑む。

「へえ、大河君、意外と面倒見がいいんだね」
「お? もしかしてポイント高い?」

喜んで聞く大河に、知佳はため息をつく。

「そのへんがダメなんだよ」

その答えに大河は肩を落とすが、すぐに元に戻る。

「まあ、俺も正確には赤の書に召喚されたかどうかはわからないんだけどさ」

大河の話を聞いて、恭也も深く頷く。
そして、知佳たちと顔を見合わせる。
実際のところ、四人と一匹と一刀が、どうやってこの世界に来たのか、それは本人たちもわかっているのだ。
だが、それは話してはいけないと言われているし、参謀的役割にいる知佳も、誰にも話さない方がいいだろうと言っている。
無論、大河に話したところで、彼が恭也たちを信じてくれているように、恭也たちも大河を信用しているため、問題はないと思う。
だが、レティアの目的がよくわからないところがあるため、本当に話していいのかもわからないのだ。

「でも、正直、私たちの方もほとんど謎なんだよ」

知佳は、カエデのことを話してくれた大河に対して、不義理であることを理解しながらもそう説明する。
カエデのことも大切ではあるが、知佳にとっては恭也や義兄、なのはたちも大事だ。
天秤にかけてしまうことになるが、不用意な発言で、彼らを危険にさらしたくはなかったのだ。
それはやはりなのはも一緒で、知佳の言葉に同意して頷いた。

「だよなぁ」

大河は、知佳の言葉となのはの態度を見て、なんの疑いもなく信じる。
その姿は、恭也たちに罪悪感を湧かせた。

「だが、その男が召喚士と言う可能性はないのか?」

恭也はとりあえず、他の可能性を示してみる。

「召喚士って、リコみたいなか?」
「ああ。召喚士であるならば単独で世界を越えることも可能らしい。
リリィが言っていた」
「あいつが?」
「学園長も召喚士らしいぞ。それも世界を渡れるような」

大河の話では、カエデの父を殺した犯人は男であるため、彼女が犯人である可能性はないだろうが。

「学園長がね」

その話を聞きながら、耕介も口を開く。

「もしくは、その召喚士が仲間にいるやつという可能性もあるかもね」
「なるほど」

大河はそれを聞いて笑ったあとに、おもむろに立ち上がった。

「サンキュー! やっぱ相談してよかったよ」

大河は笑顔で礼を言いながら部屋を出て行った。
それを見送ってしばらくしたあとに、全員がため息をついた。

「何か、すごく罪悪感がありますね」

なのははどこか表情が辛そうだった。

「だね。あっちは信じてくれてるし、俺たちも信じてるけど話せないっていうのは」

耕介もため息をつく。
知佳は何かを考えたまま口を開かなかったが、しばらくすると真剣な表情で恭也を見た。

「恭也君」
「はい。なんですか?」
「あのね、できれば色々と情報がほしいの」
「情報?」
「うん。私はこの中で一番身軽に動けるし、情報をまとめたいんだ。それが今、私がやることだと思うから」
「はあ」

知佳の言いたいことがわからずに、恭也は曖昧に頷く。

「授業で習ったことはなのはちゃんに聞くとして、恭也君には救世主候補の人たちのことを教えてほしいの」
「救世主候補たちのこと?」
「うん。もちろん、言い辛いこともあるだろうし、その人ことを考えるなら話してはいけないこともあるんだと思う。
だけど、それでも、そのへんのことも話してほしいんだ」
「…………」
「何か、へんな気がするの」

知佳は真剣に恭也に言ってくる。
そもそも知佳が、人が他人に話したくないことを聞くなどいうことは本来ありえない。それも恭也から又聞きで。
恭也としても、リリィの話などはあまり人に話していいものとも思えない。
だが、知佳の真剣な表情に何かを感じて、深く頷いた。

「ありがとう。今日じゃなくてもいいから、できれば何かわかった事に話してほしいの」
「わかりました」

恭也の答えに、知佳は申し訳なさそうに微笑して、なのはの方を見る。

「なのはちゃんもお願いね」
「はい」
「じゃあ、俺も食堂で生徒とか、他の人に聞けることも聞いておくよ。まあ、知佳にもできることだけどな」
「うん。ありがとう、お義兄ちゃん」

知佳は笑顔で礼を言う。
それから、しばらく重い雰囲気は振り切って雑談する。
そして、恭也たちの鍛錬の時間となり解散となった。




「これはどういうことなのかしらねん」

闘技場のダリアが首を傾けて呟く。

「師匠〜! 早く早く!」

ダリアの声に答えるように、カエデの声が響く。
今日は試験ではなく、実技授業。
今回は二対二の戦闘訓練となったのだが……。

「あ、あの、カエデさん。私たちの話、聞いてたかしら?」
「ぬ?」
「その、どういうペアを組むかは、皆で話し合ってって……」

ベリオに続き、未亜もカエデに言い聞かせるように言う。

「他の組み合わせに関しては、関知しないと申したはず。自由に決めて結構でござるよ」
「だ、だから、大河君のペアは…」
「おお、そういう事でござったか」
「ござったも何も、先ほどからそう言っていたはずだが」

さすがの恭也も、少しだけカエデに押されている。

「しかし、拙者は師匠と一心同体ゆえ離れる事が不可能なのでござるよ。誠に申し訳ないでござる」
「い、言い切った、凄い」

なのはは目を瞬かせて、カエデを見ている。
だが、ベリオと未亜は同時に大河を睨み付ける。
その様子に、大河は悲鳴を漏らして後ろへと一歩立ち退いた。

「さて、そのような事より、我々の相手となるペアはどなた方でござるか?
どのような方々であろうとも、拙者と師匠の二人ならば負けることはないでござるよ」

恭也は一人、すでにいつものペースに戻って顎に手を当てる。

「ふむ。しかし、前衛系が二人というのはバランスが悪いな。残った前衛は俺だけだし」

恭也の呟きを聞いていたのかいないのか、未亜が怪しく笑う。

「恭也さん、私と組んで」
「なに?」
「二人でお兄ちゃんをコテンパンにしよう!」
「あ、ああ」

未亜の雰囲気に押されて、恭也は頷いてしまう。

「ああ……このクラスはいつから幼稚園になったわけ?」

リリィは一人嘆いている。
リコはじっと恭也の姿を見ているが、そこに疑惑の色はない。どちらかと言えば観察と言ったところだろう。

「ジャスティ! 力を貸して、限界を超えた力を!」
「み、未亜?」

恭也はどこか引きつりぎみの表情で未亜に話しかけるが返答はない。

「ト、トレイター……」

大河は怖々とトレイターを呼ぶ。

「ふむ。恭也殿まで相手となると、油断はできぬでこざるな」

カエデが恭也を眺めながらも呟く。

「えっと……始め♪」

四人の雰囲気など感じていないのか、ダリアは笑顔で開始を宣言した。
その瞬間には、恭也は雰囲気を戦闘モードに移行させて八景を引き抜いていた。
正直、分の悪い組み合わせだ。
連携を考えるなら、後衛である未亜に前衛の二人を近づかせるわけにはいかないのだが、それはつまり、あの二人を恭也が同時に相手にするということになる。
はっきり言うと、未亜の援護がなければかなりきついだろう。神速でいっきに決めるというのも選択肢の一つだが、その状況に持っていくのもなかなか難しい。
救世主候補たち全員は、恭也が全てにおいて救世主候補並の身体能力を持ち、攻撃力を持っていると勘違いしているようだが、実際のところそんなわけがないのだ。
単純な速さで言えば、間違いなくカエデの方が上。
 万能さ、一瞬の力や突進力は大河の方が上。
さらに、今の相手ではない他の者と比べてもそうである。
未亜と比べれば、間違いなく手数や連続性は彼女の方が上だし、防御能力などはベリオの方がかなり上で、火力や物量では、リコやリリィ、なのはには到底及ばない。
それは今までの戦闘を思い返してみればわかる。
恭也は、未亜、なのは、リリィと対戦しているが、そのほとんどで攻撃に転じたことは少ない。
ほとんどが相手の攻撃をかわして、油断をついた攻撃であったのだ。
恭也が彼らに勝るものは、圧倒的な体力と戦闘経験、観察力、集中力、先読みや勘だ。つまり身体能力以外のものの方が多い。
それでも、あとの彼の様子や、相手にダメージを与えないで勝利しているので、余裕を持って勝利しているように見えるが、そんなことはなく、なのはを含めてギリギリのところでの勝利だったのだ。
それも後衛の人物たちとの戦いであったからこそである。今回は前衛が相手、それも二人だ。
前衛の二人の相手をする以上、防御に徹するわけにはいかない。
ここが屋内であるならば、多面的な戦いができるのだが、闘技場ではそうはいかないので、神速を使うことも覚悟しなければならない。
そこまで考えて、恭也は駆け出す。

「カエデ! 先に恭也からいっきに片づけるぞ!」
「御意にござる!」

二人は強敵と認識した恭也を狙いをつける。
だが、それは恭也にとって望むところである。
御神流は多対一でもやれるのだ。
恭也は右側から振り下ろされた剣形態のトレイターを、力を受け流すようにして止める。
そこにカエデの回し蹴りが飛び込んでくるが、トレイターを受け流した力を利用し、身を屈めて避ける。
カエデはさらに追撃しようとするが、そこに未亜の矢が三本、彼女に襲いかかり、それを阻止される。
恭也はカエデの軸足を蹴り、彼女を転倒させた。
カエデを助けるように、トレイターをナックルに変形させて大河が突っ込んでくる。
だが、恭也はそれを予期していたように、バックステップでかわす。
地面をこすりつけて止まる大河に向けて、どうやら怒りのためなのか、彼に攻撃する覚悟ができているらしい未亜が五本の矢を放つ。
大河はトレイターを斧の形態に変形させて振り上げる。
それによって、三本の矢をたたき落とし、残りの二本は風圧を受けて、彼を避けて後方へと飛んでいく。
そこに恭也が飛び込む。
だが、カエデのクナイが恭也の背後から襲いかかる。
しかし、恭也は振り返りもせずに、同じく飛針を放って、クナイ全てをたたき落とした。
それに驚くカエデだが、止まった恭也に向かって駆け出す。

「カエデ、避けろ!」

突然の大河の叫びにカエデは止まる。
その上空から、いつのまにか未亜が放った矢が降ってきた。
それに気づいたカエデは、地面を転がりながら炎を纏った矢の雨を避ける。
その後、大河とともに後方へと下がった。

「こりゃあ、未亜の方を先にやらないとまずいな」
「で、ござるな」

二人から言わせれば、二人の連携はとんでもないものだった。
まるで、お互いが次に何をしてほしいのか理解しているような感じだ。
初めて組んで戦うとは思えないコンビである。
恭也はそんな会話すら二人に許さない。
二人に高スピードで駆け寄りながら、紅月を引き抜く。
そして、大河とカエデの前に現れる斬撃の波。
奥義の一つ、花菱。
二刀より繰り出される無数の斬撃。
 まるで刃の嵐のような連撃。
カエデは大河を突き飛ばし、それを避けさせ、自身もその反動を利用して、無数の刃の射程から抜け出る。
突き飛ばされた大河は、すぐにトレイターをランスに変えて未亜に突っ込む。
だが未亜はすぐに上空に飛び上がり、それを避け、さらにそのまま下にいる大河に向けて矢を放つ。
大河は、それを剣に戻したトレイターで弾き飛ばす。
その間に着地した未亜は、すぐに恭也の後ろに戻った。
逃げるのではなく、自分の役割を理解しているからこその行動だ。
恭也は大河に駆け寄ろうとするが、そのまえにカエデが彼に向けて無数の蹴りを放つ。
身体のあらゆる部位に対しての攻撃を何とか防ぐ恭也だが、防御してもいくつかをダメージを受けた。
不意に蹴りを止めると、カエデは横に移動する。
すると、カエデに隠れていて見えなかった大河が、ランスを構えて突っ込んできていた。
恭也は何とかそれを上空に飛んでかわすが、脇腹にかすり、血が舞い散る。
さらにそこへ、アッパーのようにカエデが拳を突き上げて追撃してくる。
しかし、未亜の矢が飛んできて、カエデは黒曜で矢を弾き飛ばす動作に移ったため、その技は恭也に当たることはなかった。
恭也は両方の小太刀を鞘に戻し、着地すると同時に、未亜のほうに向かおうとしていた大河に向かって走る。
未亜は、逆に近づいて来る大河を無視して、カエデに矢を放ち続けた。
恭也は、最短距離、そして死角から大河の前に躍り出る。
未亜に集中していた大河は、いきなり死角から目の前に現れた恭也に驚く。
その一瞬で、恭也は抜刀する。
抜刀からの高速の四連撃。
恭也が一番得意とし、必殺にまで昇華させた奥義、薙旋。
その一撃目がトレイターにぶつかる、さらに二撃目でトレイターを弾き飛ばす。
そして、残りの二撃の攻撃が峰と柄に変えられ、大河へと吸い込まれるように打ち込まれた。
大河はそのまま吹き飛ばされる。

「師匠!」

カエデは叫びながらも、恭也に向かい蹴りを放つが、大河が吹き飛ばされたのを見て焦ったのか、力も速さもなく恭也は簡単にかわしてみせる。
そして、空いた脇腹に向かって、徹を込めた右足を叩き込んだ。
それによりカエデは、大河と同じく後方へと吹き飛ばされた。

「そこまで〜」

そこにダリアの試合終了の合図が入った。

「す、すごい、おにーちゃんも未亜さんも」
「で、ですね、大河君とカエデさんも凄く強いのに」

恭也の強さを知っているなのはも、大河の万能な強さを知っていて、カエデの戦闘を見て強いと思っていたベリオも、恭也と未亜の戦いぶりに驚いていた。

「恭也さん……複数相手の戦いにも慣れているようです……背後から来たカエデさんのクナイを振り返りもせずに似た武器で落とした……それに最後の蹴り……普通とは違いました……おそらく体術も達人レベル……」

恭也の技や動き、相手の動きを読み、死角からの移動、さらに最後のカエデへの攻撃などを見て、いつもよりも多弁にリコはそう論ずる。

「未亜もうまく恭也をサポートしてたわね」

リリィも、二人の戦いを見てサポートの重要さを認識しはじめているようだった。

「ぐう、なんなんだよ、あの技は。ほとんど見えねぇし、重いし」

大河は痛みを堪えながら立ち上がる。

「大丈夫でござるか、師匠?」
「ああ。なんとかな、カエデは?」
「拙者もなんとか。ですが、身体の中に衝撃が通るとんでもない蹴りでござった」

そんな二人の前に未亜が立っている。

「まったく、勝手に話を決めちゃうからそうなるんだよ、お兄ちゃん」

話を進めたのはカエデであったはずだが、未亜は大河を責める。

「拙者は師匠以外と組む気はないので」
「いや、それだと訓練にならんのではないか?」

恭也は至極真っ当に突っ込む。

「しかし、拙者、師匠に俺に付いて来いよ、とぷろぽぉずされた以上、操を立てる必要があるのでござる」
「……へっ!?」
「ぷろ、ぽぉず?」
「はっ!?」

なぜか当の本人、大河までも驚いている。

「ほお、それはめでたいな」
「お、おに〜ちゃん、何か違くないかな?」
「む? だが、プロポーズを受けたということは、婚約。カエデもああ言っているのだから、すなわち結婚するということだろう?」
「こ、婚約……」
「け、結婚……」

ベリオと未亜の雰囲気が重くなっていく。

「き、恭也! お前なんてことを!」
「違うのか?」
「お前はあの二人の雰囲気がわからんのか!?」

恭也に叫ぶ大河だったが、そのそばにカエデが近づく。

「というわけで師匠、今日は拙者の部屋に来てくださらんか?
昨日の続きを……」

それが引き金であった。

「ジャスティ……私の生命力をあげる……だから、限界すらも超え、全てを無に返す力を私に!」

ジャスティから、とんでもない量の矢が発射される。
それは一直線に大河へと向かっていった。

「わあっ!!」

大河は、むそれをかわしながら逃げ回る。
だが、一本が大河の頬をかすめた。

「師匠! 血! 血でござるぅぅぅぅぅ!!」

それを見て、カエデは気絶してしまった。

「あ、あはは、おもしろい人が来たね、おに〜ちゃん」
「あれはおもしろいですませられるものなのか?」
「でも、大河さんの立場がおに〜ちゃんだったら、私も……」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」

こっちの兄妹は表向き平和だった。






あとがき

あー、やっとカエデが目立てた。とはいえ負けた上に、まだまだだか。
エリス「でも、恭也と未亜のコンビが強いねぇ」
なぜか息があいまくっている。未亜がそれだけよく恭也を見ているということだろう。最初は恭也となのはとのコンビでやらせようかと思ったけど、未亜に戻した。
エリス「次回の話はもう書いてるの?」
それはもちろん。というか、このごろ絶好調だからとまらない。
エリス「それはいいことだよ。その調子が止まったら、私が活をいれるために滅却してあげるから」
いや、それは死ねと言っているのと同じなのだが。
エリス「で、次回の話はどうなるわけ?」
スルーかい。
とりあえずそれは次回のお楽しみで。
エリス「まあ、それはそうか。それでは次回をお楽しみに」
それでは〜。



いやー、素晴らしいコンビネーションだったな。
美姫 「うんうん。互いの長所と短所を理解し、役割を理解しての攻撃」
負けてしまったカエデと大河だったけれど、大河は試合の後こそ、大変っぽいな。
美姫 「一体、今後どうなるのかしらね」
次回はどんなお話なのか。
美姫 「楽しみに待っていますね」
ではでは。



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