『選ばれし黒衣の救世主』










あの後、カエデは医務室へと運ばれ自然と解散となった。
そして、時は流れて夜へと移る。
 今、リリィはなぜか寮内をうろついていた。
そこに目の前からベリオが現れる。

「あら、リリィ、どうしたの?」
「ベリオこそ、こんな時間に何してるの?」
「私はカエデさんの様子を見に行ったんだけど、もう医務室にはいなかったから戻って来たの」
「そう」

ベリオは面倒見がいいので、リリィもすぐに納得した表情を見せる。

「それでベリオ、恭也を見なかった?」
「恭也さん? 部屋にいないの?」
「ええ。あのコックの人もいなかったし」

ベリオは少しだけ考えたあとに手を叩いた。

「ああ、たぶん森じゃないかしら」
「森? どうしてこんな時間に」
「前に、朝と夜は剣の訓練をしてるって言ってたの。もしそうなら森で訓練してるはずよ」
「暗い中でどんな訓練をする気なのかしら」
「さあ、そこまでは」
「まあいいわ。ありがとね、ベリオ」

リリィはベリオに礼を言うと歩き出した。
そんなリリィを見送るベリオ。

「でもリリィ、恭也さんに用でもあるのかしら?」

そう言って首を捻ったあと、ベリオも自分の部屋へと戻って行った。





 第九章 恭也とリリィ





森の中で剣を打ちつけ合う甲高い音が響く。
今、二人の男が剣の鍛錬をしていた。
恭也と耕介だ。

「ふう……」

耕介は深く息を吐く。

「今日はこのへんにしておこうか、恭也君」

耕介は鍛錬の時のような厳しい顔を引っ込めて、笑いながらも言う。

「ええ、そうですね」

恭也もうなずいて返す。
そして、耕介は十六夜を、恭也は八景と紅月をそれぞれ鞘へと納める。
お互いに木にかけてあったタオルで汗を拭く。

「本当に今日はすみません」
「いや、あれは仕方ないしね」

恭也の謝罪に耕介は苦笑する。
今日の昼になのはが召喚器を呼び出したり、テストがあったりで、二人はすっかり食堂のことを忘れていたのだ。
そのことを思い出したのはテストが終わった直後で、すぐさま食堂に戻り、二人は知佳へと平謝りを繰り返した。もっとも知佳はほとんど怒ってなどおらず、どちらかというと、何かあったのではないかと心配してくれていたぐらいであった。
その後、今後の食堂のことについて話はじめた。
なのはは救世主クラスに入ることになってしまったのだから、今までのように働くことはできない。
そこで出た結論は、お客の多い昼は前のセルフサービスに戻すということだった。
そして、朝だけはそのままということになった。
しかも、その朝はなのはも働くという。
救世主クラスとしての勉強や実技などがあるのだから、それは恭也や救世主候補たち、耕介たちも止めたのだが、一度始めたことには責任を持ちたいというなのはに折れたのだった。

「しかし、なのはちゃんが救世主候補か」

恭也は、知佳や耕介にはなのはに救世主候補の資質があることを話していなかった。
そのため最初はかなり驚いていた。

「大丈夫かな?」

耕介は心配そうに恭也に聞く。

「大丈夫ですよ。なのはは俺が守ります」

それを聞いて、耕介は笑顔に戻る。
耕介も知佳という妹を守らなくてはならないから、恭也の気持ちはよくわかるのだ。
ここにはいない大河も未亜に対して同じことを考えているだろう。
まあ、この三人は妹主義(シスコンとは微妙に違う)だから、妹を守るというのは、どんなことよりも重く、重要なことなのである。ちなみに、この守るというのは、別に肉体的なことだけを意味しているわけではない。

「そうだね。恭也君がついてるもんな。霊力もかなり扱えるようになってきたし、恭也君には切り札の神速もあるしね」
「ええ」

恭也も笑って頷く。

「じゃあ、そろそろ戻ろうか?」
「あ、先に戻っててください」
「まだ続けるのかい?」
「はい」

耕介が戻っても、恭也は鍛錬を続けるということはよくあるので、耕介は黙って頷いた。

「じゃあ、俺は先に戻ってるよ」

耕介としては付き合いたいのだが、明日も朝から食堂の仕事があるため、一日の疲れを次の日に残すわけにもいかない。

「はい。お疲れさまです」
「ああ、お疲れ」

耕介は恭也に答えると、その場から離れていった。
恭也は耕介の後ろ姿をしばらく眺める。
その姿が完全に見えなくなる。

「切り札……か」

恭也はそう呟いて、背を木に預けて座り込んだ。
耕介が先ほど言った言葉。
そう、恭也にとって神速とは切り札と言っていいものだった。
実際、神速についてこれる人間はそうはいない。救世主候補たちとて無理だろう。
だからこその切り札。
だが、それではダメなのだ。
恭也は、本当に超一流の剣士と言っていい。
叔母である美沙斗にすら、もう自分では勝てないと言わしめる程の剣士。
恭也という人間は、その成長力というものが異常なのだ。
でなければ、幼い身の上で美由希を剣士として育てることなどできなかっただろう。
恭也の父であり、剣の師であった士郎が、その命を落としたとき、彼はまだ子供と言って差し支えのない年齢であった。
無論、技の全てを士郎から伝授されたわけではなかった。
それでもなお、恭也は美由希という弟子をとった。
美由希を育てながらも、自らも士郎が残したノートから技を覚え、さらにその身体を鍛えあげ、それを美由希に伝えていく。
口で言うのは簡単だが、実際にそんなことができる人間はほとんどいない。
本来はまだ誰かに教わり、鍛えられる立場であるのに、自分を鍛えるべき時間を美由希に惜しみなく与えているのだから。
無論、無茶でもあった、だからこそ恭也は膝を砕いたのだ。
もっとも、膝を砕いた理由は、士郎の死によって目標とする背中を見失ったとか、悲しみや怒りなどと言った感情ゆえの行動によってのほうが大きいが。
それでも恭也は立ち上がり、さらに強くなった。
それはひとえに、恭也のずば抜けた成長力があったからだった。
だから今、恭也は超一流の剣士となったのだ。
 だが、恭也は決して一流の『御神』の剣士ではなかった。
その理由は簡単だ。
神速が切り札だからだ。
本来、一流の『御神』の剣士にとって、神速とは切り札と言うべきものではない。その正しい使い道は、常に戦闘で神速を使うことにある。
これは神速を使い続けることと同義なのではない。そんなことは御神の剣士でも、肉体的にも体力的にも、さらに精神的にも不可能なことだ。

「神速に慣れること……」

そう神速の領域で自由自在に動き、技を出すことに慣れること、それが正しい神速である。
御神の剣士にとって神速とは切り札ではない。体力を大量に使い、肉体を酷使するが、それでも技の一つでしかないのだ。
だが、膝を壊した恭也には、それは不可能なことだった。
たとえ今、その膝が快方に向かっているとはいえ、決して完治したわけではない。神速を何度も使えば、いつかは再び膝が砕けるだろう。
 恭也も神速に慣れていないとは言わないが、それでも神速を切り札ではなく、技とする一流の『御神』の剣士……例えば美沙斗などに比べれば、それはまだ拙いものでしかない。
 だから恭也は一流の『御神』の剣士にはなれなかった。
 しかし、恭也は努力を重ねた。
 神速を自由に使えないのならば、その他のものを伸ばしたのだ。
 戦術。観察力。全ての読み。体術。暗器の扱い。
 神速を使わなくても敵に勝てるように。
 だからこそ彼は、三年前に神速の二段がけなどいうものを編み出してまで、美沙斗を止めることができたのだ。
 そして、その後は実戦の経験を積み続け、今の力にまで至った。
 恭也はまだ、剣士としての道をあきらめてはいない。
 だが、それでもとうに限界が見え始めてしまっていた。
 しかし、今は違う。
 さらに霊力というものを扱えるようになってきた。ならばまだ強くなれると恭也は考えていた。
 弟子の美由希が皆伝したからこそ、今は自分が強くなることにだけ、恭也は集中し始めていた。
 そして、本当の意味での膝の完治も可能かもしれない。
 まだもしかしたらの領域ではあるかもしれないが、膝に関しても希望が見えてきたのだ。
 そんなことを考えていると、人の気配を感じた。

「こんな所へ、こんな時間に誰だ?」

 恭也は自分のことを棚に上げて呟く。
 しばらくすると、暗い闇の中のはずなのに、紅い光が見えてきた。
 その光に照らし出される赤い髪。

「リリィ?」

 そう、魔法の炎の光りを頼りに歩くリリィがいた。




「ホントにいるし」

 恭也を見つけて、リリィは開口一番にそう漏らす。

「ん? 何がだ?」
「ああ、なんでもない、こっちのこと」

 リリィはベリオに言われた通りに、この森まで恭也を探しに来ていたのだが、こんな暗い森の中で本当に剣の訓練などしているのか半信半疑だったのだ。

「こんな時間にどうかしたのか?」
「貴方に聞きたいこととかあったから探してたのよ」
「聞きたいこと?」
「ええ」

 恭也の不思議そうな顔を見ながらも、リリィは頷く。

「隣、いい?」

 恭也が黙って頷いたのを確認すると、リリィは彼から少しだけ距離をとって座る。

「こんな時間に訓練してるの?」
「ああ」
「暗くて全然見えないじゃない」

 夜ということもあるが、森であるため、木々によって星や月の光が完全に届かず、さらに他の場所よりも暗い。

「夜の戦いに慣れるためだ。暗くて見えないから戦えない、では話にならない」

 恭也は木々の間に見える星を眺めながら答えた。

「私が聞きたいのはそれよ」
「それ?」
「貴方……というか恭也たちやあのバカとかは、平和な世界からこの世界に来たんでしょう?」
「そうだな」

 と、肯定するものの、恭也はあの世界の危険な側面も幼い時からよく見てきた。

「でも、恭也はいやに戦い慣れてる……というか救世主候補並に強いじゃない。
 それになのはだって、あのバカと未亜とは違って、ちゃんとした戦う覚悟を決めた。
 そんなの平和ボケしてるやつにできるわけないわよ」

 恭也の返答を聞いて、リリィは早口のように言い放つ。

「なのはは平和に生きてきたさ」

 逆に恭也はゆっくりとした口調だった。

「だけど、どんなに平和な世界だったとしても、理不尽な暴力っていうのはあるんだ。
 それが破滅のように世界規模じゃなくてもな」
「理不尽……?」

 リリィは不思議そうに呟くが、恭也は先を続ける。

「俺の弟子……まあ、さっき言った妹なんだが……」
「って、アンタが教えてたの!?」

 リリィは恭也が先の言葉を言う前に、驚きの声を上げた。

「ん? 言ってなかったか?」
「ないわよ」

 リリィは呆れた感じで呟く。
 そもそもリリィからすれば、今の恭也の発言はおかしいものだった。
恭也は闘技場で、妹は皆伝したと言っていた。つまり、その妹は恭也並とはいわないだろうが、それに次ぐ実力を持っているだろうということはわかる。
 しかし、あの戦闘能力を三、四年ぐらいの訓練で手に入れられるとは、リリィには思えない。
 となると、恭也はもっと幼い時から、その妹に剣を教えていたことになる。しかし、それでは恭也が訓練する時間がなくなってしまう。
 それに、恭也に剣を教えたのは誰だったのかがわからない。なんでその人物が彼の妹にも教えなかったのかがリリィには疑問である。

「話を戻すが」

リリィの考えになど気づかずに、恭也は話を続ける。

「その妹……美由希というのだが。
 美由希は、特に理不尽な暴力を許さない」

 恭也もそれに関しては一緒のはずなのに、そのことは告げない。

「なのはには俺たちの剣は教えていないが、そんな美由希を見ながら育ってきたからな。だから、理不尽の塊みたいな破滅を許せないとも思えたんだろうし、戦う覚悟も決められたんだと思う」

 恭也はどこか嬉しそうに……まるで成長した娘を喜ぶかのような感じで語る。

「そう。じゃあ、恭也は?」
「俺?」
「どうして……どうやって、そこまでの力を得たのよ」

 リリィがそう聞くと、恭也は寂しげな表情を浮かべる。
 それにリリィは不思議そうな顔を見せるが、とくに何も聞かなかった。

「俺や美由希は、あちらの世界でも少々特殊な一族の生まれでな」
「特殊?」
「御神流という古流の剣術を伝える一族だったんだ。
だから俺も幼いころから、小太刀や暗器なんかを玩具にして育った」
「御神……流……」

 リリィは初めて恭也の流派を聞いた。
 だが、そこで気づく。

「ちょっと待ちなさいよ。一族ってことはなに?
 つまりアンタの世界には、アンタみたいなのがゴロゴロいるってわけ!?」

 ただでさえ恭也の存在だけでも嫉妬したり、気になったりしたのに、そんなのが大勢いると言われては驚くのも無理はない。
 だが、恭也は先ほどの寂しそうな顔を浮かべて首を振った。

「いや、もう俺たちの流派を使う人間は三人しかいない」
「三人?」
「ああ。俺と美由希、そして、叔母の美沙斗さんだけだ」
「どういうことよ」

 恭也は再び、視線を夜空に向ける。

「御神の一族は、もう滅ぼされたんだよ。俺たちが最後の生き残りだ」
「ほ、滅ぼされたって……」

 いきなりの返答にリリィは戸惑う。
 だいたいにして、恭也のような剣の遣い手が多数いるような流派が、そんな簡単に滅びるとも思えなかった。
 あまり人に語ることではないのだが、恭也は自然と言葉にしていた。

「御神の一族は、昔から護衛や暗殺を生業にしていた一族だったからな。まあ、暗殺なんかはほとんど廃れていたらしいが。
 それでも色々なところから恨まれていたんだよ。
 そして、当時の御神の長女だった御神琴絵さんの結婚式の日だった。彼女は本当にみんなから愛されていたから、ほとんどの一族の人間が結婚式に集まった。
 その結婚式に行けなかったのは、色々とあって旅先から動けなかった俺と父さん。そして、風邪を引いてしまって病院に行っていた美由希と、それに付き添っていた美沙斗さんだけだった」

 そこで言葉を切ると、恭也はため息をつく。
 だが、すぐに口を開いた。

「その結婚式の会場が爆破されたんだ」
「なっ!?」

 リリィの口から驚きの声が上がるが、だがやはり恭也は気にせずに続ける。

「女子供も老人も、生き残った人は誰もいなかった。難を逃れたのは俺たち四人だけだった」

 リリィは目を見開いていた。
 恭也の境遇に同情したのではない。
 自分と同じではないか、と感じたのだ。
 リリィが本来いた世界は、すでに破滅に滅ぼされた。
 世界と一族では規模が違うと言われるかもしれないが変わらない。
 確かに、その世界の生き残りはリリィ一人だけだし、恭也は父親や妹が生き残ったかもしれない。
 だが、大切な人が理不尽に皆殺しにされたことに変わりはない。
 恭也もリリィと似たような体験を幼いころにしていたのだ。

「そ、それで父親はどうしたのよ? その人が貴方に剣を教えてたんでしょう? なんで今は三人だけなのよ」

 冷静に考えれば、そんなものの答えはすぐにわかるはずなのだが、リリィは驚きと共感を覚えていて、予想もせずに聞いてしまった。

「父さんも護衛の仕事で亡くなったよ。やはり爆弾でな。
 だから、なのはは父さんに直接会ったこともないんだ」
「ご、ごめ……」
「別にかまわない。もう昔のことだしな」

 恭也は少しだけ笑ってみせる。

「じ、じゃあ恭也は誰に剣を……」

 それになんとか応援される感じで、リリィは疑問を口にする。

「基本的には父さんが残してくれたノートを頼りに独学だ」

 リリィは、これにまた驚かされる。
 あれほどの力を独力で得たなどと本来ならば信じられない。
しかし、逆にこの男ならばとも思ってしまう。

「まあ、三年ほど前に美沙斗さんと再会して、消失していた技なんかは全部教えてもらったがな」
「そう」

 リリィが少し沈んだ声で返すと、沈黙が闇の中を支配した。
 しばらくすると、リリィは小さくため息をつく。

「なんか、貴方にばっかり言わせるのは反則だから言っておくわ」
「ん?」
「私の生まれた世界は滅ぼされたのよ」
「なに?」

 今度は恭也が驚いた顔を見せる。
 しかも、リリィは世界を滅ぼされたというのだ、驚きも大きい。

「破滅に滅ぼされたの」

 今までリリィが、このことを自分から語ったことはない。それでも噂とは広まるもので、それなりの人たちが知っていること。
 それを先ほどの恭也のように、彼女は自然と自分から語り出す。

「しかし、そうなるとリリィは千年生きてることならないか? 破滅は千年に一度現れるのだろう?」
「アンタ、年上のくせにバカなのね」 
「む、むう」

 はっきり言われて恭也は唸る。

「人間が千年も生きられるわけないでしょ?」
「まあ、それはそうだが」

 当然と言えば当然の答えだ。世界が違えば、人間の寿命も違うという可能性もあるかもしれないが。

「ではどういうことなんだ?」
「千年っていうのは、このアヴァターでの話なのよ。時間流っていうのは、その次元断層ごとに違っているものなの」
「やはりよくわからないのだが」
「やっぱりバカなのね」
「バカバカうるさいぞ」

 笑って言うリリィに対し、恭也は憮然とした表情をとる。

「わかりやすく言うと、それぞれの世界ごとに時間の流れが違うのよ。
 私の世界は、時間の流れがアヴァターより遅かったということになるわね。
 お義母様のような強力な召喚士でさえ、次元跳躍をすれば、時間跳躍をしてしまう可能性があるのよ」
「学園長も召喚士なのか?」
「知らなかったの?
 お義母様は私が唯一憧れる魔導士よ」

 恭也の問いに、リリィは本当に純粋で誇らしげな表情を見せた。

「お義母様が私を破滅から救ってくれたの。
 だから私は、そんなお義母様のために、そして、破滅を滅ぼすために救世主になるのよ」

 笑顔を見せたまま、リリィは救世主に『なりたい』ではなく『なる』と言い切った。
 恭也は納得したように頷く。

「前からなんとなくリリィは昔の俺に似ていると思っていたが、そういうことか」

 恭也のその言葉を聞いて、リリィはまたしても驚いた表情を浮かべる。
 リリィは先ほど恭也に共感を覚えたが、彼はもっと前からだというのだから。
 だが恭也が感じたのは、共感などではなかった。

「昔の無茶をしていたころの俺にそっくりだ」
「無茶?」

 恭也の言っている意味がわからずに、リリィは不思議そうに聞き返した。
 するとなぜか恭也は首を横に振る。

「いや、リリィの場合は努力であって無茶ではないか。
 だが、一つのことに傾倒しすぎて、周りを見ないで突っ走りすぎるところは一緒だな」
「な、なによそれ!?」

 恭也の言いように、リリィは思わず怒鳴る。
 だが、恭也は淡々と続ける

「別に救世主にこだわるなとは言わん。だが、リリィの場合はこだわりすぎだ」
「救世主になれば破滅を滅ぼせるのよ! こだわって何が悪いのよ!」
「だからこだわるなとは言っていない。
 だが、本当に救世主とは一人で世界を救えるのか?」
「救世主なんだからあたりまえじゃない!」
「おまえは救世主を見たことがあるのか?」
「そ、それは……」

 あるわけがない。少なくとも、救世主が現れたのは千年前だ。そして、リリィの世界には現れなかったのだから。

「いくら救世主になろうが、それは一人の人間だ。どんなことでもできるというわけがない」
「そんなこ……」
「例えばだ」

 恭也はリリィの言葉を遮りながら続ける。

「例えばベリオが救世主になったとしよう」

 リリィはもう反論せずに黙って聞き始めた。

「目の前に結構な数のモンスターがいる。そして、後ろには傷ついた人。傷は深く、今すぐに癒さないと危険そうだ。
 救世主と言えど、戦いながら回復魔法など使えないだろう。かと言って、モンスターの相手を先にしても、傷ついた人の命が危ない。
 さて、ベリオはどうする?」

 その質問はまさに、恭也がアヴァターに現れた日に、ベリオが彼に質問したことを多少変化させたものだった。そして、例えの者が第三者に変わっている。
 リリィは答えに迷う。
 モンスターは倒すべきだろうが、ベリオが傷ついた人を見捨てられるわけがないのだ。

「簡単だろう?」

 恭也は少しだけ笑う。

「俺たちに頼ればいいんだ」
「は?」
「俺がいるなら、俺がモンスターを相手にしている間に、ベリオが傷ついた人を癒せばいい」
「そんなの答えじゃないわよ!」
「なぜだ?」

 恭也は心底不思議そうに問う。

「あ、アンタだって救世主を巡るライバルじゃない!」
「例えで救世主はベリオだと言っただろう?」
「う……」
「それと救世主クラスにいるから忘れているのかもしれないが、俺は召喚器を持っていない。つまり、どうやっても救世主にはなれん」

 そう恭也は救世主クラスにはいるが、救世主になる資格はない。
 リリィはそのことを、今の今まで忘れていた。

「ならば俺のすることは救世主の補佐だろう。
 それに救世主になれなかった者たちだって仲間のはずだ。その力を借りることが悪いことか?」
「それは……」
「リリィの目的は破滅を滅ぼすことだろう?
 おそらくは、破滅に滅ぼされた元の世界の人たちのためというのも……いや、それが一番の理由じゃないか?」

 その言葉に、リリィはただ頷く。

「なら、救世主になることは破滅を滅ぼす過程にすぎないはずだ。
 ただ、目的とその過程をはき違えるなよ。それをしてしまうと、人はなかなか元の場所に戻れなくなる。
 リリィは破滅を滅ぼすために救世主になりたいのであって、救世主になるために破滅を滅ぼすわけじゃないんだから」

 リリィは、恭也が救世主候補でないからこそ、どうにも言い返すことができない。これが他の相手なら、まだ言い返すこともできそうなのだが。
 何より、恭也が言っていることが正しいということもわかる。

「何度も言うが、救世主になるなと言っているわけじゃない。
 ただ、もう少し周りを頼って、話を聞くぐらいはいいんじゃないかと言っているんだ。
 とくに俺など救世主になることはないんだ。リリィの救世主になることの邪魔にならない位置にいて、少しは使える奴だと思わないか?
 昼間だって、モンスターが多いから、俺に手を貸すように言っただろう?
 それにみんなだって、リリィに聞いてほしいことがあったり、頼りにすることだってあるはずだ」

 恭也はそこまで言ったあとに、自らの右膝に手を置いた。

「つまり、仲間を頼れってことでしょ?」
「正確には頼って頼られて、だな」

 そこまで言って、なぜか恭也は苦笑した。

「今のは似たようなことの、経験者からの言葉だとでも思ってくれ」
「経験者?」

 眉を寄せるリリィ。
 恭也はゆっくりと膝を撫でる。

「俺の剣の師だった父さんが死んで、今まで見えていたはずの背中が見えなくなって、どうしたらいいのかわからなくなった。
 けど、約束とか誓いとか色々なものがあって、強くならないといけないと思いこんで無茶を重ねた」

 そこまで言って、恭也はどこか自嘲気味に笑う。

「本当に無茶だったよ。
 周りの人がみんな止めてくれたのに、俺はそれを聞かなかった。それどころか、さらに無茶な鍛錬を積み重ねた。
 その無茶の結果、俺は膝を二度も壊した」
「え?」

 リリィは目を丸くする。
 恭也の戦い方は、膝を壊した者ができるような動きには見えなかったのだから当たり前だ。

「二度目のときに、医者に日常生活ですらも支障が出るかもしれないと宣告された」

 日常生活すら支障が出る。
 だが彼は今、救世主候補たちと同等に戦ってみせている。
 そんな素振りはまったく見えなかった。
 しかしリリィは、昼間の事件のときに、なのはが恭也の膝を心配していたことを思い出した。

「その怪我が原因というか、おかげというか、ある人に出会って、色々と俺の考えも変わってな。落ち着いて周りを見れるようになった」

 そう言って恭也は笑いながら、自分の妹の親友で、その妹と同レベルのボケっぷりを見せる女性を思い出す。

「それで気づいたんだ。
 周りのみんなが、無茶をする俺を見て泣いていたことに」

 恭也は、そのときのことを思い出すかのように目をつぶる。

「まるで父さんに殴られたかのような……いや、奥義でも受けたような感じだった。
 俺は忘れていたんだ。自分が剣を持つ理由を」
「剣を持つ理由?」

 目を開けて、恭也は深く頷いた。

「確かに約束とか誓いとか、父さんに追いつきたいとか、そういうものもあったが、何より俺がしたかったのは、俺の大切な人たちを……大切な人たちの笑顔を守ることだった。俺はそのために剣を持っていたんだ。
 なのに俺は正反対のことをしていた」

 恭也はアヴァターに来てからも、大切な人たちを守るために剣を振ると言っていた。

「俺の膝はまだ完治していない」

 恭也は再び膝を眺める。

「それであんな動きをしてたわけ?」
「まあな。だが、あきらめたわけじゃない。アヴァターに来て、完治するかもしれない希望も見えてきたしな」
「もしかして魔法?」
「いや、魔法は関係ない」

 恭也は軽く首を振って否定する。

「まあとにかく、さっきのは俺の経験からきた言葉だ。急ぎすぎ、周りの人たちの言葉を聞かず、頼らず、無茶と無理を重ねた俺のような犠牲を払いたくないだろう?
 素直に受け取れとは言わないが、少し考えてみるくらいは悪くないんじゃないか?」

 恭也は、それだけ言うと口を閉ざす。
 リリィも何かを考えはじめる。
 少しだけ沈黙が流れたあとに、リリィが立ち上がった。

「明日の朝、空いてる?」
「朝? 鍛錬があるが……まあ、何か用があるというのなら空けるが」
「そう、ならお願い」
「それはいいが」
「それじゃ、明日の朝、六時に闘技場に来て」
「闘技場? そんなところで何をするんだ?」
「いいからわかったって言いなさいよ」

 恭也は少しだけ考えて頷く。

「わかった」
「そう。じゃあ、また明日ね」

 リリィも頷いて返すと、足早にその場から去っていく。
 恭也はただ一人首を捻って、リリィが立ち去っていった方向を眺めているのだった。




 そして、翌朝。
 闘技場の真ん中で二人は向かい合っていた。

「それで、こんな朝早くから何をするつもりなんだ?」

 昨日から考えていたが、リリィの意図がわからない恭也。

「闘技場ですることなんて一つでしょ?
 そのために、わざわざお義母さまの許可をとったんだから」

 リリィは笑って答えるが、恭也は頭を抱えたくなった。
 なぜ昨日の話からこんなことに発展するのか。
 そもそも、なぜミュリエルは許可など出したのかだ。昨日、この闘技場で事件が起きたばかりだというのに。

「昨日の話、つまるところ、私はアンタの昔そのままってことでしょ?」
「いや、そこまでは言っていないが」

 恭也は冷静に突っ込むのだが、リリィは聞いていない。

「なら、今のアンタと、昔のアンタにして私のどちらが正しいのか、戦って答えを出せばいいのよ」
「強い者が正しいというものでもあるまい」
「そんなことわかってるわよ」

 リリィは視線を地面に向ける。

「でも……私はこのぐらいしないと確かめられないし、変えられないのよ」

 そのリリィのつぶやきは小さすぎて、恭也に届くことはなかった、

「いいからやるわよ!」

 リリィは、恭也に向けて小さな火の玉を投げつける。
 恭也は、何とか横に飛び退いてそれをかわす。かわされた火の玉は後方で火柱を上げた。
 ため息をつきつつも、恭也は八景を引き抜いて、いっきにリリィへと近づいていく。
 だが、その間にリリィの次の魔法は完成していた。
 恭也が剣を振り上げた瞬間、それを解放する。
 恭也の目の前に氷の固まりが出現した。それに驚くが、すでに振り下ろした剣の勢いは止めることはできなかった。
 剣と氷塊にぶつかり、甲高い音が響くと、氷塊はまるで破裂するかのようにバラバラになり、それぞれが恭也の身体に叩き込まれる。
 恭也は何とか後方へと下がり、ダメージを軽減するも、氷の散弾によって、所々血が流れ出た。
 リリィの攻撃は止まらない。
 さらに雷撃が恭也に向かう。
 恭也は横に跳んで、何とかそれをかわす。
 正直な話、恭也にとって魔法は危険すぎる。
 なのはとの戦闘の後に言っていたように、救世主候補たちは召喚器の魔力によって、それなりに魔法への抵抗力をもっているのだが、恭也にはそれがない。
 さらに、魔導学の授業でたまたまわかったことなのだが、元々恭也自身の保有魔力も少ない。そのため、さらに魔法への対抗力が低く、救世主候補たち程の魔法を一撃受ければ致命傷になりかねないのだ。
 だからこそ、恭也は観察能力、読み、勘の全てを使って回避に集中する。しかし、そうなると攻撃に転ずるのが難しい。
 それでも恭也は横に跳んで地面に着地した瞬間には、リリィに向かって駆ける。
 それをリリィは、先ほどの氷塊を生み出して、またも恭也の進軍を防ごうとする。
 だが、恭也は八景を縦横無尽に振るう。
 御神流の奥義の一つ、虎乱。
 一瞬に複数の斬撃が繰り出され、氷塊は粉々に砕け散った
 リリィはそれに驚いた表情を見せていた。
 恭也はいっきにリリィへと近づく。だが、彼女は素早く、重い回し蹴りを彼に叩き込む。
 恭也は左腕で、それをガードするも、その重さで吹き飛ばされた。
 これには恭也の方が驚いていた。
 舐めていたわけではないが、まさか近接格闘能力まであるとは思っていなかったのだ。
 さすがは救世主候補主席と言ったところだろうか。
 リリィは恭也を吹き飛ばすと、すぐに火球を作り出そうとしていた。
 恭也は舌打ちしながらも、紅月を引き抜く。
 まだ隠しておきたかったが、彼女に対して温存するのは難しそうだった。
 今、この場にいるのも、相手であるリリィだけ、ならば構わないだろう。
 だが神速は、まだ温存しておきたい。
 だから、完全に制御できるようになったとは言い難いが、それでも放つ。

「神我封滅」

 恭也の言葉とともに、紅月に黒い炎がまとわりつく。
 それにリリィが驚愕の表情を浮かべていた。

「神咲無尽流……真威……」

 リリィはすぐに正気に戻って、火球を恭也に向かって投げつける。

「洸桜刃ぁぁぁ!」

 その言葉とともに、紅月から巨大な黒い光が放たれ、火球をいとも簡単に飲み込んで、リリィに向かっていく。
 リリィは目を見開きながらもなんとかかわす。
 だが、恭也は洸桜刃を放った直後には、神速を使わずに駆けだしていた。
 まるでリリィがかわす場所を予期していたかのように、リリィの背後をとる。
 そして、リリィが振り返ったときには、その刃が向けられていた。

「私の負け……か」
「まだ続けてもいいが?」
「この体勢でどうしろって言うのよ」

 リリィはため息をついて答える。

「だいたいなによ、あれ。魔法は使えないんじゃなかったわけ?」
「あれは魔法じゃない」

 初めて戦闘で使った霊力。
 何とか恭也は制御することができた。

「まあ、とにかく私の負けは負け、あんたが正しかったってことね」
「だから、強い者が正しいというわけでもあるまいと言っただろう」
「それでもよ」

 リリィはなぜかすっきりとした表情で笑ってみせた。

「でもアンタの言いたいこととかはわかったし、前向きに考えてあげるわよ」
「そうか」

 恭也も笑って小太刀を鞘に納める。
 リリィは恭也に向き直ると、すぐに不敵な笑い顔を見せる。

「言っておくけど、アンタを馬車馬のようにこき使うことに納得したってことよ」
「な、なに?」
「アンタは救世主を巡るライバルじゃないしね。
 私は救世主になる。そして、アンタはその私の手助けをすればいいのよ。ま、アンタが困ったら、私も少しぐらいは助けてあげるわよ」

 胸を張って勝気に言うリリィに、恭也は少し呆然としたが、すぐに元に戻った。

「ああ。わかったよ。覚悟しておこう、
 それと、俺がもしものときは頼む」

 年上の余裕なのか、恭也は苦笑して頷く。
 それを見て、リリィは顔を赤くして横を向いた。

「そ、それで指導は?」
「は?」
「指導よ、指導。私は負けたんだから」
「別に試験ではないだろう」
「それじゃあ、私の気がおさまらないのよ!」

 リリィはそう言いながらもどこか緊張にしているように見える。
 恭也はそんなリリィを見て考える。
 だが、すぐに答えが出たらしい。

「なら、今度鍛錬に付き合ってくれ」
「た、鍛錬?」
「ああ。なのはも魔法……に近いものを使えるようになったし、魔法がどの程度の効果があるのか色々と見たい。それと、その対処ももっと覚えておきたいしな」
「そ、そんなのでいいわけ!?」

 リリィは信じられないとばかりの……いや、どこか怒っているような感じだ。

「なんだ? 俺は別にそれほどしてほしいこともあるわけじゃないしな。まあ、指導というのだから、俺がお前に何かを教えるのがホントのところなんだろうが」
「そ、そうじゃなくて、あのバカみたいに……それとも、私にはそんなに魅力がないってこと!?」

 リリィは責めるように、そして、目を潤ませて叫ぶ。

「い、いや、待て。バカって大河のことなんだろうが。
 大河がどんな指導をしているかは知らないが、別にリリィに魅力がないと言っているわけじゃないぞ。
そもそも、そういうことはお互いの合意があってだな」

 大河がしていることは知らないとか言いながら、恭也は彼が指導でしていることを無意識に決定している。なかなかひどい。

「それにリリィは可愛いと思うぞ」
「な、何言ってんのよ! このバカ!」

 リリィは恭也の言葉に顔を真っ赤にする。
 そして、照れ隠しにして大げさすぎるということも気づかずに、小さな火球を生み出して恭也に投げつけた。

「ちょ、ちょっと待て!」

 恭也は止めるも、投げつけられた火球は彼に向かって爆発した。






あとがき

 こ、この章、無茶苦茶悩んだ。
エリス「恭也とリリィの対談というか、なんというか」
 まず言葉で説得して見たかったんだよなあ。まあ、戦闘も入ったわけだけど。恭也がいるからこそ、チームワークについて、早くも考えさせるようにしたかった。
 しかし、カエデが登場したのに、まだほとんど喋っていない!
エリス「それはまあ、次章でね」
 まあ、そうなんだけど。ホントは出そうと思っていたけど、それじゃあ一つにまとめられなかったからなあ。まあ、自分がちゃんと小さく話をまとめらればいいんだけど。
エリス「それ、前にも同じようなことを言ってたような。まあ、それで恭也が使うの一灯流じゃなくて無尽流なんだ?」
 それはかなり悩んだんだけど、恭也にはそっちのほうが似合う気がしたし、無尽流を使っているというのも、あまり見たことがなかったからこっちにしてみた。御架月を使ってる耕介なら教えるのも不可能じゃないだろうと思って。もしかしたら、一灯流の方も使うかもしれない。
エリス「いいのかなあ?」
 そのへんについての意見をできれば伝えてもらえると嬉しいです。
 あと神速や御神に関しては、自分なりの考えです。少なくとも黒衣の救世主の中ではそういうものだと思ってください。
エリス「それでは、今回はこのへんで」
 また次回に。



リリィと恭也のお話〜。
美姫 「誰かさんと違って、綺麗な流れよね」
ぐっ! いたたたた。
何か、胸が痛いよ。なんだろう、これ。
美姫 「益々面白くなっていくわね。これも誰かさんとは…」
あたたたた。も、もう駄目。
美姫 「続きが早くも気になるわ」
それは確かに。
美姫 「って、はやっ!」
次回はどんなお話になるのかな〜。
美姫 「次回も楽しみにしていますね」
ではでは。



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